二千二百八話 サーマリア王国にて、レザライサたちと合流
フロルセイル地方の木々の葉が、セラの風に揺れてサラサラと音を立てる。
両腕を広げて、深呼吸を行った――惑星セラか。<闘気玄装>を消しては、再度纏った。
――惑星セラ側の重力を感じた。膨張していた筋肉の細胞一つ一つが、セラの物理法則に従ってきゅっと収縮していくのが分かる。筋肉量も減ったかな。
魔力と精神なども、ごっそりと減ったと実感できた。
天蓋を灼くほどに研ぎ澄まされていた精神が、薄い大気の中に希釈され、ごっそりと削ぎ落とされていくような強烈な虚脱感。
魔界セブドラと惑星セラの狭間の差、宇宙次元の差か。
血文字でキッシュたちに帰ったことを伝えていく。
ミスティ、ビュシエ、レザライサ、ルマルディ、エラリエース、キッシュ、アフラ、ペレランドラ、マガリディ、サラ、クレイン、カットマギー、クナ、ハンカイ、レンショウ、ルシェル、メル、フェドゥ、ヴェロニカ、ラティファ、ベネット、フー、ママニ、レミエル、サザー、カリィ、ベリーズ、ビア、ジュカなどに血文字を送っていく。
セラの各地でそれぞれの任務に就いている愛しい眷属たちへ、無事の帰還を告げる波紋を広げていく。
隣に立つヴィーネもまた、自身の指先から細い血の糸を紡ぎ、キッシュ、ママニ、ペレランドラ、サラ、ビュシエに血文字を送っていた。
そのヴィーネは、指先を<血魔力>に溜めながら、
「ご主人様、神格を落とした後に、セラにくると、やはり感覚が随分と異なりますね」
「あぁ、俺は一度体感済みだが、ヴィーネは初だ。戦闘となったら参加せず素直に後退しといてくれ」
「はい」
微笑しているヴィーネ。
頬に刻まれている銀蝶の紋章が陽を受け輝く。
そして、肩口のほうで輝く「微」の紋章も、結構美しい。
陽を受け白銀の光を反射していく。
光合成でも起きたように、周囲に光の葉脈的な物が拡がっていた。
フロルセイル地方の傷場の回りには櫓付きの砦と温かみのある木造家屋がいくつも立ち並んでいた。ここでもチーズの匂いが漂う。鼻腔をくすぐるのは香ばしいハイセルコーン・チーズの濃厚な匂いだ。
警備には、百足魔族デアンホザーとデラバイン族の魔族兵士に、タータイム王国の人族兵士たちが共に付いている。
鋭い鎌脚を揺らす百足魔族デアンホザーは、人族の兵士と〝ルクツェルンの暦〟のようなカードゲームをしていた。
強靭な肉体を誇るデラバイン族の魔族兵たちが、タータイム王国の人族兵士たちと肩を並べて鋭い視線で周囲を警備している。異形と人族が当たり前のように共存する、奇妙で、しかし確かな活氣がそこにはあった。
タータイム王国とデアンホザーの地における『王婆旧兵』雇用に関する三者間盟約は順調に履行されている。そしてハイセルコーン族のチーズが惑星セラに大量に輸入されているんだな。
「ンンン」
肩にいた黒猫が喉声を響かせながら足下に降りた。
すると、「きゅっ」と可愛い音を発したシルが、ミトリ・ミトンの胸から離れて、「きゅぅ~」とセラの陽光を浴びつつ楽しそうに浮遊していく。
シルの白銀のスライムには可愛らしい黒い目と黒い線のような唇がある。
頭頂部には、リンゴの太いツルを思わせる、上質なソフトクリームの先端のような愛らしさもあるな。ちょびっと、ちょこんとした愛らしい突起があって、非常に可愛い。
黒猫を目で追いながら、シルは小さな口をきゅっと横に広げ、セラの新鮮な空気をいっぱいに吸い込んで、ぷうっと風船のように膨らんでみせた。
その半透明の白銀の体躯の奥には、ヴェルディンの炎の鋳造とセラドナの水鏡の理が溶け合っているのだろう。まるで小宇宙をそのまま閉じ込めたかのように、極彩色の魔力グラデーションが、美しい波紋を描きながらたゆたっていた。
透き通った白銀系は完全に透けて、反対側にいたミトリ・ミトンを映す。
内部がどんな構造になっているか不思議なぐらいの勢いで変化。
またも極彩色のグラデーションが小宇宙の如く走っていた。
リズミカルに波紋も生まれては、ソフトクリームの上のほうを作るように隆起して、「ぴゅっ」と音を響かせて、その先端を外に放出していた。
その放出したソフトクリームのような銀の先端分は陽の光を浴びて溶けるように消えていた。
その残滓がなんとも言えないほどに薄い光を宙空に放つから、しばしヴィーネと共に魅了された。
「にゃぁ~」
黒猫がそのシルを追う。
『閣下、シルちゃんですが、魔法の泡を大量に放つこともできるのですよ』
「へぇ、ヘルメと合う?」
『はい!』
ヘルメと念話してからミトリ・ミトンを見ると、浮遊する。
細い三腕と人形のような左下腕を広げ、戻ってきたシルを抱きしめる。
そのまま信じられないものを見るように周囲を見回して、
「……シュウヤ様、これが、セラの……『本物の風』なのですね」
ミトンはシルをそっと抱きしめ、天を仰いだ。
その銀緑色の双眸にセラの眩い陽光が涙の膜となって反射する。
「魔界の、あの乾いた鉄と血の匂いが……本当に、一滴もしません。この地に満ちる大気の、なんと清々しいことか……凍てついていた私の魂の芯まで、優しく溶かしていくようです」
と語ると、浮遊しながら光を全身で受け止めるように両腕を広げ,
シルと共に、その場でくるくると軽やかに回った。薄紫と灰色の段々としたローブスカートを靡かせ、美しく広がった。足元では銀色の<聖なる膜>が星屑のような粒子を散らし、セラの清冽な魔素を吸って、かつてないほど純白に透き通っていく。
素直に可愛い。
ミトリ・ミトンが初めて触れる惑星セラの光と緑か。
『ふふ、魔界の過酷な濁氣と銀翠の雨の停滞から解放されたように見えますね』
『あぁ』
ミトンは、動きを止めた。
魔素の反応は得ているが、空にいるモンスター同士の争いを見て少し驚いていた。
ミトンが展開している<聖なる膜>の膜の輝きが強まった。
銀蜜溶胃無の幼生シルも呼応するように点滅を強めて、体から黄緑色の魔力が放つと、それが魔法陣を形成していた。
「シル、大丈夫。このセラも生きるための連鎖はあるのです」
「きゅう」
と銀蜜溶胃無の幼生シルの片目から薄い銀の涙の粒が流れていく。
可愛い。
そこでキュベラスに、「サーマリア王国王都ハルフォニアの王城の大広間に<異界の門>を頼む」
「はい――」
キュベラスは片腕を上げた。
一瞬で、その指先から放たれた<血魔力>の魔力粒子が石の門の<異界の門>が生成された。
その<異界の門>へと「ミトリ・ミトンに皆、この門を潜ろうか」
「「はい」」
「行きましょう」
皆で<異界の門>を潜って、王都ハルフォニアの王城の大広間に到着。
そこにレザライサ、メル、ヴェロニカ、カリィ、レンショウ、ベネット、沙・羅・貂、フー、ママニ、サザーたち。
「よう、皆――」
「「「総長!」」」
「槍使い、魔界で狩魔の王ボーフーンを倒すとはな!」
「シュウヤ様!」
「「ご主人様!」」
「器!」
「「器様~」」
その皆の傍に相棒たちと走り寄っていく。
駆け寄ってきたベネットが、瞳をらんらんと輝かせながら、胸元に強めに拳をコツンと当ててくる。
「本当に無茶ばかりの、総長! お帰りだ」
「おう、ありがとな、ベネット。色々とギリギリの死闘だったが、なんとかなった。あっちの防衛陣地もレンやケーゼンベルスたちが上手く引き受けてくれてる」
「にゃぉ~ん」
黒猫がベネットの足元に体をすり寄せ、短い尻尾をパタパタと振ると、ベネットは「ふふ、神獣様も、大手柄のようで」と笑って相棒の頭を撫で回した。
「総長、ご無事で、なによりです。そして、この王都ハルフォニアの王城の一角に【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の事務所を構えることが正式に許可されました。軍産複合体の大商会連盟の一部は続々と係争地から離脱していますし、サーマリア王国とオセべリア王国の戦争も完全に止まり、かつてないほどに貿易の密度が高まっています」
「そりゃ良かったが、それはそれで治安的な面が心配になってくる」
「それはそうですね、多種多様の商売模様で、ハイム川沿いのすべての商売取り引きの把握は無理。ですが、それは王国側の仕事ですからね。私たちは私たちの身の回りの掃除のみ注力しています。それと転移陣はすでに、塔烈中立都市セナアプアと鉱山都市タンダールと魔鋼都市ホルカーバム、迷宮都市ペルネーテを結んでいます」
「いきなりか、クナたちは、まだ【魔法都市エルンスト】だよな?」
「はい、クナを経由せずとも、大魔術師アキエ・エニグマを中心とした大魔術師アモアスス、大魔術師ケイ・マドール、大魔術師キュイジーヌのグループが、無料で設置してくれたんですよ」
「なるほど、幻瞑暗黒回廊と【魔法都市エルンスト】でのアピールが効いているか」
「はい、相当に効いていますが、重大なことを忘れてますよ、総長! ハルちゃんも、しっかりして、ちゃんと出してください」
「え?」
「やっぱり忘れている……」
副長メルの、少し頬を膨らませた怒り顔がたまらなく愛らしい。
メルは呆れたように両腕を上げると、親指と人差し指、中指を何度も合わせていく。
あの、お馴染みの蟹ばさみ的な、ジェスチャーをしてみせた。
【迷宮の宿り月】の女将としての出会いと、【月の残骸】の総長としての表情を思い出す。
胸の奥が温かくなるのを感じた。
今も、しっかりと【天凜の月】を支えてくれている。頼もしい副長だ。
感謝――。
すると肩の竜頭装甲もお礼を言うように、カチカチと金属の歯牙を噛み合わせて真鍮の火花を散らす。上顎と下顎の歯牙を見せるように「ングゥゥィィ?」と疑問げに鳴いていた。
その発音に思わず笑う。
「「ふふ」」
「「はは」」
皆も肩の竜頭装甲の変な鳴き声に笑っていた。
「ふふ、そんな鳴き声にも疑問声があったんですね」
「おう、それより忘れているとは?」
「あぁ、最高位の徽章のことですよ。総長は、すぐに自分の立場を忘れてしまう!」
「あ、思い出した。最高位の大魔術師の証しで、【魔術総武会】徽章だったか。それをもらっていたな。肩の竜頭装甲、頼む」
「ングゥゥィィ!」
誇らしげに顎を鳴らすと、一瞬で、胸元に複雑な魔力線を刻んだ最高位大魔術師の白銀の徽章が出現した。金属質の喉奥が青白く発光し、生体収納の機能が駆動する。
「はい、その徽章と【魔法都市エルンスト】に対しても貢献してますし、『紫蜘蛛のマダム・ルージュ』と天凛のエッジランナーも中々の働きですから」
「なるほど、ザイクたちもがんばっているなら良しだ」
「はい、更に、【魔法都市エルンスト】にいるクナとルシェルとミスティも、中々良い働きをしているようです。まぁ、【魔術総武会】からしたら幻瞑暗黒回廊での戦いが、すべてでしょう。あの闇神リヴォグラフ側の【異形のヴォッファン】を撃破したのは大きいです。すべての大魔術師は総長と【血星海月雷吸宵闇・大連盟】に感謝している。その借りは大きいということです」
メルの語りにレザライサたちは頷く。
借りか。転移陣設置って極大魔石を幾つ消費したんだろうか。
製作に必要なスキル、時空属性持ちの大魔術師の確保、極大魔石以外にも、必要なアイテム類と大白金貨が必須。
その皆と狩魔の王ボーフーンでの戦いやミトリ・ミトンたち大厖魔街異獣ボベルファと鬼魔人と仙妖魔の加勢の話をしながら、〝知記憶の王樹の器〟を取り出す。
さくっと<血魔力>を注ぎ、神秘的な液体を皆にもらい記憶を共有してもらう。
そうして、大広間に集まったハルフォニアの面々と様々に話をしていった。
後ろに控えるキュベラス、見慣れぬ少女ミトリ・ミトンと、その胸に抱かれた銀蜜溶胃無の幼生シルに視線が集まっていく。
皆、俺の記憶を得たから分かっているが、レザライサが、優雅に長い耳を揺らしながら一歩前に出た。
メルやヴェロニカも興味津々といった様子でミトンとシルを凝視している。
「紹介しよう。魔界のデアンホザーの地で出会ったミトリ・ミトンと、その相棒のシルだ。半神の系譜でな、今回はセラの土地を見てみたいって言うから、ちょっと案内がてら連れてきたんだ」
「初めまして……ミトリ・ミトンと申します。こちらは、シ、シルです……」
レザライサは、
「ミトリ・ミトン。魔界のアバドンの丘の戦いに、ライムランの雨の事象は、私の胸にも確かに響いたぞ」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「ふっ、私の名は、レザライサだ。<筆頭従者長>の一人、【白鯨の血長耳】の盟主でもあり、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の代表者の一人でもある。これからもよろしく頼む」
「ボクからもよろしくね、ミトン。ボクはカリィ。総長の頼もしい仲間さ!」
大広間にいたカリィが「ボク」らしく快活に笑いながら、一歩前に出て小さな手を差し伸べる。ミトンは驚いたように目を瞬かせた後、嬉しそうにその手を見つめた。
「あ、はい! レザライサ様、カリィ様。よろしくお願いします……!」
少し緊張の解けたミトンの胸元で、シルも「きゅぅ~」と歓迎を喜ぶように鳴き、ハルフォニアの王城に穏やかな空氣が広がっていく。
「見た目は総長の記憶で体感した以上に、凄く可愛らしいですね。あ、わたしはメルです。よろしくお願いいたします」
と、メルは丁寧に頭を下げていた。
「はい。メル副長の名は皆さんから聞いています!」
「ふふ、副長、ね。なんだか気恥ずかしいですが、そう呼んでいただけると身が引き締まります。ミトンさん、魔界とは違ってこちらは本当に穏やかな場所ですから、まずはゆっくりと身体を休めてくださいね」
メルは柔らかく微笑み、その視線をミトンの胸元で揺れるシルへと移した。
「それにしても、そのシルちゃんですか。不思議な輝きを放っていて、本当に綺麗……」
「きゅぅ、きゅい」
シルはメルの言葉が理解できているのか、小宇宙のような極彩色のグラデーションをリズミカルに点滅させ、嬉しそうに身を震わせる。その愛らしい姿に、周囲にいたヴェロニカやベネットたちも自然と目元を緩めていた。
そのヴェロニカ、ベネットからサザー、ママニ、沙、羅、貂たちが挨拶をしていく。
ミトンはハルフォニアの豪華絢爛な大広間と、並び立つ美女や強者たちの覇気に圧倒されたのか、少し縮こまりながら、胸のシルをぎゅっと抱きしめて会釈を繰り返す。
ヴェロニカが興奮気味に、
「シルちゃん、シルすけ~って感じで超かわいいんだけど、あ、総長ぅ……? 魔界で大きい戦をやるなら、わたしたちを呼びなさいよ! まったく」
と今更だが、腰に両手を当てて怒り出す。
プンプン具合が、可愛い。
シルはヴェロニカのものいいに少し驚いたように「きゅぅ」と小さく鳴き、体をぷるるんと揺らす。
半透明な白銀の体を小刻みに震わせ、スライムらしく半液体の体をぐにょんと縦長に伸ばして浮遊する。そこでまた元の形へと戻りながら大広間の天井を見上げ、その美麗な模様を己の体に映し込んでは、キラキラと輝きを増していく。天井のシャンデリアから放たれる魔光を浴びるたび、その体内の極彩色グラデーションがいっそう複雑に、美しく明滅を繰り返した。
正直、天井の豪華さより、このシルのほうが豪華に見えてくる。
するとヴェロニカが、
「ミトンは<魔街異獣の担い手>で、巨大な大厖魔街異獣ボベルファと氣持ちを共有して動かせるし、縫境ノ織神アハシュムロン様の弟子の一人ってのがまた凄いの! あ、そのスライムちゃんは、ブッティちゃんとはまた別の子?」
とヴェロニカが聞いていた。
ミトンはすぐに左下腕から銀を帯びた緑色の体液を垂らすと、前にも見たスライムが数匹生まれて浮遊した。
「<灰銀翠>でブッティちゃんはいつでも作り出せます」
「きゅぅ」
「きゅぃ~」
「きゅっ」
と銀色のシルと緑色が混じる灰銀色のブッティが体をすりあわせるように何度も衝突していた。
喧嘩しているのか?「ブッティちゃん、シルちゃんと喧嘩はダメです!」とミトリ・ミトンが可愛い声で怒ると、二匹のスライムは表面の目と口で、しょぼんとした、(´・ω・`)顔を作る。可愛い。
「可愛すぎてヤヴァい~、触っていい?」
「ふふ、勿論~」
「わぁ、では……つんつく――」
ヴェロニカは人差し指だが、うんちくんを木の棒で小突くように緑色のスライムちゃんを突く。
「おぉ」
と少し興奮しているヴェロニカが面白い。
沙も「妾もよいか?」と聞いていた「はい、どうぞ、皆さんも」とミトリ・ミトンが許可すると、皆で、スライムたちを囲い、
「くぅ~スライムたちが可愛すぎる!」
沙はブッティを抱きしめては、興奮し、相棒も「にゃおぉぉ~」とシルたちのツルツルしてそうな表面をペロペロと舐めていく。
「はい! ふふ、頭のツルがソフトクリームみたいで、とっても美味しそう……じゃなくて、愛くるしいです!」
「「ですね!」」
メルとサザーとフーが、口元を両手で押さえながら目をハートにさせて近寄っていく。
フーは、
「魔力、小さくても凄く澄んでる印象です」
と、興味深そうに視線を細めていた。
「きゅ、きゅぅ~……」
シルは少し照れたように、体の一部を「ぴゅっ」と隆起させて小さな銀の先端を宙空へ放出した。王城の光の中で溶けるように消えていくその美しさに、今度はハルフォニアの面々から「おお……」と感嘆の声が上がる。
そこでヴィーネが、
「ふふ、皆さん、ミトンとシルを歓迎してくださってありがとうございます。ですがご主人様、今回は魔界側のマセグド大平原への戦力移動の件もあり、八槍卿の皆さんの招集と、バフハール殿やシャイナス殿への打診が主な用向きでしたね」
ヴィーネが翡翠の蛇弓を背負い直しながら、凛とした声で一同に進言する。
その肩口では、セラの陽光を吸い込んだ「微」の紋章から伸びた光の葉脈が、未だ幻想的な微光を放ちながら彼女の銀髪を微かに浮かび上がらせていた。
「あぁ、そうだったな。ベネット、ハンカイは外にいると分かっているが、師匠たちは、外で模擬戦か訓練中かな。闇ギルド対策で動いているとか? どうしてる? すぐに集まれそうか?」
「ハンカイとレンショウ、それにシャイナスとバフハールは、王都の外周りの警備と、新たな魔素の揺らぎを調査しに行っているよ」
カリィが体を揺らして答えると、続いてレザライサが長い耳の先端を微かに震わせ、
「シュリ師匠にレプイレス師匠、そして断罪のイルヴェーヌ師匠は、セラの美味い酒を求めてハルフォニアの街へと繰り出している。塔魂のセイオクス師匠、妙神のソー師匠、悪愚のトースン師匠は、王城の練兵場で相変わらず若手たちをしごいているな。グラド師匠とグルド師匠は、上空の魔獣を狩りに出た。手出しは不要、これは我らの修業だ、と言い残してな。……遠からず、全員がこの城へ戻るだろう」
師匠たちの名前を聞くだけで、俺の背筋に心地よい武者震いが走る。魔界コバトトアルの激戦区へ、あの規格外の八大師匠たちを呼び寄せる準備は、着実に整いつつある。
「了解した」
「総長が帰ったら、その魔力の質で直ぐに氣付くさね。直ぐに帰ってくるさ」
ベネットの言葉に皆が頷いた。
「器、外を飛んでいた時に、シャイナスとバフハールを見掛けたから、そんなに時間は掛からないはずだ」
沙の言葉に頷いた。
「皆を待つ間に、総長、一杯、飲みます? 極上のエールと美味い肉はすぐに用意できるけど」
「あぁ、じゃぁ少し待つとしよう」
「了解!」
ベネットが周囲の部下たちに豪快に指示を飛ばすと、ハルフォニアの兵士たちが「ハッ!」と一斉に動き出す。
「沙、羅、貂、フー、ママニたちも、少しの間ミトンとシルにこの城やセラのことを教えてやってくれ」
「了解」
「「はい」」
「器様のご指示とあれば、喜んで!」
「はい!」
賑やかになる大広間を見つめながら体内の<闘気玄装>の出力を微調整――。
セラの物理法則へと体を完全に馴染ませていく。
神格を魔皇碑石へ移したことによる虚脱感はまだわずかに残っているが、このハルフォニアの温かい空氣と、頼もしい仲間たちの笑顔が、内なる活力をぐんぐんと呼び覚ましてくれるのを感じていた。
続きは明日更新予定です。
【書籍&コミック情報】
・HJノベルス様より『槍使いと、黒猫。』1巻〜20巻 絶賛発売中!
・コミック版 1巻〜3巻 絶賛発売中!
【お知らせ】
設定資料・外伝等の公式保管庫(note)を開設しました!
https://note.com/kenkou_novel/n/n745c32bdb4ba
最初の投稿として、書き下ろし限定SS『迷宮都市イゾルガンデの裏側で』(ロロとフォティーナの活躍劇)を公開しています。
今後は、シュウヤ視点の小話や、本編では書ききれなかった設定をまとめた「槍猫」の総合アーカイブとして、無料・有料を織り交ぜながら更新していく予定です。
※保管庫内には「魔界の最新地図」も掲載しております。
また、今回は「槍猫」とは関係のない完全新作のSF短編――
『たとえ世界が消しゴムで消されたとしても、僕が引いた黒煙の線だけは、君たちの明日に残る』
(※実際のタイトルは『黒鉛の祈り』ですが、この紹介文のフレーズのままで完璧にフックになります)
も同時に掲載しております。
皆様に楽しんでいただけたら幸いです。




