二千百八十七話 大平原コバトトアルの戦い ――開戦――
<雷炎縮地>を発動――。
血が沸騰するまま雷光と化し、空間を削り取るような速度で黒虎の腹下へと直進した。
そこには、巨大化した神獣の、無防備で柔らかな腹部を汚そうと這いずる、黒紫の膿のような粘体がいた。
相棒の誇り高き柔毛を汚そうと這いずる黒紫の膿――。
流体状の肉塊には、腐った果実が弾けるように大小数多の眼球が沸き立ち、悪神デサロビアの呪印を宿した不浄な粘体が、網膜に焼き付けようと蠢いている。
かつて戦ったアルゲンホイズなどの眼球モンスターとは明らかに毛色が違う。個体というより、群体としての意志を持った少数精鋭の特殊作戦群か。中心にデカブツがいる。
即座に魔槍杖バルドークを右手に召喚し、掌に確かな重みを感じながら直進する。
鼓動の隙間を縫うように槍杖を短く握り込み、神座の余韻を乗せた<魔皇・無閃>を一閃した。
赤き烈風を纏った紅斧刃が空間に焼き付いた不浄の影ごと、その存在を根源から削ぎ落とした。相棒に触れようとした触手群は悲鳴を上げる権利すら剥奪され、紅の閃光の中で塵へと還る。
「ギョォォォッ!」
奇怪な悲鳴が響く――。
だが、手応えが異様に軽い。
紅斧刃に両断された流体の魔族たちは血を噴き出す代わりにスライムのように体を分裂させ、衝撃を波紋のように逃がしながら後退した。
両断された粘体の断面が沸騰する泥のように泡立ち、新たな視線が次々と産み落とされる。 増殖した眼球の瞳孔には、深淵の底を覗き込むような死の魔印が宿り、視界が触れ合うだけで精神の輪郭を削り取ろうとする、毒々しい拍動を繰り返していた。
――物理攻撃の威力を分散させる流体の体。
――完全な暗殺、遊撃特化の部隊か。
巨躯を誇るデカブツは、蠢く眼球の群れの中へとその姿を溶かすように掻き消した。
直後、<隻眼修羅>が、上下斜め先の空間の歪みを鋭く捉える――。
<血魔力>を体から発しながら<仙魔・龍水移>で背後に転移し、避けた。
そこに、死角からの魔槍の穂先が迫る――。即座に左手へ神槍ガンジスを召喚し、<風柳・異踏>で軸をずらしながら真横へ跳躍、鋭い突きを紙一重で回避した。
魔槍を持つ存在は、右上腕に見える触手の連なりで根元は筋骨隆々の巨躯。
そいつに<雷飛>――肉薄し、魔槍杖バルドークで<龍豪閃>――。
だが、キィンと金属音、巨躯は右に魔法陣の盾を召喚し、龍豪閃を防ぐ、
反撃の石突が迫る前に、魔力を込めた神槍ガンジスで<血龍仙閃>――。
<血龍仙閃>は魔槍に防がれたが、分裂した流体眼球がデカブツを越え、左右からも迫る。
直ぐに<血鎖の饗宴>――。
無数の血鎖が、流体眼球を潰すように貫いていく。相棒の体を貫かないように注意した。
巨大な黒虎は横に加速して移動しているが、流体眼球の群れはコバンザメのように相棒の腹下から離れようとしない。
なんだこいつら――。
卑劣な蠢きに苛立ちを覚えた。
<血鎖の饗宴>を増やし、無数の血鎖で、流体眼球を貫きまくる。
蒸発したように蒼白い炎に包まれて消えていく眼球だったモノと、気色悪いヘドロ状の分泌液――。
まだ生きている流体眼球たちは「ギギギッ」と軋むような音を立て、分裂しながら神獣ロロディーヌの腹下から滑り出るように散開を始めた。
「にゃごぉッ!」
神獣ロロディーヌがグリフォンのような巨大な翼を羽ばたかせ、不快な群れを吹き飛ばすように上空へ舞い上がった。
散開した流体の奥――大平原の淀んだ空氣を切り裂き、重厚な呪怨鉄の軋みを響かせながら「それ」は現れた。
「――ほう。我が精鋭『流印眼窩』の潜伏を見抜くか。さすがは狩魔の王ボーフーンを喰らった光魔よ」
筋骨隆々の巨躯から放たれるのは、先程までの有象無象とは一線を画す威圧感だ。
肌に刃を突き立てられるかのような濃密な殺氣と魔力が臓物を凍りつかせる。
頸から胸にかけて、臓物を煮詰めたごとき赤黒い巨大単眼が鎮座していた。
濡れたような粘液質の光沢を放つ眼球が獲物を定めるようにぎょろりと動くたび、そこから放たれた魔線が相棒の放つ橙色の燕の魔力を次々と対消滅させていく。
更に、その視線は物理的な死の重圧となって周囲の空間を軋ませ、光属性の魔力をも収縮させていた。神界側の戦神封じの術式か何かか?
その背後と周囲には、無数の小眼球が衛星のように独自の軌道を描きながら飛び交っていた。あの小眼球一つを取っても、<隻眼修羅>で解析は難しい、やはり、ここは大戦場だ。今までは根本が異なるか……。
「……悪神デサロビアの眷属か。以前相手にしたゲヒュベリアンと似たような臭いがするな」
「ハッ、ゲヒュベリアンと一緒にされては困る。あのような魔法紋の契約や幻影といった小賢しい謀略に頼る輩とは違う。我は悪神デサロビア様が第一の大眷属、純粋なる武と殲滅を司る特務眼将ヴェグママナ」
特務眼将ヴェグママナと名乗った大眷属の体から<血魔力>のような魔力が噴出。
マントのように広がる赤黒い魔力の中に、闇神リヴォグラフを彷彿とさせる赤目もあった。
全体的に体は厳つい。
鎌状に歪んだ呪怨鉄の得物を構え、巨大な単眼をぎょろりと動かし、俺を睨み据える。
周囲を飛ぶ衛星眼球たちが、その視線に呼応し俺の周囲、死角を塞ぐようにハニカム状の分厚い魔力障壁を形成し始めた。
同時に、残りの衛星眼球が紫黒の呪いの光線を放つ準備に入る。
「我の部隊を退けた反応速度は褒めてやろう。だが、この大平原コバトトアルで、我が『星眼装殻』の包囲を破れると思うなよ!」
特務眼将ヴェグママナの号令と共に、衛星眼球から極太の螺旋状のビームが四方八方から一斉に射出された。
<水月血闘法>を発動――。
足下に血の<血魔力>を広げ、そこから飛び立つ水鴉と血の分身を身代わりにしつつ、<仙魔・龍水移>で迫り来る螺旋ビームの包囲網を紙一重で転移回避した。
相棒から離れるが、一先ずは地面を滑るように着地――。
同時に<闘気玄装>と<魔銀剛力>を極限まで引き上げる。
追い掛けてきたヴェグママナは、魔槍を突き出す――。
<風柳・上段受け>の魔槍杖バルドークの紅斧刃の峰で叩くように防ぐ。
「――硬いが、その神格ごと、我がもらう――」
直後、ヴェグママナの右半身から、複眼が詰まった拳状の多腕がうねり迫る。
神槍ガンジスに魔力を込めつつ後退。蒼い槍纓が一瞬で刃と化して舞い、飛来する拳状の腕を次々と突き刺し、スライス状に両断しまくった。
「チッ――」
舌打ちしたヴェグママナは体の一部を変化、左から右に、斧状の魔刃を寄越す。
それを見るように後退、
「――謀略がないなら話は早い。正面から叩き潰すだけだ――」
神槍ガンジスと魔槍杖バルドークを低く構え――。
特務眼将ヴェグママナの単眼を真っ直ぐに睨み返した。
刹那、清冽な水流が周囲に満ちた。右の宙空から、ヴィーネたちと分かれたヘルメだ。
「閣下、お待たせいたしました!」
常闇の水精霊ヘルメは水飛沫をカーテン状に展開しながら、凛とした姿で傍らへと着地する。彼女の瞳には、俺と共に戦える歓喜と、敵への容赦ない冷徹さが同居していた。
直ぐに、両腕をヴェグママナへと向ける。
と、その前方に、氷の壁を造り上げた、否、それほどの量の《氷槍》が発生し、それが一斉にヴェグママナに向かった。
ヴェグママナは<血魔力>のようなモノを体から発し、後退し、無数の流体眼球を生み出す。その流体眼球で、氷槍を迎撃、相殺していく。
「ヘルメ、合わせろ!」
「はい!」
二人でヴェグママナを追跡――。
直後、戦場に覚えのある死の氣配が満ちた。
後方から凄まじい<血魔力>の奔流を巻き起こし、白銀の残像が宙を駆けてくる。
神格を得たユイだ。
「――シュウヤ、交ざるわよ」
白銀の残像が戦場を横切り、ユイが神鬼・霊風を吸い込まれるような滑らかさで抜き放った。同時に、彼女の影が異常な膨張を見せる。次元の裂け目から滲み出した濃密な「死」そのものが、漆黒の法衣を翻す死神ベイカラの形を成した。髑髏をあしらった魔槍の大鎌が、ヴェグママナの命の灯火を刈り取るべく無慈悲に構えられる。
その女性形の貌が、慈悲なき神託を紡ぐ――。
「『――滅せよ』」
死神ベイカラの神意力を帯びた声が響く。
死神の大鎌とユイの魔刀が重なり合った刹那、戦場の音が消失した。
空間そのものを断ち切る絶大なる一閃――。
無数の流体眼球が両断され、ヴェグママナが用意したハニカム状の魔力障壁も抵抗すら許されず、薄い紙細工のように一氣に両断された。
「なっ、ゲヒュベリアンの障壁をも上回る我が『星眼装殻』を、たった一撃で……!?」
ヴェグママナが驚愕に単眼を大きく見開くが、ユイの手は止まらない。
ベイカラの幻影と共に、同じモーションで放たれる追撃の二連撃。
だが、その刃がヴェグママナに届く寸前、横合いから漆黒の重力波が飛来し、ユイの斬撃を強引に逸らした。
「眼将一人を死なせるわけにはいかんのでな。……光魔、ここが貴様の墓標となる」
闇の中から現れたのは、新たな強者。
全身を複眼と茨のような棘が覆う、複眼の六腕魔族だった。
ユイは即座に空中で身を翻し、着地した俺と背を合わせる。
「シュウヤ、こいつも手練れ」
「あぁ、連携で崩すぞ!」
ユイは阿吽の呼吸で地を蹴った。
ユイが<銀靱・壱>で六腕の魔族を牽制し、俺が魔槍杖バルドークでヴェグママナの死角を突く。そこへ、上空から巨大な影が差した。
「にゃごぉぉッ!」
神獣ロロディーヌが咆哮し、大きく開かれた口から紅蓮の業火――戦神の橙火が扇状に広がり、ヴェグママナたちを包み込む。
同時、キサラが影から躍り出た。
<瞬影歩法>の加速か。
影を蹴り、夜の疾風と化したキサラが六腕の魔族へと肉薄した。
「逃がしません!」
ダモアヌンの魔槍が咆哮を上げる。
重厚な鐘の音を戦場に轟かせる<刃翔鐘撃>の連撃は、単なる物理打撃ではない。
それは闇と光を運ぶ者の意志を宿し、敵が展開した防御障壁を内から破壊していく。
それはキサラの<血魔力>を有した魔力が、分子レベルで震わせ、崩壊へと導いているようにも見えた。
障壁に弾かれるとキサラは<光魔血功>を発動。
爆発的な加速で、六腕の前方から繰り出される魔刃の嵐を、紙一重で回遊し、死角へと滑り込む。強烈な<血龍仙閃>――。
その一閃を何重とした魔法の防御障壁で防いだ六腕魔族は、後退。
キサラは間髪入れず、逃げた六腕魔族を追う。宙を斜めに跳ねる変幻自在な機動から、ジャンピング死突――<暁闇ノ跳穿>を繰り出した。敵は辛うじて身を捩るが、白銀の閃光がその肩口を無慈悲に貫く。魔族の肩は異常な速度で癒着し回復しようとするが、キサラはそれを許さない。返す刀で叩き込んだ橙魔皇レザクトニアの柄打撃が、再生しかけた肩肉を根こそぎ粉砕し吹き飛ばした。
六腕魔族が増殖した腕先から魔刃を伸ばすが、キサラはダモアヌンの魔槍を<風柳・上段受け>のように扱い、柄で難なく弾き落とす。そのまま流麗に旋回し、烈空の<豪閃>を繰り出した。
魔刃が六腕魔族の体を真横に薙ぎ払い、その胴を半ばから切断する。
キサラは続けざまに橙魔皇レザクトニアの薙刀を振るう。
槍と薙刀による強烈な連撃が、六腕の魔族が展開した防御陣を内から爆砕した。
「今だッ!」
パッと三人が散るように跳躍し、射線を空ける。
そこへ、後方からフィナプルスの放った<奇怪・霊魔刃>が、魔界の空を切り裂く紫光の矢となって直進した。
更に、シュレが、その渋い端正な貌に冷徹な軍人としての笑みを刻む。
片眼鏡が魔力に反応して蒼く発光し、顎髭を成す蛸の小足群が獲物を求めるようにうねうねと蠢いた。
シュレが、
「主の行く末を阻む不遜なる者ども、等しく奈落の澱に沈み給え――」
静かに宣告し、シュレの口が消えたように見えた直後、
「『――シュレゴファッザッロッガァァァァァァァ!』」
――戦場の理が歪み、世界が恐怖に凍りついた。
爆発した咆哮と共に、口内から溢れ出した半透明の触手が旧神の権能を帯びた奔流と化す。
吸盤状のクリスタル髪から放たれる光と闇の<血魔力>が混沌と混ざり合う。
触れたものすべてを存在の最小単位まで分解する破滅の波動となって六腕の魔族を飲み込んだ。
〝暁闇を破る鬨の声〟の<旧神ノ暁闇>――か。
六腕の魔族の回復は追いつかない、そこに霊魔刃が胸核を完璧に貫いた。
凄まじい衝撃波と共に六腕の魔族が爆散する。
残るは、深手を負いながらも単眼を血走らせて踏み止まる特務眼将ヴェグママナのみ。
眷属たちが切り開いた絶好の勝機――。
<雷飛>を爆発させ、抵抗の術を失った空間を貫く弾丸のように直進――。
魔槍杖バルドークの紅矛を、<魔雷ノ風穿>――。
絶望に震えるヴェグママナの巨大単眼へと、一点の迷いもなく突き出した。
ヴェグママナは鎧から魔力を噴出させ、横に移動し、<魔雷ノ風穿>を避けるまま、「無駄だ――」と、奴は体の一部を凶悪な斧刃へと変化させ、そのまま突進してきた。
そのヴェグママナに向け<導想魔手>を衝突させて<超能力精神>で吹き飛ばし、<星想潰力魔導>――。
「ぬごぁ――」
内側へと潰れゆくヴェグママナの巨体を<隻眼修羅>で凝視し、そのわずかな抵抗を予測しながら武装を神槍ガンジス一本に切り換える――。
<ブリンク・ステップ>の加速転移で肉薄し、<神槍・烈業抜穿>――。
方天画戟と似た双月刃がヴェグママナの眼球と蠢くコアを正確に貫く。
柄から手を離し横を横をすり抜けるように前方へ移動――ヴェグママナの背後から飛び出た神槍ガンジスの柄を掴み直した直後、ヴェグママナの体の穴から歪むように膨れて爆発し、連鎖するように流体眼球の群れが蒼白い炎を伴って爆散していく。
更にヴェグママナを貫いた神槍ガンジスの螻蛄首で、神魔石がかつてないほどの輝きを放った。
魂を揺さぶるような高周波の共鳴音が響き、蒼い槍纓が神魔石の魔力と共鳴――。
槍纓から宙空へと古代の英知を刻むルーン文字の波紋が幾重にも広がり、浄化の閃光となって溢れ出した。その光は神座を得た俺の<血魔力>と混ざり合い、逃げ惑う眼球共を蒼白い因果の彼方へと消し飛ばしていく。燃え滓や蒼白い炎のような塊になっているような眼球共が落下していく場所は、クレーターのような場所が多い。その近くに陣取っていた魔族の軍勢にも衝突を繰り返していた。
魔族の軍勢の中で強烈な動きがあるが、闇神リヴォグラフや十層地獄の王トトグディウスの軍だろうか……。
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