二千百六十九話 激闘・立花弦斎と光陰の階梯
――弦斎は激突する魔斧槍と魔槍杖の拮抗を利用し、ふわりと後方へ跳躍した。
着地と同時に魔斧槍を浮かばせ、手の平に光玉を生み出すと、それを放った。
光玉から四方八方に無数の魔線と共に漆黒と光の魔力が広がる。
光玉を源にした防御フィールドか?
相棒が体を震わせ、
「にゃごぁ――」
と、紅蓮の炎を吐いた。
俺にも圧を感じるほどの紅蓮の炎だったが、漆黒と光の霧に防がれた。
漆黒の部分は蒼い炎に呑まれたように綺麗さっぱりと消え去ったが、光の霧のような魔力は、特異な油の表面を行き交うような幾何学模様へと変貌していく。
立花弦斎は、その光玉を、片腕を覆う和服に似た防護服の表面へと吸収させるように装着した。
「……ふむ、驚きじゃ……その炎、神界セウロスの神々が扱うような炎、まさに神獣じゃな?」
「にゃごぁ――」
相棒は体から出した無数の触手から骨剣を直進させた。
光の霧を通り抜け、立花弦斎に向かう触手骨剣だったが、立花弦斎は浮いた魔斧槍と魔太刀を振るって、触手骨剣を弾いていく。
「――わしの死合いの邪魔じゃな、ふんぬ――」
低空を飛翔するように左に旋回しつつ魔太刀を己の右掌に突き立てると、その掌からドス黒い血が噴出した。弦斎は眉間に皺を寄せ、
「――お前に相応しい相手を用意してやろう――」
――傷つけた手を石畳の上に叩き付けると、その石畳に悍ましい魔印を一瞬で描き出す。
<血魔力>とは違う、どろりとしたおどろおどろしい魔力に衝撃波が飛来――。
魔槍杖バルドークを掲げた、俺を乗せた相棒は後退した。
立花弦斎の足下、否、周囲から魂の質のようなモノを感じた。
その石畳の魔印から紫が混じる半透明な髑髏や、無数の動物、這い回る魔獣たちの怨霊が次々と溢れ出していく。それらが一点に折り重なるようにして凝縮していった。
宙に浮いた立花弦斎は、無数の魔刃を繰り出し、遠距離からの波状攻撃を放ってくる。
相棒は一部の触手を引きながら横に移動、俺は<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を相棒の右側の宙空に配置し、魔刃を防ぎながら、左側から相棒が打ち漏らした魔刃を魔槍杖バルドークを振るって迎撃――。
立花弦斎は、
「――現世の肉を捨て、怨念の器と成れ――<冥骸受業・獄獅式>!」
――集まった骸と紫の怨霊が圧縮され、巨大な異形へと変貌を遂げた。
無数の錆びた刃と獣の骨格が複雑に絡み合って構成された巨大な骸の獅子。
咆哮とともに吐き出される濃密な死の魔力は、先ほどの源左怨鬼兵などとは比べ物にならない極大の質量を伴っていた。
直ぐに相棒が、「にゃご――」と鳴きつつ体から無数の触手を巨大な骸の獅子と立花弦斎に繰り出した。
巨大な骸の獅子は、「ガルルゥゥッ!」と咆哮を発し、両前足から伸ばした無数の爪刃を槍衾の如く、展開、それらが、相棒の触手骨剣と連続的に衝突を繰り返していく。
――骸獅子は、「ガルゥッ」と鳴くと漆黒の毛並みを逆立てる。
太い相棒の触手骨剣を払いながら横に回転し、地を蹴り、立花弦斎から離れ、俺たちに近付いてきた。相棒は斜め右に出た――。
骸獅子が振るった前爪の攻撃を避けつつ、太い触手を鞭の如く撓らせ骸獅子の胴に衝突させ吹き飛ばす――骸獅子は宙空で一回転し、無数の魔刃を飛ばしてきた。
相棒は「ンンン――」と鳴きながら後退――。
そこに立花弦斎が魔太刀と魔斧槍を振るってくる――。
魔太刀から連続的に伸びた魔刃が<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>と衝突、魔力を得たが、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は斜め上に移動してしまう。『閣下!』とヘルメが警戒するが、『大丈夫だ――』と魔槍杖バルドークの左斜め下に構えた<風柳・下段受け>で、相棒への攻撃を防ぐ。
返す石突――竜魔石の<刺突>は、弦斎が正眼に構えた魔斧槍に防がれた。
弦斎は、「ほぉ、神獣と心を通わせているのか――」と語りながら、左に移動しつつ棒手裏剣を飛ばしてきた。
その棒手裏剣は<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>で防ぐ――。
だが、立花弦斎の右から出た骸獅子が飛び掛かって来る――
その口へと魔槍杖バルドークを突き立てたが、骸獅子はサーベルタイガーのような歯牙で紅矛を噛み付くように弾くと頭部を振るい魔槍杖バルドークを払いながら後転、両後脚で、魔槍杖バルドークの螻蛄首を連続的に蹴って後退していく。
そこに立花弦斎の魔斧槍の突きが迫った――。
頭部に迫った突きを<風柳・上段受け>で防ぐ。
魔太刀の斬り払いも柄を下げて、紅斧刃の峰で叩き、相棒の前進と共に力の柄での打撃を腕に喰らわそうと狙うが、立花弦斎は退く。
その立花弦斎に向け、大きい黒豹は、「にゃごぁ」と紅蓮の炎を吐いた。
立花弦斎だけでなく、骸獅子にも向かう広範囲の紅蓮の炎――。
二人は左右に後退し、弦斎は、先程の光玉から光の霧を生み出して紅蓮の炎を防ぐ。
骸獅子は衝撃波を発生させ紅蓮の炎を防ごうとしたが防げずダメージを喰らっていたが、立花弦斎が操作する光玉の背後に後退しては、無数の魔刃を体から生み出し、こちらに飛ばしてきた。
「相棒、少し離れる」
「にゃ」
相棒は、俺を背から降ろすようにしなやかに横へ跳ぶ。
即座に、複数の触手を展開していくのを横目に<煌魔葉舞>を発動。
力と速度を高めつつ、立花弦斎が繰り出した突きを、冷静に、魔槍杖バルドークで防ぎ、反撃の<龍豪閃>から返す<刺突>を繰り出した。
立花弦斎は魔太刀と魔斧槍を盾にしては俺の攻撃を往なし後退。
そこで、相棒と戦っている骸獅子に向け<鎖>を射出――。
相棒に氣を取られた骸獅子の前足に<鎖>を絡ませることに成功。
「ンンン――」相棒も喉声を発し、獅子のもう片方の足に触手を絡めて右へ移動する。俺は相棒との阿吽の呼吸で弦斎へと《氷縛柩》と《氷竜列》を連続して放ち、左へと駆け抜けた。
左右の前足を引っ張られた骸獅子は「ウゴァァァ」と痛がる声を発し、力を強め相棒の絡まっている触手を強引に剥がしたが、相棒は容赦なく、紅蓮の炎をまた吐いていた。
その炎により、燃焼した骸獅子だったが、牙を見せて、その口から衝撃波を生む。
衝撃波はこちらにも飛来した。<隻眼修羅>を使いつつ、後退を余儀なくされた。
と、目の前に立花弦斎が、魔斧槍を振るってきた。
魔槍杖バルドークを盾にして、<龍豪閃>のような一撃を防ぐ。
「マーマイン共を倒すだけはある――」
魔太刀から出た魔刃を半身で避け、反転しつつ魔槍杖バルドークで<魔皇・無閃>。
立花弦斎は斜め後ろへと退きながら<魔皇・無閃>を防ごうとするが、その威力に押されてさらに後ずさった。
そこに――ガァァッと凄まじい轟音と衝撃波が弾けた。
相棒と骸獅子が激突、激しく噛み合い、互いの巨体がぶつかり合って伽藍を揺らす。
巨大な黒虎と化した神獣ロロディーヌと、紫の怨霊を纏う巨大な骸獅子。
二体の獣ががっぷり四つに組み合い、俺と弦斎のすぐ横で、岩壁を粉砕しながら激絶な死闘を開始していく。立花弦斎から魔刃が飛来して、右に移動、骸獅子から放たれた衝撃波で<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>が上に弾かれるまま側転から後転で、立花弦斎が遠目から繰り出す魔刃を避けていく。
先程の耳を切られた魔刃とは威力が異なるようだが――。
「シュウヤ!」
「ご主人様ッ!」
――視界の端、アキレス師匠とヴィーネがこちらへ加勢に動こうとするのが見えた。
だが、石畳から湧き出す武装魔霊の数が異常だ。
立花弦斎の魔刃を魔槍杖バルドークで弾きながら、武装魔霊の武者の一体に向け<鎖>を射出、背をぶち抜いたが、まだ生きている。タフだ。
そして、武装魔霊の群れはルビアたちが捌ききれないほどの奔流となり、師匠たちを分厚い壁のように押し留めている――その元凶である祭壇に陣取った石才は、魔力の加速を強め、皆の足下へ次々と魔法陣を生み出していく。
エヴァは紫を帯びた<血魔力>で、その魔法陣から放たれる魔力を弾いているが、石才が展開した魔法陣は数が多く、魔法陣から放たれる魔力に触れた皆は、動きを遅くしていた。
石才の砂時計型の魔道具からは禍々しき紫黒の光が放たれていく。
それが宙空に静止するたび、ラホームドが放つ聖なる浄化の波動が、目に見えて歪み、蝕まれていく。大気が軋みを上げ、神聖な静謐が濁った魔力によって強引に相殺される。
魔霊の召喚陣を強引に維持しているらしい。
――皆の奮闘を信じるしかない。
視界の端、黒猫が骸獅子と激突し、爆散する衝撃波が肌を焼く。
その狂乱の余波を意識の深層で受け流しながら目の前の極大の脅威、立花弦斎という強者に全神経を縫い留めた。
「――よそ見をする余裕があるのか、小童!」
――弦斎が動いた。否、消えた。
<魔闘術>系統で極限まで感覚を引き上げているにも関わらず、その踏み込みは完全に音を殺しきっていた。氣付けば、懐に鬼仮面が迫っている。
「遅いぞ!」
――魔斧槍の重い斬撃が掬い上げるように迫る。
同時に頭上から魔太刀の凶刃が振り下ろされた。
魔槍杖バルドークの<風柳・上段受け>で受け止めた。
火花が散る。と同時に<源左魔斧流>の理合いを呼び起こす。下からの魔斧槍の斧刃を螻蛄首に引っ掛け、より下へと強引に押し流すと、
「――チッ、わしの手の槍軸をずらす、小童めが、お前は槍の生まれだとでも言うのか――」
と立花弦斎が体勢を崩しながらも、魔斧槍の柄を下げ、魔太刀の柄で胸元を突く。
それを柄で防ぎながら、<隻眼修羅>で立花弦斎を凝視。
魔力の流れは確実に達人――。
魔太刀か、魔斧槍か、その次の攻撃の判断を遅らせる挙動が、随所に存在している。
マミから教わった<トガクレの魔闘氣>を骨の髄から爆発させながら、半身を沈め、頭上を撫でる軌道の魔太刀の刃を避けた。
だが、魔斧槍の突きが、俺の首を狙う。それを魔槍杖バルドークの柄で防いだ。
火花が視界を白く染める――左の半身に移行し、受け流すまま遠心力へと変えて<血龍仙閃>を返す。石突の竜魔石が弦斎の脇腹へと吸い込まれた。
「ヌゥッ!」
――弦斎がわずかに呻く。
魔太刀の柄で竜魔石の一撃を防いでいた。反応も速い。だが、衝撃は殺せず、後退。
距離が再び開いた。
傍らで相棒の触手が骸獅子の装甲を砕く破砕音が響く。
互いに油断なく構えを戻し、弦斎が鬼仮面の奥で目を細めた。
「……今の捌き、そして重き返し。源左の技だな。そして、<魔闘血蛍>ではない戸隠の『<魔闘気>』も混ぜ込んでいた……」
「あぁ、先程、庭で、サシィたちに稽古をつけてもらったばかりだ」
「使えん子孫か。女が頭領なぞ、認めん。あまつさえ、あの吸血鬼と同じ<血魔力>をも継承してしまうとは、源左の名を辱める行為……」
「……女だから? 関係ないだろう。そもそも漢のくせに、コソコソと陰で陰謀を企んでいる時点で、お前の頭はそれまでだ」
魔槍杖バルドークで正眼に構える。
弦斎の鬼仮面の奥の瞳が、怒りを見せたが、それ以上の歓喜の色が見えた。
「……ハッ、小童が、わしを嘲笑か。いつ以来かのぅ。魔界王子の百足もわしにはそんなことをいってこんかったが……」
「魔界王子テーバロンテか」
「ふむ。小童がマーマインと同様に倒したと聞いている」
「あぁ、倒した」
「ならば良し、魔界の血泥を啜り、無数の修羅を葬って生き抜いてきた立花の武……その絶死の重みを味わうがいい!」
立花弦斎が魔斧槍を宙に浮かせ、手の平から新たな光玉を複数生み出した。
そこから四方八方に無数の魔線と、漆黒と光の霧が網の目のように広がる。
光玉を如何に封じつつ、接近戦を行うか――。
――<黒呪強瞑>を発動。
全身の皮膚が引き裂かれ、無数の傷が浮かび上がるが、その傷から溢れる血が圧倒的な闘氣となって全身を強化する。
続けて<龍神・魔力纏>の蒼き燐光を迸らせ、肌を焼く魔力の蒸気――<無方南華>による「柔」の受け流しと、<無方剛柔>による「剛」の弾き――。
それらを刹那の間で交互に反転させ、網の目のように迫る漆黒の魔線を、ある時は柳のように流し、ある時は岩のように粉砕する――。
一歩、また一歩。死の霧を切り裂き、弦斎の間合いへと踏み込む――。
魔太刀と魔斧槍の斬りと払いを魔槍杖バルドークの<山岳斧槍・滔天槍術>で完全に防ぐまま、立花弦斎の魔斧槍を左手で引っ張り、短く持った魔槍杖バルドークの紅矛と螻蛄首を<魔雷ノ風穿>で激突させた。
「ぬっ――」
立花弦斎は衝撃で後退したが、殺氣は強い。
案の定、魔太刀を、置く、否、俺の腕を撫で斬るように扱ってきた。
その飛剣を想わせる斬撃を柄で防いだ。
「お前は天性の才があるな――」
立花弦斎は左に向かうと見せかけ左に跳び、右に跳びながら魔太刀と魔斧槍を振るい抜く。
<魔闘術の仙極>を発動。
正中線を強め、<風柳・上段受け>ですべて防ぐ。
体幹を極限まで強化し、体の軸を岩のように安定させていった。
――重い。
鍔迫り合いになりかけたが、立花弦斎は退く。
「――この狭い箱庭では、ちと窮屈よな」
弦斎が魔斧槍を天へと突き上げた。
放たれた漆黒の衝撃波が、分厚い岩盤の天井を易々と粉砕する。
轟音と共に崩落する巨大な瓦礫。ぽっかりと空いた大穴から、灰色の空と冷たい風が吹き込んできた。
「上へ来い。存分に殺し合おうぞ」
弦斎はそう言い残し、重力を無視したかのような跳躍で地上へと飛び去った。
あいつをここで暴れさせれば、余波だけで人質の領民たちが死ぬ。分断は必然だった。
『閣下! このままでは地下が崩落します!』
『あぁ、ヘルメと皆、温存はなしだ、外に出るぞ!』
『『『はいっ!』』』
『ハッ』
左目から清冽な水流が勢いよく噴出する。
瞬時に実体化した水精霊ヘルメが宙空で優雅にターンを決めて飛翔していく。
「皆、ここは分かれる! 地下の残敵と石才の掃討、人質の保護は任せた」
アキレス師匠やザガたちが力強く頷くのを確認し大穴から地上へと一氣に跳躍した――
「――遅い!」
弦斎が待ち構えていた。
<導魔術>系統のスキルで浮遊させた魔太刀を死角から飛ばしてきた。
更に手元からは鋭い棒手裏剣が驟雨のように射出――。
魔槍杖バルドークを旋回させて棒手裏剣を叩き落とす。
浮遊する魔太刀の斬撃を<風柳・籠手返し>――手首を捻り込む動きで強引に弾き返す。
そこへ弦斎本人が、魔斧槍を手に強烈な踏み込みで迫ってきた。
――ガギィィィンッ!
「扎とは、即ちこういう突きを言うのだ――」
アキレス師匠の言葉に聞こえた。
アキレス師匠の教えは魔界の修羅にも通じる理だったというわけか。
ただの速度を超えた重みを伴う一撃が襲い来る。
魔槍杖バルドークの<風柳・中段受け>で防ぐも、その凄まじい勢いに押し込まれた。丹田に魔力を込めて魔槍杖バルドークを強引に押し上げると、石突の竜魔石で<風柳・顎砕き>を見舞う。立花弦斎が後退した隙を突き、すかさず<闇雷・一穿>を放った。
「ハッ――」
半月を描くような軌道の魔斧槍の柄で防がれた。
構わず<風研ぎ>から<風柳・撥草尋蛇>――。
立花弦斎は正眼と下段の足下を払うように二つの得物を動かし、<風柳・撥草尋蛇>を連続的に防ぎ続け、互いに突きの応酬となった。
「『崩』とはこうだ!」
弦斎が魔斧槍の柄で弾き飛ばそうとしてくる。
その力の流れを瞬時に読み取り、同じ『崩』の理合いで弾き返し、蹴り上げからの<龍豪閃>を繰り出すが防がれる。
「――ならば『劈』! そして『托』よ!」
言葉と同時に放たれる烈風の如き薙ぎ。
俺もまた、その軌道を目に焼き付けながら即興で『劈』と『托』を織り交ぜて防御する。
――抽と――拉で、誘いながら<槍組手>を狙うが読まれた――。
「えぇい、ならば『云』ッ!」
弦斎が変幻自在の軌道で迫る。その理合いをトレースし、俺も同じく魔槍杖を雲のように回す<豪閃>で迎撃し、――拔――足払いへ繋ぐ。
「わしの槍法を学ぶだと!? なんという才能よ!」
瞬きすら許されぬ五十余合。
一撃が必殺、一振りが絶命。魔界の猛将が振るう武の奔流に、俺の存在が削り取られていく感覚。火花が伽藍を白く焼き、鉄と鉄が噛み合う咆哮が静寂を拒絶するように響き渡る。
あらゆる槍法の理が交錯し、火花が伽藍を照らし出す。
「――昔を思い出す――長槍の法は、楊氏に始まり、これを梨花と謂う!」
怒涛の連撃の中、弦斎は愉悦に満ちた咆哮で古の理を詠み上げる。
魔界の死線で研ぎ澄まされた本物の武の圧が、一撃ごとに重さを増していく。
間合いを詰めようと<仙魔・龍水移>を発動し、水飛沫と幻影を残して弦斎の背後へ転移する――だが、弦斎も朧のようなドス黒い幻影を生み出し、こちらの転移に合わせるように即座に空間を跳躍してきた。
「天下皆これを尚ぶ。その妙は熟するに在り!」
転移直後、弦斎が鬼仮面を歪ませて魔斧槍の斬り下ろしを放つ。
それを防いだ刹那、弦斎の足先から鋭利な刃が飛び出した。魔界の生き残りらしい、泥臭くも凶悪な下段からの不意打ち――!
だが、俺の相棒は俺一人ではない。肩の竜頭装甲が意思を持つかのように咆哮し、紅蓮の炎を噴き上げながら伸長。弦斎が放った卑劣な足刀を、その鋼の顎でガチリと噛み砕かんばかりに受け止めた。
「――熟すれば則ち心は手を忘れ、手は槍を忘れるッ!」
弦斎は舌打ちし、浮遊する魔太刀を手元に呼び寄せ、足元の踏み込みの歩幅を大きく広げた。両手で握っていた柄から左手を離す。
――魔太刀の末端を右手一本のみで握りつつ、己の肩と腰を捻りながらの前進。身を翻し、推進力のすべてを刃に乗せるように、片手ごと一氣に前に突き出してきた。
予測していた間合いを遥かに超える、究極の片手突きだ。
体を限界まで捻り、視線を切った状態で右手に持った魔槍杖バルドークの柄を自らの背へと回し込む。背に回した柄で、弦斎の渾身の片手突きを下から跳ね上げた。
――ガギィィィンッ!
<風柳・背環受け>。
「円精用いて滞らず……また静より貴きは莫し!」
弦斎の魔力が跳ね上がる。刀の勇猛で悍ましい様、そして雄健で力強い様を体現するかのように、魔神の幻影を幾つも背後に浮かび上がらせた。
軍太鼓と、戦場の轟くような鬨の声が連続して響く――。
<刺突>と<闇雷・一穿>のような槍技に押された。
だが、反転の勢いのまま<風柳・回馬槍>の鋭い一撃を放つ――。
立花弦斎は上段の構えで往なしながら魔太刀を振るう。
その魔太刀を避つつ、柄を首元へ回し滑らせる<風柳・案山子通し>で遠心力を生み出し、予測不能な軌道から矛先が花のように分身する<風柳・六合花槍>へと繋げた――。
立花弦斎は魔斧槍を浮かせ、操作、更に、魔太刀で半月を連続的に宙空に描くような防御技術で、俺の連続攻撃を防ぎ続けると左から右に移動しながら<豪閃>のような攻撃を繰り出してくる――。
「――静にして心妄りに動かず、これを処するに裕如たり!」
弦斎の圧倒的な死の質量と魔刃が、俺の連撃を削り落とす――。
更に連撃の速度を上げ、ジリジリと押し込まれた。
無数の万の命を吸っていたように、立花弦斎の背後と周囲に、源左怨鬼兵や骸獅子の幻影が出現しては、背に融合していくように消えていく。
無数の武者、武装魔霊たちが、叫びに叫ぶ。
――万夫不当、立花弦斎――。
刀は猛虎の如し――立花弦斎――。
――絶唱、覇王槍、立花弦斎――。
勢いに押されて、<山岳斧槍・滔天槍術>が崩れ、腕や腹、脚が斬り刻まれていく。
俄に、打開のために<魔手回し>を放つ。
しかし、立花弦斎は腕と体を回転させてそれを回避し、すかさず魔太刀を振るってくる。
その斬撃を見るように、姿勢を極端に沈め、座るような低い体勢から下から上へ突き上げる<風柳・槍挑斗>で弦斎の顎を狙うが、弦斎は魔太刀でそれを弾き落とす。
「変幻測るべからず、神化窮まり無しッ!!」
死合いの絶頂――詠唱の完了と共に弦斎が再び間合いを誤認させる究極の片手突きを放ってくる。今度は背で受けない。
また<刺突>のモーションから左手を離し、柄の末端を右手一本で握り身を翻すような強烈な踏み込みから――片手で魔槍杖バルドークを突き出した。
――<風柳・単撤手>のお返し。
二つの片手突きが宙空で激しく衝突し、その反動で立花弦斎の巨体を大きく押し込んだ。
追撃の機。<血液加速>を強める。
<源左魔斧流>の理と<トガクレの魔闘氣>。更に<水月血闘法>、<紫月>、<魔銀剛力>を重ね合わせる。
内なる回路を<脳脊魔速>で発火させ、<仙血真髄>と<魔仙神功>を発動――。
知覚が切り札により爆発的に跳ね上がった。
世界が白昼夢のように静止――。
「ガァァァァッ! 死に晒せえぇぇッ!」
押し込まれた弦斎もまた死の氣を極限まで強化したと分かる。
魔斧槍の穂先に圧縮してきた。魔斧槍の穂先が「絶対にあたる」と思わせるほどの、狂氣の確信に満ちた死線が一直線に伸びてくる――だが、それこそが狙い。
目をわざと瞑る。<支え串・天涯>のカウンターの構えを取り、左腕を真後ろに引き絞り、立花弦斎の動きを先読みしつつ目を開けた。
弦斎は予測と同じモーションのまま魔斧槍の穂先を伸ばしている。
魔槍杖バルドークを盾に利用――。
「なっ!?」
必殺の穂先をギリギリの点で受け流す。
大きく体勢を崩した弦斎の胸元がガラ空きとなった刹那――。
左手に神槍ガンジスを召喚し、必殺の<光穿・雷不>を繰り出した。
突き出た神槍ガンジスの穂先から、神々しい天道虫の幻影が現れては散る。
穂先が激しく振動し、弦斎の古い当世具足ごと、その下腹部から胸部を深く穿った。
「グ、ォ……エ……無念……よもやここで、光の女神の……御光を拝むとは……」
弦斎の下腹部が爆ぜ散り、一部の血肉と死の氣が神槍に吸い込まれるように消滅していく。
一瞬、弦斎が再生しようと魔力を纏うが八支刀の光の方が速い。
神槍ガンジスの真上にランス状の雷不が出現し、弦斎を追跡するように直進――。
雷不は弦斎を守ろうとした防御の魔力ごと上半身を完全に貫き、背後の伽藍を穿ち抜け、岩の連なりをも溶かすように突き抜けてから大爆発を起こした。
眩い逆光が、魔界の死地を生き抜いた猛将を、蒼炎の輪郭として映すのみ。
怨念も狂氣も一切合切が蒼炎から光に昇華し、無数の光粒が天道虫の幻影に変化――。
一瞬の陽の収縮の後、それら天道虫の幻影が、光神ルロディス様や光の女神イリディア様を始めとする、光の神々の荘厳な光陰の模様と階梯を模りながら儚く散った。
残されたのは、彼が操っていた魔斧槍と魔太刀が瓦礫に転がる虚しい音だけだった。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




