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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千百六十二話 王都からの帰還とドイガルガの隠し魔塔

 第七スラムの『コマハル孤児院』での弔いを終える。

 孤児たちの無邪氣な声に見送られながら王都の外縁部へと少し歩を進めた。


 陽が瓦礫の残る街並みを温かく照らし始めている。

 一息ついたところで、外に出ていた精霊たちに、


「皆、戦いと救助、ご苦労だった。一旦、戻って休んでくれ」

「はい、閣下。私の水服も一度解きます」

「御使い様、またいつでもお呼びください」


 激戦の熱を冷ますように、体を覆っていた常闇の水精霊ヘルメがひんやりとした液体となって左目へと吸い込まれていく。同時に、パチパチと微かな紫電を帯びていた闇雷精霊グィヴァも右目へと還った。

 宙を舞っていた光精霊フォティーナが、ふわりと温かな光の粒子を残しながら、胸の<光の授印>へと吸い込まれるように消えていく。


 フォティーナのこういう消え方は初めてみる。


 風の女精霊ナイアと古の水霊ミラシャン、そして渋いシュレゴス・ロードも体の半身を、半透明の蛸足集合体に変化させると、左手の掌の<シュレゴス・ロードの魔印>の中に突入してくる。


「陛下、私もアイテムに戻ります」

「了解」


 ミレイヴァルは一瞬で、腰ベルトに繋がる銀チェーンと杭のアイテムに戻った。

 フィナプルスも〝フィナプルスの夜会〟に帰還。

 

「閣下、我らも魔界に戻りまする」

「おう」

「「では――」」


 光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスも魔界に帰還した。


「器、妾たちは、このままの姿で共にし、セナアプアに戻るぞ」

「はい」

「『すべての戦神たち』の様子に、ナミやリツ、床屋の皆さんに、魔猫ちゃんたちとや、ナリラフリラちゃんたちとの会話も楽しいですから」


 ()()(テン)たちの言葉に頷いた。


 身軽になったところで、耳に嵌めている魔通貝に指を当て、魔力を通した。


『――アキレス師匠。聞こえますか?』


 少しのノイズの後、豪快な笑い声が鼓膜を震わせた。


『オゥ! シュウヤか。息災のようだ。こちらはアシュレイと共に、タンダールの武神寺で若い連中の稽古をつけ終わったところだ』

『それは良かったです。こちらも、サーマリア王国の事変に一区切りがつきました』

『王都の空を覆っていたという妙な結界の件か?』

『えぇ。地下で魔力供給源となっていたムサカの遺物を破壊しました。ロルジュ公爵は自害、ドイガルガは生け捕りにしてソーグブライト王太子に引き渡しています』『セナアプアを恐怖に陥れた原因の一つ、あのドイガルガを捕らえたのは良かったな……実に爽快な気分だ』

『はい、たしかに』

『そして、【ロゼンの戒】の統括、それと、ロルジュの裏にはプルトーという手強い男もいました。色々と暗躍していたようですが……最後は武人として散りました』

『……歴史の裏で暗躍した者たちの末路か。大義であったな!』

『はい。それと、王城前での乱戦の最中、始祖の十二支族の一つ、ミドランド家の女帝エミルが俺たちに恭順を誓ってきました』

『ほぉ、吸血鬼(ヴァンパイア)の女帝の一人。まぁ、吸血神と繋がりのあるお前だ、ヒミィレイスも助けて姉のラライセと共にサイデイルで休養をさせているんだからな、当然か。で、次はどうするつもりだ?』

『はい、ドイガルガから得た情報で、セナアプアの下界にあるという隠し資産のお宝を回収しに行きます。それが終わり次第、師匠が話をされていた魔界セブドラの【源左サシィの槍斧ヶ丘】へ向かうのもありかな? と考えていますし、プルトーが使っていた暗剣の風スラウテルの装備を入手した時に、魔神の暗剣の風スラウテルと関係がありそうな魔界の土地の幻影も出現したので、そこにも向かうかもです。師匠の予定はどうですか?』

『レファもいるからな……わしは一度、ゴルディーバの里に戻って、皆の顔を見てくるやもしれん。お前たちも忙しいなら、落ち着いた頃に共に合流させてもらうとしよう。その際、アシュレイにも声をかけるかもだ』

『了解しました。では、また後ほど』


 魔通貝の通信を切る。

 すると、まるでタイミングを計っていたかのように、視界の端にスッと赤い血文字が浮かび上がった。


『総長、お疲れ様です。サーマリアでの大立ち回り、既にこちらの裏社会にも情報が回ってきていますよ』


 タンダールで【天凜の月】の仕事を仕切っている副長メルからだ。


『メルか。そっちの状況はどうだ?』

『えぇ、順調そのものです。ジンザとセンリの兄妹は、タンダール支部の顔として立派に立ち回っています。【大鳥の鼻】の面々とも良好な関係を築けていますし、残党の掃除もあらかた終わりました』

『それは助かる。実は、ドイガルガからピサード大商会の秘密港や、セナアプアの寂れた魔塔にある隠し資産の魔導鍵を手に入れた。魔塔の探索はこれから俺たちで行くが、資金や物資の回収、流通網の整理などの裏の仕事は、ペレランドラと連携して進めてほしい。それが終わり次第、俺たちは魔界セブドラの暗剣の風スラウテルの土地を調べに行くか、昔の魔皇シーフォの祠を調べるか、【源左サシィの槍斧ヶ丘】へ向かう予定だ』

『はい、ドイガルガの隠し資産はどのような物か氣になりますね。では、裏の処理は私とペレランドラにお任せを。魔界行きの準備も、各支部の者たちに通達しておきます。総長たちは、存分にお宝探索を楽しんできてくださいませ』

『あぁ、頼んだぞ』


 血文字を消し、周囲の皆を見渡す。

 レベッカはすでに城隍神レムランの竜杖を握り締め、目をキラキラと輝かせていた。


「しゅうやん! セナアプアのお宝探しでしょ!? 早く行こう!」

「ん、ドイガルガの隠していた魔塔。罠がいっぱいありそうだけど、楽しみ」


 エヴァも魔導車椅子の上で小さく頷く。

 ヴィーネとユイも、武器の汚れを拭いながら静かに微笑んでいた。

 傍にいるペレランドラに、


「では、ソーグブライトと軍師との交渉は任せた。タンダールにいるメルも、何れはここに来る」

「はい、メルと共に対処します」


 頷いた。

 共にいたレザライサが、


「シュウヤ、ここの暗部に【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の布石は残させてもらうから、まだ、しばらくはここに残る。クナとも連絡を取ってるが、王都ハルフォニアにも、各地に繋がる転移陣の設置を要求したところだ」

「転移陣か、それはたしかに必要か。俺も〝レドミヤの魔法鏡〟での記憶だが、もう満杯だ。どこか消して登録し直すのもありだが……」


 ヴィーネが、


「クナが、転移陣を王都ハルフォニアの何処かに設置予定ならば、ご主人様の〝レドミヤの魔法鏡〟の転移場所の削除と登録はしないでも良いかと」


 レベッカは、


「そのクナだけど、……今はパブラマンティ教授との絡みで、魔法談義に夢中だと思うわよ」

「「はい」」


 皆も頷く。


「そのクナたちのところにも、近いうちに向かう予定だから、その時に、転移陣の要請を俺からも要請をしておこう」


 そこでシキが、


「シュウヤ様、私もここ残ります、またサイデイルやセナアプアに戻り、シュウヤ様たちに合流します」


 続いてアドリアンヌが、


「私も、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の顔の一人として、王都ハルフォニアにて、やることが、あります」


 二人の言葉に頷いた。

 ハンカイも、


「俺もレザライサたちとここに残ろうと、メルが来た時にも情報の伝達は楽になる」

「了解」


 サラが、


「うん、わたしも王都ハルフォニアの見学を兼ねて、少し残る」


 続いてブッチが、


「紅虎の嵐というわけではないが、俺も残るぜ」

「分かった」

「私も残るわ、ルシェルの新魔法? が氣になるけどね、この王都ハルフォニアでの仕事は、ユイやカルードから聞いたけど、ヤマほどありそうだし」


 ベリーズも残るか。

 サーマリア王国の裏仕事を知るユイとカルードと、鴉さんは、ここに残る皆に向け、「頼んだぞ」と言うように頷いていた。


 ユイは、


「うん、何かあれば血文字で報告し合おう。私の古い情報筋も皆に協力するように鴉さんの伝を利用して、もう伝達しているから」

「分かった」


 ベリーズは笑顔を見せる。

 爆乳が少し揺れるのが、また良い。


 そして、ママニが、


「ご主人様、ベリーズが言いましたが、わたしもここに残ります。【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の活動の手伝いをしましょう。いずれメル様とクナ様がここに来た時の情報伝達や細かな手伝いなど、人員が必要になると思いますので」

「たしかにそうだな。【天凜の月】の事務所もない、クナのセーフハウスもないはずだ。ペレランドラがもう動いていると思うが」


 皆が頷いた。


「ボクも、ここに残るさ」


 カリィも残るか。


「了解した、邪道流と大海賊の連中が、塔烈中立都市セナアプアより多くなるが、それが目当てか」

「正解♪ でも、セナアプアの上界と下界も、一筋縄では行かない面があるからねェ、ゲンショウやカットマギーたちがいるけど、ボクがイないと困ることもあるかも知れナイよ」


 カリィは怪士ノあやかしを掌で回転させながら語る。

 エヴァたちも頷いていた。


「クレインたちもいるから大丈夫だろう」

「はい、【天凜の月】のセナアプア支部の面々は、皆手練、それに加え、炎竜ヴァルカ・フレイムたちを擁した砂城タータイムも魔塔ゲルハットの前で浮遊したままですし、ザガとボンもいる、大丈夫でしょう」


 ヴィーネの言葉にカリィは変なポーズを取り頷いた。

 ルビアが、


「ザガさんとボン君は、試作型魔白滅皇高炉と砂城タータイム内の【鍛冶所】で、色々な鍛冶、研究が楽しいので、【天凜の月】の仕事はやってないですよ」

「にゃおお~」


 相棒が『そうだにゃおぉ~』と言うように鳴いている。

 黒猫(ロロ)なりに、ボンの行動は予測済みか。


「――使者様、わたしは使者様と一緒に行きます!」


 ココアミルクの肌のイモリザが挙手。

 銀髪を、ゲゲゲの鬼太郎ではないが、そんな風に、ピンッと立たせている。


「……私も戻ります。サーマリア王国の王都の観光をしたいですが、それはまた今度、今は塔烈中立都市セナアプアに戻り、ザガさんとボン君に報告します」


 そのイモリザとルビアの言葉に頷いた。


「おう、イモリザとルビアは戻ろう」

「「はい」」


 バフハールや魔界騎士シャイナスと、飛怪槍流グラドの師匠たちは無言で、俺たちの背後に移動した。


 そこでハイグリアたちを見て、


「サイデイルなら魔塔ゲルハットの転移陣を経由して行けるが、共に戻るかな?」

「戻ろう」

「「はい、ありがとうございます」」


 古代狼族たち、神姫隊も一斉にお辞儀をしていく。


「では、キュベラス。セナアプアのペントハウスへ<異界の門>を頼む」

「承知いたしました、ご主人様」


 キュベラスが両手を掲げ、極大な<血魔力>を放出する。空間が歪み、樹が絡み付いた生命力を感じさせる小型の石門が顕現した。門の奥には、見慣れたペントハウスのリビングが映し出されている。


「にゃおぉ~」


黒猫(ロロ)が一番乗りで門へ飛び込んでいく。

 激戦の地サーマリアを後にした。


 セナアプアのペントハウスへ帰還すると、クレイン、カットマギーなどの留守番組が安堵の表情で出迎えてくれた。


 手短にサーマリアでの顛末を報告し、ドイガルガの隠し資産の件を伝える。

 クレインは、


「ドイガルガを捕らえるとは見事さ、ハイグリアたち、古代狼族たちもがんばったようだね」

「がんばったぞ!」

「「はい」」

「ご苦労さんだよ、そして、サーマリア王国の内情も、まさにこれからが大事さね」


 クレインの語りに皆が頷いた。

 クレインは、


「血文字でメルやキッシュたちも連絡していたが、私も手伝うことや指示があるなら、ここから動くさ、シュウヤ、どうだい?」

「あぁ、クレインの自由だが、ここでの守り、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の幹部、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の一人として必要な面はある」

「了解したさ」

「おう」


 クレインは笑みを浮かべる。

 と、エヴァとヴィーネと小声で何かを話し、魔酒を受け取っていた。何げにエヴァとヴィーネは、ロルジュ公爵の政務室や王城の内部から色々と物色していたか。

 クレインは、その魔酒のラベルを凝視しつつ、俺の視線に気付き、頬を朱に染め、


「……それにしてもオセべリア王国に続いてサーマリア王国まで、その腐った者を排除してしまうとは、驚きさ」

「ん、先生、シュウヤならできる。でも、不思議と自然に、オセべリア王国とサーマリア王国の事象からシュウヤとわたしたちに求められた氣がする」

「あぁ、レオンに『炎幻の四腕』を渡した件といい、過去の魔界セブドラの旅路にも意味があった。吸血神ルグナドとの繋がりも、キッシュたちと共にいるヒミィレイスに血の騎士団たち、今聞いたミドランド家のエミルとサーマリア王国の王家血筋のガリウス、そのガリウスもクナたちは先に出会っていたようだからねぇ、縁の連鎖さ……」


 クレインの語りに皆が思案げとなった。

 たしかにムサカのことといい、過去と繋がっていることは多い。

 クレインは、


「王都ハルフォニアの戦いだが、邪道流と国公認の十二大海賊団連中も多かったと聞いたさ」

「あぁ、多かった。乱戦で、皆ユニフォームを着ているわけではないから、誰が敵で味方か、その見極めが少し難しかったな……」

「……なるほど、とにかく、ハイム海とローデリア海に面しているだけはあるようだねぇ」


 頷いた。


「……そして、ドイガルガだが、下界に隠し財産があるとはね。まさに腐っても、元上院評議員、副議長であり、数々の大商会たちと連合していた親玉の一人だったことはある……で、その寂れた魔塔の土地勘の記憶は、エヴァッ子、たしかなんだろうね?」


 エヴァは、


「ん、たぶん大丈夫」

「そうかい、なら任せたよ」

「ん、先生もついてきたら?」

「私はペレランドラの代わりの仕事があるのさ」


 と評議員のワッペンを示す。


「ん、驚き、先生が評議員代理?」

「エヴァ、私をなんだと思っているのさ……」


 エヴァは唇から舌を少しだけはみ出し、


「ん、冗談、先生は【ベファリッツ大帝国】の最後の皇帝の庶子で、実は凄い」

 

 クレインは両手を拡げ、いつものジェスチャで、

 

「……ふっ、まぁいいさ」


 と発言していた。

 カットマギーは、


「下層のスラムは広く迷路のような場所も多い。探す必要が出た場合は手伝うので、血文字を寄越してくれるとありがたい」

「分かった」

「エヴァからの血文字で、その下界の寂れた魔塔の場所を予想しましたが、かつて狂言教の残党が潜伏していた区画もある。表向きは廃棄された施設として偽装されているですよ」


 カットマギーの言葉に皆が頷いた。


「では、編成だが、俺、相棒、ヴィーネ、エヴァ、レベッカ、ユイ、キュベラス、エトア、ラムー、カルード、キサラで行こうか。他の皆はペントハウスの防衛と、休息を取ってくれ」

「「「はい!」」」


 準備を整えてセナアプアの下界へと降り立った。

 エヴァの記憶にある案内で、複雑な路地を抜け、目的の場所へと辿り着く。


 そこには、周囲の建物に溶け込むようにカモフラージュされた、黒ずんだ石造りの魔塔がひっそりとそびえ立っていた。

 湿って淀んだ空氣だ。


「ここね……なんだか、嫌な魔力を感じるわ」


 レベッカが鼻を顰める。

 入り口らしき重厚な鉄扉には、複雑な魔法陣が刻まれていた。アイテムボックスからドイガルガの魔導鍵を取り出し、鍵穴と思しき窪みへと押し込む。


 カチャリ、と重い音が響き、魔法陣の光が消え――。

 ギギギィィッ、と耳障りな音を立てて扉が開いた。


「行くぞ。ドイガルガの溜め込んだ資産、隅々までいただくとするか」


 俺の言葉に皆が力強く頷き、開かれた重厚な鉄扉の奥へと足を踏み入れた。


 魔塔の内部は、外観の黒ずんだ石造りとは異なり、無機質な魔鋼が剥き出しになった冷たい通路が続いていた。


 下層特有の淀んだ湿氣に、鉄錆と、どこか甘ったるい合成魔薬のような不快な匂いが混じって鼻を突く。

 仄かに明滅する魔導ランプが、螺旋状に下へと続く通路を怪しく照らしていた。


「ん……ドイガルガの記憶によれば、このまま真っ直ぐ進んで、突き当たりの扉にある生体認証パネルに触れるだけで、宝物庫への道が開くはず……」


 エヴァが少し首を傾げながら記憶を辿るように呟く。

 だが、その言葉を遮るようにラムーが鋭い声を上げた。


「シュウヤ様、皆様、お待ちを! 一歩も動かないでください!」


 ラムーは『魔鋼ベルマランの兜』のバイザー越しに前方を睨みつけ、手に持つ『霊魔宝箱鑑定杖』を高く掲げていた。

 杖の先端に嵌め込まれた宝玉が、危険を知らせるように激しく赤く明滅している。


「どうした、ラムー。罠か?」

「はい! この霊魔宝箱鑑定杖が、通路全体に張り巡らされた異常な魔力線を捉えています」


 ラムーは杖の宝玉が放つ赤い光を険しい表情で見つめた。


「エヴァ様が読み取った記憶にある『生体認証パネル』……あれ自体が巧妙なダミーです。触れた瞬間に致死の酸の霧と、空間ごと圧縮する重力魔法が発動する多重起爆装置になっています!」


 ラムーの鑑定結果に、レベッカが「げっ」と顔を顰めた。


「……マイロード。ラムーの言う通りです。これは通常の防犯トラップではありません」


 元【暗部の右手】として裏社会の罠に精通しているカルードが、流剣フライソーの柄に手を添えたまま、冷徹に分析する。


「ドイガルガは、己の記憶すらも欺く二重のプロトコルを敷いていたのでしょう。おそらく、この罠はただの盗人避けではなく、彼が飼い慣らせなかった異形の怪物や、政敵を誘い込んで確実に始末するための『処刑部屋』として機能するよう設計されています」

「なるほどな。自分の脳を覗かれることまで想定していたか、あるいは単に用心深さが常軌を逸していたか……えげつないタヌキ親父だ」


 感心するような呆れるような氣分で、前方の怪しい通路を見据える。

 エヴァが「ん、ごめんなさい。記憶の表面だけしか読めていなかった」と少しシュンとしたが、俺はエヴァの頭を優しく撫でた。


「氣にするな。偽の記憶を掴まされるのも想定内だ。ラムーのおかげで助かった。ラムー、でかしたぞ」

「はっ! <破壊神ゲルセルクの心得>を有した光魔ルシヴァルの宗主様のお役に立てて光栄です。ハトビガ・グラナダ・ベルマランの血脈にかけて、この鑑定の眼は誤魔化せません!」


 ラムーが誇らしげに胸を張る。

 さて、罠の正体が分かれば、あとは解除するだけだ。


 左目にいる常闇の水精霊ヘルメが、パッと視界に妖精の姿で現れ、


『閣下、エトアがいます。エトアがだめだったなら、わたしが水となって解除に挑戦します!』

『おう、たぶんエトアなら大丈夫だろう』

『はい!』


 とヘルメと念話し、


「――エトア、出番だ。いけるか?」

「はい、シュウヤ様! お任せください!」


 罠解除のエキスパートであるエトアが一歩前へ進み出る。

 彼女は<罠鍵解除・極>のスキルを持つ頼もしい<従者長>。


 そのエトアが精神感応繊維魔装甲を起動させたように、衣服の形を少し変化させる。


 そして、右手の渋い甲から硬質なドラゴンの鱗がシャキッと音を立てて展開された。


 そのドラゴンの鱗から、無数の淡い光の魔線が四方へと射出され、通路の空間に重なるようにして巨大で丸い魔法陣が形成される。


「行っておいで!」


 エトアの掛け声と共に宙に浮かぶ魔法陣から半透明な子鬼のような存在が無数に溢れ出る。


 その子鬼たちはキャッキャッと無邪氣な声を上げ、踊り、回転しながら、通路の壁や床、そして奥のダミー扉へと一斉に飛び込み、重なっていった。


 物理的な魔力線や歯車、隠された攻撃の意図のある魔線を子鬼たちが次々と切断し、食い破り、解体していく。


 だが、罠の核である扉の生体認証パネルが、異常を感知して赤黒い魔力を放ち始めた。

 ラムーが、


「……魔力暴走による強制起爆プロトコルが作動しました!」


 と警告。

 キサラとヴィーネが、


「戦いになりそうですか?」

「どのような敵だろうと対処しましょう」


 ダモアヌンの魔槍と翡翠の蛇弓(バジュラ)を構える。


 エトアは「あ、大丈夫です」と慌てることなく、アイテムボックスから『楽人コヨの笛』を取り出した。


 エトアが静かに息を吹き込むと、澄み切った、それでいて複雑な波長を持つ神秘的な音色が淀んだ通路に響き渡った。


 その笛の音は暴走しかけていた赤黒い罠の魔力と共鳴し、波紋のように広がっていく。


 まるで荒れ狂う波を撫でつけるように、危険な魔力の鼓動を相殺し、中和させていた。


 子鬼たちの物理的な解体と、コヨの笛による魔力的な鎮静化。二つの見事な連携作業により、わずか数十秒で、あれほど強固に張り巡らされていた致死のトラップ群が、シューッと音を立てて完全に沈黙した。


「ふぅ……解除、完了しました!」


 エトアが笛を口から離し、額の汗を拭って笑顔を向けてくる。

 ダミーであった生体認証パネルがボロボロと崩れ落ち、その裏に隠されていた真の扉――魔鋼の堅牢な金庫扉が姿を現した。


「「おぉ」」


 宙空から塵のようなキラキラした魔力の残骸が飛来してくる。

 

「塵は触っても――」


 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を召喚し、一応、上に展開した。わずかに魔力を得たが、

 エトアは、


「はい、大丈夫です。塵はそのうち消える。魔力をわずかに得る程度でしょう」

「おう」


 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を消し、


「さすがはエトア。完璧な手際だった」

「えぇ、本当に。あの魔力線の複雑な絡み合いを、いとも容易く解きほぐすとは……」


 ユイもアゼロスとヴァサージの柄から手を離し、エトアの技術に感嘆の息を漏らす。

 エトアの肩をポンと叩いて労い、その真の扉へと手をかけた。重い軋み音を立てて扉が開き、ついにドイガルガが隠匿していた宝物庫の内部が露わになる。


「「「おぉぉ……!」」」


 ひんやりとした冷氣と共に、眩い光が俺たちの視界を覆った。

 広大な石造りの部屋の中には、山のように積まれた金塊、白金貨の入った袋、そして様々な美術品や魔導具が所狭しと並べられていた。


「にゃおぉ~!」


 相棒の黒猫(ロロ)が歓喜の声を上げ、金貨の山に向かってダイブする。

 ジャラジャラと音を立ててコインの海を泳ぎ、満足そうに丸くなっていた。


「アハハ! ロロちゃん、氣持ちよさそう! でも本当にすごいお宝の量ね! これなら、新しい服や靴がいっぱい買えちゃうわ!」


 レベッカも目を輝かせ、煌めく宝石の入った箱を覗き込んでいる。


 思わず笑みをこぼし、金貨の山に近づく。

 すると、丸くなっていた相棒がピョコンと立ち上がり、口に咥えていた大粒の宝石をポトリと俺の足下に落とした。


 黒猫(ロロ)はドヤ顔のまま「にゃおぉ~」と鳴いている。


 氣持ち的に、


『得物を捕まえない相棒のため、ピカピカの得物を捕まえたにゃお!』


 とでも言いたげだ。

 尻尾をゆらゆらと揺らして見上げてくる。


「おう、ありがとな」


 しゃがみ込んで首筋を撫でてやると、ゴロゴロと愛らしい喉の音を鳴らして、俺の手に頭をスリスリと擦り付けてきた。


「シュウヤ様。安全は確認できましたが、アイテムの鑑定を進めます」


 ラムーが『霊魔宝箱鑑定杖』を振るいながら、部屋の奥に置かれた厳重なガラスケースや、封印の施された棚へと近づいていく。

 杖の宝玉が様々な色に発光し、一つ一つのアイテムの価値と危険性を瞬時に見抜いていく。


「……金銀財宝だけでなく、闇のリストに載るような禁制品も多数ありますね。これは……高純度に精製された合成魔薬(クリスタルメス)の塊。それに、エルンストの『魔術総武会』から横流しされたと見られる、広域殲滅魔法が記された封印スクロールの束です」


 ラムーの報告に、ヴィーネが銀色の瞳を細めて軽蔑の眼差しを向ける。

 ラムーの視線の先、部屋の奥へと目を向けた。


 そこは金貨の山とは異なり、不気味なほどの整然さで異常なコレクションが並べられていた。

 厳重なガラスケースの中で妖しく脈打つような『赤い水銀』。その横には、自らかすかに動いているかのようなマジックマントを羽織るマネキンが立ち尽くしている。

 壁面の飾り棚には、禍々しい魔力を放つ短剣、魔剣、魔斧、魔槍、そして鎖鎌。

 

 熊と女性が踊る人形。

 複眼と眼球が連なる不氣味なアイテム。

 

 更に、人を飲み込みそうな巨大な絵画や魔法絵師用の魔法額縁、鈍い光を放つ魔銃のような武器も飾られていた。


 ヴィーネが隣に来て、


「ご主人様、単なる美術品ではありませんね。高純度の劇薬に、呪物のような人形や眼球系のアイテム……どれも危険な禁制品ばかりです」


 ヴィーネの言葉にキサラも頷いている。

 レベッカも、


「赤い水銀、マジックマントを羽織るマネキン、人形も怪しい……けど、ドイガルガが使えるからこそ保管していたんだと思うからね」

「はい、短剣、魔剣、魔斧、魔槍……人形、眼球系アイテム、鎖鎌、巨大な絵画、魔法絵師用の魔法額縁、魔銃のような武器も飾られています」


 キサラも、俺が興味を持った品を視線で追い、一つ一つ確認するように指摘した。

 たしかに……劇薬、兵器だけを見ても、


「裏社会の元締めの一人なだけはある」

「「はい」」

「放っておけば、セナアプアの街がいくつも吹き飛ぶほどの火薬庫でもありますな」


 カルードは渋い形の魔銃剣をラムーに確認させてから持ち上げている。

 イケオジに似合う武器だ。

 そのカルードの他、皆に、


「……あぁ。エヴァが読み取った秘密港の座標や、兵器転用の計画と繋がる」


 と言いながら、戦闘型デバイスのアイテムボックスを展開――。


「安全な部類から回収しておこうか、鑑定もどんどんしていって目ぼしい物は、ここの広場の中心に集まってから再度公表していこうか」

「「はい」」


 安全が確認された金塊や宝箱、そして危険な禁制品のスクロールや魔薬を次々と収納していく。


 ふと、肩に軽い衝撃が――。


「ンン」


 相棒だ。

 『お仕事、手伝うにゃお?』


 というように、頬にひんやりとした鼻先を擦り付け、ペロリと舐めてくる。


「あぁ、頼りにしてるぞ」


 と小声で返し、その柔らかな顎下を指で掻いてやると、喉を鳴らして心地よさそうに目を細めた。


 そのまま相棒の頭部を撫でて片耳を引っ張る。

 黒猫(ロロ)の頭部の毛、とくに眉間辺りの短い毛の感触は、電車の座布団の毛の感触に似ているかな……。 柔らかい、たわしに近い? 


 まぁ、可愛すぎる――。

 さて――。


 ペレランドラやメルに預ける必要のあるアイテムも多い。

 適切な処理や資金へのロンダリングの意見も聞かないとな、市場に流して良い物かどうかの判別もしないとだめだ……。


続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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