二千二百二十二話 不羈なる槍使い、星風鈴の導きで縫い手の真実を促す
――温かい風を感じると紅薔薇の幻影が虚空に揺らめいた。
ヴェデルアモボロフを本当に倒した証左。
ヴェデルアモボロフの内奥世界のような<偽鏡血肉核>などの禍々しい氣配は皆無だ。
あの時に、イルメラが己の魂を犠牲にして、<偽鏡血肉核>の奥の、ヴェデルアモボロフの心臓と匣を穿ってくれたからこそか。
ありがとう、イルメラ――。
胸が熱くなるのを覚えながら周囲の岩場を見回す。
斜め下の岩場で、激戦を繰り広げていたルリゼゼやキスマリたちは、ヴェリンガーと共に六眼魔族と四眼四腕魔族たちの混成部隊を相手に局所戦を制する勢いだが、強者の六眼も多いようだ。先程、俺の<鎖>から逃げた六眼魔族もいるのかな。
更に、右側の崖下のほうへと進出していた相棒の黒虎とヘルメも、しなやかに岩を跳び越え、こちらを目指して崖を登ってくる姿が視界に映る。
<闘気玄装>のみを維持し、他の<魔闘術>系統を解除。
手元に浮かぶ王氷墓葎の魔法書から出ている魔線を把握――。
封印の解けたはずの龍王トンヘルガババンの氣配は重く沈んだまま。
何らかの制約で動けないのか、あるいは機を窺っているのか。
その思考を切り裂くように、チリンと、涼やかな星風鈴の音が鼓膜を震わせた。
キスマリが鳴らしている。
コバトトアル地脈、十六磐〜十九磐の立体地図を投影させている?
否、戦っているから、皆に音を聞かせているのか。
取りあえずは、ルリゼゼ、キスマリたちに加勢するか――。
思考を鋭く研ぎ澄まし、降下――。
突き出た岩の角を爪先で弾き、斜め上に伸びる奇岩の先端へ滑り込むように着地。そこから、眼下に広がる混戦の渦へと視線を射抜く。
<雷炎縮地>を発動――。
爆発的な熱量と雷光が足裏から弾け、引き伸ばされた光の世界へと体を放り投げるまま、無名無礼の魔槍を斜め下に構え、局所戦の真っ只中へと滑空するように突進していく。
「――光魔の首魁!」
「お前の首を得れば、大眷属に出世は間違いない!!」
「「潰せ」」
「「おう!!」」
魔槍持ちの四眼二腕と――。
魔剣持ちの四眼四腕の魔族たちが近づいて来る。
即座に<血道第三・開門>――。
<血液加速>――。
<煌魔葉舞>と<月冴>を発動――。
脳内のリミッターを解除するように魔力を全身に巡らせ、葉のような魔力が周囲に発生した。
迫り来る敵の動きが、極限まで引き伸ばされた時間の中で静止していく。
あえて、退いて間を取り、魔槍使いの四眼二腕の魔族が放ってきた鋭い突きを誘う。その穂先を、無名無礼の魔槍の柄で吸い付くように受け流し、手首を滑らかに返す――<風柳・籠手返し>。
螺旋の遠心力が相手の魔槍を巻き込み、その持ち手をぐしゃりと骨ごと粉砕した。「ぐぇっ」と短い悲鳴をあげて体を崩した魔族の胸を左手に握る神槍ガンジスの青白き穂先が、一切の抵抗なく貫いた。
貫いた神槍ガンジスを左腕の引きだけで、引き抜き、右半身へと重心を滑らせるまま遠心力を乗せた双月刃の穂先が、隣り合う四眼四腕の魔族の胸を通り抜けた。
骨ごと横一文字に切り裂いた。
そこに右から、俺の死角を突くように――。
別の四眼四腕魔族が四振りの魔剣を同時に突き出してきた。
剣風からして<豪閃>の類か――。
無名無礼の魔槍の柄を両手で保持し、最小限の円を描くように高速回転させる。キィン、キィンと硬質な金属音が重なり、四つの刃すべてを完璧に弾き飛ばす。そのまま生じたわずかな隙に踏み込み、<御槍・無音突き>を放った。
ノーモーションで音を置き去りにした超高速の刺突が一人の四眼四腕魔族の胸を穿つ。
「「くそが、数で潰せ」」
「「「おう!」」」
岩場の起伏を巧みに利用するように迫ってくる闇神リヴォグラフ側の魔族兵。
四眼四腕、二眼二腕が多い。頭部は人族もあれば、猪、獅子、豹獣人と似た魔族もいる。
そして、岩場と足場が悪い場だからこそ<槍組手>、<棍馬闘技>も活きるというもの――<隻眼修羅>と<闇透纏視>に掌握察で、殺氣と魔力を感覚のまま捉え、突き出されてきた魔槍の軌道に合わせ――。
あえて両手の魔槍と神槍を手放す。
武器を失ったと錯覚した敵の目の前で<悪愚返力>を拳に宿し、踏み込んだ。
――轟音とともに放たれた拳が、敵の右腕を巻き込みながらその脇腹を完全に消し飛ばす。すぐさま身を捻り、宙空に浮遊していた無名無礼の魔槍を右手でキャッチ。そのまま円を描くように<龍豪閃>を放ち、迫る魔剣をまとめて叩き落としながら、その胴を薙ぎ払った。
勢いを殺さず前進し、今度は左手の掌に魔力を収束させ、<滔天掌打>の掌底を対面の魔族の顎へと叩き込む。頭蓋の砕ける小気味よい音が響く。
足下を攻撃してきた槍使いに合わせ、右足を引き、左足を前に出す素振りのままわずかに右前に出て、「おい、そこ!」とわざと声を発し、機先を取る。
続いて無名無礼の魔槍と神槍ガンジスを手放す。
「「!?」」
驚いている魔族兵の一人に肉薄し、両腕が魔塔の如く伸びての、掌底<塔魂閉門>――を繰り出し、槍使いの胸を打つ。ドッと衝撃音が響くと、槍使いはその場で氣絶し、背後の斧使いがその衝撃波をまともに受けて吹き飛ぶ。
そこに左右から迫る無数の残光を、最小限のロール――。
横回転で紙一重に避け、密着した左の敵へ<風柳・左背攻>を叩き込む――。
鍛え上げられた左肩と背中からの衝撃が、四眼四腕魔族の巨体を揺らしながら吹き飛ばした。岩壁と衝突し、倒れる。
右からの魔剣を、左に身を捻り躱す。
<握吸>で引き寄せ右手の神槍ガンジスで<刃翔刹閃・刹>を行う。
魔剣を弾き、右にいた四眼四腕魔族の槍使いの穂先を弾き、左斜め前にいた魔剣師の足を斬り、その隣にいた斧使いの足をも斬る――。
前に出ながら神槍ガンジスを消し、<星影双魔剣>を召喚し、七雄から得た二つの巨大な魔剣で、足を斬った魔剣師の胴を抜き、槍の反撃を弾くまま、前進。
<星影双魔剣>を消すと同時に、左手の<滔天掌打>掌底で相対しそうな四眼四腕魔族の顎を潰し、横に回転――。
迫った無数の斬撃を避け、四眼四腕魔族の突きを避けて左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出し、ティアドロップの先端が魔槍を弾きながら絡み付き、そのまま引き寄せる勢いを利用して、四眼四腕の魔槍使いの顎を砕くように、敵の顎を砕く<風柳・右背攻>を繰り出し、衝突させた。
「ングゥゥィィ――」
肩の竜頭装甲の鳴き声を感じながら跳躍。
四方から迫った槍衾を避け、<血鎖の饗宴>は使わず、<血魔力>を足下から噴出させながら<断罪ノ半化身>を意識し、アーゼンのブーツで、無数の魔槍の穂先を踏み潰し、地面に多数の槍を押さえ付け、跳び、<悪式・突鈍膝>で、正面の四眼四腕の魔族の頭部を潰し、胴体を蹴って三角跳びのまま次の魔族の頭部を<風柳・風巻蹴刀>で蹴り飛ばし、次の魔族へと<魔経舞踊・蹴殺回し>を繰り出して連続的に頭部を潰すように吹き飛ばしていく。
宙空で、神槍ガンジスを右手に召喚――。
「「ぐぁぁ」」
「着地際を狙え――」
「「そこだ――」」
着地際に<風柳・連礼穿槍>を繰り出した。
――神槍ガンジスが、槍ノ神威の真髄を示すように、攔、拿、扎の軌跡を描く――。
迫る敵の刃を外側へ払いの――攔。
内へ巻き込むように弾き――拿。
そして吸い込まれるような直線で急所を穿つ――扎。
払い、弾き、引っ掛け――。
「ぐえぁ」
「ぬぉ!?」
「ぐぇッ」
「ぶっげぁ」
攻防一体の完璧な槍術が、四眼四腕の魔族たちの防壁を紙のように切り裂き、次々と血飛沫とともに吹き飛ばしていった。
「――ヌオォォッ! 我が王ザンスイン様の御名において、この地を這うリヴォグラフの毒虫どもを肉片に変えてくれよう!」
戦場を揺るがす強烈な怒号。
身の丈を遥かに超える巨大な鉄棍を己の四肢のように器用に操る六眼の巨漢がいた。その一振りは、闇神側の獅子頭の魔獣魔兵二体を文字通り叩き潰し、肉塊へと変え、更に、肉薄した三人の四眼四腕魔族の魔剣をその重量で圧殺している。
狂暴さもあるが、確実に棍の理を持つ強者。
欲望の王ザンスインが率いている軍の大眷属かもしれない。
闘争本能が、その力強い質量に反応するように武者震い。
その男が六つの眼球を血走らせ、またも「闇神の手勢に遅れを取るな、奮えろ、トゥヴァン族! 巴魔復の名にかけて、闇神殺しがいかなるものか。我らが欲望の王ザンスイン様の黄金の鎖こそが、真の魔神! 天を、否、真の神魔山シャドクシャリーを得るのは、我らのみ! 闇を払い、神界の黄金を入手し、『神魔大戦』を制し、〝空風火水土ノ梵盃〟を得るのは、我らぞ!」
と叫び、仲間たちに奮起を求めると、
「「「おおぅ!!」」」
その仲間の六眼魔族たちから氣合い声が響く。
闇神側の戦列は押されていた。
強引にこじ開けんとする凄まじい風圧が、こちらにも響いてきた。
六眼魔族の巨漢たちが、激戦の渦中で魔剣を振るうキスマリの姿を遠くから捉えると、
「その〝星風鈴〟の音は――」
「十六磐や十九磐の!?」
「深紅の魔脈を狙うか! 縫い手の血の六眼擬きが!」
闇神リヴォグラフの魔族たちを倒し、肉片に変えながら叫んでいた。
キスマリは溢れ出そうとする激情を必死に押し殺しながら、闇神リヴォグラフ側の四眼四腕魔族を斬り払う。
次の二眼二腕の魔剣師の一撃を、ザガから託された魔剣を衝突させ、<黒呪仙回天斬り>を繰り出し、黒紫色の魔力の火花を爆ぜさせるように、二眼二腕の魔剣師の頭部と肩を斬り捨てては、
「〝星風鈴〟の音に氣付いているなら、我を闇神の狗どもと一緒にするな! だいたい、我が故郷を真に滅ぼしたのは――」
キスマリの言葉を遮るように、隣で黄金の鎖を蛇のように操る、もう一体の強力な六眼魔族が吠える。
「黙れ裏切り者め! そこにいるシクルゼ族の生き残りが証左だろうが! 我が王ザンスイン様のために、その首を所有物としてくれようぞ!」
棍棒が空間ごとキスマリを擂り潰さんと一氣に振り下ろされる。<鎖>は射線からして難しい。
間合いを測りつつ<血液加速>――。
静寂の世界を滑るように前進し、キスマリの前に割り込む。
手にした無名無礼の魔槍を翻し、蜻蛉切的な大笹穂槍から墨色の炎を噴出させ、<風穿>――。
突き出てきた棍棒へと、穂先を衝突させ、それを弾いた。
返す刀の要領で振るってきた二撃目の棍棒に対し、左手の神槍ガンジスを掲げて、<風柳・上段受け>で、その柄で受け止める。
腕に伝わる重い衝撃を膝のクッションと魔力操作でいなし、半身で、風槍流『風流し』を行うまま、一歩右前方へと踏み込んだ。
ピコーン※<風柳・風流し>※スキル獲得※
神槍ガンジスで<血穿>。
棍棒で真横に弾かれ、そのまま、俺の腹を狙う棍棒が迫る。
直ぐに、半身で<暗行ノ歩法>を行い、腹を狙う棍棒の下を、柄で上に、撥ね上げるように<杖楽昇堕閃>を繰り出した。
――柄で棍を上に跳ね上げた。
返す無名無礼の魔槍の穂先と、返す棍が、また衝突するまま前進し、<断罪ノ半化身>と<魔闘術の仙極>と<魔銀剛力>を発動、六眼魔族に対して力で押し込む――。
柄と柄が擦れ、激しい重低音の摩擦音が岩場に木霊した。
<握式・吸脱着>で神槍ガンジスの柄を浮かせ、<握吸>を使い、短く持ち直す。
「――なっ……光魔の首魁めが」
「死ねぇ――」
「光魔ルシヴァル!」
「――保留しろ、六眼の武人たち。お前たちの故郷を思う執念は否定しないが、刃を向けるべき真の膽を見誤るな――」
<血魔力>を抑えて出力を弱めた<超能力精神>――。
複数人の得物が弾かれ上向いて、
「「!?」」
「「え!?」」
上向いた棍棒の先から、衝撃の余波を孕んだ火花が散っていく中、短く持っていた神槍ガンジスで<闇雷・飛閃>を放ち、棍を弾き、双月刃が六眼魔族の腹の鎧を捉え、「ぐぉ――」吹き飛ばす。吹き飛んだ六眼魔族は棍で岩場を叩き付けて衝撃を殺すが、「……どういうことだ?」と疑問げに俺を見てくる。
棍使いはかなりの強者だな。
後退した六眼魔族たちも、それぞれ疑問げに驚きながらこちらを見ている。
――同時に無名無礼の魔槍の石突でドッと石畳を突く。
そこで〝神魔シャドクシャリーの書〟と〝黒呪咒剣仙譜〟を出して、<導想魔手>に持たせた。
皆、二冊の書を注視。
同時に、地響きが起きた。
神魔山の山頂、そして上空の暗雲から、無数の銀緑色と紫銀色の魔線が収束するように飛来し、二冊の書物へと吸い込まれていく。
地面から噴出した濃厚な魔力も二つの書の中に吸収されていった。
六眼魔族たちの眼球が一斉に収縮し、<導想魔手>が持つ二冊の書物へと釘付けになった。
「な、……それは……」
「まさか、ショウカク様の、それに、我が先祖たちの……!?」
長い棍棒を構えたままの六眼の巨漢、今の強者と、黄金の鎖を蛇のように波打たせていたもう一体の六眼魔族の動きが文字通りピタリと止まった。
驚愕と、信じられぬものを見るような戦慄が巨漢たちの唇から漏れ出す。
彼らの額のわずかな角が、二つの書の残響に呼応するかのように銀緑色と紫銀色の光を放つ。
皆、瘧のように震え始めた。
闇神リヴォグラフ兵を肉片に変えながら叫んでいたあの狂暴な罵声が完全に色を失っていく。
そこに激情を必死に押し殺していたキスマリが魔剣アケナドを衝突させて一歩前に進み出てきた。
六つの薄緑色の瞳に同族への底知れぬ悲しみと哀愁を湛えて、目の前の巨漢たちをまっすぐに見据える。
「ヴァスガ! なぜ、我が一族の誇り高き戦士たちが真の仇を忘れ、強欲の王に指示された通りに動いているのだ! お前たちは、主の采配に疑問に思わないのか!」
「……何を語る……」
「ヴァスガ様を知る? お前も戦の眷属なのか?」
「ヴァスガ様を知るなら、神咒の糸の使い手が生き残っていたということになるぞ」
「いや、あいつは六眼なだけだろう、<血魔力>を放っている!」
「あ、まさか……キスマリなのか?」
一人の六眼魔族がキスマリを凝視して、そう語る。
キスマリは、
「まだ氣付いていなかったか。その通り、キスマリだ。我は元トゥヴァン族。しかも、この元聖地だった神魔山シャドクシャリーを故郷とする者、『縫い手は神界に通じる異端』と揶揄された側を守る者。当時を知る者は少ないと思うが……麓の縫い手庇護派の一人だった者だ」
「「「「え……」」」」
キスマリの言葉が、戦場を支配する風の音に混ざり、重く響き渡る。
六眼魔族たちの間に津波のような動揺が広がっていく。
一人の若者の六眼魔族が、
「……囁きを拒み縫い手を庇った六眼は『裏切り者』と烙印され追われ散ったという……」
その言葉に、キスマリは頷く。
「そうだ。その一人が我だ。傷場を利用し、セラに渡ってからも幾星霜と……紆余曲折あり、今、こうして再び、故郷に戻ってきた!」
キスマリが鬨の声のように響いた。
「「「え……」」」
他の六眼魔族たちが駆けよってきた。
そして、一人の年老いた六眼魔族が、信じられぬというように六つの瞳を見開いて、
「――キ、キスマリ……!? お前、生きていたのか!」
「当然、キスマリだ!」
キスマリの言葉に、
「「「――おぉ?」」」
六眼魔族たちの多くが声を揃えて驚いていく。
「異端が生きていた……」
「縫い手たちを助けた、おなご……」
「しかも、闇渦から逃れていたのか……」
「……」
キスマリは年老いた六眼魔族、否、傷で四眼の魔族を見て、
「しかし……お前、バゾナタ戦爺か?」
と聞いていた。
「あぁ、そうだが……」
「六眼が四眼に、だが、あの当時から年老いたままか!」
「ふっ……おう。お前は若娘のままなのだな。しかし、氣付かなかった」
「うむ。だが、ここは戦場、今も激しい戦いが周囲で起きているからな。だが、先程から何度も、我は己の名を『キスマリ、ここにあり!』と叫んでいたんだぞ……」
「――ハッ、裏切り者が! 本当の裏切り者になったわけだな」
突如、六眼の若者が強く叫ぶ。
「裏切り? 若造故、仕方ないと思うが、同胞だろうと大戦の掟、トゥヴァン族の掟は生きているはずだが、違うのか」
キスマリが理路整然に語りかけた。
「「「……」」」
キスマリの言葉に六眼魔族たちは沈黙。
六眼の若者は、肩を揺らし、キスマリとルリゼゼと俺を睨むと、
「……掟がなんだ。だいたい、あいつは祖デザを殺したシクルゼ族の生き残りだぞ!? しかも、だ。祖讐六眼衆を殺した連中、光魔ルシヴァルだ!」
「イフド、今は止せ」
「ウルセェ!」
イフドと呼ばれた六眼の若者は、六眼魔族の仲間の言葉を無視し、前に出て、ルリゼゼに斬り掛かる。
ルリゼゼはシザヨイ、シギルア、シアババ、シトトメを掲げながら応え、六眼イフドの魔剣を弾き、五合ほど打ち合う――<導想魔手>と<鬼想魔手>を発動しながら、無名無礼の魔槍と神槍ガンジスを突き出し、六眼イフドとルリゼゼの間に入り、二人の得物を連続的に弾きつつ、六眼イフドの足を<導想魔手>が握る魔星槍フォルアッシュで払うように狙い、躱した六眼イフドの胴を<鬼想魔手>の<魔力拳撃>が捉え、「ぐぇ」と吹き飛ばす。
同時に<破邪霊樹ノ神尾>を意識し、<破邪霊樹ノ神尾>の光を帯びた樹で、六眼イフドとやらの得物と多腕と足を拘束し、地面に固定させていく。
「ヘルメ、あの拘束から抜けるのは不可能と思うが、一応注視」
「はい」
ヘルメは両手の指先から<珠瑠の花>を放つ。いつでも六眼の若者、イフドとやらの更なる拘束が可能の位置に付く。
周囲の六眼魔族は、イフドが拘束されても動かない。
ルリゼゼもまた、額の縫い目を柔らかく明滅させながらキスマリの隣へと並び立つ。
「皆の衆、我の名は、四眼ルリゼゼ――」
「「やはり!」」
「祖デザの仇めが!」
「よくも、しゃーしゃーと!」
六眼魔族たちから殺氣が迸る。
ルリゼゼは、あえて、光魔ルシヴァルの<血魔力>を体から噴出させ、
「――静まれ! 痴れ者が! 主がそこの武闘派を殺さぬ意味、そして、お前たちが知る我が、このシザヨイ、シギルア、シアババ、シトトメを振るわずに、言葉を用いている意味を考えよ!!!」
ルリゼゼの宣言のような声が響く。
六眼魔族たちは、また静かになった。
ルリゼゼは、
「……我は、闇神リヴォグラフの走卒ではない。キスマリと同じ光魔ルシヴァルの宗主、シュウヤ様に命を捧げた<筆頭従者長>の一人、四眼ルリゼゼだ。そして――〝今日の後に今日はない〟」
ルリゼゼの理知的な声が風に溶けた。
「あなたたちが数千年の間、血の掟として信じ込まされてきた歴史の裏に、どれほど巧妙な『嘘』が混ぜ合わされているか……甘い情報を流し、同胞同士を戦わせて踊らせていた真の黒幕が誰なのか――その誇り高き六つの眼で、しかと精査するべきだ!」
ルリゼゼの凛とした確固たる意志を秘めた理知的な声が六眼魔族たちに響いたように、武器を降ろす者が続出。
無論、遠いところでは、闇神リヴォグラフ側と戦いは続いている。
するとヴァスガが、「……ふむ」と六眼魔族たちを抑えるように前に出た。武器は下げている。
そのヴァスガの六つの眼球が激しい動揺のまま、<導想魔手>に浮かぶ二冊の書物へと釘付けになっていた。
ヴァスガは深く息を吐き出し、構えていた武器を消し去った。
これはトゥヴァン族における『敵意なき対話』の作法か。キスマリとルリゼゼが俺を見て小さく頷く。
そのヴァスガは、俺を見て、
「……光魔ルシヴァルの主とみたが、間違いないな」
「そうだ。名はシュウヤ」
「我は、魔神の一柱、欲望の王ザンスインの大眷属の一人ヴァスガ。そして、そこに浮かぶ書は、〝神魔シャドクシャリーの書〟と〝黒呪咒剣仙譜〟で相違ないな?」
「その通り」
「……ショウカク様の、あの『縫い手』の呪いと秘術のすべてが記された秘宝であり、我が先祖たちの歩みが刻まれた本物の書……。更に<神咒霊刺繍>により編まれた……<黒呪強瞑>などを修めることができる奥義の譜……それがなぜ、光魔の、お前のような男の手にある……」
「〝黒呪咒剣仙譜〟の入手は【玄智の森】だ。〝神魔シャドクシャリーの書〟は魔界セブドラで、最近だ。キスマリやルリゼゼとは関係なく入手している」
ヴァスガは体が震えて、
「……神界の古き地方の一つの名、しかも……」
ヴァスガは、黒虎、氷王ヴェリンガー、ミレイヴァル、銀灰虎に、俺の近くで浮いている王氷墓葎を順繰りに見て、
「……なるほど……そこの神界に纏わる書と、神界の眷属に関係しているわけか」
「そうだ」
「魔界奇人レドアインとの関係はどうなのだ」
先程エヴァも語ったが、〝黒呪咒剣仙譜〟の歴史にも登場していたな。
「関係はないが、聞いたことはある。神格持ちなのか?」
「そうだ、それを持つ以上は知っていると思うが、ショウカク様と戦っていた。レドアインの眷属ババアキも強者だ。シラは倒されかけた」
「その名も載っていた。その通りで〝黒呪咒剣仙譜〟の歴史はある程度知っている。直接の関係はない。だが、ショウカクがレドアインの眷属ババアキを倒し、<神咒霊刺繍>を編み出した歴史は知っている」
俺の言葉を聞いたヴァスガは口元を震わせ、周囲の六眼魔族が唖然とした。
「「……」」
「……分かり申した。庇い散った麓の六眼の血脈の最後の一人キスマリ……鸞仙族の縫い手を庇った六眼の末裔キスマリを、光魔ルシヴァルは眷属にしたのですな」
そんなことは見た目通り、分かっているはずだが……。
「……あぁ、そうだが?」
「……す、まぬ、動揺しているのだ。そして、シュウヤ殿――」
と、ヴァスガは、いきなり片膝を地面に突く。
棍も地面に置いていた。ヴァスガに続いて、六眼魔族の一部が頭を垂れてくる。
「我は降伏致す――」
「了解したが、欲望の王ザンスインを信奉しているのではないのか」
ヴァスガが頭部を上げ、キスマリを見る。
キスマリは無言だったが、かすかに頷いた。ヴァスガはキスマリに礼をするように胸元に手を当てて会釈し、そして、俺に視線を向ける。
その六眼の内、四眼から涙を流していたヴァスガは、
「……信奉はないといったら嘘になるが、我らは、戦の眷属派を信奉している。そして、一族の罪をこれ以上重ねるわけにはいかないのです……」
「どういうことだ」
「我らは……縫い手が『神界に通じる異端』と、踊らされてしまったのです」
「……過去のキスマリ排除のことか」
「はい」
「詳しく話してもらう」
「……ハッ、戦の眷属派が、我ら一派。その我らは、鸞仙の一族を、まるごと焼いてしまった。我ら、罪深き者たちと、末裔が、戦の眷属派なのです。キスマリは、我ら戦の眷属派でありながら、当時、鸞仙の一族を擁護した。そのキスマリを裏切り者として、追い立てたのは我ら……」
重大な真実、あぁ。だからか。
ショウカクをショウカク様と呼ぶ……。なるほど。
「……ヴァスガは、当時の六眼魔族、トゥヴァン族の真実を知る生き証人ということか」
「はい」
「では、お前が知る真実をすべて教えてくれ。縫い手を襲った理由、ここが闇渦となってしまった要因もあるはずだ」
「はい……闇神リヴォグラフの大眷属、深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフの流言を真に受けた。更に、破壊の王ラシーンズ・レビオダと憤怒のゼアも、ヴェデルアモボロフが唆したと知りました。駆虎呑狼の計にしてやられた。それにより、結界の縫い目が解け、境が崩れ、神魔山シャドクシャリーは闇渦と化してしまったのです」
……。
「鸞仙族の縫い手の情報を頼む」
「……鸞仙族の縫い手は、運命神アシュラー信仰の秘術派です」
そこでキスマリを見て、
「……キスマリの追われた理由か。同胞、鸞仙族を守ったんだな」
キスマリは頷いた。
「うむ。そうだが、では、闇神リヴォグラフこそが……やはり大敵なのだな。同時に、あの倒れた深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフこそが、真の、我らの仇だったのだな……」
「あぁ、倒せて良かったよ」
「うむ……本当にそうだ。だからこそ主は、やはり我の魔英雄で、不羈なる槍使い! すべてを導く存在だと強く認識したぞ!」
キスマリは涙ぐみながら語る。
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