二千二百十四話 魔軍夜行ノ槍業の真の道
刹那、キル・ドッポの体に巨大な掌底の痕が陥没するように刻印される。
<光闇の奔流>を帯びた、深紅と漆黒が螺旋を描く光魔の<血魔力>が、ドッポの残る三腕と右半身の装甲を内から爆散させ、戦場の大地に衝撃波となって吹き荒れた。
※ピコーン※<光魔形掌>※スキル獲得※
あぁ、そうか――。脳髄の奥で、武技の歯車がカチリと完璧な音を立てて噛み合う。
先ほど放った<光魔形拳>の目にも留まらぬ連打。その最後の一撃において、俺は右肩の関節をわずかに滑らせて「骨を抜き」、腰から丹田、そして背中へと駆け抜けた力学のうねりを、掌底の全面へと完全に伝え切っていた。
拳法とは、形と意の二輪で回るもの。
<光魔形拳>が肉体を物理的に穿つ「形」の極みであるならば、この<光魔形掌>は掌を通じて相手の魂の芯へと直接干渉する「意」の極み。
心が手を動かし手が掌を動かす。すべては心の働きが為す。
胸の奥に、ふと奇妙な暗く澄んだ静けさが満ちた。
直ぐに無名無礼の魔槍を召喚。
刹那、キヴェレイの幻影が自らを溶かす光闇の流れに逆らうようにぐっとその身を巨大化させる。赤黒い神意力が無理矢理、幻影の輪郭を補強しているようだ。
「『おのれがぁ――』」
幻影の輝きが増すと、眷属の鎧を失ったキル・ドッポの血肉が触媒となって消え失せ、引き換えに新たなる幻影が虚空から這い出してきた。
ドッポの背後、戦場の濁った大気がセピア色にねじ曲がり、虚空の裂け目から、悍ましくも圧倒的な神威を放つ影が無数に這い出してきた。
双頭の獅子の頭部を戴き、血の混じった粘液を滴らせる漆黒の重鎧戦士。
背中にうねる四つの青銅竜の首を持ち、因果の嵐を纏う大槍を構えた槍使い。
背後に七振りの三日月鎌を光輪のごとく浮遊させた、異形の半神。
兜の隙間に虚無の闇を湛え、錆びついた大剣を握る無頭の騎士。
神界の残響のような烈火の翼を四枚広げ、哀しげな瞳をした戦巫女の幻像。
牛の頭骨を仮面として被り、大気を爆縮させる赤銅の双鎚を提げた巨漢。
腰から下が巨大な漆黒の蛇と化し、戦場に呪詛の霧を振りまく長身の魔女。
その数は十柱を超えていた。
右手に握られた無名無礼の魔槍から蜻蛉切の如き大笹穂に刻まれた梵字『バイ・ベイ』が黄金色に強く明滅し、宿る鬼の仮面――ナナシの、
『主様、こいつは厄介だぜ……奴が永劫の戦場で使い潰してきた、過去の大眷属の幻影だ。一柱一柱が、生前そのままの独立した武威と戦闘力を再現した、戦死者の写し絵だ』
低く震えるような渋い声が脳髄に直接響く。
『過去の眷属の幻影』か。
己が捨て駒にした者を、更に内側の盾として、呼び戻すか……。
使い潰された者たちへの怒りと哀れみが<光魔形掌>の威力を何倍にも増幅していく。
強いくせに、戦神の名にふさわしくない。幻影たちが一斉に武器を掲げ殺到してきた。
すると、<魔軍夜行ノ理>が自動的に発動――。
無音神域が完全に崩壊した戦場の地平から蒼黒い天蓋を切り裂き、八条の強烈な槍の光条が、流星雨のごとく戦場へと垂直に降り注いだ。
敵の幻影たちは足を止める。
激しい雷炎の閃光を散らしながら、不敵に笑うシュリ師匠。
赤水墨画の如き血の墨炎を女帝槍の穂先から立ち昇らせる、凛としたレプイレス師匠。
断罪の旗印のような紅蓮のオーラを纏う、美しき断罪のイルヴェーヌ師匠。
漆黒の魔塔の如き巨大な影を背負い、静寂を体現する塔魂のセイオクス師匠。
無覇の朧月を模した双月刃を静かに構える、妙神のソー師匠。
愚にして剛、悪愚槍を逆手に握り野太い笑い声を上げる、悪愚のトースン師匠。
飛怪の閃きを無数の残像として周囲に展開する、グラド師匠。
獄魔の重き炎を腰から長柄へと這わせる、グルド師匠。
――魔軍夜行ノ槍業が誇る、八槍卿。
八人の師匠たちが、それぞれの魔槍をドッポの周囲の大地へと深く突き立て、十方焦土の鉄壁の結界を瞬時に構築する。 俺の腰に帯びた魔軍夜行ノ槍業の奥義書が、神座の理に応じるように激しく震え、黄金の光を放ちながら自然と頁をめくっていく。
自動的に舞い散った無数の紙片が、師匠たちの放つ強烈な魔線と繋がり、戦場に巨大な武術の曼荼羅を描き出した。
同時に紙片から古き篆書の如き魔術漢字が次々に浮かび、紙片が俺の頭部に飛来した。
師匠たちの過去が次々と流入してくると、師匠たちの動きが魔軍夜行ノ槍業の奥義書と共鳴し、武術の曼荼羅を構成していた無数の紙片の一部も飛来してきた。自然と胸に吸い込まれた。
途端に八人の過去の激戦、シュリ師匠は、ガンジス以外にも、左胸を穿たれたことがあるのか!?
飛怪槍流グラド師匠は髭がない頃、ソー師匠に恋人が!? げ、獄魔槍流のグルド師匠が負けるところか……これはキツイ――と、魔城ルグファントの戦い、それだけじゃない、師匠たちの槍武術の源泉の一部――祖先の無数の人生――。
「弟子――」
レプイレス師匠が女帝槍から血の墨炎を立ち昇らせながら凛とした声で続く。
過去の師匠たちとの激戦ではなく、すぐに現実の魔界セブドラに戻った。
神格を得ているからだが、まさに神業。数多の人生を刹那に駆け抜けた主観の歪みは、まるで胡蝶の夢のようだった。その胡蝶の夢を想起していると、シュリ師匠が、
「――お弟子ちゃんの神格の可能性は、まだまだこれからよ! そう、この大平原コバトトアルの大戦場だからこその成長の場と心得なさい!!」
と弾んだ声が響いた。
「あぁ、だが、先程の戦いは見事だ。神格の武を囮にするとは、あれは神々には実に効果的。まさに修羅を知る弟子らしい戦術だ。そして同時に、我らの槍武術は槍だけではないことを知る機会となろう」
「うむ! <縫合の理>の弟子だからこそ、我ら魔城ルグファントの歴史を知る機会となろう。だが、腐れ戦神の眷属どもめ、逃がさぬぞ……悪愚の槍で粉砕してくれよう!」
「弟子よ、お前の掌に宿る理、見事なり。だが、それはまだ序の口と心得よ。更に神格を得て成長している魔界セブドラならではの成長の機会と心得よ!」
「うむ、神座:神律の適格者の弟子の魂魄は、下級の範疇だが、その中では、ほぼ完成体に近付いている。だが、それと武術の高みは別。神格もまた同じ、そして、腐れ戦神の眷属ども――<刹魂混吸>」
「弟子、お前の影は俺が支える!」
「弟子ぃ! 獄炎の重さ、見せてやるぞ!」
八槍卿の師匠たちが、押し寄せる大眷属の幻影たちへと真っ向から立ち向かう。
腰の奥で魔軍夜行ノ槍業の奥義書がまばゆい黄金の光を放ち、師匠たちと紙片と、俺の<血魔力>が強固に連結された。
シュリ師匠が雷炎槍を軽やかに翻し、最も近い双頭の獅子戦士の胸元へ肉薄する。
その手の雷炎槍エフィルマゾルを活かすように双頭の獅子戦士の攻撃を柄で往なした刹那。
師匠の両腕がブレた、目にも留まらぬ速度で掌底として突き出す。
雷炎槍エフィルマゾルの柄が二つに見え、雷と炎の幻影が師匠と繋がったようにも感じた刹那――超高周波の衝撃波が掌から放たれた。
雷の涙が、死者を弔う鐘の音を鳴らすかのような波形すら見えぬ獅子戦士の重装甲の心臓部が内から弾けるように爆ぜる。
シュリ師匠の頭上に、まばゆい雷光と共に『雷涙鐘鳴』の四文字の魔法漢字が浮かび上がる。
煌びやかな刹那の間に、魔軍夜行ノ槍業と連なる紙片から、シュリ師匠の雷炎槍流が紡いできた連綿たる歴史と武術の系譜が脳内へと一瞬で流れ込み、先程よりも濃密にそれを体感していく。雷炎槍流にも独自の拳法があることは知っていたが――。
シュリ師匠の母、父、爺さん、その父、曾祖父、無数の別れと武術家としての死と槍武術の継承……凄まじい生きた歴史の記憶を走馬灯のように体感し、魂を駆け抜け、掌へと熱となって溶けていく――。
丹田の奥でカチリと音が鳴り、その理が完全に俺のものとなった。
※ピコーン※<雷涙鐘鳴>※スキル獲得※
続いてレプイレス師匠が女帝槍を地に突き立て両掌を優雅に圧倒的な質量を伴って押し出した。空間そのものが慟哭するような重圧が押し寄せる幻影たちを薙ぎ払う。
その頭上に深紅の血霧を伴って『血城慟哭』の文字が刻印された。
※ピコーン※<血城慟哭>※スキル獲得※
間を置かずイルヴェーヌ師匠が、深く左足を踏み込んで双頭の獅子戦士へと肉薄する。断罪槍の一突きで敵の得物を弾き飛ばし、すれ違いざまに片腕を穿つ。
更に前進しながら師匠はあえて断罪槍を宙へ手放し、空いた右手で烈烈たる掌底を叩き込んだ。返す刀で、左手からも鋭い掌底を連打する。
※<断罪訣裂>※スキル獲得※
宙空に鮮烈な紅蓮の文字が浮かび上がる。
内からの断罪の衝撃と外からの絶縁の理が交差した瞬間、獅子戦士の幻影は、永劫の苦痛から解放された安らかな光の粒子へと還っていく。
それは、俺の<神律の還顕>の理とも共鳴する、白銀の還顕の輝き。魂たちは安らかな祈りの残響を残し、天蓋の彼方へと昇天していった。その因果を断ち切る絶縁の感覚が、経脈を駆け巡り、新たな掌の型として両手の掌に刻印される。
『塔魂閉門』
セイオクス師匠――。
※ピコーン※<塔魂閉門>※スキル獲得※
『妙夢徘徊』
※ピコーン※<妙夢徘徊>※スキル獲得※
ソー師匠――。
『悪愚返力』
トースン師匠――。
※ピコーン※<悪愚返力>※スキル獲得※
『飛怪孤影』
グラド師匠――
※ピコーン※<飛怪孤影>※スキル獲得※
『獄魔擒拿』
グルド師匠――
※ピコーン※<獄魔擒拿>※スキル獲得※
『永訣別痕』
シュリ師匠とソー師匠とセイオクス師匠の三者が一撃を与えて、魔戦神キヴェレイの大眷属の幻影を穿つ――。
※ピコーン※<永訣別痕>※スキル獲得※
『残月孤光』
イルヴェーヌ師匠と女帝槍のレプイレス師匠が重なるように三日月を描くように一閃を同時に放ち、魔戦神キヴェレイの大眷属の幻影両断。
※ピコーン※<残月孤光>※スキル獲得※
『黄昏悼亡』
イルヴェーヌ師匠とソー師匠が、夕暮れの薄絹を引くように、それぞれの両掌を静かに伸ばす。
その先に、新たに虚空から這い出してきた獣面冠の大眷属――額に黒翡翠の三日月を埋め込んだ、漆黒の重鎧戦士――の幻影が立ち塞がっていた。
二師匠は、左右から、双肩へと弔花を手向けるように、寸分違わぬ刹那に掌を置く。断罪の理が魂と肉体の繋がりを優しく解き、妙神の理が竜の咆哮を子守唄へと変えていった。
獣面の幻影は、安らぎの吐息と共に、翡翠の三日月から黄昏の橙光を一筋零すと、悍ましい武威を捨て――戦場の上方へと、静かに昇っていく。
※ピコーン※<黄昏悼亡>※スキル獲得※
『涙誓無声』
セイオクス師匠が塔魂の魔槍を逆さに突き立てた刹那、イルヴェーヌ師匠の右掌と師匠の左掌が、二者一対の祈りの形へと、重なり合う。
塔の沈黙が大気から音という音を切り離し、断罪の刃が、誓いの言霊そのものを断つ。
その狭間に取り残されたのは、新たな大眷属――盲目の老剣士風の長身の幻影。両眼に黒い布を巻き、生前の誓いを声で唱え続けることで戦ってきた剣鬼。
言葉なき誓いの波動が脈打ち、老剣士の頬を一筋の涙が伝う――が、彼が誓いの言葉を口にするより先に、その身は白銀の光となって、音もなく解け消えた。
※ピコーン※<涙誓無声>※スキル獲得※
『記憶風蝕』
グラド師匠の飛怪の閃きと、ソー師匠の妙神の朧が、二条の風となって絡み合った。
その絡み合いの中心へと、四つの古びた巻物を背に背負う、骨の魔術師の大眷属の幻影が、引き寄せられる。
風が、その背の巻物を、頁の一葉一葉から削り取っていく。
古き戦場の記憶、軍勢の名、共に戦った仲間の顔、自らの名、最後には魂の輪郭そのものまでもが――風に蝕まれる砂のように、剥がれ落ちていった。
骨の魔術師は、自分が誰であったのかすら忘れ果てたまま、灰塵となって、虚空へと散る。
※ピコーン※<記憶風蝕>※スキル獲得※
『窮路鳴咽』
グルド師匠の獄魔の重炎と、トースン師匠の悪愚の脱力が、戦場の四方に、四つの重い掌印を立てた。逃げ場を完全に断たれたのは――三つ目の大狼の頭部を冠した、鎧戦士の幻影。生前は狩猟の戦神の眷属として、敵を追い詰めることだけを生業としていた獣戦士。
追い詰める者が初めて、追い詰められた。
その喉の奥から声にならぬ低い嗚咽が、震えるように漏れる。
二師匠の掌印は、その嗚咽そのものを糧として内へ、内へと圧し縮め――大狼戦士の輪郭は自らが過去に追い詰めた獲物たちの嗚咽の重みごと戦場の石畳の下へと、沈み込んでいった。
※ピコーン※<窮路鳴咽>※スキル獲得※
『想念彷徨』
シュリ師匠の雷炎と、レプイレス師匠の血城の理が、戦場の中央で交差した。
雷光の閃きと城壁の重圧、二つの全く異なる理の隙間で――新たに召喚されたばかりの双性の大眷属の幻影、片腕に鎖鎌、片腕に魔書を抱えた両性具有の双面戦士の意識が、揺らぎ始める。
雷の軌跡を追えば城壁が阻み、城壁を避ければ雷光が裂く。
双面の想念は、その狭間で行き先を完全に見失った。やがて、自らの片腕がどちらの性のものかすらも判らなくなり、二つの顔が互いの顔を忘れる――双面の幻影は、自分が何者であったかを思い出せぬまま、戦場の虚空へと、ぼんやりと、解けていった。
※ピコーン※<想念彷徨>※スキル獲得※
脳裏に流れ込む、別離と惜別の重みを帯びた武の記憶――。
それらが自然と俺の魂の系統樹に「十六の銘」として深く、鋭く刻まれていく。
だが、その系統樹の最奥、十七番目の枠だけは――文字を結ばず、空白のまま、ぼんやりと揺らいでいた。最後の一節が、まだ足りない。
「シュウヤや。儂らも、長らく、槍だけで生きてきたわけではない」
飛怪槍流グラド師匠の、言葉が響く。
「武の理は、武器に宿るのではなく、武人の魂と掌に宿る。お前さんが今、掌に灯したその十六の銘――どれもが、別離と惜別の重みを持つ。我らもまた、悲しみを糧として生き、別れを糧として槍を磨いてきた者たちだ」
「掌も槍を扱う証し、八槍卿、八掌卿と呼べるのかもしれないな」
「ふっ、だが、我らは我ら、八槍卿、八怪侠、様々に名が付いていただけよ」
「ふふ、違いない、わたしたちは、八大、八強、八怪、魔界八槍卿の魔槍使い」
「あぁ、八鬼、八魔、八雄、魔界八槍卿の魔槍使いだ」
「ふむ、われら、魔城ルグファントの八怪卿の魔槍使い」
われら、かつての異形の魔城の守り手!
われら、唯一無二の魔界八怪卿なり!
復讐の怨嗟に燃え滾る、異形の魔城の守り手!
われら、ルグファントの八怪卿なり!
われら、魔界八槍卿の魔槍使いなり!
師匠たちの歌声のようないつもの宣言が響く。
<光魔形掌>の枠の最初の八つの周囲に――八人の手型の写しが、次々と、刻まれていった。
『雷涙鐘鳴』――シュリ師匠の、雷炎槍流の歩法を掌へと写した、心臓を直接撃つ電閃の手型。
『血城慟哭』――レプイレス師匠の、女帝衝城の重みを掌に降ろした、城壁を崩落させる重圧の手型。
『断罪訣裂』――イルヴェーヌ師匠の、断罪槍の理を掌に灯した、因果の繋がりを切り裂く絶縁の手型。
『塔魂閉門』――セイオクス師匠の、塔魂魔槍の沈黙を掌に映した、魂の門を内側から閉じる遮断の手型。
『妙夢徘徊』――ソー師匠の、妙神槍の朧を掌に滲ませた、足音すら消えた歩法の手型。
『悪愚返力』――トースン師匠の、悪愚槍の脱力を掌に貫いた、敵の力をそのまま敵自身に返す愚拙の手型。
『飛怪孤影』――グラド師匠の、飛怪槍の閃きを掌に飛ばした、孤の影が標的だけを撃ち抜く単穿の手型。
『獄魔擒拿』――グルド師匠の、獄魔槍の重炎を掌に絡めた、咽喉を獄炎で扼す呼吸絞めの手型。
右掌が前に出れば、八人の師匠たちの右掌もまた、寸分の狂いなく前に出る。
――俺の左掌が後ろを払えば、八人の左掌もまた、大氣を裂いて後ろを払う。
師匠たちの武の「意志」が、俺の<血魔力>を媒介として完全にシンクロしていた――。
俺の一掌が八人分の理を重ね合わせた「九掌」のうねりとなり、ドッポ・キヴェレイが使役する過去の大眷属の幻影たちを圧倒していく。
――左足を踏み込み、最初の幻影――。
双頭の獅子の戦士へと、第三式<断罪訣裂>――。
因果の糸を、根元から、断ち切る掌――。
獅子の胸の鎧が内から頸動脈を糸ごと引き抜かれたようにぱきりと音を立てて爆ぜた。
イルヴェーヌ師匠の断罪の掌が、外から、寸分違わず同じ場所を撃つ。
獅子の幻影は内と外から同時に因果を断たれて白い光となって霧散した。
次は、青銅の槍使いの幻影――。
俺の掌が奴の頭上を素通りするように第七式<飛怪孤影>。
飛ぶ怪が、孤の影だけを追う。俺の掌の動きが空間に独立した孤影を残し、その影が青銅の槍使いの心臓を外からではなく、影の側から単穿で貫いた。
グラド師匠の飛怪の掌が寸分違わず同じ理を重ねて青銅の槍使いの幻影を内から爆破する。
三日月の鎌を背負った異形の半神には、第五式<妙夢徘徊>。
夢の中を徘徊するが如く――。
俺の掌が奴の七つの鎌の隙間を、足音すら立てずに、するりと、抜けた。
その掌が、半神の魂の核を、夢のように優しく、撫でる。
ソー師匠の妙神の掌が、同じ場所を、同じ静けさで、撫でた。
半神は、自分が斬られたことすら、夢の中の出来事と思い込んだまま、銀色の光となって、消えていく。
無頭の騎士には、第八式<獄魔擒拿>。
獄炎が、咽喉を、扼す。
顔のない無頭の騎士に、咽喉などないように見える――しかし、魂には体と息がある。
俺の掌が、その魂の体と息を、獄魔の重き炎で絞めた。
グルド師匠の獄魔の掌が、同じ理で騎士の魂の体と息を、絞め切る。
無頭の騎士は、声なき断末魔と共に漆黒の煙となって消えた。
炎の翼を広げた女戦巫女の幻像には、第十一式<黄昏悼亡>。
黄昏に、亡き者を悼む掌。俺の掌が巫女の翼の根元に触れる。
ただ、触れるだけ。しかし、その触れた点から深い哀悼の念が巫女の魂へと染み込んでいく。
巫女の翼が自らの意志で灰となって降りていった。
――女戦巫女は、最期、安らかな表情を浮かべて消える。
――牛の頭骨の双鎚使いには、第二式<血城慟哭>。
帝城が、慟哭する重さで双鎚使いの双肩を、上から押し潰す。
レプイレス師匠の血城の掌が、同じ重さを重ねて、双鎚使いを、戦場の石畳の下まで、ねじ込んだ。漆黒の蛇腹を持つ長身の魔女には、第六式<悪愚返力>。
魔女が放った漆黒の蛇腹の鞭が、俺へと殺到する。敢えて力を抜く。
掌を、開いたままただ受けた。鞭の力が掌を素通りし――そのまま魔女自身へと逆流していった。トースン師匠の悪愚の掌が同じ脱力で魔女自身を魔女自身の鞭で串刺しにする。
ドッと鈍い音が走り地面が陥没、大氣が揺れるまま幻影が一柱、また一柱と、白や金緑、銀緑の光の輪郭となって消えていく。
ドッポの鎧から解放された千の魂と同じく、奴の手によって使い潰された大眷属たちの魂もまた、メファーラ様の亀裂を抜けて、安らかに天蓋の彼方へと昇天していった。
ドッポ・キヴェレイの二重の声が、悲鳴に近い咆哮へと変じた。
「『おのれがぁぁ――、もはや、我の盾とすべき者すら、奪うか、光魔っ』」
「あぁ、奪う。お前が使い潰した者を本来の場所へと、還す。それが、<神律の還顕>の理だ」
「そして、お前が使い潰したことへの怒りと哀しみを糧に、この掌を振るう。それが<光魔形掌>の理だ」
「『黙れェッ――』」
幻影が、最後の力を振り絞り、四つの竜首から同時に四条の怪光線を放った。
避けない。左足を踏み込み、両掌を交差させ――第四式<塔魂閉門>。
塔の魂が門を閉じる。両掌の前に半透明の塔の門のような掌印が立ち上がる。
四条の怪光線が、その塔の門に衝突し――内に吸い込まれ――そのまま、ドッポ・キヴェレイの幻影自身の、四肢へと撥ね返されていった。
セイオクス師匠の塔魂の掌が、同じ理で、撥ね返しの軌道を、完璧に整える。
『ぐぇぁぁぁ――』
奴の自身の怪光線が、奴の幻影の四肢を内から焼き溶かす。
ハルホンクが、肩で蒼眼を煌めかせて、ぐっと唸った。
「フゥ、コレデ、終ワリダ、ゾォイ」
覇王属性の覚悟が背を一押し。
最後の踏み込みを左足から右足へと移し――両掌を塔の門から五指を広げた花の掌印へと開いていく。
――第十六式<空相寂寞>。
万物を虚無へと還す、空なる寂寞の波動が両掌から波紋となって広がった。
その寂寞の波がキル・ドッポの四つの竜眼に一輪ずつ白磁の蓮の花を咲かせるように浸透していった。四つの竜眼の意識が四つに分裂したまま、それぞれが別個の寂寞へと引かれていく。
キヴェレイの神威によって無理やり一つに縫い合わされていたドッポの四つの意識が、それぞれ別個の静寂へと引き戻されていく。
『……ばかな……我が四つの竜眼が……それぞれ、別の寂寞へと……還されていく……』
二重に重なっていた神威が、四重、八重へと霧散し、ドッポの肉体から悍ましい魔力が抜けていく。そして、最後に空白のまま揺らいでいた、俺の魂の系統樹の第十七式の枠が、ふっとまばゆい暁の光を放ちながら真の文字を結んだ。
――<黎明還顕>。
黎明の還顕。別離の十六の銘を、すべて踏破し、その哀しみを受け入れた先にしか現れぬ、究極の式。悲しみがただの破滅で終わらず、必ず暁の道へと還るという、神律の還顕と中庸の奔流が導き出した新たなる理。
※ピコーン※<黎明還顕>※スキル獲得※
――黯然たる掌のいずる先に暁の道は必ず還る。
両手の掌をゆっくりと開く。ドッポ・キヴェレイの幻影の中心へと向けた。
なにもしない。ただ暁の光を込めるように掌を開いたまま保つ。
俺の掌から神槍ガンジスに灯っていた五色の光輝が噴出した。
緋色、蒼白、金緑、紅蓮、銀緑が一筋ずつ、八掌卿の八人の掌からも同じ理で流れ出ていく。
九掌から、四十五条の光輝がドッポ・キヴェレイの幻影の周囲に暁の輪を編み上げていった。
暁の輪が完成した瞬間、ドッポ・キヴェレイの幻影は――ふっと自らの存在の支えを失ったように、ぐらりと傾いた。
魔戦神の幻影はすでに消えていた。
その堕ちたであろう大眷属の幻影たちも消えていた。
残されたのは半身を失った半ば溶けた、もはや言葉を発する力すらない。
キル・ドッポ自身の肉の塊だけ。その肉の塊が暁の輪の中央で最後に、ほんの一瞬、四つの竜眼を開いた。その四眼に初めて――恐怖でも、怒りでもなく安らぎに似た何かが宿った。
片眼から涙が流れ、
『……我も……還れるのか……主の盾ではなく……一人の……武人として……』
最後の二重ではない、ただの一重の声がドッポの咽喉から漏れると共に左手の掌に、ドッポの戦神、竜族、神界セウロス側で培った境地のようなモノが伝わってきた。
無言で、両手の掌をほんのわずかに傾け、暁の輪の<血魔力>を解放した。
極彩色の血暁の輪がドッポの体を優しく包み込んでいった。
――五色の光輝がその巨躯を完全に覆うと、激しい衝撃波と共に彼の体は戦場の石畳ごと真っ白な光の彼方へと霧散していった。
暁の光に夜の最後の残雪が儚く溶けていくように。
戦場に静寂が戻るのを感じながら、ゆっくりと両手の掌を下ろした。
左手の運命線のような傷と<シュレゴス・ロードの魔印>の印が少しズキズキする。
胸の奥の暗く澄んだ静けさは、まだ消えない。
別れは終わらない。しかし、別れの先には、必ず暁が還る。
頭上で、シュリ師匠が雷炎槍をゆっくりと地に突き直した。
「上等じゃないか、弟子。十六の銘を踏破し、第十七、暁の還顕まで、ものにしたようね」
「師匠たちのおかげです。皆様の一族、武術の歴史はあまりにも深い……」
「「「……」」」
「それを体感しえる、お主の器のでかさよ、な……弟子は、十分に大小、是非、善悪、美醜、生死を体感したというに……」
「「「「あぁ」」」」
「うん」
「それは……」
「いいんだ、弟子、夢幻泡影ではなく、お前が今得た『道』は確かな物なんだからな……」
ソー師匠も涙ぐみながら語る。
俺が得たことも師匠たちも得ているということか。
「ありがとうございます……」
「まさに、魔軍夜行ノ槍業の真の道よな……」
「……ふっ、弟子の掌の影に、自分の掌を重ねただけ」
レプイレス師匠が墨炎の槍を、地に逆さに突き刺し、両掌を胸の前で組む。
飛怪槍流グラド師匠は、
「……弟子よ、逍遥自在も、ある種、贅沢というものなのだぞ?」
「はい」
ラ・ケラーダの挨拶で応える。
「八槍卿の九番目、魔界九槍卿のお前を、今宵からは――正式に、八掌卿の九番目、魔界九掌卿としても、認めようかね、坊や」
「レプイレス、弟子は随分と前から、すでに九槍卿じゃよ」
「ふっ、分かっている」
師匠たちは冗談だが、本氣だが、分からんような会話を続けていく。
その師匠たちに、
「……恐縮です。正直、九掌卿は、まだ早いです。師匠たちの、無数の一族、武術の歴史、悲しい運命を体感しても……十六の銘を、その重みごと抱えるには、俺はまだ別れを知らなさすぎる」
転生前の両親の死……城塞都市ヘカトレイルで食料を求めながら倒れていたった方々。魔竜王の討伐で助けられなかったアゾーラ、更に今しがたの師匠たちの秘めた過去、それ以上の祖先の無数の人生を体感しても尚……強く想う。
「ハッ、その謙虚さがまさに武の器の許容を示している」
「ふふ、謙虚なものだ。だが、その謙虚が、『空相寂寞』の理を呼び、『黎明還顕』を完成させる。良い心がけだ」
戦場の遠方で、ヴィーネ、エヴァ、キサラの三人が、こちらを見ていた。
「シュウヤ、お疲れさま」
レベッカが、肩の力を抜き、いつものように氣風の良い笑みを向けてくれた。
無言で頷く。エヴァが、新しく精錬された白皇鋼の車椅子の上で、じもじと指先を弄りながら、優しく潤んだ紫の瞳で俺を見つめてきた。
「ん、シュウヤ、お疲れ……。新しい掌、すごく温かくて、強い……なんだか、懐かしい味がする」
エヴァの<霊血導超念力>と<紫心魔功>の共感覚が掌に宿る「惜別の温度」を正確に感じ取ったのだろう。その隣で、ヴィーネが背筋を伸ばし、深く一礼する。
「ご主人様、本当にお見事です。師匠方との掌法修業は、息を呑む美しさでした」
ヴィーネの肩の中庸の徴が、白銀の光を安堵したように点滅させている。
エヴァの紫の瞳が、こちらの胸の奥の暗く澄んだ静けさを感じ取ったように優しく潤む。
キサラのサークレットに宿るメファーラ様の余韻をほのかな微熱として残しながら、誇らしげに微笑んだ。
「シュウヤ様、メファーラ様も、きっと、お喜びです」
戦場の静寂の中で、相棒の黒虎が「にゃごぉぉ~」と低く鳴いた。
そのままトコトコと歩いて、足に頭を擦りつけてくれた。
見上げてくる。白と赤と黒の瞳が何かを言うように「ンン」と喉音をわずかに響かせた。
俺が触ろうとすると、「ンンン」と喉音を響かせ、離れた。
その黒虎はピンッと尻尾を立たせている。
胴から橙色に輝く魔力翼を伸ばすように広げていた。
それが俺の体から溢れる<血魔力>の余熱を心地よさそうに吸い上げていく。
頭上でメファーラ様の亀裂が一拍艶めいた笑い声を響かせて――静かに閉じていった。
最後に響いたハスキーな声。
『今宵の褒美は、九掌卿でも九槍卿でもなく、別の名を考えておこうかの。……ふふ、楽しみにしておれ、シュウヤ』
左の掌を胸に当て、すーはーと深く息を吸った――。
黯然たる掌のいずる先に暁の道は必ず還る。別れを知っている。その別れの重さがこの掌の理を生んだ。ナナシが、
『……主の掌底の理は初見だが、見事だ。また、脳裏に刻まれていた師匠たちの武の法と銘の連なりは、九槍卿としての真なる共鳴なのだな……魔城ルグファントを奪還するための、魔軍夜行ノ槍業の秘宝たる真の由縁が、今ここに開かれたと言えよう……キサラの戦乙女といい、神格を己の武術の糧にしての勝利も、見事すぎる……痺れたぜ……』
「……あぁ、すべてが繋がっている。俺の神座:神律の適格者から生じた<神律の還顕>の理もな。キヴェレイの因果の鎧から千の魂を解放したとき、戦場の雑音が完全に消え去り、俺の丹田の奥で戦士たちの『還りたい』という、声にならぬ悲痛な祈りが響いた。その祈りの残響が、師匠たちの槍の理合と完全に同期したんだ」
そして思念に応えるように、
『――別れは、絶えぬものなれども――』
『――惜別、千夜を経るとも星はなお燃え。――』
『――黯然たる掌のいづる先に、暁の道は必ず還る。――』
ナナシが厳かな、しかしどこか哀愁を帯びた声で古い詩を紡ぎ出す。
魂の深層を揺さぶる。地球の日本で別れた懐かしい人々、惑星セラの過酷な旅路の途中で散っていった者たち、そしてこの魔界の暗い地底で永劫の時を縛られていた哀しき魂たち。
これまで経験してきたすべての別離の重さが両手の掌の奥へと収束し鈍く、しかし決して消えない黎明の火を熾すように<光闇の奔流>と一体になって自然と輝く<血魔力>が放出された。
「にゃおぉぉ」
相棒の勝利の咆哮が心地良い。周囲の戦いも鎮静化している。
神界セウロス側から魔界セブドラ側に裏切った戦神キヴェレイの勢力は完全に消えた。他の魔界の勢力も俺たちを避けるように魔導要塞陣地に群がっている魔族は極端に減った。
今も戦っているザンクワ、フー、サザー、ママニ、カルード、レベッカ、レン、人造蜘蛛兵士&魔界騎士ド・ラグネス、射手のアラ、副官ディエ、魔将オオクワ、ヘイバト、片腕の部隊たち……名の知らぬ優秀な仙妖魔たち。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスも見事に勝利をもぎ取っていた。
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