二千百五十話 革命派幹部の自白と、黒白を操る光魔のシュウヤ
ヘルメは、「はい、閣下は優しいですが、敵には厳しいです」
と、初老の男の首筋に添えていた氷剣を少しズラす。
首から血筋が垂れた。絶対零度の冷氣が、その血を凍らせる。
「……ひ、ヒィィッ! 言います、全部言います! だから命だけは……!」
逃げ場のない死の威圧に当てられたか。
ザイクは、
「ボレノン魔法ギルドの腐敗高官にして、【ラゼルフェン革命派】の幹部、お前の名は?」
「ブガンだ……」
床にへたり込んだまま、名を呟く。
「ブガン、お前たちがここで作っていた『自律型の魔導爆弾』。あの兵器のコアと資金は、どこから流れてきた? ピサード大商会と、サーマリアの軍需派だな?」
ブガンは、ガチガチと歯の根を鳴らした。
「そ、その通りです……! ピサード大商会のエイドナと、背後にいるロルジュ公爵。奴らが莫大な資金と、南マハハイムで発掘した未知の素材を我々に持ち込んできたのです!」
「南マハハイムの未知の素材だと?」
少しだけ声を低くして凄むと、ブガンは首が千切れるほどの勢いで何度も頷いた。
「……は、はい! 古都市ムサカの地下深く……『豹文文明』の遺跡から発掘された、古代エネルギーを秘めた遺物の欠片です! 南の……特にサーマリア王国の軍事部門には、兵器転用可能な魔法技術、魔導技術、その魔科学の技術がなかった。だから、このボレノンが選ばれたのです! エルンストから流れてきた魔法技術者は多いのです」
ムサカの地下遺跡。そして豹文文明か。
かつて、シャルドネの配下であるミカミとアイが探っていたという聖櫃の伝承。あそこに眠る力が、兵器のコアとして北の果てまで流れてきていたとはな。
そこで、ヘルメとアイコンタクト。ヘルメは水飛沫を発しながら、体の一部を液体化させ、俺の防護服と一体化させる。ヘルメの温もりを得ながら、
「……そういうことか。南の戦場で発掘した古代の遺物を、わざわざ追跡不可能な北の【魔科学実験都市ボレノン】で兵器化し、それをまた南へ送り返す。あ、このボレノンを支配している国はどこなんだろう。【魔法都市エルンスト】もどこの国の都市なんだ?」
「ん、【魔法都市エルンスト】は国ではない。エルンストから東に位置するボレノンは、ボーレンハイド大公が治めている。国名も、ボーレンハイド国」
と、エヴァが教えてくれた。
ヴィーネたちも頷いている。
「……いかにも死の商人が考えそうなクズの絵図だ」
冷たく吐き捨て、床にへたり込むブガンを見下ろし、
「だが、南マハハイムからこのボーレンハイド国まで大量の物資や古代素材を誰にも氣づかれずに運ぶのは、表の物流じゃ不可能だ。中型飛空戦船トマホークなども大量に必要になるし空はモンスターだらけで、集団での空移動はリスクが高い……だから答えは一つ、大金が前提で、ギルドや国家の権限を悪用し、転移陣の裏ルートを構築したな?」
と聞くと、男はビクッと肩を震わせ、すがるように顔を上げた。
「ひ、ヒィィッ! ご名答です! 当時の塔烈中立都市セナアプアの上院評議員、ドイガルガ! 奴の権限を使って、外交特権荷物やギルド重要物資と偽り、セナアプアから【魔法都市エルンスト】の極秘転移陣へ。そこからさらに、このボレノンへとダイレクトに繋がる『裏の物流ネットワーク』が構築されていたのです!」
ドイガルガ。
その名が出た瞬間、背後に控えていたユイやキサラ、そしてヴィーネの表情がスッと冷たくなった。
「……なるほどね。でも、その完璧なネットワークにも綻びが出た」
「はい……貴方たち【天凛の月】と【白鯨の血長耳】がセナアプアの闇、ドブ沼を掃除し、ドイガルガがサーマリア王国へ逃亡せざるを得なくなったせいで……安全な転移陣ルートが完全に断たれてしまったのです!」
男は恨めしそうに、しかし怯えきった目で俺の胸の臨時徽章を見る。
「物流だけじゃないだろ」
冷ややかに問い詰めると、ブガンはビクッと肩を跳ねさせた。
「……え?」
「魔法書にも記されている『サークル・オブ・エルンスト』の魔法利権だ」
その言葉に、ミスティが眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「魔法書やスクロールの製造と流通を牛耳る審査機関ね。まともに商売している表の連中も多いけど……」
皆が頷いた。
そして、ヴィーネも冷徹な視線をブガンに向ける。
「ピサード大商会と組んでいるなら、単なる兵器の密輸だけではないはず。その巨大なスクロール利権の『一部』に寄生し……」
「軍需魔法のスクロールや魔導書を不正に横流ししていたってわけね!」
レベッカが忌々しげに言い放つと、初老のブガンは顔面を蒼白にさせ、ガクガクと震えながら頷いた。
「お、恐れ入ります……! そ、その通りです! サークル・オブ・エルンストの審査を正規に通すふりをして、我らは、魔法ギルドの【魔術総武会】内部の派閥と結託し、裏ルートで軍用スクロールや魔導兵器を南の戦場へ卸していました。兵器と魔法の知識……その両方の供給源を裏から握ることで、戦争の長期化を図り、莫大な利益を……!」
するとザイクが、舌打ちし、
「……テメェらみたいなクズのせいで、下層じゃどれだけの血が流れてると思ってやがる」
ザイクの義眼が赤く明滅し、ディータがギリッと歯軋りをして魔導散弾銃を構え直す音が響いた。
ザイクたちの過去は少し聞いている。
ドーマンを失ったばかりの猟犬たちの殺氣にブガンはヒッと喉を引き攣らせた。
ヴィーネたちは何もしない。冷たい眼差しで、ブガンを見ている、寧ろ殺したいんだろう……。
だが、
「……確かに。だが、それだけ巨大な利権なら、お前たちだけで回せる規模じゃないだろう」
「は、はい……我々が利用していたのはあくまで利権の極々一部に過ぎません。スクロール利権は莫大で、我々とは別の派閥や、他の闇ギルドが絡むルートも存在しますし、膨大な社会基盤にもなっている部分がある……エルンストの魔法利権の闇は底知れず、他にも……」
男が震え声で言い募る。
すると、エヴァが、
「ん。でも、セナアプアはわたしたちが上界と下界で、活動をがんばった」
「うん、評議員と連なる闇ギルド、地下網と関連する組織はかなり粛清されて、転移陣が使えなくなったのも多いはず」
「だから、奴らは焦ったのね」
レベッカの言葉に皆が頷く。
初老の男も、
「はい……【天凛の月】と【白鯨の血長耳】がセナアプアの闇、ドブ沼を掃除し……ルージュの魔導商会クリミナルなど他のルートも模索しましたが、監視が厳しく、物理的な輸送も限界だった。だから、軍需派の連中は焦ったのです。和平会合が締結される前に、多少強引な手段を使ってでも天空閣を破壊し、同時にこの工場を証拠隠滅のために吹き飛ばすようにと……でないと粛清される側に回ってしまう。だが、もうその和平会合は順調行われてしまった……」
エヴァが、ブガンの手にそっと己の手を当てた。
「ん、その話は、本当?」
と優しげに聞く。エヴァの紫の瞳は美しい。
ブガンはエヴァを見て自然と頷き、
「すべて事実だ。もう、わしは……」
と呟く。
エヴァは「ん」と頷いて、ブガンに耳打ちし「……だから、皆の言うことを聞いてね。家族の命は、ブガン、貴方の態度に掛かっている」と呟いてから、俺を見て、
「……ん、本当。彼は嘘ついていない。大丈夫」
「了解」
ブガンは少し口を半開きにし、エヴァの能力を知ったのか、魅了されていたように見えたが、少し恐怖していた。
エヴァの<紫心魔功>は確実。
これで確認は取れた、すべてが繋がった。
俺たちがセナアプアの闇を潰し、ドイガルガを追放したことで、奴らの『死の物流』は完全に詰んでいた。天空閣でのアンソムニアのテロも、この男の自爆も、計画通りではなく、追い詰められた末の苦し紛れの足掻きということか。
ザイクは、
「……粛清されるか。大本も氣になるが、自分たちの蒔いた種で首が回らなくなり、最後は自爆して証拠隠滅も大概だろ。とことん腐りきってるな」
吐き捨てるように言い、魔導銃キルガを再びブガンの眉間に押し当てた。
ブガンは「ヒィッ」と悲鳴を上げて目を硬く閉じる。
「待て、ザイク」
ザイクの銃を軽く手で払い、ブガンを見下ろした。
すると、背後からカリィが短剣『怪士ノあやかし』を指先で回しながら、悪態笑顔を浮かべて進み出た。
「アハ♪ エヴァちゃんは優しいから、氣付かせないけど、こういう時、タンダール支部の残党尋問に置いてきたホフマンくんが居れば、<脳切血盗>でスキルをぶっこ抜けば、記憶とか読み取れたんでは? 無理でも、このブガンの心に、ボクたちの立場を、植え付けることができただろうに! 少し惜しかったカモ♪」
レベッカが、
「カリィ、怖いこと言わないで」
と、身をすくめる。完全に同意だ。深く頷き、
「あぁ、カリィ、それはやりすぎだ。ブガンが、どうしようもない殺人狂ならいざ知らず。俺は拷問系は好きではない。やるならやるで、すぐに終わらせるのが筋ってもんだ」
「……総長、その意味と冷徹な言葉のほうがボクは怖イ、同時にスキ……」
カリィの変態っぷりを久しぶりに目の当たりにして背筋に寒氣を覚えたが、隣に立つヴィーネたちの凛とした横顔を見て、少しだけ心が癒やされる。
氣を取り直し、端末へ向かっているベイカーへ視線を向けた。
「……ベイカー。この監視室の端末や、魔力炉の制御記録から、今奴が吐いた内容を裏付けるデータは抜き出せるか?」
「えぇ、任せて。<幽鬼霊掌握>で、深層領域の暗号化データごと丸裸にしてあげるわ」
ベイカーが半透明な体を揺らめかせ、メインコンソールへと指先を沈め込んだ。
紫色の魔力線が瞬く間にシステムを侵食し、空中に無数のホログラムデータが展開されていく。
ピサード大商会との通信記録、ムサカの遺物に関する解析データ、そしてドイガルガの転移陣使用ログ。すべてが言い逃れのできない証拠だ。
「完璧よ、シュウヤ。これだけの証拠があれば、エルンストの【魔術総武会】も、セナアプアの上院評議会も、奴らを完全に追い詰めることができるわ」
「よくやった」
頷き、床に這いつくばる初老の男へ視線を戻した。
その時、ザイクが持つ手首に嵌まっている魔道具が点滅し、シュッと音が響く。
ベイカーたちの手首の魔道具も光り、同じ反応を示した。
ザイクは、手首を返すと、手首から無数の縦線が発生。
その縦線はチリチリと細かなノイズを立てて歪むと、そこに妖艶な女性の姿が投影された。
「ふふふ……お見事ね、猟犬たち。それにシュウヤさん」
幻影の女性は艶やかに笑いながら、姿を現した。
【闇のリスト】に名を連ねるフィクサー『紫蜘蛛のマダム・ルージュ』だ。
「ルージュか。こんなところまで覗き見とは、趣味が悪いな」
「あら、ビジネスパートナーとしての状況確認よ。……シュウヤさん、その男を【魔術総武会】の表の連中に渡せば、必ず『トカゲの尻尾切り』で揉み消そうとする腐敗層が出ますわ。それなら、私に預けてみませんか? 私が裏からピサード大商会を脅し上げ、【天凛の月】の莫大な利益と情報網に変換してお見せします」
ルージュの瞳の奥には、狡猾な計算が渦巻いている。
「……なるほど。お前も強かな蜘蛛ということか」
「【魔法都市エルンスト】自体が闇のリストの巣窟、更に周辺の都市にも多いです。【魔法都市エルンスト】の魔法ギルド、魔術総武会自体が国のような物ですからね、利権は山ほどあります」
ルージュの言葉に頷いた。
そこで、ザイクたちへ視線を向けた。
「ザイク、お前たちはエルンストやボレノンの裏社会に残って、猟犬として動くつもりだったな」
「あぁ、そうだ。だが、ルージュの使い捨ての駒になるつもりはねぇ」
「なら、こうしよう。――ベイカーが抜き出した『データ』のコピーは魔術総武会のアウグストさんやリアカリスタへ渡し、公的にピサード大商会と軍需派を追い詰める。だが、この『初老の男』の身柄は、ルージュとお前たちに預ける」
俺の決断に、ルージュが目を丸くし、ザイクがニヤリと笑った。
「……両建ての強かさ、ですね。表では正義の鉄槌を下し、裏の利権も骨の髄まで啜り尽くす……まさに光と闇、黒白を同時に操る、えげつないお方……」
ルージュが戦慄しつつも、楽しそうに唇を舐める。
光と闇、黒白を操る、か。俺の種族に掛けた洒落のつもりだろうが、盤上遊戯にも似た、裏社会のフィクサーらしい大袈裟な言い回しだ。
「……黒白を操るか。簡単に言えばそうだが、表で済むことと、裏で済ませること。この界隈では当たり前の使い分けだろう?」
「ふふ、それはたしかに」
「ご主人様は、ただ、何が良いかを、柔軟に選択しているだけですよ」
「……その意見は身に染みますわ、上に立つ立場になると、判断は硬質なことになりがちですからね」
ルージュはヴィーネの言葉に小さく息を吐き、どこか毒の抜けたような、だが油断のならない笑みを浮かべた。
「えぇ、よく分かりましたわ。この男の身柄、確かに私が引き受けます。ピサード大商会の隠し資金と裏ルートの全貌……残さず吐き出させて、貴方たち【天凛の月】へ極上の報告をお持ちしましょう。では、また」
ルージュの幻影が、艶やかな一礼と共にノイズに溶けて消え去った。
通信が切れたのを確認し、ザイクへ視線を向ける。
「ザイク、ディータ、ベイカー。お前たちは【天凛の月】として、ルージュの動向を監視しつつ、この爺の尋問に立ち会え。それが終わったら、エルンストの掃除の続きだ」
「ハッ! 最高だぜ、盟主! そういうえげつないやり方、嫌いじゃねぇ」
「アハ♪ 表と裏で挟み撃ちだネェ! お爺ちゃん、たっぷり可愛がってあげるヨ♪」
カリィが短剣『怪士ノあやかし』を舐めながら悪態笑顔を浮かべた。
初老の男は絶望に顔を青ざめさせ、すでに白目を剥いて氣絶している。
ザイクが無造作に男の襟首を掴み、肩へ担ぎ上げた。
「ベイカー、この【魔科学実験都市ボレノン】の盗賊ギルドに挨拶は済ませてないだろ?」
「うん、まだよ。闇のリストのベルダースにも通していない」
「では、ディータもだが、ちょい、付き合え」
「了解♪」
「総長、では、ボクは、ザイクたちの護衛をするヨ」
ザイクは、俺を見て、両手を拡げたから、
「カリィか。いいぜ。ここでの戦いはあるかもだからな。では、俺たちは、この都市の裏社会のもう一つの顔役にも挨拶してくるから、先にエルンストに帰ってくれていい」
と言いながら笑う。
カリィはディータとベイカーと怪しく会釈を交わしていた。
ザイクたちには、エルンストへの転移陣か、移動ルートは豊富にあるんだろうな。
「……了解した。では、キュベラス、<異界の門>を頼む」
「承知いたしました」
キュベラスが両手を高く掲げ<血魔力>を放出する。
空間が大きく歪み、破壊された監視室の中央に巨大な石門が顕現した。
門の奥には、エルンストのセーフハウスの淡い魔導ランプの光が揺らめいている。
「ザイクたちも氣をつけてな。カリィ、サポート頼んだぞ」
「アハ♪ 任せてヨ、総長。ボレノンの裏通りもピカピカに磨いておくからサ♪」
「にゃお~」
黒猫が『がんばれにゃ~』と言わんばかりに短く鳴いて、俺の肩に飛び乗った。
『ふふ』
肩を覆っていた常闇の水精霊ヘルメの水の膜が相棒の体の一部と融合している。
そこで氣絶したブガンを担いでいるザイクたちを見送る。
ヘルメを纏ったまま<武行氣>を使用――。
低空を飛翔して、ヴィーネ、エヴァ、レベッカ、キサラ、ユイ、ミスティたちと<異界の門>を潜り抜けた。
◇◇◇◇
石畳の冷氣が靴底から伝わってくる。
エルンストの裏社会に構えたセーフハウスの地下室に到着。
そこで、待ち構えていたクナとルシェルが優雅に一礼して出迎えてくれた。
「お待ちしておりましたわ、シュウヤ様。ボレノンの方も無事に片付いたようですわね」
「おう、ただいま。工場は完全にスクラップにしてきた。そして、これが例のデータだ」
ミスティがゼクスのコンソールから、ベイカーが抜き出したデータが収められた暗号化クリスタルを取り出し、クナへ手渡す。
「ピサード大商会と革命派の裏取引、それとドイガルガの転移陣不正利用の証拠がバッチリ詰まってるわ」
「ぐふふ……素晴らしい。これで【魔術総武会】の表の権力も、言い逃れはできませんわね」
「はい。アキエ・エニグマ様やアウグスト様へ、すぐにお渡ししましょう」
ルシェルがクリスタルを受け取り、恭しく胸に抱く。
これで、ボレノンを経由した死の物流ネットワークの件は完全に片が付く。
「あぁ、頼む。これでサーマリア軍需派への政治的なトドメが刺せるはずだ」
そう言うと、クナは月霊樹の大杖を優雅に撫でながら、怪しい笑みを深めた。
「ぐふふ……お任せを。アキエたち【魔術総武会】の表の権力と、私たち裏の顔で、彼らを逃げ場のない絶望の淵へ追い込んでさしあげますわ。それに、パブラマンティ教授との『特別なお仕事』も順調ですしね」
「特別なお仕事? あぁ、そういえばボレノンへ出立する前にも言っていたな……」
クナは「うふふ」と笑ってから口元を両手で少し隠す。
「特別な魔法を開発したんだとは思うが……」
「ふふ、はい。あの完成した無限魔力炉……『極小の疑似宇宙』から抽出される原初エーテルを応用した、錬金術の極致……まだ秘密ですわ。完成した暁には、シュウヤ様に一番にお見せいたします。未知のアレを見た時は、パブちゃんと助手ちゃんも燥いでいたので、面白かったですわよ~」
と発言。
そのクナがもったいぶるように妖しくウィンクをしてくる。
「……期待して待っていよう」
「はい、私も光属性の魔法の研究とエルンストの監視、しっかりと努めさせていただきます」
ルシェルが恭しく頭を下げた。
二人にエルンストの表と裏を任せ、俺たちはセナアプアのペントハウスへ帰還することにした。
「キュベラス、セナアプアへ戻る。<異界の門>を頼む」
「承知いたしました」
キュベラスが肩に乗る桃色のリス、ケニィの頭を優しく撫でると、ケニィが「キュキュッ!」と愛らしく鳴いて応えた。
両手を高く掲げ、全身から極大の<血魔力>を放出する。
――空間が小さく歪み、目の前に樹が絡み付いた小型の石門が顕現した。かつての地獄の門を思わせる禍々しい姿から進化した、生命力を感じさせる<異界の門>だ。
石門の奥には、セナアプアのペントハウスのリビングが映し出されている。
「行くぞ、皆」
「「「はい!」」」
「にゃお~」
相棒が肩の上で短く鳴く。皆で石門を潜り抜けた。
◇◇◇◇
ペントハウスの広々としたリビングへ足を踏み入れる。
そこでは、留守を預かっていたペレランドラ、レザライサ、カットマギーたちが、俺たちの帰還を待ち構えていた。
「「「お帰りなさいませ、シュウヤ様!」」」
「おう、ただいま。ボレノンの地下大工廠は完全に潰してきた。ピサード大商会と革命派、そしてドイガルガの裏取引を証明するデータも手に入れ、エルンストのクナたちに預けてある」
報告を聞いたペレランドラが、上院評議員としての凛とした顔を綻ばせ、目を輝かせた。
「素晴らしい成果です。これでピサード大商会がいくらシラを切ろうとも、確たる証拠を突きつけることができます。あちらから申し出てきた【銀盾傭兵団】の警備提供も、罠として逆利用できそうですね」
「ハッ、奴ら、自分たちの尻尾を完璧に切ったつもりで恩を売ろうとしていたが、見事に裏目に出たってわけだ。今頃、ロルジュ公爵の陣営も焦り始めているだろうな」
レザライサが不敵な笑みを浮かべ、腕を組んだ。
「ん、悪い奴らは徹底的に掃除する」
「えぇ。ボレノンの工場は本当に悪趣味だったわ。あれだけの魔導爆弾が南へ送られていたらと思うと……ゾッとするわね」
エヴァとレベッカがソファに腰を下ろしながら、険しい表情で語る。
ヴィーネとユイも同意するように頷いた。
「これだけの証拠が揃えば、シャルドネ侯爵やソーグブライト王太子も動き易いはずです」
「そうね。彼らと資料を提供、情報を共有して、軍需派を政治の表舞台から引きずり下ろす算段を立てましょうか」
キサラもダモアヌンの魔槍を背に収めながら、
「はい。武力による制圧だけでなく、情報と政治による『盤面の支配』。まさに救世主たるシュウヤ様だからこそ可能な偉業」
と誇らしげに胸を張り、美しく微笑んだ。
「おう、ありがとう。キサラのその想いを上手く繋げたい。そして、下らない争いが無くなれば良いんだな」
「……シュウヤ様、はい」
キサラと頷き合う。
キッチンへ向かい、グラスに冷たい果実水を注ぎながら皆を見渡す。
「……これで、完璧ではないかもだが、三国和平の裏で暗躍していた軍需派の息の根を止める準備のカードは揃ったと言えるだろう……ペレランドラ、シャルドネ侯爵と王太子側への連絡を頼めるか?」
「承知いたしました。極秘の通信回線を開き、クナたちから送られてくる資料と共有いたします。あちらの『猟犬』であるレオン殿たちも、復讐の時を待ち望んでいるはずですからね」
ペレランドラが恭しく一礼し、すぐさま魔導通信機の準備に取り掛かった。
「ンン、にゃご」
黒猫が俺の足下にすり寄り、喉を鳴らす。
激闘を終え、ようやく掴み取った決定的な優位。
だが、サーマリア王国のロルジュ公爵やピサード大商会がこのまま大人しく引き下がるとは思えない。窮鼠猫を噛むという言葉があるように、追い詰められた権力者ほど何をしでかすか分からないからな。
カルードを見ると、
「マイロード、王都ハルフォニアの案内ならある程度可能です」
「……おう、近いうちにサーマリア王国に潜り込む」
「「「はい!」」」
ペントハウスに、力強く頼もしい眷族たちの声が響き渡った。
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