二千百八十四話 暗剣の風スラウテル、再誕せし
傷場の亀裂から、世界そのものが裏返るような圧迫感を伴って漆黒の魔力が溢れ出した。それは光を喰らう深淵のようでもあり、同時に無数の星々を胎内に宿した宇宙そのものの「魔素」だろうか。宙に浮く暗剣の風スラウテルの武具が共鳴し、その深遠な奔流を貪欲に、かつ厳かに吸い上げていく。更に魔線が繋がっていた魔導要塞陣地が上下に動く。
すると、魔力の奔流の外側が花弁のように広がり、中心には喇叭型の副冠、雄ズイ、雌ズイを備えた水仙のような姿と、漆黒の繭のようなものが形成され始めた。
漆黒の風の魔力も集積もされていく。
すると、
「「――ウゴォァァァ」」
「「――ブォォォォ」」
正気を失ったボーフーン残党たちの、断末魔にも似た咆哮が鼓膜を震わせる。
空を埋め尽くさんばかりの多頭の魔術師たちが飛来してくる。
地面から鹿頭の生き残りたちが、群がってくる。皆、捨て身の特攻か?
自らの存在を燃やし尽くすような漆黒の炎を放出させているが、黄金のレイピアの一撃に、<奇怪・霊魔刃>を喰らって墜落していく多頭の魔術師たち。
フィナプルスは強い。
「皆、砂城タータイムを活かし迎撃――」
「「はい」」
「ん」
「閣下、敵は、暗剣の風スラウテルの復活という絶対的な終焉を本能で悟ったのでしょう」
「窮鼠猫を噛むという言葉を前に教わりましたが――」
「はい――」
と、ミレイヴァルとキサラが、相対した鹿魔族を<刺突>で倒す。
俺も、大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を鹿魔族たちに送る。
飛来してきた魔弾と防ぐ。
《氷命体鋼》を維持して、《氷竜列》を連発――。
連なった無数の氷龍が、多頭の氷竜ドラゴンに変化しながら螺旋吶喊していく。
《氷命体鋼》を核として練り上げられた極低温の魔力が、大氣を結晶化させる。
次の《氷竜列》は、俺の意志を宿したように巨大な氷竜と化す。
猛り狂う銀世界の暴君の如く螺旋を描いて空を穿つ。
その軌跡は、命の灯火を瞬時に凍結させる絶対零度の回廊となった。
その《氷竜列》と衝突した鹿魔族の残党は一瞬で凍り付き、細氷と化した。逃げていた魔族たちも、暗剣の風スラウテルの復活は驚異に感じたようだな。
一部の多頭の魔術師風の魔族は、無数の魔法の盾を生み出し、《氷竜列》を防いできた。
違う方向から魔矢が飛来――。
「ん、盾は任せて……」
エヴァが短く呟くと同時に、白皇鋼が意思を持つかのように展開した。降り注ぐ魔矢の雨を、その白銀の輝きが冷徹なまでに弾き返す。
彼女の静かな<血魔力>は、俺の背後を完璧に封鎖する絶対的な聖域となっていた。
と、その魔矢を寄越した魔族にカルードの<バーヴァイの魔刃>が向かう。
射手は<バーヴァイの魔刃>をもろに喰らって吹き飛んでいた。
上下に移動している魔導要塞陣地へと魔法の攻撃も多くなってくる。
リサナたちがそのたびに上空に跳躍していた。
ボンも飛翔しては、「エンチャント!」両手から虹色の<血魔力>を発した。
それが一瞬で、巨大な魔力拳となる。その魔力拳で、鳩のようなモンスター兵を殴りつけると、巨大な鳩型のモンスター兵は「ボボッボボボボボッ――」と変な奇声を発して吹き飛んでいく。
百目血鬼と雷竜ラガル・ジンたちが躍動しているが、敵も大軍だ。
先程、撤退した連中も戻ってきたか。
かなりの数の魔族を倒し、その魔素と魔力は俺たちとスラウテルの武具へと吸収されていく。敵も、暗剣の風スラウテルの復活が近いことを本能で理解して焦っているのだろうか。
「させません! <ヘグポリネの紫電幕>!」
ヴィーネが翡翠の蛇弓を掲げた。
放たれた魔力が紫電の結界となり、俺たちに降り注ぐ魔弾と魔矢を弾き飛ばす。
包み込むような紫の雷光は、闇雷精霊グィヴァの<雷裳陣>に負けていない。
不浄な攻撃を一切寄せ付けぬ断絶の盾に思えた。
「グィヴァ様と皆様、右は私が対処しますので――」
刹那、ヴィーネの全身から<血道第二・開門>の鮮烈な魔力が噴き上がる。
<光魔銀蝶・武雷血>の雷状の<血魔力>が、血衣としてヴィーネに展開される。
その姿は戦場を舞う銀蝶の幻影へと変わる。
残像すら置き去りにする極限の加速。彼女が通り過ぎた後には、紫電に焼かれた敵の絶叫だけが取り残される。
更に彼女が光線の矢を放つと同時に、自動的に現れた風朧の霊弓からも、実体を持たぬ風の矢が射出されていく。
ヴィーネは透魔大竜ゲンジーダの胃袋を光らせ、得物を古代邪竜剣ガドリセスと戦迅異剣コトナギに切り替えると、一氣に獣人兵へと肉薄。血の抜刀術の亜種<迅暗血刃>で、重装の獣人兵を鎧ごと両断した。
間髪入れず、ルシヴァルの血を乗せた<神式・一点突>で後続の人型魔族の首を穿つ。
左と真上から転移して現れたデュラハン型の魔族たちは、手に提げた頭部から、
「ダークエルファァ」
「うひゃはァァ――」
と叫び、口から気色悪い液体を吐いている。
「ヴィーネと皆、左は俺がやる――」
「はい!」
「ハッ!」
「承知!」
「御意――」
ヴィーネを越え、その片方へと<血道第三・開門>、<血液加速>を発動するまま、肉薄し魔槍杖バルドークの<魔雷ノ風穿>を喉に喰らわせ、頭部が爆ぜ、胴体も吹き飛ばすように倒した。
レンが魔斧槍を振るい、象の頭部を持つ魔族を吹き飛ばすのを視認。
左にいたレベッカは蒼炎弾を宙空にいるガーゴイルような魔族に衝突させていた。
ペルマドンとナイトオブソブリンを呼び寄せながら、鹿頭だけでなく、カメレオンのような頭部を持つ魔術師タイプも大量に屠ってくれた。
レベッカは、集団戦では本当に頼りになる――。
ユイもまた、死神のごとき冷徹さで戦場を舞う。
神鬼・霊風と魔刀を構え、無駄のない歩法で敵将の懐へと潜り込む。
「そこよ、<銀靱・壱>!」
鋭い踏み込みからの斬撃で敵の武器を弾き飛ばし、がら空きになった胴体へ<死臓ノ剋穿>を容赦なく突き込んだ。
その背後では、カルードが影から影へと移動していた。
<二連暗曇>の不可視の刃が、呪文を唱えようとしていた魔術師たちの首を的確に刎ねる。 更に、残る巨漢の兵士に対しては、<血滅・虎牙>を叩き込み、その強靭な体を内から粉砕した。
「にゃごぉぉッ!」
一方、大きい黒虎はエトア、ルビア、ボン、ザガたちを無数の太い触手で守る。
体を張るように大型の象のような頭部を持つ魔族を倒していた。
皆を守り、戦場の中央で咆哮、そして、紅蓮の炎を吐いて、象型のモンスターを炭化させる。更に、ルビアとエトアとボンに、大声で鳴いては指示を出していた。
神獣としての強さを示す。
だが、直ぐに、黒猫に変身。そのまま、ルビアの胸元に飛び込んでいた。
ルビアの小さい顎に鼻キスをしては、ペロペロと顎と頬を舐めていた。
愛らしい。
と、戦場だ。すぐにルビアから離れた宙空で、巨大な神獣ロロディーヌに変化。
インパクト大のまま、背から伸びた無数の触手が、孔雀の羽根に見えてくる。
それらの触手の先端から伸びた骨剣が、鹿魔族たちの体に突き刺さっていく。
また、体格を活かし、エトアたちを守る。
鉄壁の檻だ。
同時に近寄る敵を無慈悲に貫く死の棘となる。
圧倒的な神獣の威圧感を放ちながらも、時折俺に送る視線には黒猫の頃と変わらぬ無垢な親愛が宿っていた。
残党をあらかた片付けた時、中心の水仙のような花と、漆黒の風の繭に異変が起きた。
激しく脈動していた繭の表面と、その内部に透けて見える空間に突如として宇宙的な銀河の星々が展開し始めた。水仙が呼吸しているように息衝く。
周囲に呼吸音と心臓の音が響き始めた。
無数の星雲が渦を巻き、繭の表面にフォースフィールドのような不可視の膜が自然と展開される。
「マスター。あの繭の周囲に、エレニウム粒子、メリトニック粒子、そしてバイコマイル胞子が極めて高い濃度で観測されます」
右腕の戦闘型デバイスからホログラムとして出現したアクセルマギナが、
「魔皇碑石の膨大な魔力とそれらの粒子が融合し、超高次元的な結合を遂げて神格再誕のための次元の壁を超えた強固なフォースフィールドを形成しているようです。……興味深い現象です」
と、冷静な機械音声で告げた。
「あぁ、ただの復活じゃなさそうだな」
そう呟いた直後、繭の表面を覆っていたフォースフィールドの膜が、溶けるように繭の内部へと染み込んでいった。中身の巨大な水仙が膨れ上がる。
光と闇が反転したかのような閃光が走り、漆黒の風の繭が静かに霧散する。
残された水仙の副冠が、蕾が開くようにゆっくりと剥がれ落ちると――そこには、滑らかな白い肌を漆黒の装束で包んだ一人の美しい女性が、体を隠すように抱きしめた状態で現れた。
と、両腕を広げると、パッと閃光が走る。
波状のフォースフィールドのような物が広がって、体に吸い込まれるように、皮膚を守る新しい肌と密着した装甲服に変化。
再誕したスラウテルの髪が重力を無視して夜の帳のように舞い上がる。
一房一房には、銀河の深淵から切り取られた星屑が埋め込まれた如くの煌めき、今も、動くたび、新たな星座が生まれては消えていく。漆黒から深紫へと移ろうグラデーションは宇宙の黎明そのものを体現しているかのようだった。
暗剣の風スラウテルは、ゆっくりと目を開く。
そのスラウテルは、
「……魔界と神界と縁を持つ黎明ノ王よ、我は暗剣の風スラウテル、ここに再誕せし……」
鈴を転がすような、それでいて芯のある凛とした声だった。
威厳に満ちた瞳で俺を見据えてきた。
その身から放たれる圧倒的な魔力は紛れもなく暗剣の風スラウテル。
スラウテルが、これほどまでに美しいとは……。
宙に浮遊していた暗剣の風の装備類が彼女の体に装着されていくたび、それに呼応して衣装が変化し、持ち前のスタイルの良さが際立っていく。
魔刀、魔太刀、魔槍、ムラサメブレード・改と似た武器、振動波を発しているネックレス、といったスラウテル独自の武器と防具が周囲に展開し、彼女はそれを細い手で順に掴んで得物の感触を確かめてから、虚空へと仕舞い込んでいった。
その間に、余剰の魔皇碑石を戦闘型デバイスのアイテムボックスへと次々に回収した。
そのスラウテルは、俺を見やる。
会釈してから、
「スラウテル。こんにちは、幻影は見ているが、初めましてと言っておこう。知っていると思うが俺の名はシュウヤ、銀髪の女性がヴィーネ、金髪がレベッカ、黒髪がエヴァ、白銀の髪がキサラだ」
スラウテルは、皆を見て、
「うむ、初めましてだ」
ヴィーネたちも会釈し、
「「はい、初めまして」」
「スラウテル様、復活おめでとうございます」
「「おめでとう!」」
暗剣の風スラウテルは、俺たちを見て、驚き、
「……我を祝福してくれるとは光魔ルシヴァル……」
と涙を流す。そして、傷場のある方角、大工房のほうに見やる。
そのスラウテルに、
「傷場がある大工房には、『魔風鍛冶師』たちがいる。そこに行こう」
「あぁ、分かっている。我の民……助けてくれてありがとう」
「おう」
「ンン、にゃぉぉ」
と黒虎は、後退し、まだ生きている敵対魔族たちに触手骨剣を喰らわせていく。
スラウテルと共に大工房に移動した。
大穴から這い出していた『魔風鍛冶師』たちは、再誕した我が神を見て、
「「おぉぉ……」」
「まさか、スラウテル様……」
「「なんということだ!!」」
「「我が魔神!」」
「「神威!」」
「我らが王、いや、真の創造主たるお方!」
魂を震わせる慟哭とともに地に伏した。
岩肌に額を打ち付け、血が滲むのも厭わず捧げられる祈り。
それは数千億年の絶望を越え、ようやく光を掴んだ者たちだけが放つ、狂気にも似た純粋な魔力と「氣」の奔流だった。
スラウテルは、
「うむ。民たちと、黎明ノ王のシュウヤとその光魔ルシヴァルたちの眷族たちに、我らは救われた。このことは我の心に刻まれし、新たな規範となろう。そして、シュウヤと、その膨大な<血魔力>が、この地と無数に宿っている。また、魔皇碑石の神格が我を完全復活させた」
「「「「おぉ」」」」
『魔風鍛冶師』たちの歓声が響く。
スラウテルが手を上げると、足下の地面が隆起し、魔皇碑石へと変化した。
彼女がそこに手を当てると、復活したばかりの自身の神格を惜しげもなく手放すように、その魔皇碑石の中へと膨大な魔力を注ぎ込んでいった。
「これで良し、皆の者、ここに残るのは自由ぞ。そして、今、ここに、傷場は開かれる――」
スラウテルは片腕を掲げると、その片手の一部が裂けた。
そこからハーモニカの楽器と魔王の楽譜のような似たアイテムがスラウテルと繋がった状態で出現。その楽器から自然と音が鳴り響く。楽器も頁が捲られていくと、傷場が広がった。
「「「おぉ」」」
「この地に長く留まるつもりはない。ボーフーンが倒れた今、我が故郷である惑星スラウテルでは同胞たちが反旗を翻しているはずだ。我は自身の神格と魂の核を、この魔皇碑石に封じた。何れは、戻ってこよう。だが、今は、次元を超え、惑星へと帰還する」
「「「はい!」」」
『魔風鍛冶師』たちが一斉に返事をしていた。
「故郷を救いに行くってわけか。分かった、止めはしないさ」
「恩に着るぞ、シュウヤ・カガリ。貴殿が示したこの縁、我が星の風が止まぬ限り、決して忘れぬ……」
スラウテルは優雅に、そして武人としての敬意を込めて深く一礼してくれた。
瞳には魔神らしさはない。新たな希望を抱いた一人の王としての強い光が宿っているように感じた。
そのスラウテルは俺をジッと見てから胸元に手を当て、ラ・ケラーダの挨拶をしてくれた。
口元に見たことのない防塵マスクを展開すると、
「エミリアのことは、氣にするな……いつか……魔蛾王ゼバルは我が仕留めることになる……」
と言うとラ・ケラーダの挨拶を止めてから笑顔となる。
「あぁ」
「では、またな、黎明ノ王、我が主よ……再び相まみえる日を楽しみにしている、皆、行くぞ!」
「「「はい!」」」
『魔風鍛冶師』たちも嬉しそうだ。
良かったな……そして、その皆から強い氣概を感じた。『魔風鍛冶師』たちなら大丈夫だろう。
そのスラウテルたちは、傷場に向かい、傷場に『魔風鍛冶師』たちと共に入って消えた。
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