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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千百七十四話 魔界の断頭将軍と六腕の老兵と理を越える槍

 魔風鍛冶師たちの案内で進む死地【風のスラウテル】の奥底。

 景色が変貌していた。荒涼とした大地を突き破るように、巨大な白骨のアーチが天に向かって反り返り、不氣味な峡谷を形成している。


 ……これが、はるか大昔に地に堕ちたという魔神スラウテルの肋骨か。

 ただの魔獣や魔族の骨にしては、内包する魔素の質が異様だ。まるで骨そのものが緻密な魔導回路であるかのような、奇妙な規則性を感じさせる。


 巨大な生物の胎内に呑み込まれたかのような錯覚を抱かせた。


 吹き荒れる魔風は刃のように鋭く、呪怨鉄の煤が混じって視界を濁らせる。

 飛ばされそうになる案内人たち――帽子と防塵マスクで顔を隠した二眼二腕の魔風鍛冶師たちを、<風柳・異踏>の歩法で風を殺し、<超能力精神(サイキックマインド)>の防壁で護りながら静かに深部へと進む。


 先導する黒虎(ロロ)が、魔界の濃密な闇に溶け込んで跳躍する。音もなく、影さえ残さない。点在していたボーフーンの巡回兵たちは、自分たちが何を失ったのかさえ気づかぬまま、背後から伸びた太い触手骨剣によって喉笛を刈り取られていく。完璧な潜行。相棒の狩りは、もはや芸術の域に達していた。


 やがて峡谷の最奥、最も巨大な肋骨のドームで覆われた開けた空間へと辿り着いた。

 視界が開けた先、煮えたぎる呪怨鉄の炉が、血のような赤黒い光を放つ『大工房』が姿を現した。


 鼻を突く硫黄の臭い――。

 思わず、鼻を擦った。

  

 焦げた肉に近い鉄の匂いには、相棒も「ガルル」と鳴いて反応。『喰いたい』ではないだろう。拒否するようなニュアンスと分かる。


 無数の奴隷たちが重い鉄の鎖に繋がれ、絶望を塗り込めた表情で金槌を振るわされている。その打突音の合間に、魂を削るような呻きが魔風に混じって鼓膜を揺らした。


「……あ、あぁ……」


 案内役の魔風鍛冶師の一人が、炉の火影に照らされた祭壇を見て立ち止まった。防塵マスク越しに漏れた声は、どこか遠い故郷を懐かしむような、不思議な響きを帯びている。

 なぜ、この魔界の最南端の死地で生きる彼らが、そんな郷愁を思わせる声を出すのか。

 理由は分からないが……今は氣にしている場合ではない。


 工房の最奥に設けられた物々しい祭壇。

 厳重な結界に守られたその中心には、探していた『黒衣の王』の遺物――漆黒の外套や奇妙な装身具が、確かな威圧感を放って祀られていた。

 ボーフーンの眷属どもは、あれを呪怨鉄と融合させ、新たな兵器のコアにでもするつもりだったのだろう。


 だが、その祭壇へ至る道は塞がれていた。


 熱風が渦巻く広場を埋め尽くすように、数百人規模の鹿系魔族の精鋭部隊が、隙のない密集陣形を敷いて待ち構えている。

 槍と盾の壁。その後方には弩を構えた射手と魔法兵の列。


 密集陣の最奥、祭壇へと続く階段に、傲岸不遜な態度で腰を下ろす影があった。奇妙な煙管をくゆらせるその男は、顔の半分を凄惨な傷跡が走り、白濁した片目が死神のような冷徹さを湛えている。一目で分かる、幾多の死線を越えてきた老兵の鹿魔族。その存在感は、周囲の精鋭たちを単なる背景へと変えてしまうほどに濃密だった。


 巨大なヘラジカの角の片方は折れており、そこに赤黒く脈打つ異質の骨が義角として接合されていた。

 『魔風鍛冶師』の一人が、


「あの魔角、いえ、義角は『スラウテルの呪骨』です」

「なるほど……」

 

 その背後には、知性は低そうだが岩山のように巨大な、筋肉の塊のような存在が控えている。


 案内役の魔風鍛冶師たちを背後の岩陰に下がらせ、黒虎(ロロ)と共に広場の正面へと歩み出た。


 老兵が紫色の煙を吐き出し、濁った片目でこちらを値踏みするように睨む。


「北の囮城にまんまと主力が行っちまったが……まさかたった一人と一匹で、この大工房の正面から来るとはな。お前さん、さっき入り口でウチの若いのに『プロってもんだろ』と抜かしたそうだな」


 煙管をコンコンと階段の石に叩きつけ、老兵が歪な笑みを浮かべた。


「死に際の念話で聞いた時は耳を疑ったが……なるほど、確かにそれだけの殺氣は纏ってやがる」


 老兵が顎をしゃくった瞬間――。

 数百の部隊が地鳴りのような足音を立てて完全に包囲網を狭めてきた。


 四方八方から放たれる圧倒的な殺氣。


「殺せ。骨の一欠片も残すな」


 号令と共に、幾百の槍衾が迫り、空を覆うほどの魔矢と魔法弾が一斉に射出された。


「にゃごぉぉッ!」


 黒虎(ロロ)が咆哮を上げ、巨大な体をコマのように旋回させる。

 背から放たれた無数の触手骨剣が暴風となって荒れ狂う。

 迫り来る数十人の槍兵をまとめて壁に叩きつけた。


 同時に、大きく開いた口から吐き出された紅蓮の炎が、後衛の射手たちを陣形ごと灰燼に帰す。


 降り注ぐ魔矢の雨を<風柳・異踏>による流麗な歩法で紙一重に躱し、魔槍杖バルドークを旋回。

遠心力を乗せた<豪閃>の連撃が肉を断つ鈍い音を連続して響かせていく。魔矢と魔刃を感覚のまま避けた。

 そのままの勢いで密集した盾の壁へと弾丸のごとく踏み込み――<魔皇・無閃>。

 赤き烈風が噴き上がるような紅斧刃が、重厚な盾ごと魔族の胴を両断――ドッとした噴き出す血飛沫ごと、返す刀、もとい、竜魔石の<血龍仙閃>を喰らった鹿魔族の首から上が一瞬で消失。

 横にゆったりとした動きで、斧刃を振るってきた鹿魔族に合わせるように、魔槍杖バルドークを振るう<杖楽昇堕閃>――。

 左から右へと行き交う紅斧刃の真紅の軌跡が、鋭利な刃物の如く、密集陣形を突き抜けていった。

 血濡れた紙屑が舞うように陣形を崩す。

 続けて、まだ密集を保つ大型の盾持ち連中、その壁へ向け――一切の慈悲なく踏み込んだ。

 ――<魔皇・無閃>。

 紅斧刃が盾ごと魔族の胴体を真っ二つに両断し、

 続く――<血龍仙閃>が、残る密集陣形を頭上から喰らうように粉砕――。

 血龍を纏った穂先の圧倒的な一撃が、地面を喰らう如くの陥没が地響きと共に地形を陥没させた。


 相棒は右に集まっていた鹿魔族たちへ突撃を噛ます。

 その光景を視界の端で捉えた直後――前方の血霞を裂くように、四つの強大な殺氣を察知した。

 現れたのは、業物の呪怨鉄を纏う一回り大きな体躯の鹿魔族たちだ。


 皆、一回り大きな体躯の鹿魔族。


「ラミアル様、ここは我らにお任せを――」

「ふむ、ドドラ、千人長の一角として、結果を見せてみろ。こやつらに傷を与えたら褒美を与えよう。また、狩魔の王ボーフーン様への面会も許可する」

「ハッ! 皆、聞いたな? やるぞ」

「「「おう!」」」


 ドドラたちは、大部隊を統率する副長クラスだろうか。

 密集陣形を抜けて、こちらの隙を狙うように連携し、動く


 ――右から大斧――。

 左から双剣――正面から長槍の<風研ぎ>のような突き。

 そして――背後から音を殺した曲刀が、四方の死角を同時に突いてくる。


 視線を前に固定したまま、右手の魔槍杖バルドークの柄を背へと回し込む。


 ガギィィンッ!


 ――<風柳・背環受け>。


 背後からの曲刀を下から跳ね上げ、敵の体勢を大きく崩す。

 同時に、正面から迫る長槍の突きをわずかな半身で躱し、右腕一本に全魔力と推進力を乗せた。持ち手を末端にずらし、限界までリーチを伸ばした超高速の片手突き。


――<風柳・単撤手たんてつしゅ>。


 風を置き去りにした紅矛が、長槍使いの喉笛を正確に穿ち抜く。まず一人。

 血が噴き出すよりも早く、左から双剣使いが斬りかかってきた。

 柄を引いてその刃を絡め取るように往なし、瞬時に間合いを詰める。武器を交えた至近距離での武術。


――<風柳・槍組手>。


 相手の右腕を魔槍杖バルドークの柄と、自らの左腕で挟み込み、梃子の原理で関節を強引に極めて捻り上げる。

 骨が砕ける嫌な音が響いた。


「ぐァッ!?」


 悲鳴を上げる双剣使いの襟首を掴み、盾とするべく強引に引き寄せた。直後、右から振り下ろされた大斧が、標的を失い自らの仲間の背へと深く沈み込む。


「ぐァッ!?」


 苦悶の声を上げる双剣使いの体をそのまま引き寄せ、自らの前に立たせた。

 直後、右から大斧を振り下ろそうとしていた魔族が驚愕に目を見開く。


「なっ――」


 凶刃を途中で止めることはできず、大斧は『肉の盾』となった双剣使いの背中に深く食い込んだ。


「ガ、ハ……」


 盾となった男が絶命する隙を逃さない。

 肉の盾ごと、魔槍杖バルドークの石突にある竜魔石を大斧使いの顔面へと叩き込む。

 頭部を粉砕された大斧使いが、双剣使いの死骸と共に吹き飛んだ。これで三人。


 残るは、最初に背後から曲刀を放ち、体勢を崩していた一人。

 仲間の無惨な死に顔を引き攣らせ、慌てて後退しようとするが――遅い。


 地を蹴り、<雷炎縮地>の神速で肉薄。

 一切の慈悲なく振り抜いた<魔皇・無閃>の紅斧刃が、その胴体を袈裟懸けに両断した。


 わずか数分。盾となっていた四人の副長クラスを含め、何十という精鋭が物言わぬ肉塊に変わった。

 と、不可解な太鼓のような音と同時に、口笛が響く。


 その血だまりの奥、祭壇の階段に腰掛ける老兵は顔色一つ変えない。

 その右上にいる大柄の男は、


「兄者、あの槍使いと黒虎は、今までとは違うぞ」

「あぁ……ガイラン。久しぶりに俺たちの全力を出せる相手だ」


 紫色の煙を細く吐き出し、濁った片目でこちらを値踏みするように睨み据えた。


「……速く強い。だが、若ぇのは動きが直線的だ」


 老兵は煙管を放り捨て、ゆっくりと立ち上がった。

 背後の大柄の鹿魔族が地響きを立てて前へ出る。

 その手には、不格好だが極端に重い呪怨鉄の大金棒が握られていた。


 そのガイランと呼ばれた大柄の鹿魔族は、


「ギガァァァッ!」


 と、涎を撒き散らしながら、圧倒的な質量を乗せた突進を仕掛けてくる。凄まじい風切り音と共に振り下ろされた大金棒だが、軌道は丸わかり――。


 魔槍杖バルドークを斜めに構え、<風柳・下段受け>でその莫大な運動エネルギーを真横へ往なす。


 ――だが、その瞬間、手に伝わる感覚が異常を告げた。


「バカめ、そいつの力はそんなヤワじゃねぇ!」


 ラミアルの嘲笑が響く。

 ガイランは強引に地面を粉砕して踏み止まり、往なされたはずの遠心力を呪怨鉄の重みで強引に制御。大金棒が重力を無視した軌道で、真横から俺の脇腹を狙い撃つ。


 刹那、死角の地面を這うように滑り込んできた老兵が、呪怨鉄の砂塵を蹴り上げ、俺の視界を奪う。

 剛腕の横薙ぎと、老兵の目潰しからの死角攻撃――。


 完璧な殺しの連携だが、<隻眼修羅>の知覚は揺るがない。

 魔槍杖バルドークを突き出し、螻蛄首で防ぐ。


 ドッと、肉を穿つ感触ではなく――。

 硬質な岩を叩いたような鈍い衝撃で、腕に跳ね返る。

 砂塵が晴れた視界には、頭部を前に出した老兵。

 折れた義角と、スラウテルの呪骨で、魔槍杖バルドークの穂先を噛み合わせるように呪骨の隙間にロックされてしまう。


 穂先が呪骨に触れた瞬間――。

 魔槍杖バルドークに込めていた魔力の一部が不自然に吸着し中和されるような感覚を覚えた。


「――はっ、この得物、相当のクセモノだが、わしの魔角も普通ではないのじゃよっ」

「そのようだな……」


 魔界の骨の理とは違う……何か別の法則が働いているのか。

 義角で槍を封じられた至近距離だが、<魔手回し>――。

 角ごと老兵の首を狙うように前に出て横回転――。

 老兵の首がぐわりと曲がり、骨が折れる音が響いたが、「――無駄だ」と言い放った老兵から衝撃波が発生。


「――くっ」


 後退したが、力で耐えながら<血龍仙閃>――。

 魔槍杖バルドークの紅斧刃で、鹿魔族の老兵の下腹部を狙うが、老兵は横に移動し避け、


「――言っただろう。読みやすいってな」


 隠し腕が握る複数の呪われた武具が迫る。

 それを<隻眼修羅>で読み切り、避けた。


「チッ、反応が良すぎじゃぞ、ガイラン、合わせろ!」

「おう、兄者!」


 左の死角から振り下ろされ、背後からは体勢を立て直した大柄のガイランが迫った。


 大金棒か――阿吽の呼吸。一見は絶体絶命の死地。

 ――だが、俺にだって最高の『相棒』がいる。


「ロロ!」

「にゃごぉぉッ!!」


 呼応する怒号。

 黒虎(ロロ)の極太の触手骨剣が、大金棒の下から絡みつき、その怪力に力負けすることなく拮抗する。

 続いて、空いた触手が巨体と衝突を繰り返す。


 鈍い音を響かせながら後退させた。脅威を完全に遮断した。


「なっ、ガイランを獣が一匹だけで止めやがった!?」

「獣ではない、俺の相棒だ――!」


 背後を相棒に預け――。

 丹田の奥底からマグマのような膨大な<血魔力>を爆発的に噴き上がらせる。

 体勢を崩した老兵の隠し腕が、虚しく空を切る。

 そのまま、引き抜いた魔槍杖の遠心力を利用し、一回転。

 ――<龍豪閃>。


 赤き軌跡が閃き、老兵の異形の隠し腕を、奴隷が打ったという呪われた武具ごと叩き斬る。


「ガァァッ!?」


 老兵が苦悶の声を上げて吹き飛びながら、両腕から魔刃を飛ばしてきた。直ぐに<月読>と<水月血闘法>を発動し、左右に移動して避ける。


 老兵は双眸をしかと煌めかせ、そこから紫と赤の魔力を発し、


「ガイラン、時間を稼げ――」


 紫と赤の魔力を三日月状の魔刃に変化させ、それを飛ばしてきた。左に半身のまま<風柳・異踏>で移動し避けるまま、老兵と、相棒と、大柄のガイランと呼んだ鹿魔族を見やる。


 轟音が響く。


「ギギィィ……ッ」


 相棒の複数の触手が大金棒を強引にへし折り、そのまま大柄の鹿魔族の両腕と体を拘束して宙へと持ち上げていた。


「獣が、退けァ!」


 大柄のガイランが鹿の角から魔刃を放とうと足掻くが、

 黒虎(ロロ)が「ガァァルルッ!」と喉を鳴らし、ガイランの太い首へと砲弾のように飛びかかる。


 ドッと鈍い音が響く。

 相棒の強靭な両顎が、その骨を無慈悲に噛み砕き、その鹿の頭を捻り千切った。頭部を失った巨体が力なく地面に落下。

 

 ドスンと重低音が響いた。


「ガイラン!?」


 狼狽した老兵へと踏み込む。

 だが、老兵は読んでいたようにニヤリと白濁した片目を細め、


「ハッ、弟者が倒れようとも、それを活かすのが道理よ――」


 音波ッ!? 視界が揺れる。

 先程の衝撃波とは異なる、<精霊珠想>のないヘルメ無しだと、もろにくる――。


「ハッ、神界、魔界の加護持ちを何度屠ったと思うておる――」

 

 老兵の背の衣服が破れ、不気味な肉の裂ける音と共に、真新しい異形の『五本目と六本目の腕』が飛び出してきた。

 隠し腕が握るは呪怨鉄の魔斧と大剣。そこから魔風が吹き荒れながら狩魔の王ボーフーンの幻影が生まれていた。


「――奴隷どもが泣きながら打った傑作だ。たっぷりと味わいな!」


 義角から魔刃も飛来――。

 それを魔槍杖バルドークの<風柳・中段受け>弾く。

 同時に角が変形し四方八方に伸びては魔槍杖バルドークに絡み付く。<血魔力>を送るが、蒸発音を轟かせるのみ。


「ほぉ、やはり、その光と闇の魔力は厄介だ――」


 魔槍杖バルドークを封じ、回避不能のタイミングで、複数の呪われた武具が死角から振り下ろされる。


 右から相棒と争う音が響く。

 死んだはずでは?


「ハッ」


 動揺を読み取れた老兵から音波を囮にしたように魔刃が連続飛来――魔槍杖バルドークと<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を盾に回すが、魔刃は分裂し、転移しては、背後から飛来していた――。

 即座に<炎邪竜ノ装炎えんじゃりゅうのそうえん>を発動。

 背の肩の竜頭装甲(ハルホンク)と、闇と光の運び手(ダモアヌンブリンガー)に赤黒い炎が展開する。

 ドッとした重い打撃の感覚を受けつつ、老兵が突き出した角の連続攻撃を魔槍杖バルドークで往なした。

 吹き飛ばされた<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を引き寄せ、老兵の首に衝突させ、否、避けながら角を伸ばしてきた――。


 左に避ける。

 更に、相棒の攻撃を往なしただろう、体勢を立て直した弟の大金棒を背後に察知――。


 冷静に――。

 <経脈自在>を意識、<紫月>を発動。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>を核に、いつもの<闘気玄装>を極限まで強め、<煌魔葉舞>を発動。

 <ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動するまま、大金棒の一撃を避けた。


「ちくしょう!!!」


 地面に転がっていた鹿頭が叫んでいた。

 その頭部に相棒の触手骨剣が何度も突き刺さっていく。


 同時に、丹田の奥底からマグマのような<血魔力>が噴き上がる。そこへ<魔闘血蛍>の紫光を外へ放ちつつ――。

 マミから得たばかりの<トガクレの魔闘氣>で魔力を骨髄へと圧縮する。

 そして、それらすべてを束ねる<魔闘術の仙極>を発動するまま老兵が突き出してきた角を魔槍杖バルドークで押さえた。


 周囲の音が消えるまま――。


「――!?」


 引き上げた速度と筋力に<握吸>と<勁力槍>を込めた魔槍杖バルドークで、物理的に、老兵を前に押し込む。

 力で対抗した老兵は驚愕に白濁の目が見開く。

 

「くっ……この<血魔力>と力、ただの二腕二足ではないのか……では……あの噂の槍使い……」


 駆け引きには、のらん――。

 義角でロックされていたはずの魔槍杖バルドークを、力任せに、強引に引き抜く。


 メキィッ! と音を立てて、未知の法則を秘めていたはずのスラウテルの呪骨が根元から粉砕された。

 体勢を崩した老兵の隠し腕が、虚しく空を切る。

 そのまま、引き抜いた魔槍杖の遠心力を利用し、一回転。


 ――<血龍仙閃>。


 赤き軌跡が閃き、老兵の異形の隠し腕を、奴隷が打ったという呪われた武具ごと叩き斬る。


「ガァァッ!?」


 老兵が苦悶の声を上げて吹き飛ぶ。

 地面の鹿頭が「アニキィィッ!」と絶叫し、首無しの胴体が慌てて大金棒を振り上げ援護に入ろうとするが――遅い。


「にゃごァ――」


 相棒の咀嚼と巨体がドスンドスンと崩れ落ちる音を背に、老兵へと踏み込んだ。


「経験が勝つのは、理の範囲内での話だ」


 冷たく見下ろし、魔槍杖バルドークを短く握り込んだ。


「力が理を越えりゃ、そんなものはただのノイズだ、アディオスッ」

「多少の速度を得たところで――」


 構わず<脳脊魔速>――。

 ノーモーションで<紅蓮嵐穿>を繰り出した。

 

 体と魔槍杖バルドークから龍の形をした<血魔力>と魑魅魍魎の魔力の嵐が噴出――。

 その魔力嵐の中に混じるや否や推進力が増加――。

 秘奥を宿した魔槍杖バルドークが、次元の壁を置き去りにする速度で突き出す。

 もはや槍の突きではないのかもな――。

 虚空を強引にこじ開け、魔界の空間そのものを削り取る魔力の奔流。<紅蓮嵐穿>の嵐が、老兵ラミアルが積み上げてきた経験も、呪われた武具も、その存在のすべてを等しく無へと帰す。激越な衝撃波が、背後の祭壇ごと老兵の半身を粉微塵に穿ち抜いた。


 体が半分だけとなった老兵ラミアルは、ヘラジカのような角を煌めかせつつ、


「――バカな……神速……個の……力……」


 呪詛のような呟きを残し、ドサリと崩れ落ちた。

 長年、死地を渡り歩いてきたプロの魔傭兵の最期。頭部を落とされても生きていた。

 更に、あの老兵、<脳脊魔速>を解除したが、切り札に対応し、音波の絡め手まで仕掛けてきた。

 やはり、魔界セブドラは侮れない。


 まさに、魔界の断頭将軍……そして老驥櫪(ろうきれき)に伏す。


 指揮官のラミアル兄弟を失ったことで、周囲の残党たちは完全に戦意を喪失した。

 彼らは武器を放り出し、絶望の悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める。


 黒虎(ロロ)が、


「にゃごぉ」


 逃げ遅れた数体の背を触手骨剣で正確に貫き、最後の憂いを断つ。静寂が戻った大工房。

 祭壇への道は完全に開かれた。

 乾いた空氣に油の匂いがこびりつく広場を抜け――。

 ゆっくりと祭壇の階段を上る――。


 ……案内人である魔風鍛冶師たちも、恐る恐るその後ろについてきた。


 結界に守られた最上段。


 そこに安置されていたのは……。

 吸い込まれるような漆黒の外套と……。

 星の瞬きを封じ込めたような奇妙な意匠の装身具の数々だった。


 周囲には、呪怨鉄のインゴットや、先ほどラミアルの義角になっていたものと同じ『スラウテルの呪骨』が、融合の儀式を待つように無造作に積まれている。


 これは間違いない。魔神バーヴァイ様の『黒衣の王の遺物』。

 ラミアルが装備していなかったのは偶然かな。それとも改良途中だったからか……それとも更なる大物……。


『――マスター、後者の推測が極めて高い確率で正解と推認されます』


 思考を巡らせた刹那、戦闘型デバイスがかすかに振動した。

 ホログラムのアクセルマギナがふわりと浮かび上がり、その蒼い瞳で祭壇の遺物と結界を鋭くスキャンし始める。


『この祭壇に展開されている結界および融合した魔法陣……純粋な魔界で用いられることの多い高度な魔術式や魔方陣も使われています。しかし、その基盤は極めて高度な生体演算回路の構築プロセスに酷似しています。現在、遺物と呪骨による『最適化コンパイル』は進行中。未完成の状態で同調を試みれば、対象の肉体と精神は不可逆の崩壊を引き起こしていたはずです』


 なるほど。

 だからあの老兵も、自分の義角に骨の一部を使うにとどめ、本体の遺物には手を出せなかったわけか。


『加えて、この結界の基盤には、かつて観測した【曉の帝国】やナ・パーム統合軍惑星同盟の遺物と類似するエネルギー波長が微弱ながら確認できます。ボーフーンの眷属どもは、単なる呪術だけでなく、過去の宇宙文明の残滓をも兵器転用に利用している可能性があります』


 魔科学の流用か。

 ドイガルガが遺した魔塔でもそうだったが、セラや魔界でも、神の力と古代の科学が泥沼のように混ざり合っている。


続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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