二千百七十八話 激戦と血文字の願い、割れた天空と黒衣の光魔
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――砂城タータイム、防衛戦線。
エヴァの質量兵器とレベッカの蒼炎、精霊たちと四竜の猛攻により、国境警備の魔獣軍団は容易く退けられつつあった。
防衛陣に余裕の笑みがこぼれ、誰もがこのまま拠点を維持できると確信した、その刹那だった。
バリィィィンッ!!
タータイムの頭上、魔夜の天空が巨大な鏡を鉄槌で砕いたかのように物理的に叩き壊された。
裂けた天空から溢れ出したのは、肺を内から焼き潰すほどに濃密な死の瘴氣のような膨大な魔力、否、ボーフーンの怒り狂う神威そのものだった。
それは滝などという生易しい比喩を拒絶する。
空そのものが暗黒の重質量と化し、逃げ場のない絶望となって砂城を圧殺せんと雪崩れ落ちた。
「な、なんだこの異常な魔力は……ッ!?」
「エンチャントゥゥ……ッ!」
城壁の上で、不動を誇るザガの大盾が、上空からの神圧に悲鳴を上げ、その屈強な膝が屈辱に軋む。隣ではボンが、奥歯を砕かんばかりに噛み締め、恐怖を塗り潰すように虹色の<血魔力>を必死に明滅させていた。
ラムーが震える手で掲げた霊魔宝箱鑑定杖。
その中枢たる灰色の宝玉が魔神の領域に踏み込んだ未曾有の計測値に耐えかね、断末魔のような悲鳴を上げた。
激しく明滅する光は、もはや解析の結果ではない。
理を越えた存在に対する世界の拒絶反応そのものに見えた。
「――次元跳躍による大規模転移……先ほどの国境軍とは次元が異なる魔素量。予想通り、敵の本隊で間違いないでしょう! そして、中央の魔力防御層を生んでいるだろうアイテム群の鑑定は、何カ所も弾かれ続けています!」
ラムーの絶叫を裏付けるように、裂けた空から万を超える重装甲の魔族、上位の大眷属たちが次々と降下してくる。
先陣を切って落下してきた極大の魔法質量弾が、タータイムの結界へと殺到した。
ビーサが前に躍り出る。キュベラスとエトアに視線で覚悟を伝えると、
「ここに来て正解でした……! 大切な場所を、汚させはしませんッ!」
と叫び、両手を天へ。<超能力精神>――脳髄を焼くような集中力が、不可視の鋼鉄となって宙空に結晶化し、魔神の魔弾を真正面から受け止める。
<血魔力>を膨大に消費し続けたビーサの口から一筋の血が流れる。
「はい、ビーサさん! 私が解体します!」
エトアが即座にサポートに入り、無数の半透明な子鬼を放って魔法質量の核を物理的に食い破らせ、威力を強引に減衰させる。だが、防ぎきった直後に、四腕を持つ巨躯の鹿魔族の将校たちが城壁へ直接降り立った。
「傷場の近くではないのか――」
「構うな、あの炎竜を倒す――」
「「おう」」
「光魔の首を我が王へ捧げよ!」
その魔族将校に、ユイとカルードが即座に反応する。
イギル・ヴァイスナーの双剣と魔銃剣ガルドノヴァ、そして、両刃刀・幻鷺が閃き、上位魔族との苛烈な近接戦闘が城壁のあちこちで勃発した。
ヘルメとグィヴァが、そのエトアとラムーたちを守るように、《水幕》と<雷裳陣>を使用した。
一瞬で、アーク放電が膜を形成するように電気と水が絡み合って<雷裳陣>と《水幕》は融合し、強力な水電磁結界を展開した。
電気ウナギのような幻想的な魔法生物と闇蒼霊手ヴェニューたちが縦横無尽に泳ぎ回り、結界の防御を固める。
一方、砂城タータイムから離れ、古の水霊ミラシャンは狩魔の王ボーフーンの数人の副官クラスを相手に翻弄していた。
更に、狩魔の王ボーフーン相手にも、<水晶群蝶刃>を何度も繰り出し、光の蝶を、狩魔の王ボーフーンの防壁を打ち破り、狩魔の王ボーフーンの体内へと送り込むことに成功、その内部から魔力の流れを寸断し、ダメージを与えていた。
古代の水霊術と水晶魔術が織りなす美しくも残酷な一撃。
風の女精霊ナイアは四肢を消すようにして、風の斬撃を鹿魔族に衝突させていた。
体と両手を消すように、半透明にさせるナイアは、<バーヴァイの魔刃>とは異なる本当の風の斬撃を繰り出しては、数十の鹿魔族を一瞬で屠る。一陣の風の如く駆け抜けた直後、「オマエノ、動キ、ミエテ――」と相対していた大柄の鹿魔族の頭部は、最後まで喋る間もなく、一瞬で消失した。
風刃と化したナイアの半透明な右腕が、その頭部を容赦なく貫いていた。
ヴィーネの光線の矢が、その近くの空を切り裂き、レベッカの蒼炎が燃え上がるが、敵の数は減るどころか増え続ける。
「もう、キリがない、でも、まとめて青い塵に変えてあげるわ!」
レベッカが城隍神レムランの竜杖を高く掲げ、<蒼炎闘想>を励起させる。杖の先から放たれたのは、小さな火の粉ではない。大氣をプラズマ化させるほどの熱量を孕んだ、極大の蒼炎の勾玉――<光魔蒼炎・血霊玉>。
それは空を埋め尽くしていた四枚羽の魔獣軍団を文字通り食い尽くし、ボーフーンの呪いの霧さえも青く焼き払いながら、戦場に一時の静寂と青い絶望を刻みつけた。
「――皆さん、シュウヤ様が結果を残した証拠! このまま各個撃破を続けましょう」
キサラが凛とした声を響かせ、ダモアヌンの魔槍を旋回させる。城壁を強引に登ってきた重装魔族の群れに対し、一閃。穂先から放たれる圧倒的な魔圧が、敵の分厚い呪怨鉄を紙細工のように引き裂いていく。
彼女はただ戦うだけでなく、防衛線の穴を的確に把握し、近衛衆へと鋭い指示を飛ばす。その槍舞は美しくも冷徹で、近づく者すべてを沈黙させる死の結界と化していた。
ユイが<血液加速>で銀色の残像と化した。
イギル・ヴァイスナーの双剣と、アゼロス、ヴァサージの魔刀が、城壁に降り立った魔将たちの首を、認識すらさせぬ速度で次々と刎ね飛ばしていく。
「そこ――」
宙空へ跳躍し、放たれるは<燕式・飛燕斬>。光輝く<血魔力>を纏った斬撃が、複数の魔将を同時に捉え、その巨躯を十字に両断した。返り血すら浴びぬその動きは、戦場を舞う死神の如き鮮烈さを放っていた。
カルードが、新たに手にした魔銃剣ガルドノヴァの重厚な銃身を跳ね上げた。
「……影に生きる者にとって、大軍勢との正面衝突は無作法ですがね」
呟きと共に魔銃を連射し、ヴィーネの光矢を掻い潜った魔獣を撃ち落とす。間髪入れず、肉薄してきた鹿魔族の槍を流剣フライソーの柄で受け流し、至近距離から魔銃剣の刃をその喉笛へ滑らせた。
暗殺者としての円熟した技が、混戦の中でも確実に、そして冷酷に敵の急所を断ち切っていく。
喧騒の最中、第二十四の筆頭従者長たるキュベラスは、まるで月夜の庭園を散策するように超然と舞う。
キュベラスが魔杖を優雅に一閃させるたび、鹿魔族の命が、まるで最初から存在しなかったかのように黒い塵へと置換されていく。戦場を舞う彼女の姿は、死を司る残酷な女神のようだった。
「ボーフーンの軍勢……ふふ、シュウヤ様の『手土産』としては、悪くない数ですね」
飛来した魔弾をわずかに横に移動して避け、二つの魔杖を<投擲>。
魔杖から伸びた赤い魔刃がブゥゥンと音を響かせながら旋回し、左右斜めにいた鹿魔族の魔剣師の体を両断していた。
キュベラスは右に飛翔し、数十と飛来した魔弾を避けつつ、
「本命は魔弾のみの攻撃ですか、意外に慎重派のようで――」
<愚王・魔加速>を発動し、狩魔の王ボーフーンの六腕の指先から繰り出されていく無数の魔弾を避ける。
目にも止まらぬ速度で戦場を駆け抜けた。
同時に<導魔術>で無数の魔杖を周囲に展開。
ブゥン、ブゥゥン、ブゥン――と唸りを上げる複数の魔杖が彼女を守る衛星のように旋回し、その放射口から迸る紫と黒のエネルギー刃が、上空から降り注ぐ魔弾や鹿魔族の槍を連続的に弾き続けた。
「ふふ、遅いですねぇ――<魔晶力ノ礫>――」
転移を交えて敵の密集陣形の側面を取ると、魔杖から無数の魔宝石の欠片のような礫をショットガンのように射出。
空間を埋め尽くした礫は、重装魔族たちの直前で次々と苛烈な爆発を引き起こし、敵兵を血肉の雨へと変えていく。
怯んだ鹿系の将校に対し、キュベラスは指先を向けた。
「――<魔死眼刹>」
放たれた極めて速いビーム状の攻撃が、将校の頭部を呪怨鉄の兜ごと正確に貫いた。
更に生き残った魔族たちが怒り狂って殺到してくると、彼女は背から膨大な魔力を噴出し、分裂したように複数の分身を現出させる。
分身と本体が同時に魔杖を振るい、太くなった紫のエネルギー刃による一閃の剣舞を繰り出し、押し寄せるボーフーンの軍勢をミンチ状に斬り刻んでいった。
エヴァが歯を食いしばり、魔導車椅子から身を乗り出すようにして<霊血導超念力>で操作する白皇鋼の刃を繰り出し、数体の鹿魔族を屠る。
しかし、ボーフーンの神威が混じった軍勢。
将校も多く、白皇鋼は途中で弾かれ、サージロンの球でさえも軽々と打ち返される。
エヴァの頬を焦燥が掠める。
だが、その脳裏に浮かんだ主の貌が、彼女の心根に鉄の規律を叩き込んだ。ん、負けない――。強気の光を宿した瞳で、自らの守りたる白皇鋼を迷わず放つ。それは銀の閃光となり、苦戦するユイとカルードを死の淵で繋ぎ止めた。
「エヴァ、ナイス」
「ありがとうございます――」
エヴァはそれ以上返事が出来ない。
近くに数十の鹿魔族が迫ったからだ。彼女は体を浮かし、紫の魔力で包まれている大切な魔導車椅子を突進させながら後退する。
鹿魔族の数人の盾持ちを魔導車椅子で吹き飛ばした直後、彼女は自らの意志で魔導車椅子を溶かすようにバラバラにした。
即座に、車椅子を構成していた無数の金属と部品がエヴァの骨の足に飛来し、吸着していく中、そのエヴァは、腰ベルトのポーチ型のアイテムボックスから、白皇鋼、緑皇鋼などの金属を放出、それら金属は盾を形成し、ビーサ、レベッカ、キサラ、ヴィーネ、ザガ、ボン、エトア、キュベラスの援護に回っていく。しかし、そのエヴァを狙う、膨大な魔力を有した魔刃――。
エヴァの表情が苦悶に歪んだ直後、華奢な肩から鮮血が迸った。
「――う、ぁ……っ」
短い悲鳴と共に<血魔力>が暴走気味に溢れ出す。
ルシヴァルの再生力が傷を塞ぐが、愛用していた<霊血魔導装具>は砕け、ムントミーの衣服も無残に裂かれていた。
エヴァは唇を噛み締め、
「ん、負けない……まだ、やれる」
ムントミーの衣服をブローチに戻し、一瞬で、新しい防護服型のワンピースと<霊血魔導装具>を装着し直したエヴァは、狩魔の王ボーフーンをキッと睨む。刹那、その魔神の角から閃光――。
神意力を有した魔刃に、渾身の<霊血導超念力>の紫を有した<血魔力>を衝突させて、後退した。
煙幕代わりとなった己の<血魔力>の霧に紛れたエヴァはヴィーネとキュベラスの援護を受けつつ、激しく上下する肩を抑えて後退する。震える指先に残ったすべての<血魔力>を込め、虚空へ熱い血文字を刻みつけた――。
『ん、シュウヤ、空が割れた。ボーフーンが来た。……信じてる』
□■□■
帽子と防塵マスクを装着した二眼二腕の魔族たちは、
「「おぉ、御方様……!」」
「「「見事すぎる」」」
「「まさに魔英雄!」」
「大眷属グラキアスを倒されるとは驚きです!」
「おう、ありがとう、倒せて良かった」
と、掌握察を行いながら、エヴァに、
『了解した。助けた魔族たちがいるから安全な場所に送ってから戻る。がんばってくれ』
『ん、大丈夫!』
エヴァの血文字を見ながら<血脈冥想>と<滔天内丹術>を発動。消耗した魔力と体力が堰を切ったように全身に満ちていく。傷場からはまだ奇妙なエネルギー、魔力が流れているが、今は傷場の向こう側を調べることはしない。
戦闘型デバイスから高級回復薬ポーションを取り、それも飲む。
そこで相棒を見て、
「相棒、周囲に人型の生命体の反応はないよな?」
「にゃおぉ~」
黒虎は鳴きながら傷場の前から離れ駆け出す。
敵がまだ居たのか? と疑問に思ったが杞憂――黒虎は頭部を揺らしながら辺りを探っていた。
直ぐに何をしているか理解した。
――場所を探しているのか。
その黒虎は首元と背から、複数の大きい触手骨剣を伸ばして、床や岩場と暗剣の風スラウテルの巨大な骨を叩いていく。調べているようだ。
刹那、「にゃご――」と氣合い声を発し、大工房となっている暗剣の風スラウテルの巨大な骨と骨の間の壁岩に向け、太い触手骨剣の鋭い先端を突き刺していた。
連続的に触手を繰り出していく。
巨大な横穴を作っていた。
そして、巨大な鼻をクンクンと動かしつつ、その大きい穴へと、鼻ごと頭部を突っ込んでいた。
巨大な両耳は穴の内部には入らず上辺の縁に衝突し、パパッと耳を揺らし衝突を繰り返す。縁際からわずかに瓦礫が落ちていく。その黒虎は頭部を引く。
大きい穴回りの強度を確認するように鼻先を付けてから、
「ンンン――」
と、喉声を鳴らしつつ、身を翻して戻ってきた。
そこで、『魔風鍛冶師』の帽子と防塵マスクを装着した二眼二腕の魔族たちを見て、
「皆、見ていたように、相棒が大工房の奥に穴を作った。あの穴の中に隠れていてくれ。また後で会おう」
平伏する魔風鍛冶師たちにそう言い残し、巨大な黒虎と化している相棒の頭部に飛び乗った。
右手に馴染んだ魔槍杖バルドーク、左手には慈悲なき光を宿す神槍ガンジス。
新装備である黒衣の王の外套が昂ぶる<血魔力>を喰らい、飢えた獣のように不気味な脈動を始める。
死地の底から持ち帰ったこの漆黒が、俺の怒りと共鳴し、周囲の魔素を暴力的に塗り替えていくのが分かった。
<血液加速>を再点火させると、全身の細胞が歓喜の咆哮を上げ、魔力が熱い奔流となって駆け巡る。
<握吸>と<勁力槍>で握りを強める。
<経脈自在>を意識し、発動。
<闘気玄装>も強めて、<魔銀剛力>、<水月血闘法>、<水の神使>、<滔天仙正理大綱>、<滔天神働術>、<月冴>、を発動し、<魔闘血蛍>を再発動。
「――相棒、全速力だ! タータイムが危ない!」
「にゃごぉぉぉッ!」
神獣ロロディーヌは、喉の奥から地響きのような唸り声を上げ、爆発的な踏み込みで魔夜の地を駆けた。
大工房を覆っていた屋根のような巨大な骨を抜ける。
黒虎は漆黒と赤黒さを有した魔夜の空を睥睨し、一気呵成に跳躍した。漆黒の外套をグリフォンの翼のように広げ、推進力を爆発的に跳ね上げて、一氣に、加速――。
すぐに砂城タータイムを覆っているように展開している狩魔の王ボーフーンの軍隊が見えた。
タータイムの防壁は傷付いている。
地竜ガイアヴァスト、雷竜ラガル・ジン、深淵のネプトゥリオン、炎竜ヴァルカ・フレイムの体には、大量の鹿魔族たちが纏わり付いていた。
ヘルメとグィヴァは守りが主体か。と、狩魔の王ボーフーン……か。更に数体のボーフーンの上位大眷属らしき者を把握。城壁に吹き飛ばされたヴィーネとエヴァが見えた。吹き飛ばしたのは三体の将軍クラスか、数体の魔将の頭部の角が煌めく。
ヘラジカを思わせる複数の魔角の切っ先が二人に向かう。
――<仙魔・龍水移>を考えた直後、
「――ガァァァァルルルルゥゥゥゥッッ!!!」
神獣ロロディーヌが大咆哮。
神意力を有した猛烈な魔力を体から噴出させた――。
咆哮と共に放たれた魔力は、瞬時に橙色に燃え盛る無数の炎燕へと変貌した。した。一つの巨大な不死鳥に見えるそれは熱波の礫となって、ヴィーネたちを狙っていた将軍たちを背後から蹂躙する。防護魔法を穴だらけにし、一氣に、その体を焼き切る、慈悲なき極大の衝撃波。
相棒の新スキル、いつの間にか獲得していたか、それとも今、できるようになったか。とにかく――、
「ナイスだ相棒――」
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>をヴィーネとエヴァの近くに送り盾にし――。
三体の将軍クラスの内、一体に近付く――。
――<魔皇・無閃>を繰り出す。
閃きは一瞬、赤き烈風を伴った紅斧刃が、防御魔法陣を飴細工のように粉砕。呪怨鉄の大盾も、誇り高き大剣も、無意味――将軍の巨躯は抵抗の余地もなく腰から両断した。
後から、ドッと大氣ごと潰れる圧殺音が響く。
上下に分かたれた体が温かい血の雨を撒き散らしながら重力に従う。相棒の衝撃波に骨を砕かれ、俺の槍に魂を断たれた。これこそが、俺たちを敵に回した者の末路だ。
「な!?」
「え……?」
一瞬の静寂――。
血の雨が降り注ぐ中残った魔将らしき角が多い野郎が、顔を引き攣らせて叫んだ。
「た、たった今、バルガス将軍が一撃で……」
「あ、あの黒髪の槍使いは! 噂の光魔ルシヴァルか!?」
「馬鹿な、南の大工房にはグラキアス様が……」
残る将軍クラスと魔将たちが驚愕に目を見開いている。
だが、奴らが状況を呑み込むのを待ってやる義理はない。
「シュウヤ、ロロちゃん!」
「ご主人様、こちらは大丈夫、右に将校、左上のが将軍クラスかと――」
エヴァとヴィーネの声に「おう!」と氣合いの入った返事を飛ばす。
「にゃごぉぉぉッ!」
上空から相棒も返事をするように大声を響かせた。
巨大な黒虎、神獣ロロディーヌが、隕石の如く急降下。
二体目の将軍クラスが慌てて放った迎撃の魔刃を、太い触手骨剣で易々と弾き落とし、そのまま四肢の鋭い爪で将軍の肩口に食らいついた。
ドゴォッという肉が潰れる重低音と共に相棒の強靭な顎が将軍の兜ごと頭部を噛み砕く。
その巨体を城壁の下へと叩き落とす。
「は、速ッ――」
最後の将軍は顔を歪めて後退しようとする。
逃がすか。<隻眼修羅>で相手の動きを捕捉しつつ<超能力精神>――。
宙空で縫い止めた将軍は「ぬぉぉぉ――」と咆哮し、魔角を煌めかせ、筋肉を膨れ上がらせていくが構わず、魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを立て続けに<投擲>――。
左手に〝立花弦斎の魔斧槍〟を召喚――。
<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動――。
加速を強めて宙空から地を這うように移動斬り上げの
<血龍仙閃>――相手の下腹部に紅斧刃が激突、そのまま腹を持ち上げるように両断――。
切断された上半身を<星想潰力魔導>で圧壊させ、〝立花弦斎の魔斧槍〟の<風柳・劫蛇崩打>を繰り出す。宙に舞う下腹部さえも無惨に叩き斬り、その存在を完全に粉砕した。
〝立花弦斎の魔斧槍〟を消し、<握吸>――。
神槍ガンジスを左手に引き寄せて、掴み、右手に魔槍杖バルドークを引き寄せて掴みながら、飛来してきた魔矢と魔弾を避ける。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を利用しているヴィーネとエヴァを見てからキサラとレベッカを左の端の視界に確認。
と、次の鹿頭の将校クラスが右に――。
<武行氣>――右に飛翔し、飛来した魔矢と火球を避けるように右に横回転しながら、斜め四十五辺りへと直角に上昇――。
その将校に近付いた。
得物の魔槍と魔角で守勢に入った将校目掛け、魔槍杖バルドークを振るう<龍豪閃>――。
紅斧刃は、魔槍の柄を折り曲げ、肩から胸までを斬る。
そのまま至近距離から、短く持った〝立花弦斎の魔斧槍〟での<魔雷ノ風穿>を繰り出し、まだかすかに息のあった将校の体を吹き飛ばすように貫き、倒す。
次の将校は左上――。
ヴィーネの光線の矢が、その将校の鹿頭、筋肉鎧の隙間に次々と突き刺さり、黄緑の蛇がその体に浸透して、爆発。
レベッカの蒼炎弾もヒット、ユイの光輝く<血魔力>を纏った<燕式・飛燕斬>が連続的に、その将校に決まるのが見えた。
即座に狙いを、宙空にいる鹿頭の射手野郎に<鎖>――。
両手の得物を消す。
<鎖>は斧に防がれるが――<仙魔・龍水移>。
その鹿野郎の横に転移するまま、<魔神ノ遍在大斧>――。
〝黒衣の王の魔大斧〟を両手に召喚したまま<豪閃>で、その鹿頭の射手を両断。その〝黒衣の王の魔大斧〟を消し、得物を魔槍杖バルドークと神槍ガンジスに変化させた。
視界に入った角を伸ばしている鹿野郎に肉薄し、<水極・魔疾連穿>――魔槍杖バルドークと神槍ガンジスの穂先が、鹿野郎の胸郭を連続的に穿つ。
背から臓物ごと魔力を吹き飛ばした。
絶命した鹿野郎は、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
タータイムの城壁に降り立った将軍クラスと鹿の兵士たちの一部は片付けた。
――血煙が晴れる中、数人の鹿魔族を倒したヴィーネとエヴァの前に着地――。
魔槍杖バルドークを軽く振り、付着した血を振り払った。
「ご主人様!」
「ん、シュウヤ!」
盾として展開していた<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を霧散させると、ヴィーネの銀の瞳に歓喜の雫が滲み、エヴァの紫の瞳が俺の姿を焼き付けるように輝く。
二人とも防護服や装甲に激しい戦闘の傷跡が刻まれているが、致命傷はない。
「遅くなってすまない。二人とも、怪我はないか?」
「はい! ご主人様のお姿を拝見した今、痛みなど霧散いたしました!」
「ん、シュウヤが来てくれたから、もう安心。……でも、その真っ黒な外套。奈落を纏っているみたいで、凄い魔力……」
エヴァが、俺が身に纏う『黒衣の王の遺物』と『暗剣の風スラウテルの装甲』から立ち昇る魔力を見て驚きの声を漏らす。
「あぁ、奈落の底で『忘れ物』をな……こいつは、俺たちの平穏を乱す者を、根こそぎ刈り取るための力だ」
「ご主人様、狩魔の王ボーフーンが出向いたということは、重要な場所がここに?」
「あぁ、そうだ、傷場があった」
「「なるほど!」」
そこに、相棒が狩魔の王ボーフーンの眷族衆を仕留めて、急降下「にゃご――」と氣合い声と共に着地。
誇らしげに喉を鳴らす。
その巨大な黒虎の首筋を撫でながら、タータイムの防衛陣を見渡す。
レベッカ、キサラ、ユイ、カルード、ビーサ、エトア、ザガ、ボン、ラムー、そしてキュベラス。
仲間の貌から張り詰めていた絶望の陰影が霧散する。
濡れた瞳に宿るのは、狂おしいほどの歓喜と灰の中から燃え上がる不屈の闘志。
その氣の爆発を、全身の肌で受け止めた。
四竜たちもまた己の体に纏わり付く鹿魔族を振り払い、天に向かって力強い咆哮を上げていた。
「皆、よく持ち堪えてくれた。ここから先は、俺も混ざる」
ヴィーネとエヴァは頷く。
砂城タータイムの修復が追いついていない、城壁の縁に移動し、眼下から上空までを埋め尽くす、狩魔の王ボーフーンの絶望的な大軍勢を凝視。
前線を指揮するだろう将軍クラスを瞬殺された敵軍の動きには、明らかな動揺と畏怖の波が広がっていた。その大群の最も奥……。
暗雲が渦巻く空の中心に周囲の空間を物理的に歪ませるほどの禍々しくも巨大な神威が座している。
「……あれが、ボーフーンの本体か、それとも最高位の代理か」
魔槍杖バルドークの構えた。
柄を持ち上げ、紅矛穂先を、天空に座す漆黒の狩魔の王ボーフーンへと突きつける。
「ボーフーン……傷場がある以上は譲れないんだろうな。だが家族を、愛すべき者たちの居場所を脅かした報いは、高くつく――貴様の魔神としての命、そのすべてを以て……怒りを購ってもらおうか」
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




