神聖都市大戦争 Part.5
◇
喧騒に支配された市街地は、日が沈むにつれて徐々に落ち着きを取り戻していった。
帝国軍とギルドの双方が大きな被害を負い、一度態勢を整えるためにギルドの者達が身を引いていったのだ。
暗くなり始める空の下、至る所で傷つく帝国兵達が焚火を囲む。
勿論ギルドが多く人員を投入してくることは想定できた。しかし、彼らにとって予想外だったのはギルド側の者達の武装。
「想像以上の被害が出たな」
各部隊の状況を聞いて回る将軍カルネルだったが、自軍のあまりの被害に驚くばかりだった。
「はい、何しろ連中の武装が我々の想像を遥かに超えていたもので……遅れをとりました」
そう言って、部隊長の男がカルネルの下へ歩み寄ってくる。
「どういうことだ? 認定の壁を通る際に武装は認められていないはずだが」
「それが私達にも分からないのですが、おそらく何らかの形でフォルトゥナ内に密輸したと考えられます」
男の意見を聞くなり、カルネルは腕を組んで考え込んだ。
「なるほど……分かった、奴らの武器の入手経路も洗ってみよう」
「はい、して明日はどうなさるおつもりですか? 皇子のめでたき日、将軍閣下も是非式場に」
しかし男の意志と反して、カルネルは首を横に振る。
「いや、今回は私が直接現場で指揮を執ろう」
「将軍閣下が直接……ですか」
カルネルの唐突な提案に思わず男は驚いた。
「クラウドフィッツの物資搬入、教団関係者の出入り、門は婚儀が終わるまで開きっぱなしだ。
私が直接指揮を執って審判の壁を絶対に守る、それとも私がいると不都合か?」
「いえっ! かの有名なカルネル将軍閣下に指揮を執っていただけるとは、身に余る光栄に御座います」
「私が直接軍を動かしていたのはかなり前の話だ、過度な期待はしてくれるなよ?
それから、クラウドフィッツの馬車と教団関係者には夜の内から聖堂に順次入っていくよう協力を仰いでおけ」
早速与えられたカルネルからの指示に男は幸せを感じながら、「はっ」と一言だけ残し立ち去る。
数日前までは平穏だった市街地も今や荒れ果て、夜のフォルトゥナを照らすのはあちこちに見られる焚火だけとなってしまった。
焚火を囲むのは、何も傷ついた帝国兵ばかりではない。馬車の集会所でもまた、聖堂への搬入を待つクラウドフィッツ商団のギルドメンバーが焚火を囲んでいた。
一度ならず、二度三度と馬車の荷を確認する者。本日の売上金を数える者。様々な部下達を横目に、商団の経営者ラーマが向かったのは、一台の馬車の荷台。
「マスター、このデカい荷物なんですか? さっきちょっと動いたんですけど」
ラーマの向かった馬車から降りて来た男が顔を真っ青にして問い掛ける。
「それは私の私物だよ、必要かと思ってね……開けたかい?」
「いや、荷物を開けないのは俺達の流儀でしょう?」
男の言葉にラーマは優しく微笑んだ。
「うん、いい心がけだ」
小さな体を一生懸命荷台に上げ、「ちょっと動いた」といういわくつきの荷物の下へ足を進めるラーマ。彼女の背中に深く一礼し、男はその場から去ってしまう。
「この箱かな」
馬車の中で独り言を漏らすと、彼女の数倍はあろうかという巨大な木箱をスルーし、奥に積まれた小さな木箱を両手で持ち上げた。
木箱を開いた中から出てきたのは、数匹のネズミの死体。
あろうことか、無残な死体の数々を見てラーマは「ふふふ」と微笑んだ後、今度は大きな木箱を閉ざす南京錠を腰にぶら下げていた鍵で開く。
すると今度は木箱の奥の暗闇から、鷲の頭と翼を持つ馬の魔物――――ヒポクリフが現れた。
「狭い所に押し込めて悪かったね、お腹が減ったろう? これはご褒美だ」
小さな木箱をひっくり返し、荷台の床にネズミの死体を転がすとヒポクリフは鋭利な嘴で嬉々として死体を摘まむ。
「君の御主人は今頃何をしているのか」
人だろうと獣だろうと食べっぷりの良い者は好きだと豪語するラーマ、アキラのペットであるヒポクリフの豪快な食事を前につい笑みが零れた。
「君をまた暗い所に閉じ込めてしまうが、もう少しの辛抱だ……許してくれ」
ラーマの言葉を理解しているのか、ヒポクリフはネズミを食べ終えるとひとりでに木箱の中へ戻って行く。
申し訳なさは感じながらも、ラーマは渋々木箱の扉を閉めて南京錠を取り付けていた。そんな時、背後から暗い荷台の中に声が転がる。
「マスター、帝国軍から夜の内に搬入を開始して欲しいとのことです」
「賢明な判断だ、彼らの指示に従い搬入を開始したまえ」
「はい、そう伝えます」
頭を下げた声の主の男は立ち去ろうとしたが、ラーマの「ちょっと待った」という一言で足を止めた。
「スティーブ、君は確か潜入に長けていたよね」
「ハンター様ほどじゃないですが……多少は」
確認すると、ラーマはまたもや可愛らしい尻を振りながら荷台を漁る。
現在は盗みも含めて、肝心な情報収集の類はアキラに依頼しているが、彼女の登場以前に情報収集を任されていたのはこの青年スティーブ。
そのことを思い出したラーマは、荷台から赤いシルク生地のローブを取り出した。
「よし、君も搬入を手伝いたまえ、そして君に重要な仕事を与えよう」
「は、はあ……」
特に赤いローブを差し出す彼女の意図は分からない。
が、それは今に始まったことでもなく、スティーブは渋々頷いてローブを受け取った。
◇
その夜、クラウドフィッツ商団の荷物と教団関係者の搬入が開始されることとなる。
騒がしかった聖堂内も落ち着きを取り戻し、婚約の儀にむけた準備がとり行われていた。
何しろ、一国の皇子と教団の次期総司教とを結ぶ儀式である。
明日の華やかな舞台を作る為、教徒のみならず帝国兵達も準備を手伝っていた。
その最中、シャンデリアに照らされた回廊を歩き、オズワルドが向かったのは聖堂の地下宝物庫。の隣にひっそり掘られた安っぽい監獄。
「こちらは……」
思いもよらぬオズワルドの訪問にたじろぐ見張りの教徒だったが、「あれは帝国が追ってきた犯罪者だ」なんて威圧的な視線を向ければすぐに彼を地下に通した。
数本の松明が行く先を照らす土臭い地下監獄に足を踏み入れたオズワルド。
地下で見張る赤いローブの教徒の隣を通過し、立ち止まった彼の強張った視線が牢の中へ向けられる。
「君の処分は教団の信仰に乗っとり、後日このフォルトゥナで行われるそうだ」
オズワルドの視線が捉えたのは、腕を鎖で縛られて吊り上げられた血塗れのアキラだった。
「随分酷くやられたものだな、ハンター」
顔は腫れ上がり、鼻や口からは大量の流血。
露出した腕や脚には無数の青アザや擦り傷と、無惨なアキラの姿を眺めるオズワルドの目は至って冷静だった。
「あーあ、まさかあんたに素顔見られちゃうとはね」
口内の血を土の地面に吐き捨て、開くだけでも痛むような口をアキラは必死に動かす。
「まさかケットシー族だったとは、それならばあの逃げ足も納得できる」
頭の上の大きな耳に、髪色の同様に白銀の尾。縛られた手首の先には長い爪。
これだけの情報を与えられればケットシーと推測するのは容易かった。
「一つ、聞きたいことがある」
一度口を開いてから、また喋ろうとする素振りすら見せなくなったアキラに、オズワルドは問い掛ける。
「熾天使の指輪、そして教団の供物品……君は婚約に反対するギルドの一員なのか?」
しかしアキラはその問いに首を横に振って応えた。
「だったら何故だ? 何故、婚約の儀を邪魔するような真似をする」
首にはスキル封印の錠をつけられ、無力化されたアキラの口が痛みを堪えてようやく動く。
「未来を……」
「未来?」
突拍子もない単語の登場に、オズワルドは思わず聞き返す。
「くだらない未来を……変えるため……」
オズワルドに向けたアキラの目は真剣そのもの。
それどころか、未だ尚彼女の瞳には希望が宿っていた。




