二千百三十九話 アキレス師匠との戦いに<風柳・単撤手>――
「えぇ、師匠。俺も最高に熱くなっています。是非、お願いします」
「うむ、シュウヤから得たバーマアドの実の効果は、わしの根幹、ゴルディーバ族の根源を強くした」
ゴルディーバ族特有の、逞しく引き締まった筋肉と、頭部から力強く上へ伸びる二本の角。
かつての老練な武人としての渋みはそのままに、バーマアドの実と雷霆時角のスキルを得たことで、肉体そのものが全盛期以上に活性化し、若々しい覇氣に満ち溢れている。
その二本の角の合間から、紫電と翠緑の風の魔力がバチバチと火花を散らして漏れ出していた。
「感謝だ、シュウヤ……そして、お前も<魔闘術>系統は好きなように使うがいい」
頷き、<経脈自在>を発動させ、
「はい、では、先程から続いて水神由来<滔天仙正理大綱>などは維持し、<闘気玄装>を強め、<魔闘血蛍>と<月冴>――」
月のような紋様の魔力と日本風の文字で『月冴』が浮かぶ。
体から放出された<血魔力>は無数の蛍の幻影を発しながら大氣と混じり合い消えていく。
アキレス師匠は、ニコッと笑顔を浮かべ、
「ふっ、それは魔界セブドラの、シュウヤの祖先かもしれない日本人たちが獲得していた古の<魔闘術>系統の一つだな」
アキレス師匠は、俺の記憶を得ているからな。
「はい。今度、源左一族サシィたちが住む、【源左サシィの槍斧ヶ丘】に訪問しますか? 源左斧槍流は強くて学びがあります」
「うむ。そうだな」
アキレス師匠はそう言うと、タンザの黒槍を中段に構えた。
俺も、タンザの黒槍を正眼に構える。
「では、行くぞ、シュウヤ!」
「はい」
アキレス師匠の姿が一陣の風となってブレた。
風の理と雷の瞬発力を完全に同化させた、神域の踏み込み。
瞬きする間もなく、師匠の黒槍が俺の眉間へと迫る。
<刺突>否、――<風穿>か。
かつてゴルディーバの里で幾度となく受けた、風を巻き込む神速の突き。
今の師匠の<風穿>は紫電を帯び、威力が桁違いに跳ね上がっている。
即座に<風柳・中段受け>で軌道を逸らし、半歩踏み込んで<刺突>を放つ――。
「ハッ! 甘い!」
師匠は<刺突>を黒槍の柄で弾き落とし、そのまま手首を返して強烈な<風棍閃>を叩きつけてきた。タンザの黒槍を両手で持ち上げ、<風柳・上段受け>で上段からの嵐のような打ち下ろしを受け止める――。
凄まじい衝撃に、白砂が爆ぜ、膝がわずかに沈む。
師匠は休むことなく、<風棍閃>の勢いを利用し、槍を旋回させ、下段、中段、上段と流れるような連撃を放ってくる。
柄を上と下に動かし弾く――直ぐに<豪閃>を返すが、<風巻墜>に巻きこまれるように弾かれたが、構わず、その弾かれた勢いのまま黒槍ごと左に回り、師匠に<龍豪閃>を繰り出す。
師匠は、<豪閃>よりも重く速い一撃を難なく上段受けで受けながら、石突の返しと脇腹を<風閃>狙ってきた。
タンザの黒槍を縦にし、<風柳・中段受け>で腹の一撃を受け止める。
<魔手回し>を行うがアキレス師匠は回転しながら一閃、その一閃を身を捻りながらの柄で受け流し、左から右への<龍豪閃>で返す――。
――カンッ、キンッ、ドガァァッ!
互いの槍が上下左右、あらゆる角度から交錯し続ける。
師匠はタンザの黒槍を、まるで自らの一部であるかのように腰から背へと滑らせ、旋回――。
その遠心力を一切殺さぬまま、左右から流れるような連撃を繰り出してきた。
対するこちらも――。
槍を左手から右手へ、背を介して持ち替え、師匠の旋回にピタリと合わせる。吸い付くような槍捌きの中、突如として互いの足を刈り合う下段蹴りの応酬へと発展――。
膝、膝裏、脹脛。体重を乗せて関節を崩しにかかるが、すぐさま槍の柄で制圧し合う攻防へと移行し――激しい柄の打撃が交錯した。
そこから――刺突、払い、薙ぎ――それらが――一本の線のように繋がり、螺旋を描いて火花を散らす。
「「おぉぉぉぉ――」」
周囲の歓声が地響きに感じる――。
師匠の洗練された槍捌きに、俺の極限まで鍛え抜かれた体幹と<魔闘術>が食らいつく。
「うむ――良い打ち返しだ! 次は――」
師匠は、激しい中段の打ち合いのリズムの<刺突>から――。
急激に黒槍の切っ先を変化させる。顎狙いのフェイクを交えた、下段へと滑るように潜り込んできた。
タンザの黒槍の穂先が、草を撥ねて蛇を尋ねるが如き――。
地面を這うような左右への連続した激しい薙ぎ払い――。
左右の足首を交互に狙う変幻自在の連撃下段――。
<風柳・異踏>の小刻みなステップと、跳躍で、下段の連続攻撃を躱しながら、タンザの黒槍を寝かせ、その軌道を丁寧に弾いていく。
カキンッ、キンッ! と、下段で槍が衝突し、白砂が波のように舞い上がる。師匠は動きを止め、流れるように間合いを取り直した。
そして、ひときわ嬉しそうに目を細める。
「……ほう、やはり、成長しとるの。前は一度も、これをうけきれんかった――」
<刺突>からの下段薙ぎ払いを<風柳・下段受け>で受け止める。
「――師匠の教えの賜物ですよ」
「ならば、もう一度行くぞ!」
師匠は再び同じ軌道で地面を這うような左右の連続薙ぎ払いを放ってきた。
かつて何度も浴びて、足を刈られ、風槍流『右背攻』などを喰らってきた――その理合いは、もう染みついている――。
師匠の動きに同調するように着地と同時に黒槍を寝かせ、地面の白砂を左右に払いながら下段の迎撃を放ち――。
師匠の黒槍を完璧に絡め取って弾き返す。
お返しの一撃――。
ピコーン※<風柳・撥草尋蛇>スキル獲得※
「――オッ! 見事にお返ししおった! ならば次はどうじゃ!」
下段の打ち合いを止めた師匠が加速し一氣に踏み込む。
互いの距離が消失するほどの密着した間合い。
そこから師匠と俺は槍の中央を握り、風を切る音さえ置き去りにするほどの速度で黒槍をぶん回した。
――ガガガガガガガガッ!
<魔手回し>どころではない、槍が円を描き、鋼の盾となって互いの視界を遮る。
火花が途切れることなく円環を形作り、飛び散る鉄粉が周囲の空氣を熱く焦がしていく。
突きを回転で受け流し、その回転のまま次の打撃へと繋げる――。
攻防が完全に一体化した、槍術の極致。
互いの槍が上下左右、あらゆる角度から交錯し続ける。
突き、払い、跳ね上げ、そして背での受け。
一歩も譲らぬ、極限の打ち合い。瞬く間に十合の連撃が交錯した。
軽い下段と上段の打ち合いから、スッと距離を取った師匠。その二本の角から雷状の魔力を発生させた途端、更なる加速を見せた。
踏み込みの歩幅を大きく広げ、両手で握っていた柄から左手を離し――。
黒槍の末端を右手一本のみで握りつつ己の肩と腰の捻りながらの前進――推進力のすべてをタンザの黒槍に乗せたように片手ごと槍を一氣に前に突き出す――。
予測していた間合いを遥かに超え、一直線に心臓へと迫る切っ先。
間合いを劇的に誤認させる、究極の片手突きか――。
体を限界まで捻り、先ほどアシュレイ戦で見せた動きを咄嗟に繰り出す。
右手に持ったタンザの黒槍を自らの背へと回し込み、視線を切った状態で、背に回した柄で師匠の渾身の片手突きを跳ね上げた。
――ガギィィィンッ!
ピコーン※<風柳・背環受け>スキル獲得※
「ほぅ! 単撤手を、背環受けで受けきるとはな――」
師匠の下段突きからの顎砕きを避け――<刺突>を返す。
師匠は風槍流の中段受けで受け止めた。
「はい――」
<牙衝>の下段突きは、片足を上げた師匠に簡単に避けられると、再び、右上段からの突きと見せかけての、左手を浮かした師匠は、踏み込みからの強烈な片手突きを放ってくる――。
風槍流『単撤手』――。
今度は背で受けず、俺もまた<刺突>のモーション――。
だが、左手を離し、柄の末端を右手一本で握りつつ身を捻りながら、強烈な踏み込みと共に片手で黒槍を突き出す風槍流『単撤手』のお返しの一撃を見舞った――。
二本の切っ先が、空中で激しく衝突した。
ピコーン※<風柳・単撤手>スキル獲得※
「――おっ、良い筋じゃ!」
スキル化したが、アキレス師匠の見事な防御――。
しかも、俺の片手突きの反動を体に得たように紫電の魔力を放ちながら、風のように体を沈め、そのまま低い姿勢で、両手握りの柄を下から上へ、俺の顎をカチ上げるように力強く跳ね上げてきた。
下からの死角を突く強烈な跳ね上げ。
――咄嗟に<風柳・上段受け>で柄を押し下げるようにして衝突させる。
ガガガッ! と木が軋む音が鳴り響き、俺の体がわずかに浮き上がる。
「――ほう、風槍流『槍挑斗』を防ぐか。ならばもう一発!」
師匠は再び姿勢を沈め、先程と同じ下からの跳ね上げを放ってくる。
今度は防がず、その跳ね上げの軌道に合わせるように宙空で体を独楽のように捻り、俺もまた下から上へとしゃくり上げるような逆の跳ね上げをお返しする。
互いの黒槍が、下段から上方へと激しく弾け飛んだ。
ピコーン※<風柳・槍挑斗>スキル獲得※
上下左右、あらゆる角度から交錯し続ける。
突き、払い、跳ね上げ、そして背での受け。
一歩も譲らぬ、極限の打ち合い。
中段の突きを躱した師匠が一氣に独楽のごとく回転。
その勢いのまま放たれた鋭い回し蹴りを身を屈めて回避するが、師匠の狙いはそこではなかった。
蹴りの着地と同時に、師匠は低く胡坐をかくような姿勢で沈み込む。
――下からの跳ね上げ!
地面を擦るような低い位置から、最短距離で俺の顎を狙い撃つ強烈な一撃。
一瞬の判断で槍を垂直に立て、石突を地面に固定。盾のようにしてその跳ね上げを真っ向から受け止めた。
ドォォォンッ! と重い衝撃が、腕から全身へと突き抜ける。
「ハァァァッ!」
――師匠が風雷の氣を纏い、神速の連続突きを放ってくる。
それを<風柳・案山子通し>の構えで受けながら回転し、アシュレイ戦で獲得した<風柳・六合花槍>の舞いへと移行する――。
体の左右で大きく八の字を描くように黒槍を旋回させ、遠心力を極限まで高めていく。
「行くぞ、シュウヤ!」
「えぇ!」
俺の<風柳・六合花槍>の連撃に対し、師匠は一切退かず、なんと自らも槍と体を一体化させた凄まじい旋回で応じてきた。
二つの竜巻がぶつかり合うような、超高速の近接乱舞。
――カンッ、ガギンッ、キンッ!
火花が散り、打たれては弾き、弾かれては回り込む。
その乱舞の最中、俺はあえて背を向け、逃げるようなフェイントから振り返りざまの鋭い突きを放った。
――<風柳・回馬槍>。
だが、師匠は俺の氣先を完全に読み切っていた。
俺の回馬槍が師匠の喉元に迫るのと同じタイミングで、師匠のタンザの黒槍の石突もまた、俺の喉元へとピタリと突きつけられていた。
微風が吹き抜け、互いの髪が揺れる。
二本の槍が交差したまま、完全な静寂が訪れた。
「「「おぉぉぉぉぉっ!!」」」
息を止めて見守っていたジメクやアシュレイ、門弟たちから、地鳴りのような歓声とどよめきが沸き起こった。
魔法の派手さはない。ただ純粋に、技と技、理と理が極限で噛み合った、槍武術の到達点。
「……ハッ、参ったわい! わしの技をその場で次々と自らの理に昇華させおって! 完全にわしを超えおったな、シュウヤ!」
ラ・ケラーダの挨拶を行い――。
「とんでもない、師匠の引き出しの多さ……まだまだ学ぶことばかりです」
槍を引いて深く一礼すると、アキレス師匠は嬉しそうに角の生えた頭を掻き、満足げに頷いた。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




