二千百七十六話 すべの槍を活かす者
多腕の異形と化したグラキアスの咆哮――。
四つの漆黒が、空間そのものを喰らいながら脈動する。放たれた二つの重力球は光すら逃がさぬ絶望の質量となり、視界を歪めながら迫った。
相棒が俺を守るように前に出て、上空に向け口を広げ、
「にゃごぁぁ――」
咆哮と共に、天を焦がす紅蓮の業火が扇状に広がり、漆黒の重力球と激突した瞬間――。
大工房の空氣が膨張し、肌を焼く熱波が衝撃波となって吹き抜けた。
二つの重力球の勢いが止まるが、徐々に、紅蓮の炎は圧力に押され始めて、巨大な質量を持った魔力塊の重力球が降下してくる。
荒れ狂う魔力の奔流の中で、「相棒、少し時間を稼いでくれ」とあえて意識を内へと沈める。
<血脈冥想>――血管を流れるルシヴァルの血が沸騰するような熱を帯びる。
毛が膨れている黒虎の尻尾が真上に上がるのを確認しつつ――。
冷静に魔力を整えながら<血道第一・開門>を意識、発動させた。魂の枷を外す感覚と共に体の奥底から根源的な力が溢れ出した――。
首筋に刻まれた<吸血神・愛咬・血楔>が熱く脈動するがまま全身から血の<血魔力>を放出し続ける――魔神槍・血河の穂先に膨大な<血魔力>が凝縮される。
だが、これは布石、陽槍ルメルカンドに膨大な<血魔力>を送った。
胸の<光の授印>が鼓動に呼応して神聖な輝きを放つ。
陽槍ルメルカンドの穂先から、光の粒子を振りまきながら黄金の鴉が飛び出した。
「カァ、カァ――」
と高らかな鳴き声が響かせながら紅蓮の炎と溶け合い、巨大な光炎の鳥となって重力球へと特攻する。
――激突。二つの重力球の中身が淀むのを<隻眼修羅>で確認――。
「相棒――」
「にゃご」
相棒が横に飛びつつ紅蓮の炎を止めるを横目に、<雷飛>――。
足裏から弾ける雷光が地を消すが如く――。
次元の壁を越えるような速度で直進。紅蓮の炎と黄金の鴉の影響で、二つの重力球が歪んでいた箇所目掛け、陽槍ルメルカンドで<闇雷・飛閃>を繰り出した。
穂先から黄金と雷の魔刃が膨れ上がったまま重力球の淀みにルメルカンドの穂先が衝突した。
淀みは大きく撓む――更に<旭血・金鴉十字ノ閃>を繰り出した。
刹那、黄金の翼を持った幻影の群れが視界を埋め尽くす勢いで出現し、そのまま重力球に衝突。
<光の授印>から放たれた旭日の光線が重力球を突き抜けていく。
更に、鎖を模した十字の光を空間に刻み、重力球の漆黒を強引に浄化、霧散させ、周囲に黄金の霊廟と<光の授印>の鎖が絡む十字架と鴉の光の幻影が出現すると、重力球の約半分が消失した。
魔神槍・血河を構え、そのままもう一つの重力球目掛け――。
吸血神の理を乗せた必殺の刺突――。
――<断罪血穿>。
紅黒い螺旋の軌跡が重力球を裂きながら、俺ごと魔神槍・血河は直進。
「な!? くるな――」
グラキアスは驚き、残りの重力球を掲げながら後退。
ドッ、という衝撃が広がった。
大工房の重力が完全に狂い、炉から溢れた液体金属や周囲に散らばる白骨の残骸が、意志を持ったかのように宙へと浮き上がり、そのままグラキアスの掌中にある闇へと吸い込まれていく。
その間にも、魔神槍・血河の穂先が変化。先端が細く中間が太くなり――。
無数の血花が周囲に吹き出るように拡がり、それらが漆黒の重力球を裂きながら、爆発が連鎖、更に、花の香りを漂わせながら血の霧も発生――。
グラキアスが呼び出したボーフーンの不浄な幻影に対し、魔神槍・血河が呼応する。
溢れ出した濃厚な血が氣高くも恐ろしいルグナド様の姿を象った。
神話の再現。血の女王の幻影が振るう無数の刃が魔神の影を一片の慈悲もなく切り刻み、無へと帰していく。
吸血神ルグナド様の幻影が、無数の血刃となって、狩魔の王ボーフーンの幻影と衝突を繰り返し、相殺するように消えた。
これで上から俺たちに近付いていた二つの重力球を消し飛ばした。
※ピコーン※<血霊槍・血花鋭極>※スキル獲得※
脳裏に、新たな槍の理が刻み込まれる鮮烈な感覚があった。
血を花と咲かせる、残酷なまでの武の美学か。ルグナド様らしい恩恵だ。
「……光を帯びた闇の吸血神ルグナドなど、……ありえん…………だが!」
グラキアスは六眼を煌めかせ、骨腕を振るう。
得物を魔槍杖バルドークと〝立花弦斎の魔斧槍〟に変化させる。
『――マスター、警告! 重力場の歪みが臨界点を突破。第一世代の戦術兵器クラスの空間圧殺シークエンスを確認。このままでは座標ごと消失します!』
戦闘型デバイスの風防硝子の上で、アクセルマギナのホログラムが警告の紅光を放つ。
「戦術級で座標ごと消すとか、怖ぇが、やってやろう」
<血液加速>の鼓動を最大まで引き上げ、新しく得た<継承魔印:黒衣ノ王胤>を励起させる。
黒衣の王の外套〟が、魔界の物理法則を嘲笑うかのようにふわりと翻る。
逆流する液体金属も降り注ぐ瓦礫の雨も周囲数メートルに触れることすら叶わない。
そこは、俺の氣が支配する『不変の聖域』と化していた。
「ヌォォッ! 死ねェッ!」
グラキアスが骨腕を振るい、残りの重力球を衝突させるように放ってきた。
回避不能の広範囲圧殺に見えるが、〝立花弦斎の魔斧槍〟に膨大な血魔力を送る。
そのまま、
「……スラウテル、力を貸せ――」
<継承魔印:暗剣ノ風>を解放。
〝立花弦斎の魔斧槍〟が、数千億年の眠りから覚めた魔神の如く鳴動する。
――芯金に宿るスラウテルの真骨が呪怨鉄を内から焼き尽くさんばかりの漆黒深紅の魔力を噴き上げた。
まさに暗剣の風スラウテルの熱刃に感じる。
すると、胸元の魔印から漆黒の芯を持つ深紅の魔力がビーム状に直進――。
重力球と衝突――途端に、重力球の動きが止まる。
漆黒深紅の魔力が、その重力球の中へと樹状に浸透し幾重にも拡がて重力球だったモノの表面が溶け始めたが、先程の重力球とは異なるのか、圧力が周囲に広がってきた。
だが、重力球の淀みを<隻眼修羅>で凝視。
魔槍杖バルドークを短く握り込み、左手の〝立花弦斎の魔斧槍〟を逆手に構えた。
先程から続いての<魔闘術の仙極>と<闘気玄装>を強める。
マミから得た<トガクレの魔闘氣>も活用――。
魔力を骨の髄へと圧縮し、内圧を高めて空間の歪みに抗い、前傾姿勢のまま――淀みに向け、源左魔斧流、<劫蛇崩打>の理合いを乗せた一閃を繰り出す――。
〝立花弦斎の魔斧槍〟の槍刃が重力球の表面に接触――。
神話級の因縁が空間を劈く。本来、実体を持たぬ重力の収束点。だが、スラウテルの理を纏った斧刃は、それを『肉』として捉えた。漆黒深紅の刃が空間の歪みを強引に断ち割り、重力の核を無残に両断する。
「な、にぃ!? 我の理を斬るだと……」
「にゃごぉぉぉッ!」
動揺したグラキアスの死角――。
黒虎が黒い稲妻となって跳ねた。
体から伸びた極太の触手骨剣が精密な機械仕掛けのようにグラキアスの腕の接合部を捉える。
装甲を貫き、腐食した骨を粉砕する嫌な音が響き渡る
続けて、二つ目の極太の触手骨剣が、装甲が爆ぜて剥き出しになった赤黒い骨へと容赦なく連続的に突き刺さっていった。
「グガァァッ!?」
悲鳴を上げる大眷属。
その隙を逃さず、<雷炎縮地>で一氣にグラキアスの懐――。
巨大な骨の大剣が作り出す死角へと滑り込む――。
右手の魔槍杖バルドークを突き出す
――<闇雷・一穿>。
<継承魔印:黒衣ノ王胤>の黒き魔力と、肩の竜頭装甲の<炎邪竜ノ装炎>が混ざり合い、紅矛が禍々しいまでの威圧を放つ。
グラキアスが、「ぬぉ――」と咄嗟に鹿角と残る腕を盾にするが――<トガクレの魔闘氣>を乗せた極限の雷刺突は装甲を砕くよりも早く大眷属の存在そのものを透過した。
「ガ、ハァッ!?」
内から爆ぜるようにグラキアスの強固な呪鋼の装甲がひび割れ、赤黒い魔力が噴出する。
だが、狩魔の王ボーフーンの大眷属は伊達ではない。
痛みに吼えながらも、残された多腕を風車のように振り回し、捨て身の反撃に打って出た。
「舐めるなぁッ! 我は神の死体を喰らいし者ぞォォッ!」
迫る極太の骨剣と重力の塊。
魔槍杖バルドークを旋回させて弾き、互いの剛の力が正面から激突する。
ガガガガァァッ! と、火花と衝撃波が工房を吹き飛ばす勢いで撒き散らされた。
一合、二合、三合――。
硬い装甲を破ったとはいえ、グラキアスの膂力は規格外。
押し込まれそうになる刹那、手放した魔槍杖バルドークを囮にし、後方へ跳躍した。
着地と同時、<大暴領域>によって叩き落とされ、地面に深々と突き刺さっていた魔槍の柄を一蹴。跳ね上がったそれを宙で掴み取るや、そのまま旋回させて<血龍仙閃>――。
一撃を見舞って手放し、次なる神槍ガンジスを掴み<魔皇・無閃>――。
――グラキアスは連撃を防ぐ。
構わず両手の武器を消すと同時、次に拾い上げた炎牙竜槍フレイムファングで下段から斬り上げ、グラキアスの腕を弾く。そのまま竜槍をグラキアスに向け、放り、防御を意識させ――右拳の<血仙拳>、炎牙竜槍フレイムファングを<握吸>で引き寄せ<槍組手>『落流』を狙うが、微動だにしない。
次なる神槍ケルフィルを引き抜き、<妙神・飛閃>――。
雷鳴竜槍ヴォルトブレイカーで<豪閃>――。
右手から左手へ、流れるように魔槍杖バルドークへと移行――。
穂先を左右に揺らめかせながら間合いを詰め、槍術の基本「攔・拿・扎」で払い弾き、引っ掛ける――更に、穿つ<風柳・連礼穿槍>――。
息つく暇もない流麗な連撃を叩き込んでいく。
――次々に武器を乗り換え攻撃――。
血の思念による遠隔操作から己の肉体による物理的な連撃へ――。
次々と武器を持ち替えるたびに槍の「氣」が変わる。
ヴォルトブレイカーの雷、ケルフィルの剛、そして魔槍杖バルドークの鋭。
それらすべての武器の特性を『活かす』――。
流れるような槍舞は、もはや千手観音の如き多角的な暴力となり、再生が続くグラキアスの多腕を蹂躙し大剣を弾きまくる――。
――これこそが風槍流の真髄。
三十合を超える激しい打ち合いの中で、グラキアスの巨体がわずかに揺らぐ。
「今だ――」
<魔神ノ遍在大斧>を発動。
虚空から顕現した漆黒の大斧を両手で握り締め、膨大な魔力を刃に込める。
「消し飛べェッ!」
大斧を振り被り、<龍豪閃>を一閃。
巨大な漆黒の龍の顎がグラキアスを呑み込もうと殺到するが、多腕の異形は空間を歪め、その場から掻き消えた。
転移か!
すかさず俺も<ブリンク・ステップ>を発動。
――バチィィィンッ!
空間と空間が激突し、大工房の上空で俺とグラキアスが交差する。
――ぶつかり合う余波で、周囲の空間が弾け飛んだ。視界が揺らぐ。
空間の亀裂の奥――傷場の外側から流れる不思議なエネルギーが垣間見えた。
古の魔神たちが争う幻影か、それとも星の記憶か。名状しがたい色の奔流が視界の端を掠めるが、今はそれに氣を取られている余裕はない。
「力と機微に富んだ強者、すべての槍を活かす者とでも言うのか! だが、我は――」
上空から降ってくるグラキアスの重力攻撃。
<暁闇ノ歩法>で闇に溶けるようにしてその一撃を避けた。
瞬時に、グラキアスの背後へと回り込む。
「氷王ヴェリンガー、出ろ!」
<氷王・霜穿連式>を発動。
俺の体から霧氷を纏った氷霜花樹が吹き荒れ、半透明の氷王ヴェリンガーが飛び出す。
シュッ、と風を切る音と共に、ヴェリンガーが連続的に神槍を突き出し、グラキアスの背中を青白い閃光が抉り取った。
「グオォォォッ! 貴様ァ!」
振り向いて迎撃しようとするグラキアス。
だが、その死角から『暗剣の風スラウテルの魔印』が自動的に励起し、漆黒深紅の斬撃が不可視の風となってグラキアスの脇腹を深く切り裂いた。
「好機――」
すかさず<脳脊魔速>を発動。
世界の刻が泥のように遅延する。
炎の魔力を極限まで高め、俺は魔槍杖バルドークを構えた。
――<紅蓮嵐穿>を解き放つ。
体と魔槍杖バルドークから龍の形をした<血魔力>と魑魅魍魎の魔力の嵐が噴出した。
身の毛もよだつ紋章魔法陣や、今までバルドークが吸収してきた魂たちが、紅色の嵐雲となって吹き荒れる。俺の腕をも喰らわんとするほどの激しい反動の中――。
秘奥が宿る魔槍杖バルドークごと次元速度で直進し、スローモーションの世界でグラキアスの胸部へと肉薄する。
仕留めた! 確信した刹那――。
「――ルォォォォォッ!」
グラキアスの単眼が狂気的な紅光を放ち、遅延した世界の中で巨躯がブレた。
奴もまた限界を超えた加速能力――俺でいう<脳脊魔速>に極めて近い奥の手を引き出したか。
大眷属は残るすべての腕を束ね、破滅的な重力の渦を自身の目前で爆発させ、強引に軌道を逸らした。次元速度の<紅蓮嵐穿>がグラキアスの肩の装甲を削り取るに留まり、後方の傷場の壁を深く穿ち抜く。
「小賢しい蝿めがッ!」
反撃とばかりに、回避したグラキアスが死角から重力球を叩き込もうと迫る。
だが――<月読>――読める。
奴が加速し避けることも、その後のカウンターも、すべて計算の内。
空を突いた姿勢のまま、俺は即座に<仙血真髄>を発動し、肉体の強度を限界まで引き上げ、そして――。
「これで終わりだ」
左手に握り込んでいた神槍ガンジスを真横へと一閃。
体内深淵から光属性の膨大な魔力が噴出し、芳醇な酒の香りが戦場に立ち込めた。
「な、に……? その光は……!」
驚愕に目を剥き、迎撃姿勢のまま硬直するグラキアスを見据え――。
究極の理を解き放つ<戦神震戈・零>――。
虚空から顕現した神槍ガンジスを核とした戦神の光戈――。
それは武器という概念を超えているが如く、世界そのものが巨大な戈と化しグラキアスの因果を――その運命を一息に断ち切る――。
音が死に――直後、世界は因果の崩壊に耐えかねたように白銀に爆ぜた。
――轟ッ!
凄まじい爆音と、すべてを薙ぎ払う衝撃波。
魔素爆発の余波が体と魂の両方を侵食していく感覚が走る。
己の氣が跳ねる如く揺れた。背に灼熱した隕石のような破片が降り注ぐ中――。
光魔ルシヴァルの特性が瞬時に傷を修復していく。だが、それでも骨格が軋み、筋繊維が引き裂かれる音が体内で響いた。爆風は空間そのものを歪め、大工房の魔素濃度を一時的に真空状態にまで押し上げたように感じた。
「ぐ……ぅ……ッ!」
激痛に歯を食いしばり、膝が折れそうになるのを氣力だけで支える。
やがて爆風が止み、煙が晴れていく。
「にゃおぉぉぉ~」
黒虎の鳴き声が響く。
荒い息を吐きながら前を見据えると、そこには多腕の異形、グラキアスの姿は塵一つ残さず消滅していた。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
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