父と娘と大泥棒 Part.4
◇
数日前、アキラが審判の壁を越えてるのを見送った後、クラウドフィッツ商団を経営するラーマもまた動き始めていた。
まだ日中の市街地で、彼女は自ら約束を取り付けた時計塔下の広場へ向かい、厳つい男衆の中に小さな身を投げる。
「君達かな、婚約に反発する教団傘下のギルドとやらは」
ラーマの愉しむような口振りで放たれた言葉に、男衆の真ん中にいるボロボロの布を頭に巻いた男が頷いた。
「そっちこそ、ラーマ・クラウドフィッツだな」
石を積み上げて作った階段に座り込んだボロ布の男の鋭い視線を向けられるが、ラーマは動じないどころか微笑んでいる。
「間違いなく私がクラウドフィッツ商団の経営者だよ、今日君達と対談の場を設けたのは他でもない、ビジネスの話をするためさ」
「ビジネスだと?」
小さな体をいっぱいに使って頷いた後、ラーマは腕を組み口を開いた。
「そうとも、しかしビジネスの話をする前に幾つか確認したいことがあるんだが、いいかな?」
「答えられる範囲ならな」
おそらくボロ布の男がラーマを囲む男衆のリーダー的存在なのだろう。
彼以外は決して口を出さず、ラーマとボロ布の男の間で話が円滑に進んでいく。
「君達の戦力と勝算を聞きたい、まさかここにいる十数名程度で挑もうというわけではないだろう?」
ラーマを囲む男は精々十から二十程度。
いざとなれば身長百センチのラーマを取り囲み、ボコボコにするぐらいは容易な数だろうが、帝国軍本隊と衝突を想定すれば良くて秒殺、最悪瞬殺といったところだ。
「こいつらは俺が経営する冒険者ギルドの連中だ、うちのギルドだけでも後続の連中がいるし……何より他のギルドの連中だってフォルトゥナ内で動いてんだ」
「ギルド間の意思の疎通は?」
「別のギルド間でもある程度は出来てるが、知っての通りフォルトゥナの中と外じゃ上空の結界があるせいで鷹を飛ばせねえ」
内側からも外側からも、あらゆる物体を弾く神聖な結界。
そのせいで認定の壁の門以外に出入りする方法はなく、鷹を飛ばして外部と連絡を取り合うこともできない。
「そうか、丁寧なご回答ありがたく思うよ。
君達のギルドには各々誇りを持って与えた名と紋章があるだろうが、無礼を承知してここは君達を“レジスタンス”と総称するが……いいかな?」
「なんとでも呼べ」
ボロ布の男が着用する、これもまたボロボロのコート。その背に刻まれているのがギルドの定めた紋章だろう。
「現状、レジスタンスの力では審判の壁を越えることはできず、この市街地部分に滞在しているという認識で間違いないね」
「ああ、審判の壁は帝国を探し回っても見つからないような制作スキルで作られた分厚い岩の壁だからな……超大型の魔物でも連れてこない限り破壊は不可能」
「聞いているよ、確かにあれを超えろというのは酷な話だね、そこで君達は婚約前日から当日にかけて門が開く瞬間に襲撃を仕掛けようとしているのか」
男達の視線の先で、リーダー格であるボロ布の男が深く頷き肯定した。
「で、どうかな? そうなればエイジャース皇子を守る帝国軍本隊との衝突を避けられないわけだけども、勝算は?」
「できる限りの数は動員するつもりだが、結構当日の参加人数次第だな」
「おしきた、ここで世界有数の大商人ギルド『クラウドフィッツ商団』の出番だ」
ここぞとばかりに嬉々とした表情を浮かべたラーマの声が大きくなる。
「我がギルドは運輸業も営んでいてね、此度の婚約の儀に必要な品物の販売と搬入を請け負っている。
大型の馬車を幾つもフォルトゥナに入れる権利を貰っている私のギルドなら、武器の密輸も容易なんだ。
見たところ認定の壁を通る際に武器の類は没収されているんだろう? 武器を手にすることができればレジスタンスの戦力も大きく向上するとは思わないかな?」
ラーマのこの提案が、周囲にざわめきをもたらした。
彼女の言うように、レジスタンスの男達は冒険者ギルドの者だというのに武装をしていない。
フォルトゥナという神聖な場所に入るのに武器の持ち込みは原則許されず、彼等も例外なく武器の類を没収され戦力を大幅に削ぎ落とされてしまったのだ。
「教団と提携してるなら、お前と俺達は敵同士って考え方もできる……この話には裏があると考えるのが普通の人間の思考だ」
武器が手に入ると浮かれ気分だった周囲の男達と違い、ボロ布の男は眉間にしわを寄せている。
「そう思われるのも仕方のないことだ、でも君は大きな勘違いをしているね」
「勘違い?」
「教団とも、君達レジスタンスとも、私はビジネスの話をしているんだ。
私が物品や運輸ルートを提供し、それに見合った金を受け取る。ただそれだけの話に敵味方というものは存在しないし、教団とも君達とも取引を済ませてしまえば肩入れする動機もない赤の他人さ」
男達よりも遥かに小柄で、華奢なラーマ。しかし言い終えた後の彼女の笑みは、彼女を視界に収める全ての者に寒気を感じさせた。
「なるほど、それがそちらさんの経営方針というわけか」
「ああ、この経営方針でクラウドフィッツ商団は誰からも信頼される大ギルドへ成長したよ。
大小あれど、君達もギルドだから金は持っているだろう? そこでどうだろうか、我がギルドから武器を買ってみないかい?」
「数は? 値段は?」
ボロ布の男の疑問にラーマは嬉しそうに二度頷く。
「数は君達に合わせよう、それによってこちらも値段を計算する。
それから密輸という形だから、その分の追加料金も足して……詳しい値段は明日提示しよう、明日取引が成立すれば私はすぐにフォルトゥナの外から鷹を飛ばし、ギルドメンバーに知らせるよ」
「分かった、明日またこの場所で落ち合おう」
話を終え、一度は男達に背を向けたラーマだったが、すぐに足を止めて顔を振り向かせた。
「明日は互いにとって良い話ができそうかな?」
「俺達も武器は欲しいところだ、前向きに考える」
以前より狙っていた取引のようで、前向きな意思を聞くとラーマは小さく笑い声をあげながら去った。
◇
それから夜を超え、昼も過ぎ、夕暮れ近くの空に鷹を放った。
レジスタンスとの取引は円滑に進み、ラーマも満足気な笑みを浮かべている。
「さてと、私はどうしたものかな」
取引成立までは教団と結託している彼女が、認定の壁の門を行き来するのは非常に容易なこと。
一度くぐって外に出た門をもう一度くぐる最中、正面に映る審判の壁を見てラーマは呟いた。
「戦場になるにしろ、ネフティスを召喚されるにしろ、ここに安全な場所は無くなってしまうことだしね……一足早く退散するというのも手だが」
市街地を歩く彼女の視界に映る、フォルトゥナで生活をするラグナ教徒やその身内の者達には残酷な話だとラーマは思う。
しかし、これから起こるであろう全てを言いふらすわけにもいかない。
「ネフティスの力と存在が認知されてしまえば、この国だけでなく世界的に危機が及ぶだろう、果たして君にそれを止めることができるかな? アキラ」
審判の壁の向こうで奮闘しているであろうアキラを思い浮かべながら、口元を緩ませていた彼女の視界の隅に何やら人だかりが飛び込んできた。
人だかりに混ざって、彼等の視線の先を覗いてみたいという気持ちはあるが、何分百センチほどしかないラーマの視界に映るはずもない。
「この女はラグ・マリアより賜ったありがたき身体を持ちながら、その意に反した」
人々のざわめきの遥か先から聞こえてきた声に更なる興味を抱いたラーマは、可愛らしい両腕で人を掻き分けて先頭を目指した。
「少しいいかな」
小さな腕で必死に掻き分け、ようやくたどり着いた先頭集団。そこで彼女が目にしたのは、複数のラグナ教徒に囲まれて石畳に膝をつく女の姿。
「我らが神よ、お送りするあなたの子を許し、清らかな御霊を地上へ返したまえ」
一人の男性教徒がそう告げると、他の教徒達は皆審判の壁へ祈りを捧げた。
一斉に祈りを捧げている彼等だったが、中でも目を引いたのは大きな斧を手にした教徒。彼を見た途端に、ラーマは今から起きるであろう全容を悟る。
「処刑……ということかな」
小さく呟いたつもりの彼女の声は隣にいた男の耳に届いたらしく、その問いに小さな声で答えた。
「女性に死罰を与える時は、こうやって祈りの塔に魂を捧げる儀式をやるんだ」
「なるほど、女性の造形の起源はラグ・マリアにあるというラグナ教らしい女性に敬意を払った処罰法だ」
ほどなくして、斧は振り下ろされて女性の首は石畳に転がる。
残酷な光景に目を背ける者が大半を占める中、見慣れた光景ゆえ目を背けることもしなかったラーマが見たのは、死体を回収する教徒の中に木の十字架を握って亡骸に祈りを捧げる教徒の姿。
「この様子だと、彼女が捕まっても死に顔は拝めるかな」
目の前で断末魔をあげ人が死んだというのに、ラーマは笑みを浮かべながら人混みの中へ潜っていった。
幼い見た目にそぐわぬ人生経験をしてきた彼女である。人の死なんてものは飽きるほど見てきたし、今更感慨深くなるものでもない。
そんなことよりも彼女は良い見世物を見たという気分のまま、決戦へ向けて残る仕事に着手した。




