二千百六十八話 【立花弦斎の羨道】
裏庭の木々が背後へ飛び去る。
意識の深淵にある門を蹴り開けた。<血道第三・開門>――。
血管を灼熱の奔流が駆け抜け、<血液加速>が世界を鈍化させる。
地を蹴り、愛しき黒猫の背を鮮やかに飛び越える。網膜に焼き付くのは、死の匂いを孕んだ羨道が吐き出す、昏い影だ。そこには、何重もの魔法陣を展開し周囲を警戒するラホームドとザガとボンがいた。そして黒衣を纏ったルビアがいた。
ザガが眉間に深い皺を寄せ、巨大な金属盾を構えているのが見えた。
その盾の中央、埋め込まれた〝雷光の心臓石〟と〝炎竜の核晶〟の欠片が、主人の高ぶる魔力に応じるようにバチバチと不気味な火花を散らしている。
二人の視線の先、苔生した石扉の前に突っ立っているのがボンだ。
「ザガ、ボン、ラホームド! ルビア! 状況は!」
「シュウヤ、来てくれたか」
「シュウヤ様! ボンの様子が……! まるで、見えない亡霊に魂を強く引かれているかのように……」
ルビアの悲痛な叫びが湿った空氣を震わせる。
隣に立つラホームドは古木の如き杖を固く握りしめて石扉の奥を凝視。
奥に潜むだろう冒涜的な何かを射抜くような眼光で睨み据えていた。
ラホームドは生首を煌めかせ、
「……シュウヤ様。この扉の奥……肺腑を腐らせるような、濃密な死の臭気が漂っております。これは単なる死霊術の類いではない。現世の理を歪め、死者の魂を泥濘に繋ぎ止める……おぞましき反魂の術式が、狂った心臓のように脈打っておりますぞ」
その言葉に、サシィがギリッと歯を鳴らす。
「反魂だと……? タチバナめ、立花弦斎の墓所で何を企んでおるのだ」
マーマインと通じていた裏切り者、タチバナ。
大三郎も厳しい表情で墓所の入り口を睨み据えた。
ボンは虚空を見据え、
「エンチャント……」
と怪しく呟く。
ふらふらと、呪われた石扉へと吸い寄せられるその指先。
「ボン、目を覚ませッ!」
ザガの剛腕がその肩を掴むが、ボンから溢れ出したのは理性を焼き切るほどの異様な膂力を見せる。
兄の制止を振り払おうと、獣のように身を悶えさせ、
「エンチャント!」
「ボン、落ち着いて! ザガさんも困っているわ!」
ザガの拘束に対し、ボンが激しく身を捩って叫ぶ。
ルビアも必死にボンの背中に抱きついて止めようとしていた。
いつものコミカルな響きとは違う、奥底の何かに強烈に呼ばれ、焦燥に駆り立てられているような必死な声だった。
そのボンに向け、<血魔力>を体から大きく噴出させ、
「ボン、中に敵がいて、ボンはそいつを倒したい? それともだれかを助けたいのか?」
「――エンチャントっ!」
と、勢いよく振り向いた刹那、ボンの両手の甲から放出されていた淡い魔力の中に人形を持つ少女が映り込む。その人形を持つ少女に対して、鬼の形相の武者が襲い掛かろうとしていたが、その幻影は消えた。
ボンは、俺の傍にきて、「エンチャッ!」と強めに言うと、半身で巨大な岩場を指し、奥に何かいることを強く告げるように「エンチャ、エンチャッ、エンチャァァァ!!」と泣きながら一生懸命説明しようとしている。
ザガが、
「シュウヤ、ボンが言うには、魔神様か不明な少女が、凶悪な旧神や魔神のような力を操れる存在に捕まった、危ない、助けてあげて。と言っている」
と、発言した。
「なるほど、氣張るか」
「シュウヤよ、敵の数は多そうだな」
「はい」
「にゃごぉぉ」
アキレス師匠の横で黒豹も、喉の奥で低い威嚇音を鳴らす。
扉の奥に潜む『何か』へ向けて殺氣を放っていた。
ヴィーネも静かに翡翠の蛇弓を取り出す。
光線の弦が出現し、指を添えた一瞬で、光線の矢が生まれている。
いつでも矢をつがえられるよう臨戦態勢をとった。
すると、レベッカが蒼い瞳を鋭く細め、
「シュウヤと皆、氣を付けましょう。扉の奥……ねっとりと絡みつくような、悍ましい魔力の澱みを感じる」
キサラも、
「はい、魔素からして囚われた人々や、獣たちの怯える鼓動……それに、死してなお動かされている『不浄な残骸』の氣配もあります」
戦慄を押し殺すように警告した。
「ん、シュウヤ。扉の向こう、嫌な音がする。骨が軋んで、魂が泣いてる音……」
エヴァが俺の影に寄り添うように立ち、その双眸に冷徹な殺氣を宿す。
すると、地鳴りのような重低音が響き、ボンの手が触れるよりも早く、堅く閉ざされていた羨道の石扉が内側からゆっくりと開き始めた。
「なっ、開くだと!?」
大三郎が驚愕の声を上げ、大太刀に手をかける。
開かれた隙間から、冷たく淀んだ風と共に、鼻を突くような血と、奇妙な香の入り混じった異臭が漏れ出してきた。
完全に開け放たれた石扉の向こう側――。
そこは現世の理が剥落した冒涜的な伽藍だった。
鍾乳洞を思わせる歪な岩肌には、赤紫の魔力線が巨大な怪物の血管のごとく不氣味に這い回っている。
大氣が毒々しい、怨嗟を吸い上げているように脈動に合わせ震えている。
肺腑にまで届くような悍ましい『鼓動』が、網膜を、刺激する、一瞬、瞼を閉じてしまった。
『閣下、光精霊フォティーナは上に自動展開しましたが、わたしはいつでも<精霊珠想・改>がありますので』
『集団戦だが、ヘルメたちは温存しよう』
『はい、範囲は使えませんし、奥の存在は未知数ですからね』
『あぁ』
奥の存在は異質。
心臓を直接冷たい手で握りしめられるような、生物としての根源的な忌避感が全身を駆け抜ける。
目を凝らせば、最奥の禍々しい石の祭壇の前に二人の男が立っていた。
彼はもう一人の男に対し、恭しく頭を垂れていた。
そして、もう一人。ボンの幻影に視た、あの『鬼の形相の武者』がそこにいた。
時代から切り離されたような、煤けた当世具足を纏い、その鬼仮面の奥からは、生者への憎悪を煮詰めたような双眸が覗いている。
全身から立ち昇る赤黒い魔力は濃厚で、濃密な死の氣を帯びている。
周囲の空氣を物理的な重圧へと変えたように、床の石材すらも軋ませていた。
祭壇の周囲には、檻に閉じ込められた大勢の領民たちや、怯える多種多様な動物たちの姿がある。
そして祭壇の中央、血濡れた術式の上に縛り付けられているのは、古びた人形を抱きしめて震える少女だった。
「エンチャントォォォッ!」
喉を掻き切るような、ボンの悲痛な絶叫が伽藍に響き渡る。
震える少女の姿を認めた彼の瞳には、怒りと、己の無力さへの悔恨、そして愛しき者を守らんとする猛りが、濁流となって溢れ出していた。
サシィが、
「あ、あれは立花家の……」
と呟く。大三郎が驚愕に目を見開き、大太刀を握る手を震わせ、
「……禍々しい鬼の具足……立花、弦斎……」
「……ふむ、驚きじゃが、顔を隠す鬼仮面と胸元の家紋、あれは立花弦斎で間違いない……」
アカネ婆もはっきりと告げた。
タチバナがゆっくりと首を巡らせた。
その瞳は、もはや正気の色を失い、どろりとした野心と狂悦に濁りきっている。
サシィは、魔斧槍の穂先を、そのタチバナたちに向け、
「やはり裏切っていたか……しかも禁忌を……祖先の裏切り者と呼ばれていた立花弦斎を蘇させるとは……」
タチバナは、狂喜によってひび割れたような笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらを射抜いた。
「……当たり前だろう。マーマインのごとき俗物に甘んじて膝を屈したのは、すべてはこの瞬間のため。我が一族が数百年、泥を啜りながら繋いできた宿願――その甘美なる果実を、今こそこの手にするのだ……」
「……お前はマーマインに……それに、その少女は、え、あ、あぁ! 立花家の娘ではないか。お前、自分の家族を生贄にするつもりなのか!!!」
サシィが絶叫するように叫ぶ。
タチバナが、
「当たり前、<血霊受業・界式>とこの〝呪光魂〟があれば、あの<魔魂回生>よりも強度に、しかも、完璧に蘇ることができるのですからね……」
すると仮面の武者の立花弦斎が前に出て、
「……石才喋りすぎじゃ、それよりもお前が操作可能な武装魔霊たちを出現させ、この者たちを掃除しろ」
「ハッ……」
タチバナの下の名は石才と言うのか。
その立花石才は、
「ハッ……! 応! 出でよ、我が立花流の礎と成りし怨嗟の武者たち! <武装魔霊・展開>!」
石才が血符を放つと、地面の魔力線が激しく明滅し、ボロボロの当世具足や錆びた槍を装備した実体を持たぬ怨霊の武者たち――本当に武装魔霊が無数に這い出してきた。
ここで武装魔霊かよ――。
「殺せェッ!」
石才の号令を受け、数体の武装魔霊が俺たちではなく、最も近い生贄の檻へと得物を振り下ろした。
「武装魔霊とは驚きですが、アドゥムブラリのような印象ではありません――」
ヴィーネの言葉を聞きながら<超能力精神>――。
ボロボロの当世具足を纏った怨念侍の数体を吹き飛ばすが、一部の凶刃が檻を抜け、中にいた数人の女性の肩や胸を無残に斬り裂く。
鮮血が噴き出し、悲鳴が地下空間に木霊した。
更に、立花弦斎が、「源左怨鬼兵を出す――」大型の武装魔霊が出現した。
――反射的に左手を向け、《闇壁》を武装魔霊が衝突しそうな檻の前面に展開させる。
物理的な斬撃を闇の壁で逸らし、致命傷だけは防いだ。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>も右側に送り、怨霊の武者を衝突させて、生贄の檻に入ってた子供を守った。
「させませんッ!」
――その闇の壁を突き抜け、閃光となって戦場を駆けたのは、第二十の<筆頭従者長>、ルビアだった。彼女の額に、誇り高き銀の紋章が鮮烈に浮かび上がり、膨大な<血魔力>が陽炎となって彼女の全身を包み込む。
「ベウガ! ウルウ! 道を開けなさい!」
鋭い号令と共に放たれた二羽の魔鴉が、死を運ぶ黒い旋風となって魔霊の群れへと襲いかかった。
二羽の魔鴉が武装魔霊たちの頭部に纏わりつき、錯乱した魔霊たちが同士討ちを始めた隙に、ルビアは魔竜王バルドークの剣とカシーンの剣を引き抜くや否や加速。
舞うような剣閃が宙を裂き、実体なき魔霊の首を、その魂ごと断ち切っていく。
身を捻る<飛剣流>で魔霊たちの首を次々と刎ね飛ばしていった。
素早い身のこなしから反転しての「――<飛剣流・笹落ち>」で、また二人の侍的な武装魔霊を切り捨てた。
ルビアの死角を突こうと、背後から音もなく肉薄する魔霊の影を捉えた。
意識するよりも早く、左手から銀色の<鎖>を射出――。
ガリッ、と硬質な音を立てて魔霊の首に絡みついた鎖を力任せに引き寄せた。
たたらを踏む魔霊の兜に対し、魔槍杖バルドークの石突きに鎮座する竜魔石を叩きこむ。紅蓮の魔力と蒼き氷が爆ぜ、鉄の兜が紙細工のようにひしゃげ、その内の霊核のような物を破壊した。霧散する寸前、実体のないはずの亡霊が放った『断末魔の震動』が、槍を通じて右腕に、心地よいまでの手応えとして伝わってくる。
結構な魔力を得た。
「にゃごぉぉっ!」
と黒豹も数本の触手で別の魔霊の足を刈り、鋭い爪で引き裂いてくれた。
相棒と共に周囲の雑魚を排除しつつ、俺は戦場全体を把握し、<炎邪竜ノ装炎>を発動――。
肩の竜頭装甲が炎を発しつつ、
「――全員聞け! ここには人質の領民や動物たちがいる! 範囲系の魔法や大技は禁止だ! 対象を絞り、ピンポイントで仕留めろ!」
――指示を飛ばした直後、ルビアが血の海に倒れ伏す女性たちへ両手を翳した。
彼女の青い瞳が一瞬だけ赤く染まり、背後に『魔命を司るメリアディ』の幻影が重なる。
無詠唱の《大癒》の極光が、女性たちの致命傷を完全に塞ぐのを確認した。
だが、祭壇の少女へ迫る源左怨鬼兵の巨躯が――<鎖>を飛ばすが、立花弦斎の礫に弾かれた。
少女は震えていた。
ボンは、その恐怖を感じているように「――エンチャァァァンッ!」と叫ぶが、魂の咆哮に聞こえた。
両手の甲に纏っていた<血魔力>が昇龍のように宙空に上昇。
そのボンから七色の魔力が荒れ狂うと、前進し、魔斧が右手に生まれていた。
ボンは、源左怨鬼兵の巨躯の前に立ち塞がると、魔斧から放出されていた虹色の<血魔力>が少女を守るように包むと、魔斧の形が少し変化した。少女の恐怖を力に変えている?
<共感の付与>か。
大型の源左怨鬼兵へ牽制の《連氷蛇矢》と<鎖>を射出しつつ目の前の武装魔霊を魔槍杖バルドークで両断した。だが、怨鬼兵に魔法は利かず、<鎖>も強靭な肉体に弾かれた。
一方、立花弦斎の飛び道具を寄せ付けないボンは、もう一体の源左怨鬼兵が持つ巨大な鉈の一撃を正面からガチンッと受け止めていた。
すると、ザガが、
「俺の弟と大事な家族に手ェ出して、タダで済むと思ってんのか!」
同じ気持ちだ――ボンの横に大盾を構えたザガが地響きを立てて並び立つ。
額に開いた<真贋神眼>が黄金の輝きを放ち、「ハッ、見えたァ!」と、叫ぶザガ。
怨鬼兵の強固な鎧に隠された『構造の歪み』を赤裸々に暴き出したようだ。
旧神アウロンゾの血統たる膂力と<血盟鍛造>の質量を乗せたシールドチャージを叩き込む。
ドッと鈍い音が響き、腹部が陥没し、内から弾けるように爆散した怨鬼兵の巨躯が後方の岩壁を粉砕しながら吹き飛んでいく。
――俺はその飛沫を<武行氣>で上昇して避けながら、そこにいた武装魔霊を下から上に振るった<妙神・飛閃>で両断する。迫り来る別の魔霊には片足を突き出すように<魔経舞踊・蹴殺回し>を浴びせ、頭部から胸元を潰すように吹き飛ばした。
更に《氷縛柩》を連発――。
一瞬で氷漬けにした数体の武装魔霊。動きを封じた武者野郎どもに膨大な<血魔力>を込めた魔槍杖バルドークを叩き付ける<豪閃>を浴びせ、地面ごと潰すように砕いた。
即座に後退し、身を捻り跳躍。「ンンン」と低く身を沈めた黒豹の頭上を宙空から通り抜けながら、フォローの<龍豪閃>を繰り出す。相棒を喰らおうと口を広げていた骸骨のような武装魔霊を真っ二つに斬り裂き、そのまま着地――着地の寸前、ルビアの背後を狙う死角からの刃を捉える。その軌道へ腕を割り込ませた。
――武装魔霊が突き出した凶刃を片腕で防ぐが、次の刃は防げず――。
防護服を突き抜け、ジリリと神経を焼くような鋭い痛みが走る。
構わず魔槍杖バルドークを掲げ、左右の武装魔霊の攻撃を防いだ。
<魔手回し>で奴らの得物を引っ掛け回しつつ、ルビアを体で押し込んで間合いを確保する。
一拍の余裕が生まれた瞬間、己の血飛沫ごと、最初に凶刃を放った魔霊武者へと踏み込んだ。逆光となって迫る敵へ、<源左・引手右脚打>を叩き込む。肩口から心核までを一氣に紅斧刃が両断し、その怨嗟ごと虚空へ消し飛ばした。
身を捻り<風柳・背環受け>で左右の武装魔霊の凶刃を受け、魔槍杖バルドークの柄を鎖骨に乗せるまま両腕をも柄にかけ、横回転の<風柳・案山子通し>で<血龍仙閃>――。
二人の武装魔霊の得物ごと体を巻きこむように真横に両断して倒すと、ボンが形をまた変えた斧を豪快に振るうのが見えた。
対峙していた源左怨鬼兵を吹き飛ばしていた。
近くにいるルビア、ボン、ザガの三人は連携し、人質を背に完璧な防衛陣を構築していく。
もう、ただの鍛冶屋ではない。頼もしい俺の<従者長>たちだ。
「ふぉふぉふぉ――我は、術式の破壊と残飯処理を!」
――魔滅皇ラホームドが上空へ舞い上がる。
<大脳血霊坤業>で湧き出す魔霊と<血魔力>ではないが、そんな印象の魔力で構成された<血霊受業・界式>の術式基盤だけを的確に食い破っていく。
ヴィーネは翡翠の蛇弓から光線の矢を連射し、レベッカも蒼炎を槍のように細く束ねて魔霊の頭部を撃ち抜き、アキレス師匠は風雷を纏う魔槍ルドルで確実に敵の数を減らしていく。
魔槍杖バルドークを振るって武装魔霊を倒しながら前進し、左の大型の武装魔霊を倒したばかりのサシィを礫から守る――。
「シュウヤ、ありがとう」
「おう――」
と集結してきた武装魔霊の侍共の頭部を<血龍仙閃>で両断し、右の上空から飛び掛かってきた武装魔霊を<超能力精神>で吹き飛ばす。
その間に左から前に出たサシィが、
「タチバナァ! いや、石才! お前は私が斬る!」
怒氣を孕んだ声だ。
娘を生贄にしようとした外道へと一直線に踏み込む。
石才は相棒の触手骨剣を弾き、アカネ婆の棒手裏剣の群れをすべて、魔斧槍で払いながら、ヴィーネの光線の矢をも魔斧槍で弾き、アキレス師匠の<刺突>から逃げては、障害物を利用し、サシィとの間合いを詰めると、
「――ハッ、戦いしか脳がない姫が――」
嘲笑を浮かべ魔斧槍を斬り返し、サシィの振るった魔斧槍と衝突。
爆ぜた火花が二人の防護服を焦がし、髪が燃えた臭いが一氣に充満した。
アキレス師匠が、その石才に魔斧槍を振るう――。
だが、石才は撒き菱を周囲に撒く、サシィから逃げた。
《連氷蛇矢》を出すが、避けていく立花石才もなかなかやる――。
師匠が、「シュウヤ、お前は親玉が生む大型の武装魔霊共を倒せ」
「はい、相棒、大きい炎は無しで行こう。そして、亡霊の未練を断ち切ってやろうか」
「にゃご――」
黒豹が鳴いて応えた。
信頼する仲間たちが背後を固めてくれている。
ならば、俺が成すべきはただ一つ。完全受肉という禁忌を犯した立花弦斎へと至る道を、この槍で、この血で一氣に切り拓くのみ――。
丹田の奥底、魔力の根源を爆発的に解放する。
<水月血闘法>、<トガクレの魔闘氣>、そして月虹の光芒を放つ<ルシヴァル紋章樹ノ纏い>――。
幾重もの<魔闘術>系統が重なり合う。
周囲の空間が、溢れ出す膨大な熱量によって陽炎のように歪み始めた。
相棒が「ガルルゥ」と唸り声を上げ、対峙していた武装魔霊を仕留めると、荒馬のいななきのような魔息を響かせ、「ンン――」と喉声を轟かせながら、タイミング良く足下へ滑り込んできた漆黒の背に――少し跨ぎながら腰を沈めた直後、<神獣止水・翔>――瞬時に巨大な黒虎へと変貌した神獣ロロディーヌの圧倒的な質量と熱を肌を通し理解した。
首元にひんやりとした触手手綱が繋がる。
相棒から噴出する燕の魔力を得ると同時に全身を巡る<魔闘術>系統が相棒へと伝播し、互いの鼓動が完全に同期した。冷ややかな手綱の感触とは対照的に、胸元からカッとマグマのような燃え滾る感覚が全身に伝わっていくまま魔槍杖バルドークを無意識に振るい、相棒も触手骨剣を振るい、迫っていた二体の源左怨鬼兵を吹き飛ばしていた。
無我のまま相棒との境界が溶け合い、爆発的な推進力が生まれる――。
――引き絞られた弓から放たれた矢のごとく、鈍化した世界を一直線に駆け抜けた。
思考すら置き去りにする勢いで立花弦斎へと直進――。
跳躍の勢いのまま魔槍杖バルドークを振るい、行く手を阻む大型の源左怨鬼兵三体を次々に両断。
砕け散る骨と鎧の雨を抜け、最後に立ちはだかったのは銀色の源左怨鬼兵。
相棒の触手骨剣すら弾き、皆の攻撃をことごとく防いでいたその厄介な巨躯を――間髪入れずに放った<魔皇・無閃>で、強固な装甲ごと真っ二つに叩き斬った――。
視界の先、祭壇の前に立つ立花弦斎へと最短距離で肉薄する。
肉薄した刹那、世界の流動がぴたりと停止した。
加速した思考の中で、弦斎の鬼仮面と目が合う――。
――漆黒。
怒氣そのものが形を成したような、神意力にも似た圧力が空間を削りながら飛来した。
相棒が放つ燕の魔力――橙色の奔流が、その圧力に触れた瞬間に紙細工のごとく弾け飛ぶ。
「ンン――」
加速する思考の中で、弦斎の両腕がわずかに揺らめく。
魔太刀を召喚、速い――。
<魔闘術>系統を重ねて鈍化したはずの世界において、その一太刀だけが本来の速度を維持したまま突き抜けてくる。回避は不可能。そう本能が警笛を鳴らした。
だが、<月読>と<滔天神働術>と<滔天仙正理大綱>を発動。
加速し、相棒の反射神経にすべてを預け、上半身を不自然な角度で後方へと仰け反らせた。
<月読>の深淵と<滔天>の理を重ね、すべての感覚を相棒の反射神経へと預ける。
視界が真横へと流れ、重力から解き放たれたかのような浮遊感のまま、鼻先数ミリの距離を冷たい漆黒の死線が掠め去る。
――鼻先数ミリ。
一撃目を紙一重で凌いだ刹那、悪寒のまま頭部を傾け、灼熱の熱量に「ぐっ」と耳元が裂かれた。
強引な捻りとともに逆方向から三撃目が飛来――。
鉄の死線が視神経を灼くほどの近距離を掠め去る。
引き延ばされた時間――。
空氣を引き裂く漆黒と白刃の咆哮が、内臓を揺さぶる重低音の唸りへと変質し、鼓膜の奥へと突き刺さった。
仰け反った姿勢のままロロディーヌの触手が地面を強く叩き、その反動で体を無理やり前へと押し戻した。
スローモーションが解けるまま、相棒は反転――爆音と共に視界が真横に移動していく。
弦斎が再度、魔刃を繰り出してきたが、相棒ごと<風柳・異踏>を行うように横に数回跳び、その魔刃を避けた。立花弦斎は「ほぉ、わしのコレを初見で避けきるとは、まっこと、魔界は広いのぅ――」と加速し、魔斧槍の右手ではない左手に出現させている魔太刀を振るう。
相棒は「にゃごぁ」と炎を吐いた。
立花弦斎は「こざかしい――」と魔斧槍と魔太刀を振るい、得物から出した衝撃波で、相棒の炎を消す。
と、魔太刀から魔刃を繰り出す。ロロディーヌは「ンン」『相棒、うえ』と、氣持ちを伝えながら、体を沈ませると、バネの如くの反動で高く跳躍した。
――巨大な慣性のまま、そのすべてを乗せた膨大な<血魔力>を魔槍杖バルドークに乗せる。
その斜め上から、立花弦斎の頭上へと一氣に振り下ろす<魔皇・無閃>を繰り出した。
弦斎は迎え撃つべく魔斧槍を上段に構えた。
――ドッ、という空氣が押し潰される重低音と共に、紅斧刃と黒斧刃が激突する。
ガッギキィィィンと凄まじい咆哮を上げ――。
魔力と金属が削り合って生まれた巨大な火花が、昏い伽藍を昼間のように照らし出した。
――衝撃波が空間を爆ぜさせ、足元の石材に深い亀裂を走らせる。
弦斎は爆風を飲み込みながら前に出ながら魔太刀を突き出してきたが、それは相棒の触手骨剣が弾く。
「ハッ、やりおるわい――」
互いの眼光が火花の向こう側、数センチの距離で激しくぶつかり合った。
「にゃご――」
相棒が至近距離から放った触手骨剣を、弦斎は最小限の、それでいて無駄のない動きで回避する。
「――ほう、この一撃を受け止めるか」
弦斎は鬼仮面の奥で、愉悦に歪んだ瞳を細めた。
その声には、石才のような焦りなど微塵もない。
あるのは強者だけが到達しうる底知れぬ余裕と、殺し合いを愉しむ狂氣のみだ。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




