二千二百話 深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフ
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大平原コバトトアル、死の地平の一角に異形の魔物が築いた巨大な『肉の玉座』が聳えていた。
その上で脚を組むのは、深紅の杯を嗜む大魔公爵ヴェデルアモボロフ。彼の周囲では、異界の騎士や兵たちの屍が生きた壁となって脈動し、湿った肉壁の隙間からは、絶命した者たちの亡霊が這い出そうと、絶えずぬらぬらと粘液を滴らせていた。
「そのまま数十のゲルマドーを直進させ、目障りな白亜の城を落とし、邪魔な神々の軍を蹴散らしていけ」
「「ハッ」」
魔界セブドラの大地から続く【闇神異形軍】、第五十四~五十九番軍団の行軍は黒紫の瘴気を立ち昇らせる。
巨大な移動要塞の魔街異獣ゲルマドーを旗艦としている。通称、コバトトアの闇軍団。
後方には、各地で略奪した莫大な物資を運ぶ輜重部隊の列が延々と続いているのが確認できた。
地平の彼方まで続く輜重の列と絶え間なく響く捕虜の悲鳴によって、この戦場を闇の色に塗り替えている。
……そのヴェデルアモボロフの視界に映る戦局は、単なる一主従の行軍ではなかった。
「……イルメラ。各地の状況はどうなっている」
足下に控える女指揮官イルメラが、戦慄を隠しきれない様子で報告する。
「二十磐は、魔毒の女神ミセアと十層地獄の王トトグディウスに奪われました」
「ハイエナが! 同盟はどうなんだ」
「それはあり得ないです。両者とも激突しています」
「ふむ。では、『闇ノ闘神の血鉱』の権益を失ったことになるのか」
ヴェデルアモボロフの指摘に、イルメラは、頷いてから、
「……しかし、十六磐から十九磐は盤石なので、『ウアンの星脈石』の権益は確保し続けています」
「そんなことは分かっている」
「は、はい……」
その声は微かに震えていた。
「次の報告を、暴虐の王ボシアドの軍隊はどうだ」
「ハッ、暴虐の王ボシアドの狂戦士共が我らの輜重隊を餌に誘い出し、補給路を断つ動きですが、二十度目です」
「こりない連中だな」
「はい、数を重ねるごとに敵の指揮官が変化しており、なかには、あの悍ましい死海騎士の姿も。奴らと交戦するたび、我が方の魔力の損耗は無視できぬ規模に達しております。ですので、『魔皇碑石』の一磐から十五磐を奪うには、そうとうな時間がかかる見込みです」
「……」
ヴェデルアモボロフは明らかに不機嫌そうに太ましい顔面に肉腫ができ、その肉腫から毒々しい油が垂れていく。その毒油が己の体を伝い、床に垂れると、床は焦げていた。
その焦げた床を回収していく裸の女魔族たち、己の体が焦げるたびに、快楽を受けているように体をヒクつかせていた。
イルメラは冷や汗を掻く。
ヴェデルアモボロフは、そのイルメラを睨み付け、
「……次の報告、悪神デサロビア側、眼球の魔族たちはどうだ」
「あ、はい、先程と同じく十層地獄の王トトグディウス側のように、地表を割って悪神デサロビアの屍兵共が湧き出し、かつてのボーフーンの残した領域を浸食し始めています」
彼は触手の一つを爆散させると、その血飛沫から魔力回路を編み上げ、戦術魔地図を投影した。
黒紫が混じる<闇の血魔力>が虚空に蠢き、闇神リヴォグラフ側の支配圏が飛び地として、あるいは血管のように脈打つ要塞として浮かび上がる。
「十層地獄の王トトグディウスの主力は、突き抜けていた部隊がいただろう」
「はい、先遣部隊、優秀な魔界騎士の二人組を筆頭とした魔獣騎士部隊がなかなかに手強いです。我が方の五十五軍団が突破されました」
「……おい、そんな当たり前のことを聞いているとでも思うか? イルメラ」
低く響く声とともに、ヴェデルアモボロフの太ましい顔面にできた肉腫が弾け、毒々しい油が床を焦がした。彼は裂けた口の両端から、赤い眼球をせり出させ、膨れると、じっとイルメラを射抜く。
「ぬらぬらした触手を、お前の思考の中で味わわせてやろうか?」
「……い、いえ……!」
イルメラの震えは、もはや抑えきれるものではなかった。
……ヴェデルアモボロフは鼻を膨らませ、裂けた口から第二、第三の赤い眼球を生み出し、そこから魔印を、イルメラに注いでいく。イルメラは恍惚的な表情を浮かべ、
「……ならば、続けろ」
と、ヴェデルアモボロフの言葉に体を震わせたイルメラは、
「……は、はい。高台を押さえた魔公爵ゼンの麾下魔界騎士バイアンの軍も侮れません」
ヴェデルアモボロフは、頷きながら、「……魔神具への対応だが、上手くいくと思うか?」肉触手で、イルメラの顎を撫でると、彼女は言いようのない熱を股間に感じ、「あぁ……」とあられもない喘ぎを抑え込む。その様子を見たヴェデルアモボロフは、満足げに肉腫を蠢かせ、
「そこで跨げ」
イルメラは頷き――。
「は、はい……あぁ」
「もう一度聞く、魔公爵ゼン、魔界騎士バイアン、あの魔神具だ」
「ぁん……は、はい……三衝軍もあからさまな戦略級です……<神殺しの塵芥>を躱す術を持つ以上は、脅威でしょう……」
ヴェデルアモボロフは、ニコリと笑顔を見せ、「あぁァ」と肉腫を引き抜く。
裂けた口の両端の眼球から魔印を再びイルメラに送ると、倒れかけていたイルメラは急激に体勢を持ちなす。
「……ふむ……ライランはどうでる」
「……主力の魔触手変剣軍団は見掛けておりませんが、中隊がいたるところにいるようです、伏兵と保険、その兼ね合いで、まだ様子見かと思われます」
ヴェデルアモボロフは片目を縮小させ、表情筋を異常に変化させていく。
「淫魔の王女はどうだ」
「はい、淫魔の王女ディペリル、魔毒の女神ミセア、光魔ルシヴァル、この連合が厄介極まりない。更に、闇神アスタロトの魔界騎士、魔獣将グレンデルが率いる戦力、黒鋼の軍団も他とは明らかに異なる強さです。そして敵同盟の魔毒の女神ミセアの毒霧と、淫魔の王女ディペリルの魅了の波動が、碑石周辺の魔素を濁らせています……」
ヴェデルアモボロフは鼻を鳴らした。
東西南北に顔を出す十層地獄の王トトグディウスと悪神デサロビアの戦力、南には魔界王子ライラン、北東よりには魔公爵ゼンの軍隊が展開されている。
皆、碑石の魔素を巡り、凄まじい魔力の競り合いを演じていた。
闇神アスタロトの影も、戦場のいたるところに忍び寄り、隙あらば主の支配圏を掠め取ろうとしている。
「フン、コバトトアルは餓えた獣どもの縄張り誇示の場か。だが、碑石の魔素は我が主リヴォグラフのものだ」
そこへ、魔公爵ゼン配下の魔界騎士バイアンが率いる三衝軍による魔神具が戦場の各所で炸裂し、魔界奇人レドアインが死すという怪情報と共に魔賢覇王ラヴェマルア軍が被害甚大との報告と戦術級兵器の情報が次々と上がった。
イルメラは、
「閣下。魔公爵ゼンの遠方攻撃は、脅威ですが、我々の本陣を狙っているわけでもないようですし、やはり、目下の目障りな戦区、光魔側の魔導要塞陣地が重要です」
「ふむ」
「しかし、なかなかに強固。白亜の城から出現する高・古代竜は、非常に厄介です。魔皇碑石の奪取もままなりません」
彼女はヴェデルアモボロフの足下に跪き、視線を伏せている。
彼女の体にはヴェデルアモボロフの魔力が浸透しており、肌のあちこちが魔性の紋様で紅く染まっていた。
ヴェデルアモボロフは杯を置き、長い指先でイルメラの顎を強引に持ち上げる。
「……また、あの光魔か。羽虫のように煩わしい連中だ」
ヴェデルアモボロフは愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、傍らにいた別の部下――隷属の証しとして全身に鎖を巻かれた魔導士の女に魔力を込めた指先を向けた。
指先が見るも悍ましい吸盤付きの無数の触手へと変じ、女の柔肌にじゅぶじゅぶと音を立てて絡み付いていく。
「イルメラ……貴様は、あの役立たずの隣で、暫し、我が渇きを癒せ」
ヴェデルアモボロフの命により、女指揮官イルメラは、「はい」羞恥を押し殺し、戦場の真ん中で命じられるままにその部下へと這い寄る。
ヴェデルアモボロフはそれを眺めながら、自らの指を鳴らした。
そこにもう一人の男の司令官バーフトが現れる。
「閣下、及びでしょうか」
「ディペリル、アスタロト、ライラン共の動きも並行して監視し、隙あらば奴らの勢力圏をも我が軍の『地盤』に組み込め。コバトトアルは、我が主リヴォグラフの神域となる地だ。そこに異分子の神氣など、一滴たりとも残すな」
「御意のままに」
司令官バーフトは従順な犬のように頭を下げる。
ヴェデルアモボロフは、玉座の肉布団が不快な鳴動を上げたのを感じてから立ち上がった。
大地は震え、周囲に配置された異形軍の士気は異常な高揚を見せる。
それは畏怖と、主に対する歪んだ忠誠の混ざり物だ。
「ふむ、では、我も前に出るとしよう」
「「「「おぉ」」」」
配下の【闇神異形軍】が一斉に咆哮。
ヴェデルアモボロフは、
「奪われた『魔皇碑石』の二十磐の陣地辺りを奪還し、神界戦神ヴァイス一派が残した秘宝を、我らがもらいうけよう、否、ボーフーンの遺産も、スラウテルの風も、魔皇碑石も――すべて我が手の中だ!」
ヴェデルアモボロフが玉座から腰を浮かせた瞬間、地脈が激しく逆巻いた。
足下の肉布団から溢れ出した黒い魔炎が、大平原を紅蓮に染め上げる。
轟音と共にヴェデルアモボロフが踏み出した一歩で、大平原の地面が数キロメートルにわたり陥没した。更に彼の腹が左右に開くと、そこから膨大な<闇の血魔力>が展開し、肉の塊のような物が戦場に降り注ぎ、それが衝突すると大爆発が起きて、闇に染まり、そこから新たな血肉が連なる巨人兵に生まれ変わって敵の攻撃を始めた。
ヴェデルアモボロフが戦場の要衝を巡ると<憤怒ノ絶衝撃>と同じようなマグマが混じる衝撃と地面から噴火が起きていた。
嘗て、憤怒のゼアが残した権益を巡る争いで、暴虐の王ボシアドとの争いを征した証拠でもある。
深紅の大魔公爵は、戦場そのものを自らの庭へと変えるべく、神をも屠るほどの蹂躙劇が開始された。愉悦と殺意を撒き散らしながら戦火の中心へと躍り出た。
ヴェデルアモボロフに魔毒の女神ミセアが、翡翠色と黄緑色の蛇で構成された髪を蠢かせつつ、
「あら、オデブのモボロフちゃんじゃないの!」
と、漆黒と錦色の魔眼を爛々と輝かせ、毒の波動を繰り出す。
そして魔毒の女神ミセアが圧倒的な死を撒き散らしながら直進した。
彼女の周囲から放たれた<蛇薔薇波動>を浴びたヴェデルアモボロフの部下たちは、悲鳴を上げる間もなく融解し、毒々しい茨と薔薇の苗床へと変化していった。
彼女の毒の波動を浴びたヴェデルアモボロフは己の腹の一部が硬質化、それが溶けた体を補いながら新しい肉々しい体へと変化を遂げていた。
ヴェデルアモボロフは、
「臭いと思ったら、毒腐ミセアか。その神格はそろそろ堕ちるころあいだな――」
太ましい指先を無数の触手変化させ、それをミセアに向かわせる。
ミセアは、紫色の大薙刀を振るい、それら触手攻撃を一斉に切断した。
魔毒の女神ミセアが振るう紫色の大薙刀から波動が放出。
大魔公爵ヴェデルアモボロフは浮遊しながら腹から出た無数の肉腫で、波動を相殺する。
魔毒の女神ミセアは、片腕を上げた。途端に、毒の稲妻、茨と薔薇の群れが、闇神リヴォグラフ側に向かう。
「相変わらず、気色悪い防御魔術ね――」
ヴェデルアモボロフには、特大の薔薇が宙空に弧を描いて降り注ぐ。
宙空を埋め尽くすように薔薇を見てもヴェデルアモボロフはあまり驚かない。
「また、<魔毒・薔薇腐肉>か? こりない魔毒よな」
彼の腹が裂け、<闇の血魔力>が奔流となって天を衝く。
背中の肉がせり上がり、闇のランスへと硬質化。それらが薔薇の渦へ向けて射出されると、爆音と共に大氣がねじ切れた。爆風の中、無数の赤い目が虚空に浮かび上がり、戦場を嘲笑う。
闇神リヴォグラフ様――。
蹂躙の宴の主たるヴェデルアモボロフは沸き上がるリヴォグラフ様への愉悦に顔を歪め、
「フハハ! 毒腐が、闇神リヴォグラフ様の神意力の前に散るがいい!」
吹き出た肉の塊が、石畳に衝突すると同時に新たな血肉の巨人兵へと生まれ変わる。
大音響を響かせて前進していく。
その足跡からは<憤怒ノ絶衝撃>を想起させるマグマ混じりの衝撃が噴出し、ミセアが咲かせた毒々しい色の茨や薔薇を強引に踏み潰していった。
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一進一退の魔神・諸侯級の激突。
その衝撃波が十理にわたってコバトトアルの大氣をねじ曲げる。
そこへ、真南の地平線から十層地獄の王トトグディウスの先遣部隊たる魔獣騎士部隊が悪神デサロビアの湧き出す屍兵共を蹂躙しながら突撃を敢行してきた。更に東西の地平からは、魔界王子ライランや魔公爵ゼンの三衝軍、隙を窺う闇神アスタロトの将軍クラスが乱入し、大軍勢が動く地鳴りと退く異形軍の咆哮が幾重にも交錯する。
この魔神・諸侯級の凄まじい激突の直近、かつて狩魔の王ボーフーンが支配していた傷場の権益を強固に死守する一画があった。
その砂城タータイムの守備を預かる者の一人、第二十一の<筆頭従者長>レン・サキナガが、
「――目標多数。トトグディウスの魔獣騎士部隊、およびヴェデルアモボロフ閣下の別動隊がこちらの陣地を利権ごと食い破る構えです」
と声をあげた。伝統的な具足帷子を纏い、妖艶な黒髪を魔風に靡かせる。
愛用の煙管をくゆらせながら前線を見据えていた。
峰閣砦の防衛や治安維持を担うルミコやソウゲンらはこの場にいない。
純粋な砂城の戦力だけで、この混沌の戦場を維持せねばならなかった。
「シュウヤ様が背後を憂うことなく進めるよう、この戦区は我らが完璧に護り抜く。……者ども、光魔の武を示せ!」
レンの凛烈な号令が響き渡る。
砂城の要たる高・古代竜の四竜は、そのレンの言葉に呼応。地竜ガイアヴァスト、雷竜ラガル・ジン、深淵のネプトゥリオン、炎竜ヴァルカ・フレイムが、天を衝く咆哮を上げ、人造蜘蛛兵士たちを押し込んでいた闇神リヴォグラフの血肉人形のような魔族兵に体当たりを繰り返す。単純な蟻を殺すような圧殺劇だが、確実に光魔側の役に立つ動きだった。
「ナギサ、出ます! <闇烙・竜龍種々秘叢>!」
ナギサの咆哮と共に、黒炎を纏う闇烙竜ベントラーと闇烙龍イトスが顕現。
ハイエンシェントには大きく劣るものの、凄まじい攻撃力で飛翔魔獣の群れを薙ぎ払う。
フィナプルスとミレイヴァルを氷の盾で守った常闇の水精霊ヘルメ――。
両手と両足から大量の液体を撒き、「閣下の陣地を汚させはしません! 《水幕》!」を展開した。
更に、左手の指先から<珠瑠の紐>の輝く水の糸を大量に伸ばし、多重の水の防壁を展開して、長距離魔弾の雨を水滴へと還元し、同時にルビアたちを守ると、氷槍を素早く、数十と繰り出し、蝙蝠と虎が融合したような姿の魔族兵士の体を穿ち抜く。
<筆頭従者長>のビーサが、<オウル波像衝霊>で空間を網羅し、ルビアが恩知の<魔命ノ三眼癒>による《大癒》を戦線全域に施して傷を瞬時に塞ぐ。
更に、闇雷精霊グィヴァの<雷雨剣>が炸裂。
風の女精霊ナイアの<風の想刃キリヴァ>が、闇の血肉魔族を斬り裂く。
波群瓢箪から生まれたリサナの漆黒の魔腕<魔鹿フーガの手>が、皆を守る盾となる。
古の水霊ミラシャンの<水晶群蝶刃>が乱舞。
本契約の魔印を輝かせた魔女フィナプルスが<奇怪・宵魔斬剣>を連発し、聖騎士ミレイヴァルが聖槍シャルマッハの<一式・閃霊穿>で城壁に迫る異形を解体していく。そのミレイヴァルの背を常闇の水精霊ヘルメが素早く体を投げ出すようにフォローし、ミレイヴァルの背を攻撃しようとした奇怪な闇獣の頭部の口に侵入し、その六腕魔族の体を内から破裂させて倒す。
砂城の城壁の足下ではドワーフの義兄弟たちが、その魂を込めた奇跡を戦場に咲かせていた。
<従者長>ザガが「真贋神眼」で戦況の魔素を見極める。
かつてのシュウヤの血を触媒にしていた<血盟鍛造>によって、人造蜘蛛兵士たちの外殻をダイヤモンドを凌ぐ強度へと瞬時に叩き直している。
そして、言葉を持たぬ弟のボンが、無邪気な笑顔で叫んだ。
「エンチャント! エンチャント!」
ボンの<心象の絵筆>が、シュウヤの血を絵の具として蜘蛛たちの装甲に盾のルーンを描き、更に<共感の付与>が、蜘蛛兵たちの主君を護るという強烈な防衛本能に共鳴して、その守りを鋼鉄の要塞へと昇華させていた。
虹色の温かい光を放つ人造蜘蛛兵士の部隊が闇神リヴォグラフの重装歩兵とトトグディウスの魔獣騎馬軍団を、その強固な質量で正面から押し潰し、戦線を一歩も退かずに死守している。
地竜ガイアヴァストの巨大な頭部の上では<光邪ノ使徒>ピュリンが不敵な笑みを浮かべていた。
彼女が構えるのは禍々しい骨で形成されたアンチマテリアルライフルを思わせる大口径の骨銃――凄まじいマズルフラッシュと共に大氣が爆裂する。
銃口から放たれた<光邪ノ大徹甲魔弾>が音速を超えてヴェデルアモボロフの直系大眷属フキミシオの胸部を寸分の狂いなく撃ち抜き、その巨体を一瞬で肉片へと破裂させた。
「シュウヤ様が血肉と神格を注いだ地! ここは絶対に守ります!」
ピュリンは銃を背負うと、その姿を瞬時にツアンの幻影へと変え、黄金芋虫に戻り、金色の息吹を周囲に撒く。そして、次の瞬間にはイモリザの影へと変転させる。
そのイモリザは変幻自在の機敏さで敵を翻弄。
黒爪伸ばし、それを魔剣の如く振るい、相対した敵を斬る。
更には銀髪を伸ばしたかと思いきや、「きゅぴーん」と叫び宙空に移動――。
そのまま宙空に<魔骨魚>を生み出し腰を落とし座ると、<魔骨魚>で宙空を駆けていく。
続いて<使徒三位一体・第一の怪・解放>を起動し、足の爪から光を帯びた黒爪を生み出し、その両足を子供が駄々をこねるように、バタバタと前後させる。その足から伸びていたクレイモアのような大きさの黒爪が魔族兵士たちの体を縦にズバズバと両断、蹂躙していく。
「――うふふ、倒した倒した♪ うっぷぷ~♪ ギッタン♪ バッタン♪ あそこもここも、ギッタン、バッタン♪」
戦場に似合わない可愛らしい声が魔界セブドラの大戦場に轟いた。
両腕から伸びた黒い爪で、殺到する魔族兵士たちの胸部を次々と串刺しにしていった。
そして、砂城タータイムの天蓋から、かつてシュウヤと魂を刻んだ高・古代竜の四竜が急降下。
地竜ガイアヴァストが地脈を操作するように岩場を生成し、淫魔の王女ディペリル側の部隊を守る。雷竜ラガル・ジンが蒼白い雷撃の雨を闇雷精霊グィヴァと連動させて、レンたちを守る魔法の防御フィールドを造り上げていく。
深淵のネプトゥリオンは常闇の水精霊ヘルメを頭に迎え、咆哮。
巨大な波頭のようなウォーターブレスを吹いて、荒野に湖を一瞬作り出す。
更に常闇の水精霊ヘルメが<一碧万頃>と<滄溟一如ノ手>を交互に作り出した。そして炎竜ヴァルカ・フレイムが紅蓮の竜翼膜を羽ばたかせて超高熱のフレイムブレスを放射する。
桁違いの絶対質量、神代の熱量が織りなす破滅の光が、深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフの眷属が作り出した巨大な雷球の群れを一瞬で吹き飛ばし、砂城に殺到していた敵の先遣隊をピンポイントで削ぎ落としていく。
城壁の足下では、<従者長>ザガ&ボンの付与魔法を受けた蜘蛛娘アキの配下アチュードとベベルガが率いる人造蜘蛛兵士の部隊が、闇神リヴォグラフ側と十層地獄の王トトグディウスの側の重装歩兵と魔獣騎馬軍団と衝突――。
イモリザは人造蜘蛛兵士の部隊の側面から動き、魔獣騎馬軍団の横っ腹を次々に黒い爪で突き刺して、一度に数十の敵を倒しきる。
魔皇獣咆ケーゼンベルスの「『ウォォォン!』」強烈な咆哮を浴びた、複数の十層地獄の王トトグディウスの魔獣騎馬軍団の一部を抉るように吹き飛ばし倒す。
魔裁縫の女神アメンディが、<魔布伸縮>を周囲に展開し、人造蜘蛛兵士の部隊を的確に守る盾として動いていた。
そこへ、同盟勢力である淫魔の王女ディペリルの配下、魔界騎士ヴェルモットが洗練された魔剣術<蒼脈ノ魔太刀>を振るって加勢。魔導要塞陣地はミセアやディペリル側の奮闘とも噛み合い、敵の大軍を強固に押し返しつつあった。
□■□■
チィ、ミセアめが、ディペリルと連合を最初から予定していたのか。
そして、光魔側はだれが指揮官だ――。
四竜の超高熱と地脈操作、水霊の防壁、正体不明の蜘蛛兵団の異質な硬度、そして金色の銃光――それらがひとつの陣として連動している。
誰が指揮しているのかは見えぬが、明らかに統一意思がある――。
ヴェデルアモボロフが放った第五十五軍団の精鋭大眷属どもは、魔皇碑石の利権を奪還せんと、砂城タータイムの側面へ強行突破を仕掛けていた。
「――羽虫の分際で、我が君主シュウヤ様の地盤を削ろうなどと、片腹痛い」
砂城の城壁の頂。
レン・サキナガの切れ長の双眸が、冷徹極まる殺意で細められた。
彼女は愛用の煙管から、紫煙をふわりと戦場へ吹き出す。その煙を触媒に彼女の装束が瞬時に黒色を基調とした、絢爛かつ凶悪な「着物ドレス」へと衣装変化を遂げた。
彼女の豊かな太股に刻まれた、シュウヤの血によってアップデートされた魔法文字――『血闘争:権化』『血鬼化:紅』が、血のような深紅の輝きを放って爆発する。
レンは魔斧槍サキナガを逆手に握り直すと、城壁からノーモーションで、戦火の渦巻く奈落へと跳躍した。着地と同時に踏み込んだ一歩で、大平原の石畳が蜘蛛の巣状に大爆発を起こして爆散する。彼女の全身から、ルシヴァルの血を吸い上げて凶暴化した「血の暴風」が吹き荒れ、魔斧槍サキナガの刃に紫と黒の魔力が極限まで集束、一閃――。
殺到していた重装騎士の集団が、その肉体ごと、十数体まとめて一瞬で左右に両断され、血の霧となって霧散した。
直後、ヴェデルアモボロフは異様な感覚を覚えた。
レン・サキナガが跳躍した地点を中心として、戦場の流れそのものが変質していた。
本来ならば数万の軍勢が複雑に絡み合い、魔力、怒号、恐怖、神氣が乱流のように衝突するはずの大平原――だが、あの女が踏み込んだ一帯だけは違う。
敵兵が逃げ惑うより先に斬られ、防御陣形が完成する前に破砕され、魔術障壁が展開される前に両断される。まるで、戦場そのものが、あの光魔の女に先回りされているかのようだった。
ヴェデルアモボロフは太ましい指先を激しく震わせ、驚愕に目を見開く。
「……なんだ、あれは」
喉奥から、知らず低い声が漏れた。
レン・サキナガの魔斧槍が振るわれるたび、ヴェデルアモボロフは己の肉塊へ走る違和感を覚えていた。切断された眷属との魔力の繋がりが、ただ断たれているのではない。
喰われている、血、魂、戦意、怨嗟。
戦場に満ちる暴力そのものが、あの女の斧槍へ吸い上げられて、女も吸い取っているのか。
「……光魔風情が」
ヴェデルアモボロフは理解不能な不快感に眉を歪めた。
まるで、己が蹂躙する側ではなく、狩られる側へ回ったかのような。
「……あの光魔の女一人に我が誇る精鋭別動隊が、これほど容易く、ゴミのように破られるというのか……」
黒き着物ドレスを翻し、血風と共に戦場を裂いて進むレン・サキナガ。
その姿を見つめながら、ヴェデルアモボロフは笑みを消していた。
側近たちが、
「な、光の<血魔力>の質が異常だ、最高眷属の一人で間違いない!」
「光魔の、レン・サキナガだろう。【メイジナの大街】などを支配化に持つ【レン・サキナガの峰閣砦】の盟主だった女魔族だ」
「諸侯ではなく【魔商人連合】と女魔族としての認識でしかなかったが……やはりあの場所を維持し続けていた理由か……」
「悪神ギュラゼルバンや魔界王子テーバロンテに恐王ノクターの中で小勢力を維持し続けていた魔唱だな……」
その言葉を聞いた深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフは、
「……レン・サキナガ」
初めて、その名を口にする。
それは深紅の大魔公爵が、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>の一人を戦場の脅威として認識した瞬間だった。
レンを圧殺せんと、その指先を無数の触手へと変じさせようとするが、戦場の混沌はそれを許さない。
「あら、おデブのボロボロちゃん、そんなところで余計な余興に興じている暇があるのかしらねぇ!?」
ミセアの放つ翡翠色の毒の波動と、淫魔の王女ディペリルが放った紫黒の魅了の波動が、ヴェデルアモボロフの巨体を激しく揺さぶる。
周囲からの容赦ない神格級の猛攻に晒され、奴はレンへの攻撃を完全に阻まれ、自身の防御に回るのが精一杯となった。
驚愕する異形軍の悲鳴を置き去りにし、レンの身のこなしは更に加速する――。
黒い着物ドレスの裾を翻しながら、魔斧槍を精密かつ豪快に旋回させた。
迫り来るゲルマドーの先遣大型兵の脳天を縦一文字に叩き割り、その巨体を左右に破裂させた。
間髪入れずに、側面から突き出された数本の魔槍を、サキナガの柄で軽々と弾き飛ばす。返す刃の薙ぎ払いが、真空の刃となって百人を超える敵兵の首を一斉に撥ね飛ばしていった。
――一騎当千。まさにその言葉を体現する蹂躙劇。
圧倒的な縦横無尽の活躍。単身で大軍の戦線を破りまくるレンの一騎当千の武威――。
魔毒の女神ミセアと淫魔の王女ディペリルの熾烈な攻撃を浴びながらも、深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフの視界に、確実に、捉えられていた。
あの光魔の女一人のために我が別動隊がこれほど容易く破られるというのか。
そう思考したヴェデルアモボロフは太ましい指先から放出していた無数の触手の一部を、魔毒の女神ミセアと淫魔の王女ディペリルから、レンに向けたが「ふふ、甘いわよ~」と、直進してきた魔毒の女神ミセアが、強烈な毒の波動を繰り出し、紫色の大薙刀を猛然と振り下ろす。
同時に淫魔の王女ディペリルの放った魅了の波動と、他諸侯の強力な魔術攻撃がヴェデルアモボロフの巨体に一斉に集中した。
「――グッ、おのれ毒腐ミセア、淫愚ディペリルめ……!」
「我の名をわざとらしく間違えての愚弄、ほんと、可愛いわねぇ! オデブのアモボロフ!」
「ふっ、私は淫愚でも構いませんわよ、あぁ、妖しい<闇の血魔力>を浴びさせて、シュウヤ様に、がんばったと、言わせて、抱きしめられたいわ♪」
周囲からの猛烈な猛攻に晒されたヴェデルアモボロフは、レンへの満足な反撃や追撃を行う余裕を完全に奪われ、自身の体を硬質化させて溶ける部位を補うのが精一杯となる。
――彼は苛立ちの咆哮を上げながら、目の前で毒の刃を振るうミセアの戦力へと総力を集中せざるを得なかった。
魔神や諸侯が互いの首を狙ってせめぎ合い、大軍が動いては退く混沌の戦場。
その渦中で、レン・サキナガ率いる守備隊は魔導要塞陣地を盤石に維持し、主の帰還する道を一歩も譲らずに守り続けている。
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最初の投稿として、書き下ろし限定SS『迷宮都市イゾルガンデの裏側で』(ロロとフォティーナの活躍劇)を公開しています。今後はシュウヤ視点の小話や、本編では書ききれなかった設定をまとめた「槍猫」の総合アーカイブとして、無料・有料を織り交ぜながら更新していく予定です。
本編とあわせて、ぜひこちらもお楽しみください。




