二千二百十九話 ヴェデルアモボロフと闇神リヴォグラフに神魔山
◇◆◇◆
ここは【闇神リヴォグラフの絶魔殿】。
天蓋も見えぬ高みへと聳え立っている闇神柱。
そこには闇神ハデスが磔にされている。
闇神柱から<暗黒魔力>と<闇の血魔力>が膨大な量の炎が幾重にも放出され、無数の蛇や鎖の如くの動きで闇神ハデスの体に絡み付き、その体を焦がし溶かす。回復はしているが追いつかず、肉は垂れ落ち骨は露出しては無数の魔魂蟲が、ハデスの体中の骨に染み入るように入り込んでは、「くっ」と苦悶の表情を浮かべている。
そんな状態にも関わらず、ハデスは、
「……父上、ヴェデルアモボロフは、それでも数千年付き従ってくれた重要な臣下ですよ……」
闇神リヴォグラフは凍える息吹を放ちながら、
「ハッ、ハデス、お前が、あのヴェデルアモボロフに氣をかけるとはな」
と言うと、足下から、光すら腐らせるような漆黒の<暗黒魔力>を強く噴出させた。
その魔力は、三面六臂の闇神リヴォグラフの体を覆うように蟠りながら上昇していった。
闇神リヴォグラフは、指先を前方に向けた。
指先から放出されていた<暗黒魔力>無数の魔次元の紐と似た次元干渉を起こす。
途端に、大平原コバトトアルの戦場の光景が映る。
光魔の大眷族の元ダークエルフに仕込んだ楔が反応するはずだったが、反応せず、戦場の光景がゆらりとゆらりと映るのみ。
ところが戦場の一角が白銀に輝いた瞬間、目の前に、太い鏃が出現し、飛来――。
「「閣下!?」」
「狼狽えるな」
神々しく白銀と黄金も混じっている神々しい太い鏃は闇神リヴォグラフの眼前で止まっている。闇神リヴォグラフは、
「……ハッ、我に【暗夜十三の執行者】オモラとヤイザスの奇襲の仕込みを、それ以上に<光闇の奔流>で返されるとはな……やはり、サケルナートや狩魔の王ボーフーンを屠る連中なだけはある」
「闇神リヴォグラフは「だが、これは我には届かんよ、魔毒の女神ミセアの毒もかすかに感じるのが、また苛つかせる――」と指先を下から上に動かし、白銀の鏃を下から叩いて弾く。
白銀の鏃は斜め上に跳ね返るまま霧散した。そこで玉座から立ち上がり、下を見やる。
その根元に蟠る、光すら腐らせる漆黒の闇――煌めきを放つ三面六臂の異形、闇神リヴォグラフが玉座から深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフを見下ろしていた。
そのヴェデルアモボロフは、己が吐き散らした血と肉片のへどろのような海の中で、無様に両膝を突き、呼吸を荒くし、肉腫の浮き出た太ましい巨躯を瘧のように震わせていた。
裂けた口の両端からせり出していた赤い眼球が力なく垂れ下がっている。
――失った。
スペアの心臓も、漆黒の匣に秘めた裏切りの種も。
数千年をかけて積み上げた、すべての保険を……。
あの優秀すぎた奴隷、紅薔薇紋族の最後の女に根こそぎ持ち去られた。
「『……見苦しいぞ、ヴェデルアモボロフ』」
闇神リヴォグラフの三つの顔の六つの眼球が一斉に塵芥を見るように動いた。同時に周囲に無数の赤い目が出現し、赤い目から深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフに魔線が放たれていく。
深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフはその赤い目に向け、己が用意していた秘策の一つ<グテマーの愚皇>を発動し<闇神・赤目>を密かに弾いていく。
「『……神界へ楔を打ち込んだ我が祝勝の宴で、その醜態。そして胸の奥に隠した、もう一つの裏切りの音……弁明はあるか』」
大氣そのものを圧し潰す神威にヴェデルの肺腑からまた血が逆流した。
弁明など、あるわけがない。
あの匣の存在こそが、いざという時にこの主君を見限るための――鞍替えの供物だったのだから。
「……ヴェテルノ、モフドも出ろ」
闇神が静かに最高眷属の名と、側近の魔界騎士モフド・ガ・ラモラセを呼ぶ。モフドは、「ハッ」と魔槍ケラビアスの穂先をヴェデルアモボロフに差し向ける
玉座の傍ら、書物を綴じたような漆黒の鎧を纏う闇賢老ヴェテルノが「ハッ」と恭しく身を屈めた。
――〝書架の主〟。
深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフは、そのヴェテルノに二度、撤退の援護を乞うた。幾度も頭を下げ、貸しを作ってきた相手。
闇神リヴォグラフは、
「『この出来損ないの肉から、まだ使える理だけを抜き、整理せよ。〝闇の血泉〟の管轄は、別の者に移す』」
「は。御意のままに」
ヴェテルノの感情の失せた声が静かに響く。
ヴェテルノの手に持っていたグルドアの魔造書の魔界四九三書が自動的に開き、ひらひらと頁が捲られていくと、ヴェテルノは、書の頁に指を当て横に動かすと、無数の紙片に分裂しながら離れた。その紙片は一瞬にて、首のない四腕の漆黒騎士に変化。
四腕の得物には、魔槍、斧、魔剣、など様々に握られている。
漆黒騎士は、深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフの周囲を囲い始めた。
周囲の闇賢老バシトルターゼ、闇死花公イビロヌラ、闇毒花公ラフレシア等の大眷属たちは、ヴェデルアモボロフを見てすらいなかった。
昨日まで肩を並べた諸侯の誰一人、墜ちた者へは指一本動かさない。
それが魔界の理。位を喪った者は、ただの肉だ。
モフドもヴェデルアモボロフへと間合いを詰めた。
ヴェデルアモボロフは、「舐めるなよ、執行魔界騎士が――」と叫ぶと、己の血肉の一部を闇のランスに変化させ、鋭い穂先を差し向けると同時、モフドの体が揺れる。肩口からざっくりと抉れ消えるとモフドの上半身は歯形の跡となって吹き飛んでいた。
モフドの上半身を喰らったのは<魔転・絶獣肉皇牙>。
ヴェデルアモボロフが用意した闇の魔皇肉獣メガ・アロの頭部だった。
口は大きく無数の乱杭歯を生やしている。
モフドは吹き飛びながら体を再生させるが、壁に背を強打し、片膝で床を突く。
闇神リヴォグラフの六つの眼が見開き、「ヴェデルア、良い度胸だ……」
と呟くと――遥か頭上、神界へと続く闇の裂け目から赤い目が現れ、ヴェデルアモボロフへと急降下していく。
すると、ヴェデルアモボロフは近年勝ち得た、
「――火脈ノ、退き火ッ……!」
憤怒のゼアから簒奪した火脈の力を残された<闇の血魔力>のすべてと共に足下へ叩きつけた。マグマ混じりの爆炎が床を割り、視界を漆黒の煙と劫火で塗り潰す。
爆炎と黒煙の混沌に紛れ、その太ましい巨躯は肉の門を強引に穿ち、絶魔殿の外壁へと転がり落ちていく。
闇賢老ヴェテルノは追跡の素振りすら見せない。
闇神リヴォグラフにいたっては、一瞥をくれることすらなかった。
吹き飛ばしたモフドでさえ――。
――それが、何よりの屈辱だった。
闇神の眼に、己は敵としてすら映っていない。
この大魔公爵が――どこへ縋ろうと墜ちた肉に行き着く先などない、世界の羽虫が羽ばたいた程度にしか思われていないのだ。
絶魔殿の闇を抜け、ヴェデルアモボロフは魔夜の中、血の尾を引いて墜ちるように翔けた。
――握りしめた二つの札。
一つは、コバトトアル中央、魔皇碑石の最深核への〝アクセスパス〟。
闇神リヴォグラフの神界逆侵攻、その心臓へ至る唯一の鍵。
もう一つ、主君にすら明かさなかった地脈、魔脈、火脈、十六磐から十九磐に眠る『ウアンの星脈石』の支配鍵。最後の保険――。
「……欲望の王、ザンスイン」
裂けた口から血と共に自嘲が零れた。
「あの飽くなき蒐集狂に頭を垂れるのか。この、深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフが……」
だが、体を失うよりはマシだ――。
二つの札さえあれば強欲な王は必ず食いつく。生き延びられる。まだ終わらぬ。
深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフは血に濡れた牙を剥き、欲望の王が蟠る南の魔域へと身を投じていった。
墜ちた諸侯の最後の悪足掻きとも知らずに。
◇◆◇◆
皆で、神魔山がある方角を凝視していると、ミトリ・ミトンが<母性の絹>、あるいは<聖なる膜>を発動させると、追従するようにシルがその丸い体をきゅっと縮めた。
一氣に跳ねて宙へと躍り出ると、波打つ体をぷよよんと音を響かせながら、ぷかぷかと気持ち良さそうに浮遊する。「きゅきゅ、ぷるる~」愛らしく鳴くと、半透明の体の内から黄金の輝きを放つ。
「きゅっ!」
シルが小さな口から、また、ぽつりと小さな紅薔薇の花弁を吐く。
花弁は、光を放ち、ふわりとミトリ・ミトンの周囲を優雅に巡る。そこから放たれる清冽極まりない魔力の粒子が目に見える波紋となって周囲へとじんわりと広がった。
光の波紋が、傍らに佇んでいたザンクワたち鬼魔人の戦士やトモン、ジェンナたち仙妖魔の面々の足を、あるいはその傷ついた防具の隙間を優しく撫でるように通り抜けていく。途端に、彼らの体表から、かすかな銀緑色と紫銀色の哀悼光が〝ぽう〟と灯った。
「……え、なん、だ、これは……。温かい光が、俺たちの中まで……」
ザンクワは驚愕に目を見張り、自らの逞しい両腕を凝視した。
周囲の鬼魔人たちも、互いの顔を見合わせては、奇跡に震える声を漏らす。
「頭の――あの忌まわしい『双角強症』の疼きが、完全に消えている……」
「ミトリ・ミトン様の新しき力……。まさか、魂の奥底に巣食う宿痾まで癒やされるとは!」
「「おぉ」」
「魂を苛み続けてきた宿痾……」
<隻眼修羅>の視界を通してもはっきりと見て取れた。
壊し、喰らうだけの覇道ではない。
これが、俺の内に宿る神座の適格者の理――アハシュムロンの縫合の理と、俺たちの絆が編み上げた繋、脱、還の三角形がもたらした具体的な還の理法の発露。
ただの体の治癒ではない、引き裂かれた魂の円環を安らぎへと導く圧倒的な救済劇。
内に宿る神座が、鏡のような湖面のごとく静かに凪いでいく。
その霊的な温風を肌で感じながら、俺は肩の上に佇む愛おしい相棒をそっと撫でた。
「にゃ、にゃおん」
黒猫も満足げにゴロゴロと喉を鳴らし、背中から生やした橙色の魔力翼を嬉しげに小さく震わせている。
――空間の境界が、ボロボロと崩れるように、赤黒い雷霆を伴って裂ける。
そこから姿を現したのは、戦場の喧騒を当然のように無視する、極めて洗練された衣服を纏った影。マセグド大平原を中心に統べる恐王ノクターの懐刀であり、あの陰険極まる陣営の最高実務者。魔秘書官長ゲラ、その人だった。
ゲラは直属の精鋭魔族部隊を背後に従え、滑らかな動作で俺たちのいる砂城の前へと進み出てくる。城壁の上を見上げれば、東から帰還したレンが、愛用の煙管から甘くほろ苦い紫煙を細く吹き出しているのが見えた。そのしなやかな太股に刻まれた『血闘争:権化』の魔法文字が、彼女の闘志に呼応するようにかすかに明滅している。
その傍らでは、ヴィーネが〝星見の眼帯〟の奥にある銀の瞳を鋭く細め、いつでも翡翠の蛇弓を引き絞れるよう、弦に細い指先を添えて静かに佇んでいた。
魔秘書官長ゲラは、
「シュウヤ様、我が主、恐王ノクターの名において、これなる精鋭を以て、貴殿の要塞の盾といたしましょう」
ゲラは恭しく頭を垂れた。
「おう、よろしく。北はある程度の余裕さが出たということだな」
「はい。吸血神ルグナド様は多忙を極めておられますが、我らといたしましては、一蓮托生たる光魔ルシヴァル陣営との連動が最優先事項。シュウヤ様が北西の狩魔の王ボーフーンを討たれたことで、かの領域は一大空白地帯となりました。当然、そこは諸侯や神々、その大眷属どもが群がる泥沼の争奪場と化すでしょうが……おかげで我らは、悪神デサロビアや魔蛾王ゼバル、闇神アスタロト、王魔デンレガ、魔公爵ゼンといった宿敵への対応に戦力を集中できるようになりました。さらに、シュウヤ様との深い繋がりのおかげで、闇遊の姫魔鬼メファーラ様との使者交換も滞りなく。西と北の戦局は、劇的に好転しております」
皆が頷いた。
「了解した」
敬礼をした魔秘書官長ゲラ。
綺麗な双眸の奥の光は、こちら側、大平原コバトトアルに多く拡がる権益の精査していることはよく分かっている。
すると――チチチと耳障りな、しかし酷く重い金属の摩擦音が響いた。
傍らに、静かに佇んでいたキスマリ。
彼女の腰に帯びられた、一族の遺品たる『魔剣アケナド』が、突如として、かつてないほどの激しい重低音の唸りを上げ始めた。
「……ッ……これは……」
キスマリの六つの薄緑色の瞳が、驚愕と底知れぬ哀愁を帯びて大きく見開かれる。
魔剣アケナドの柄から黒紫色の魔力の火花が爆ぜた。
地脈を伝うように、南東の方角へとその磁力線が強烈に引き絞られていく。
「……我が故郷の地、神魔山シャドクシャリーの残響が……アケナドの刃を内から叩いているのです……。主、これはただの蜃気楼ではありません。次元が狂っていたあの闇渦の地が、何者かの手によって、実体を持つ土地へと造り変えられた証し……」
キスマリの声はかすかに震えていた。
内に秘めた万感の想いを、絞り出すように俺へと向けてくる。彼女は四つの腕のうち二つを己の胸に強く押し当て、溢れ出そうとする激情を必死に押し殺していた。
そのキスマリは、
「〝今日の後に今日はない〟……。過ぎ去った故郷の土が、今、あの方角で……泣いている氣がするのです」
彼女の悲しみと、喪失の記憶。
それが、俺の体から自然と溢れ出ていた「上位の闇」の衣、そしてボーフーンを喰らって内に定着しつつある神座:神律の適格者の理へと地脈の魔脈を介して、決定的に連結された。
ゴゴゴゴゴ、と、俺とキスマリの足下の石畳が共鳴するように鳴動する。
「主、神魔山シャドクシャリーの跡地、探索してきたぞ」
「そうだな」
「うむ、先祖の地、同時に、〝黒呪咒剣仙譜〟とも関係が深いからな」
「あぁ、たしかに、<黒呪強瞑>の元でもあり、<黒呪仙剣突>なども覚えた」
「「はい」」
皆がエヴァを見る。
エヴァは昔〝黒呪咒剣仙譜〟を読み解いた。
「ん、うん。まだ覚えている。『原因は己にあるって。魔界セブドラの秘術を集めて学ぶことが好き過ぎて、一人、神界と魔界の境にある神魔山シャドクシャリーの洞窟の中で秘術の研究をし続けていた。けど、その神魔山シャドクシャリーは魔界セブドラと神界セウロスの神々の戦いの影響で破壊された。神魔山シャドクシャリーは六眼トゥヴァン、六腕アヴァローキテーシュヴァラなどが多く住んでいたけど、崩壊したって。更に魔界奇人レドアイン、闇神アーディン、恐王ブリトラの争いの余波で、ショウカクは瀕死になって、神々の争いから逃げて逃げた。そして、<ドゥルツォン>の砂曼荼羅陣、魔法陣を体に発動させて洞窟に逃げ切った強いショウカク。その逃げた洞窟は広く、同じ神魔山シャドクシャリーの麓から逃げていた角を生やす魔族と泡仙人の血を引く女性シラさんと知り合ったの。でも、魔界奇人レドアインの眷属ババアキに襲われて、その女性シラは死にそうになった。ショウカクの体は既にボロボロだったけど、そのババアキを倒すことに成功。そう記されていた。そしてショウカクは、瀕死の身で逃げ込んだ洞窟でシラという女性と出会い、己の血と魔力を捧げて彼女を救った。けれど二人は黒呪の傷に蝕まれ、シラはショウカクを救うために神咒の糸と針、そして刺繍に取り込まれて消えてしまったの。ショウカクは深く悲しみ、己の体に呪いを縫い付けるようにして<神咒霊刺繍>を編み出し、〝黒呪咒剣仙譜〟を遺した……。だから、神魔山シャドクシャリーの跡地には、私たちのルーツに繋がる重要な何かが眠っている」
皆が思い出すように少し間が空いてから、
「……うん」
「そうだった」
「正直、<黒呪強瞑>は<血液加速>と同じく、かなり使っていたけど由来は忘れてたわ」
皆の言葉に頷く。キサラは、
「その南東の方角は、イルメラが最期に遺した、闇神リヴォグラフの神界逆侵攻計画の『道』があります。闇渦の地でもあるということでしょう」
「そうだろうな。深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフは、神界の戦神ヴァイス一派の秘宝と、十六磐から十九磐に眠る『ウアンの星脈石』の魔力を利用して、次元を歪めていると聞いたばかり、イルメラの死と連動しているだろうヴェデルアモボロフがどうなっているか不明だがな」
「はい!」
「調べてみる価値はありますね」
「ということで、行くか、キスマリ」
「はい……!」
「キュベラス、南方だが、幾つか<異界の門>の記憶はしているかな?」
「ライムランに向かう間に、何回か記憶しているので、南は数カ所<異界の門>で行けます」
「では、また頼む」
「ンン」
相棒はキュベラスの足下で体勢を低くして待ちの体勢となった。
尻尾を左右に振りつつ、胴体から進化した橙色の魔力翼を生やしている。
そこで、
「では、レン、ハンカイ、カルード、イルヴェーヌ師匠たち、ゲラたちと共に、人造蜘蛛兵士やズィル、インミミ、ゾウバチ、イズチと魔犀花流の門下の兵士たちと共に、ここを頼む。クレインや光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスたちとも連動してくれていい」
「はい」
「おう」
「ハッ」
「任せな」
常闇の水精霊ヘルメが、
「閣下、左目の中に入っておきます!」
「了解した」
「はい!」
女体化していたヘルメは一瞬にして輪郭を崩し、清冽な常闇の水へと液状化する。
そのまま螺旋を描いて宙を舞うように、左目へと滑らかに吸い込まれてきた。
冷涼で心地よい魔力の感触が網膜の奥にじわりと広がる。
キュベラスは<異界の門>を宙空に展開した。
瞬きをしながら石の門を見上げる。
皆に、「では、残りのメンバーで神魔山シャドクシャリーの跡地、闇渦で危険かもしれないが、そこに行こう――」石の門を潜った。
<異界の門>から出て、着地したのは闇霧が行き交う岩場――。
漆黒の炎と雲が飛来してきてひりひりしてくる。
キスマリが、
「かつての故郷……の一つ、我がセラに来る前、魔界の故郷だった……」
神魔山シャドクシャリーらしき山脈は見えているが、まだぼやけることがある。
闇渦の残響が不氣味に渦巻く。
周囲の大気は、まるで高次元の幾何学――カラビ=ヤウ多様体のごとく複雑怪奇にねじれ、ホログラフィ的な禍々しい輝きを放ちながら、世界の法則そのものを侵食し合っていた。
視界の歪みをねじ伏せるべく<隻眼修羅>と<闇透纏視>を全開にする。
岩陰からその混沌の中心部を覗き込んだ刹那、脳髄を劈くような凄まじい魔力の衝撃波が駆け抜けた。
「……これは」
目の前の光景は、地獄の混沌的に変化しまくり。
中心部では、天を衝くような蒼い光の柱が幾本も連なり、イルメラの警告通り、眩い『ウアンの星脈石』の結晶体群が神界戦神ヴァイス一派の秘宝の術式と魔線で連結され、世界の境界を強引にこじ開けようと狂暴に脈動している。
そこを守る、闇神リヴォグラフ側の精鋭部隊や異形の魔術師たち。
だが、そのリヴォグラフ側の防衛陣地に対し、正面から、文字通り『天を覆うほどの軍勢』が、猛然と強襲を仕掛け、戦場を蹂躙していた。
――ジャラジャラジャラジャラッ!
天を覆う空間の裂け目から、視界を埋め尽くすほどの眩い黄金の鎖が無数の蛇のごとく狂暴に奔り狂う。その鎖を自在に操り、闇神側の魔族たちを容赦なく締め上げ、肉片へと破砕していくのは配下の【六眼のトゥヴァン族】を筆頭とする数十万の圧倒的な軍勢。
他ならぬ、欲望の王ザンスインの誇る主力部隊だった。
先頭に見え覚えがある太いのがいるが、まさか、な……。
「――喰らい尽くせ! リヴォグラフの秘宝も、光魔が得たでろう織神の遺産も、すべては我が王ザンスイン様の所有物となるのだ!」
六眼を血走らせた強力な大眷属たちが、様々に理を叫びながら、闇神リヴォグラフの勢力に攻撃していく。無数の触手を体から放っていた二体の闇神側の眷属を屠り、強固な障壁を力ずくで叩き割っていく六つの棍棒を振り回している六眼六腕の魔族はかなり強そうだ。
闇神の千の眼を欺き、世界の綻びを縫合しようとする俺たちの背後で、魔界の魔神たち覇王の一角が、すでにこの権益を巡って牙を剥いていた。
闇神リヴォグラフの逆侵攻計画の陣地と、それに襲いかかる欲望の王ザンスインの飢えた軍勢。
二大勢力が激突し、大平原コバトトアルの南東が赤黒い炎と黄金の鎖で大爆発を起こしている、その中心部を俺たちは岩陰に身を潜めながら……。
「ご主人様、ヴェデルアモボロフと似た存在がザンスイン側に見掛けましたが」
「あぁ、氣のせいじゃないのか」
エヴァがその華奢な肩を震わせ、
「ん、絶対そう。赤黒い血の魔力に、新たな醜悪な黄色の魔力が混じっているのが見える……」
確信を込めて呟く。
「間違いなく、ヴェデルアモボロフよ。あの忌々しい大魔公爵の氣配を忘れるはずがないわ」
ユイが双眸の白光を放つ<ベイカラの瞳>を活かすように戦場を凝視していた。
そうだった。というか、え? まさか本当に闇神を裏切って欲望の王ザンスイン側に移ったのかよ。
皆も口を広げ驚きながら神魔山シャドクシャリーと宙空、空域を巡る凄まじい戦いを凝視していく。
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