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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千百三十八話 アシュレイ・アキレスとの戦い、<刺突>に始まり、<刺突>で終わる


 すると、アシュレイが、


「……強者のシュウヤ、改めて、手合わせを願いたい」

「あ、はい」


 山吹色の長髪を花の髪飾り一本の束に纏めて肩にかけた、美しくも大柄なエルフの槍使いのアシュレイ。


 彼女は、かつての最高段位であった神槍級を経て、現在は八槍神王の上位に食い込んでいるという紛れもない実力者だ。

 先ほどまで相手をしていたランカーたちとは、纏っている<魔闘術>の氣の密度がまったく違う。レーヴェやリコよりも強いかもな……。


 そこでアキレス師匠とジメクを見る。

 師匠は、


「ふむ、アシュレイもあれから成長しているのは確実」

「当時、アキレスと戦った時は、アシュレイは師範代だったな」

「ふむ。お前はまだ、この街で、うろついていた頃だ」

「あぁ……」


 アキレス師匠とジメクは、冒険者繋がりでもあったのかな。

 すると、アシュレイが、


「……私も、かつては、ここの師範代だったのだ。今は、神王位の上位の一人の修業者。よろしく頼むぞ、シュウヤ。そして、アキレス様が『自分を超えた自慢の弟子』とまで言い切る男。その風槍流の神髄、この私に、確かめさせてはくれないか?」


 アシュレイの武の心根を感じて、胸が熱くなる。

 一瞬、涙が出そうになるぐらいの感覚のまま、


「……えぇ、望むところです」


 拱手をすると、アキレス師匠からタンザの黒槍を渡される。

 <握吸>を発動させ、柄の握りを強めた。


 タンザの黒槍の穂先を見るように、上から下に軽く回してから、石畳の中央に向かう。


 そこで正眼に構え直す。

 アシュレイもまた、石畳を歩いて、俺の前に移動、相対した。

 手にした刃引きの黒槍を正眼に構えた。

 白砂と石畳の訓練場は、再び水を打ったような静寂に包まれる。


 アキレス師匠は腕を組み、口元にニヤリと笑みを浮かべて見守り、ジメクも息を呑んで立ち尽くしていた。

 

「いざ、一槍のアシュレイ、参る!」


 鋭い呼氣と共にアシュレイの姿がブレた。

 エルフ特有のしなやかなバネと、風槍流の加速を乗せた凄まじい前傾姿勢からの踏み込み。放たれた突きが、俺の眼球のわずか手前で三つに分裂する。


 <隻眼修羅>で三つの切っ先の軌道を捉え、<風柳・中段受け>から<風柳・異踏>へと繋ぐ。爪先を軸とした回転で、刃を紙一重で躱していく。

 

 タンザの黒槍で牽制の<刺突>――。

 それは簡単に横に弾かれ、上段と中段の<刺突>が返ってきた。

 その牽制をタンザの黒槍の柄で左右に弾くと、アシュレイは数歩後退、間合いを保つと、


「先程の<連月花>を、当然の反応で弾くか……やはり見事だ」

「どうも、最初の三つの突きですね」

「そうだ、次は行くぞ――」


 かつてアキレス師匠をも驚かせたという未知の突技――。

 アシュレイは<刺突>を突き出す。

 それを<風柳・中段受け>で受け、後退、下段の足払いをも避けながら<龍豪閃>を胴に返すが、あっさりと弾かれた。


 アシュレイも<龍豪閃>を思わせる一閃を繰り出す――。

 後退してそれを避けた。

 八槍神王上位の動きには一切の淀みがない。

 俺が躱した先を予測したかのように、アシュレイは半身をずらして間合いを詰め、更に鋭い連続突きを放ってきた。

 タンザの黒槍の柄で軌道を弾きながら、あえて後退せずに踏みとどまる。

 

「防御も硬い。だが――」


 すると、アシュレイは<魔闘術>系統を強める。

 槍を引くや否や、逆から一閃、いや、フェイク、右から、空間を裂くような横薙ぎのモーションに入った。


 彼女の体がブレ、分身がもう一つ増えたかのような、錯覚を伴う恐るべき回転薙ぎ払いが迫る――。

 <滔天神働術>と<滔天仙正理大綱>と<龍神・魔力纏>を発動し、下段に構えのまま<風柳・片切り羽根>の歩法で、あえて直進し、彼女の回転の中心へと踏み込み、<夜行ノ槍業・弐式>を発動――。

 

 神速の勢いでタンザの黒槍を持ち上げた。

 下からの柄が、穂先の下に衝突――。


「な!?」


 キィィィィンと甲高い金属音が響くと共にアシュレイの黒槍が持ち上がり、体勢が崩れたアシュレイ――。

 そこを狙うようにタンザの黒槍をコンパクトに振るう<豪閃>――。

 アシュレイは体勢を崩しながら、残した石突で、<豪閃>をなんとか防ぐと、軽快に蹴り――。

 その二連続の蹴り技を<風柳・上段受け>の柄で受け防ぐ。

 次の、下段の足を掬う狙いの、払いを後退し避けるが、先回りしていたアシュレイの右回しの一閃が迫る――。

 

 それを<風柳・中段受け>を使い柄で受けて後退、くるりと回したタンザの黒槍の石突による反撃で、アシュレイの左籠手を狙うが、弾かれた。

 反撃のアシュレイの黒槍がブレながら頭部に迫るが、それを両手持ちの<風柳・上段受け>を使い柄で、弾き、<風柳・案山子通し>の要領で――。

 アシュレイの真似をするように身を捻る回転から、アシュレイに向き直しての上から突きを繰り出す。


 ピコーン※<風柳・回馬槍>スキル獲得※


 アシュレイは、「くっ、それは<連馬薙ぎ>の――」と<風柳・上段受け>で弾かれた。

 

 だが、彼女は体勢を崩しながらも驚異的なバネと体幹で強引に踏みとどまる。 その紺碧の瞳は、怒りや焦りではなく、武人としての強烈な歓喜に燃え上がっていた。


「素晴らしい! 私の技を受けて、瞬時に新たな理を紡ぎ出すか!」


 アシュレイは弾かれた黒槍の勢いを殺さず、そのまま自身の首の後ろから肩、そして背中へと滑らせるように槍を旋回させた。

 視線を完全に切った状態。体に槍を巻きつけるような変幻自在の体捌きだ。

 そこから独楽のように回転し、遠心力を極限まで乗せた石突での裏突き、更に、体を沈め込んでの地を這うような下段からの跳ね上げが連続して迫る。


 予測不可能な軌道に対し、俺もまたタンザの黒槍のしなりを利用する。

 <風柳・右風崩し>から、柄を自らの腰裏に当てて回転の軸とし、アシュレイの猛攻をプロペラのように回した両手持ちの柄で次々と弾き落としていく。


 ――カンッ、ガギンッ、キンッ!


 互いの槍が身体の周囲を舞うように旋回し、火花が散る。

 槍と体が完全に一体化した、風槍流同士の超高速の近接乱舞。

 アシュレイは沈み込んだ低い姿勢から一氣に跳躍し、宙空で体を捻りながら上段からの強烈な打ち下ろしを放つ。


 即座に<雷炎縮地>で半歩だけ斜め前にスライドし、その打ち下ろしの軌道を<風柳・上段受け>で斜めに流す。

 ガガガッ、と木が擦れ合う硬質な音が鳴り、互いの柄が密着した。

 力と技のせめぎ合い。至近距離で、アシュレイの汗ばんだ美しい顔と、獰猛なまでの笑みが交差する。


 彼女は密着した状態からフッと力を抜き、槍を巻き込むようにして俺の膝を狙ってきた。

 だが、その「氣先」の動きは<隻眼修羅>と<風読み>が完全に捉えている。

 彼女の引きに合わせるように、自らも半転して独楽のように回る。

 その遠心力と相手の動きを利用した最速の踏み込み。

 

 アシュレイがかつて敗れ、心酔したアキレス師匠の槍。

 その敬意に応えるための、一切の無駄を省いた完璧な一撃。


 ――<刺突>に始まり、<刺突>で終わる。


 <刺突>――。

 アシュレイも<刺突>。

 その黒槍の穂先と穂先が真っ正面から衝突。

 キィィィィン――。

 互いの得物は同じ挙動で少し前後した、その長い得物越しに笑顔を交換。


「「「おぉぉ」」」


 周囲にどよめきが起きる。


 弾かれた反動を、互いに殺さない。

 アシュレイはエルフのしなやかなバネを活かし、弾かれた黒槍を頭上で大きく旋回させると、そのまま強烈な袈裟斬りを放ってきた。

 対する俺は、その一撃を正面から受けず――。

 前傾姿勢のまま体を大きく捻る。

 <掌握察>だけでなくすべての感覚が、アシュレイの軌道を捉えたまま、右手に持ったタンザの黒槍を自らの背中へと回し込んだ――視線を切り、背を向けた状態、その背中越しに回した黒槍の柄へ左手も添え、背で風車を回すようにアシュレイの柄を跳ね上げた。


 ――ガギィィッ!


 背後に回した柄が、アシュレイの渾身の袈裟斬りを完璧なタイミングで弾き飛ばす。


「背中で受けるだと……!」


 アシュレイが驚愕の声を上げた。だが、これはただの防御ではない――。

 背で弾いた勢いと遠心力をそのまま殺さず、姿勢を低く沈み込ませた。

 両手で握ったタンザの黒槍を今度は体の左右で大きく八の字を描くように、力強く、そして流麗に旋回させ始める――ビュォォォッ!

 大氣が唸りを上げ、白砂が竜巻のように舞い上がった。

 槍のしなり、体幹のバネ、そして遠心力。

 槍と体が完全に一体化し、大輪の花を咲かせるような風槍流の極致とも言える舞い。その圧倒的な回転から生み出されたエネルギーを、最後の一点へと集約させる。


 大きく踏み込み、腰の捻りと共に神速の<刺突>を打ち出した。

 

 ピコーン※<風柳・六合花槍>スキル獲得※


 螺旋の氣流を纏ったタンザの黒槍の石突が、アシュレイの白く細い喉仏へと迫る。完全に死角を突き、遠心力を乗せた神速の一撃。

 

 決まった――そう確信した刹那。

 アシュレイの紺碧の瞳が、限界を超えたような鋭い光を放った。

 彼女は後退して威力を殺すのではなく、逆にエルフのバネを限界まで圧縮して半歩前へ踏み込み、自らの黒槍の柄を斜めに構えて、俺の<風柳・六合花槍>の軌道へ強引にねじり込んできた――。

 

 マジか――。

 

 凄まじい金属音が弾け、石突がわずかに上へ逸れる。

 突きの余波で発生した暴風がアシュレイの山吹色の髪を煽り、頬に一筋の血が滲むが、彼女の口元には獰猛なまでの狂喜の笑みが浮かんでいた。


 この極限の打ち合いの中で、八槍神王上位の彼女もまた、己の殻を破り急速に進化している。


「ハァァァァッ!」


 アシュレイは弾いた反動を利用し、俺の胸元へと鋭く飛び込んできた。


「ちょっ」


 思わずレベッカのような声が漏れる。彼女はそのまま柄打ちを放ち、更に、石突による顎へのカチ上げを連続で繰り出してきた――。


 ――息もつかせぬ至近距離での乱打戦。


 俄に、<風柳・中段受け>と<風柳・上段受け>を駆使し、体を捻りながらその連撃をことごとく往なしていく――。


 カンッ、ドッ、ガガガッ! と鈍い音が響くたび、互いの<魔闘術>の魔力が刃を持った如く、激しく衝突し、訓練場の空氣が震える。


 乱打の中から、アシュレイがフッと力を抜き、後方へ大きく跳躍して間合いを取った。空中で姿勢を立て直した彼女は着地と同時に再び凄まじい前傾姿勢を取る。その全身から噴き上がる魔力がこれまでにないほど高密度に圧縮されていく。


 黒槍の穂先が、陽光を反射して鋭く輝いた。


「素晴らしいぞ、シュウヤ! お前のおかげで、私の槍はまだ先へ進める!」


 歓喜に満ちた叫びと共にアシュレイが弾丸のように飛び込んでくる。

 放たれたのは、<連月花>の分裂する軌道と――。

 <連馬薙ぎ>の錯覚を伴う回転を完全に融合させたような新たな絶技――。


 上下左右、あらゆる死角から同時に空間を切り裂くような、暴風の連撃が迫る。


「どうした、先程のカウンターを使うがいい――」


 魔軍夜行ノ槍業のカウンター技を破る自信があるんだろう。

 だが、動揺はせず、連続攻撃を<山岳斧槍・滔天槍術>を活かし、一本のタンザの黒槍で防ぎ続けた。


 ――攻撃を受けるたび、感覚が研ぎ澄まされる。

 心は静かに澄み渡っていく――。

 刹那――。


 武神寺の中央に鎮座している神々の像たちの幻影があちこちに出現――。


 ……剣と盾を持つ戦神ヴァイス。

 大地の神ガイア。

 秩序の神オリミール。

 正義の神シャファ。


 それらの、神界セウロスの偉大なる神々の像たちへと、え?


 ――あれはアキレス師匠たちか?

 皆が、丁寧に感謝を込めてお辞儀をしている幻影が視えた――。


 〝神々よ、我に槍を与えて下さり感謝しておりますぞ〟


 傍で見ているかのような、アキレス師匠の厳かな声が脳裏に響く――。


 <隻眼修羅>と<風読み>が、その猛威の中心を完全に見切った。

 迎撃に出るのではなく――。

 タンザの黒槍を斜めに構え、大地に根を張るように腰を落とした。


 ――<支え串・天涯>。


 アシュレイの全力が俺の黒槍に激突した刹那――。

 力で押し返すのではなく、彼女の放った膨大なエネルギーを柄のしなりと体幹のバネで吸収し、天へと受け流す究極のカウンター。大音響と共にアシュレイの全霊の連撃が虚空へと弾き飛ばされた。

 アシュレイは完全に体勢を崩し、大きく胸を反らせる形となった。

 その無防備な胸元へ向け<雷炎縮地>で一歩踏み込む。

 すべての力を一点に集約した風槍流の極致<風槍・理元一突>――。


 ――<刺突>に始まり、<刺突>で終わる。


 螺旋の氣流を纏ったタンザの黒槍の石突がアシュレイの白く細い喉仏のわずか数ミリ手前で、微動だにせず静止した。突きの余波で発生した風が彼女の山吹色の髪を大きく揺らす。

 アシュレイは目を見開いたまま、自身の喉元に突きつけられた槍先を静かに見下ろした。


 やがて、彼女の体から張り詰めていた<魔闘術>の魔力がふっと抜け、黒槍を下ろす。


「……見事……完敗だ。シュウヤ」


 彼女は額に浮かんだ汗を拭い、清々しい笑顔を向けた。

 

「……<刺突>に始まり、<刺突>で終わる。アシュレイさんの進化する連撃、極限まで練り上げられた素晴らしい技でした。おかげで俺も壁を一つ越えられました」

「ふふっ……素晴らしい<刺突>であった。かつて、私が魔技のアキレス様に敗れた時と同じ……否、私の全力を受け流し、速度と威力を完全に制御しきるその精度は、あの時のアキレス様以上だ」


 魔技のアキレス……。

 師匠と彼女の間に、かつてどんな激闘があったのかは分からない。

 だが、八槍神王上位である彼女にこれほど深い敬愛を抱かせ、今なお進化の原動力とさせている……。

 師匠の武の底知れなさに、改めて凄みを感じた。


 恐縮する思いで、槍を引いて一礼した。

 すると、アシュレイは頬をかすかに朱に染め、誇らしげに胸を張った。


「アキレス様の『自慢の弟子』という言葉に、嘘はなかったということだ。……アキレス様」


 アシュレイが振り返ると、そこには腕を組んで豪快に笑うアキレス師匠の姿があった。


「カカカカッ! どうじゃアシュレイ、わしの言った通りであろう! シュウヤの槍は、すでに次元が違うところにある!」

「そのようです。身を以て理解しました。……しかしアキレス様、先ほどから貴方の体から漏れ出ているその尋常ならざる風と雷の氣は、一体……?」


 アシュレイの指摘に、ジメクや周囲の門弟たちもハッと息を呑む。

 アキレス師匠がニヤリと好戦的な笑みを深め、自身のタンザの黒槍を担ぎ直した。


「ハハッ! お前たちの極上の打ち合いを見せられて、わしも血が騒いできたわい! シュウヤよ、まだ体は動くじゃろうな?」

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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