二千百九十七話 魔傭兵の罠と、鎖が解いた最悪の漆黒の札箱
□■□■
狂ったように波打つ黄金の欲望魔力と、それを根こそぎ呑み込まんとする漆黒の夜闇。
四眼魔族など、他の魔傭兵同士の戦いもある。
遠くのアバドンの丘が悲鳴を上げるような極限の激突している。
更に、左方から割って入った不気味な漆黒の魔力。
天と地において無数の魔族が交錯する凄絶な構図を、男は浮遊しつつ、<魔鏡ノ隠法>の中で、冷徹に見下ろしていた。
試す相手には好都合、四腕四眼の漆黒魔傀儡アガルゼ――。
<魔操・織形コル・アガルゼ>の感度も良い。
しかし、何度も見てきた六眼キズラァの必殺の<欲王神剣・ザンファルド零式>を、あのように防ぎ、迅速に仕留める推進力、戦闘力、否、戦闘思考力と言うべきか、尋常ではないな、あの槍使いはやはり、神殺しなだけはある。
そして、あの光属性の純度が高い<光槍技>も、戦神系や眷属たちが扱うクラス。
更に言えば、そのちょい前か、足下から周囲に展開した純度の高い闇属性の精神浸食スキルも見事だろう。
そう思考する彼の名は魔傭兵コーイル。
コーイルは魔公爵ゼンとも闇神アスタロトとも独自のラインで取引を行う魔技術屋であり、特異な魔傭兵。
目的は、シクルゼ族の残党を血眼になって追っていた六眼キズラァが率いる祖讐六眼衆を追いつつ魔傀儡師ホークをも追うこと。またキズラァが戦いで得るだろう、四眼種や六眼種の希少な遺体の横取りを狙っていた。
キズラァの豹変に合わせ予定の戦場から離れ、そのキズラァを追った彼だったが、まさか、その先に今話題の光魔ルシヴァルと出くわすとは考えていなかった。
また、その戦闘を近くで体感できることは彼に取っても好都合。
アスタロトの縫合術とゼンの古い封印を組み込んだ我が最高傑作、<魔操・織形コル・アガルゼ>と四腕四眼の漆黒魔傀儡アガルゼ……。
この極限の戦場での自律実戦は貴重だ、後五ほど体感させたい。
そう思考したコーイル。
魔操具の魔法陣、<魔操・織形コル・アガルゼ>を思念で動かす。
四腕四眼の漆黒魔傀儡アガルゼに、全対象の排除コマンドを冷徹に維持した。
そこに<第二魔門>が彼の前で開く。
<第二魔門>の映像には玉座付近に立つ巨大な蛾の頭部を持つ魔族と美しい女性魔族が映る。
女性魔族は、
「『略奪は順調?』」
横にいる巨大な蛾の魔族は、魔界騎士の部下たちに向け、指示を出している。
コーイルは、
『レンシサ、それにゼバルか? 急になんだ。今は忙しいんだが』
「『ふーん、折角忠告しようとしたのに』」
『おい、ただのスカベンジャーの魔傭兵だろう。ほうっておけ、それよりも――』
『え、もう動くの? はぁ~』
<第二魔門>が途中で切断された。
魔翼の花嫁レンシサと魔蛾王ゼバルも大平原コバトトアルの利権に動くか。
氣にせず、魔法陣の中央に浮かぶ四腕四眼の符印を凝視したコーイル。
コーイルの思念に応えて、淡い銀色の光を放つ。
<魔操・織形コル・アガルゼ>――。
縫合術の糸が、千五百里先の戦場に立つアガルゼの全身に張り巡らされた経絡を、絹を編む指のような繊細さで撫でていく。手応えは、悪くない。
やはり、先程の神界崩れを倒したことで、我の<魔操・織形コル・アガルゼ>と、四腕四眼の漆黒魔傀儡アガルゼは強くなっている。
「……ゆけ、アガルゼ。あの神殺しの槍使いと、四眼の女に近付け。お前の同族の最後の一人だ。お前の骸の奥に、もし、まだ何かが残っているならば――それすらも、我の情報となる」
冷徹に思念で告げるとコーイルの脳裏に微かな雑音が走った。
古い記憶。焼け焦げた泥土の臭い。
四つの腕が地に投げ出された姿。族長の腕輪が、月光に鈍く光っていた光景。
眼鏡の縁を、銀糸を巻いた指で軽く弾く。
「……感傷か。技術屋らしくないな」
雑音は途絶え、魔法陣がまた一段、明るく輝いた。
□■□■
兜の前面には四つの瞳が冷徹に輝き、四本の腕が不気味な調和を持って動いている。
<隻眼修羅>と<闇透纏視>を発動――。
漆黒の鎧、思わず眉を寄せた。魔導人形? 否、生命、アンデッド?
<魔闘術>系統が奇妙だ。通常、魔族でも魔界騎士でも、体には、なんらかの魔力の脈動がある。<無影歩>心臓のように、潮の満ち引きのように強弱の波があるが、こいつの中の魔力は一定の振幅で送り込まれている魔力源が別にある。波が無い。遠隔から、誰かが流量を一定に管理している。
中肉中背の引き締まった体躯には、一分の隙もない。
背に佩く、闇を凝縮したかのような漆黒の大薙刀を抜く。
と、よこにふらりと移動した刹那――。
風が立つ前に漆黒騎士は正面に到達していた。
――速い、その速さに、薙刀の切っ先が迫る、それを神槍ガンジスの柄で受けて防いだ。
火花が散る。重いが、衝撃はあまりないまま無名無礼の魔槍で<魔雷ノ風穿>――。
漆黒騎士は大薙刀の螻蛄首で防ぎながら切っ先で、俺の頭部を狙う。
それを、持ち上げた無名無礼の魔槍の柄で防いだ。
「キィッ――」
ルリゼゼが横から斬りかかる。曲剣がアガルゼの肩口を狙う。
漆黒騎士は振り向きもしない。
四つの腕のうち、下右の腕が振り向くより速く最適な角度で曲剣を受け流す。
動作の選択に、迷いが無い。最適解を瞬時に選んでいる。
「――この捌き」
ルリゼゼの声に掠れが混じった。
「シクルゼ族の、四腕剣捌き……」
キスマリが反対側から四魔剣で襲いかかる。
漆黒は四つの腕すべてを使い、薙刀+三つの空いた腕でキスマリの四魔剣をすべて捌いた。四対四。完璧な対称性。ヴィーネが上空から光線の矢を放つ。
漆黒の体表に張られた縫合の糸が、銀蝶の光を吸って、傷を残さない。
「表皮が……縫合術で覆われている!?」
キスマリとルリゼゼは驚愕したまま、体を動かさない。
戦場で常に冷静だった四眼の戦士――その背が、わずかに、強張っている。
「……父、さん?」
ルリゼゼの唇から、震える声が零れ落ちた。
「「え?」」
――この漆黒騎士はシグルゼ族???
「な!?」
皆、驚きの声をハモらせ、キスマリも驚愕中。
漆黒騎士の四つの瞳は冷徹に次なる殲滅の軌道を計算している。
漆黒騎士はシクルゼ族の固有妙技、魔靱の歩法で前進――。
血錆色のアバドンの丘の起伏を滑るように利用し、無音のまま懐へと潜り込んでくる。
空いた三つの腕に魔力の漆黒刃を形成し、大薙刀と共に四刃一体の暴風となって襲いかかってきた。
「ルリゼゼ、キスマリ! お前たちは様子見でいい」
叫び、<握吸>を強め魔力を送りながら神槍ガンジスと無名無礼の魔槍を交差させ迎え撃つ。
二つの螻蛄首と薙刀と漆黒刃が衝突し、火炎のような火花が散る――二つの得物の柄を押し下げ、大薙刀と漆黒の魔力刃を押す込むと同時に、神槍ガンジスの蒼い槍纓が刃と化したが、その刃は漆黒刃と漆黒騎士と衝突しまくるだけ、硬質な音が何度も響き、すべてが弾かれるのを見ながら至近距離の漆黒騎士の胸元へと<刃翔刹穿・刹>を繰り出した。
柄の『バイ・ベイ』がブレて見えた刹那の一撃だったが、甲高い金属音が連続して響き渡る。
突き崩せず、無名無礼の魔槍は下の衝撃で上向く。
と、漆黒刃と大薙刀が胴、首、に迫る、それらの連続攻撃を、神槍ガンジスと無名無礼の魔槍の柄で防ぎながら後退した。重い一撃で、どこか覚えがある、暗雷もあるのか――凄まじい連撃――体の軸を鋭く回転させ、飛燕の如き身のこなしで威力を削ぎ落とす。
更に、地面の傾斜を利用し半歩下がり、大薙刀の致命的な一撃を紙一重で躱した。
「にゃごぉぉぉっ!」
側面から黒虎が咆哮と共に飛び込んだ。
巨体を躍動させ、無数の触手骨剣を束ねて漆黒騎士の死角を突く。
だが、漆黒騎士は背面の視覚すら共有しているかのように、下左の腕で魔力刃を振るい、骨剣の刺突を的確に弾き落とした。
そこに、ユイが白銀の軌跡を引いて肉薄する。
<銀靱・壱>の袈裟斬りから、極光の剣閃。
漆黒騎士は残る三腕で大薙刀を旋回させ、ユイの<銀靱・壱>を辛うじて防ぐが、もう一つの一閃は防げず、完璧だった動作の対称性がわずかに崩れた。
そこにヴィーネの幾重もの魔力を束ねた光線の矢が向かう。
漆黒騎士の表皮と衝突したが、縫われていた糸が解けるまま、光線の矢を吸収し、表皮からバチバチと紫電を散らしながら光線の矢を消していた。
一定だった魔力の振幅に、初めて不規則なノイズが走る程度。
だが、<隻眼修羅>が、その一瞬の揺らぎを捉えた。
首筋の奥深く。魔力線を受信している不気味な魔鋲と、その周囲にびっしりと刻み込まれた悍ましい魔印の束。先日得た『織神の縫合の法』の知識が――。
なんだこれは、頭の感覚を、超え――螺旋状に漆黒騎士の魔印の束に浸透し一瞬で分解、最初から知っていたように、すべての設計を理解した。
魂を無理矢理繋ぎ止める極めて歪に改悪された縫合術式か――。
縫境ノ織神アハシュムロンの知識が流用された魔法技術の縫合術式。
その下層にも、古い封印の呪縛の痕跡までが癒着している。
「……悪趣味な真似を。死者の魂まで慰み者にするとはな」
両手の魔槍を強く握り直す。
倒すのではない。この歪な縫合を解き、遠隔から繋がる悍ましい操り糸を断ち切る。
意識の奥底で、神座たる理が熱を帯び始め、黒虎が「ンン――」とあらぬ方向に触手骨剣を差し向けると、甲高い硝子が割れる音が何重にも響いた。
「チッ」
エコー掛かった舌打ちが谺した。
漆黒騎士の回りの空間を歪ませる。
黒虎の放った触手骨剣が、不可視の領域を突き破ったのか?
完璧だった漆黒騎士の魔力振幅が、大きく乱れる。
四本の腕の不気味な調和が崩れ、左下の手の漆黒刃がシュゥゥと音を立てて霧散した。
その直後、「ウゴァァァ――」と漆黒騎士は、オカシナ動きで、ルリゼゼへと体を投げ出す。
ルリゼゼは何もできず。
「お、お父さん……なのか?」
四眼の漆黒騎士はルリゼゼの言葉に、頷くような素振りを見せると、「こ、こ、わ、われは……、こ、ころせ、るり、ぜぜ、われの……さいきょうの……だい……」刹那、漆黒騎士の背後に、半透明で、魔印が無数に刻まれていた巨大な半透明な紙が出現した。
「ガァァ――」
漆黒騎士は漆黒刃を生み出しルリゼゼの全身を穿つ。
「ぐえぁ――」
「「ルリゼゼ――」」
「おのれがァァ」
キスマリが発狂気味に四つの魔剣を突き出す。
だが、漆黒騎士は大薙刀と漆黒刃で上段と中段の防御の構えで、己を守りながら後退。
ルリゼゼに近付いたが、ルリゼゼは左上腕を上げ、「主、来るな、これは、我の不覚故の事象!」
と口から大量の血飛沫を発し倒れずに前を見る。
傷の回復が遅いが――。
相棒が、またも目に目ないところに触手骨剣を繰り出している。
その相棒は神獣猫仮面を装着していた、なるほど――さすがだ――。
漆黒騎士の動きが止まる。
連続的に舌打ち音が響くと、〝星見の眼帯〟を嵌めたヴィーネの光線の矢が、その舌打ち音が響いた箇所と衝突し、爆発音が連続的に響いた。更に、キサラの<補陀落>、ダモアヌンの魔槍が、近くの地面、否、空間に突き刺さって爆発――。
キサラは、
「神獣様のおかげです! <真眼・白闇凝照>で敵の大本が隠れている何かを掴めました!」
漆黒騎士が大きく揺らぎ、キスマリの連続攻撃を喰らって吹き飛ぶ。
その漆黒騎士へと、<雷光ノ髑髏鎖>を意識し発動――左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出した。射出された梵字に煌めく<鎖>が宙空で体勢を崩した漆黒騎士の胴体に蛇のように巻き付く。
――捕縛するためではない。
絡みついた忌まわしい因果の糸を『解く』ための<鎖>となり得るはずだ。
手首の<鎖の因子>を通し、漆黒騎士の内部に蠢く魔力の脈動を直に感じ取る。
そのゼロコンマ数秒の間に、周囲から爆発音が響きまくった。
相棒、ヴィーネ、キサラ、ユイの空間を穿ち、叩くような攻撃によって、コーイルとの接続である背後の『半透明な紙』は既に致命的な亀裂が入り、システムが半壊している。
左腕を引き絞りながら、<鎖>を伝って『織神の縫合の法』と神座の理を一氣に流し込む。
蒼い魔力が<鎖>の表面を走り、漆黒騎士の首筋に深々と突き刺さっていた魔鋲、そして背後で明滅する『半透明な紙』へと直接到達した。
「すべて、還れッ!」
腕を強く手前に引く。パァァァンッ! と、甲高い破裂音がアバドンの空に響き渡った。
アガルゼの首の魔鋲が内部から弾け飛び、同時に背後の『半透明な紙』が粉々に砕け散って、無数の魔印が光の塵となって霧散していく。
「ガァ……ァ……」
漆黒騎士の全身を覆っていた悍ましい黒い縫合の糸が、限界を迎えたように次々と千切れ、風に巻かれて消えていく。一定だった不気味な魔力振幅は完全に途絶えた。
四本の腕から漆黒刃と大薙刀が滑り落ち、カラン、と乾いた音を立てて血錆色の地面に転がる。
糸の切れた操り人形のように、漆黒騎士――アガルゼが、その場に崩れ落ちて片膝をついた。
ルリゼゼはヴィーネや相棒の触手を振り払い、アガルゼに近付く。
「お……父、さん……」
「チッ、邪魔だ――」
冷徹な声が響くと漆黒の札が表面に無数に付いた箱が現れ散ると同時にルリゼゼの頭部が凹みながらこちらに吹き飛ぶ。そのルリゼゼを受け止めた。
ルリゼゼの再生した涙を流す四眼を見て、
「ルリゼゼ、ここで見ていろ」
ルリゼゼを何かで攻撃した存在は、半透明ながらも時折、その姿の一部が露見している。
漆黒騎士の真上にて、何かの呪符、魔印を展開させていた。
漆黒騎士のアガルゼは浮遊し、全身がプルプルと震えながら、頭部と体の一部が開いている。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻発売中」
コミック版1巻-3巻発売中。【お知らせ】設定資料・外伝等の保管庫(note)を開設しました。
https://note.com/kenkou_novel/n/n745c32bdb4ba
最初の投稿として、書き下ろし限定SS『迷宮都市イゾルガンデの裏側で』(ロロとフォティーナの活躍劇)を公開しています。今後はシュウヤ視点の小話や、本編では書ききれなかった設定をまとめた「槍猫」の総合アーカイブとして、無料・有料を織り交ぜながら更新していく予定です。
本編とあわせて、ぜひこちらもお楽しみください。




