神聖都市大戦争 Part.1
明朝、大型の馬車を引き連れた一団が認定の壁をくぐって神聖都市フォルトゥナへ入ってくる。
『クラウドフィッツ商団』のギルドマークが見受けられる馬車の一団は、フォルトゥナの石畳を踏み、与えられた馬車用の集会所へ案内された。
馬車に大量に積まれた木箱が次々に降ろされていく様子を、朗らかな笑みで見つめるのは彼らをまとめる経営者ラーマ。
「長旅ご苦労様、今日中に引き渡す品物もある、まだ仕事の残っている者はこのまま待機したまえ。
既に荷物を降ろし終えた者は馬を休めた後、中央通りから離れた場所に宿をとってあるから旅の疲れを癒すといい」
それからラーマの指示通り、荷を降ろし終えたギルドメンバー達は彼女が用意した宿に案内され、まだ引き渡しの残る荷を抱えた者達は荷台の固い床に転がって体を休めた。
彼らクラウドフィッツ商団の認定が終わるのを遥か後方から遠目に見ていた一団もまた、認定の壁へ差し掛かる。
商団と大きく異なり、馬車は数台しか連れていないものの、それを囲む約三千人という規模の大所帯を成した団体は明日に婚約を控えたエイジャース皇子とその護衛達だ。
「着きました、皇子」
馬車の中でエイジャースと唯一相席していた鎧を纏う女性が凛とした口調で告げる。
「此度の護衛、本当にありがとう、カルネル将軍」
「任務故、礼には及びません……それより長時間馬車に揺られての移動は堪えたでしょう、聖堂に皇子の部屋を用意してますので、明日の婚約の儀に向けて旅の疲れをお取りください」
「ああ、でもまずはレオーナやコヨーテ様に挨拶をしなければな」
「そうですね」
エイジャースとカルネルの和やかな会話の響く馬車内だが、外は約三千という帝国兵達が警戒レベルを最大まで上げて周囲を確認する。
何しろ、この認定の壁を越え、審判の壁に到着すれば数週間の門開放だ。婚約に反発するギルドが暴動を起こすとすれば、間違いなく今日から明日の儀式が終わるまでの門が開く期間。
「失礼いたします」
刹那、馬車の中に声とノックの音が転がった。
「なんだ?」
馬車の中から聞こえるカルネルの声に、外で扉をノックした男性兵士が深々と頭を下げて口を開く。
「はっ、既にフォルトゥナの中央通りに先導して入ったオズワルド隊からの報告によれば、中央通りを望む場所にギルドの者と思われる影が複数見えるとのことです」
「やはり戦争を仕掛ける気か……我々はオズワルド隊の誘導の下、聖堂内へ入る。
他の護衛部隊は中央通りを守るように配置し、現場の判断次第で戦闘行為を許可する」
「すぐに伝令致します」
カルネルからの指示を受け、男性兵士は矢の様に飛び出していった。
腕を組み、瞳を閉じてゆったりするカルネル。彼女を視界に入れながら、エイジャースは不安気な表情を浮かべる。
「カルネル将軍」
「なんでしょう」
恐る恐る口を開いたエイジャースとは対照的に、カルネルはハッキリとした口調で放つ。
「やはり、戦いは避けられないのだろうか」
「恋に落ちた二人が契りを結ぶ、此度の婚儀はただそれだけの話ではありません故、反発する者が出るのは仕方のないことです。
お二方の気持ちを優先したいという個人的な気持ちはありますが、それよりも皆が目を向けているのは数多のギルドを束ねる教団の次期総司教が皇室を跨ぐことによる国政の進展でしょうな」
カルネルの言葉を受け止め、落ち込むエイジャース。
「レオーナとの間には真実の愛があると信じている、しかし私達は立場の大きく異なる身……。
だというのに御義父様は、皇帝陛下は二つ返事で婚儀を許可してくださった」
「お嫌なのですか? 契りを結ぶのは」
「嫌なものか、レオーナと番いになれるのは望んでもいないことだ、だがやはり皇室は私を捨て駒程度にしか思っていないのかと思うと……少し悲しくてな」
大規模な戦闘が推測される地に皇子を放り込むなど、普通の神経ならばまずしない決断だ。
皇室の中でも肩身の狭かった彼は、度々自分の用途について考えていたが、ここにきて改めて皇室における自分の重要度がさほど無かったのだと認識させられた。
無論、エイジャースが皇室にとって不要な存在であることは、帝国軍の将軍として皇室と幾度も関わりを持っているカルネルも知っている。
知っているからこそ、虚偽や気休めで誤魔化すことなくカルネルはただ黙っていた。
――――その時、動き始めていた馬車の外から大きな爆発音が空気を揺らす。
「なんだ!?」
「敵襲か……しかし外には三千の兵達がおります故、我々の気にすることではないでしょう」
突然の爆発音に動揺するエイジャースを宥めるカルネル。彼女の推測通り、馬車の外のフォルトゥナ中央通りを行く隊列の中に一発の砲丸が撃ち込まれていた。
「全員展開! 戦闘行為を許可する!」
隊列をまとめていた男の声で、数百という兵達が動き出す。
しかし、何も攻撃は一発だけではない。市街地という視界の悪い場所から、今度は火を纏った矢が飛んできたのだ。
「進めっ! テロリスト共を一人残らず斬り捨てろ!」
矢を避ける者、剣や槍で弾く者、身に受ける者。兵士達は自らの命さえ顧みず、矢の飛んできた方へ駆け出して行った。
◇
エイジャース皇子との婚約を前日に控えるレオーナの握ったナイフが、こんがり焼かれた肉に入る。
洪水のように中から溢れる肉汁を表面に浴びた肉に、今度はフォークが突き刺さった。
「レオーナ様、先程エイジャース皇子がフォルトゥナに入ったとのことです」
朝から分厚い肉を口の中へ放るレオーナ。彼女の脇にいた男性教徒が深く頭を下げる。
「耳障りな音が遠巻きに聞こえるな、ギルドの野蛮人共が早速始めたか」
「しかし帝国兵を三千程度集めて護衛隊列を作っているとの話です、ギルド程度が肩を寄せ合ったところでどうにかできる規模ではないかと」
「皇子が来てるんだ、それぐらいはしてもらわないと困る」
皿の上の肉を平らげ、葉物野菜を折りたたみ、フォークで刺して一口。
壁の外で大規模な戦闘が始まったというのに落ち着き払っているレオーナだったが、今度は部屋の外からドタバタと耳障りな音が飛び込んでくる。
「レオーナ様っ!」
血相を変えてレオーナの私室の扉を開ける教徒。
「何だ、騒がしい」
椅子に座ったまま、不機嫌な視線を入ってきた教徒に向けると、教徒は「申し訳ありません」と震えた声で頭を一度下げた後、動揺を隠せない様子で再び口を開いた。
「れっ、礼拝堂が……」
「礼拝堂がどうした? 明日は婚約の儀だ、清潔にしておけ」
「そそそそそっ、それがっ! とにかく来てください!」
上手く言葉を紡げない教徒の姿に呆れ、不機嫌そうな顔を隠すことなく礼拝堂へ足を運んだレオーナだったが、そこで不機嫌だった彼女の感情が激怒へ変貌する。
「――――なんだ、これは?」
礼拝堂へ呼び出されたのは彼女だけではないようで、先に入っていたコヨーテは茫然としていた。
「朝、清掃に来たら……既にこうなっていて……」
教徒達も只々茫然とすることしかできない中、レオーナは激怒して礼拝堂のベンチを思い切り蹴飛ばす。
彼女達の視界に映ったのは、祭壇を汚す赤い塗料。それも文字を成している。
勿論、祭壇を汚したというのは由々しき事態だ。しかし、それ以上にレオーナを怒らせたのは汚れが形を成した文章。
『ネフティスの聖杯を頂きにあがります。
怪盗ハンターより、愛と共に――――。』
神聖な祭壇には、赤い塗料でそう描かれていた。




