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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千百七十三話 死地の『魔風鍛冶師』たちと白亜の城の女傑たち


 わずか数十秒――。

 蹂躙の残響を、肺腑を焦がす乾いた死の風が掠め去っていく。


 先ほどまで殺意を剥き出しに吠え立てていた鹿系の魔族たちは、今や生を吸い尽くされた歪な彫像へと成り果て、その輪郭から順に砂塵へと崩れ落ちていた。


 そして、左方、坂上の岩陰。

 

 そこに潜む射手たちの、ひきつけを起こしたような魔素の揺らぎと破裂しそうな鼓動が鼓膜を叩く。

 

 敢えて、無防備を晒すように魔槍杖バルドークを戦闘型デバイスに仕舞い――深呼吸。


 死の臭いが混じる大氣を深く吸い込んだ。


 逃げたければ逃げるがいい――。

 その恐怖の記憶こそが、ボーフーンへの最良の宣戦布告となる。


 指先に<血魔力>を込め、


『――ヴィーネたち、背後の通り道だが一方通行だった、そっちの動きは?』

『はい、狩魔の王ボーフーンの勢力が周囲に出現し続けています。ご主人様、しばらく、忙しくなるので、血文字の返事は遅れます』

『了解した』


 キュベラスを連れてくれば良かったか。

 ま、ここは狩魔の王ボーフーンの領域で、あの高台から近いとは思うが……。

 すると、相棒黒虎(ロロ)の長い尻尾が飛来――。

 視界が漆黒の毛並みに覆われるまま、しなやかな尾が俺の鼻や目元を撫でていく。


 戦いの熱を冷ますつもりなんだろう。


「ンン、にゃ」


 と、吐息を漏らすようなかすかな鳴き声を発した。

 そのかすかな喉鳴りと振動は、鼓膜を通じ、脊髄を撫でるかのように、内に残る戦意の残滓を優しく溶かしていった。


 その黒虎(ロロ)は、

「にゃご」

 と小さく鳴き、首から伸ばした右の触手をクイッと動かし斜め前を指し示す。

 触手と視線の先――そこには監視役を失い、重い荷車の陰に身を寄せ合ってうずくまる影があった。


 脂と煤にまみれた分厚い布を幾重にも纏い、防塵マスクの奥で二つの瞳を怯えに濡らした魔族たち。


 あの『空間トンネル』の鍵となっていた幻影が、肉体という苦痛を伴ってそこに実在していた。

 彼らこそが伝説に聞く『魔風鍛冶師』の末裔たちか。


 彼らはガタガタと震えながらも、逃げ出すことなく身を寄せ合い、怯えた双眸でこちらを見つめていた。


「キキッ……」

「グルル……」


 唸り声とも悲鳴ともとれる奇妙な声。

 意識の焦点を切り替える。

 <闇透纏視>と<隻眼修羅>が網膜の裏側で火を灯し、世界を魔素の濃淡で描き出す――群れの中に数点、鋭い光を放つ魔力の核を確認。だが、その輝きはどれも立ち消えそうなほどに細い、絶望に摩耗している。

 

 強者らしき魔族もいるが、やはり大半は弱っているように見えた。だが、恐怖に染まりながらも、荷車や仲間を守ろうとする矜持を持つ魔族もいる。


 過酷な環境と暴力の支配の下で生き抜いてきた泥臭い生命力を感じた。ただ鞭打たれるだけの抜け殻ではない。


 この死地を這いずり回って生き抜いてきた生粋の民だろう。


 その彼らに笑みを意識し、両手を少し上げ、敵意がないことを示す。相棒も「にゃ」と鳴いてから、ちょこんとエジプト座り。尻尾で前足を隠す。


 黒虎のままで、一応の警戒モードだ。


 そこでアイテムボックスから食材袋を出す。

 中身の清らかな水の入った大きな革袋と、美味い魔獣の干し肉を取り出した。


 それらを掴みながら、前に出て、帽子と防塵マスクを装着した二眼二腕の魔族の仲間を庇っていた者の足下へと、静かに差し出した。


「ギュバァ!? (えぇ!?)」

「「キギギッ? (食いもんか?)」」


 驚きの声が少し変わっている。

 防塵ゴーグルを外した魔族の奥の目が驚きに見開かれていた。


 彼らが漏らした喘鳴が、意識の中で意味を持つ言葉へと組み替えられていく。


 ――<翻訳即是>が死地に固有の言語体系を紐解き、彼らの驚愕を、俺の知覚へとダイレクトに接続した。


 しかし、かなりの驚きか。


 ま、ここの環境を見る、当然か。

 溢れんばかりの清水が満ちた革袋と、滋養に富んだ魔獣の干し肉だ。生命の芳香を呼び出すには十分だろう。


 先頭の者は、恐る恐る干し肉の匂いを嗅ぐ。

 と、マスクを少しずらし、一口齧った。

 途端に、その動きが止まる。

 美味さに感動したのか、あるいは久しぶりのまともな食料だったのか。慌てて背後の仲間たちに水と肉を分け与え始めた。


 貪るように飲み食いする彼らの姿を見ながら、ゆっくりと歩み寄る。

 一応、共通語と、先程理解できた言語を――。


「……こんにちは、先ほどの空間の入り口で見えた幻影と同じ方々ですよね。そして、俺が通り抜けた道は、貴方たちが造ったものなのでしょうか」


 俺の問いに、肉を食べていたリーダー格らしき者が、防塵マスクを完全に外し、深くひれ伏した。

 

 マスクを脱いだその顔は、呪怨鉄の煤が肌の奥まで染み込み、幾千の火の粉が刻んだ火傷の痕が、過酷な年月の地図のように広がっていた。


「……畏れ多き。死を運ぶ風の如き御方が、我ら卑しき民の言葉を拾い上げてくださるとは……」

「共通語は使えますか?」

「大丈夫です」


 お、なら話は早い。


「では、改めて、先程の、俺が通り抜けてきた渦の道の件のことが聞きたい」

「この『古道魔印』は、我らの祖が流した血と涙の結晶……。ボーフーンの魔手から同胞を逃がすため、絶望の合間に刻みつけた、唯一つの希望の糸口だったのです……」


 男の声は嗄れていたが、たしかな知性を感じさせた。


「だが、時が経ち、我らは再び狩魔の王の軍勢に捕らえられ、こうして呪怨鉄や神々の骨を掘り、運ぶだけの奴隷に成り下がりました。あの穴も、今では監視役どもが我らを効率よく酷使するための『裏道』として利用される始末……」

「なるほど。あのパズルは、本来は同胞のためのものだったわけか」


 悲痛な歴史だ。ラムーが言っていた『魔神の骸が転がる地で武具を打つ禁忌の集団』というのも、狩魔の王ボーフーンによって強制的にそれをやらされている悲惨な奴隷階級に過ぎなかったということか。


「「……」」


 黒虎(ロロ)が触手を伸ばし、肉を食べる彼らの頭をポンポンと撫でる。

 触れられた魔族は、その温もりに魂を射抜かれたように硬直した。


 その魔族は、それが支配ではなく慈悲だと理解したようで、砂を噛むように平伏し、天を仰いで相棒を称え始めた。


「「オォォ……黒き獣神様……!」」

「黒き獣神、闇を統べる慈悲の牙よ……!」

「にゃご?」


 黒虎(ロロ)は、己に向けられた過剰なまでの崇拝に、場違いなほど可愛らしく小首を傾げた。


「御方様……貴方様は、我らをどうなさるおつもりですか? 監視役をあのように容易く屠るお力……どうか、我らをお助けくださいとは申しません。ですが、せめてこの命ばかりは……」

「安心してください。命を取るつもりはない。目的は、この狩魔の王ボーフーンの領域、そのもの。この地に集められているかもしれない『黒衣の王』の装備も探している」


 その言葉を聞いた瞬間、魔風鍛冶師たちの顔色が変わった。


「……黒衣の……魔神バーヴァイの遺物を……」

「知っているのか?」

「はい……我らが無理やり鍛え、集めさせられている装備類の一つにありました」

「詳しく」

「はい、呪怨鉄の武具などと共に複数のアイテム類は、ボーフーンの大眷属どもが直々に装備するところを見た者がおりまする。その保管庫は坂上の陣地にまだあるかもしれませぬ」

「もう一つ、聞きたいことがある。この地の不自然な魔風……そして、貴方たちが掘り出している巨大な骨などの残骸だ。もしや、『暗剣の風スラウテル』に関係しているんじゃないか?」


 その名を口にした瞬間、魔風鍛冶師たちの間に凍りつくような緊張が走った。

 リーダー格の男が、すがるような目で周囲の荒野を見回し、声を震わせる。


「……その御名は、この地獄の真実そのもの。我らが掘り出しているのは、はるか昔に狩魔の王ボーフーンによって惨殺された魔神、この地そのものと言えるほどの……スラウテル様の御骸にございます……」


 この地……。


「……やはり、ここが『神の墜落地』か」

「はい。この身を削る呪われた魔風も、スラウテル様の怨嗟の吐息。我らは神の肋骨や死肉を削り出させられ、ボーフーンの深淵で採れる呪怨鉄と混ぜ合わせて武具を打つよう強要されておりました。……先ほど貴方様が屠った監視役の得物も、我らが打たされた粗悪品の一つです」


 なるほど。ラムーの鑑定と推測が、ここで完全に現実の線として結ばれた。

 立花弦斎の魔斧槍に埋め込まれていた芯金。

 あれは間違いなく、この地の最深部で彼らが削り出したスラウテル本人の『真骨』だったというわけだ。


「なら、スラウテルの純度の高い遺骸や、かつての魔神の力が色濃く残る場所も、その最深部にあるのですか?」

「は、はい……『黒衣の王』の遺物と同じく、大眷属どもが巣食う工房のさらに奥、魔風の源流と呼ばれる場所に……」


 お、ビンゴだ。

 ニヤリと笑う。


「そこに案内してもらえるかな」

「は、はい! 喜んで道案内をさせていただきます! この命、貴方様に!」


 彼らは一斉に立ち上がり、深々と頭を下げた。

 これで死地における確実なガイドを手に入れた。

 しかし、周囲を見渡して疑問が湧く。


「……それにしても、国境の警備にしては手薄すぎないか? 入り口を開けたとはいえ、駆けつけてきたのがお前たちを監視していた十数体だけとはな」


 呟きに、リーダー格の男が空を指差した。


「そ、それは……御方様が突破した北の空ですが、突如として『巨大な白亜の城』が出現したからです。ボーフーンの領域の空を冒すなど前代未聞。今頃、国境周辺にいた大眷属の直属部隊や、飛翔型の魔獣軍団の一部が、巨大な城を破壊すべく向かっているかと」

「……あぁ、そういうことか」


 今頃、ヴィーネたちはあの大軍を相手に派手に戦ってくれているはずだ。

 前線基地として高台に【砂城タータイム】を展開したのは偶然だったが、結果的に敵の目を釘付けにする『巨大すぎる囮』として、これ以上ない妙手となったわけか。



 □■□■



 同時刻、狩魔の王ボーフーンの領域の北。

 光魔ルシヴァルの最南端も見える荒野の高台に、突如として現れた白亜の城塞【砂城タータイム】の周囲の宙空には、爆発と閃光が連続して続いていた。


「――キシャアァァァッ!」

「落とせ! ボーフーン様の領空を侵す不届きな城ごと、塵に変えろォッ!」


 漆黒、紫、赤の魔風が吹き荒れる。

 宙空を埋め尽くすほどの飛翔魔獣――巨大な四枚羽の蝙蝠や、腐肉を纏った怪鳥、そしてそれらに跨るボーフーンの重装魔族たちが、怒涛の如く砂城タータイムへと殺到していた。


 だが、その絶望的なまでの大軍勢を前にして、城壁の上に立つ女傑たちに焦りの色は微塵もない。


「ふふっ、見事に釣れたわね。まさに飛んで火にいる夏の虫、よ!」


 レベッカの瞳が、歓喜に近い戦意で蒼く燃え上がる。彼女が掲げた竜杖の先から、大氣をプラズマ化させるほどの超高温を孕んだ蒼炎の勾玉が噴出した。


 <光魔蒼炎・血霊玉>――。


 それは先程の皇級:火属性炎神鳥の囀り(フェニックス・ロア)とは別種の炎。


 もう一つの青い太陽となり、群がる羽虫どもをその熱量だけで消滅させていく。


 ズドォォォォンッ!


 蒼い炎が空中で大爆発を起こし、群がる怪鳥の群れを一瞬にして灰燼に帰す。


 〝星見の眼帯〟に<血魔力>を通しているヴィーネが、


「レベッカ、さすがです! そして、これだけ派手に私たちが暴れれば、ご主人様の潜入ルートはガラ空きになるはずです。一匹たりとも、南のシュウヤ様の元へは行かせません!」


 銀髪を苛烈な風に踊らせ、翡翠の蛇弓(バジュラ)の光弦の音さえ置き去りにする速度で連射する。

 放たれた光の雨は、意思を持つ如く、宙で軌道を歪め、急降下、魔族たちの命の急所を寸分の狂いなく刈り取っていった。


 隻眼にも見える元ダークエルフの美女は<血液加速(ブラッディアクセル)>を使い、飛来した魔弾の群れを避けては、反撃に<速連射>を使い、無数の光の矢を射出していく。


 その横では、エヴァが魔導車椅子の上で静かに指を振るっていた。


 喧騒の中心で、エヴァだけが静謐な死を司っていた。魔導車椅子の上で、ピアノの鍵盤を叩くように細い指先を踊らせる。


「ん、重力に、跪け」


 <霊血導超念力>に捉えられた数トンの岩塊が、物理法則を無視した加速で宙を舞い、巨大な質量兵器となって魔獣の群れを文字通り圧殺していった。


 紫の魔力に包まれているもう一つの白皇鋼(ホワイトタングーン)の金属の群れは、飛来してくる無数の飛び道具を、遠くから自動で狙い撃つように、衝突を繰り返していた。


「ありがとう、エヴァ!」

「エヴァ、ナイス! お菓子半日分と、肩もみ一日券をあげる!」


 ユイとレベッカの声が飛ぶ。

 激戦の最中だというのに、彼女たちの声には緊張よりも余裕の笑みが混じっていた。


『ウフフフフ! 水と氷の宴と行きましょう――』

『闇雷の贄! <雷雨剣>――』


 城の防衛を任された常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァも、水飛沫と紫電を撒き散らしながら宙空を乱舞し、敵の魔法部隊を蹂躙していく。


 ミレイヴァルも聖槍シャルマッハを振るい、防衛網に加わっている。古の水霊ミラシャン、風の女精霊ナイア、シュレゴス・ロードの姿もそこにはあった。


 炎竜ヴァルカ・フレイムと深淵のネプトゥリオンは、定位置から動くことなく、城に近付こうとする魔獣型のモンスター兵たちへ烈火のブレスと津波のような水塊を浴びせ、次々と地上へ墜落させていく。


 圧倒的な質量と火力による防衛線。

 皆、理解していた。この【砂城タータイム】を最も目立つ場所に展開した理由。

 それは、ただの補給基地ではない。

 敵意を集め、主のシュウヤが死地の最深部へと、音もなく、迅速に刃を届かせるための『巨大なる金床』の役割を果たしているのだということを。


「さぁ、シュウヤが戻るまで、この城は指一本触れさせないわよ! もっと熱く燃えなさい!」


 またもレベッカの号令が響く。

 再び極大の蒼炎の勾玉が、ボーフーンの暗い空を明るく照らし出す。

 光魔ルシヴァルの精鋭たちによる、無慈悲で完璧な防衛戦は、敵の血が枯れ果てるまで続くのだった。


□■□■

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。」1巻-20巻発売中。

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