二千百三十七話 豪槍、王槍、迅槍、武神寺の猛者たちと風槍流
石畳を囲うように白砂が敷かれた訓練場の中央へと進み出る。
と、周囲を囲む十数人の武闘僧や槍使いたちから、刺すような<魔闘術>系統の魔力が殺氣と共に向けられた。
「いくぞ、ポッと出の若造……」
丸坊主の大柄な男、ゴルゴン。
額の六文銭のような印を持つし、魯智深的な印象で、嫌いではない。
――<握吸>を発動。柄の握りを強めた。
彼は身の丈ほどもある無骨な大槍を構え、「ぬぉぉぉ――」と、裂帛の氣合いと共に地を削るような重い踏み込みで間合いを詰めると、大槍を振り下ろしてきた。
豪槍流という名に違わぬ、純粋な膂力と体重を乗せた重々しい一撃。
避けるのは容易い。
だが、彼らが鍛え上げてきたその武の理合いを肌で感じ、勉強させてもらいたい。
タンザの黒槍を両手で握り、あえて、<風柳・上段受け>で、正面からその一撃を受け止めた。
――ガギィィンッ!
衝撃により石畳を滑るように後退、白砂が爆ぜ、地面がわずかに沈み込む。
ずしりとした重さが腕を伝わってきた。
力任せに見えて、槍の重心を的確に捉えた見事な一撃だ。
「ほう……! この俺の<豪槍・岩砕き>、その全力の一撃を真正面から受け止めただと!?」
ゴルゴンの顔に驚愕が走る。
ニコリと笑い、
「良い重さだ。足腰の鍛錬がしっかりと槍に乗っている」
「なっ、余裕ぶりやがって! ならこれはどうだ――」
ゴルゴンが槍を乱暴に引き戻し、今度は大振りの左右の薙ぎ払いを連続で繰り出してきた。一つ一つの軌道が大きく、しかし威風堂々とした力強さがある。
それらの連撃を、タンザの黒槍の柄で丁寧に弾き、流していく。
<闇透纏視>と<隻眼修羅>だけでなく、掌握察も使いつつ――。
左から右に振られてくる力の、連続的な<豪閃>を<魔闘術の仙極>を用いて防ぐ。
十合、二十合と打ち合ううちに、豪槍流の持つ『破壊の理』が少しずつ見えてきた。
岩を穿つような愚直なまでの真っ直ぐな力強さ、それは素晴らしい。
<豪槍流>、<豪閃>の威力も納得だ。
俺の<豪閃>と薙ぎ払い系統にも活かせる――。
「なっ、<豪閃>、<豪閃・崩し>と<岩豪閃>に、俺の<豪槍・連峰崩し>までも……」
「……勉強になった。次は俺から行かせてもらう」
「くっ、風槍流なら――」
ゴルゴンが<風柳・片切り羽根>の動きに合わせたように加速し、大きく振りかぶった。
次の瞬間<風柳・異踏>のステップでフッと軸をずらした。
「!?」
ゴルゴンの渾身の一撃が空を切り、彼の上体が前のめりに崩れる。
その隙に懐へ滑り込み、タンザの黒槍の石突をゴルゴンの足首の裏へ添え、軽く払うように引き上げた。同時に、背へ軽く掌底を添えて押す。
柔よく剛を制す、風槍流の歩法と体捌き。
「うおわッ!?」
ゴルゴンは抵抗できず、ドスッ、という音と共に白砂の上へと背中から転がった。
訓練場に静寂が落ちる。
大きな怪我は負っていないだろう。
仰向けに倒れたゴルゴンは、自分がなぜ転がされたのか理解できないといった様子で、目を白黒させていた。
タンザの黒槍を左手に持ち替え、倒れたゴルゴンへと静かに右手を差し伸べた。
「見事な豪槍だった。貴方のような真っ直ぐな槍使いがいるなら、この武神寺は安泰だ」
「え……あ……」
ゴルゴンは差し伸べられた手と俺の顔を交互に見比べ、やがて顔を真っ赤にして相好を崩した。
「……完敗だ。俺の豪を、こうも簡単に流されちまうとはな……」
ゴルゴンは俺の手をガシッと力強く握り、立ち上がった。
「はい、貴方も見事な豪槍流でした。力と力の合間の隙のなさを、タンザの黒槍から感じられた。それは同時にゴルゴンさん、貴方の中に、しっかりとした土台があるからこそ。磨かれた素質と感覚が根付いているからこそです。不断の努力家でもあるとお見受けしました」
と拱手を行う。
ゴルゴンは、しばし、沈黙し、俺とタンザの黒槍にアキレス師匠を見て、視線を戻すと、笑顔で拱手をしてくれた。
そして、
「まさに風槍流の動き。『氣先の間合い』を知る動きは見事。しかも、俺の根元の豪の予兆を見抜き、怪我一つさせねぇように転がすなんてな。まったく……俺もそれなりに武を知っていたつもりだが……今日ほどの武、否、強さとしなやかさを合わせ持つ槍を感じたことはない。お前の実力は本物だ、最初の態度を謝ろう、強者の槍使い」
その瞳から先程までの敵意は消え失せ、純粋な武人としての清々しい敬意が宿っていた。
再び拱手。
「名を聞かせてくれないか」
「シュウヤと言います」
「了解した。シュウヤ、俺はゴルゴン、豪槍流。八槍神王位二十八位だ」
頷くと、他の、
「次は俺だ! <王槍流>の神髄、見せてもらう!」
ゴルゴンが退くと、今度は細身だがしなやかな筋肉を持つ槍使いが飛び出してきた。
彼は銀色の穂先を持つ長槍を中段に構え、円を描くような滑らかな歩法で間合いを詰めてくる。
「――シッ!」
鋭い呼氣と共に、滑らかな円の軌道から突如として一直線の「点」となる刺突が放たれた。
ヒュンッ! と大氣を裂く音が連続する。残像を伴う無数の連撃。
王槍流は風槍流に近い、豪槍流とは対極か。
タンザの黒槍を軽く握り、<風柳・中段受け>でその一つ一つの突きを弾いていく。
カキンッ、キンッ! 心地よい金属音が響く。
――相手の呼吸、槍の軌道、そして技の起こり。それらをじっくりと観察しながら、あえて反撃せずに受けに徹した。
――速度と精度を極限まで高めた技が多い。
「くっ……俺の<王槍・飛燕連突き>のすべてを、完璧に弾くだと……」
王槍流の使い手が焦りの表情を浮かべた。
呼吸を荒くし、さらに歩法を加速させようと大きく踏み込む。
「ならば、これで――」
円の軌道を限界まで狭め、下段から跳ね上げるような鋭い斬撃が迫る。
だが、その瞬間――。
<風読み>の感覚が、相手の円の軌道と力みに生じたわずかな淀みを捉えた。
「そこだ」
相手の長槍が伸びきる寸前――。
<風柳・片切り羽根>で前に出て――。
<風柳・右風崩し>の構えのタンザの黒槍の柄で、その穂先の根元を下からふわりと撫で上げるように弾く。軌道を逸らされた王槍流の使い手はバランスを崩す。
彼の円の歩法に合わせるように半歩踏み込み、死角へ滑り込んだ。
そのまま<風柳・案山子通し>の理合いで柄を滑り込ませ、彼の胴を優しく絡め取るようにして足を払い、「――ぐっ」と、白砂の上へと転がした。
そこに、倒れた男に手を差し伸べる。
「見事な連撃だった――」
「あぁ……」
彼もまた呆然とした後、
「俺の負けだ。シュウヤ殿、手合わせありがとう――」
俺の手を取って立ち上がる。
「こちらこそ」
「はい、風槍流の無限の枝が生まれ風の哲理を内包した一の槍、それをシュウヤ殿から感じましたよ」
「そうですか、それは光栄です」
拱手で答えると、相手も拱手し、
「――率直に、忌憚なく意見を伺いたい、私の王槍流について、何か助言があれば教えて頂けないだろうか」
俺が意見か……アキレス師匠、ジメク、アシュレイにヴィーネたちに視線を向ける。
アキレス師匠は頷いて、わずかに右の掌を上に動かした。
頷く。
「……貴方の、王槍流の円の歩法と点の精度も、素晴らしい練度です。しかし、速さを求めるあまり、次の円への移行時に肩へわずかな力みが生じていたように感じました」
「……おぉ……私の連撃の癖を、たった数合で見抜くとは。助言ありがとうございます。改めて完敗です。私は王槍流のジン。八槍神王位三十位。シュウヤ殿の風槍流、しかとこの身に刻みました」
ジンは深く頭を下げ、白砂の訓練場を退いた。
「では、次は俺が相手になろう」
静かな声と共に、群衆を割って一人の男が進み出た。
装飾のない質素な道着を纏い、細身の長槍を提げた隻眼の男。
彼が姿を見せた瞬間、周囲の門弟たちが息を呑むのがわかった。
「迅槍流のザイード様だ……!」
「八槍神王位十五位の御方が自ら……」
ザイードと名乗った隻眼の男は俺の前でピタリと足を止め、無言で槍の穂先を下げたまま構えを取る。
「シュウヤ殿。豪槍の力、王槍の速さを見事に躱したその体捌き、お見事。だが、我が迅槍流の『変幻』はそう容易くは流せまい」
三大流派ではない迅槍流か。氣になる。
恐縮しつつ、
「……迅槍流……変幻の軌道ですか。是非、拝見したい」
タンザの黒槍を正眼に構えた刹那――ザイードの姿がブレた。
音もなく間合いが消失し、下段から跳ね上がるような変則的な突きが迫る。
それを<風柳・下段受け>で弾こうとしたが、穂先は触れる直前でふわりと軌道を変え、今度は左斜め上から俺の肩口を狙ってきた。
――速さの中に柔らかさがある。蛇のようにしなる独特の槍捌き。
<風柳・異踏>で身をかわしながら、相手の連続攻撃を<隻眼修羅>で観察――。
ザイードは<魔闘術>系統を強めて、踏み込んでくる。
「――<迅槍・蛇咬み>!」
と鋭く発声しながら、上段、中段、下段と、予測不可能な軌道から無数の突きと払いを浴びせてきた。
その変幻自在の猛攻に対し、あえて迎え撃つ構えを取った。
タンザの黒槍の柄を両肩で支える構え――<風柳・案山子通し>を行う。
黒槍を固定したまま、ザイードの槍の軌道に合わせるように、独楽のごとく回転しながら前進した。
ガガガガッ!
回転する黒槍の柄とザイードの槍が連続で衝突し、彼の放つ変幻の刺突と斬撃をことごとく往なしていく。
「な――、この猛攻を回転で弾きながら前に出るとは……!」
ザイードが驚愕の声を上げ、体勢を立て直そうと槍を引き戻した。
その一瞬の隙。俺は柄から手を離すことなく、腰の捻りと共に右足を跳ね上げた。
――<風柳・鳴鴉>。
足の甲でタンザの黒槍の柄を強く蹴り上げる。
蹴られた柄がムチのように大きく撓り、その反動で黒槍の石突がザイードの胸元へと一直線に跳ね上がった。トスッ! 鈍い音と共に石突がザイードの胸に的確に、だが骨を砕かない絶妙な力加減でヒットする。
ザイードはその衝撃で呼吸を奪われ、白砂の上を数歩後ずさって、尻餅をついた。
「……っ、がはっ……」
ザイードは胸を押さえながら、信じられないものを見る目で見上げた。
タンザの黒槍を静かに下ろし、その彼へと手を差し伸べる。
「――見事な変幻でした。迅槍流のしなやかさ、とても参考になります。ただ、軌道を変える瞬間に、わずかに手首の振りに頼る癖がある。そこを予測させてもらいました」
俺の言葉に、ザイードはしばらく呆然としていたが、やがて苦笑を浮かべてから、手を取り、立ち上がった。
「……私の変幻をすべて往なし、あのような奇手で胸を突くとは。しかも、あれほどの威力を寸前で完全に殺して見せた。シュウヤ殿の風槍流は、まさに神技の域……迅槍流のザイード、心より感服いたしました」
ザイードが深く頭を下げると、その後も、三名、四名と武神寺のランカーたちが次々と挑んできた。
「俺の<剛槍・山崩し>を受けてみろ!」
「疾風の如く穿つ! <風牙・三連>!」
時折、彼らは己の誇るスキル名を叫びながら鋭い突撃を仕掛けてくる。
連撃を読むように避け、<風研ぎ>の突きを放つ。
互いの切っ先が衝突した刹那、相手の得物が先に振動を起こしたようにブレ、
「――なっ」
体勢を崩し、相手は槍を落とした――その無防備な体へと、己の右肩をぶつけるように踏み込む――風槍流の<風柳・槍組手>『右背攻』を繰り出し、柔らかく吹き飛ばした。
ピコーン※<風柳・右背攻>※スキル獲得※
おぉ、ここでスキル化したか。
<風柳・左背攻>は既に覚えていたから、右も身に着けていると思いこんでいたな。
「お見事、次は私が相手だ――」
次に迫る、炎を纏う槍使いの鋭い一撃も、タンザの黒槍の螻蛄首で叩き落とす。
石突の返しからの左下段蹴りを避けた相手は薙ぎ払いを放ってくる。それを受けずに後退し、反転して<刺突>を放つ――。
炎を発する柄で防いだ槍使いは、そのまま柄を回しながら鋭い突きを繰り出してきた。
――突き出された炎槍に合わせ――。
タンザの黒槍でカウンターの<風柳・喧騒崩し>を放つ。
螻蛄首が炎槍の穂先の下に衝突、豪快に腕を持ち上げられた炎槍使いは、大きく体勢を崩した。
そこへ<豪閃>を狙う――相手は何とかそれを防いだものの、すかさず<風柳・右風崩し>から<風柳・風蛇左腕>へと繋ぎ、風槍流の柔らかな技で怪我をさせずに「くっ」と床へと転がし
「……参った……」
手を差し伸べ、彼らの武を称え、名を覚える。
そのたびに、訓練場を包んでいた刺すような敵意は薄れ、代わりに清々しい武の熱氣と、俺に対する熱狂的な敬意が満ちていった。
「す、すげぇ……あのランカーたちが、まるで手解きを受けているみたいだぞ……」
「しかも、全員の全力のスキルを一度受けてから、無傷で転がしてる……」
「アキレス様が『自分を超えた』と仰るのも納得だ。あの流麗な槍の捌き、次元が違う……」
『ふふ、閣下に対する、皆の視線と氣持ちが気持ち良い!!』
『はい!御使い様の動きは華麗で、槍を扱う技術も常に進化しているのも凄い!』
『ですね、周囲に、風の精霊たちを胎動させるように導き、促しているように風の道を作っていると感じることができる、凄いです』
『主の動きを体感できているだけで嬉しく思う』
ヘルメ、グィヴァ、ミラシャン、ナイア、シュレからの念話に、
『相手があってこそだ。風槍流の技術も向上した』
門弟たちのどよめきが広がる中、ジメクが信じられないものを見るような顔でアキレス師匠へと向き直った。
「……おいおい、アキレス。お前の弟子、一体どうなってやがるんだ? ただ強いだけじゃねぇ。相手の武の底まで見透かして、それを丸ごと包み込んじまうような……あんな底知れねぇ槍、お前でもできねぇぞ!」
「カカカカッ! 言っただろうが。シュウヤはわしを超えた自慢の弟子じゃと。あやつの槍には、数多の死線を潜り抜けた絶対的な『理』が、自然体として備わっておるのだ」
アキレス師匠は自慢の息子を見るような、誇らしげな笑顔で髭を撫でている。
その隣で、アシュレイが震える両手を強く握り締め、紺碧の瞳を潤ませながら俺を見つめていた。
「……美しい……力や速度でねじ伏せるのではない。相手の武を尊重し、自らの理で導くような槍。あれこそが、極致に至った真の武人……」
アシュレイの熱のこもった視線に、思わず背筋が伸びる。
「ンン、にゃおぉ~」
訓練場の隅では、黒猫が「どうだ、俺の相棒すごいだろう」と言わんばかりに胸を張り、尻尾をピンと立てていた。
その隣で、レベッカが興奮気味に腕を振っている。
「見た!? 今のしゅうやんの動き! すっごく優雅でかっこよかったわ!」
「ん、シュウヤ、優しい。相手の力を認めて戦ってた。武の心」
「はい、ご主人様のあの佇まい……惚れ惚れいたします」
エヴァとヴィーネも頬を染め、熱い視線を送ってくれている。
――最後の一人に手を差し伸べ、立たせたところで、タンザの黒槍をアキレス師匠へと軽く放って返した。
「師匠、ありがとうございます。武神寺の皆様の槍、とても良い勉強になりました」
訓練場に集まった全員に向かって深く一礼すると、ゴルゴンやジンをはじめとする門弟たちが一斉に姿勢を正し、俺に向かって深く、深い敬礼を返してきた。
「「「ありがとうございました!」」」
その重厚な声は白砂の訓練場に響き渡り、タンダールの青空へと吸い込まれていった。
かつてアキレス師匠が修業したこの場所で、彼らと槍を交え、心を通わせることができた。清々しい汗を拭いながら、深い満足感と共に微笑んだ。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
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