二千二百十五話 ミトリ・ミトン三十番目の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>になる
天蓋を焦がす戦火の余韻の中、右上空を切り裂いて漆黒のドラゴン――ナイトオブソブリンと、紅蓮の翼を広げたペルマドンが突進していく。
「ガォォォォッ!」
「グオォォォォォッ!」
大氣を震わせる双璧の咆哮――。
吐き出された青白き稲妻のブレスと、すべてを灰に還す紅蓮の業火が宙空に燻ぶっていた漆黒と真紅の魔族兵士たちを容赦なく薙ぎ払った。散り行く魔素の火花を背に二頭の巨躯は優雅に身を翻すと、地上で待機するナギサとフィナプルス、そして闇烙竜ベントラーと闇烙龍イトスの傍らへと滑るように降下し、翼を畳ませつつ、編隊機動を取り、魔導要塞陣地を守るように旋回飛翔していった。
そこに常闇の水精霊ヘルメが、
「閣下! 未知の敵将を倒したのですね!」
と水飛沫を発しながら飛来した。
「おう!」
「ふふ――」
ハイタッチをすると愛らしい微笑みを浮かべたまま体の一部を液状化しながら背に回ってくる。
滑らかな女体の感触も良いが、ひんやりとした水流の防護服にもなるヘルメの液体が背へと滑り込むように纏わりついてきた。素晴らしい感触、魂の奥から伝わる確かな温もりが、経脈を優しく満たしていく。
すると、空を飛翔していた闇烙竜ベントラーと闇烙龍イトスは、ナギサが広げた巻物の<闇烙・竜龍種々秘叢>の中に吸収されて見えなくなる。
「ボォォォォン!」
巨大な大厖魔街異獣ボベルファが天地を揺るがす。
更に、巨大な骨鰐魔神ベマドーラーも、
「――ボォォォォォォォン!!」
と負けず劣らずの咆哮音を響かせ、互いにシンパシー得ているように体から放射状に出た魔線が繋がっていた。
魔皇獣咆ケーゼンベルスも、
「五月蠅いぞ、ウォォォォン!!」
と鳴いて隣に並びながら大きい歯牙を見せて、二大の魔街異獣を威嚇するように『「ウォォン!」』と神意力が入った挨拶を発していた。
短い咆哮だが、ケーゼンベルスなりの不器用な挨拶だった。
大厖魔街異獣ボベルファの背は街で、中には外に出ていない鬼魔人や仙妖魔がいるから、心配になるが、街の上空では、ボベルファとミトリ・ミトンに連動した無数のスライムたちが、星屑のように瞬きながら強固な魔法防御層を維持している。
その大厖魔街異獣ボベルファと骨鰐魔神ベマドーラーの咆哮は、宙空に目に見える波紋状の音波に変化し拡がって、砂城タータイムの深淵のネプトゥリオンや雷竜ラガル・ジンをモチーフにした各尖塔と連動しているように、砂城タータイムを起点にした新しい魔法防御のフィールド層を造り上げていく。
悪神デサロビア、闇神リヴォグラフ、厖婦闇眼ドミエル、狩魔の王ボーフーン、十層地獄の王トトグディウスなどの戦力からの攻撃が激しかったから魔法防御が消えていたか。
「ガォォォォォ」
「グゴガァァァァ」
「ガゴォォォォォ」
「グガァァァァァ」
深淵のネプトゥリオン、炎竜ヴァルカ・フレイム、地竜ガイアヴァスト、雷竜ラガル・ジンも咆哮を発し、その魔法防御をすり抜けて、砂城タータイムの尖塔や壁に着地していく。砂城タータイムの尖塔付近を飛翔していキュベラスは俺たちのほうに飛翔してくる。
そこに、
「――閣下、魔導要塞陣地と暗剣の風スラウテルの傷場に近付く魔族部隊は根こそぎ倒しましたぞ! しかし、依然と、敵の氣配は周囲に多い! 今も斜め左、否、右からも厖婦闇眼ドミエルの残党か不明な十層地獄の王トトグディウスの勢力が放っている火柱輸送の爆弾があちこちに発生しております!」
「――閣下、我らを苦しめた漆黒の武将のこともあります故、警邏巡回をしてきます! ご指示を!」
大型の軍用馬ヒョードルとザレアドに乗った光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスが豪快に聞いてきた。
「おう、そのまま警邏と強襲前衛を頼むが、深追いはしないでいい」
「「ハ!!」」
ゼメタスとアドモスを乗せたヒョードルとザレアドは魔導要塞陣地の右側を駆けていく。
トモンとジェンナも、
「シュウヤ様、俺たちも東の警邏に参加します」
「はい、ミセア様と淫魔の王女ディペリル側と戦う闇神たちの動きも氣になりますから」
「シュウヤ様、この魔将オオクワも東の偵察と警邏に参加しまする」
「「「「はい」」」」
射手のアラ、ディエ、魔刀ヘイバトと仙妖魔の部隊たちに、
「了解したゼメタスたちと同じく深追いはしないように」
「「はい」」
「盟主、一先ずの勝利と言えるが、まだまださ。だから、ゼメタスとアドモスのフォローをするよ」
「了解した」
クレインも東の警邏チームに参加していく。
ハンカイも戻っていたが、
「シュウヤ、俺たちは西から見よう。で、南を少し見てから、この砂城タータイムの前辺りに戻ってくる」
「分かった」
と言うと、ハンカイは金剛樹の斧を上げ笑顔を見せる。
「うむ、では、バフハール殿も頼む」
背後にいたバフハールとシャイナスは、
「ふむ、では、わしらは西と南方の警邏をしよう」
「はい、シュウヤ様、勝利おめでとうございます」
「おう」
「では、また後ほど」
そのシャイナスは、ハンカイとバフハールは西のほうに向かう。
闇雷精霊グィヴァも、
「御使い様、私も西方の警邏に参加です!」
「にゃァ~」
黄黒虎は「ぬおぉっ」とハンカイを強引に背に乗せて西方に直進。
「私も参加です!」
波群瓢箪のリサナと「皆を守る♪」と光精霊フォティーナと「西回りで南ですな、参加しますぞ――」、シュレゴス・ロードに「グモゥゥ~」と鳴いた大きい鹿魔獣ハウレッツも続いた。
「にゃ~」
「にゃォ~」
「にゃぁ」
相棒は橙色に輝く魔力翼を収縮させて、皆について行かなかった銀灰虎と白黒虎に頭部を突き合わせていた。
そこにレベッカが、
「――ロロちゃん、大活躍ね!」
「柔らかい~」
「ん!」
ユイとエヴァも大きい相棒たちに抱きついていく。
キサラとヴィーネもふさふさしている黒虎たちに毛に体を埋めるように、身を寄せていた。宙空から降下してきたキュベラスも魔杖を消しながら黒虎の頭部の鼻先に手を当てていく。
「キサラ、驚いたわよ~? 黒魔女教団の信仰には、闇遊の姫魔鬼メファーラ様と光神ルロディス様も入っていたし、四神の預言書マーモティニクスの伝説繋がりは聞いていたから分かるけど、まさか、神界の戦神や戦乙女の神格にまで繋がってくるなんてね。もしかして古の星白石も関係あったら鳥肌もんよ?」
黒毛に包まれているレベッカの声だ。
「ふふ、私も驚きましたが、新しい<魔謳>を覚えて即座に理解しました。後、恒久スキルには、それらしき名が幾つかあったんです」
同じくキサラの声が響く。
キサラの秘められた恒久スキルか。それは知らなかったな。
「あ、ホフマンから返却されたスキル類?」
「はい、その中にもあります」
「「「へぇ」」」
「先程のキサラの<魔謳>は新しかったですが、やはり……」
キュベラスがそうキサラに聞いていた。
<脳切血盗>持ちのホフマンからのスキル返却か……。
すると、大きい相棒が犬のように体を震わせて、皆から体を離すと黒虎から徐々に黒豹へと縮小させ、俺に頭部を寄せてくる。
姿勢を下げ、
「相棒、俺と皆を守ってくれて、ありがとうな」
その相棒の頭部と首下の毛を指で梳きながら地肌を撫でてあげた。
黒豹は目を細め、俺の手を舐めるように頭部を下げつつ「ンンン」と喉声を発し、嬉しそうに目を瞑ると、己の頭部を俺の掌の中へと押し当てるように上半身を持ち上げてきた。
勢い余って腕から離れても、長い尻尾を右腕に絡めてくる。
また「ンンン」と喉声を発し、俺の左右の腕を両前足の肉球でガシッと挟み込んできた。
そのまま、じゃれるように俺の指先や掌を温かい舌でペロペロと舐め、加減された鋭い牙で甘噛みを繰り返す。
少し荒ぶっている息遣いが可愛い。噛み具合の強弱で、俺への無条件の愛を伝えてきている。
額に伝わる相棒の荒い息遣いと、地肌の温もり。
光魔の宗主として、これまで数え切れないほど相棒に噛まれてきた。
その絶対的な信頼の痛みが、戦場で極限まで張り詰めていた神経を、ゆっくりと、しかし確実に解きほぐしていく。
両腕を相棒に舐められていると、レベッカが、
「安全とは言えないけど、一先ずは魔導要塞陣地は無事ね。それにしても神界側だった戦神も大眷属の体を元にしての強さだと思うけど、幻影であの強さってことは、本体は、相当な強さってことになるわよね……」
「ん」
エヴァも同意しているように、魔界で独立できている時点でな、魔戦神キヴェレイの強さは相当だろう。そして、そのレベッカたちに
「そうだな」
「マイロード、凄まじい戦果と勝利、おめでとうございます」
カルードたちが寄ってきた。
「「おめでとうございます」」
「敵方はかなり減った、勝利だろう」
「「「はい!」」」
「「勝利!」」
マバペインに乗る魔界騎士ド・ラグネス。
ハドベルドに乗っているハープネス。
怪士ノあやかしを宙空に浮かせたままのカリィ。
煙を纏い、アグラトラの甲指を浮かせているザンクワ。
鬼魔・幻腕隊ガマジハル。
エトアとルビアとボンとザガと蜘蛛娘アキの部下アチュードとベベルガも傍にきた。
傍には、ヴェデルアモボロフの支配化にいたイルメラもいた。
カルードは無手、流剣フライソーなどはアイテムボックスに仕舞ったか。
その皆に、
「おう、皆のおかげに、師匠たちの活躍もあり、勝てた」
「ふふ、お弟子ちゃんという要があるからこそ、皆もがんばれているのよ」
シュリ師匠の言葉にカルードたちも頷く。
飛怪槍流グラド師匠、女帝槍のレプイレス師匠たちは、蜘蛛娘アキの部下アチュードとベベルガと人造蜘蛛兵士とズィル、インミミ、ゾウバチ、イズチと魔犀花流の門下の兵士たちと勝利の抱擁を交わしていく。
カルードは、
「戦神、魔戦神キヴェレイですが闇神リヴォグラフの大眷属、闇賢老ヴェテルノの語りの中に、その名がありました。闇神側は神界系の血や魔力を活かしての毒研究もしていることは確実です」
深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフを逃がした闇賢老ヴェテルノか。
「はい、〝列強魔軍地図〟には、【裏切りの戦神キヴェレイの地】は随分前に載っていました」
ヴィーネの言葉に頷いた。
レベッカは、
「うん、思い出した。知記憶の王樹キュルハ様が〝列強魔軍地図〟に触れた時ね」
「はい」
「あ~あの時……」
ヴィーネたちが思い出しながら会話していると、キスマリとルリゼゼも戻ってくる。
二人は勝利を祝うように得物を衝突し合っていた。ケル、アケナド、スクルド、シザヨイ、シギルア、シアババ、シトトメの魔剣が鳴り響く。キスマリはザガから幾つか魔剣を渡されていた。
柄巻には、魔剣サグルーの柄だった物もあるように見えた。
修理か、新しい魔剣の依頼をしていたかな。
ヴィーネは、
「【堕ちた戦乙女イツキの古城】や【古戦場・武王龍神アガツナの墓地】と【狩魔の王ボーフーンの支配領域への道】などの地名と地形も表示されていました」
「うん、ここの広大な大平原コバトトアルとも繋がっているし、すべて符号する」
そのレベッカたちの会話に皆が納得顔を浮かべていく。
「そうだな」
「それと、今は降ってこなくなったけど、十層地獄の王トトグディウス側の火柱爆弾のようで大量に魔族兵士を送る攻撃は、インチキよね! 魔公爵ゼンの<神殺しの塵芥>を無効化する戦略的な爆撃よりはマシだけどさ……」
「あぁ、その魔公爵ゼンの大部隊もホークとの戦いと、諸勢力との戦いで、こちら側には来ることはできていないようだ」
「うん」
「今は、休憩をかねて休んでくれていい。レベッカも皆のフォローありがとう」
「ふふ、うん、左手の魔印に見えない<血道・九曜龍紋>にも似た印は、もしかしてキル・ドッポの?」
そのレベッカの言葉に頷いて、皆に左手を見せた。
「「「……おぉ」」」
「最後の連続的な掌底撃の……」
「……凄い、あの敵でしかなかったキル・ドッポを裏切りの主君から最期に救ってあげたのね」
「ん……」
「強かったからこそ、なにか心に来る」
ユイも涙目になっていた。
「ドッポは神界の戦士、竜族、竜人として……」
「やはり、神界の武人だった存在です……ご主人様の武人としての心が通じたんでしょう」
「マイロード……感動を覚えますぞ……まさに、新しき<縫合の理>は、新たな力でもある……」
すると、闇遊の姫魔鬼メファーラ様の氣配が紫黒の魔力と共にかすかに漂った氣がした。
右斜めに前方にいた大厖魔街異獣ボベルファが静かに、「ブペペッ」と鳴いた。
その背から、銀翠の雨の記憶を宿すミトリ・ミトンが姿を見せた。
彼女が細い指先を動かすと、宙空にきらきらと輝く半透明の魔力の階段<幻遊ノ階梯>が形成される。
「ボォォォ、ブペペッペッぺ~」
またも、大厖魔街異獣ボベルファが鳴き声を発した。
巨大な四肢と頭部付近では灰銀色のスライム『ブッティ』たちが嬉しそうに跳ねている。
大厖魔街異獣ボベルファが、その巨大な頭部を静かに極めて恭しく大地へと垂れた。四肢も香箱座りを行うように内に仕舞っていた。正直あの動きは可愛い。
皆、ミトリ・ミトンに道を譲るように左右に移動した。
「フェドゥたちに続いての眷属化か~」
「「はい」」
「見守りましょう」
「うん」
皆の言葉を聞きながら、ミトリ・ミトンを見て、
「ミトリ・ミトン」
「……はい」
ミトンは前に進み出ると、三つの細い腕を胸の前で厳かに交差させ、遅れて左下腕の壊れた人形のような腕を上げて、深く、敬意を込めて頭を垂れる。
「ライムランの廃魔塔で約束したな。皆が揃った、然るべき場所で儀式を行うと」
「はい。シュウヤ様」
顔を上げ、美しい銀緑色の瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
「わたくしは……織神の娘としての過去を受け入れ、シュウヤ様と共に歩む未来を選びました。正式に光魔ルシヴァルの眷族となることを、希望いたします。そして、シュウヤ様の精神的な負荷を<聖膜・魂位収束>で守り続けることを誓います」
ミトンの銀緑色の瞳が、強い決意の光を放つ。
彼女を覆う『聖なる膜』が、純粋な個体としての美しい白銀の光を放っていた。
そして精神的な負荷か。神格を得てからの俺が俺であるためのわずかな間には、ミトリ・ミトンや相棒の力があったのは確実だろう。感謝だ。
「……ありがとう。覚悟も確かに受け取った。では、皆、大厖魔街異獣ボベルファの霊脳魔花ボベルファの場に移動しよう」
「「「はい」」」
「ンンン――」
「「了解」」
ミトリ・ミトンは浮遊して、「では、皆様、改めてボベルファの中へ行きましょう。戦場が落ち着いた今だからこそ可能な、ボベルファの街並みの見学も少し可能です――」
と発言すると、浮遊しつつ「ふふ、<幻遊ノ階梯>――」足下に綺麗な魔力場を生成し、その上を踏むように軽やかなステップで上昇していく。
周囲に<聖膜眷獣・ブッティ>の銀色のスライムを生んでいた。
◇◇◇◇
皆でスライムたちが周囲に多い大厖魔街異獣ボベルファの頭部に向かった。
魔法の膜を通り抜け、尖塔のように聳え立つ角と角の間には街へと宙空から入る。
赤煉瓦の建物が多いのは前と変わらず、鬼魔人たちが暮らしていた街を見ながら角のアーチ状の出入り口の正門を潜り抜けて、ボベルファの頭部の中に入った。
吹き抜け構造の内部は、巨大なモスクや大寺や大教会の内部のような作りだ。
仏教建築にありそうな内壁は前にも増して七色に輝いている。
先を歩くミトリ・ミトンが羽織るローブがそれらの光源を反射していく。
前方のあちこちに自然発生した微小な魔法陣から、まるで妖精の細毛のような、温かい魔線が無数に生まれ出ては、俺とミトンの体を優しく包み込むように飛来し、付着していく。
母親の温かい掌に撫でられているかのような、どこまでも優しい感触が、皮膚を通じて魂へと染み込んできた。見通し場から、霊脳魔花ボベルファの場に移動――。
「記憶で見ていたけど、やはり不思議は不思議~」
「「はい!」」
「思わず鑑定してしまいますね!」
「はい、面白いです♪」
レベッカ、エトア、ラムーとイモリザも楽しそうだ。
シルのスライムが、皆の周囲を行き交う。
白銀色の魔力を放出しては、ブッティちゃんのスライムたちと連動するようにリズミカルに跳ねて砂場に埋もれては、砂場に松ぼっくりのような模様を描く。
砂場の上に敷かれた石道を進むと、中央が窪んでいる噴水場を彷彿とさせる壇の間に到着した。丸い魔法陣が宙に浮いている。中央に壇があり、壇の内回りは砂場。
その砂場の中には座禅草のような植物が生えていた。
肉穂花序が美しい。臭い匂いは漂って来ないのは前と同じ。
砂場の中心には半透明な蓮の花が浮かぶ。
その下には座蒲が敷かれた台座があり、肉穂花序が俺たちに合わせて明滅していく。
右手の指先から純度の高い<血魔力>を滲ませた。
赤黒い血の雫が宙に浮き上がり、複雑な魔法陣を描き始める。
<血道第五・開門>は発動したままだが、<血霊兵装隊杖>を意識した途端。
目の前に<血霊兵装隊杖>の血の滴る錫杖が生まれた。
光魔の王冠が降下し、手元に王笏が顕現した。
「「「「「おぉ」」」」」
人造蜘蛛兵士と鬼魔人と仙妖魔たちと魔犀花流の門下の兵士たちから歓声が拡がる。
「閣下、周囲に《水幕》を展開をします」
「了解」
ミトンと俺の周囲を、常闇の水精霊ヘルメの両腕から迸っていく綺麗な水飛沫が舞っていく。
同時に癒やしの音色が響いた。
エトアか。〝仙女の二胡〟を弾いてくれていた。
そこで、ミトリ・ミトンを見て、
「光魔の血を受け入れてもらう」
「はい、皆さんの新しい家族に、そして母と一緒になれる……姉たちもよろしくお願いいたします」
「了解したミトリ・ミトンを<筆頭従者長>に迎えよう――<光闇の至帝>――」
体から大量の血が迸り一瞬に半径五十メートルを光魔ルシヴァルの血の世界へと塗り替えただろうか。鉄と薔薇の香りが混じり合う神秘的な血の海と化す。
ミトリ・ミトンは光を帯びた血の世界を驚愕のまま立ち泳ぎ。
銀緑の瞳に強い覚悟の灯火を宿している。
ほぼ同時に血の錫杖からチリン、と涼やかな音波が放たれ、リズミカルな同心円状の波長が血の世界に伝搬すると、腰に注連縄を巻いた愛らしい小精霊たちが次々と実体化し、背後から無数のデボンチッチたちが列をなして現れ、幻想的なパレードを始めた。
七福神の装いをした血妖精ルッシーたちが乗る宝船も出現。
皆で、宝船に乗りながらミトリ・ミトンを祝福するように、銀と黄金の魔力粒子を振り撒いては、血流に乗るようにミトリ・ミトンの体内に突入していく。
血流の流れも早くなり、周囲に満ちた光魔ルシヴァルの血が勢い良くミトリ・ミトンの体に吸収されていった。ミトリ・ミトンの体内から溢れ出た黄緑色、黄色、紫色、銀色の魔力が、光魔ルシヴァルの血と融合し陰陽太極図の印とルシヴァルの紋章樹の幻影を生み出しながら消えていく。
小さい口から空氣と銀色の魔力粒子を漏れていく。
苦悶に顔を歪めながらも血を受け入れて行く様子は他の眷属たちと同じ。
泡ぶく銀色の魔力はミトリ・ミトンを包み込み子宮を模る。
その表面に彼女の根源的な縫境ノ織神アハシュムロンの姿が現れた。
笑みを浮かべてから消えると、循環を意味するだろうライムランの結晶雲が煌びやかに出現し、銀色のブッティの模様が生まれていった。銀翠の雨と共に赤ん坊のミトリ・ミトンと、その彼女が徐々に成長していく姿が儚く現れて消えては、ミトリ・ミトンの姉たちの姿が、スキップするように現れ、振り向いて、ミトリ・ミトンに手を伸ばすまま血の中に消えていく。
連続的に血の錫杖が上下左右を行き交い、小気味良い音波が響いた。
音色に導かれたように無数の小精霊たちと、ミトリ・ミトンの姉たちが踊りながら、手を取り合いミトリ・ミトンの体に戻っていった。
光魔ルシヴァルの血を取り込み続けて着実に量を減らし、頭上に半透明なルシヴァルの紋章樹が出現した。ルシヴァルの紋章樹の幹と枝は太陽の如く輝き優雅に成長を遂げる。
万朶の枝には銀の葉と花が咲き、勾玉の形をした神秘的な実が宿る。
その実は熟すと同時に宙空へと魔力粒子となって散り、ミトリ・ミトンの体内に吸収されていく。下部の根っこは、月虹の暗さを帯びた輝きを示した。
半透明なルシヴァルの紋章樹から無数の魔線が放出されミトリ・ミトンの体に付着する。
ゆらゆらとルシヴァルの紋章樹の万朶の枝葉に引っ張られるように持ち上がる。
操られるマリオネットのように体が少し揺らいで、舞踊を行うように動いた。
周囲の血の流れが加速され、半透明なルシヴァルの紋章樹とミトリ・ミトンが重なる。
ミトリ・ミトンの肌に光の筋が浮かぶ。
ルシヴァルの紋章樹の榊の葉から滴る露がミトリ・ミトンの肌を濡らし、血筋の模様が生まれて消えていく。榊の葉と滴が蔓のようにミトリ・ミトンの肢体を抱きしめて、深紅の花を咲かせるように円を描いていくと体にルシヴァルの紋章樹の樹と根が深く絡むように融合を強めた。
ルシヴァルの紋章樹の一部の幹が本物のように変化。
そこから銀の葉が付いた榊の棒が出る。
その榊の枝を手に取り、皆と同じようにミトリ・ミトンを見ながら前に出る。
力の根源たる<光闇の奔流>、大量の<血魔力>を榊に込めてミトリ・ミトンの体を祓い清める。葉が彼女の衣服や肌に触れると半透明となってから黄金と銀の血の線が奔り、ミトリ・ミトンの体が震えていくと、足下の霊脳魔花ボベルファの場も変化し、俺たちの<血魔力>を吸い取っては、肉穂花序が膨れて一氣に、花弁が拡がって、咲いた。
刹那、視界が切り替わる。
途端に彼女の過去の記憶に変化した。
俺の意識は、ミトリ・ミトンへ注いだ<血魔力>の奔流を遡り、彼女の魂の芯へと滑り落ちていく――。
最初に視えたのは、銀翠の光に満ちた塔の内部だった。
起点ライムラン。聳え立つ大魔塔の最奥で、四つの腕を広げた女神が空間そのものに針を通すように指先を躍らせている。縫境ノ織神アハシュムロン――ミトリ・ミトンの真の母。
その傍らには神界の光が降りていた。光導の女神ファレヴィア。戦神ヴァイス一派の光が魔界の闇と縫い合わされ、一条の理となって織神の掌に収まっていく。本来交わらぬ二つを織神はただ静かに縫い続けていた。
その理から生まれ落ちた者たちがいる。
額に双角を備えた鬼魔人の祖、後に玄智の森の影響から魔界に現れた仙妖魔の祖、織神は彼らの角を撫でながら「これは縫合の証し」と微笑んでいた。
灯炉ノ魔神、水鏡ノ女神、そして――まだ少年の面影を残した若き日のホーク。傍らには顔のない『未完の依代』が、姉のように寄り添って立っている。
穏やかな時間だった。だが、それは長く続かない。
黒い影が塔を囲んだ。魔神諸侯の包囲。無数の魔線と呪詛が、織神の理を引き裂いていく。
四腕を広げて弟子たちを背に庇いながら織神アハシュムロンは微笑みを崩さぬまま――己の神格の核を、最後の力で天へと放った。散る神格。その核は砕けず、ライムランの空に昇り一つの雲となって固定された。
『この子に名を授けるのは、わたしではない』
声が、銀翠の雨と共に降りてくる。
『この子自身が、いつか誰かに名を貰うのです』
――ライムランの結晶雲。
二千年のあいだ、その雲は銀翠の雨を降らせ続けた。
地上に現象として娘を産み落とすための、母性の循環装置として。
リルドバルグの窪地に銀翠の日が訪れるたび、雨の雫から一人の娘が形を結ぶのを。
名も、親の温もりも持たぬまま生まれ落ち、やがて役目を終え、再び雲へと還っていく姿を。
一人。二人。……三十七人。姉たち。
誰も、名を貰えなかった。誰も温もりを知らなかった。
スキップするように現れては振り向き、手を伸ばし、そして銀翠の雨に溶けて消えていく――先程の血の世界で俺が目にした、あの姉たちと、寸分違わぬ姿で。
そして、三十八代目。窪地の泥濘に、また一つ、銀翠の雫が落ちる。
生まれたばかりのその『現象』は、自分を「微小な点」だと認識していた。ただ産み落とされ、ただ消えるだけの、名もなき現象。孤独という言葉さえ知らぬほどの、純粋な孤独。
その絶望の泥濘に――巨大な質量が現れた。
大厖魔街異獣ボベルファ。担い手を失い、孤独を抱えて彷徨い続けてきた、孤独の化身そのもの。言葉ではなかった。
巨大な孤独と微小な孤独が、ただ共鳴した。
「ボォォォ……」
その低い震えに応えるように、名もなき現象は、生まれて初めて己の内から力を引き出す。
<灰銀翠>――魔神に与えられたものではない彼女だけの祈り。最初の銀色のブッティが、ぷるりと跳ねた。そして『魔霊脳ボベルファの場』という新たな理の回路へ接続し、担い手として、産声を上げる。
ボベルファの背の上で、彼女は天を仰ぎ、自らに名を与えた。
「……わたくしは、ミトリ・ミトン」
二千年前の織神の預言が、ここで成就した瞬間だった。
だが――記憶は、優しいだけでは終わらない。
視界が、赤黒く焼け爛れる。ホーク。羅刹キアルホヴォスであり、魔界八賢師セデルグオ・セイルである。かつて織神の膝下で育った兄弟子。『未完の依代』の継承者として、姉に――ミトンに、執着し続けた男。
「妹のように、思っていた」
呪詛に満ちた声と共に、ホークの傀儡糸がミトンの柔らかい皮膚を剥ぎ、魂の経絡と芯を焼いた。傀儡兵へと造り替えるために。激痛。だが、悲鳴を上げたのはミトン自身ではなかった。
彼女を包む銀色のスライム――ブッティたちだ。
「ブブッ、ブゥゥゥッ!」
主の身代わりとなり、無数のブッティが『散乱の盾』となってホークの傀儡糸に切り裂かれ、光の塵となって次々と消滅していく。己の体を散らして、主の命を、その尊い温もりを、ただ一瞬でも長く繋ぎ止めるために。ミトンの命を、ただ繋ぎ止めるために――。
俺の胸が軋んだ。そして、最も新しい記憶。
ライムランの廃魔塔。
入口に触れた刹那、銀翠の雨が逆しまに流れ、記憶回廊が開く。最深部の玉座で、ミトンは『初代の依代』――己の姉と対面していた。
『あなたは、雲に還りなさい』
姉の声にミトンは一度、頷いた。
自己を犠牲にして、母の循環へ還ることを――受け入れたのだ。名もなき現象として生まれた自分には、それが定めなのだと。だが。
『――俺が喰らう』
その声が定めを断ち切った。俺自身の声がエコー掛かって響く。
神槍ガンジスと<神律の喰理>で織神の核を喰らい、雲への帰還経路を永遠に断った。
ミトリ・ミトンは、もう、還らなくていい。還る場所を失った代わりに――進む未来を手にした。
『……シュウヤ』
遠く、銀翠の雨が止んだ天蓋の彼方から、織神アハシュムロンの、どこまでも慈愛に満ちた母の温もりが響いてくる。
『……カガリよ。光と闇の天秤をその魂に抱き、水神アクレシス様の愛しき神使であり、光神ルロディス様の導きを背負う、優しき大真祖の君。……貴方だからこそ、託せるのです。わたくしの最後の核をその身に喰らい、救ってくれた温かい腕に。……わが愛しき娘ミトンと、歴代の姉たちの魂を。双角強症を背負い、魔界の過酷な運命に抗う鬼魔人と仙妖魔の子供たちを。……そして、己の犯した二千年の大罪と空虚の狭間で、未だ彷徨い続ける我が最強にして哀しき弟子ホークを。……どうか、よろしく頼みます』
――刹那、その声が、温かな光となって弾けた。
魂の幻視が静かに収束し、血の世界へと意識が戻る。
俺たちの目の前で光魔ルシヴァルの紋章樹が鮮烈な血の樹液を脈動させながら、天を衝くように雄大に成長を遂げていく。
黄金の幹と銀の枝葉の表面に、大きい円と小さい円が刻まれていった。
その円の中に光魔ルシヴァルを支える柱の<筆頭従者長>と<従者長>たちの名が、光の文字となって一つ、また一つと円の中に刻まれていく。
第一の<筆頭従者長>ヴィーネ――。
第二の<筆頭従者長>レベッカ――。
第三の<筆頭従者長>エヴァ――。
第四の<筆頭従者長>ユイ――。
第五の<筆頭従者長>ミスティ――。
第六の<筆頭従者長>ヴェロニカ――。
第七の<筆頭従者長>キッシュ――。
第八の<筆頭従者長>キサラ――。
第九の<筆頭従者長>キッカ――。
第十の<筆頭従者長>クレイン――。
第十一の<筆頭従者長>ビーサ――。
第十二の<筆頭従者長>ビュシエ――。
第十三の<筆頭従者長>サシィ――。
第十四の<筆頭従者長>アドゥムブラリ――。
第十五の<筆頭従者長>ルマルディ――。
第十六の<筆頭従者長>バーソロン――。
第十七の<筆頭従者長>ハンカイ――。
第十八の<筆頭従者長>クナ――。
第十九の<筆頭従者長>ナロミヴァス――。
第二十の<筆頭従者長>ルビア――。
第二十一の<筆頭従者長>レン――。
第二十二の<筆頭従者長>エラリエース――。
第二十三の<筆頭従者長>ファーミリア――。
第二十四の<筆頭従者長>キュベラス――。
第二十五の<筆頭従者長>レザライサ――。
第二十六の<筆頭従者長>ルリゼゼ――。
第二十七の<筆頭従者長>ラティファ――。
第二十八の<筆頭従者長>アフラ――。
第二十九の<筆頭従者長>レミエル――。
第三十の丸い円が刻まれていく。
続いて、その礎を成す<従者長>たちの名が、力強く浮かび上がる。
<従者長>カルード。
<従者長>ピレ・ママニ。
<従者長>フー・ディード。
<従者長>ビア。
<従者長>ソロボ。
<従者長>クエマ。
<従者長>サザー・デイル。
<従者長>サラ。
<従者長>ベリーズ・マフォン。
<従者長>ブッチ。
<従者長>ルシェル。
<従者長>カットマギー。
<従者長>マージュ・ペレランドラ。
<従者長>カリィ。
<従者長>レンショウ。
<従者長>アチ。
<従者長>キスマリ。
<従者長>ラムラント。
<従者長>エトア。
<従者長>ラムー。
<従者長>リューリュ。
<従者長>パパス。
<従者長>ツィクハル。
<従者長>シャナ。
<従者長>ハミヤ。
<従者長>アジュール。
<従者長>ザガ。
<従者長>ボン。
<従者長>ジュカ――。
ルシヴァルの紋章樹に刻まれたヴィーネの木彫りは、以前よりも凜々しさが増していた。
〝星見の眼帯〟を身に着け、<光魔銀蝶・武雷血>を発動させた状態。
前と異なるように戦迅異剣コトナギと古代邪竜ガドリセスを交換した直後の姿。
そして翡翠の蛇弓、〝風朧の霊弓〟、〝陽迅弓ヘイズ〟、〝月迅影追矢ビスラ〟を宙空に浮かばせる精巧な姿が刻まれていた。
レベッカは〝城隍神レムランの竜杖〟を掲げて両手でお祈りをしている。
『生命の泉』が少し変化し、神秘的な銀色と黄緑色の液体が周囲に溢れて透けた美味しそうな水に変化し、それが周りの樹に浸透していた。
<光魔蒼炎・血霊玉>は足下に複数誕生し、その上にレベッカは浮いていた。
周囲には巨大なナイトオブソブリンとペルマドンが精巧に木彫りされているのは前と同じ。
エヴァは<霊血魔導装具>と魔導車椅子を分解させた状態。
片腕を伸ばし、何かを訴えつつも、己の骨足に金属を付着させ続ける姿が精巧に彫られてあった。
ユイは幽影魔族たちとフェドゥとマガリディと握手している木彫りに変化。
ミスティは魔導人形ゼクスに乗っている。
アフラとレミエルたちの円からは、黒魔女教団の再興と仲間たちを守る姿が誇らしく彫り込まれている。ハンカイは金剛樹の斧を振るい、カルードとキサラとママニとフーとサザーが並び立ち、ユイに語りかけている
アドゥムブラリ、ソフィー、ベリーズ、フー、ミレイヴァル、ファーミリア、ルンス、クナ、イモリザ、ツアン、ナギサなど、皆の姿もある。フェドゥとマガリディたちの姿もあった。
紋章樹がまばゆい光を放つと、
そして、第三十の<筆頭従者長>の円にミトリ・ミトンの名が、織神の加護を宿した白銀の輝きを放ちながら永遠の刻印として深く、美しく刻まれた。
神々しく輝きを帯びたルシヴァルの紋章樹のあちこちに造形された木彫りの一つ一つが、魂を宿したかのように動き始めながら、光魔ルシヴァルの血と共に彼女の体内へと吸収されていった。
血の世界が収束し、ミトリ・ミトンは膝をつく。
ピコーン※称号:神座:縫合の理ノ継承者※を獲得※
※称号:縫境ノ織神ノ理ヲ継グ者※を獲得※
※称号:織神四弟子ノ縫合術ヲ統合セシ者※を獲得※
※称号:銀翠縫世ノ見守り者※を獲得※
※称号:双角強症ノ庇護者※を獲得※
※称号:織神ノ最後ノ核ヲ宿セシ者※躍動※多重連鎖確認※
※称号:導きし者※躍動※多重連鎖確認※
※<縫合の理>※恒久スキル獲得※
※<縫境ノ理法・統合>※恒久スキル獲得※
おぉ、ここでか、真の理解にはミトリ・ミトンとの深い繋がりが必要だった。
神座の称号で三つ目。
「神座:神眷の寵児」、「神座:神律の適格者」に続く「神座:縫合の理」。
エクストラスキルの<神律の還顕>とも連動している<縫合の理>の恒久スキルを得た。
幾星霜とした歴史を持つコーイル遺産解放時、『まだ称号を得ていない、まだ何かある』と漏らしていたが、ここで来たか。
『主、ようやく来たな』
無名無礼の魔槍が出現し、穂先の仮面の紅光が、深く脈動した。
『神座:縫合の理。これは織神様、ヴェルディン様、セラドナ様。そして、まだ呼吸を続けている、もう一人の同門の理までも、主が完全に統合した証し。織神様の四弟子の理は、今、お前という一つの中庸の器に、すべて束ねられた』
「見守り者」として受け取った称号は分かる。
双角強症の子供たちには庇護者として実務の責を負う。だが、ミトンは違う。
彼女は、もう「現象」ではない。一人の個として、自らの足で立つ存在になった。
彼女の母上アハシュムロン様の代わりに――母の眼差しで、静かに、見守る側に立とう。
ミトリ・ミトンは左上腕と左下腕を見ている。
左下腕は再生はしていないが指先から溢れていた液体が地面に付着せず、宙空で浮遊し回転していた。
その目の前のミトンが、見上げ、銀緑の瞳を細めて俺を見つめてきた。
「私は……」
そのミトリ・ミトンに手を差し伸べて、
「手を取れるか」
「……はい」
震えた手で、俺の手を握ったミトリ・ミトンは「ぁっ」とかすかに感じた声を発し、寄り掛かってきた。背が小さいミトリ・ミトンを優しく抱えてあげた。
「シュウヤ様……不思議です。先程、シュウヤ様の魂から、温かい光の糸のようなものが、わたくしの中に、流れ込んできたのです。そして、それを今強く感じます……」
あぁ、<縫合の理>か。
神座として顕現した直後、母から娘へ理を分かつように、自然と一部がミトンの方へ流れている。
織神アハシュムロン様の遺志もあるが、皆と己の血肉を分け合う光魔ルシヴァルだから成せる業――。
「……ミトン、それは受け取っていい。母上――織神アハシュムロン様の理の一部だ。お前は織神様の正統な娘であり、その理を直接受け継ぐ資格を持つ、唯一の存在だ」
「……はい。神座を分け合うからこその、先程の……なんというお方なのですか……ありがとう。母様の、温もりを今まで以上に強く感じることができる」
ミトンの『聖なる膜』が、白銀から銀翠へとグラデーションを描き、儀式の余韻を祝うように、星屑を散らした。
すると、ミトンの細い体がふわりと光を帯び、彼女自身の中でも、複数の鐘の音が連鎖した氣配がした。
ミトンの銀緑の瞳が強く輝き
「シュウヤ様……先程得ることができた」
四つの腕のうち三つを胸の前に当て、左下腕の壊れた人形のような腕を空に向け、
「私は、称号:縫境ノ織神ノ末妹弟子(三十八代目)……称号:銀翠縫世ノ織女……恒久スキル:<銀翠縫世ノ庇護>……恒久スキル:<母性ノ絹・統合>……恒久スキル:<聖膜縫合・銀翠相伝>を得ました」
ひとつひとつ、噛みしめるように、丁寧に告げていく。
「「「「おぉ」」」」
皆も歓声を発した。
彼女の細い指先が、宙空に銀色の絹糸を編み上げ、薄い陰陽太極図の小さな紋を描いて、ふっと消えた。
「皆様……わたくしは、ようやく、母様の理を、自分の手で、紡げるようになりました」
ミトンの頬を、銀翠の雨に似た一筋の涙が、静かに伝った。
しかし、その涙は、もう孤独の涙ではない。
二千年の母性循環の終わりと、新たな個としての始まりを、同時に祝福する、銀翠の雫だった。
レベッカが、ふっと微笑んだ。
「……ミトンちゃん、おめでとう」
「ん、おめでとう」
「これからは、私たちと一緒だね」
ユイ、エヴァ、ヴィーネ、キサラ、キュベラス、レベッカが次々と祝福の声をかけていく。
ミトンは、四つの腕を胸の前で組み直し、深く、深く、頭を下げてから、俺を凝視する。
「皆様、ありがとうございます。三十番目の<筆頭従者長>、縫境ノ織神ノ末妹弟子、銀翠縫世ノ織女、ミトリ・ミトン――皆様の妹として、家族として、これからもよろしくお願いいたします」
その姿に、思わず、誰もが微笑んだ。
ミトンの肩で震えていたシルが、ぷるん、と嬉しそうに跳ねた。
ボベルファの霊脳の場の天井から、銀翠の雨に似た光の粒子が、ぱらり、ぱらりと舞い落ちていく。
「おう、<筆頭従者長>のミトリ・ミトン」
「ありがとう……」
体を震わせながら語ったミトリ・ミトン、その背を優しく撫でてから、
「おう、そして、血の飢えがあるはず、まずは俺の<血魔力>を吸え」
「……はい、シュウヤ様」
ミトンは俺の首筋にそっと両腕を回し、冷たい唇と小さな牙を俺の肌へと宛がった。
チクリとした微かな痛みと共に彼女の牙が俺の頸動脈を貫く。
俺の濃密な<血魔力>がミトンの乾いた喉へと吸い込まれていった。
ゴク、ゴクと血を吸うたび、彼女の冷たかった肌に赤みが差し、激しい震えがゆっくりと収まっていくと、そのミトリ・ミトンは唇を強く押し付けてから、唇を離した。
恍惚とした表情を浮かべながら唇から流れていた血を吸い寄せて、笑みを浮かべる。
そのミトリ・ミトンの左上腕の手の甲に優しく触れ、処女刃を渡し、盥を用意して足下に運んだ。
「記憶を得ているから知っていると思うが、二の腕に嵌め込んでスイッチを押せば刃が飛び出る。それで血を流し続けることで、<血道第一・開門>、略して第一関門が得られ、<血魔力>の操作と血文字が行えるようになる。また、個人差によるが、魔族の場合はすぐに<血道第一・開門>を覚えることができるかもだ」
「はい。たぶん、直ぐに……」
そうだろうな。
「おう、たぶん半神だったミトンだ。一瞬だろう」
「……はい、では嵌めて……このスイッチを、アッ」
と、一瞬で<血道第一・開門>を得たと理解した。
「<血魔力>の操作が、これが<血道第一・開門>なのですね……これで、皆様に血文字が送れる……」
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