二千百六十四話 大怪盗の残影とカンフーキャット
隠し宝物庫からの回収を終えて魔塔ゲルハットに戻った。
メル、ペレランドラ、ルマルディ、キュベラス、アルルカンの把神書、カットマギーと合流する。リビングに、回収した妖しく脈打つ赤い水銀やマジックマントを羽織るマネキン、黒猫が氣にいった黄金の髑髏、そして金銀財宝の数々を次々と広げていく。
アルルカンの把神書は、相棒から逃げてカルードに近付く。
一方、黒猫は極上の遊び相手を見つけたとばかりに目を輝かせてアルルカンの把神書を追う。
アルルカンの把神書は、
「――ほぉ、聖櫃の武器にも見えるが、魔銃剣か」
と発言し、カルードの周囲をパタパタと飛翔する。
カルードは重厚な魔銃剣を持ち上げると、傍らで静かに霊魔宝箱鑑定杖を下ろしたラムーと目を合わせ、互いに小さく会釈を交わした。
「えぇ。ラムーの鑑定によれば、これは伝説級の魔銃剣〝ガルドノヴァ〟とのこと。この機構の複雑さ、私の流剣ともまた違う凄みがあります。マイロード、これも素晴らしい戦利品かと」
カルードはそう告げると、静かに足を踏み出し、その場で流麗な演武を披露し始めた。重い銃身が鋭く空を切り、備え付けられた銃剣の刃が滑らかな銀色の軌跡を描いていく。元・一流の暗殺者ならではの、無駄のない美しい身のこなしだ。
「おうおう、いえェ~ィ! いい太刀筋だぜぇ、渋いな、おっちゃんよ!」
アルルカンの把神書が楽しげに笑い声を上げ、カルードの演武に合わせるように、その刃の軌道を縫ってトリッキーに飛び回る。
黒猫が、
「ンン、にゃごぉ!」
と鳴きながら前進、ヒュンヒュンと飛び交うアルルカンを、極上のオモチャと見定めたように目を輝かせて跳躍した。
カルードの鋭い魔銃剣の演武、それに陽氣に絡みつく魔導書、更に、それを夢中で追いかけ回す相棒ちゃん。なんとも賑やかで微笑ましい三つ巴の舞が、ペントハウスのリビングで繰り広げられていた。
ルマルディが同極の心格子に魔力を通し、ヘテロクロミアに魔力を通す。
<七ノ魔眼>を発動させると、暴れていたアルルカンの把神書を引き寄せて、恥ずかしそうに会釈していた。
プラチナブロンドの長い髪が美しい。
そんなおり、メルはテーブルに置かれた『夢幻の魔香炉』を手に取る。
豪奢な細工を細い指で撫でながら、冷ややかで艶のある笑みを浮かべていた。そのメルを見ながら、
「それは、今後の交渉に使えそうだからな」
と言うと、メルは、
「……はい、精神を弛緩させ、暗示にかけやすくする伝説級の香炉。ドイガルガたちは商売の独占に使っていたようですが、私たちが使えば、裏社会の『面接』や、敵対派閥の口を割らせるのにこれ以上ないほど重宝しますね」
と発言。隣にいるペレランドラが、凛とした表情で頷き、
「そして、こちらの『海王の偽針』……ですね。特定の海域で航路を隠蔽する羅針盤。これがあれば、我ら【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の海上物流や、群島諸国との裏取引のルートを、誰にも悟られずに構築できます。まさに……喉から手が出るほど欲しかった盤面のピースです」
ユニーク級の羅針盤を大事そうに懐へと収めた。
敵の遺した悪辣な遺物を、一切の躊躇なく自陣の利益と支配へと変換していく女傑たち。頼もしい限りだ。
「ンン、にゃお~」
黒猫も同意するように鳴いた。
すると、大人しくしていた肩の竜頭装甲が、突如としてカチカチと顎を鳴らし、魔竜王の蒼眼をギラリと赤く光らせた。
「ゲフゥ……ングゥゥィィ……アツイ、アツイゾォイ……」
ハルホンクの口の隙間から、赤黒い炎の粒子がチロチロと漏れ出している。先ほど宝物庫で喰らった神話級の呪物、『炎邪宝珠の破片』の魔力が、完全に消化されずにハルホンクの中で燻っているようだ。
ハルホンクの顎がリズミカルに動き出した。
おい、まさか炎邪の魔力でハイになっているのか?
「ハルホンク、お前……ラップか?」
「ゲップ! ラップ! 炎邪ノ味ハ、サイコゥ、ゾォイ! 腹ノ中カラ、アフレル、パゥワー! 主ニ、捧ゲル、NEWアーマー!」
ハルホンクがDJのようにノリノリで頭を縦に振りながら、口を大きく開けた。ゴオォォォッ! と、赤黒い炎邪の炎が勢いよく吐き出される。
だが、その炎は周囲を焼くことなく、宙空でカチャカチャと硬質な音を立てて冷え固まり始めた。
吐き出された炎が、瞬時に物質へと変換され、赤黒い鱗と禍々しい炎の紋様が刻まれた『炎邪の肩当て』と『炎邪の腕甲』へとパーツ化していく。
それらは宙を舞い左肩と左腕にと音を立てて装着された。
※ピコーン※<炎邪竜ノ装炎>※スキル獲得※
「……すげぇ。炎をそのまま防具としてパーツ化しやがった」
腕に宿る炎。周囲の空氣がゼリーのように粘り氣を持つ――。
呼吸するたびに肺の奥で炭酸が弾けるような微小な火傷の感覚を覚えるが、<血魔力>と完全に同調しているため不快感はない。
むしろ、圧倒的な力の底上げを感じていた。
「……ッ!」
テーブルの端に控えていたルマルディが弾かれたように一歩前へ出た。 彼女の金色の瞳が、驚愕に見開かれている。
「シュウヤ様……その炎の波動は間違いありません。私がかつて命を懸けて討伐した、炎邪セガルドの劫火そのものです……あ、ハルホンクが……」
苦笑しながら頷いた。
「あぁ。どうやらハルホンクの胃袋とラップを経由して、俺の新しい防具として定着したらしい」
「神話級の災厄の力を、己の装甲としてパーツ化してしまうなんて……」
ルマルディは信じられないものを見るように息を呑むが、その顔には恐怖ではなく、絶対的な強者への深い敬愛と歓喜が浮かんでいた。
彼女の傍らで浮遊していた『アルルカンの把神書』が、パタパタと陽氣にページを羽ばたかせる。
「フハハ、ルマルディ! 主の竜頭にかかれば、神話級の呪物だろうが炎邪だろうが、ただの『オモチャの素材』だぜ!」
「……えぇ。貴方の言う通りね。本当に、底知れないお方……」
ルマルディが頬を染め、うっとりとした眼差しを向けてくる。
「キュッ」
キュベラスの肩いる桃色のリスのケニィが、俺を見て鳴いていた。
「ふふ、ケニィも驚いているようです。それほどに凄い」
キュベラスは蛇の瞳を細めて感嘆を漏らす。
「キュゥ~」
ケニィはキュベラスの頬にキスをしていた。
可愛い。
ヴィーネやエヴァたちも、俺の新たな力の発現に誇らしげに微笑んでいた。
「ご主人様の武威は、常に私たちの想像を超えていきます」
「……ホント、相変わらず規格外よね、先程の大怪盗も普通なら発見できなかったはず。暗殺一家のチフホープ家を超えている隠蔽術だったし」
ユイも呆れたように肩をすくめながら、嬉しそうな表情を浮かべながら語ってくれた。
レベッカがお菓子をほうばりつつ、頷き、俺にマジュンマロンを差し出す。それを咥えて食べた。ウマし。レベッカの蒼い双眸はキラキラして綺麗だ。そのレベッカは微笑むと、城隍神レムランの竜杖をバトンのように回して、足下にきた黒猫にもマジュンマロンの切れ端を渡して食べさせてあげていた。
その様子を見ながら、左肩と左腕の装甲をアイテムボックスへと収納し、別の小物を取り出して、テーブルの中央へ置いた。
すると、キィーンとした甲高い音が響く。
テーブルの上の影だけが光源を無視して水面のように揺らぐ。
「……総長、それは?」
メルが鋭い視線を向ける。
「地下の宝物庫で出くわした女の侵入者が、逃げる際に残していった身代わりの触媒だ。硝子のカエルだな。エトアとラムーも調べたが、魔力を放っているが特に罠が作動するものではないようだ。トロイの木馬かも知れないとは、皆に伝えたが、それでもあえて、ここに運んだ」
ヴィーネたちは頷く。
「えぇ、その言葉の意味は総長から幾度か伺っております。そして、その硝子のカエル……下界で噂に名高い大怪盗、トリュフォーの代名詞のようですね」
メルの言葉に、
頷いた。
キュベラスが、
「シュウヤ様を相手に、逃げ遂せる、相当な手練れですね」
「あぁ。少し打ち合ったが、中々の強さだった。こちらの死角へ潜り込む体捌きや回復力も高い。何より、あの引き際の判断と逃げ足は超一流だ」
メルは、
「次に会う時が楽しみですね」
と優雅に微笑んだ。
すると、テーブルの上の硝子のカエルが、ふっと輪郭を滲ませた。
エトアの罠解除とラムーの鑑定も完璧ではない。
大怪盗の仕掛けか。
「……総長、カエルが周囲の魔力を吸い上げています」
魔香炉を撫でていたメルが、スッと目を細めて警戒を露わにする。
硝子のカエルの内奥で、青白い光芒が脈打つように明滅を始めていた。
ヴィーネが、
「……ハルホンクが吐き出した神話級の炎邪の魔力と皆の濃密な魔力などが反応した?」
「ペントハウスの環境に呼応した?」
キサラの言葉に続いてヴィーネがサッと斜め前に立ち、周囲の空間を警戒しながら、
「環境の変位を利用する多段式の布石。ラムーの鑑定の網をすり抜けたのも頷けます。極めて巧妙な術式が、あの硝子のカエルには隠されていたのでしょう」
頷いた。
レベッカも蒼炎の魔力をわずかに立ち昇らせ、周囲の氣の乱れを探る。
「皆、桁外れの<血魔力>を持ってるし、この魔塔ゲルハット自体が魔力の特異点みたいなものだからね。造ったのは大魔術師ケンダーヴァル……その大怪盗が狙ってくる理由は分かるわ」
「はい。しかし、ここに直接転移してくるつもりでしょうか……?」
ダモアヌンの魔槍に手を添えたキサラの問いに、皆が沈黙する。
「はい、しかし、ここに転移してくるつもりでしょうか……」
すると、部屋の影が不自然に伸びた感覚――。
空間そのものがチリチリと微弱なノイズを立てて歪んだ。
視界の端を常に何かが横切るような錯視。
誰もいない虚空から甘ったるい香水とカチャリという硝子の摩擦音が混ざり合った、形無き女の笑い声が零れ落ちる。
それはまるで、過去の音声が今になって響くような、オーディオの遅延バグのような不氣味な現象だった。
攻撃の氣配はないが、空間にかすかな亀裂が走る。
不可視の嘲笑が耳奥を撫でた。
実体を持たないはずの影が、魔香炉の紫煙を鮮やかに切り裂いて窓の外へ跳躍した。残されたのは世界という堅牢な密室に穿たれた、美しくも致命的な『虚構の逃走路』の残香だけだった。
「……俺が危惧した『トロイの木馬』は、内側から攻撃するためじゃなく、空間にバックドアを開けるためのものだったか」
ただの身代わりにこれほどの仕掛けを施す女だ。
ここの魔塔ゲルハットの宝物庫をも狙ったかな。
「もう、何もないはずだが、宝物庫を見てくる」
「うん」
「はい、お供します」
「ん、行こう」
「ンン、にゃ~」
皆で宝物庫に向かうが、誰もいない。
「……うーん、神出鬼没」
「ご主人様だけが氣付いた相手です。ロロ様も氣付かなかった」
「「たしかに」」
「はい」
戦闘力もなかなかだし、逃げ足も早い。
これから、極大のジョーカーになり得る存在かもしれない。
そんな直感を抱きながら、窓の外の虚空を見つめたところで耳に嵌めた魔通貝が震えた。
『シュウヤよ。タンダールの若い連中への手解きも済んだゆえ、これよりゴルディーバの里へ向かう』
アキレス師匠からの通信だ。
バーマアドの実と<天瞬・雷霆時角>の力を得て手慣れたのか、師匠の声は、魔通貝越しでもビリビリとした活氣に満ちていた。
『了解しました。俺たちも今、ドイガルガが残した秘密の魔塔を調べて、お宝をゲットしたところです』
『お宝か、槍で良さそうなのがあったか?』
あ、あまり意識してなかったが、ラムーを見て、頷き合う。
『はい、魔槍ルドル。伝説級。』
『ほぉ……では、合流する時に、試させてもらうとしよう。今は里に一度戻る。また後でな』
『はい』
通信が切れる。
□■□■
場面は変わり、南マハハイム地方十二樹海のサイデイル。
地下の転移陣が眩い光を放ち、その光の中からアキレスが姿を現した。
アキレスは、ゴルディーバ族の里に繋がる転移陣には入らず、地下から梯子を登り執務室に上がる。
そこはキッシュ、軍師のトン爺、魔界騎士デルハウト、シュヘリアたちがいた。
キッシュは、
「アキレス殿!」
「おう、キッシュ、タンダールからの戻りだ」
アキレスの言葉に皆が頷く。
薄青い鋼のような肌を持つ厳つい巨漢の魔界騎士、デルハウトが、
「……アキレス殿。以前よりも、凄まじい風と雷の波動を感じますぞ」
と、驚愕の声を漏らす。
彼の顔のアイマスク状の器官から伸びる長い触角が激しく揺れ、先端がチカチカと明滅を繰り返している。魔界の強者としての本能が、アキレスの放つ威圧感に警鐘を鳴らしていた。
アキレスの頭部から力強く上へ伸びる二本の角からは、紫電と翠緑の暴風がバチバチと火花を散らして漏れ出している。
その『風と雷の理が調和した魔力』は、強大すぎるがゆえに周囲の重力場を局所的に狂わせていた。
アキレスの足下の小石や埃が空間座標の処理落ちを起こしたかのように常時浮遊しては、紫電と共にパチンと弾けて消滅を繰り返している。
「ふぉふぉ……ただ力が溢れておるのではない。風と雷の理が、太極の如く見事に調和しておる。武の極致、まさに天晴れな進化じゃな、アキレス殿」
軍師トン爺が深い洞察力をもって、その魔力の深淵を静かに見抜いた。
「さすがは軍師殿、お見通しか。シュウヤから極上の土産をもらってな。少しばかり力が有り余っているようだ」
アキレスは豪快に笑い、広場にいたビアと赤ん坊のホルテルマ、ヴェハノ、ルゴ、ジョディたちとも親しげに言葉を交わした。
ふと、訓練場の方から鋭い風切り音が聞こえてきた。
視線を向けると、そこには<南華魔仙樹>の義手と義足を装着し、黙々と樹槍を振るう銀髪の少女――ムーの姿があった。
「……ほぅ」
アキレスは目を細め、静かに近づく。
義肢から放たれる魔界八賢師セデルグオ・セイルの魔糸が、槍の軌道を不規則かつ変幻自在に操っている。無音の殺氣を伴うその槍筋は、すでに一流の武芸者の域に達しつつあった。
「……シュウヤの弟子か。少し、わしと手合わせをしてみるか?」
アキレスが声をかけると、ムーは動きを止め、驚いたように振り返る。
そして、相手が師匠の師匠であることを察し、瞳を輝かせた。
「……っ!!」
ムーは力強く頷き、樹槍を正眼に構える。
アキレスもタンザの黒槍を軽く手にした。
「シッ――」
ムーが義足の魔糸で地面を弾き、爆発的な加速で踏み込む。
放たれた鋭い突きを、アキレスは黒槍の柄で柔らかく受け流す。
「良い踏み込みだ。だが、まだ肩に力が入っているぞ」
「っ――!」
ムーは即座に体勢を立て直し、魔糸を絡めた変則的な薙ぎ払いを繰り出す。
アキレスはその一撃を事も無げに往なしながら、内なる感嘆を漏らした。
シュウヤめ、恐ろしい弟子を育ておったわい。この義肢と魔糸の連動……己の弱点を最大の武器へと昇華させておる。
数合の打ち合いの後、アキレスは槍を下ろして豪快に笑った。
「見事だ! そのまま修練を積むがいい!」
ムーは嬉しそうに「……っ!」と破顔し、深く一礼した。
アキレスはサイデイルの面々に別れを告げ、転移陣から一氣にゴルディーバの里へと帰還した。
「親父!」
「「お爺ちゃん!」」
息子のラグレンと、その妻のラビ。
そして孫娘のレファが笑顔で出迎える。
アキレスは愛する家族と再会を喜び合いながら、シュウヤの活躍と自身が得た神域の力について語って聞かせた。
「シュウヤ兄ちゃんが凄いのは分かるけど、お爺ちゃん、少し若くなってる!」
レファが目をキラキラと輝かせる。
アキレスはそんな孫娘の頭を優しく撫で、
「レファよ。お前も、シュウヤと共に広い世界……魔界の地を見てみるか?」
「えっ! いいの? 一緒に活動したいって言おうと思ってた。それも反対すると思ってた!」
「ハッ、それなら大丈夫。わしと闇社会の戦いを生き抜いた。あの経験をしたレファなら、信じられる」
「……お爺ちゃん、ありがとう……」
レファは涙ぐむ。
ラグレンとレファも微笑んでいた。レファは皆に抱きついた。
「……これから、シュウヤと合流して魔界の【源左サシィの槍斧ヶ丘】という場所に向かう。シュウヤの記憶を見たお前たちも知っているように、わしの知らぬ<魔闘術>系統が豊富で槍武術が良いからな」
「うん、サシィさんと源左斧槍流、シュウヤ兄ちゃんは、<魔闘術>系統の<源左魔闘蛍>と<月冴>などを覚えていた」
「そうだ。お前の修業にもなるし、氣になるだろう?」
「うん! めっちゃ氣になる!」
「……うむ。槍と弓の腕、異界で試してみるのも悪くないだろう」
「ぜったい、わたしも行く! シュウヤ兄ちゃんとも一緒にいたいし!」
レファは二つ返事で快諾した。
魔界への出発準備を整えるためレファとアキレスは、ラグレンたちと支度をして、転移陣からサイデイルに向かう。
転移陣を抜け、キッシュ、ラライセ、ヒミィレイスたちと元氣に挨拶を交わす。
「シュウヤ兄ちゃんたちは、後から合流するんだね!」
レファが広場を歩いていると、訓練場で樹槍を振るうムーの姿が目に入った。
……あの娘が、お爺ちゃんの言っていたシュウヤ兄ちゃんの弟子。
レファは足を止め、ムーの流麗な槍捌きに見入った。
ゴルディーバの戦士として、その踏み込みの鋭さと氣の練り上げ方に強い感銘を受ける。
ムーも視線に氣づき、槍を下ろして不思議そうに小首を傾げた。
レファは、ムーが言葉を発せない事情をキッシュたちから聞いていた。だが、変に同情するのではなく同じ槍を志す者として真っ直ぐに歩み寄る。
「わたしはレファ! シュウヤ兄ちゃんとお爺ちゃんに槍を習ってるの。……よろしくね」
屈託のない、真っ直ぐな笑顔に、ムーはパァッと表情を明るくした。
「……っ!」
「ふふ、わたしも槍のことなら少し詳しい、だから一緒に訓練をしない?」
「……っ!!」
ムーは力強く頷き、手にした訓練用の刃引きされた樹槍を構え直す。
それに応えるように、レファも傍らにあった同じく刃引きされた樹槍を手に取り、嬉しそうに構えを取った。
二人の少女の視線が交差。
直ぐに胸元に手を当てラ・ケラーダの挨拶を行う。
「うん、同じ風槍流!」
「っ……!」
互いに笑顔となった――刹那。
二人の体から放たれた魔力が激しくぶつかり合い、ふありと、二人の前髪が持ち上がった。
鋭い踏み込みと共に手合わせが始まる――。
樹槍と樹槍の穂先が激突し、基本の<刺突>――。
また<刺突>、次に<風閃>が激突し合う。
樹と樹が衝突する鈍い音が稽古場に響いた。
シュウヤが見たら、<風柳・異踏>と分かる動きで、互いに横を移動を行う。レファの左から右への薙ぎ払いもムーの樹槍は軽々と横に弾く。
二人の槍武術は拮抗していた。
すると、ムーは義手と義足を活かし始める。
その義手と義足から放たれていく変幻自在の魔糸が、空間を切り裂き、レファへと迫った。
レファは天性の身のこなしで素早く動き、魔糸を避ける。
レファは捉えきれない魔糸に、ムーの表情には焦りが見えた。
空を切った魔糸が鞭のように激しく地面を叩き、土埃を跳ね上げた。
更に死角からうねるように迫る魔糸の軌道を、レファは野生の勘で読み切り、樹槍の穂先で的確に弾き返す。
ビィンッ! と、弾かれた魔糸が実際の弦楽器を爪弾いたかのような澄んだ高音を訓練場に響かせた。
すると、異様な感覚がその場を包み込む。
大氣中に張り巡らされたムーの魔糸が、先ほどの弦の音に呼応するかのように微細な振動を始めた。
――言葉を持たないムーの純粋な感情と言葉で歩み寄るレファの真っ直ぐな意思――。
相反するはずの二つの波長が交錯し、空間そのものを物理的に弾くような不可視の波紋が幾重にも広がっていく。
銀の魔糸が空間を縫い止め、生み出された絶対的な静寂。
その無音の五線譜の上を、レファの放つ氣の旋律が鮮烈に駆け抜ける。
言葉などという不器用な伝達手段は、とうに置き去りにされていた。
足下の地面がスポンジのように沈み込み――。
互いの瞬きの音が鼓膜のすぐ裏で金属同士が激しく打ち合うような、鋭い反響音に変わる。二人の踏み込みが完全に重なった瞬間――。
刃引きされた樹槍と樹槍の穂先が、凄まじい氣を纏って衝突した。
それは声帯の振動など介さずとも、互いの存在が氣と魔糸を通して完全に共鳴し合う、極めて超感覚的かつ物理的な現象だった。
――言葉はいらない。
二人の少女は、空間を揺らす波紋の響きと槍の軌道だけで、瞬く間に心を通わせていった。
□■□■
一方、セナアプアのペントハウス。
砂城タータイムをアイテム化したシュウヤを中心に皆が寛いでいた。
『――シュウヤ、サイデイルでゆっくりと過ごすのも楽しいが、そろそろ合流しようか。レファも一緒だ』
アキレス師匠からの血文字を受け取りヴィーネやユイたちへ振り向いた。
「師匠たちも合流しよう。魔界セブドラ、【源左サシィの槍斧ヶ丘】だ。サシィたち源左の魔族に会いに行こう。フクナガも故郷にて、ディーさんと共に、進化した新しい魔料理を、師匠にご馳走してくれると言ってたからな」
「うん、フクナガの魔料理は、毎回新しいから、すごく楽しみ!」
「ん、ふふ、ディーとリリィーもがんばってる」
「「「はい!」」」
「アキレス師匠も話をしていたけど、シュウヤのあの綺麗な蛍たちでしょ? 輝く血魔力を有した<魔闘術>は、私も学べる?」
ユイが聞いてきた。
同じ黒髪で、日本女子の美人さん同士のサシィの姿を思い出しつつ、
「あぁ、学べるはずだし、たぶん相性は抜群だと思う。カルードも学べるかもだ」
「マイロード……」
目頭を熱くして涙ぐむカルード。相変わらず涙腺が弱いな。
「では、わたしも学べるなら学びたい……」
「ん、わたしもがんばる」
「――え、じゃ、がんばっちゃう?」
と、なぜかレベッカは、俺に正拳突きの繰り出すように、左右の腕を交互に突き出す。シュッシュッと切れ味鋭い正拳突きで、もうそれなりに前線で武術家として戦える雰囲気を醸し出す。
グルブル流拳術は進化している。
そんなレベッカの、綺麗な、か細い二の腕が良い。
「おう、がんばれ」
「うん!」
レベッカの隣で正拳突きの真似をするヴィーネと目が合うと、頬を少し赤くしつつ優雅に頷いてくれた。相棒は転がしていた黄金の髑髏をヴィーネの足下へポンとパスを行う。楽しげな喉声と共に軽やかにトコトコと移動し、エヴァやレベッカの隣に並ぶと、スッと後ろ脚で立ち上がった。
長い尻尾で器用にバランスを取り、前足を胸元に構え、真剣な真ん丸の眼差しで俺を見据えてくる。
そのまま、レベッカの動きを真似るように、左右の肉球を交互に鋭く突き出した。
シュッ、シュッ!
風を切るような見事な猫パンチの連打。更に、身を沈めてからのアッパーカットのような突き上げまで織り交ぜてくる、完璧なカンフーキャットだ。
「――にゃおぉ~!」
演武を終えた武術家のようにビシッとポーズを決め、相棒が誇らしげな鳴き声を上げる。
その愛らしすぎる姿に女傑たちも堪えきれずに吹き出した。
――笑い声と和やかな空氣が平和なペントハウスに響き渡った。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




