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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千百七十話 連綿とした真実と魂に響く古の記憶


 ――神槍ガンジスから放たれた極大の光雷が灰色に淀んだ空を焼く。

 肺を焼くような熱い呼氣を吐き出し、乱れる鼓動を強引に御す……仕留めた。

 掌に残る神槍の奔流、その確かな手応えが魂に刻まれている。耳の奥で、戦場を支配していた軍太鼓の残響が、遠い雷鳴のように尾を引いて消えていった。


 視界を白く染めていた輝きが収まると、漆黒と光の霧も消えた。

 殺氣も残っていない。宙空に浮いていた光玉も、ただの石のようになって地面に転がっていた。残るのは崩落した瓦礫の山と主を失って地面に突き刺さっている二つの武具。立花弦斎という強者の魂を宿した〝魔斧槍〟と〝魔太刀〟が、主を失った悲哀を纏っている。


 かなりのお宝だろう。俺でも使えると分かる。


 瓦礫の白い灰を被った柄に触れると、周囲の冷氣を吸い込んだかのような冷徹な魔力が指先から伝わってきた。


 <握吸>で握りを強めると、柄の芯から遠い軍太鼓を思わせる重い振動が起きた。そのまま軽く振るってみる。

 

 途端に何かを得られる予感がある。

 少し重いか。だが、この絶死の重みこそが、強者の証しか。


 すると、柄が妖しく煌めき、俺の力量を試すかのように貪欲に魔力を吸い上げた。柄の表面に古代中国の春秋戦国時代、あるいは古い、日本の神代文字にも似た魔印が浮かび上がり、光を宿す。


 その瞬間――柄を通して、怒涛の記憶が魂に直接響いてきた。


『長槍の法は、楊氏に始まり、これを梨花と謂う!』


 魔界の血泥を啜り、無数の修羅を葬って生き抜いてきた立花の武。


 弦斎が詠み上げた古の理の残響……。

 それに呼応するように腹の底を震わせる幻の軍太鼓が打ち鳴らされ、彼が背負っていた無数の武者たちの『万夫不当』『覇王槍』と讃える鬨の声が、柄の奥底から轟き響いてくる。


 神話の時代の武具が纏うような峻烈な威。

 己の血を引く者すら犠牲にして一族の宿願を背負い続けた、悍ましくも純粋な執念の重さが、掌をじりじりと焼く感覚となって伝わってきた。

 敬意を込め、それらをアイテムボックスに回収した。


 そして、<隻眼修羅>と<闇透纏視>を使い入念に周囲を調べる。 


 ……立花弦斎の強さと、復活した存在だったと予測しているゆえに……。

 少し心配となったが、杞憂かな。

 

 安堵感が押し寄せる。本物の殺意はいつものことだが、奴には外連味的なモノは皆無、魔神は言わずもがな、人型魔剣師ガングリフ、魔人武王ガンジス、この間の屋上で絡んできた強者の獣人を思い起こさせるほど、純粋に強かった。


 ――地下の大穴を見下ろす。

 主だと思われる弦斎が消滅したことで、あれほど執拗にアキレス師匠たちを阻んでいた武装魔霊の群れが、雪崩が崩れるように霧散していくのが見えた。


 相棒とヘルメたちが躍動し始めた。

 流れは完全に俺たち。


 ――崩落した大穴から一氣に地下伽藍へと舞い降りた。


 ヴィーネとヘルメが、


「ご主人様!」

「閣下、お見事です!」


 勝利を確信した二人の美女の笑顔に癒やされる。

 

 だが、着地した場所は、血と硝煙――。

 そして消えかけた呪術的な魔力の残滓が混じり合った形容しがたい臭氣が立ち込めていた。


「にゃごぁ」


 紅蓮の炎が数体の武装魔霊の武者を焼き払った。

 巨大な骸獅子の残骸はあちこちに転がっている。巨大な背骨と頭部の残骸が、生々しい。


「――立花、石才ッ!」


 祭壇の近くでは、後ろ盾を失い、ラホームドの浄化の光に焼かれた石才が、砂時計の魔道具を握りしめたまま膝をついていた。

 師匠の槍と、ヴィーネの光線の矢がその首筋を完璧に捉えている。


「あ……あぁ……弦斎様が……わが一族の、数百年の宿願が……」


 石才はもはや抵抗する氣力すら失ったようで、濁った瞳で虚空を見つめ、ぶつぶつと呪詛のような言葉を吐き出している。

 サシィが魔斧槍の穂先をその喉元へ突きつけた。


「宿願だと? 己の血を引く娘すら生贄にするのが、貴様の言う一族の願いか。……立花の名、汚したのは貴様自身だ」


 サシィの瞳には、かつての部下に対する温情など微塵も残っていない。

 ただ、源左の長としての、冷徹なまでの断罪の意志があった。

 そのサシィが前に出て魔斧槍を振り上げると、


「エンチャントォォォッ!」


 ボンの叫びが伽藍に響いた。

 彼が真っ先に向かったのは、サシィの処断の場ではなく、祭壇の中央で動かなくなった少女の元だった。少女は呪式の一部として取り込まれ、その小さな体には死の氣が混じった紫の紋様が浮き出ている。


 古びた人形を抱きしめたまま、その瞳には光がない。

 傍にいたエヴァが右に移動して、「ボン、この子をどうして……」と呟くと、ボンは、頷く。

 そのまま前に出て、


「エンチャ……エンチャ……」


 と言いながら、震える手で、少女が抱える人形の頭に触れた。

 途端に、ボンの両手の甲の紋章が光を帯びて強まった。

 凄惨な血と硝煙の臭氣が立ち込める薄暗い地下伽藍の中で、その光は今までにないほど優しく虹色に変化していく。


 そこだけが切り取られたように温かな空間を作り出していた。

 ボンのスキル――<共感の付与>だろう。


 そのボンの背から『どうしても助けたい』という、痛いほどの想いが伝わってきた。


 俺もエヴァたちの傍による。

 《水浄化ピュリファイウォーター》と《水癒(ウォーター・キュア)》を発動した。

 少女とボンへと、水球から崩壊した魔法のシャワーを浴びせていく。

 <血魔力>と虹色の魔力と水の魔力が、少女とボンを癒やすように体へと流れ込む。

 蝕んでいた不浄な紫を帯びた漆黒の魔力が蒸発するように消えて、光を塗り替えていく。


 一方、ルビアは他の方々に「大癒(グランド・ヒール)」をかけている。

 

 すると、凍りついていた少女の肩が、びくりと跳ねた。

 人形を抱きしめる力が強まり、少女の瞳に、ゆっくりと生の色が戻っていく。


「……あ、う……」

「エンチャ?」


 ボンが首を傾げ、覗き込むように少女の顔を見つめる。

 少女の目から大粒の涙がこぼれ落ち、ボンの胸元に顔を埋めて泣きじゃくり始めた。

 ボンは戸惑ったように「エンチャッ~」と少し困ったような声を出しながらも、その短い腕で少女をしっかりと抱きしめた。


「にゃぉ~」

「……やりおる。ただの付与魔法ではないな、あれは」


 アキレス師匠が感心したように呟き、槍を収めた。

 サシィもまた、泣き崩れる少女とそれを守るボンの姿を見て、わずかに毒気を抜かれたように魔斧槍を下げた。だが、石才への視線だけは氷のように冷たい。

 

 俺は檻に近づき、その中にいた方々を助けていった。

 ルビアも他の檻に近付いて《大癒(グランド・ヒール)》を発動させていた。

 

「ルビア、そのまま皆を頼む」

「はい、シュウヤ様――」


 ルビアが金髪をなびかせ《大癒(グランド・ヒール)》を連発。

 光が次々と灯り、絶望に沈んでいた地下伽藍が、安堵の声に包まれていった。


「にゃぉ~」


 相棒は神獣ロロディーヌに変化し、巨大な体格と太い触手の群れに、触手から骨剣を伸ばし、複数の瓦礫を破壊しては退かす。レベッカはエヴァとキサラとヴィーネと共に領民たちに、食事類を提供していた。

 

 俺は、ザガへと歩み寄り、先ほど回収した弦斎の『魔斧槍』と『魔太刀』を差し出した。

 ザガは額の<真贋神眼>を黄金色に輝かせ、その武具をじっと見つめる。


「シュウヤ……こいつは」

「どうした、ザガ」

「……こいつに使われてる芯金は、ただの魔鋼じゃねぇ。ボーフーンの地の『呪われた最深部』にしかねぇはずの素材に……神々の残骸も混じっているようだ。なんで、はるか昔の亡霊がこんなモンを……」


 ザガの言葉に、場が再び緊張に包まれる。

 ザリッ、と嫌な音を立てて、石才が持っていた砂時計の残骸が崩れた。その薄暗い砂利の中から、一枚の古びた、それでいて禍々しい魔力を帯びた羊皮紙の断片が滑り落ちた。そこには、見たこともない複雑な航路図のようなものと魔神の名が刻まれていた。


「……『暗剣の風』……スラウテル……」


 サシィがその名を読み上げる。

 立花弦斎の復活、ボーフーンの素材、そしてスラウテルの名残。


 その名を聞いた瞬間――。

 脳裏でバラバラだった知識と経験が一つに繋がった。

 ――暗剣の風スラウテル。

 大三郎曰く、はるか昔に、狩魔の王ボーフーンによって滅ぼされたとされる魔神。

 先日の死闘で倒したプルトーは、その消えかけた加護に縋っていた。俺のアイテムボックスの中にも、過去に得た『暗剣の風スラウテルの胸甲』と『スラウテルの魔風盾』が眠っている。


 狩魔の王ボーフーンの大眷属どもは、自らが滅ぼしたスラウテルの装備や骨を奪い、今も己の力として使っていると聞く。

 ……だとしたら、魔神バーヴァイ様が言っていた『魔界セブドラに散った〝黒衣の王〟の装備類を不正に得て使用している者たち』というのは……まさに、そのボーフーンの大眷属どものことでもあるのか。土地の近さからして、その可能性は高いはずだ。


「……石才。はるか過去の存在である立花弦斎は、狩魔の王ボーフーンの勢力と繋がりを持っていたのか?」


 と、静かに問うと、跪いていた石才が、ひび割れた声で誇らしげに笑い始めた。


「ク、ククク……繋がりだと? 愚かな。立花家の古文書を知らぬ奴らだ、仕方もないが」

「いいから話せ、裏切り者が……」


 サシィが魔斧槍の斧刃を石才の頬に当てた。

 石才は、ゴクッと唾を飲み込み、


「……弦斎様はな、魔界王子テーバロンテが君臨していた古い時代から、あの狩魔の王ボーフーンが支配する死地にまで赴き、最前線で一族の盾となって戦い抜いた、我ら立花の始祖とも呼べる御方だ! お前やわたしたちの偉大な祖先であり、源左魔斧流と源左棒流の大本の一人でもあるんだよ! そして……圧倒的な化け物どもに囲まれた地獄で生き残るためならば、滅びた魔神スラウテルの骨や呪われた魔鋼すらも貪欲に取り込んだ……綺麗事など一切ない、勝つためならば泥をも啜る、稀代の戦将よ! その伝説の英傑が現代に完全復活なされば、再び我らを導き、この過酷な魔界で立花の新しき国を……」


 石才の狂った言葉が途切れるよりも早く、サシィの魔斧槍が閃いた。――断。

 

 鋭い一閃が石才の喉元をわずかに裂き、言葉を封じた。

 殺しはしないが、これ以上の妄言を許すつもりもないらしい。


 サシィは俺の方を向き、沈痛な、しかし決然とした面持ちで語り出した。


「シュウヤ……済まない。弦斎は、我ら源左の遠い祖先。はるか昔、テーバロンテやボーフーンの勢力、マーマインと刃を交え、幾度も一族の滅亡を救ってきた伝説の猛将であったことは、聞いたことがある。だが……いくら伝説の始祖であろうと、己の血を引く末裔を生贄にするなど、源左の名を汚す外道の行い。我ら子孫が招いてしまったこの呪わしい因果、決して見過ごすわけにはいかない」


 サシィの言葉に、先ほどの激闘の重みが再び掌に蘇る。

 歴史の闇から蘇った過去の英傑……。

 俺が刃を交えたのは、まさに伝承でしか語られないような古の猛将だったのも頷ける。

 

 立花弦斎の扱う魔斧槍、魔太刀……。

 だからこその、あの殺氣。


「重大な、この地方の真実」

「はい、連綿とした歴史です」


 ヴィーネとキサラの言葉が耳朶を震わせる。

 ……弦斎の魔斧槍から伝わってきたあの絶死の重みは……。

 魔界の神話級の怪物たちがひしめく大昔の戦場で、一族を背負い、どんな手を使ってでも生き残り、敵を殺し続けてきた『歴戦の始祖』の泥臭いまでの執念の重さだったということか。


 あの魔斧槍の術式の理、言葉の質……一発で理解できなかったが……だからこそ、俺のこれからの財産になるかも知れない。


「エンチャントゥ~!」


 そんな重苦しい空気を察してか、ボンが少しおどけた調子で、救い出した少女を俺に見せるように持ち上げた。

 少女はまだ怯えてはいるが、ボンの虹色の魔力に包まれ、その瞳にははっきりとした生の色が宿っている。


「エンチャ?」

「……あぁ、そうだな。歴史の闇にどれほどの強敵が潜んでいようと、まずはこの子と領民たちの安全が先だ」


 ボンの頭を軽く撫で、相棒に視線を送った。

 「にゃご~」と鳴いた黒豹(ロロ)が巨大な触手を器用に動かし、生き残った動物たちや領民たちを優しく誘導し始める。

 

「ヘルメ、ヴィーネ、皆。地下の崩落を抑えつつ、撤収の準備を。ここにある資料と証拠はすべて回収するぞ」

「「はい、ご主人様!」」


 崩れゆく地下伽藍、崩落を防ぐためエヴァは緑皇鋼(エメラルファイバー)黄緑魔鋼(ハイマルスチール)の金属で岩壁を強引に塗り固めていく。


 アイテムボックスの奥に眠る弦斎の魔斧槍はラムーにも鑑定してもらうかな。

 神話の時代を泥臭く生き抜いた猛将の遺物。

 そして、前から持つというか、託されていた『黒衣の王』の因縁が、狩魔の王ボーフーンと暗剣の風スラウテルと密接に繋がっているなら、南に遠征して調べる価値はあるか。前に、【レン・サキナガの峰閣砦】の上空を偵察してきた狩魔の王ボーフーンの大眷属。

 闇遊の姫魔鬼メファーラ様とも戦っていた連中だ。



続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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― 新着の感想 ―
> 狩魔の王ボーフーンの大眷属どもは、自らが滅ぼしたスラウテルの装備や骨を奪い、今も己の力として使っていると聞く。  ……だとしたら、魔神バーヴァイ様が言っていた『魔界セブドラに散った〝黒衣の王〟の装…
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