二千百七十二話 蒼炎の魔法絵師と魔傭兵のプロと黒虎
「シュウヤ。この地の澱みを払ってくれた恩、生涯忘れない。……南の死地、氣をつけて行け」
「あぁ、サシィ、源左と立花の問題は根深そうだが、がんばれ、大三郎もな」
「ハッ。シュウヤ様たちもご武運を」
サシィと大三郎に見送られ、【源左サシィの槍斧ヶ丘】を後にした。
相棒は、黒い毛並みが波打つ巨大な神獣形態に変化。
口を広げ、
「にゃごぉ~~ッ」
と神獣ロロディーヌの咆哮が、大氣を震わせる。
影から伸びた黒い触手が、俺たちの体を優しく、かつ有無を言わさぬ速度で絡め取るや、視界が跳ね上がって、相棒の頭上に運ばれた。
相棒の左目の前方に〝列強魔軍地図〟を展開させ、南の方角を指し示すと、「ンンン――」と喉声を発し、加速してくれた。
景色が後方へと飛んでいく。
目指すは南。地図が示す空白の死地、狩魔の王ボーフーンの領域。
防波堤として機能していた【ケーゼンベルスの魔樹海】の鬱蒼とした森を越えていく。外縁に近付いた。
光魔ルシヴァルの勢力圏における最南端――。
前方の狩魔の王ボーフーンの領域は広大。
漆黒の闇を核とし、毒々しい紫と、凝固した血のような赤が混濁した特異な魔風が荒野を蹂躙している。標高の高い岩場は、ウルルのエアーズロックや、米国のブライスキャニオン国立公園の地形に似ている。
相棒は旋回機動していく。
鼻腔を突くのは、幾千の死が積み重なった濃厚な死臭と、戦場特有の、鉄が錆びついたような咽せるような臭氣
墓場らしきところと、巨大な鴉の群れが棲まう枯れた巨大樹の丘に、砦跡、魔力を帯びた有刺鉄線と塹壕だった跡地が見えるが、四肢が巨大な魔獣が、巨大ガゼルのような動物系モンスターを追い掛けているのが見えた。
ラムーが、
「魔夜の空が漆黒、紫、赤に変化しましたね」
ザガが、
「おう、狩魔の王ボーフーンの領域の照明だろう」
「うん、氣候から空氣も違う」
「ん、広陵。……砂漠が広がっているけど、あちこちに斑点のような緑も見える」
エヴァの言葉に、
「生命のありそうな緑もありますが、魔素に侵された毒の緑もある」
ユイが続く。
レベッカが、
「モンスターも多いから降りるところも考えないと」
キサラが、
「はい、モンスターの氣配が濃い。降りる場所を誤れば、着地と同時に包囲されるでしょう」
皆が険しい顔で語る。
「まずは前線基地を作るとして、相棒、少し前に進む。狩魔の王ボーフーンの領域に入ろうか」
「にゃぉ~」
相棒は直進し、狩魔の王ボーフーンの領域に突入した。
加速した神獣は紫と赤が目立つ向かい風を感じさせない
前方から広範囲にかけて、砂塵と共に何層にも分かれた魔法の膜が敷かれているのが見えてきた。『魔力溜まり』は無数に点在し、宙空には、岩の残骸があちこち浮遊しては、広陵とした大地から不自然に巨大な岩が連なっていた。
「結界でしょう」
「魔法の膜、表層に魔法陣がある。砂塵にも魔力が含まれている」
「狩魔の王ボーフーンの陣地か。それとも、未知の魔族たち、先程の『魔風鍛冶師』たちの場所か」
「はい、どちらにせよ、もうここは狩魔の王ボーフーンの領域です。慎重に行動しましょうか」
ヴィーネの言葉に皆が頷いた。
ボンが前に出て、羊皮紙を掲げた。
「エンチャントゥ~!」
虹色の魔力が地図の暗号に呼応し、荒野の特定の座標を示す。
〝列強魔軍地図〟が示す部分と重なり合う。
<隻眼修羅>と<闇透纏視>を発動――。
その座標と目に見えている分かるところを凝視した。
……なるほど、ただの風景に見えるが、空間そのものに何重もの魔力的な『鍵』が掛けられていると分かる。
「『魔風鍛冶師』たち、未知の魔族たちの領域の可能性もある」
「あぁ、皆、あの中には突入しない。いったん、この広陵の――」
と、巨大で標高の高い岩場を見つけた。
「相棒の左の岩場に行こう、そこを一旦の基地としよう」
「にゃご!」
相棒は氣合い声を発し、急降下――。
巨大な岩場に着地した。皆も相棒の頭部から降りた。
標高はざっと数千ぐらいか、広陵とした場所だが、渓谷の山と同じ。
「砂城タータイムをここに展開させる。キュベラスは、ここを記憶を」
「はい」
キュベラスはお辞儀をしてから素早く体から<血魔力>を発した。
双眸が少し輝く、
「記憶しました<異界の門>で出入りが可能です」
「ありがとう。ヘルメ、グィヴァ、ミレイヴァル、古の水霊ミラシャン、ナイア、シュレも、この高台と、背後の光魔ルシヴァルの領域と、この狩魔の王ボーフーンの領域の補給路、安全の確保だ」
「「「は」」」
〝レドミヤの魔法鏡〟やパレデスの鏡を使用せずと大丈夫になった。
領地、本拠地と直結する補給、連絡線が確保できたことになる。
アイテムボックスから【砂城タータイム】を解放――。
砂塵を巻き上げながら一氣に巨大な砂の城塞が構築された。
「ここが前線基地。前に出ても背後は安全」
「はい、そして、地図にもあったようにあの『魔力溜まり』は……」
ヴィーネの視線の先、タータイムの先に広がる大地には、奇妙な形をした岩場と谷、枯れ木の群れ、巨大な枯れた樹が存在している。
ザガが、
「ボーフーンの下働きどもが、安全に物資や奴隷を運ぶための『不可視の隠しルート』か?」
「タチバナの者と連絡するためのルートなのかもです」
「『魔風鍛冶師』との交渉可能な唯一の道ってこともありえる」
レベッカの言葉に皆が頷く。
「では、一番近い魔力溜まりの前まで行こうか。砂城タータイムはここに展開させたままにしとく」
「「はい」」
崖から飛び降りるように急降下――。
直ぐに行く手を阻むように巨大な岩壁だらけとなった。
だが、黒虎が不意に鼻を鳴らし、岩肌の特定の影を執拗に嗅ぎ始めた。
「にゃごぉ……」
「ん? ロロ、何か見つけたか?」
古い魔力の匂い……いや、これは『魔印』か。
「ご主人様、岩の凹凸と、それに伴う深い陰影が……少し不自然です。何かの配置規則が……?」
ヴィーネの言葉に、俺も目を凝らす。
一見ただの自然の造形に見えるが、相棒が示したポイントには、微弱な魔力の起点が点在し、隠されていた。
レベッカが一歩前に出た。
「あ、見て! うん、角度によって……点と点を線で結ぶような、絵の構図になってる!」
ブルースカイの瞳には、<蒼炎闘想>の鋭い直感が閃いていた。
「任せて、当時憧れていただけの魔法絵師だけど、今のわたしなら余裕――」
指先に揺らめく蒼炎を灯すと、キャンバスに筆を入れるように、岩肌の陰影をなぞり始める。蒼炎が走る。
地形の大小、抉れた岩の影、突出した石の輪郭。
レベッカの放つ蒼き軌跡が魔印と魔印を繋ぎ合わせると、無骨な岩場に壮大な光の壁画が浮かび上がった。
「「おぉ」」
「古の『魔風鍛冶師』たちか」
あぁ、そうだろうな。
『魔風鍛冶師』たちが不思議な炎を操り、武具を鍛え上げる姿。
すると、どこからともなく『――見事な蒼炎の筆致だ』と幻聴のような重低音が響き、壁画の鍛冶師の槌が振り下ろされる動作と同時に岩壁が魔力の鍵として機能し、重々しい音を立てて道を開いた。
「すごいわ、レベッカ!」
「ふふっ、私の芸術的センスのおかげね」
開かれた空間へ<武行氣>を使って低空飛行で前進。
砂塵が強まるが、皆の速度に合わせ、ガレ場に着地し、更なる魔力溜まりに向かった。
魔力溜まりに向かうとボンが回収していた羊皮紙が浮かび、魔力溜まりに反応を示した。
「エンチャント、エンチャッ、エンチャ~」
ボンが宙空に浮かんだ羊皮紙に<血魔力>を送りながら、皆を急かす。
ザガが、「ほぉ、鍵となりえるのか」と血魔力を注ぐ。
羊皮紙から半透明な魔印が出て、宙空の魔力溜まりに向かう。
「皆、波長を合わせよう」
「承知いたしました」
「ん!」
「「はい」」
指先から高濃度の<血魔力>を糸のように伸ばす。
皆も同じように<血魔力>を送ると、羊皮紙から出た魔印は宙空の魔力溜まりの魔印と融合し、錠前のような形に変化した。
魔力の錠前が、因果を書き換えるような重々しい音――カチリという響きを立てて噛み合った。
「……開くぞ。氣を引き締めろ」
眼前の空間が、熱に浮かされた蜃気楼のようにグニャリと歪曲する。
砂塵が渦を巻き、世界の理が剥がれ落ちたように、漆黒と紫と赤の魔力の風が回転し、収縮していく。
その渦の中心から、莫大な魔力がこちら側へと放出された。
魔力は宙空で、半透明な人型生命体と、帽子と防塵マスクを装着した二眼二腕の魔族たちの姿へと変化する。
古い記憶を再生したような、ホログラム的な存在だ。
その幻影の魔族たちは、聞いたことのない言語で会話を交わす。
と、シュゥゥゥと砂を引き込む音と共にこちらへ向き直った。
彼らの一部が『こっちに来い』と手招きするように腕を振り、砂塵の奥へと背を向ける。
途端に、彼らが指し示した先の砂塵の渦が大きく口を開き、道――否、『獣道のような異空間へのトンネル』へと変化した。
「一応はタチバナと同じく許可をされているようだが……少し嫌な予感がする。<無影歩>を使わず、俺とロロで先陣を切る。交渉が可能ならしてこよう。お前たちはタータイムで警戒を怠るな。安全が確認できたら呼ぶ」
「「「はい、ご主人様!」」」
「ん」
「了解~」
「にゃ~」
ヴィーネたちが頷くのを確認して魔槍杖バルドークを右手に召喚。
<無影歩>は使わず、黒虎に変化した相棒と共に歪んだ空間トンネルへ飛び込んだ。
――トンネルの内部は魔風の通り道のように荒れ狂っていたが、トンネルを抜けた。
地形が変化、少し先に街が見えた。
先程とは色が少し異なる魔風が吹き荒れる地。
そして、運悪くと言うべきか。
目の前には、重い荷車を引くボロ布姿の奴隷たちと、それを鞭で打つ異形の魔族たちがいた。鹿のような角を頭部に持つ。
グリズベルと似た魔族もいる。
狩魔の王ボーフーンの勢力だとは思うが……
「貴様ら!? 古道魔印をどうやって……侵入者か! 隠し穴を閉じろ!」
「殺せ! 数はこっちが上だ、串刺しにしろォッ!」
十数体の鹿魔族たちが、殺意を剥き出しにして一斉に襲い掛かってくる。
スッと重心を落として周囲の状況を把握した。
数は十四――。
手にする得物は粗悪だが、ボーフーンの領域特有の槍系の武器か。
殺氣は強いが、個々の魔力の波長にそこまでの脅威は感じない。
だが、魔槍杖バルドークを消す。
敵意を無くすように笑顔を意識し、
「――おい、いきなり殺せはないだろう。通りすがりの槍使いと黒虎だ。いじめるな」
「にゃごぉ~」
とスマイルで挨拶。
相棒の黒虎も首元から伸ばした太い触手を真上に、移動させてくねくね動かし、裏側の肉球を見せて「無害」を装う。
「……な!? 我らの言葉を知る者……見た目は人族、更に黒虎……どういう……」
「どちらにせよ、侵入者、構うな、やれ――」
あぁ~射手から魔矢が来た。
それをわずかな挙動で見切り避ける。
仕方ない。アイムフレンドリーは共通だと思うんだがな――。
だが、まぁ、当然か。
「……行くぞ、ロロ」
「ガァルルルッ」
黒虎の相棒が低く唸って応える。
言葉はそれ以上不要だった。
魔槍杖バルドークを再召喚、柄を短く握り込み、<握吸>を発動。
――地を蹴る。
派手な大魔法も放たない。
「囲め――こらぁぁ」
「しねや――」
<魔闘術>系統は、いつもの<闘気玄装>のみだが、魔族たちの動きがゆっくりに見えた。
ただ呼吸をするように、シンプルに――。
左足の踏み込みから<刺突>を放つ。
シュッ――。
風切り音すら置き去りに――。
魔槍杖バルドークの紅き穂先が先頭の魔族の喉笛を音もなく貫く。
「なっ……!? 貴様、ただの侵入者じゃないな。魔傭兵のプロか!?」
横にいた鹿魔族が震える声を響かせた。
魔槍杖バルドークを引き抜きながら、空いた左手で、喉を穿たれ血飛沫を噴き上げる魔族を無造作に押し倒し、
「……プロ? 笑わせるな。だったら、俺がこうして喋っている隙に、数人がかりで殺しに来るのが『プロ』ってもんだろ」
と、冷たく言い放ちながら周囲の血飛沫を<血魔力>で吸収した。
そのまま、倒れた魔族の頭部を石突きの竜魔石で無慈悲に踏み潰し、完全に止めを刺す。
「「な!」」
驚愕に硬直する鹿系の魔族たちと、怒りに任せて俺を殺しに動く魔族たち。
構わず前進する。左へと軸をズラすまでもない。
風槍流『支え串』のカウンター。
――相手の腹元に置いておくかのように合わせた紅斧刃が、飛び込んできた相手の胴を無残に引き裂く。
更に、次の魔族とすれ違う様、握り手を後部にズラしつつ魔槍杖バルドークに魔力を注ぎ込む。
竜魔石から出た隠し剣《氷の爪》で、その心臓を氷の切っ先が穿ち抜く。
一方の相棒も、巨大な黒虎の姿のまま音もなく宙を舞っていた。
背後へ回り込んだかと思うと、太い前肢で監視役の頭部をスイカのように叩き割り、同時に背から放った触手の骨剣で、逃げようとした三体の胸を正確に串刺しにする。
ザシュッ、ゴシャッ……。
響くのは、肉を裂き、骨を砕く単調な音だけ。
俺たちの間に、武技の名を叫ぶような外連味は一切ない。あるのは、ただ無慈悲で効率的な命の刈り取りのみ。
「な、まさか、北の新参か?」
「お、おぃ、噂の……」
「光と闇の<血魔力>を扱う連中だ。光魔ルシヴァルで間違いない、お前はラミアル様に連絡を、バサル、右から――」
「おう!」
二人の魔族の動きに合わせ相対。
魔槍杖バルドークを構えながら、相棒とアイコンタクト――。
相棒は右に出ながら触手から連続的に右の魔族に衝突させていく。
敵も多少は腕が立つようで、必死に魔大剣を振るって触手の猛攻を防いでいた。ヘラジカのような角も魔力を持つ、防御力が高そうだ。
その様子を視界に収めつつ、左の魔族の魔太刀使いとの間合いを詰めた。
「チッ」
痺れを切らした魔太刀使い、刃を伸ばす。
即座に<血液加速>――。
そのまま加速し、魔槍杖バルドークで、魔太刀使いの腹を穿ち、<龍豪閃>――腹から上を裂くように頭部の半分だけを両断――。
直後、飛来する魔矢を半身になって避けた――。
横を駆け抜ける相棒の触手を掴み、矢を放った射手へと視線を向ける。
魔矢がまたも飛来、それを仰け反って避けた。
中々の精度で特異な魔力が内包、スキルも多彩だが、相棒と俺には当たらない。次の魔矢を避け、収斂していく触手の反動を利用し、宙空で鋭く錐揉み回転。目まぐるしく移り変わる視界の中――。
射手目掛けて魔槍杖バルドークを<投擲>する。
遠雷の如き勢いで直進した魔槍杖バルドーク、その紅矛は射手の腹をぶち抜き、後方の地面に激突――。
その圧倒的な衝撃波が、周囲の槍使いたちをまとめて吹き飛ばした。
宙を舞う彼らの無防備な首を触手骨剣が正確に貫く。
次々と刈り取っていくのを見ながら、生き残りの一体を凝視――。
逃げずに、その鹿の角から鋭い魔刃を飛ばしてくる。
その軌道を見切るまま、地面に突き刺さっていた魔槍杖バルドークを<握吸>で瞬時に手元へと引き戻し、そのままの勢いで流れるように二度目の<投擲>――。
魔槍杖バルドークは飛来する魔刃を砕き割りながら直進しし、魔刃を寄越した魔族の腹をぶち抜き、その背後の地面に深々と突き刺さって止まった。
――<握吸>で、素早く、その地面に突き刺さった魔槍杖バルドークを引き寄せる。
乱雑に回転してた柄を吸い取るように掴み取り、半身で――周囲を見るまま右手から左手に持ち替え、風槍流の構えを取った。
そこに「ンン」と喉声を発した相棒がバックステップで隣に戻ってきた――その背を空いた右手でポンと撫でていく。モフモフだ。直ぐにゴロゴロとした重低音を響かせていく。
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