二千百九十八話 シグルゼ族の最強の女子
漆黒騎士アガルゼの亡骸が内から膨れ上がる異質な質量に耐えかね、メリメリと悲鳴を上げて裂けていく。異常な角度で突き出した肋骨が鎧を突き破り、死者の尊厳を嘲笑うかのように禍々しい「器」へと作り変えられていく。
更に、漆黒の札が表面に無数に付いた箱が左右に点滅しながら現れ、漆黒の札が飛来――。
「にゃごァ」
黒虎ロロディーヌの口から広がった紅蓮の炎――。
その紅蓮の神炎が扇状に広がり、呪いの札を塵一つ残さず焼き尽くした。
不浄を拒絶する鮮烈な熱氣が頬を撫でていく。
すると、漆黒騎士アガルゼの胸の奥、本来なら内臓があるべき空洞から赤黒い肉腫と無数の眼球、そして漆黒の呪符がびっしりと貼り付いた異形の魔力の塊が姿を現す。
続いて、漆黒の札が表面に無数に付いた箱が四方に再出現。
そこから無数の四眼の亡霊たちが噴出し、俺に、否、ルリゼゼに向かう。
即座に全身から放出中の<血魔力>を活かすように<血鎖の饗宴>を展開させた。
無数の血鎖がうねりを上げて大きな波頭のように拡がり、亡霊たちを貫きながら直進。
亡霊たちは、蒼炎に包まれながら蒸発させていく。
四眼四腕のシクルゼ族たちは、苦しそうだったが蒼炎に包まれると苦しみが消えて笑顔となって蒸発していく。同時に<血道第四・開門>――。
<霊血の泉>――。
溢れ出した<血魔力>は重力を逆らうかのように蠢き、大地を浸し、深紅の鏡面を成す<霊血の泉>へと姿を変える。そこから立ち昇る陽炎はルシヴァルの紋章樹の幻影。無数の小形な紋章樹が芽吹き、燐光を散らしながら、この地獄のような戦場に俺の理による秩序を上書きしていく。
亡霊たちを貫いた<血鎖の饗宴>は漆黒騎士アガルゼへと向かう。
だが、漆黒の箱の真上に出現した男の両手から迸った光を帯びた漆黒の糸が、血鎖と衝突――。
<血鎖の饗宴>は、その光を帯びた漆黒の糸と相殺されてしまう。
その間にも、漆黒の箱が一つが内から解体され、面の幾つかが伸びて平面状の魔力刃として飛来してきた――無名無礼の魔槍で、その魔力刃を横に受けて、下に弾く。
男は眼鏡を光らせ、右下腕を下から動かし、何かを放ってきた。
それが網目状に展開された。
足下の<霊血の泉>の表面を滑るようにステップを踏み、体を鋭く右に捻る。
網目の隙間を縫うように姿勢を低くし、無名無礼の魔槍の石突きを軸にして独楽のように回転。遠心力を乗せた刃を斜め下から斬り上げ、漆黒の網を両断する。
「……光魔ルシヴァルの宗主。見事な体捌きだ」
男は眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、今度は左上腕と右下腕を交差させた。
四腕――間違いない、奴もシクルゼ族の体、あるいはその怨念を取り込んでいるのか。
交差した腕から金属質の鋭い音を響かせる魔線の束が、螺旋を描きながら放たれる。
「にゃごァ――」
相棒がすかさず地を蹴った。
黒豹のようなしなやかな動きで横合いから飛び込み、首元から伸ばした無数の触手骨剣を束ねて、螺旋の魔線と正面から激突させる。
火花と漆黒の魔力が散る中――<霊血の泉>から生え出た小形の紋章樹を蹴って宙へ跳んだ。
男は漆黒の箱の一つに立ちながら、開いていた漆黒騎士アガルゼに右上腕と左上腕を差し向ける。
すると一瞬で、漆黒騎士アガルゼは内から漆黒の札を噴出した。
外周囲の魔力を吸収しながら再生、否、四本の腕が更に分裂して八腕となり、口から複数の声が重なって漏れ、そのままルリゼゼに直進した。男は浮遊しながら俺たちにまた魔刃を寄越す。
<トガクレの魔闘氣>を発動させて魔刃を避け、男とアガルゼを凝視。
アガルゼの八腕から出た漆黒の刃を、ルリゼゼとキスマリは魔剣と曲剣で防いでいく。
<隻眼修羅>と<隻眼修羅>で、アガルゼの体内を深く視た。
縫合された魔糸の下に、もう一層、光を帯びた闇の札が貼られてあった。
「シュウヤ様、変化したアガルゼの体内、魔力の塊があります」
「核、魔操核の大本でしょう――」
キサラとヴィーネの言葉に頷いた。
アガルゼの体の奥にある魔力の塊は何百という亡霊が、絡み合って一つの塊になっているようにも見えた。
無名無礼の魔槍のナナシが、
「なんらかの<縫合術>。あの封印も神槍の一撃なら崩れるだろう」
「ほぉ、その魔槍インテリジェンスアイテムか。遠くに見える水と闇の眷属精霊に、武装魔霊のような存在たち、実に珍しい! 神殺しなだけはある――」
男は後退しながら発言し、漆黒の魔刃を寄越す。
四腕の手の表面には、蓮の花弁が密集し、それが蠢きながら漆黒の魔刃を形成、それを皆に繰り出していた――無名無礼の魔槍と神槍ガンジスを左右に動かし、<仙魔・桂馬歩法>を使う――。
魔刃を弾きつつ避けては<仙魔・龍水移>――男の背後を取った<血龍仙閃>を繰り出すが、男は背に魔法陣を生み出し、無名無礼の魔槍の<血龍仙閃>を防ぐと、背後に殺氣、即座に横に移動して魔刃を避けた。後ろの宙空に魔刃を召喚したか――。
「なるほど、実に勘が良い――」
と漆黒の箱を蹴って跳躍した男は魔線を四方に放ち、高速に右に移動――。
皆と戦うアガルゼが氣になるが、あの眼鏡男が大本――追跡したゼロコンマ数秒も経たず、魔夜世界の宙空が、無数の鏡が重なったような世界に変化した。
<血鎖の饗宴>で破壊を狙うが、すり抜け破壊ができず――。
先に眼鏡男へと、<仙魔・龍水移>――。
神槍ガンジスで<魔雷ノ風穿>のモーション、<超能力精神>――。
ドッと鈍い音が響いたように衝撃波をまともに喰らった眼鏡男の、眼鏡がへし折れ、防護服がへし折れるような音を響かせるまま吹き飛ぶ。
「――ぐっ」
<星想潰力魔導>も続けて行うが、男は背から半透明で巨大な札を出現させると、強引に<星想潰力魔導>を解き、左右下腕を振るう。
刹那、左右から殺氣――。
目の前から衝撃波――。
後退――左右の空間からも殺氣。
神槍ガンジスと無名無礼の魔槍を置いて、<魔闘血蛍>を発動し、加速後退――。
神槍ガンジスと無名無礼の魔槍と衝突した圧力、二つの得物は重なった直後に、<握吸>で神槍ガンジスと無名無礼の魔槍を引き寄せるまま、そこの空間が爆ぜていく。更に無数の立方体が重なる光景が一瞬で目の前に――仰け反って避けたが、痛ッ――。
鼻先が消えた。横から魔刃――。
魔刃を神槍ガンジスの螻蛄首で叩くように防ぎ、眼鏡男へと宙空から肉薄――。
無名無礼の魔槍で<魔雷ノ風穿>――。
眼鏡男は、左上腕の手を消し右上腕を分解させつつ無数の魔刃を生み出し、繰り出してくる。左斜め下からの攻撃へ神槍ガンジスの<血刃翔刹穿>――で対処、目の前の無数の魔刃には大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を衝突させていく。
真上の殺氣には右斜め後方に<仙魔・龍水移>して、対処。
俺がいた空間が、巨大な光を帯びた漆黒の奔流に変化し、地面に巨大な穴を造り上げる。
無名無礼の魔槍に<血魔力>を込める。
しかし、指向性兵器エネルギー兵器かよ――。
眼鏡男は、俺を追うように体を動かし、眼鏡の位置を直す。
「今のも避けるとはな」
無名無礼の魔槍を<投擲>――。
<雷飛>――。
無名無礼の魔槍を避けた眼鏡男に、神槍ガンジスの<血刃翔刹穿>の一撃は魔法陣に防がれた。
だが、双月刃は振動し蒸発音を響かせている双月刃は魔法陣を突き抜け、その穂先から無数の血刃が噴出、「ぐぇぁ――」眼鏡男はまともに無数の血刃を喰らって墜落した。
<握吸>で無名無礼の魔槍を引き寄せ掴みながら<仙魔・龍水移>で転移し――墜落中の眼鏡男へと肉薄するまま<龍豪閃>を腹にぶち当てた。
感触を得るまま両断したが、「これが、神殺しの連撃、見事――」と、両断され乱雑に回転中の上半身の男が語りながら転移し、右に出現すると、切断された下半身が、その血塗れの上半身とくっついて瞬時に傷は再生すると、半身の内から魔神系の幻影が出現するまま網目状に魔法陣が拡がりながらこちらに飛来。
その網目状の魔法陣を神槍ガンジスの<闇雷・一穿>――。
網目状の魔法陣は貫けないが、押し返すように魔法陣は後退、男はその魔法陣を手元に引き寄せながら三腕に出現させた魔剣で突きを繰り出してくる。
その突きを<風柳・異踏>で横にズラし避けて<双豪閃>。
男は魔法陣を体のあちこちに生み出して、連続的な<双豪閃>の攻撃を防ぎ続け、「まだまだ奥の手があるのは分かる――」
と発言した刹那、斜め上から殺氣。
にわかに<月読>と<龍神・魔力纏>を発動し、<雷炎縮地>――。
殺氣は先程と同じ、巨大な光を帯びた漆黒の奔流の遠距離攻撃。
その巨大な光を帯びた漆黒の奔流の出本は上空のどこか、男の両腕や双眸ではない。
――<隻眼修羅>でも特定できない質だ。
目の前に伸びてきた魔刃を神槍ガンジスの螻蛄首で受ける。
男は、「光魔ルシヴァルは種、名を聞こうか――」
連続的な漆黒の魔刃を至近距離から繰り出してきた。
それを神槍ガンジスと無名無礼の魔槍の柄と穂先ですべて防ぐ。
「シュウヤだ、お前は――」
「コーイル――」
と、転移したコーイル。目の前に鏡のような物を残して、消えた。
否、ルリゼゼたちが戦っている漆黒騎士アガルゼの真上――。
<ブリンク・ステップ>――。
で、そのコーイルに近付く、フリ――。
<仙魔・龍水移>で、アガルゼの背後を取るまま<隻眼修羅>でアガルゼのコアをターゲット、神槍ガンジスで<光穿>を繰り出した。
アガルゼのコアらしき物をぶち抜いて破壊した。アガルゼは吹き飛んでいく。
だが、コーイルが、そのアガルゼを右下腕の手の近くに引き寄せた。
更に、宙空の彼方から漆黒の札箱の残骸が点滅し再出現。
砕けたはずの札の破片が、宙空で集合し、新たな魔印を編んで、アガルゼの上空に展開する。
コーイルの嘲笑が、空間に滲んだ。
「縫合術は所詮、表層の留め金。本命は、これだ」
半透明な男の姿が、わずかに濃く浮かび上がる。
「頃合いだ――」
《氷竜列》――。
コーイルは左上腕を振るうと、《氷竜列》の出本に干渉したように、氷が無数に生まれでて、魔法が失敗した<水の即仗>にでも干渉したのか。
コーイルは、ヴィーネたちの遠距離攻撃を右に旋回しながら避け体から魔線と札を放出させ、アガルゼと融合させる。そして、
「――二千年だ。ゼン様の蔵で眠らせた封印呪術がシクルゼ族を滅ぼした夜に拾い集めた『素材』共と混ざり合い、ようやく至高の芳香を放ち始めた。同族の骸に、その一族を屠った者の怨念を詰め込み、二千年の時をかけて腐敗し、熟成させる……。職人冥利に尽きる、最高の悪趣味だと思わないか?」
「ぬかせ――」
キスマリが<バーヴァイの魔刃>を飛ばすが、男は軽やかな機動で避ける。
「さぁ、アガルゼ・コル、第二の貌を見せろ。二千年分の怨み、晴らしてやれ」
アガルゼの兜の前面が、内から押し上げられて裂けた。
四つの瞳が、八つに増える。八の腕が、背が膨れ肩の縫合線からも分裂して十二に増えていた。
胸から喉から、複数の声が、重なって漏れた。
『コロセ……シクルゼノ血ヲ……アヤツラハ我ラヲ……バイオミガ……アノ陣デ……コロセ……コロセ……』
二千年前の三衝軍の兵士たちの声。
「バイオミ……あの時の皆なのか!?」
「ん、シュウヤ、皆の想い……熱い。この人たちの涙、とっても、切ない味がする」
エヴァは伏し目がちに呟きながらも、白皇鋼の刃を冷徹なまでの精度で操り、コーイルの防御網を一点ずつ確実に削り取っていく。
「バイオミの、あぁ! 連鎖破壊陣で道連れにされた、亡霊たちなの!?」
ルリゼゼの言葉が響くと八腕八眼アガルゼ・コルが地を蹴った。
アガルゼには狂氣の熱がある。怨念の熱。
ルリゼゼを守るように前に出た。キスマリとユイとヴィーネも前進。
漆黒の大薙刀、漆黒刃、漆黒刃、漆黒刃が、それぞれが異なる軌道で迫った。
「――」
神槍ガンジスと無名無礼の魔槍で二本を受ける。
――重い。縫合術で動いていた時の冷たい重さではない。
キスマリが四魔剣で迎え撃つが、相手は八腕、こちらは四腕。
数の劣勢を旋回で補おうとした瞬間、漆黒刃の一閃がキスマリの肩を浅く切り裂いた。
ルリゼゼの一撃が、アガルゼに決まるが、「ぬぐぉ!」と反撃の連続攻撃を受けて防ぐが、皆の攻撃を浴びてもアガルゼの勢いは止まらない。
「ぐはっ」
ルリゼゼは吹き飛ぶ。
「チッ……」
ヴィーネの光線の矢が、アガルゼに突き刺さるが、傷から漆黒の怨念がこぼれ落ち、即座に塞がる。ユイの<銀靱・壱>も、表層を焼くだけで核心に届かない。
「これは、魂魄複合体です! 物理では削り切れません!」
ヴィーネが叫んだ。
<鎖の因子>から<鎖>を伸ばし、まだ感覚のまま、スキル化していない織神の縫合の法と神座の理を流し込もうとしただが――。
<鎖>がアガルゼ・コルの体に絡んだ瞬間、逆流が起きた。
「ぐぅっ――」
二千年の怨念のような魔力の噴流が<鎖>を逆走し、俺の腕に絡みつこうとする。
<血道第一・開門>で押し返す。
<鎖>を即座に引き戻したが、左腕に、鈍い痺れが残った。
「理解したか、神殺し」
コーイルの嘲笑が響く。
「単一の縫合では、複合怨念は解けぬ。お前の織神由来の理だけでは、足りぬのよ。魔界騎士バイアンの指と<業魔鬼>が利いている」
……足りない、か。
すると、引っ張られる感覚? ルリゼゼか?
倒れていたルリゼゼが、立ち上がった。
「主、退かれよ……」
頭部の傷はまだ塞がりきっていない。
四つの瞳のうち、上二眼から、血の混じった涙が流れている。
左上腕は折れたまま。曲剣は、左下の腕で握っている。
「ルリゼゼ、無理だ。今のお前じゃ――」
「主」
ルリゼゼの四つの瞳のすべてが燃えていた。
アガルゼと高みの見物の男を睨む。
高みの男に<鎖の因子>から<鎖>を射出したが、避けられた。
ルリゼゼは、
「我が父アガルゼの体に巣食う、我が祖父バイオミと、我が伯父バミアミの怨念。我が一族を滅ぼした側の魂も……我が父の体に封じられているのか……これは赦してはならぬ!」
ルリゼゼの全身に、赤い稲妻が走った。
<血雷靭・鳴神>――。
だが、いつもと違う。雷の色が、紅蓮ではない。
更に古い原初の紅か?
「主、我は今、聞いている。祖の声を」
ルリゼゼが双頭の魔蛇槍を右腕で、曲剣を左下腕で構えた。
砕かれた左腕を無残に垂らしながらも、ルリゼゼの眼眸には絶望ではなく、苛烈な闘志が宿っていた。その指先からこぼれ落ちる銀緑の光粒に応えるように内にある「神座」が激しく脈動し、彼女の信仰の回路を逆流して流れ込んでいく。理の奔流が、折れた骨すらも神性の糧に変えていく。
……神座が、流れていく?
ルリゼゼの信仰経路を逆流して、降りていく。
神律の適格者の理が、眷属の信仰の中に、降りていく。
「ご主人様、これは……!」
ヴィーネが息を呑む。
ルリゼゼの体から二柱の幻影、弓を引く戦神、否、魔神か。
古の神威を発した幻影、紅蓮の雷をその身に纏い、四つの腕で大氣を軋ませながら魔弓を引き絞る神の威容。
「――鳴神ハヴォス」
ルリゼゼの言葉が響くと次に立ち上がったのは四腕四眼の剣神の幻影。
銀緑の閃光を四つの剣身に纏い、四腕がそれぞれ異なる軌道で残像を残している。
「――祖、バイオミに、鳴神シクルゼ」
ルリゼゼの四つの瞳から、涙が一筋ずつ流れた。
「父祖の神々よ。二千年の忘却を経て、なお還られたか」
二柱の鳴神はルリゼゼに応えず、アガルゼ・コルを凝視。
怨念を見据えていたような鳴神ハヴォスが、紅蓮の魔弓を引き絞った。
鳴神シクルゼが、四腕で銀緑の四剣を構えた。
ルリゼゼも、同時に動く。
双頭の魔蛇槍を構え、曲剣を握り、折れた左上腕は、銀緑の光に包まれ――一瞬で再生した。 鳴神シクルゼの加護か。
「主、我は、行く」
「あぁ、行ってこい」
神槍ガンジスを構えながら、神座から流れていく理を止めなかった。
むしろ、押し出した。
眷属の信仰経路を経由し、神律の理が二柱の鳴神に流れ込んでいく
「……バカな」
コーイルの声が、初めて、平静を失った。
「神格落ちした神々が何故、顕現する……!? しかも、二柱同時に……!?」
前を見たまま、低く呟いた。
「あんたが寝かせた二千年の怨念にも、利息が付いたか? 祖神たちが、二千年待った分の利息を、今、取りに来たんだろう」
鳴神ハヴォスが、紅蓮の魔矢を放った。
原初の雷が、空間そのものを切り裂きながらアガルゼ・コルの胸を貫いた。
ただし――体ではなく、怨念の核心を。
胸の奥で、何かが砕けた。
二千年熟成された呪詛の中心、魔界騎士バイアンの断片が紅蓮の雷に焼かれて霧散していく。
同時に鳴神シクルゼが、ルリゼゼと重なるまま、「<魔鳴・破雷落刀>」銀緑の四剣で、アガルゼ・コルの八腕八眼の怨念体を、四方から同時に切り裂いた。
四腕シクルゼ流の最終形か……。
二千年前に滅ぼされた一族の祖神が、その血脈の末娘の中から立ち上がって振るう原初の剣捌き。 切り裂かれた断面から、亡霊たちが解放されていく。
吹き飛んだアガルゼは体勢を直し、己の体から放出されていく亡霊を追い掛け、ルリゼゼに攻撃をしかけるが、ルリゼゼには当たらない。
亡霊は他の魔族たちも混じっている。
「魔公爵ゼンの軍隊、三衝軍の魔族兵たちでしょうか」
「あぁ、そういうことか……」
解放された亡霊たちは、もはや俺たちを襲う牙を持たなかった。
彼らから漏れ出したのは、悲鳴ではなく、深い安堵の吐息。
『……ようやく、終わるのだな……』
『母さんの待つ、あの森へ還りたい……』
二千年の間、ゼンとコーイルに使い潰され、摩り切れた魂たちが、光の粒子となって空へと溶けていく。
ルリゼゼが、その光景を、四つの瞳で見据えながら、双頭の魔蛇槍と曲剣を振るった。
「――我が一族を滅ぼした者たちよ。今宵、祖神の名のもとに、汝らもまた、還れ」
血の涙を流しているルリゼゼ、もはや個人の技ではなかった。
鳴神ハヴォスの理と、鳴神シクルゼの理と、俺の神座が彼女の四腕を通じて同時に流れていた。
アガルゼは悲鳴をあげるように、ルリゼゼの剣撃を受けていく。
無名無礼の魔槍に<血魔力>を込め――。
上空から魔法陣をこちらに送り続けて、干渉しようとしている男に<投擲>。
無名無礼の魔槍は直進したが、男は右に転移し避けた。そこにユイとヴィーネたちの遠距離攻撃が向かう。
その刹那、アガルゼに追撃――。
右手に霊槍ハヴィスを召喚、<血魔力>を込める。
緋色・蒼白・金緑・紅蓮・銀緑の五色が同時に灯った。
「<霊穿・籟戈>――」
その呟きと共に、世界の喧騒が瞬時に凍りついた。
霊槍ハヴィスの穂先は因果を越え、概念上の『一突き』へと昇華される。巻き起こる神風が呪詛を吹き飛ばし、放たれた一条の白光戈が、アガルゼ・コルに巣食う怨念の芯を、慈悲をもって貫いた。
空が静まるままアガルゼ・コルの体がゆっくりと地に落ちていく。
八腕八眼の異形は解けていた。
四腕四眼の、ただの――父の姿に、戻っていた。否、体はもう死んでいるだろう。
魂だけの幻影が、その場に立っていた。
二柱の鳴神は、その背後に、静かに控えている。
役目の終わりを、待っているように。ルリゼゼが走った。
四腕で父の幻影を抱きしめようとした。
幻影に四つの腕がすり抜けていく。だが、ルリゼゼは構わず抱きしめた。
「父さん……父さん……父さん……」
四つの瞳から、涙が、止まらない。
アガルゼの幻影が、四つの腕で、ゆっくりと、娘を抱き返した。
幻影の手はルリゼゼをすり抜けた。だが、その動作は確かに、父のものだった。
「ルリゼゼ……」
アガルゼの声は、ようやく、彼自身の声に戻っていた。
「ルリゼゼ……。父さんはな、ずっとお前と共にあったのだ。あの森を追われ、お前が邪界の闇を独り彷徨っていた時も……。父さんは、お前のすぐ隣にある『記憶の森』から、ずっとその背中を見守っていたのだよ」
「父、さん……」
「お前は、最強の代。シクルゼ族最強の女子。予言通りに、生き残った。父さんと、爺さんの誇りだ」
「最強の……代……」
ルリゼゼが、震える声で復唱した。
アガルゼが腰から族長の腕輪を外す。
体は無いが、腕輪だけは物理的に、彼女の手に渡った。
ルリゼゼは両手を震わせ、
「うぁぁ、シグルゼ族……の……」
「ふっ、父と同じだな……ルリゼゼ、お前にシクルゼ族族長の腕輪を託す。アガルゼから、ルリゼゼへ。最強の代へ」
ルリゼゼは、それを、四腕の真ん中で、握りしめた。
アガルゼが視線を上げて俺たちを見てくる。
「シュウヤ・カガリ殿」
「はい」
「我が娘を……」
「はい、分かっています」
「……うむ」
くしくも、織神の最後の言葉と、まったく同じ構造か。
父から娘を託される、二度目の誓い。
神座が、また、一段、重くなった。
アガルゼの魂が、薄れ始めた。
二柱の鳴神が、ゆっくりと、彼の魂を、左右から包み込む。
「ルリゼゼ。我は、これから、爺さんと一緒に、森に行く。お前は、お前の道を、行け」
「父さん……四眼ルリゼゼは、シュウヤと一緒に、道を行く」
幼少期の口上の最後の形。
父との、最終的な約束。アガルゼが、四つの瞳で、笑った。
二千年ぶりの、本物の笑み。
「よく、言った……」
そして――アガルゼの魂と、鳴神ハヴォス・鳴神シクルゼの幻影が共に、空へ還っていった。
最後の瞬間、二柱の祖神は俺とルリゼゼにわずかに頭を下げた。
二千年の忘却から、束の間、引き戻された礼。
空に金緑の細い縫い目が一筋走った。
それは『還』の理が、この世界に、刻まれた徴に見えた。
「……ご主人様」
ヴィーネが、囁くように告げた。
「驚きだ。依代となり得るということか!」
男も驚いている。
キスマリが、四魔剣を握ったまま、低く呟いた。
「『繋』に対して『脱』。そして、その先に――『還』があったとは……神魔山シャドクシャリーの祖の血脈を背負って生きてきた我にも、この理は、初見だ!」
神槍ガンジスを構え直しながら、
「祖神を還す。光魔ルシヴァルの<血魔力>と神格の影響だろう」
その直後、空がわずかに震え、
――※エクストラスキル多重連鎖確認※
――※<光の授印>および<ルシヴァルの紋章樹>の派生条件充足※
――※エクストラスキル<神律の還顕>を獲得しました※
脳裏に、理が定着する無機質な響きが渡る。
すると、空に刻まれた金緑の縫い目が、俺の新たな法として魂に刻印された。
戦場を支配していた怨念の残滓が、その威光に平伏するように静まり返る。
「……まさかだ……」
コーイルの声が、震えていた。
「神格落ちの神々を二柱、顕現させ、しかも、我の二千年熟成した呪詛が、ものの数秒で、解けたのか……』
ゆっくりと、空を見上げた。
男は無数の魔法陣を盾にし、ヴィーネの光線の矢を防ぎ続けている。
霊槍ハヴィスを魔槍杖バルドークに変化させる。
近くにいた相棒と頷き合ってから、
「コーイル、あんたの最高傑作は、ぶっ壊した。今度はあんた本人だ」
コーイルが、後ずさった。
無造作の<紅蓮嵐穿>――。
秘奥が宿る魔槍杖バルドークごと次元速度で直進――。
――魔槍杖バルドークから魑魅魍魎の魔力嵐が吹き荒れる。
体から出た龍の形の<血魔力>も魔力嵐と混じり加速。
魔槍杖バルドークと俺は、コーイルの体を突き抜けながら直進。
後方からやや遅れて爆発音が響きまくるのを感じながら振り返った。
だが、コーイルは失った左腕を押さえる素振りをしながら相棒の触手骨剣を魔法陣で包むように防ぎながら後転し鏡のようなモノを連続的に召喚――。
させるか<仙魔・龍水移>――。
転移し、コーイルの体を貫いた相棒の金色の骨剣を見ながら魔槍杖バルドークの<血龍仙閃>でコーイルの首を捉えた、かと思われたが、空間が硝子が砕けるような音と共に歪んだ。
全身を押し潰すような次元の圧力が走り――瞬きする間に視界は戦場から見知らぬ荒涼とした岩場へと切り替わっていた。数メートル先、岩壁に叩きつけられたコーイルが半ば切断された首を押さえながら、どす黒い血を吐き出して喘いでいる。
その体には相棒の金色の粒子を纏う骨剣も突き刺さって、「にゃご?」と相棒も周囲を見ている。コーイルの転移で巻きこまれたか――。
『ご主人様!?』
『どこ!』
『『主!』』
皆の血文字が浮かぶ。
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