二千百九十話 ボベルファの咆哮と、涙する四腕の魔法少女
霊槍ハヴィスから放たれた<霊穿・籟戈>の一条の白光戈が、厖婦闇眼ドミエルの深淵を浄化するように貫いた余韻が、大平原コバトトアルの淀んだ大氣を震わせ続け、波紋をあちこちに生み出していく。
光の波紋は、単なる物理的な衝撃に留まらない。
主を失った眼球型の魔族や漆黒の騎士たちが、狂瀾したように此方側に迫るが、皆の遠距離攻撃を受けて倒れていく。
更に、主を失った故の理の変転に耐えきれず、塵となって崩れ落ちていく魔族もいた。
すると、〝魔神殺しの蒼き連柱〟が新たに発生した。
今回、新たな神格の兆しはなかった。
だが、胸の奥で静かに脈動する神座:神律の適格者の理が、周囲の魔素を当然のように支配下に置いているのを感じる。
下級神の枠組みに収まりつつも、その本質はより高次な法へと手を伸ばしているのかもしれない。
まだ生きて反撃してきた厖婦闇眼ドミエル側の眷族たちの一部は狂瀾の度合いが増えていく。
厖婦闇眼ドミエルの神格の崩壊の影響は多大だ。
極度の非平衡状態が生み出した魔力の奔流が、戦場という混沌に新たな秩序を強制的に立ち上げていく。
ゼメタスとアドモスが対峙する四眼四腕の強者や、狂瀾するドミエルの眷族軍と交戦する皆の動きを見ながら、<滔天内丹術>を意識し発動させ、回復を促す――。
ドミエルの巨躯が光に呑まれ消滅したクレーターの底に、いくつか異質な残滓が転がっていた。
<雷飛>を使用――。
周囲の魔族が逃げ惑う中、その場所へと降り立つ。
焦げた大地の中心に残されていたのは、蠢く眼球が石化したような不気味な宝玉と、闇眼ドレスの切れ端と思われる漆黒の繊維、そして女の顔の幻影が苦悶の表情のまま封じ込められた歪な核だった。
「ご主人様、それは……」
「あぁ、ドミエルの残滓。光属性耐性――俺の光の<血魔力>を掠め取り、波長を狂わせて減衰させた力の一部、欠片かな」
「呪いがありそうです」
レベッカたちも着地し、
「シュウヤ、お宝?」
「シュウヤ様、鑑定しますか」
「でも、ハルちゃんは興味がなさげね」
皆の言葉に頷き、一応〝無魔の手袋〟を取り出してから
「お宝かもだ、ラムー鑑定を頼む」
「はい」
とラムーは霊魔宝箱鑑定杖を傾け、魔力を注ぐ。
霊槍ハヴィスの灰色の水晶が光り、魔力がそこから照射され、眼球宝玉と漆黒の繊維が煌めく。
ラムーは霊魔宝箱鑑定杖を下げてから、頷いて、
「眼球宝玉は、神話級、〝厖婦ノ深闇眼〟です。総長が看破された通り、光の波長を粒子レベルで散乱させ、その威力を無に帰す理が封じられています。ですが……その奥底には、消滅したドミエルの呪詛が、黒い澱みとなって渦巻いています。今の私の力、光魔ルシヴァルの<血魔力>でも、表面の怨嗟を剥ぐのが精一杯でしょう。光属性、闇属性、その妙だからこそ可能な浄化ですが、それでも危ない。不用意に触れれば、魂の核まで侵食されかねない危険な代物です」
「神格持ちだから当然だと思うけど、光と闇の私たちの<血魔力>でも、無理なのね」
レベッカが竜杖を握り直し、不安げに宝玉を見つめる。
「はい。光魔。光と闇の属性の一見は最強にも見える万能さでもありますが、内実は、一長一短もある。相性はなんにでもありますから。反比例する光と闇の属性も、普遍性だけではないモノがある。ですので、ここでの完全な浄化は不可能です」
ラムーのきっぱりとした言葉に頷く――。
〝無魔の手袋〟を嵌めた手で、慎重に『厖婦ノ深闇眼』を見下ろした。手袋越しにも、冷徹な悪意がチリチリと肌を焼く感覚がある。
「漆黒の繊維は『眼界ノ冥糸』。神意力を帯びた自己修復繊維ですが、こちらもドミエルの魔力がこびり付いています。そして幻影の核は『悲嘆ノ魂核』。これらもすべて、今は厳重に封印して回収しておくべきでしょう」
「ハルちゃんは興味なしのようだし、危険度は高そう」
確かに、相棒のハルホンクはいつもの「ングゥゥィィ」という咆哮すら上げず、ただ魔竜王の蒼眼を眼窩に灯して、静かに顎を噛み合わせている。金属の擦れる冷たい音と共に、『ピカピカ、ダ、ゾォイ』という無機質な、だが確かな意思を感じさせる呟きの音と振動が右肩から伝わってきた。
エヴァたちが、その肩の竜頭装甲の挙動に、クスッとしてから、
「ん、シュウヤが回収しとく?」
頷いて、
「〝無魔の手袋〟があるからな。あ、エヴァが回収したい、いいぞ」
「ん、挑戦する!」
エヴァが指先を動かすと、白皇鋼が幾重にも重なり合い、残滓を閉じ込める臨時の棺を形作った。
「ん、やった。直に触れなければ、この理でも抑え込める」
「うん、ナイス~。でも、こういうアイテムって、クナか、パブラマンティ教授の施設とか、砂城タータイムの【鍛冶所】、【星核の炉】でザガ&ボンならいけちゃうかも?」
「そうかもですが、確実なのは【メリアディの命魔逆塔】のあそこでしょう」
「「「あぁ」」」
「「なるほど~」」
と、皆の思い出したように納得した声がハモった。
同時に指輪が少し振動した。
風の女精霊ナイアは、今もシュレゴス・ロードたちと連動して、砂城タータイムの周囲で戦っている。
エヴァはアイテムポーチにしまった。
俺も、他の〝厖婦ノ深闇眼〟類を丸ごとアイテムボックスへと格納した。
と、巨大な火球と雷撃が飛来した。
「ん――」
「――ご主人様」
エヴァとヴィーネの白皇鋼と光線の矢が、火球と雷撃を寄越した頭部が二つある四腕魔族の魔術師を屠る。
そのままヴィーネが翡翠の蛇弓を構え、背後を警戒。
大平原にはまだ別の層の戦いが残されている。
俺たちの右翼――闇神リヴォグラフ、十層地獄の王トトグディウス、そして魔毒の女神ミセアと淫魔の王女ディペリルが入り乱れる激戦区だ。
ボーフーンとドミエルの死という決定的な事象が戦局を揺るがす中――。
同盟を結んだ二柱の女神が極悪な連携を示す。
主に、闇神リヴォグラフと十層地獄の王トトグディウスの部隊への攻撃が多い。
ミセアが宙空に咲かせた暗緑色の毒薔薇。
その花弁が震えるたび、目に見えぬ死の波動が戦場を蹂躙する。
呼応するようにディペリルが放つのは甘美な絶望を誘う薄桃色の淫夢。二つの極悪な「理」が混ざり合い、魔族たちの強固な鎧は内から腐食し、魔力障壁は脆くも瓦解していく。
それは、生への執着を奪い、恍惚の中で死を迎えさせる残酷な女神の饗宴だった。
そこに淫夢の魔力、瘴氣のような桃、赤、漆黒、薄い銀の魔力が多彩に混じりながら広がっていく。
すると、鹿頭の魔族は同じ鹿頭の魔族兵士と衝突を始めた。
続いて、眼球型の魔族たちも同じ部隊同士で戦い始める。
漆黒の炎を纏う六眼六腕の魔族たち、<血魔力>を扱う二眼四腕の魔族たちも同様だった。
一部のカメレオンの頭部を持つ魔術師たちは魔法防御陣を構築して防いでいる。
他にも、物理と精神、二重のデバフを受けたトトグディウスの双頭竜部隊やリヴォグラフの重装歩兵たちが、武器を取り落とし、恍惚とした表情を浮かべたまま自らの体が崩壊していくのを受け入れていた。
敵勢力の一部の精神層を破壊し、致命的に瓦解が生まれていた。
「……肉体と精神の完全な破壊。これが女神たちの本氣……」
キサラがダモアヌンの魔槍を握り締めながら、畏怖の念を漏らす。
その横で、ヴィーネが銀の仮面の下の瞳を細め、翡翠の蛇弓を構え直した。
「はい、ですが、ご主人様。あの混沌の中で、まったく影響を受けていない異質な軍勢がいます」
ヴィーネの視線の先――。
女神たちが構築した重層的な死の領域。そこを、あざ笑うかのように踏み越えてくる軍勢があった。一糸乱れぬ歩調、黒鋼の装甲。彼らの足下からは、熱量すらも凍りつかせるような虚無の魔力が立ち上っている。アスタロトの軍勢――彼らは毒を呼吸し、淫夢を糧とするかのように、無機質な殺意を携えて前進してくる。
先陣を切るのは、先ほど俺と刃を交え、放浪の魔界騎士ヒュネロへと吶喊していった魔獣将グレンデルが率いる本隊の一部か。
「……闇神アスタロトの軍勢ですね。以前、ミセア様から忠告を受けました。『アスタロトの動きには注意するように』と。あの軍勢……命の波長が他の魔族とは異なります」
ヴィーネの言葉に<隻眼修羅>と<闇透纏視>を強く意識。
視力、厳密には異なるが、魔力解析の解像度を極限まで引き上げてから、その黒鋼の軍団を凝視した。
――確かに異質だ。
彼らの周囲だけ、魔界の理が異なる法則で結ばれているかのように、光や魔法のエネルギーが到達する前に奇妙な減衰を見せている。
ミセアの毒もディペリルの魔力も、彼らの装甲に触れる直前で散乱し、無害な残響へと変質しているようだった。
「あぁ、ただの防御障壁ではない。攻撃の魔力そのものを擦れ違いざまに掠め取り、波長を狂わせている。ドミエルが使っていた光属性への耐性と同質の……否、それ以上に洗練された理か」
魔槍杖バルドークを短く持ち直し黒鋼の軍団を見据えた。
右翼から、まだ、こちらへ向かってくる氣配はないが、あの不気味な減衰領域を放置するのは危険か。
「ヴィーネ、エヴァ。あの軍勢がこれ以上近づくようなら、距離を取って対応する。光の矢を撃ち込むなら、位相を極限まで揃えた一点突破か、あるいは属性を混ぜて散乱させない工夫が必要になる」
「はい、承知いたしました。<ヘグポリネの紫電幕>で魔法の干渉を防ぎつつ、いつでも迎撃できるようにしておきます」
「ん、私も白皇鋼に魔力、神意力の感覚はまだあまりないけど、思いっきり念を込めて、弾かれないようにする」
「おう、もしこちらによって来たら、最初は、俺が試すとしよう。皆は、このまま、この周囲の戦力を維持。左下のゼメタスとアドモスが戦っている強者たちの余波、そして、鬼魔人たちと魔導要塞陣地の守り、惑星スラウテルに続く傷場を守っておいてくれ」
「「はい」」
「ん、分かった」
ミセアとディペリルが展開する毒と淫夢の重層領域。
その死の領域を平然と踏み越えてくる闇神アスタロトの黒鋼の軍団から無数の漆黒の魔弾が放たれた。魔弾が重層領域に干渉したように突き抜けていた。ミセアとディペリルの包囲網は突破される。
黒鋼の魔族は二眼四腕が多い。先頭は魔獣に乗っていた。
このままだと、鬼魔人と仙妖魔の軍とぶつかる。
「あの小部隊は偵察だと思うが、寄ってきた。試してくる。後続と、他の諸侯、神々の部隊が寄ってきたら対応してくれ」
「「はい」」
「了解」
「ん」
右手の魔槍杖バルドークを短く握り、<武行氣>――。
低空を飛翔しながら、黒鋼の魔族に近付く。魔獣は口から漆黒の炎を吐いてくる。
それを見ながら横に跳び漆黒の炎を避けると、乗り手の黒鋼の魔族たちが、魔剣や魔槍から魔弾を射出してくる。
その魔弾を<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>で防ぎ、<魔闘術の仙極>と<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を再発動させ、黒鋼の魔族と魔獣に近付いた。
魔族は魔剣を突き出すが遅い、<魔雷ノ風穿>を放つ。
紅き雷光が魔剣を弾き、先陣の黒鋼の盾に衝突した瞬間――。
――バチィッ!
衝突の瞬間、耳障りな破裂音が鼓膜を叩く。
放った雷光は、まるで見えない膜に絡め取られたかのようにその輝きを失い、赤く濁った残響へと変質して霧散した。
正面から防ぐのではない。攻撃のエネルギーを掠め取り、その本質を散乱させて無力化する理。ドミエルの見せた対光耐性を、より軍団規模で洗練させた絶望の防壁か。
だが、絶対的なモノではない――。
黒鋼の魔族の四眼が煌めくと、
「お前が光魔の!」
「ゴァァァ」
魔獣が咆哮を上げ、黒鋼の魔族を乗せて加速前進
乗り手の黒鋼は魔剣を突き出してくる。
魔剣を神槍ガンジスで弾き、即座に魔槍杖バルドークで<魔雷ノ風穿>。盾で防ぐ黒鋼の魔族の頭部を狙うように神槍ガンジスで<魔皇・無閃>――それも魔盾で防がれた直後、魔槍杖バルドークの<血龍仙閃>が黒鋼の魔族の右肩を捉え、右胸を一氣に抉るように斬り裂いて吹き飛ばす。魔獣は前のめりに地面と激突して動かなくなった。
次の黒鋼の魔族たちが何かを叫び、俺に向かってくる。
すると、背後に着地したヴィーネが、
「――ご主人様。視認しました。散乱する暇を与えないほどの極小の束か、絶対的な質量で押し切るしかありません――」
ヴィーネが翡翠の蛇弓を引き絞る。
<光魔銀蝶・武雷血>の雷状の血が弓弦に極限まで収束していくのが見えた。今までとは少し異なる太い光線の矢が形成された。
位相が完全に揃ったコヒーレントな光の矢か。
「ん、私も合わせる」
エヴァが紫の<霊血導超念力>を爆発させ、無数の白皇鋼を一本の極太の螺旋槍へと圧縮する。
「いけッ!」
ヴィーネの放った太い光線の矢が、空氣を焼く音すら残さず直進する。位相の揃った太い光は黒鋼の散乱障壁の干渉を許さず貫通し、先陣の装甲を内側から爆砕した。
「ギガァァッ!?」
間髪入れず、エヴァの白皇鋼が紫の神氣を纏った質量兵器となって、障壁ごと敵兵をすり潰す。
「俺も続く――」
<雷飛>で空間を蹴り、一氣に間合いを詰める。
散乱障壁が機能するより速く、神槍ガンジスに神座の理を乗せ、<霊穿・籟戈>の余韻を纏った<光穿>を放つ。
圧倒的な極高エネルギーの白光戈がエネルギーを奪われる前に黒鋼の軍団を根こそぎ消し飛ばした。
その規格外の破壊の余波に、こちら側に軍の一部を差し向けていたアスタロトの軍勢の本隊は、一時的に足を止めた。
統制を保ちながら後退していく。
右翼のミセアとディペリルも、こちらの異常な殲滅力に牽制されたのか、結界を張り直して膠着状態へと移行した。
大戦場に、奇妙な空白地帯が生まれる。
だが、余白は一瞬、赤黒い閃光と咆哮の刹那、地形が変化。
新しい陣地が形成され、魔族と魔族の激突があちこちで発生。
右翼で睨み合っていた闇神アスタロトの黒鋼軍団、十層地獄の王の部隊が激突していく。更に、闇神リヴォグラフ側と推測できる【闇神異形軍】の【闇神母衣衆】や【異形のヴォッファン】と似た戦闘服を着た連中も見えた。
魔界騎士のリーダー格が、「光魔だ、こちらに近づけさせるな! 捨て駒を当たらせろ!!」と、叫ぶと、一部の部隊が割かれ、こちらに相対してくる魑魅魍魎の部隊が増えた。
そして、宙空を含めて地面から生まれてくる闇神の眷族兵が、こちらの隙を突くように、無数の漆黒の魔力弾と雷槍の雨を繰り出してきた。
無数の飛び道具が、上空から降り注いできた。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を用意するが、相棒に、大厖魔街異獣ボベルファ、魔皇獣咆ケーゼンベルス、魔裁縫の女神アメンディ様は大きいし、さすがにすべては守り切れないから皆を信じるしかない。
「にゃごぉぉッ!」
傍らにいた相棒が前へと躍り出た。
黒豹の姿から巨大な神獣ロロディーヌへと背から噴き出した触手は孔雀の飾り羽のように扇状に広がる。
先端の鋭利な骨剣が皆の神意力を得ているように反射して輝く。
俺の神座と共鳴し、その四肢と触手からは、すべてを焼き尽くす神聖な『橙色の炎』が陽炎となって大氣を焦がしていた。
その先端には鋭利な骨剣が形成され、俺の神座と共鳴したことで得た神聖な『橙色の炎』が煌々と燃え盛っている。
意思を持つように乱舞する触手骨剣が、飛来する漆黒の槍や魔力弾を遠距離から次々と叩き斬り、橙の業火で爆砕していく。
「ん、ロロちゃん、私も合わせる――」
「エヴァ、相棒、俺も補佐しよう――」
「ん、シュウヤ、一緒――」
嬉しそうなエヴァが魔導車椅子からふわりと浮かび上がり、両手を翳した。
彼女の紫の瞳が強く輝くと同時に、俺とハルホンクが展開していた<神獣焰ノ髭包摂>の余韻が、エヴァの黒髪をふわりと舞い上がらせる。
神座(理)を獲得した俺の熱量が、血の繋がりを通じて眷族である彼女たちにも分配され、確かに共鳴している証拠か。
心が熱くなる。
エヴァが放つ紫の<霊血導超念力>と、相棒が纏う橙の神炎。
二つの色が宙空で螺旋を描き、美しくも苛烈な光景を創り出す。無数の白皇鋼が、神獣の触手骨剣と一糸乱れぬ連携を見せ、紫橙の二色に輝く魔力の防壁を構築した。
それは、俺たちの絆が具現化したかのような、絶対的な拒絶の壁だ。
「いけッ」
「にゃごぉ~」
エヴァの指揮と相棒の咆哮が重なる。
紫と橙の光を纏った触手群と白皇鋼が、巨大な一つのうねりとなって敵の弾幕を完全に呑み込んだ。
相棒の紅蓮の炎を加わって、遠距離魔術の応酬を力でねじ伏せる。
そのまま反撃の巨大な光条となって、遠方で陣形を組んでいた敵の砲兵部隊を跡形もなく粉砕した。
「ん、やった!」
「見事!」
俺の槍がなくとも、眷族たちが確実に神の領域へと足を踏み入れつつある。
そこでゼメタスとアドモスが戦っている場所、俺たちの左斜め後方を凝視――。
「『ヌゥ、この骨王ども、しぶといな!』」
漆黒の魔将が闇を纏った魔剣を振るう。
ゼメタスがヒョードルの手綱を捌き、大盾でその一撃を受け流すが、魔将は衝突の反動すら利用して宙を滑るように後退した。
奴は、俺たち、相棒の放つ神氣を敏感に感じ取っている。
深追いはせず、常にこちらの死角や距離を読み、俺が動こうとすれば即座にゼメタスたちの隙を突いて不意打ちを仕掛けるという、極めて臨機応変な戦術を取っていた。
「ゼメタス、アドモス! そのまま抑えておきなさい!」
キサラだ。
凛とした声と共に、戦場を白銀の突風が駆け抜けた。
彼女の背から展開されていた白銀の<血魔力>の翼が、内側から溢れ出す黒魔女教団の深遠なる闇と混ざり合い、激しく変容を始める。
翼の縁には、黒い霧のような粒子が幾何学的な紋様を描き、ルシヴァルの紋章樹を思わせる繊細な脈動が刻まれていく。
それはもはや単なる飛翔の翼ではなく、魔界の理そのものを切り裂く『魔女の刃』へと進化を遂げていた。
「『光魔の増援か! だが当たらぬ!』」
魔将が闇に溶けるように転移機動を見せるが、
「逃がさない。<速連射>――」
ヴィーネが翡翠の蛇弓を引き絞り、位相を揃えた光線の矢を次々と放った。
魔将の回避先を先読みした精密な弾幕が、奴の退路をミリ単位で削り取っていく。
俺も<鎖の因子>から<鎖>を射出したが、<鎖>は宙空に現れた魔法陣に吸収されて消えていくから直ぐに消した。
あの将軍クラス以外にも強者がいるのか――。
すると、<鎖>が消えたところから、半透明な短剣のようなモノが飛来――刹那、背後に殺氣――。
腰を左に回転させ、<風柳・背環受け>――背と左腕を、前に伸ばし、神槍ガンジスの柄で背後の攻撃を防いだ。
金属音が響く。
「チッ、やはり隙はないわねェ……」
影に潜む女の、粘りつくような魔声。
魔剣を伸ばす仕草を見せた瞬間、その姿は陽炎のように消え去った。
直後、飛来した半透明の刃を神槍の柄で弾き飛ばす。上空、ゆらりと現れた女が「ふふ」と嘲笑を浮かべ、再び虚空へと溶けていく。……神意力すら欺く隠密の理か。油断は死に直結するな
「シュウヤは、そこにいてね、ちょいゼメタスとアドモスのところに、加勢してくるから――」
「あぁ」
ユイが白銀の残像となって、ゼメタスとアドモスの側面に回る。
ヴィーネとキサラも連動中。レベッカとエヴァは、ミセアとディペリルの勢力側から漏れてくる敵対魔族たちへと攻撃中。
左を向き直し、ユイを凝視。
神鬼・霊風の一閃が放たれる。魔将は咄嗟に身を捻って致命傷を避けるが、その回避運動によって完全な『隙』が生まれたように見えた。
キサラがその瞬間を逃すはずがない。
ダモアヌンの魔槍の強烈な<魔皇・薙刀血閃>の薙ぎ払いが決まったかに見えたが、切断された魔将の体は霧になって消えて、ゼメタスとアドモスの背後に霧状の、その魔将が現れて、魔剣の攻撃がゼメタスとアドモスの骨盾と衝突していた。
俺がそこに移動しようと数歩出たら、途端に、その魔将は距離を取る。まぁ、当然か……。
あの戦いはちょいと時間がかかりそうだ。
皆に任せる立場ってのも、まぁ、戦闘狂の氣質が強すぎか……反省しないと。頼もしい味方を見つめていると、
「ンン、にゃぉ~」
大きい黒豹の相棒が喉を鳴らす。
安全を確認するように周囲を歩き回った。そこに、
「ブペペッペッぺ~……ブペ、ペッペッぺ~……」
大厖魔街異獣ボベルファが動き、独特な咆哮が空氣を震わせた。
見上げれば、その巨躯の背に築かれた赤煉瓦の建物群――鬼魔人と仙妖魔たちが暮らす都市から、「シュウヤ・カガリ陛下に栄光あれぇぇっ!」という割れんばかりの歓声が響き渡っている。
激戦の只中でありながら、彼らの顔には不思議と安堵の色が浮かび、日常の逞しい営みすら感じさせる力強さがあった。
その熱狂の輪から少し外れ、城壁の縁に立つザンクワの姿が見えた。
彼女は歓声に包まれながらも、ふと魔夜の空の彼方――かつて魔界王子ライランの軍勢に蹂躙されたという故郷、リルドバルグのある方角へと、静かで遠い眼差しを向けている。失われた家族への郷愁と、こうして新たな居場所を守り抜いた安堵が交錯しているのだろうか。
「ん、ミトンちゃん、来てる」
エヴァの言葉通り、銀色のブッティちゃんたちを弾ませながら、ミトリ・ミトンが半透明の階段をリズミカルに跳ねてこちらへ向かってくる。
かつての【玄智の森】から離脱し、魔界セブドラの魔界王子ライランの所領での事象を思い出す。
ミトンは、
「シュウヤ、厖婦闇眼ドミエルと、周囲の神々の軍隊と諸侯に勝利をし続けている、凄すぎます!」
足下では、銀色のスライム――ブッティちゃんたちが「ブブッブゥ」と跳ねている。彼女が展開していた銀のスライム結界、『聖なる膜』。
「あぁ、だが、状況は油断はできない」
「はい」
そこで改めて<隻眼修羅>で観察を強めた。
防御の理を徐々に、理解していく。
物理的に魔界の穢れを弾いているわけではないようだ。
分子レベルの魔力の群れが相互に認識?
自己と非自己を識別しているように動いている。
ミトン側の魔力の動きは繊細さがある。
「純粋な祈り」という情報が、微小な隙間を渡る伝達物質のように味方の装甲へと正確に結合している?
一種の免疫ネットワークかな。
強固で、温かい繋がりだ。
「ミトン、ボベルファを操ってここまで来てくれたこと、本当に感謝する」
「えへへ、はい! 苦労しました!」
「苦労、どんなことがあった?」
「はい、私たちを追い掛けてくる勢力は様々、魔傀儡師ホークは強かったです。途中で、目的を変えたのか、魔界王子ライラン、厖婦闇眼ドミエル、闇神リヴォグラフ側の戦力と戦っては、逆に共に、こちらを攻めたりと、もう色々と混乱でした。でも、ボベルファも、まだ遠い位置から、シュウヤ様たち光魔ルシヴァルの氣配を感じて、すごく張り切っていたんです」
そこで、ミトンは少しだけ表情を曇らせた。
「後、神々の力がぶつかり合いすぎて、大氣が……ボベルファの心まで痛くなりそうでした」
「なるほど、なら、俺たちが何者で、何を成そうとしているのか、正しく伝えておく必要がある」
アイテムボックスから、淡く発光する〝知記憶の王樹の器〟を取り出した。
「ミトン、これを。これは知記憶の王樹キュルハ様より授かった神秘の器だ。俺の<血魔力>を触媒に、魂に刻まれた記憶を液体へと転写する。これを飲めば、俺たちが歩んできた道、そしてこの戦いに懸ける真意が、言葉を超えてお前に伝わるはずだ」
「記憶を理解できるのですね」
「そうだ、飲んでくれるかな」
「勿論です」
知記憶の王樹の器に<血魔力>を込めた。
即座に器に神秘的な液体が溜まる。その液体へ指先から<血魔力>を注ぎ、記憶の操作を始めた。
今までの経緯、惑星セラの事象、塔烈中立都市セナアプアの上界、下界、議長ネドーたち評議委員、〝死蝕天壌の浮遊岩〟へのちょっかい、サーマリア王国に逃げた副議長ドイガルガ、ロルジュ公爵とラスニュ侯爵、プルトー、暗剣の風スラウテルの品と関係した魔界側。
そして、魔界では、バーヴァイ地方の南方の勢力の一つだった狩魔の王ボーフーンとの死闘、神座を得た瞬間、そして仲間たちとの確かな絆を、純度の高い情報として液体に定着させた。
「ふふ、シュウヤの記憶。いただきます!」
ミトンは器を四つの腕の内、二つの手で受け取り、小さな唇をつけた。刹那――。
「あ……っ!」
目を見開く。
体の内から銀色と黄緑色の魔力を発光させる。
記憶の奔流は物理的な時間を飛び越え、俺の魂の熱量が彼女の精神へと直接、同期していく。神座を得た俺の視点――あまりに高解像度で、時に自分自身すら他者のように感じるこの「理」の感覚までもが、彼女の中に流れ込んでいくのが分かった。
記憶が伝達される過程は物理的な時間を超越していた。
慣れないな……俺が俺ではないような部分もある。
そんな思いを得ると、左手に持つ神槍ガンジスに嵌め込まれた神魔石が、トクン、と大きく脈動した。
「なッ……!?」
神魔石から溢れ出す蒼白の波動が、ミトンの『聖なる膜』と溶け合う。
空間には神聖な幾何学模様が浮かび上がり、蒼白が混じる、俺の<血魔力>とミトンの銀緑色の光を有した魔力が混ざり合い、相転移を繰り返しながら巨大な曼荼羅を描き出した。
ミトリ・ミトンは、「光魔ルシヴァルの血、その記憶は私を……」と呟きながら、細い人形のような四腕の手で、宙空に、繊細なタッチで魔法陣を描く。
口から漏れる切ない魔息にも効果があると分かる。
指先は少し震えて、その指先から滲み出た蒼と黄緑の魔力の液体の粒が、下に垂れては、魔界の地面に触れて、そこから新しい小型のスライムが生まれていた。
「……シュウヤ様……『膜』と『石』が、一つの理として結ばれました……。私たちは今、同じ世界を視ています」
そう語るミトリ・ミトンの回りに、小型の銀色のスライムたちが集まっていく。
恍惚的な表情を浮かべたミトリ・ミトンはジッと俺を見てから、
「……あなたの中にある、この暖かくて、果てしなく深いものは……」
ミトンの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「ブボァァァァァァン!」
後方で大厖魔街異獣ボベルファが魂を震わせるような巨大な咆哮を上げた。それは戦場の恐怖ではなく、新たな理の誕生を祝福する産声のように大平原コバトトアルに響き渡った。
その咆哮の中――。
神魔石の奥底から、神を喰らったことで、内に定着しつつある<四神相応>のスキル、<光の授印>……神々の印と連動した「もう一つの理の核」を感じた。
青龍、白虎、朱雀、玄武ではないが、似た感覚か。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




