二千百七十一話 神話級の芯金と古戦場の暗号
「……石才。貴様の処遇は、源左の長として、そしてこの地の法として下させてもらう」
サシィの声は、凍てつく刃のように鋭く、冷徹だった。
捕らえられた石才は、猿轡を噛まされたまま、惨めに泥を啜り、源左の兵たちによって引き立てられていく。一族の始祖を冒涜し、己の私欲のために禁忌を侵した男の背中は、もはや一族の重鎮としての威厳など微塵も残っていない。
「……シュウヤ。済まない、時間をくれ。一族の古文書を洗い直し、石才がどこまでボーフーンと通じていたのか、すべてを白日の下にさらす必要がある」
「あぁ、サシィ。そっちは任せた。俺たちは少し、この戦利品を調べさせてもらう」
サシィは深く頷き、再編のために動き出した。
その傍らでボンは、救い出した少女に即興で作った小さな木彫りの猫を差し出していた。
「エンチャ?」
少女が恐る恐る手を伸ばすと、ボンは満面の笑みで頷く。
「エンチャントゥ~!」
ボンの指先から溢れ出した虹色の<血魔力>が、木彫りの猫に命の火を灯す。
カタカタと愛らしく震え、動き出した木彫りの猫が、少女の涙の跡が残る頬を柔らかな木の質感で優しく撫でた。
すると、凍りついていた少女の瞳に春の陽だまりのような光が灯る。それを見守るザガの無骨な手が、弟の頭を乱暴に、だが慈しむように撫でていく。
その光景に心が和らいだ。
<従者長>ラムーにも声を掛け、ザガたちが見学していた工房の前に集まった。
そこに並べられたのは、俺がザガたちに預けた、立花弦斎が遺した〝魔斧槍〟と〝魔太刀〟。
そして、あの砂時計から見つかった羊皮紙の断片。
「ラムー、頼めるか」
霊魔宝箱鑑定杖を持つラムーは頷き、
「はい」
ラムーは霊魔宝箱鑑定杖に魔力を込める。
先端の灰銀色の水晶の飾りが、煌めき、魔力が照射された。
収束された灰色の魔力の奔流を受けると、〝魔斧槍〟と〝魔太刀〟が、眠りから覚めた獣のように鈍く重々しい光を放ち始める。
その光の干渉によって、周囲の空氣がじりじりと焼けるような感覚となり、肌を刺した。
銅色の魔鋼ベルマランの兜を装着しているラムーの素顔は、皆は知らないが、俺は知っている。
そのラムーが、
「神話級は確定ですが、名は分からず。そして恐ろしい事実。芯金として打ち込まれているのは、魔神、暗剣の風スラウテルの肋骨の一部……『真骨』そのものです。それを、狩魔の王ボーフーンの深淵にのみ湧き出すという、呪いそのものを物質化した〝呪怨鉄〟で何層にも包み込み、禁忌の鍛造スキルによって強引に一体化させている……。深く浸透している怨念の層が厚すぎて……全容を掴むことすら……」
ラムーは少し迷っているようだ。
ザガが唸り声を上げ、右腕を見せる。
「ボーフーンの呪怨鉄、わしの<真贋神眼>が読み切れないわけか」
ザガが悔しげに吐き捨て、腕を下ろした。
一方で、俺はアイテムボックスの奥底に眠っている〝暗剣の風スラウテルの胸甲〟と〝スラウテルの魔風盾〟の感触を思い出していた。
かつて、バードイン迷宮で入手したアイテムをラムーに鑑定してもらった神話級の装備。
あの時は『スラウテル』という名に馴染みがなかった。
加護を受けていたという魔界騎士エミリアや、サーマリア王国で戦ったプルトー……奴らの背景にあったのは、この地域の南で強い勢力の一つ狩魔の王ボーフーンによって惨殺された魔神の残影だった。
ラムーが霊魔宝箱鑑定杖の輝きを抑えて持ち上げる。
「……シュウヤ様。以前、バードイン迷宮で盾を鑑定した際、私は『【風のスラウテル】という土地の魔風鍛冶師が鍛えた』と記録から読み取りました。ですが、この弦斎の魔斧槍に埋め込まれた『本物の肋骨』を見て……その言葉の持つ、別の意味を持つ幻視を確認しました」
兜越しのくぐもった声は変わらない。だが、それは深淵を覗き込むような静かな響きを帯びていた。ラムーは杖の先端で、羊皮紙に描かれた南の彼方を慎重に指し示した。
「【風のスラウテル】。それは単なる地図上の地名ではなく、約数億年前、魔神や諸侯が地に堕ちた際に吹き荒れた『絶望の余韻』そのものを指しているのかも知れません。ここから南のボーフーンの領域の辺境には、神々の骸が山を成し、魔風に削られ続けているという古い伝承がございます。そこには、神の死肉や骨を拾い上げ、武具へと変える『者たち』がいるとされている。かつて私が読み取った『魔風鍛冶師』とは、個人の名ではなく、そうした禁忌を冒す者たちの総称である可能性が高い……魔界八賢師など有名処の名が直ぐに出ない理由の一つでもあります」
「なるほど~」
レベッカの声に同意だ。
ラムーの言葉が、脳内の名前のない空白の死地を描き出していく。弦斎の魔斧槍を凝視――。
数千億年の時を超え、自分を滅ぼしたボーフーンの鉄に包まれながら、その芯金の肋骨は今も軍太鼓のような鼓動を刻んでいる。
「立花弦斎……本人も加わったのか不明だが、源左とも戦っていた狩魔の王ボーフーンという『絶対的な強者』の足下で、あえてその犠牲となった他の神々の骨を拾い、武器へと変えたのか。生き残るため、勝つために……」
弦斎……。貴様は、これほどの呪いをその身に引き受けてまで、一族を護ろうとしたのか。
その執念に触れた時、意識の底からかつての世界の武将、朝倉宗滴の苛烈な言葉が浮かんできた。
『武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』。
綺麗事では生き残れない魔界の深淵で、一族という灯火を繋ぐためなら、死した神の骨を啜り、呪われた鉄の衣を纏うことすら厭わない。その歪んだ、だが純粋すぎる『勝利への氣』が、この魔斧槍の芯には今も脈打っている。
「ん、立花弦斎は、個人の職人じゃなく、死んだ神の残骸を加工し続けている『魔風鍛冶師』という名の『異形の集団』と接触した、ということ?」
エヴァが紫の瞳を細め、思考を巡らせるように問いかけてくる。
「あぁ、おそらく。弦斎一人の力では魔斧槍と魔太刀を作れるとは思えない。また作る際の魔法、魔術、その技術を制御しきれるとは思えない。その集団から力を引き出し、代償を支払ったんだろうな」
「では、その連中が巣食っている場所が、ここから南の狩魔の王ボーフーンの領域のどこか」
「「はい」」
「芯金の素材だけど、ボーフーンの地の『呪われた最深部』が【風のスラウテル】でもある?」
「あぁ、魔神の暗剣の風スラウテルだけではない、神々や諸侯が、地に堕ちた際に吹き荒れた『絶望の余韻』ということだろう」
「……シュウヤ様、ご覧ください。ボンの純粋な虹色の魔力が触媒となり、この羊皮紙に隠されていた『真実の層』が覚醒を始めています」
ラムーが指し示したのは、石才の砂時計から出たあの羊皮紙だ。
ボンの虹色の<血魔力>が紙の繊維に染み込むと、表面に描かれていた稚拙な地図が陽炎のように揺らぎ、その奥から、血と硝煙の匂いさえ漂ってきそうな古戦場の俯瞰図が浮かび上がり、点々とした箇所に、魔力溜まりを示す魔印のようなものと、暗号じみた記号が次々と現れていく。
魔印と記号の周囲には、激しい戦場の情景や、溶岩の吹き荒れる金床で魔金属を精錬している様子が映し出される。更に、生贄を捧げるような儀式や、パズルの紋章を埋め込むことで上空に岩の足場が組み上がっていく様子などが次々と浮かび上がっていった。
「エンチャントッ!」
ボンが指差したのは、その点々とした魔印と暗号染みた記号。
ザガが、不思議そうにそこを凝視している。
地図にある【源左サシィの槍斧ヶ丘】から、【ケーゼンベルスの魔樹海】を抜け、その遥か先にある――狩魔の王ボーフーンの領域か。結界か、否、取り引きに使う何か? 分からないが、罠を回避するための暗号かな?
南は、かつて偵察に来ていた大眷属どもの巣があるのは確定。
同時に魔神バーヴァイ様から取り返してほしいと頼まれた〝黒衣の王〟の装備類を扱う連中がいるかも知れない。
「……繋がったな。スラウテルを滅ぼしたボーフーンが、その戦利品として『黒衣の王』の装備も奪っていたと。弦斎たちが、その隙間から、それらの力を利用し、神々や諸侯から立花や源左一族を守っていた。この地方に続いていた連綿とした真実の一つか」
皆が頷く。ヴィーネは、
「土地的に、魔皇獣咆ケーゼンベルスの魔樹海が、良い意味で、【源左サシィの槍斧ヶ丘】とバーヴァイ地方の防波堤だったということでもあります」
「ん、魔樹から採れる極大魔石の資源価値も高いけれど、そこから大量に溢れ出す狂暴なモンスターたちが生まれるから、ボーフーンの眷属たちも容易には北上できなかったはず」
「はい、ボーフーンの眷属に対する天然の障壁になっていた」
「うん、魔界王子テーバロンテが支配した時代も合わせると、それだけテーバロンテの存在が巨大な『蓋』として機能していた証明でもあるわね。その蓋が外れた今、南の闇がこちらを伺っている……」
エヴァとキサラとレベッカの言葉は、現状の危うさを的確に示していた。
サシィが静かに歩み寄り、俺の隣で南の空を見据えた。
彼女の瞳には、かつての始祖――泥を啜ってでも一族を護り抜いた弦斎への敬意と、同時に、その歪んだ理を断ち切った現代の長としての峻烈な決意が同居していた。
「シュウヤ。弦斎がどれほどの泥を啜り、怨念を纏ってまで立花、源左を繋いできたのか、その壮絶な想いは……今、私の魂に届いた……だが、今は私の代だ……」
と語ると毅然と胸を張り、南の空を睨み据えた。
そして、
「歴史の闇に縛られ、未来ある娘の命を啜ることでしか繋げぬような、歪んだ理はここで断ち切る。私は、源左の長として、新たな道を切り拓く」
その言葉に傍にいる上笠連長首座の大三郎は頷いた。
俺も頷いてから、
「南に向かおう。『魔風鍛冶師』たちが今もそこにいるのか、あるいはその残骸だけが残っているのかは分からない。だが、この暗号が示す『魔力溜まり』には、ボーフーンの領域を抜けるための鍵があるはずだ」
南への進軍を宣言した瞬間――。
傍らに置かれた弦斎の魔斧槍が激しく振動し、魔力も噴き上がる。
「歓喜の産声を上げるような印象ですが、ラムー、このことは?」
「分かりません」
「エンチャ……」
「俺もわからんぜ、たぶんだが、ヴィーネの産声が正しい、魔斧槍と魔太刀の中身の、芯金は暗剣の風スラウテルの一部だ、俺たちの<血魔力>にも順応しているからこその反応だろう」
ザガの言葉にボンが同調するように両手の紋章を輝かせる。
キサラは、
「はい、立花弦斎はこれを使いこなしていた。この魔斧槍と魔太刀で、数々の存在を屠っていた……魔槍杖バルドークが魔神の女神になったように……その中身に、意識があるのかないのか不明ですが、シュウヤ様の武力、その心根、覇氣のような氣概を感じているんでしょう」
そのキサラの言葉を肯定するように、魔力を発した魔斧槍と魔太刀だったが、その昂ぶりも、横から繰り出された相棒の容赦ない肉球パンチ一発で、シュンと静まり返った。
相棒はドヤ顔で俺を見てくる。少し口を広げ、キラリとした白い牙を見せてきた。
『そろそろ、ごはんにゃ?』と相棒の心の声が聞こえたような氣がしたが、氣のせいか。
「「はい」」
「相棒、準備はいいか」
と言うと、「ンンン」と喉声を発した黒豹は、魔斧槍と魔太刀の柄を叩くのを止めて、触手でそれらを掴み、俺の前まで運んでくれた。
「さんきゅうな、相棒、魔太刀の使い道はまだ分からんが、この新たな魔斧槍……弦斎の意志と共に、南の闇を切り裂かせてもらう」
巨大な黒豹の姿をした神獣ロロディーヌが、期待に胸を膨らませるように太い触手をうねらせた。
この地を蝕む連鎖を断ち切り、奪われた装備の奪還も目指すとしよう。
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