二千二百七話 傷場の利用と魔皇メイジナと神魔の女神バルドークたちとの記憶共有
〝幻夜の転晶体〟を使う前に、<血道・神魔将兵>を置いて自動的に警邏体制を敷いておくべきか。
丹田の奥底から滾る<血魔力>を呼び覚まし一氣に体外へと解放する。
<血道第五・開門>――。
意識を極限まで研ぎ澄ます。体を巡る<血魔力>が熱く沸騰するように噴出した。
それらは赤黒い毛細血管を思わせる無数の魔線となり、宙空へと伸びては複雑に絡み合い、人の形を結びつつ一瞬で五十体ほどの<血道・神魔将兵>として実体化した。
その神魔将兵は整然と並んだ。
狩魔の王ボーフーンには、一瞬で塵に還される代物。
しかし、並の魔族が相手ならば十分な盾となり、敵の足を鈍らせる。
零コンマ秒~五秒ほどの思考の格差が起きれば、それだけで十分だ。
皆の勝機を掴むに十分な時間となる。
傍らに控える魔皇獣咆ケーゼンベルスが、地響きのような唸り声を上げた。
「ウォォン、主、戦力増強を行うのか」
「おう、ケーゼンベルスも忙しくなると思うが、引き続き、バーヴァイ地方やメイジナ地方と、このスラウテルの傷場、スラウテル&光魔ルシヴァルの魔導要塞陣地の守りを頼むぞ」
魔皇獣咆ケーゼンベルスに言うと、そのケーゼンベルスは「ウォン!」と高く鳴いてから、
「うむ! 我はここをしばらく主戦場にしよう。更に先程も言うたが、ケーゼンベルスの黒狼、ツィクハルたち、黒狼隊にもバーヴァイ地方の南と、この地域、特に北東側、厖婦闇眼ドミエルの領域だった地域への警邏を強化させようと考えている。同時に、レンの進言通り、銀灰猫たちをバーヴァイ地方の守護へとスライドさせるつもりなのだ。だが、我は血文字が使えない故に、主に言いたかった!」
「おう、悪いが、銀灰猫たちは血文字は無理だ」
「ウォォン、そう言えば、そうだったな!」
「にゃおぉ」
黒豹が魔皇獣咆ケーゼンベルスに『そうにゃよ~』と言う感じで鳴く。
魔皇獣咆ケーゼンベルスは鼻を突き出し、黒豹も鼻を突き出し、鼻チューを行う。
互いの匂いで、何かが起きたか、理解したようだ。魔皇獣咆ケーゼンベルスは、
「ウォン! 神獣ロロよ、そなたは強い! しかし、闇神リヴォグラフはいたるところに手を伸ばしておる! 喰らい付きたかったが、【闇神異形軍】の眷属たちも優秀だったぞ」
「にゃごぉ~」
「ウォォォォン!」
「にゃ、にゃごぉぉぉん!」
相棒も同意するように共に吼えていく。
「ウォォォォォォン!」
「にゃ、にゃごぉぉぉぉぉぉん!」
「ウォォン!? ウォォォォォォォォォォン!」
「にゃごぉ……にゃごォォォォォォォォォォォォォォォォン!」
二匹は鳴き声で争い合う? 分からんが、周囲から魔素が幾つか消えていく。
レンは、魔斧槍をあげてから俺たちに会釈し、
「シュウヤ様。恐王ノクター様や魔秘書官長ゲラ、大眷属エスパニュラスにはまだ相談しておりません。ですが、バーソロンとサシィとの血文字連絡でその議題が上がっており、ケーゼンベルスにも先程お伝えした次第です。マセグドの大平原への戦力移動の件、進めてもよろしいでしょうか」
「おう、それでいい」
すると、キュベラスが、ミトリ・ミトンとシルと、ザンクワ・アッリターラを連れ、
キュベラスは異界の軍事貴族のリスのケニィを肩に乗せたまま、全身から仄かな光を帯びた濃厚な<血魔力>を放出した。その血の波動を浴びた桃色のケニィは、全身を虹色の眩い煌めきで包み込み、「キュッ」と愛らしく鳴いて一瞬で光の粒子へと霧散する。
粒子はキュベラスの身を包む半透明な魔力の衣へと形質を変え、すでに展開していた深淵の闇を思わせるグラデーションが美しい<ハデスの闇衣>のケープへと、吸い込まれるように滑らかに融合していった。
鎧を揺らしたキュベラスは「あッ」と小さく声を漏らし、振り向き、
「――シュウヤ様、〝幻夜の転晶体〟を使いますか。それとも、このまま<異界の門>を用いますか」
「そのまま<異界の門>を発動してくれていい」
「分かりました――」
キュベラスは片腕を上げ、<異界の門>を発動させる。
紫を帯びた<血魔力>が宙空に集積すると、空間が湾曲した点の先が弾け裂けると一瞬で、樹と蔦が無数に絡み付いている小型の石門が顕現した。
エヴァ、レベッカ、ユイたちは、
「ん、シュウヤ、わたしはここで皆と待ってる」
「うん、シュウヤ、気をつけてね」
「フッ、魔導要塞陣地と光魔ルシヴァルの領域の守りは、我ら峰閣の者とケーゼンベルス殿にお任せを。シュウヤ様は、セラでの用務、後顧の憂いなく果たしてください。ここを抜こうとする愚か者は、私の魔斧槍の錆にしてご覧に入れますゆえ!」
「わたしもここで周囲の警戒に当たるわ」
「閣下、お供します。左目に戻ります」
「了解、ヘルメ、来い」
「はい!」
水の女神の如き美しさを湛えた常闇の水精霊ヘルメは豊満な肢体を一瞬にして清冽な液体へと変化させ、左目の瞳孔へと向かってくる。凄まじい速度だが、思わず避けようとする間もなく、左目にヘルメが飛び込んできた。
ひんやりとした心地よい冷気が、脳髄の奥へと染み渡っていく。
ヴィーネは、翡翠の蛇弓を背に払い一歩進み出た。
「ご主人様、私もお供しますが、神格の一端を得たようですので、奉納するための魔皇碑石を選ばせていただきますね」
と言うと、横に隆起していた魔皇碑石のところまで行き、持ち上げている。
するとミトリ・ミトンが、胸にシルを抱きながら、
「あ、あのわたしもセラの土地を見てみたいです。付いていって良いですか?」
とミトンの言葉に頷き、
「いいが、ハンカイや八槍卿に聞いて、その皆をここに連れてくるだけとなるが、良い?」
「はい!」
「了解、ならば、キュベラス、<異界の門>を展開したままで、そこでちょい待っててくれ。魔皇碑石に神座:神律の適格者を入れてくる。ではヴィーネは、その魔皇碑石で、俺はそこの魔皇碑石にしよう」
「ハッ」
「はい!」
素早く隆起していた複数の魔皇碑石の一つを選ぶ。
そして、神仙蛙ペルガンテイルの楽譜と正義のリュートを戦闘型デバイスのアイテムボックスから取り出した。神仙蛙ペルガンテイルの楽譜に魔力を込めると、五線譜が黄金の光を放ちながら、自然と目の前の宙空へと静かに浮かび上がった。
そのまま正義のリュートを胸に抱き、木肌の温もりを確かめるように指先を弦に触れさせる。
弾いて、と、吸い付くような弦の感触が、指先の皮膚を通じてダイレクトに脳へと伝わってきた。
<魔音響楽・王華>に<魔音響楽・梁塵>などの理を強く意識し、その魔術的旋律を起動させる。
※魔音響楽・王華※
※魔王の楽譜第五~第十章を弾けるようになる※
※魔王の楽譜を弾くことによる遠隔攻撃が可能※
※神界セウロス神界に伝わる楽譜の第一章~第五章を神界の楽器で弾けるようになる※
※環境に合わせて自動的に<魔音響楽・王華>が発動する場合は異空間に<魔音響楽・王華>が反応している場合が高い※
※神界の神々に纏わる楽譜を弾くことにより、己と眷属に使役している存在たちの神格操作が可能になり、魔皇碑石や、墓碑に、新古代碑、太古の土霊碑、魔大戦雷轟剛鳳石などに封じて、エネルギー源にすることが可能※
神仙蛙ペルガンテイルの楽譜から出た魔線が正義のリュートと繋がるまま、全身から新たな魔導波動が駆け巡っていく。
六本の弦は、正義の神シャファの力を魔界に示すように自動的に音律に調律され、各弦が異なる次元の力と共鳴していくように感じた――。
弦の張力、太さ、質感が指先の記憶を呼び覚ます。
かつて地球という遥かな星で愛した六弦のギターとは、形状も鳴りも異なっていた。
だが、指先から木胴へと振動が伝わり、大氣を震わせるその根源的な喜びは、次元を越えて確かに相通じている。
第一弦を親指で弾くと澄み切った高音が空間を震わせ、魔界の法則に干渉する波動となって広がった。
弦から放たれた音色が魔力の結晶となり、目の前に浮かび上がる。
左手の人差し指と中指でコードを形成、弦を押さえる圧力、位置、角度のわずかな違いが神格を揺さぶる波動の質を変化させる。指先から弦へと流れる魔力の脈動が内なる神格と共振し始めていく。
右手の薬指で第三弦をはじくと、体内に眠る神格が応え、<縫合の理>――。
――アハシュムロン・スートラの名が旋律となって周囲を駆け巡る。
ヴィーネの神格も意識すると、俺とヴィーネから出た魔線が繋がる。連動した。
胸の奥から足先まで、金色の魔力が血管を駆け巡る感覚……。
神格が体表へと浮上し始める兆しを感じ取りながら、指を滑らせ、次の和音へと移行する。
――薬指と小指で第四弦と第五弦を同時に弾く。
和音が空間を満たし、神格の束縛を解き始めた。
複雑なコードチェンジを繰り返すたび、体内の神格が少しずつ解放されていく感覚となる。
その過程は苦痛ではなく、むしろ心地よい解放感に近い。
左手を滑らせながら、第一弦から第六弦まで一気に弾き下ろす。
弦から発せられる音色が螺旋状の魔力となって広がり、魔皇碑石との間に見えない架け橋を形成していく。
かつて練習したアルペジオの技法が、この瞬間のために存在していたかのような感覚。
――第二弦を強く弾き、そのまま押し上げると音程が上昇する。
高い音と、操作で生まれる特殊な振動が、神格の振動数と完全に一致した瞬間――体内から金色の光が溢れ出し、皮膚の毛穴から神格の粒子が放出される。
六弦を同時に鳴らす豪快なストロークで、体内の神格が一気に解放された。
それは長い間抱えていた重荷から解き放たれるような、言葉にできない開放感。
神格の粒子が体から離れ、魔皇碑石へと吸い込まれていく様が心眼に映る。
左手の指先で弦の節目を軽く触れ、倍音を響かせる。
その透明感のある音色が、神格転移の仕上げとなると理解――神格が完全に魔皇碑石へと移動した刹那――。
弦から放たれる最後の残響と共に、石の表面に「神座:神律の適格者」の文字が浮かび上がった。
エクストラスキルの<神律の還顕>のスキルは失われない。無論、大部分の能力を失った感覚があるが……最後の音が消えゆく中、体から力が抜け、これまでとは異なる感覚が全身を満たす。
神格という特別な力の枷を外した解放感と、同時に何かが永遠に失われたような虚脱感。
ヴィーネもまた、自身の内に起きた変化を確かめるように、不思議そうに両手のひらを見つめている。
彼女が触れていた魔皇碑石の表面には、厳かな光の文字で「神座:神眷の射手」と刻まれていた。
その光景は、素直に格好良いと思わせるだけの威厳に満ちている。
同時に、ヴィーネの肩口に浮かぶ白銀の「微」の意匠が、ブローチのように強く、美しく輝きを増した。
あの「微」の紋様は、それ自体が極小の魔皇碑石としての性質を帯び始めているのだろうか。
新たな魔力源としての防御機構なのか、あるいはヴィーネ自身の新しい能力の萌芽なのか。いずれにせよ、それは高位の闇神たるリヴォグラフの呪縛を逆に喰い破り、その喉元を突き刺すための、新たなる進化の兆しであるに違いなかった。
ヴィーネは俺を見て、
「ご主人様、神格を得て、少しだけご主人様の高みに近づけた気がして嬉しかったですが、失われると、淋しさのような力を失って、不安が増しました。ですが、この『微』の輝きがあるおかで、不安は消える。これは、あのリヴォグラフの闇を穿つための……新たな力の目覚めなのかもしれません……ご主人様の加護……恩寵を感じます……」
「「「おぉ」」」
「「「神格が!」」」
「初めて見ました!!」
「「あぁ!」」
「「えぇ!」」
「すげぇ」
「石が輝いて、少し大きくなりました!」
「神格移し! 生まれて初めて見た」
「「導きし者の神格が!」」
「なんてことだ、本当に……」
ザンクワ、射手のアラ、副官ディエ、魔界騎士ド・ラグネス、魔将オオクワ、ヘイバト、片腕の部隊、名の知らぬ優秀な仙妖魔、ズィル、インミミ、ゾウバチ、イズチと魔犀花流の門下の兵士たち、蜘蛛娘アキの部下アチュードとベベルガに、人造蜘蛛兵士たち、皆が驚愕の声を上げていた。
エトアとルビアも、以前と同じように口元を両手で押さえ、ひどく心配そうな視線をこちらに向けている。
縮小を念じると掌サイズに魔皇碑石は小さくなる。
再び元の大きさに戻した。
常闇の水精霊ヘルメが、皆に向け、水飛沫を発しながら、
「――皆さん、ご安心を! 閣下は無事です。神格を移しても、閣下の美しいお尻ちゃんは、瑞々しく二つのまま! 桃のように綺麗に割れております!」
そのあまりにもヘルメらしい緊張感を一瞬で台無しにするボケに思わず額を押さえた。
「ヘルメ、お尻は神格があろうとなかろうと、元から二つの肉に割れてるもんだ」
と呆れ半分にツッコミを入れると、張り詰めていた戦場の空氣が、一瞬にして弛緩した。
「「ふふ、あははは!」」
「ん、相変わらず、精霊様は面白い!」
「「は、はい!」」
とヘルメのお陰で、多少は静まった。
エヴァが、
「ん、その神格を入れた魔皇碑石は砂城タータイムの中に保存?」
「そうだな」
と言うと、アドゥムブラリが、
「主の魔力や神格が入った魔皇碑石、アイテムボックスなどに入れたら、セラに運べるとは思うが、もし、セラで解放された場合、大災害的な破壊が起きる可能性は高い。ということで、砂城タータイムの守りは厳重にしないとな」
その言葉に眷属たちが頷く。
レベッカが、
「うん、それと、前にも増して綺麗だった」
と発言。
「あぁ、そうだな魔皇碑石の守りは、皆に頼むしかない。では、ヴィーネ、それを貸してくれ砂城タータイム内に設置してくる」
「はい」
ヴィーネの神格を封じた魔皇碑石をアイテムボックスに入れた。
俺が神座:神律の適格者や縫合の理を封じた魔皇碑石もアイテムボックスに入れる。
そうして、すぐ左上に浮遊している砂城タータイムの内部へと意識を向けた。
即座に、内部のコントロールルームの端に転移――。
中央の宙空と床には、〝星霜の運行盤〟の設備が鎮座。
他にも『賢竜創世神話術式図』と『七雄真名領域術式図』が立体的に浮かび、床にある魔道具にもみえる設備と魔線が繋がっている。そして、神座:神眷の寵児の名が刻まれている魔皇碑石もあった。
他にも【調理場&大食堂】、【鍛冶所】、【星核の炉】と【流星の核】と【流星の欠片】の印と四竜の紋章が上下に行き交っている。
その一角に、新しく、神座:神律の適格者、縫合の理などを封じた魔皇碑石を設置し、直ぐに地上に転移。
戻ると、相棒が、
「にゃ~」
と、鳴いて、小型の<異界の門>の中に先に突入した。
ヴィーネが「では」と先に長い銀髪を見せるように入る。
俺もキュベラスと共に<異界の門>を潜った。一瞬で景色は様変わり、漆黒と緑の森林地帯が多い【デアンホザーの地】に到達した。
傷場が目の前だ。表面の空間が歪んでいる。
デアンホザーの地に口を開く『傷場』は、一見して固く閉じられているように見えた。
歪んだ時空の境界線からは、幾重にも折り畳まれた多次元の影が、まるで意思を持つ粘着質な触手のように四方八方へと蠢き出ていた。
歪んだ空間の合わせ目――傷場と連鎖する無数の極小の境界領域から、高次元の幾何学構造を体現するカラビ=ヤウ多様体と似た射影が、極彩色の光を帯びて万華鏡のように展開していく。
閉じた傷場の中心は台風の目を思わせる渦であり、ところどころが波状に揺らぎ、細かく見ると粒子状の点でしかない。
前と変わらず極彩色豊か。
魔界セブドラの空氣と周囲の魔力が、その傷場の歪みの中へと勢いよく吸収されていく。
こういう現象を見ると、己の目の器官、視覚野を疑いたくなってくる。
光や魔力を通して、波動関数のようなモノを脳が観測しているんだろうとは前にも予測はしたが……。
時空の傷を保っている無数の魔界側の未知の魔力と傷場の向こう側の惑星セラの宇宙次元の魔力粒子と衝突しながら繋がっているのが、一種の時空の紐なんだろうなとは予測する。
あらゆる色の魔力が液状となって傷から滲み出し、時には固形化したかと思えば、次の瞬間には蒸発して霧となっていた。
魔界とセラの法則が互いに侵食し合い、絶えず抗争を繰り広げているかのような禍々しい美しさ。
結局は二次元状のホログラムでしかない理論を思い出す。
時空の裂け目を無理やり繋ぎ止めている魔界の未知なる魔力と向こう側に広がる惑星セラの宇宙次元の魔力粒子。それらが激突し、互いを貪り食いながら細い「光の糸」の群れが絡み合いながら結びつき「面」となって平面極限として相対している?
<隻眼修羅>で凝視すると、その面の非常に細かな部分にも、赤色、紫色、黒色、そして灰色――濃密な霧と不規則な稲妻となって激しく衝突し、混ざり合いながら四方八方へと激しいスパークを散らしながら噴き出している。
魔界セブドラの乾いた大氣と、周囲に漂う野生の魔素が、その時空の歪みの中へと凄まじい大音響を立てて吸い込まれていく。
外に飛び出て見えるものは本来ならば目に見えぬはずの、次元の壁を縫い合わせる無数の「時空の紐」そのものか? これが魔次元の紐などに流用されている?
その平面極限が常に多面体、無数の結晶の共形幾何学やCosmohedraのファセット状に揺らぎ、万華鏡のように回転し、無限に折り畳まれては展開して幾何学的なカオスを形成している。
それはすべての矛盾と特異な歪みを内に呑み込み特異点を完全に殺していく巨大なトーラス。一見は「魔力の渦」だが、精緻な時計の歯車的で循環させ続ける巨大な時計の構造なのか?
極小の魔力のゆらぎと、極大の世界の崩壊が、同じ振動のルールで結ばれている。
マクロとミクロは、やはり完全な等価にはなり得ないか。
内部の重力と境界のゲージ場が一致するというあの方程式も、左辺には無限大が付き纏い、真の意味での『=』ではないと知っている。表面上の数式すら成立せず、マクロとミクロの法則が完全に断絶したように見えている、観測できているのが、次元の裂け目……それがこの『傷場』の側面の一つでもある?
だが、俺の知る物理的な考えも、所詮は一つの観測者の視点でしかない。
そして「ゆらぎ」と「振動」。――振動こそが肝か?
次元を繋ぎ止める、常に揺れて凄まじい勢いで振動しているからこその莫大なエネルギーの循環。
それが現実を形作っている? それが真の鍵なのかも知れないし、危険な面でもあるか。
その傷場から視線を離し、周囲を見ていく。
ハイセルコーン族の乳絞り工場の家屋は近くに建設済み。
チーズ置き場なども用意され、本格的に商売となりそうな予感。
そんなことを考えていると、魔皇メイジナと神魔の女神バルドークが横から現れた。
<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスとレガランターラも左から飛来するように着地。
<従者長>ラムラント、<従者長>アチはここからだいぶ北側の魔蛾王ゼバルや王魔デンレガ、闇神アスタロトの領域との戦線維持に出張っている。
魔命の勾玉メンノアは、いない。俺たちからしたら巨大な飛び地領土の、三玉の誓約の光魔・魔命・悪夢の大同盟の領域、魔命を司るメリアディの領域の守りで、移動中かな。
ここにはいない。
その三玉の誓約の光魔・魔命・悪夢の大同盟の領域を守るための要だった、光魔魔沸骸骨騎王ゼメタスとアドモスが、大平原コバトトアルの南側へ出陣しているのもあるだろう。とはいえ、古の魔甲大亀グルガンヌと、魔界沸騎士長の将校たちが率いている約一万の沸騎士軍団がいるから、ここから遠い北東の三玉の誓約の光魔・魔命・悪夢の大同盟の大領域、【グルガンヌ大亀亀裂地帯】を含む領域の守りは、今のところは大丈夫だろう。
「――主、遠い南で結果を残したと分かるぞ」
「シュウヤ様、魔神殺しの〝魔神殺しの蒼き連柱〟に神界の神殺しの〝魔神殺しの紅蓮なる連柱〟も起きてますが、神界側も動いたのでしょうか」
「主!」
「師匠、お帰りなさい!」
魔皇メイジナと神魔の女神バルドークとルヴァロスとレガランターラに、
「おう、魔神殺しの〝魔神殺しの蒼き連柱〟は確実に俺のせい。俺は分からんかったが、神界セウロス側も大平原コバトトアルのどこかで、動いていた。或いは、今もアンダーカバーを含めた様々な戦いが起きているんだろうとは思う。そうではなく、神槍ガンジスや魔槍杖バルドーク、無名無礼の魔槍などの影響で〝魔神殺しの紅蓮なる連柱〟が起きたのかも知れない」
「そうでしたか」
四人は俺をジッと見て、思案げな表情となった。
その皆に、
「で、知っているとは思うが、始めは、【源左サシィの槍斧ヶ丘】での<トガクレの魔闘氣>など、魔斧槍の武術の訓練中だった時だ」
「はい、タチバナと、その立花弦斎ですね」
「そうだ。立花と通じていた連中が、バーヴァイ地方にちょっかいを出し続けていた狩魔の王ボーフーンの勢力だった。その連中を足取りを追って、ケーゼンベルスの魔樹海を、南に越えた俺たちは、大平原コバトトアルの北西部に出た。そこが、暗剣の風スラウテルが死んだ土地で、その魔神の遺骸を、武器や防具に加工している帽子と防塵マスクを装着した二眼二腕の魔族たち、『魔風鍛冶師』たちが住んでいた土地だったが、内実は、重労働を強いられていた奴隷たちだった。で、そこを支配していたのが、スラウテルを倒した狩魔の王ボーフーンの勢力だったんだ。そいつらと戦うことになって、倒したが、狩魔の王ボーフーンも最上級神の一柱だ。その余波は凄まじいのなんの、詳しくは、これを呑んでもらう」
戦闘型デバイスから〝知記憶の王樹の器〟を用意し、<血魔力>を注ぐ。
瞬時に器の底から澄んだサファイヤブルーの神秘的な液体が満ちていく。
その液体に指先を浸し、静かに記憶の波形を転写した。
極細の光の糸となって神秘的な液体の中を走り、脳の海馬体を模した金銀の結晶が美しく明滅しては、俺の記憶の情景を水盤に絵の具を落とすように鮮やかに織り込んでいった。
亜鉛イオンが卵子と衝突し、生命が誕生する瞬間の眩い閃光を思わせる魔力の脈動が起き、液体の中に、脳の海馬体を模した光の結晶が浮かび上がる。
体験した狩魔の王ボーフーンとの死闘――。
厖婦闇眼ドミエルとの戦い。
霊槍ハヴィスを使い、<霊穿・籟戈>を得たこと。
そしてスラウテル再誕の全情景が、純度百パーセントの「体感」として織り込まれていく。
記憶を仲間たちが得ることで、魂の深層で繋がり、互いの魔力まで共鳴させるような深い絆となる。
眷属たちの新たな力となり得る仕組みもあるだろうからな。
そして、今回はエッチなことはしていないから、共有しても大丈夫だろう。
時折、眷属たちとは情熱的に愛を交わしている身だが、この結晶に込めるのは純粋な戦いの記憶だけだ。
ここ最近の、ありのままの激戦の記憶を、改変することなく素のままで結晶へと定着させた。
――完了。
早速、〝知記憶の王樹の器〟の出来上がった神秘的な液体を、魔皇メイジナ、神魔の女神バルドーク、ルヴァロス、レガランターラの四人に手渡し、それぞれに飲み干してもらった。
液体が喉を滑り落ちた瞬間、四人の瞳が驚愕と興奮、そして戦慄の色彩に染まる。
脳髄に直接、覇王を喰らった神座の衝撃が伝搬したんだろう魔皇メイジナは、自らの頭部に触れながら感嘆の息を漏らした。
「……なるほど、すべてを理解した。アバドンの丘を巡る七つ巴の戦いは、我らの想像を遥かに超えるカオスだ。欲望の王ザンスインや狂気の王シャキダオスが、未だ光魔ルシヴァル側に本格的な戦争を仕掛けてこない理由……その不氣味な静寂の裏にある思惑が、この記憶の熱量からひしひしと伝わってくるな」
と考察し、それにバルドークが応じる。
「見えないところで、争っているだけだろう。暴虐の王ボシアドは明らかに、憤怒のゼアや破壊の王ラシーンズ・レビオダ絡みで、忖度していると理解できるがな」
二人の言葉に頷く。
レガランターラが、
「師匠を狙った暗殺者と、皆の攻撃を凌いでいた武人はどこの勢力なのか氣になりますね。そして、闇神リヴォグラフもヴィーネを狙うとは、許せない」
「ふむ……それにしても我も南の戦線に行きたくなります……」
ルヴァロスの言葉に皆が頷き、
「「はい」」
「「たしかに」」
同意していた。
そして、神魔の女神バルドークから〝知記憶の王樹の器〟を返され、戦闘型デバイスに仕舞った。
「では、セラに戻る。八槍卿たちを呼び戻す。バフハールやシャイナスにも来るか聞く」
「承知した」
「「はい」」
「おう。マセグドの大平原にいるだろう魔界騎士ハープネス・ウィドウたちに会ったら、この結果を伝えておいてくれ。『眷属化の話は忘れていないからな』ともな」
「ふむ、主も忙しい。そしてハープネスも今の魔界騎士の立場で、十分に我らの戦力になっているが故に、時間が合うと良いのだが」
神魔の女神バルドークの言葉に頷いた。
「あぁ、ま、いつかでいい、今は南の防御を固める時期だ」
「うむ」
「そうですね」
「にゃおぉ~」
皆の言葉に頷く。
黒豹は、四人の言葉に合わせるように、各自の足に、己の頭部を寄せて甘えていた。
そこで魔霊のシンバルと〝魔王の楽譜第三章〟を取り出した。
「では、傷場を開く――」
シンバルに魔力を込めて強く打ち鳴らした。
響きに呼応し、自然と〝魔王の楽譜第三楽章〟の楽譜の五線譜から滲み出て、小人のピエロのような幻影が現れて、狂氣じみたステップを踏みながら奇っ怪な魔声を響かせ始めた。
ジャァァァッ、ズゥゥゥゥゥゥゥン――。
特異な周波数帯で特定の脳髄を直接刺激するような、幽玄かつおどろおどろしい音色――。
楽譜の五線譜から溢れ出した奔放な魔力は次元の壁を激しく揺さぶる。
魔界の天蓋を浸食し、惑星セラの物理法則を、強引にこちらの魔界側へと引きずり出すように、傷場の周囲が、一氣に窪み、隆起を繰り返し――大氣をガラスのように細かくひび割れさせていく。
一瞬にして巨大な傷場の口を開けた。漆黒の深淵を晒す印象は、煌めきながら時空の紐のようなモノが紐解かれ、セラと融合していく事象の地平線の面と面が新たな世界を作るように惑星セラの光景に変化していく。するとズキッと痛む、視界が血に染まり、頭がくらくらしてきた。
「ご主人様!?」
「シュウヤ様! 目から血が……」
「にゃご……」
「すまん、神格を得たままのつもりで、<隻眼修羅>を全開にしていた。すまん。<魔闘術>系統も<闘気玄装>のみする、この感覚は慣れていかないとな……」
と、<闇透纏視>や<隻眼修羅>を終わらせる。
「ンン――」
黒豹は黒猫と化して肩に乗ってくると、頬に片足を当ててくれた。
肉球プッシュは癒やされる。
「にゃぉ~」
「では、メイジナたちは、またな~」
「「「「はい!」」」」
そこでシルを胸に抱いたまま、緊張していたミトリ・ミトンと視線を合わせる。
「ミトン、傷場の向こう側のセラだが、半神だから大丈夫なんだよな?」
「はい、大丈夫。行けます」
「ならば、行こう、キュベラスとヴィーネも行こうか」
「「「はい」」」
皆で傷場を潜りフロルセイル地方に到着した。
続きは明日更新予定です。
【書籍&コミック情報】
・HJノベルス様より『槍使いと、黒猫。』1巻〜20巻 絶賛発売中!
・コミック版 1巻〜3巻 絶賛発売中!
【お知らせ】
設定資料・外伝等の公式保管庫(note)を開設しました!
https://note.com/kenkou_novel/n/n745c32bdb4ba
最初の投稿として、書き下ろし限定SS『迷宮都市イゾルガンデの裏側で』(ロロとフォティーナの活躍劇)を公開しています。
今後は、シュウヤ視点の小話や、本編では書ききれなかった設定をまとめた「槍猫」の総合アーカイブとして、無料・有料を織り交ぜながら更新していく予定です。
※保管庫内には「魔界の最新地図」も掲載しております。
また、今回は「槍猫」とは関係のない完全新作のSF短編――
『たとえ世界が消しゴムで消されたとしても、僕が引いた黒煙の線だけは、君たちの明日に残る』
(※実際のタイトルは『黒鉛の祈り』ですが、この紹介文のフレーズのままで完璧にフックになります)
も同時に掲載しております。
皆様に楽しんでいただけたら幸いです。




