二千二百一話 父祖伝来のルリゼゼ
頬の産毛がチリチリと焦げる、不快な高熱の波が肌を灼く。
魔力結合が焼き切れ、異臭が周囲に立ち込めていた。
魔界騎士バイアンの戦略級兵器が放った第二射――その絶大な破壊の余熱が未だ赤黒く融けた岩肌から、陽炎となってゆらゆらと立ち昇っている。
瀕死のコーイルを塵すら残さず屠り去った一撃。
その威力は、まさに戦場そのものの理を書き換えるほどに凄まじい。
魔神具の類い――地脈など魔界の大地に流れている魔力を直接吸い上げて放つ、超大型の魔導砲による一撃か。
魔傭兵コーイルが消滅した岩場が目に付く。
岩壁に張り付いていた不氣味な影も、主の消滅と共に既に砂となって崩れ落ちている。
神意力を宿した、まさに戦略魔法兵器と呼ぶべき絶大なる光条の爆撃は、今は一時的に止んでいた。
コーイルの生命反応が完全に消失したことを、狙撃手側が認識したのか。
あれほどの質量と魔力を叩き出す大砲だ。連射が可能だとしても、魔力の再充填や砲身の冷却には、それなりのタイムラグが必要なはず。あるいは、照準を補助していたコーイルが消えたことで、俺たちの位置を正確に補足できなくなったか。
だが、肌をピリピリと刺す<神殺しの塵芥>に酷似した魔力粒子は、未だこの戦場一帯に濃密に満ち満ちている。空間を支配する強力な対魔属性――アンチマジックの結界。
当初はコーイルが用意した絡繰りかと思っていたが、どうやらこの<神殺しの塵芥>が放つ特殊な波長そのものが、周囲の魔素を希釈しているらしい。
肉体と血脈を起点とする武術、スキル系統は問題なく駆動するが、外界の魔素を練り上げる遠距離魔法系の術は、発動の瞬間に威力を霧散させられている感覚がある。
ん、あぁ、神格か? そうだった、俺は神格を得ている。
そりゃそうだ。魔法も今までのカテゴリーで考えてはダメなのか。
急激に成長した魔力や精神力、戦略級の規模になった俺の魔法も<神殺しの塵芥>の網に引っ掛かることが多くなったということかな。
……それにしても、これほどのアンチマジック領域を展開しながら、それを強引に突き抜ける神威級の戦術兵器を撃ち込んできたのだ。魔公爵ゼン側の技術力と凶悪さは、想定を遥かに超えている。あるいは、あの魔導砲の砲弾そのものに<神殺しの塵芥>の位相を一時的に反転、無効化する特殊な術式が刻まれているのかもしれない。
「ンン」
相棒は速度を落とす。
その漆黒の巨大な頭部へ、片膝を滑らせるようにして着地した。
「相棒、助かった。サンキュなっ」
片手の掌を広げ、彼女の額から頭頂部の毛並みをモミモミと揉みほぐしていく。
短くも密集した弾力に富んだ黒い毛――。
神獣としての威厳に満ちた巨大な頭部だが、その毛並みの触感は愛らしい猫そのものだ。
否、魔力が通っている分、それ以上に極上で柔らかい――。
この、手のひらを押し返してくる絶妙な反発力……くぅ~、一度触れれば病みつきになる。
頭皮の絶妙な硬さを感じながら無心でモミモミと揉み続けてしまうのは、愛猫家を自認する身としては抗いようのない必然だった。なぁ相棒ちゃんよ!
「ンン」とかすかな喉声を響かせ、片方の巨大な耳をパタパタと下ろしては、俺の頭部をわざと隠す悪戯をしてくる
構わず指先に力を込めて凝りをほぐしてやった。
途端に、巨躯の奥底から地響きのようなゴロゴロとした爆音を轟かせてくる。
はは、豪快な喉音だが、これはこれで振動――。
水分子が揺れて、細胞が活性化されるような、アンチエイジング効果がありそうだなぁ。
実際に細胞の水分を刺激して、細胞の鮮度を保つ特許はあった。
人間にも応用される健康グッズは売られていたからなぁ。
すべての物質や人間の臓器、細胞には、それぞれ固有の振動、周波数が存在している。
更に、治療に用いるメタトロンを思い出した。周波数の乱れ、エントロピーの増大を測定する仕組みのメタセラピー。
そして、そんなメタを超えるアニマルセラピーの極限がロロディーヌだろう。
とにかく世界で一番可愛くて凶暴な、最高の相棒だ。
「ンン、にゃ~」
鳴いた黒虎は近くの頭部から伸ばしてきた触手を手綱代わりに差し出してくる。
その温かく滑らかな触手をしっかりと掴み、毅然と立ち上がった。
親指と人差し指の間からニュルッと漏れ出た触手の先端が首筋にくっ付く。
<神獣止水・翔>の精神リンクが深まり、相棒との視覚と平衡感覚が完全に溶け合う。
相棒は巨大な翼を傾け、滑らかな放物線を描いて大空を旋回し始めた。
切り裂く風を受け、加護たる<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>が共鳴する。
宙空に砂金のような光の粒子が舞い、魔猫の幻影が美しく流れては夜空に吸い込まれて消えていった。
そのまま、斜め右下の荒野に展開する魔公爵ゼン側の陣営を見下ろす
魔界騎士バイアンが率いる軍勢が、高台の陣地に強固な防衛線を敷いているのが視認できた
魔公爵ゼンも、いるんだろうか。
……敵の出方を探るため、両手に握っていた神槍ガンジスと魔槍杖バルドークをアイテムボックスへ格納する。代わりに、蜻蛉切を思わせる無骨な穂先を持つ「無名無礼の魔槍」を右手に召喚した。
掌握察を行う。左目の<闇透纏視>と右目の<隻眼修羅>を常時維持しながら、敵陣の魔力の流れを冷徹に観察し続ける。
だが、この高度からでは、先ほどの凄まじい砲撃を放った魔神具の本体――大砲型の魔導兵器の姿は、巧妙に遮蔽されているのか見当たらない。
ここは宙空か。
転移した場合、何も知らない味方は、あぁ~と落下して驚いてしまうかもだが、ま、いっか。
記憶しよう――。
アイテムボックスから、淫魔の王女ディペリルから贈られた〝幻夜の転晶体〟を滑り出させる。手のひらに収まる多面体の結晶へ、深紅の<血魔力>を細く、鋭く流し込んだ。
結晶が脈動するように紫黒の妖艶な光を放つ。
周囲の空間の歪みと岩場の特異な魔力波形を貪欲に吸い込んでいく。
これで、この周辺の数カ所の座標登録は完了――。
〝幻夜の転晶体〟を仕舞う。これで、いつでも眷属たちを引き連れて、この戦場へ瞬時に転移が可能。
続いて、右目の<隻眼修羅>の焦点を極限まで絞り込み、消滅したコーイルが残した遺産の気配を探る。視界が白黒の魔力流へと反転した瞬間、岩場の地脈の深部に目を見張るほど異様な光景が浮かび上がった。何層にも折り重なり、血管のように脈打つ禍々しくも極めて精緻な魔力の縫合線。
それは、この大地の地脈そのものへ、二千年もの歳月をかけて執念深く縫い込まれた巨大な魔導回路だった。
「コーイルが遺した『我の工房』の正体」
コーイルの最期の遺言を反芻する。
試しに下へと右腕を伸ばす。
獲得したばかりの理を応用し、<縫合・神威糸>を紡ぎ出し地脈へと射出した。
燐光を放つ漆黒の魔力糸、<縫合・神威糸>が、地脈の表層に触れた刹那――。
パチィッと火花が散り、蓄積されていた魔力の一部を体内へと抽出することには成功する。
だが、深層にまで網の目のようにびっしりと張り巡らされた縫合の核は、俺単独の力だけでは強引に解きほぐすことができない。
地脈の奥底からコーイルのねじくれた意志が残した、明確な拒絶の波動が伝わってきた。
すると、無名無礼の魔槍の蜻蛉切的な穂先から、墨色の炎のような影がゆらりと立ち上り、鬼の仮面を模した意志体――ナナシが、その双眸に宿る紅い光を明滅させた。
『主様。こいつは、あの縫境ノ織神アハシュムロンの理を歪め、己の支配下へ無理矢理ねじ込んだ外法の縫合だ。織神の正当なる血脈、あるいはその理を正しく受け継ぐ者がいねば、力任せに解体した瞬間に地脈ごと大爆発を起こしかねん。危険な橋は渡るなよ』
柄から直接脳髄へと響く、ナナシの渋く低い忠告に静かに頷く。
「あぁ、分かってる。無理に通すつもりはない」
視界を通常の光へと戻し、人差し指の先から極細の<血魔力>を滲ませると、宙へ滑らせるようにして深紅の血文字を走らせた。
『皆、コーイルの本体は消滅した。バイアンが放った戦略級の魔導砲撃に巻き込まれ、跡形もなく吹き飛んだ。だが、この岩場の地脈には、奴が二千年かけて構築した縫合術式の莫大な蓄積――「我の工房」が眠っている。強引に回収したいが、俺一人の魔力と術式では地脈の拒絶を突破できない』
血の文字が闇に溶けるように消えた直後、眷属たちのネットワークから、ユイの凛とした意志が血文字となって目の前に浮かび上がっていく。
『シュウヤ、私の<ベイカラの瞳>で仕掛けた魔傀儡師ホークの縁取りが、激しく光の波形を刻んでいるように動いている。その糸の残響を辿って、あなたが今いる岩場へ向かっている。移動速度は、あなたよりも少し速い。注意して』
そう言えば<ベイカラの瞳>。
相手を縁取っての追跡能力はべらぼうに高い。
『ご主人様、一度ボベルファの元へ合流しましょう。ルリゼゼも、お祖父様であるバイオミ様の遺品、四魔剣の件で、一刻も早くご主人様にお会いしたいと、四つの腕を震わせて待っております』
『ん、シュウヤ、わたしたちもすぐに南下する。ボベルファとミトンちゃん、それに鬼魔人のみんなと一緒に、あなたの元へ』
エヴァの、少し照れくさそうな、だが決意に満ちた声が脳裏に直接響く。
『鬼魔人たちとそっちに戻るからね』
『はい、レンたちの砂城タータイム方面も激戦が続いているようですが、ホークの不穏な動きに加え、魔公爵ゼン側が<神殺しの塵芥>の影響をものともしない大規模破壊兵器を実戦投入してきた以上、この脅威は叩けるうちに根こそぎ叩いておくべきです』
キサラの意見はもっともだ。
その皆の血文字に頷く。血文字で、
『了解。現在、魔公爵ゼン側の魔界騎士バイアンの強力な遠距離攻撃は止まっている。コーイルだけを始末が目的だったのかも知れない。このコーイルの遺産を狙っての部隊派遣はあるかもだが、ホークも俺に近付いているなら、皆との合流を優先するか』
『はい、戦いを仕掛けて目立つのもありはありですが、強力な遠距離攻撃が止まったのでしたら、合流を優先しましょう』
『そうだな、ルリゼゼに四つの魔剣を渡し、それから全員でここに戻ってホークと対峙する流れで行こう、コーイルの工房は、連動して回収する』
『はい』
「ンン、にゃごァ」
相棒が皆の意志に応えるように鳴くと背から孔雀の羽根のような美しい橙色の魔力翼が勢いよく展開し加速した。
「途中に立ち塞がる宙空の魔獣や、神々、諸侯の空挺部隊は無理に避ける必要はない。すべて蹴散らしながら、大厖魔街異獣ボベルファの元へ直進してくれ」
「にゃごぉぉぉ――!」
相棒は猛々しく咆哮すると、巨大な頭部を風の抵抗を極限まで減らすコンドルのように鋭く尖らせ、一氣に急降下した。背から伸びる橙色の魔力翼を美しく畳み、流線型の渋い戦闘飛行形態へと移行する。彼女の全身から溢れ出た橙色の魔力粒子が、まるで無数の「光の燕」となって夜空へ舞い上がり、火花となって弾け散っては消えていく。
相棒の闘志が純粋な光子の奔流となって大氣を灼くのが肌で理解できた。
目指すは大平原コバトトアルの中央部、仲間たちが待つ北東の方角だ。
相棒はキィィィンと大氣を切り裂く高周波の音を残し、文字通り――音を置き去りにする速度で爆走する。神獣としての本領を発揮した超加速――。
すると、右目の<隻眼修羅>が、はるか眼下の岩陰に重なり合う不自然な浮遊魔法陣と、そこに潜む二つの極めて強大な魔力の波動を捉えた。
無名無礼の魔槍からゆらりと影が出て仮面を光らせる。
『――主、優秀な偵察部隊員にしてはあからさまだ』
「あぁ、諸侯クラスか、魔神と眷属か、それに準ずる強者だろう」
眼下を過ぎ去る刹那――。
妖艶な桃色の魔力の光帯が相棒の超神速に並走するように大氣を滑るようにして飛来した。
桃色の光が宙空で霧のように拡散すると、どこか見覚えのある絶世の美貌を持つ女魔族が姿を現す。
『「――槍使い様と神獣様、お久しぶりです。少しだけお立ち止まりくださいませ、貴方とどうしてもお話が――」』
魔翼の花嫁レンシサだ。だが、相棒は彼女の甘い呼びかけに一切の興味を示さず、鼻を鳴らして一瞬でその横を置き去りにし、前方へと突き抜けた。
ここで魔翼の花嫁レンシサか。
魔命を司るメリアディの領域の時にもいたが、介入か。
それだけの強者だが、彼女単独の意志か、あるいは他の諸侯と手を組み、この大平原の利権を巡って漁夫の利を狙っているのか。いずれにせよ、今は立ち止まる時ではない。
相棒は「ンン」と俺の心の声に反応しつつも真っ直ぐと飛翔してくれている。
更に両翼から迸っている橙の魔力を強めてくれた。背後を見ると、長い尻尾からも橙の魔力粒子が紅蓮の炎のように宙空に放たれていた。。
視線を戻すと、やがて前方の宙空にボベルファが見えた。
巨大な移動要塞たる大厖魔街異獣ボベルファの威容だが、かなり高速にこちらに、と、もう目の前――そのボベルファが、
「ボォォォン――」
出迎えの咆哮を轟かせる――。
背に築かれた城壁からして迫力満点。
その城壁の縁には、俺の帰還を待つ大切な眷属たちの姿がある。
鬼魔人と仙妖魔の住民たちの双角強症が一斉に銀緑色の光を放つ。
アバドンの空に美しいイルミネーションを描いて、主の帰還を歓迎していた。
続いて、
「ご主人様!」
「ん! シュウヤにロロちゃん、速い!」
ヴィーネとエヴァとルリゼゼが飛来――。
「シュウヤ、無事で何より!」
「おう」
「シュウヤ、ホークは近くに来ているけど、敵も寄ってきている」
レベッカ、ユイ、キサラたちとの短い再会と無事の確認を交わす。
相棒の触手に捕まって全身をなで回されていたルリゼゼと目が合う。
ルリゼゼは、微笑むがかすかに肩を震わせ、左上腕の手が右腕のほうに移動した。
彼女の四つの眼のうち、開かれた緑色の瞳から、つーっと一条の熱い涙が頬を伝って零れ落ちている。
その左下腕には、先ほどの戦いでコーイルから奪い返した燦然たる輝きを放つ〝シクルゼ族族長の腕輪〟が、誇らしく嵌められていた。
なるほど、静かに頷いた。
無言のままアイテムボックスの戦闘型デバイスから――。
二千年の忘却を超えて強烈な魔力を放ち続ける四振りの魔剣を取り出した。
――シザヨイ、シギルア、シアババ、シトトメ。
それらを両手で恭しく抱えるようにして、ルリゼゼの正面へと進み出る。
すると、周囲にいたザンクワら鬼魔人や仙妖魔の戦士たちが、自然と厳かな古い祝詞のような旋律を、低い歌声で唱え始めた。失われた族長の遺品が、正当なる血脈の元へと還る――鬼魔人たちに伝わる儀式か。
またはシクルゼ族に伝わる、魂の継承の儀式を皆知っているのかな。
二千年前にライランに殺された祭祀長の孫であるザンクワが、自身の双角強症から、どこか懐かしくも温かい銀緑色の光を周囲に放射し、その光の粒子でルリゼゼの足元を厳かに満たしていく。
鬼魔人たちも【玄智の森】での血の系譜もあり、歴史が深いからな……。
しかも、神界セウロス側の神氣、神意力が息衝く【玄智の森】だ……。
カルードもまた、
「四魔剣陣の継承儀式とは、実に、相応しい」
と、サーマリア王国式の騎士的作法に則り、片膝をついて見守り役を申し出た。
ルリゼゼの前に、四つの魔剣を並べる。
「ルリゼゼ。これは、お前の祖父バイオミの遺品だ。コーイルの工房の四腕ウォーガノフから、バイオミ本人の幻影と一緒に、奪い返してきた」
「シザヨイ……シギルア……シアババ……シトトメ……」
震える四つの腕が、ゆっくりと四魔剣へと伸ばされる。
「お前の父アガルゼも、お前の祖父バイオミも、二千年、お前を見守ってきた。今、その遺志が、お前の四腕に還る」
「……我が父、我が祖――」
ルリゼゼは四つの柄を、それぞれの腕でしっかりと握り締めた。
「四眼ルリゼゼは、最強の代として、その剣を、受け取ります!」
四つの魔剣がルリゼゼの四腕に納まった瞬間――。
刃が強烈な銀緑色に共鳴して脈動し、彼女の背後にバイオミ、バミアミ、ベルア――シクルゼ族の英霊たち三人の幻影が一瞬だけ色濃く浮かび上がった。
彼女の魂の系統樹に、彼らの力が完全に繋がった証し。
同時にルリゼゼの額に銀緑色の細い縫い目が一筋走る。
角を持たぬ彼女に宿った鳴神シクルゼの加護の徴だ。
「……友よ。我の中に新たな力が……<魔靱・四刃衆>の継承、そして、<鳴見・四魔剣陣>を得たぞ! 父祖伝来となった……感謝してもしきれない……ありがとう……本当に……」
ルリゼゼが興奮と涙の入り交じった声で告げてくる。
そこにミトリ・ミトンが静かに歩み寄り、ルリゼゼと姉妹のような温かい視線を交わした。
「ルリゼゼ様。わたくしも、姉さまたちと一緒に、見守っております」
「……あぁ。心強いぞ、ミトン」
感動的な空氣が流れたのも束の間、ザンクワが鋭い声を上げた。
「シュウヤ様、双角強症が騒いでおります。北西から、三衝軍の氣配が急接近中!」
<隻眼修羅>で北西を睨む。
規模は五百ぐらいか、まだまだ後続がいるかな。
キサラが、
「――ハイ・ゴアラに騎乗した魔獣騎兵小隊と魔弓兵の混成部隊です」
<真眼・白闇凝照>か。見事。
ヴィーネが〝星見の眼帯〟を装着し、
「……隊を率いるのは、強大な魔槍を携えた魔界騎士、先遣なら強者でしょう」
「魔界騎士バイアンの大将格ではないわね」
「はい、グレンデルのような異質さもないと分かります。闇神アスタロト側の軍隊、黒鋼の者たちのような光属性への耐性は、まだ不透明ですが」
「ん、でも後続は次々と、増えている。わたしたちに呼応した?」
「はい、魔街異獣のボベルファには鬼魔人と仙妖魔の軍隊が数千。こちらの数が多いことはこの地域の覇権を狙う諸勢力には、もうとっくに、盤上の駒の一つとして、把握されているでしょう」
ヴィーネの言葉に頷く。
ユイが、
「……バイアンが、戦略級兵器の次弾の照準を補助させるために小隊を寄越した?」
「では、あの部隊がこちらに仕掛けてきたら、戦略級兵器の攻撃はないとも言える?」
レベッカの言葉に、
「仲間ごと狙うかもだ。どちらにせよ、今は叩いておく。ミトリ・ミトンはボベルファと共に防御を意識し、後退できるようにしておいてくれ。エヴァやレベッカも守りを頼む」
「ん、任せて」
「了解」
「「「はい」」」
「分かりました!」
「ボォォン!」
「応ッ!」
全員が即座に一糸乱れぬ臨戦態勢へと移行する。
その中で、誰よりも早く先陣を切って跳躍したのは一族の誇りを受け継ぎ、真に覚醒を遂げたルリゼゼだった。
「友よ、見ていてくれ! ――<血雷靭・鳴神>!」
彼女が叫ぶと同時に四魔剣の刃から激しく迸ったのは、これまで彼女が使っていた紅蓮の炎雷ではない。それは夜空の闇を切り裂くほどに鋭く澄み渡った銀緑色の鳴神の雷だった。
敵の先鋒を務める、ハイ・ゴアラに騎乗した魔界騎士の男が、
「四眼四腕の出来損ないめが! まずはお前から串刺しにしてくれる!」
と嘲笑いながら、禍々しい魔槍を容赦なく突き出してきた。
「――<鳴見・四魔剣陣>!」
ルリゼゼの鋭い呼氣に呼応するように四振りの魔剣が彼女の四つの手から解き放たれ、彼女の周囲に独立した光の軌跡を描きながら、凄まじい速度で旋回を始めた。
ルリゼゼが叫ぶと、四魔剣が彼女の腕を離れる。
周囲に独立した軌道を描き、<導魔術>で操作するように魔剣が高速旋回を始めた。
魔剣シザヨイが横薙ぎに敵兵を散らし、魔剣シギルアが音速の突きを放ち、魔剣シアババが回転斬撃で魔弓の矢を弾き落とし、魔剣シトトメが魔界騎士の魔槍を完璧な角度で防御する。
「な!?」
驚く敵の魔界騎士らしき二眼四腕の男は後退しながら魔槍を振るい回してルリゼゼを攻撃するが、その魔槍を連続的に弾き落とし、片足の裏で穂先を押さえ込みながら、片腕を斬り上げていた。
「げぇ」
四刃衆隊長バミアミの四方同時の妙技。
驚愕して体勢を崩した魔界騎士らしき男は後退。
ルリゼゼは、
「じいちゃん、父さん、見ていてください……!」
と言いながら前景姿勢で駆けている。
<魔闘術>系統を強め、凄まじい<血魔力>を体から放ちながら、魔界騎士へと肉薄。
その胴を強引に両断するや否や、加速を更に強め、他の魔界騎士に突っ込み、魔剣シザヨイを囮にしたような剣術から、魔剣シアババが下から斜め右へと泳ぎ、魔剣シトトメが煌めくまま<湖月血斬>のような剣閃が湖を描き、魔界騎士の体を斬り刻む。
キスマリも続いた。
二人は一瞬で相対した三人の魔剣師タイプの魔界騎士を斬り捨てる。
続けての大柄の魔界騎士の斬撃を紙一重で避けながらのカウンター、鎧ごと肩口から胸までを両断し処し、死体を長い足で蹴り飛ばし、魔剣シアババを<投擲>、遠くの射手の頭部を、魔剣の刃が突き抜け、ブーメラン軌道で動くルリゼゼを追いながら、近くの魔剣師タイプの魔族兵を次々に斬り捨てていく。ルリゼゼは身を捻り、側転をしながら複数の魔矢を避け、宙空で、戻ってきた魔剣シアババを掴み、他の三つの魔剣で、己に向かってきた火球を防ぎ、着地際の槍衾も、仰け反って避けては、両足がカエルの足のように開き動いたように見えて、足技で、複数の槍を弾き跳ばし、一瞬の加速剣技で、その槍使いたちの銅を抜く。
俺も、相棒の巨大な頭部を駆けた。
片耳が下りて、俺に悪戯をした神獣の耳を触ってから宙空へ跳ぶ。
「ンン――」
相棒の大きい喉声を背に感じつつ――。
両手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出し、近付いてきた戦士の魔族の頭部を穿つ。
着地と同時に次に射出した梵字に煌めく<鎖>が肉薄してきた敵戦士の魔族の眉間を正確に貫き、その生命を瞬時に刈り取った刹那、王級水属性魔法《氷命体鋼》を発動。全身が絶対零度の氷の魔力装甲に包まれる。
敵軍が密集する左翼の一角に向けて、右手を突き出す。
――《氷竜列》!
アンチマジックの塵芥が薄れた今、俺の魔法は何者にも遮られることなく完全な形で顕現する。
宙空に巨大な氷の龍頭が次々と咆哮を上げながら現出し、数十頭の氷竜となって螺旋の嵐を描きながら敵の陣列へと直撃した――ズズゥゥン! と大地を揺るがす凄まじい重低音が響き渡り、周囲一帯に美しいダイヤモンドダストが霧散する。一瞬にして敵の左翼部隊は、物言わぬ氷像と化して粉々に砕け散り、戦場から完全に消失していた。
「ん、シュウヤ、そこ、片付ける!」
エヴァの細い指先から放たれた、紫水晶色の<霊血導超念力>が、宙空の白皇鋼を完璧に制御する。
幾何学的な螺旋槍へと瞬時に組み上げられた白皇鋼の巨大な槍が直進し、敵騎兵中隊のど真ん中へと突き刺さった。神座の理を吸い上げ、威力が格段に底上げされたその一撃は、隊長級の魔界騎士を肉体ごと単発で大爆発させ、周囲の騎兵ごと吹き飛ばした。
『ボォォォォォン――』
ボベルファが深い咆哮を上げると、空間が震え、敵のハイ・ゴアラ騎兵たちが一斉に硬直する。
そこへ仙妖魔軍団が雪崩れ込んだ。
オオクワの豪快な大剣が敵を両断し、ド・ラグネスの洗練された剣術が側面を削る。毒薔薇特務大隊五番隊隊長ベーバティが放つ黄緑の毒霧が、敵の後衛を完全に分断した。
エトアは右手のドラゴンの鱗が目立つ渋い甲からドラゴンの鱗を射出し、どの鱗から<血魔力>を四方にカーテン状に展開し、そのカーテンで皆を守っていく。
そして、ボベルファの頭部で静かに祈りを捧げる、ミトリ・ミトン。
彼女が杖を掲げると、周囲に展開されていた銀色の『聖なる膜』が、星屑のような粒子を散らしながら滑らかに液状化していくと、それが一瞬で無数の光の糸に変化し、
「姉さま、お願いいたします――<母性の絹>!」
と、神々しい無数の光の糸は絹となって戦場全体に網の目のように展開された。
二千年の歴史を超えて、母アハシュムロンと歴代の姉たちの意志を紡ぐ、無数の光の糸か。
「姉さまたち、どうか、わたくしに力を――<母性の絹>!」
ミトンの清らかな声が響くと、光の絹糸が傷ついた鬼魔人たちの肉体を優しく包み込み、その傷口を瞬時に「縫合」して癒していく。
同時に、展開された絹の網が絶対的な防壁となり、敵の魔弓兵が放った魔法矢を次々と吸い込むようにして無力化していった。
ミトンの背後に廃魔塔の玉座で目撃した初代の依代の輪郭が、温かい光の残像となってうっすらと浮かび上がった。彼女の純粋な祈りに呼応するように、左手の神槍ガンジスに嵌め込まれた神魔石がドクンと蒼白の光を放って脈動する。
心象世界の深淵から覚醒した<四神相応>の青龍が神威の叫びを全細胞に響かせるように伝搬。
右肩のハルホンクが次元の軋みを表すように蒼雷を帯びた<血魔力>が迸る。
<青龍ノ纏>を自動発動し、ミトンの聖域へと浸透するように強固に守護した。
「では、またも使うかな」
アイテムボックスから、白銀に輝く「二十面相の仮面」を滑り出させ、自身の顔へと装着した。
――<魔装天狗・聖盗>を発動。
仮面が顔に吸い付いた瞬間――。
全身を包む魔力波形が完全に反転し、周囲の光と音を吸い込むようにして、存在感が世界から消失する――更に<無影歩>。
存在そのものが敵の認知から消え去ったはずだ。
続けて、<暗行ノ歩法>を同時に駆動させ、空間の隙間を跳ぶような<仙魔・桂馬歩法>を流麗に連動させて、敵の認知から完全に消え去るまま前進――数十とした魔剣師を<血龍仙閃>と<闇雷・飛閃>で仕留めた。
戦場の中央を文字通り縦横無尽にすり抜けていく。
視線の先には、ルリゼゼの四魔剣陣によって胴を真っ二つに両断され、血塗れの上半身だけで地面を這いずりながら、必死に腰の魔導通信具を操作しようとしている敵指揮官の姿があった。
敵指揮官の背後に、音もなく、風の一吹きすら感じさせずに寄り添う。
これこそが、<魔装天狗・聖盗>の真骨頂。
相手が氣付くことすらできぬ神速の指先で、腰に帯びていたアイテムボックスと魔導具を鮮やかに泥棒し、懐へと収める。同時に、左手から極細の<縫合・神威糸>を放ち、這いずる敵指揮官と周囲の兵士たちの体に、外法として縫い込まれていた三衝軍の強化縫合の術式を、逆流させるようにして直接解体した。
<無影歩>を解除。
敵兵たちが次々と崩れ落ちていく――。
同時に、無名無礼の魔槍と神槍ガンジスを次々に<投擲>――。
二つの槍は、相対した魔族の腹をぶち抜いて、背後の重装の兵士の足を突き刺し止まる。
そして<破邪霊樹ノ神尾>を意識し、樹槍を作り<投擲>――。
樹槍は、重装の兵士の頭部を穿つ。その頭部を失った兵士は壊れた人形のように前のめりに倒れた。前進しながら<握吸>で魔槍と神槍を引き寄せ、敵の斬撃を無名無礼の魔槍で受けつつ、神槍ガンジスを真横に一閃――<豪閃>!
敵の腹を豪快に真っ二つにして斬り倒す。
刹那、真上と右から殺氣!
真上へ<神聖・光雷衝>、右に<超能力精神>を同時に放った――。
「ぐぇぁ!」と、隠蔽能力の高かった忍者装束の四眼四腕が吹き飛ぶ。
隠蔽能力は高かったが、蒼炎に包まれている真上の黒装束へと――。
無名無礼の魔槍で<血龍天牙衝>――。
蜻蛉切のような穂先から<血魔力>が噴出する。すでに体の一部が消えかかっていた宙空の男をの腹を捉えて、一氣に昇龍の如く、消し飛ばした。そのまま身を捻り、宙空から周囲を把握――。
<超能力精神>で吹き飛んでいた相手は仲間たちに支えられ、その数十の仲間と共にこちらに寄ってくる。
そいつらに向けて――<神樹ノ領域>。
無数の<邪王の樹>に似た樹が魔線と繋がり、パッと閃光を放つ。
層状に展開した樹状突起の閃光が魔族兵士たちの体を一瞬で突き抜け、バラバラに蒸発させていった。カバラ数秘の生命の木、あるいは多角形と多様体の構造にも見える神樹の節々から、俺の<血魔力>が放たれている。一種の結界のようだ。
続いて<血道第三・開門>――。
<血液加速>で加速、前進するまま魔剣師へと肉薄。
神槍ガンジスの<光穿>の絶対的な双月刃が、その首をシュッと穿つ。
頭部を失った魔剣師の体を蹴り飛ばした。数分と経たず、三衝軍の捜索小隊は完全に壊滅した。
傍にやってきたカルードが会釈。
頷いて、アイテムボックスから奪取したばかりのアイテムを取り出した。
「マイロード、それは、何かの仕掛けがありそうですな」
そのカルードの言葉に頷く。
その間にラムーが、霊魔宝箱鑑定杖を掲げ、灰色の水晶を輝かせて魔力を放っていた。
銅色の兜が似合うラムーは頷き、
「そのアイテムは、ユニーク級。名は『補給路通信魔具・バイアン照準補助盤』です。魔神具と連動するための仕掛けで、同時に<神殺しの塵芥>の濃度が薄い瞬間を狙うためでもあるようですね」
「だから神意力を有した神級の範囲攻撃を放つことができていたのね」
レベッカの言葉に皆が頷く。
照準補助盤を見下ろす。
「これがあれば、バイアンの戦略級兵器の発射予兆と、三衝軍のネットワークの内情をある程度把握できる。無傷のハイ・ゴアラ騎獣も数体確保できたことも大きい」
「はい、マイロード。これでバイアンの砲撃を、ある程度予測できます」
カルードが血振るいをしながら近付いてくる。
「おう、上出来だ。……だが、ゆっくりはしていられない」
照準補助盤をしまい、南の空――コーイルが消滅した岩場の方角を睨んだ。
「岩場に戻る。ホークが、待ってるからな」
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コミック版1巻-3巻発売中。【お知らせ】設定資料・外伝等の保管庫(note)を開設しました。
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最初の投稿として、書き下ろし限定SS『迷宮都市イゾルガンデの裏側で』(ロロとフォティーナの活躍劇)を公開しています。今後はシュウヤ視点の小話や、本編では書ききれなかった設定をまとめた「槍猫」の総合アーカイブとして、無料・有料を織り交ぜながら更新していく予定です。魔界の最新地図を載せました。
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