二千百二十八話 黒猫のルーン操作と無限魔力炉
パブラマンティ教授は「カッ……カカカカカッ!」と狂喜したように笑いながら、研究室の奥へと続く、乱雑極まりない通路を指差した。
「さぁさぁ、立ち話ばかりではつまらんじゃろう! わしの研究室の書棚を巡ろうか。魔法書や魔導理論のスクロールは、無造作に置いてあるがすべて君たちに開放しよう。自由に歩いて、好きなものを見てみるがよい!」
その言葉に、皆の目が輝く。
パブラマンティは、
「こっちじゃ――」
案内に従い、魔法の迷宮のような研究室の最奥へと足を踏み入れた。
――一歩踏み込んだ瞬間、五感を殴りつけるような異様な情報量に目眩を覚えた。
ペルネーテの魔法書専門店など比較にならない。
まず鼻を突くのは、濃厚な魔力が揮発する刺すような甘ったるい匂い。それに混じって羊皮紙が焦げる臭い、錬金溶液のツンとした刺激臭、そして古い血液と錆びた鉄の匂いが層を成して漂っている。
空間の温度も異常、右半身は肌が粟立つほど冷たい冷氣に晒されているのに、左半身はじりじりと焦がされるような熱氣を感じる。局所的に気候すら歪められているらしい。
そして、足下――。
硬質な石畳かと思えば一歩進むごとに絨毯が沼のように沈み込み、時には生きた肉のように脈打つ感触すらある。
「……きゃっ!」
レベッカが小さく悲鳴を上げた。
視線を向けると、彼女の足下から蛙のような手足が生えたインク壺がペタペタと滑稽な音を立てて逃げ出していくのが見えた。
更に、羽ペンや鉛筆に細い手足が生え、独りでに羊皮紙の上を走り回りながら、解読不能な数式や幾何学模様を猛スピードで書き殴っている。
奥の机はクシャミをするように引き出しをガタッと開閉し、中から古いスクロールを吐き出していた。さらに、脚の生えた椅子が蜘蛛のようにカサカサと壁を這い上がり、天井に逆さまに張り付いている。
クリスタルの行軍将棋の駒たちが、戦場を再現しているようなジオラマがあり、行軍将棋が実際に動いていた。
人族とエルフの魔術師たちもいる。掃除機で掃除をしている方、片手に魔力が濃厚なナプキンを持ち、それを大きな竈に入っているドス黒い液体に漬けてから持ち上げて、ナプキンの浸食具合を確かめている。
「わぁ……家具や文房具が生きているみたい」
「ん、魔力が濃すぎて、無機物にも疑似的な生命と意志が宿っている。まさに魔法の極致」
エヴァが紫色の瞳を輝かせ、壁を這う椅子を興味深そうに見上げている。
「カカッ! 魔素の濃度を限界まで高めておるからな。たまに本が勝手に喧嘩を始めるのが玉に瑕じゃがの! そして弟子たちも多い。端っこで魔力掃除機を使い掃除しているのがミルクじゃ」
ミルクさんは、こちらを見て、会釈。
小柄で可愛らしい。エルフかな。掃除機の先端から幻影の魔獣が出現しているが……。
教授は意に介さず、宙に浮く足場を跳び移りながら、雑然とした書架や机の間を進んでいく。
通路のあちこちには、書きかけの羊皮紙や分厚い蔵書が、文字通り山のように積まれていた。
その不可思議な空間を歩きながら、無造作に置かれた品々に目を奪われる。
「教授、これは?」
レベッカが、空中で自ら燃え上がりながらも灰にならない、異様な装丁の魔導書を指差した。
「おぉ、見つけたか。あぁ、それか。それは火属性の言語魔法の極北に位置する炎神エンフリートの概念書じゃ。直に魔法を覚えることができる魔法書ではないが、火と風の魔力が強いお嬢さんなら、その燃え盛るページから炎の詠唱の真髄を読み取れるかもしれんぞ」
「本当!? じゃあ、これ読ませてもらうわ!」
「うむ、火属性、炎属性の魔法書なら、そこの――」
教授は指を宙に向けると、天井付近の書庫が斜めに曲がる。
本棚に詰まった本は落ちてこない。だが数冊だけが斜めに傾いて自動的に降下を始めると、宙を行き交い、二冊だけがレベッカの前でピタリと止まった。
「それは、皇級:火属性炎神鳥の囀り。下にあるのは紋章魔法:風属性の暴風刃陣じゃ」
「わぁ! 読んでいいんですか?」
「無論じゃ、差し上げる」
「ありがとう!」
クナは、ホムンクルスの培養槽の隣で、ドロドロの液体に浸かりながらも文字が浮かび上がっている革表紙の束に釘付けになっていた。
「教授、こちらの不気味な束は?」
「あぁ、それか。それは『多次元魔力炉の還元結界論』と錬金術の高度な物質変換式をまとめたものじゃ。お主の錬金術の理論と組み合わせれば、面白いことができるじゃろう」
「ぐふふ……垂涎の品ですわね。いただきますわ」
ミスティもゼクスと連携しながら、魔力炉の近くに散らばっていた、歯車と魔力線で構成された立体的なスクロールをスキャンしていく。
ルシェルは、十字架と星図盤の魔道具の近くで、それ自体が小さな太陽のように白銀の光を放つ本を指差した。
「こちらは光属性の魔法書でしょうか?」
「あぁ、それか。光輝属性の魔法書じゃ。烈級:光属性の聖光癒刃と、紋章魔法:光属性の光輝盾陣じゃ。神聖な魔力を持つそなたなら、扱えるじゃろうて。持っていくがよい」
「ありがとうございます。いただきます」
ルシェルは教授の言葉に恭しく頷くと、二冊の本を手に取り、早速ページを開いた。傍らでその真剣な横顔を見守る。
彼女が読み終えて理を理解した瞬間……手に持っていた魔法書の羊皮紙が淡い光を帯び、ふっと朽ちて微細な塵となって空間に溶けた。
あっさりと覚えたようだ。
「……凄いです。光の理と詠唱が自然と頭に入ってきました」
ルシェルは感動したように呟いている。
教授は歩きながら、今度はヴィーネが目を留めた、常に紫電を放電している分厚い本を指差した。
「教授、これは雷属性の魔法書ですね。名と階級を教えてください」
「それは烈級:雷属性の雷帝迅閃。そして、その隣に積んであるのが、紋章魔法:雷属性の紫電牢郭じゃ。雷を操るお嬢さんにはぴったりじゃろう」
「ありがとうございます、教授」
ヴィーネは涼やかな微笑みを浮かべ、二冊の雷属性の魔法書を手に取る。
一冊のページを開いて読んでいく。
読み終えると、ヴィーネの手の上にあった魔法書の羊皮紙は紫色の火花を散らして朽ちて塵となった。次の魔法書も読むと消える。
「……なるほど。詠唱が高度で長くなりましたが、明確にインプットされました。後衛の場合の、選択肢は翡翠の蛇弓が基本ですが、魔法を使う場面があれば使いたいと思います」
ヴィーネの言葉に頷いた。
翡翠の蛇弓の光線の矢に陽迅弓ヘイズの月迅影追矢ビスラによる遠距離攻撃もあるからな。だが、覚えておいて損はない。
続いて、キサラが表面を風が行き交う魔法書と、水滴が這い回る美しい装丁の本を見つけた。
「教授、これは?」
「あぁ、それか。それは風属性の魔法書と水属性の魔法書じゃ。烈級:風属性の風翼刃把剣と王級:水属性の瀑布水龍じゃな。シュウヤか、槍使いのお嬢さんなら、その激流を槍の軌道に乗せられるじゃろうて」
「俺はいいからキサラが得ていい」
キサラはダモアヌンの魔槍を背に回し、
「分かりました。では、わたしは烈級:風属性の風翼刃把剣を。シュウヤ様には、こちらの王級:水属性の瀑布水龍を――」
そう言って、水滴が這い回る美しい装丁の魔法書を差し出してきた。
その王級:水属性の瀑布水龍を得て、
「ありがとう」
「はい、では、読みます」
キサラは、両手でその魔法書を開いた。
真剣な眼差しで読み進めて理解すると……キサラの手元から、魔法書の羊皮紙が水の飛沫のように弾け、朽ちて塵となった。
「……風の詠唱のイメージが頭にインプットされました。シュウヤ様、これでわたしも、もっとお役に立てます!」
キサラの笑顔からして興奮していると分かる。
皆が次々と教授の解説を受けながら新たな魔法書を読み解き、確かな成長に目を輝かせている。
そんな中、部屋の最奥、空間そのものがメビウスの輪のようにねじれている台座の上に、ポツンと置かれた一冊の奇書に目を惹かれた。
表紙はなく、黒い石版のような材質。だが、表面には血のような脈動が走り、周囲の光を吸い込むような異様な質感を放っている。
近づくだけで、<隻眼修羅>がビリビリと反応した。
「教授、この呪われそうな石版みたいな本は?」
「おぉ……それに目を付けるとは。呪いはない。魔法書ではない。古代の<魔闘術>系統の使い手が記した、血脈の理、そして『魔闘魂の位相』を強める効果があるようじゃが……分からんことが多い。更に、わしらからは、外法の理論、魔界系の石板じゃ。わしにも半分しか解読できておらん。だが、光と闇、相反する魔力を同居させるシュウヤ殿なら、その理の奥底を覗けるやもしれんな」
「……古代の<魔闘術>系統血脈の理と魂の位相か。ありがたく読ませてもらう」
迷わずその石版に手を伸ばした。
『黒き塊』の時や、ペルネーテの魔法店で魔法書を買った時の記憶が蘇る。
言語魔法や紋章魔法ならば、理解した瞬間に魔力が流れ込み本が塵となって、詠唱が自然とインプットされるはず。だが、魔力を送っても、石版からはドクンと心臓のような重い鼓動が伝わってくるのみだった。
薔薇の紋章を凝視していたバフハール、ハンカイ、シャイナス、そしてイルヴェーヌ師匠たちへ視線を向ける。
「バフハール、ハンカイ、シャイナスに、師匠たち。これ、古代の<魔闘術>系統の使い手が記した『魔闘魂の位相』を高める石板のようですが、一度触ってみますか?」
「お、どれどれ」
「触ってみよう」
「<魔闘術>系統を学べそうな雰囲気があるが、どれ――」
「魔族の紋章が、こうして斜めに傾けると、視える仕組みですね」
皆が触り、シャイナスが石板を斜めに傾けながら魔力を通すと、たしかに石板の上に魔族の紋章が浮かぶ。
バフハールは、
「わしも相当魔界を渡り歩いているが、この紋章は分からぬ。無名の魔神、諸侯も多いからな」
「ふむ、わしも分からぬ」
飛怪槍流グラド師匠も分からんか。
雷炎槍流シュリ師匠、塔魂魔槍のセイオクス師匠、妙神槍流ソー師匠、悪愚槍流トースン師匠、獄魔槍のグルド師匠、女帝槍のレプイレス師匠、皆も分からんようだった。
レベッカやヴィーネ、クナたちも石板を手に取る。
ラムーとエトアが走ってきた。
「シュウヤ様」
「シュウヤ様、ここは宝物庫のような印象です!」
「たしかに、ラムー、この石板の鑑定ができるかな」
「はい――」
魔鋼ベルマランの兜が似合うラムーは霊魔宝箱鑑定杖を掲げた。
先端の灰色の魔宝石から魔力を照射する。放たれた光と石板が衝突し、煌めく。
ラムーは直ぐに
「はい、石板の名は、グラン・ドドフの魔闘魂の系譜。伝説級。古代魔界の修羅と呼ばれた武術家、グラン・ドドフと一家と弟子たちが、己の魂と血脈の理を封じ込め続けていた石板。魔界絶景六六六に数えられる【轟雷大瀑布ロフ・ドドフ】にて、轟雷魔水を受けつつ、膨大な魔力をグラン・ドドフの魔闘魂の系譜の石板に注ぎ込みながらの、とある修業が必要のようです。成功後、未知の<魔闘術>の<魔闘魂>を覚え、その位相を一段階引き上げるようです。最低条件に、強靭な肉体と精神を持たぬ者が修業を行えば、石板に魂を食い破られるようです」
「「おぉ」」
「通りで、魔力を通しても反応しないわけだ」
「ふむ、グラン・ドドフの魔闘魂の系譜……」
「修羅の武術家とその弟子たちの魂か、名は知らぬが、パブラマンティ教授、この品はどこで入手したのですか?」
教授はラムーを凝視しつつ、皆を見回し、
「……わしの弟子の一人ミルクが魔界セブドラの廃墟となった魔塔で入手したが、そこの魔杖は優れた鑑定機能を持つのじゃな……」
ラムーは会釈するようにお辞儀をして、「はい」とくぐもった声で反応していた。
「しかし、魔界絶景での修業が必要とは、いかにも武術家らしいのう」
「あぁ」
バフハールやハンカイ、師匠たちがその名と修業内容に反応し、腕を組んで思案げな表情を浮かべては語る。
女帝槍のレプイレス師匠が持っていた石板を、
「弟子、いつか魔界の【轟雷大瀑布ロフ・ドドフ】に向かう際は、これを使うがいい」
と返された。
石板から伝わる重低音のような鼓動をもう一度確かめ、アイテムボックスへと収納した。
「石板の修業が成功したら、わしにも結果を教えてくれるとありがたい」
「分かりました」
そこでまた様々な魔道具や本棚の本の物色をしていく皆。
レベッカは、
「……うん、不思議な魔道具も豊富、後、先程の新しい魔法だけど、頭の中に炎の渦のイメージと詠唱も覚え発動もできる。でも、慣れるまで特訓が必要かも」
「はい……じっくりと構築を練り直す必要があります……詠唱や基本構造は頭に入っても、この情報量……実際の魔力で編み上げるのは難しいです」
皆、そう語りながら、属性に合った魔法書や造書を手に取り語っていく。
皆の表情は新たな魔法の理や技術の欠片に触れ、どこか晴れやかで知的な興奮に満ちていた。
ヴィーネも真剣な眼差しで虚空を見つめ、思考を巡らせている。
クナやミスティたちも、得たばかりの知識を自分たちの錬金術や魔科学とどう融合させるか、既に議論を交わし始めていた。
すると、パブラマンティ教授が、分厚いレンズを光らせて真剣な顔つきになる。
「魔法の理を理解し、頭に入れたからといって、すぐにその魔法を十全に操れるわけではない。特に上位の言語魔法や特殊な紋章魔法ともなれば、長い詠唱分も暗唱といい、必要とする魔力操作の精密さは下位魔法の比ではない。知識として知っていることと、実際に魔力を練り上げて外界に顕現させることは、まったくの別物……己の魔力回路とのすり合わせ、つまり地道な『勉強と修練』が不可欠じゃぞい」
その言葉に、深く頷く。更に教授は、
「そこでじゃ! わしからのちょっとしたプレゼントがあるぞい」
パブラマンティは机の引き出しから、鈍い銀色に輝く指輪、否、指の関節を覆うような特殊な『魔導輪』をいくつか取り出し、俺たちに放って寄こした。
「これは……?」
「『思考共鳴の魔導輪』じゃ。わしの多次元演算の研究の副産物での。お主らの脳内の『魔法のイメージ』を直接ルーンに翻訳し、外界へ出力する。つまり、先程覚えた高度な魔法の『無詠唱発動』と『構築の補助』を可能にする代物じゃよ、ただし、素の詠唱、魔法陣組み立てを行った場合より、極端に威力は落ちる」
「「え」」
「「「おぉ」」」
「でも、無詠唱を可能にする魔道具は、凄すぎる! 秘宝よ」
「はい、魔術師、魔法使いには革命に近い」
皆が驚愕し、クナも
「ぐふふ、恐ろしい魔法補助能力ですわね。威力が減退しても、それは熟練度と工夫次第で、改善も可能では?」
「ふっ、鋭いのぅ、その通り」
パブラマンティ教授の言葉にクナもしたり顔だ。
ヴィーネやキサラ、エヴァたちも、その信じられない魔道具の価値に息を呑んでいた。
「試作品で、魔力消費は荒いが、君たちのような規格外の魔力持ちなら問題なく扱えるじゃろう。さぁ、持っていくがよい」
魔導輪を一つ手に取り、その精緻な金属の冷たさを確かめる。
これを装備し訓練、威力は減退されるようだが、槍の連撃の最中に上位魔法をタイムラグなしで叩き込めるようになる。
戦術の幅が爆発的に広がるはずだ。
「教授、貴重な魔法書や造書の数々、本当にありがとう。この恩は、俺たちが持つ魔科学のデータや、光魔ルシヴァルの特異な魔力体系の開示という形で返させてもらう」
「うむうむ! それが一番の報酬じゃ! さぁ、まだまだ夜は長いぞ! 互いの知識を存分に語り合い、新たな魔法の形を共に勉強しようではないか!」
パブラマンティ教授の、混沌と未知が同居する秘密研究室に移動した。
時間を忘れて魔導と言語魔法、魔科学の意見交換と勉強会を行いつつ、
「教授。今、行き詰まっている研究があるのなら協力しよう」
と聞くと、パブラマンティの目の色が、研究者特有のギラギラとしたものに変わる。
「……実はのう。クナ殿が見ていた『多次元魔力炉』の件じゃ。異次元から無限の魔力を引き出す極小の疑似宇宙を創り出す研究なのじゃが、次元の位相ズレがどうしても解決できず、稼働させるとすぐに暴走・蒸発、自壊してしまうのじゃ」
「マスター」
戦闘型デバイスから、青白いホログラムのアクセルマギナが再び姿を現した。
「当機の量子AIモジュールによる多次元座標の超高速補正演算と、マスターの<血魔力>……相反する魔力、光と闇の調和理論を応用すれば、その位相ズレを中和できる可能性が98.7%です」
「……お、では協力できるな」
ニヤリと笑い、教授に向き直る。
「な、なんじゃと!? その『えーあい』の演算力と、君の規格外の魔力を炉に!? ……カッ、カカカカカッ!! やろう! 今すぐ試してみるぞい!」
パブラマンティが歓喜の絶叫を上げ、部屋の最奥に鎮座する巨大な魔力炉へと駆け出した。
大小様々な魔力炉は、無数の真鍮の歯車と水晶のリングがマトリョーシカのように何層にも重なり合った、巨大な立体パズルのような構造をしていた。
液体が入った硝子容器も大量にある。
中身は黄金色と銀色の液体。硝子容器と魔力炉は半透明なチューブで繋がっている。
中心には何もない空洞があり、そこに向けて各層から魔力線が伸びているが、互いに反発してバチバチと紫電を散らしている。
「マスター、魔力炉の位相座標をスキャン。ズレの修正アルゴリズムを構築します。第七層と第九層のルーン配列を時計回りに四十五度、同時に中心点へ光と闇の魔力を楔として打ち込んでください」
「おう、俺はここに<血魔力>を流して、タイミングを合わせればいいんだな」
魔力炉の制御盤に手を置き、<血魔力>を流し込む。
「ぐふふ、教授、その還元結界の回路、私の錬金術の式で少し書き換えてもよろしくて?」
「うむうむ! 好きにやってくれい! クナ殿とミスティ殿、そこのバルブの魔力圧を調整してくれ!」
クナとミスティも加わり、巨大なパズルを解き明かすような調整作業が始まる。
だが、複数の次元が干渉し合うリングの回転速度は不規則で、なかなか完璧には噛み合わない。
「ンン、にゃお!」
そこで動いたのは黒猫だった。
炉の足場にぴょんと飛び乗ると、回転する水晶のリングから飛び出た光のルーンを、猫パンチで楽しそうに弾き始めた。
「――ンンッ」
遊んでいるようにも見えるが、不思議なことに桃色の肉球が弾いたルーンは、「ンンン、にゃぉ――」と楽しそうな黒猫。
次々と正しい座標へとスライドしてカチリと固定されていく。
「カカッ! なんという神獣じゃ! 直感で多次元の位相のズレを合わせておるぞい!」
「今です、マスター!」
「よし――」
相棒が固定してくれた絶好の隙を突き、光と闇を完全に調和させた<血魔力>を中心の空洞へ一氣に注ぎ込む。
――カチリ、カチリ、カチリ。
すべての歯車とリングが完璧な黄金律で噛み合い、一斉に滑らかな駆動を始めた。
一瞬、銀河の渦のような幻影が出現。
無数のチューブと繋がっていた硝子容器の中身の黄金と銀色の液体が一氣に失われていく。
シュゥゥゥン……と、静かで、しかし圧倒的な重低音が部屋を震わせた。
炉の中心にあった空洞に、手のひら程の『極小の疑似宇宙』――無数の星屑が渦巻く小さな銀河が誕生したのか?
暴走や蒸発をすることなく、黄金色の魔力の脈動を安定して刻み始めた。
「……完成じゃ……! ついに、無限の魔力炉が安定稼働したぞい!」
パブラマンティ教授は感極まったように魔力炉のガラス面にすがりつき、ボロボロと涙を流して喜んだ。疑似宇宙の幻想的な光が、見守る皆の顔を美しく照らしている。相棒も「にゃ~」と誇らしげに鳴いて俺の肩に戻ってきた。
「綺麗だな……教授、この疑似宇宙ができると、一体何ができるんだ?」
尋ねると、教授は涙を拭いながら分厚いレンズをギラリと光らせた。
「ふぉふぉ! この極小の宇宙からは、セラの物理法則に縛られない純度百パーセントの『原初エーテル』を抽出できる。これを使えば、失われた神代の魔道具の完全修復や、効果が永続する万能霊薬の生成すら可能になるのじゃ! 制約も多いが、前進したのは確実!」
「そいつは凄い。だが……そんな万能なものを動かし続けて、問題はないのか?」
制約があるようだが、万能すぎるとかえって反動が怖くなる。
指摘に、教授は少し頭を掻いた。
「鋭いのう。無限とはいえ、この疑似宇宙の熱量と圧力をセラの空間に安全に留めておくには、冷却と再構築の期間が必要じゃ。一度エーテルを抽出したら、最低でも一月は炉を休ませねばならん。更に、『時間結晶』が別途必要。それに、抽出の触媒として極上の極大魔石を超絶な量を、消費するから、おいそれとは使えんのじゃよ」
「なるほどな。強力だが、相応のコストと長いクールタイムがあるわけか。それに、これだけデカいと持ち運びもできないしな」
「うむ。この部屋専用のロマン設備じゃな! だが、セラの魔科学の歴史を進める大発明であることに変わりはないぞい!」
「シュウヤ殿、アクセルマギナ殿、クナ殿、ミスティ殿……そしてロロ殿! 君たちは真の天才じゃ!」
「お互い様さ。これでもらった魔道具の代金にはなったろ?」
「にゃおぉ」
少し鼻息が荒い相棒ちゃんは、ドヤ顔だ。
パブラマンティ教授は、そんな黒猫を見てから、
「代金どころか、釣りが来すぎるわい! カカカカカッ!」
狂喜する教授の姿に、皆が、自然と笑みをこぼしていく。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
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