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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千百六十七話 マミと源左魔斧流と源左棒流



 アキレス師匠と武を高め合った武の残滓が漂う。

 超常の震動はいまだ肌に快い痺れを残し、細胞の一つひとつが歓喜に震えていた。師匠の二つの角先から迸る雷と風の魔力が紡ぐ紫電の振動が、皆にも好影響を与えているようにも感じた。


 サシィが、その熱が冷めやらぬうちに俺の影を縫うように間合いを詰めてきた。 

 周囲に悟られぬよう音もなく――紅蓮の魔力を帯びた鮮血が秘め事のように虚空へ文字を刻んでいく。


『――シュウヤ。少し耳に入れておきたい。上笠の立花だが、近頃の評定での態度に、拭いきれぬ違和感があるのだ。氣のせいでなければ、裏で何かを企んでいる。側近の大三郎にも、まだ告げていないがな』


 <筆頭従者長(選ばれし眷属)>となったサシィも成長しているからな。

 勘違いではないだろう。


 サシィの黒い瞳が鋭く光る。

 彼女は訓練の空氣を壊さぬよう微笑を浮かべているが、その警告は重い。


『分かった。サシィの直感は無視できない。もし何かあれば、俺の身内を使ってでも即座に叩き潰す。警戒を続けよう』


 血文字を返し、再び視線を庭園の中央へ向ける。

 そこへ、大三郎に促されるように二人の女性が姿を現した。


 一人は老女。

 雪のような白髪を湛えつつも、大樹のごとく揺るぎない背筋を見せている。

 傍らには、黒髪の絶世の美女がいた。

 烏の濡れ羽色をした髪を高く結い上げ、肢体の曲線を強調するくノ一装束に身を包んでいる。

 黒猫(ロロ)の極上の毛並みにも劣らぬ、夜の闇を溶かし込んだような艶やかさだ。その佇まいは、どこかサシィの持つ鋭利な美しさに通ずるものがある。


「サシィ、遅くなりましたね」

「おぉ、アカネ婆! それにマミも! 紹介しよう、こちらが主のシュウヤ殿だ」


 アカネ婆とマミか。


「シュウヤ様。初めまして」

「シュウヤ殿、初めましてじゃ」


 二人は美しく、かつ研ぎ澄まされた所作で一礼した。


「初めまして」

 

 挨拶を返すと、マミが艶やかな笑みを浮かべた。


「少しだけ、陰からシュウヤ様たちの模擬戦を見学させていただきました。素晴らしい戦い。サシィが夢中になるのも、分かりましたよ」

「ふむ。光魔ルシヴァルの凄さはサシィの進化で理解したと思うたが、予想を超えていた」


 アカネ婆の言葉に拱手で応える。

 マミは、


「シュウヤ様、サシィたちから話は聞いています。今のサシィたちの会話から、武術に興味を持つようですから、私たちも加わってよろしいでしょうか」

「はい、源左魔斧流と源左棒流に、源左ならではの武術も学びたい。新しい<魔闘術>系統の修業ができればと考えていました」

「ふふ、では、トガクレの血を引く者だから可能な武術、その型を見せますし、教えましょう」

「おぉ、ありがとうございます!」

「「おぉ」」

「わしもご教授を!」

「わたしも!」

「……っ!」


 皆の言葉にマミとアカネ婆とサシィは頷き合う。


「この一門に伝わる氣の練り方、手取り足取りお教えいたしましょう」

「「おぉ」」

「「お願いいたします!」」

「では、シュウヤ様から……ふふ……」


 マミが唇に妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、蜃気楼のように揺らめく歩法で距離を削り取ってきた。膝の抜き、腰の据わり、そして重心の移動が一点の淀みもなく調和した摺り足。物理的な距離を無視して、空間そのものが収縮したかのような錯覚。それは静かな水面を滑る波紋でありながら獲物を狙う蛇の静謐な威圧感を孕んでいた。


 滑らかで一切の予備動作を感じさせない、見事だ。


「左右の腕は、このように――」


 左右の腕をゆっくり右へ左へ、ゆらりと動かす。

 それを真似して動かした。

 マミは、


「――トガクレ流は、蛇の頭や、鎌の刃をモチーフに――『一文字の構え』が基本、土台です。体重も基本は体の中心に置く、しかし、移動しながら、敵の対応に備える。バランスを大事に臨機応変に――」


 真似をし続けながら、「音を殺す歩法ですね」と口にする。


「うむ。その一言で事足りる、マミ、教えてさしあげるのだ」

「はい、アカネ婆様――」


 マミは近付くと、「シュウヤ様、少し体を付けますが、よろしくて?」


「はい」

「では――」


 彼女は一切の躊躇なく、柔らかな体温を俺の右腕へと深く沈めてきた。

 寄せられた腰から、彼女の丹田の鼓動がダイレクトに俺の芯へと伝播する。

 

 鼻腔をくすぐる白檀の香りと吸い付くような肌の弾力が、思考を甘美な深淵へと引きずり込もうとする。

 だが、それ以上に驚異的なのは、彼女の体内を巡る魔力の流れだ。

 女性らしい柔らかな温もりとは裏腹に、その質は極めて高い。内には荒れ狂う奔流があり、同時に静かに巡る氣もある。


 マミも「あっ、凄い……」と色っぽい声を発し、共鳴したように鳥肌を立てていた。「これが光魔ルシヴァル……シュウヤ様の……」と呟くマミの鼓動が早まっていく。


 そのマミはかすかに頭部を振るい、深呼吸。その甘い吐息が煩悩を刺激した。

 続くように、彼女の細い手の内が、俺の腕の関節を柔らかく制してくる。


「……呼吸を……私に合わせて。魔力を経脈ではなく、骨の髄に沈め、凝縮させるのです」


 彼女の肌は温かい。

 独特な動きに合わせていく。

 彼女の律動と魔力が直接伝播してくる。外へ発散する<魔闘血蛍>とは対極にある、内側へと圧縮される高密度の魔力運用法か。

 

 なるほど、これは分かりやすい。


「じーっ……」

「ご主人様……武術の指導とは、斯様にも『密』なものなのですか?」


 レベッカのあからさまな声、ヴィーネの氷点下の声、


「……シュウヤ様……<魔手太陰肺経>のことを思い出しますが……」


 キサラからも嫉妬の声が飛んでくる。


「鼻の下、伸びてるわよ。シュウヤ」

「ん、シュウヤ……近すぎ」

「にゃごぉ」


 エヴァの短くも重圧に満ちた呟きと共に、背後から凍てつくような冷気が突き刺さる。黒猫(ロロ)がレベッカに尻尾を弄られ、抗議の声を上げているが、広場全体の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほどのジト目だ。


 だが、この骨を伝う魔力の感覚を逃すわけにはいかない。

 必死に集中し、その理合を学ぶ――。

 マミの動きが段々と速くなる。

 更に、アカネ婆も目の前に現れて、マミを指導するように動き始めた。

 腕をクロスしたかと思ったら、迅速に突き出しながら前進していく歩法――。

 マミと共にアカネ婆の動きを真似していく。


 おっ、丹田に新たな魔力溜まりを得た感覚――。

 動きが洗練され、マミさんと共にアカネ婆の動きと完全に同期した。


 マミとアカネ婆の理合が、骨髄に刻まれた確かな感覚を得た。


 ピコーン※<トガクレの魔闘氣>※恒久スキル獲得※


 脳裏に無機質なシステム音が響く。

 概念が刻まれた瞬間、俺の魔力回路が新たな色を帯びて再構築され、骨髄を流れる熱い衝撃とともに未知の理合が血肉の一部へと溶け落ちていくのを感じた。


「あっ、シュウヤさんの魔力の流れが変化を……」

「ほほぅ! 見事じゃな」


 二人に拱手し、


「はい、<トガクレの魔闘氣>を得ました」


 そう告げながら、皆に『やったぜ』と合図するように片腕を掲げる。


「「「おぉ」」」

「相変わらず、シュウヤは速い!」

「ん、シュウヤの戦いのセンスと学ぶ心があるから」

「うん、凄いのは最初からよ。私からは、最初からトガクレ? その武術を理解していたように見えていたし」


 皆の感想に少し照れを覚える。

 マミは、


「本当と分かります。サシィの言っていたことは事実だった」


 拱手を行い、


「ありがとうございます」

「ふふ、では、武器のほうも学びましょうか」

「はい、お願いいたします」

「はい、では、お婆様とサシィ、この源左の武器を――」


 マミが離れ、交代するようにアカネ婆とサシィが前に出た。

 サシィが


「シュウヤ、この訓練用の魔斧槍もあるが使うか? その魔槍杖バルドークでも応用はできるが」

「あぁ、今は魔斧槍を使わせてもらう」

「うむ、では、これを」


 サシィから訓練用の魔斧槍を渡された。

 彼女たちはそれぞれ魔斧槍と魔棒を手にし、見事な演舞を披露し始める。


 アカネ婆の重厚な斧の一撃。サシィの変幻自在なしなりを持つ棒術。

 

 参考になる。


 手慣れた動作で魔槍杖バルドークをアイテムボックスへと送り、代わりにサシィから受け取った訓練用の魔斧槍を握り直す。

 手の内に伝わる木と鉄の感触を確かめながら、<握吸>と<握式・吸脱着>を高速で繰り返し、武器との一体感を高めていく。


 先ほどマミから魂に刻まれたばかりの内燃する<トガクレの魔闘氣>を、この重厚な得物へと流し込み、源左の理合を俺なりの解釈で再定義し始めた。


 アカネ婆は、「シュウヤ殿、受けてみるかの?」と、その場で、魔斧槍を振るう。

 その軌道を見ながら、

「はい、宜しくお願いいたします!」


 と魔斧槍を上げて拱手で応えた。


 直後、アカネ婆の姿がブレた。

 滑るような摺り足から放たれたのは、老体からは想像もつかない剛腕の一撃。

 ――黒き刃が空を噛み、アカネ婆の重厚な一撃を真っ向から受け止めた。

 ガァンッ! と重い金属音が庭園に響き渡る。

 手首から腕、肩へと抜けるすさまじい衝撃だが、<トガクレの魔闘氣>で内へ圧縮した魔力が、その威力を相殺する。


「ほう! 見事に受け流しおった。ならば、これはどうじゃ!」


 次の薙ぎ払いも<風柳・中段受け>で受け止める。

 アカネ婆は、


「大三郎、サシィ、マミも、合わせるぞ!」

「おおう!」

「「はい!」」


 四人での連合による魔斧槍の訓練となっていく。

 重い斧刃が空を切り、火花を散らして打ち合う。皆の一撃を受けるごとにたしかな経験が蓄積される。魔斧槍の軌道、足の引っ掛け、柄を活かした打撃と、関節取り、半身と体重移動、柄に足を乗せ、身を回転させながら軸を保つ――。


 力が強い、<豪槍流>や<風槍流>にも似ている。

 一撃ごとに、源左斧槍流の「剛」が手の内を通して伝わってくる。


「次は、<源左・巴待ち>から<源左・魔斧槍抜き>――」


 アカネ婆とサシィの魔斧槍の構えからの払い――。

 半身で、<風柳・中段受け>で受け持ち、後退すると、大三郎が、


「<源左・引手右脚打>――」


 魔斧槍の穂先を右斜め下から斜め上に振り払ってくる――。

 <風柳・中段受け>で防いだ。

 四人から連続的に攻撃を受け続ける。


「シュウヤ殿、その受け方は見事。次は私たちの動きを真似て、魔斧槍で攻撃を続けて――」

「はい――」


 何十何百と魔斧槍の攻撃を行い、受けていく――。



 ピコーン※<源左魔斧流>※恒久スキル獲得※


 一連の動きを終えると、俺たちの立ち合いに釘付けになっていたレファとムーが、目を輝かせて駆け寄ってきた。


「シュウヤさん! 私たちもやりたいです!」

「っ!」

「ん、レファと、ムー、がんばって!」

「よし、二人で少し合わせてみろ」


 俺の言葉に、二人は嬉しそうに頷き合い、木槍を構えて模擬戦を始める。

 レファが素早い突きを放ち、ムーがそれを弾いて反撃に転じる。二人の吸収力は凄まじく、アキレス師匠も「ほう、良い筋だ!」と嬉しそうに目を細めている。

 だが、見様見真似ゆえに型の繋ぎ目に粗があった。


「ストップ。そうではない」


 二人の間に割って入り、魔斧槍を構える。


「源左の理は『剛』の力と機敏さ『回る』の融合でもある。風槍流と似ているが、それだと、ただ突くだけだ。隙ができる」


 ゆっくりとした動作で<槍組手>の構えをとり、二人に手本を示す。


「ここから<刺突>を放ち――」


 鋭く空気を裂く一撃。


「――その勢いを殺さず、手首を返して石突で薙ぎ払う!」


 流れるような身のこなしで後方を仮想敵に見立て、石突で円を描くように薙いだ。


「「おぉー!」」

「すごい……力が淀んでない!」

「っ!」


 二人はパッと顔を綻ばせ、喜びに満ちた表情で再び槍を構え直す。

 彼女たちの動きに合わせ、時に木槍を弾き、時に手首の角度を修正しながら、今知ったばかりだが、俺なりの源左の基礎を叩き込んでいった。


 続いて魔棒へ切り替えた。サシィが前に出て、


「レファ殿とムー殿、少し休憩を」

「はい!」

「……っ」


 サシィは微笑んでから俺に視線を移し、


「では、シュウヤ、魔棒の訓練を行おう」

「おう、頼む」

「基本は槍と同じ、だが、棒ゆえの軽さ、機動力を活かせる。シュウヤなら、<源左・魔棒八相>も楽に行えるだろう――」


 サシィの変幻自在な連撃に応じる。

 さすがに奥義級までは一朝一夕で学べないだろうが――。


 無数の連続的な魔棒の突き、上下、振り分け、抜き――。


「槍との違いは、この抜き技術とも言えるか――」


 両手から魔棒が消えたようにも見えるほどの速度の突きに体術を活かす棍棒術――。


 点と線が交差する中で、無駄な力を抜き、理で「回る」棒の真髄を血肉に変えていく。


 ピコーン※<源左棒術>※恒久スキル獲得※



◇◇◇◇



 修練が一段落し、縁側で冷たい茶を飲みながら一息つく。

 ふと思い立ち、アイテムボックスから『暗剣の風スラウテルの腕甲』を取り出した。それを大三郎やサシィ、そして皆の前に提示する。


「大三郎、サシィ。これを見てくれ」


 アイテムボックスから取り出した『暗剣の風スラウテルの腕甲』が、鈍い光を放ちながら縁側に置かれる。


「これに触れた際、意識の奥底に『巨大な剣の奇岩が刺さる暴風の荒野』の情景が流れ込んできた。この魔界のどこかに、心当たりはないか?」


 大三郎が唸るように眉根を寄せる。


「暗剣の風スラウテル……古い魔神、神格を失っている魔神の名は聞いたことがあります。ボーフーンの領域でしょう」

「南だな」


 二人の言葉を聞き、視線を移す。


「サシィ、聞いたことがあったか」

「あぁ、他の魔神と同じく各地の噂程度だがな」


 大三郎は、


「スラウテルとボーフーンが、遙か古代に戦ったとされる伝承は一度聞いた覚えがあり申す。ただ、それが確かかどうか。魔界大戦では様々な勢力が入り乱れ、領域に関係なく突如として飛び地が出現しては消えるのが常。更に言えば、この地域を長く支配していたのは魔界王子テーバロンテですからな」


 すると、視界の端が爆ぜるようにザガの血文字が躍った。


『シュウヤ、一大事だ。ボンとラホームドを連れて市場を歩いていたのだが、ボンが突然「エンチャント……?」とうわ言を漏らし、幻影か、何かに導かれるように歩き始めたのだ。最初は珍しい蹈鞴場に興味を惹かれたのかと思ったが、そのまま階段を上り、源左砦の奥屋敷へ向かいよった。その後を追ったのだが……今は庭の、地下へと続く羨道の前にいる』

『で、ボンはそこで? ラホームドはなんと?』

『あぁ、墓所の前で狂ったように「エンチャント」と連呼しておる。ラホームドは両眼に魔力を溜め、「反魂の匂いがしますな……ご注意を」と、首元から何重もの魔法を発動させて、わしらを囲って警戒しておるが……』


 険しい表情を浮かべた俺を見て、サシィが鋭い視線を向けてくる。

 事態を察した彼女に小さく頷き返し、俺はザガへ血文字を


『了解、今行く』

 

 と返した。

 ボンが何かに導かれているか。旧神系か、異なる何か。

 サシィが警告していた立花の違和感と、地下の【立花弦斎の羨道】……。


「アキレス師匠、皆。地下で異変だ。ボンが何かに導かれるように墓所へ向かったらしい。一刻を争う、急ぎ合流するぞ」


 庭園の空氣が一変した。

 仲間たちも、即座に平時の氣の緩みを脱ぎ捨てる。

 鋭利な刃物のような殺氣を纏って集まった。


 レベッカは、「ここで……」と呟きヴィーネは「はい、タチバナの件でしょう」ともう察していた。


 師匠は、サシィとアカネ婆とマミさんにラ・ケラーダの挨拶をしてから、皆に、


「……うむ。レファとムーはここで待機、悪いがユイ、カルード殿はレファたちを見といてくだされ」

「はい、任せて」

「承知しました」


 ユイとカルードは俺を見た。共に頷く。ユイは嬉しそうだ。師匠から名指しで大切なレファを任されたからな。当然か。すると、黒猫(ロロ)が、


「ンン――」

「皆も行こう」


 先に駆けだした相棒は黒豹に変化。

 サシィたちと共に、裏庭を駆けた――。

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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