二千百二十七話 多次元位相解析の極致と動的再帰の魔科学
そう言って片手を挙げると、パブラマンティ教授は分厚い眼鏡の位置を直し、大げさに肩をすくめてみせた。
「うむ! シュウヤ殿。わしはパブラマンティ。そして、著作を読んでくれたとは嬉しいかぎり。序盤は『魔法とは何か』という初歩的な疑問を整理するための内容であるが、後半は、かなり高度な魔法原理を説明したつもりじゃ。しかし、今となっては、その理論の半分以上が化石になっておる……」
「後半は、たしかに理解できなかったです」
「うむ、そうなのか? シュウヤ殿から、凄まじい魔力のうねりを感じるが……」
「うねりですか、<魔闘術>系統は豊富に獲得していますし、<魔技三種・理>も獲得済みです。魔力と精神力は自然と強まっている状態でもある」
「……それは素晴らしい……対魔法使い相手には必須じゃからの」
「はい、そして、惑星セラの宇宙次元では、『神々の魔法力、式識の息吹』が存在しているからこその、魔法、魔術と聞きました」
「まさに、それこそが基本。神々の魔法力、式識の息吹こそが、神々が用意した魔法、魔術の根源である」
「はい、そうした魔法も進化を遂げるのですね」
「……無論じゃ。基本の積み重ねと閃き、そして日々のたゆまぬ努力が物を言う。魔術師も三級、二級、一級と位のカテゴリー分けがされておるが、基礎の下位魔法である初級魔法も、極めれば上位魔法を凌駕する。魔法も日就月将の塊なのじゃよ」
と、パブラマンティは語ると、皆とアキエを見る。
アキエは、
「シュウヤさんは魔塔ゲルハットを得ていますし、管理人たちや地下のコアの魔霊魂トールンからも認められている。努力家でもあります。神々の恩寵も得ているので、最大限に、神々の魔法力、式識の息吹を活かせる立場でもある」
パブラマンティは視線を強める。
「……ほぅ、文句なしじゃな。あの魔塔ゲルハットを、か」
「……えぇ、はい」
「もはや、魔法の究極系やもしれん」
アキエは頷いた。パブラマンティ教授は眼鏡の位置を直しながら頷き、俺に視線を戻すと、俺の体、肩、首を凝視。
肩の竜頭装甲と首筋の<夢闇祝>と<夢闇轟轟>に<吸血神・愛咬・血楔>の印が氣になるようだな。
昔読んだ、古代の魔法書のことを言うか。
「古代の魔法書なら、昔に見つけて読んだことがあります」
「な、なんじゃと!? 解読できたのか?」
教授の分厚いレンズの奥の目が、限界まで見開かれた。
「はい」
「<古代術解析>、<魔眼・解析>、<古代解読>、<龍眼>、<古代鑑定>など、解読スキルを多様に持つのか?」
「エクストラスキルの<翻訳即是>で、たまたま読めただけだと思います。種族も光魔ルシヴァル。人族と吸血鬼のハーフですが、光属性と闇属性を扱える」
「……え、エクストラスキル……光魔ルシヴァルか……」
パブラマンティ教授は唇が震えていた。
「はい。タイトルは『黒き塊』というシンプルなもの。中身は古代文字で書かれていて、読んだ途端、文字が白から黒へと変わって、宙に浮き出し、それらが俺の額に直接吸い込まれてきたんです。おかげで<古代魔法>と<紋章魔法>を獲得できました。だが……その書物は砂のように崩れ去ってしまった」
思えば、貴重な書物だった。
水神ノ血封書は消えていないが、俺には、黒き塊は自由度的に相性は良い、ただ、組み立てに時間が少し掛かるのがネック、更に言えば、俺は槍使いだからな。
教授は、少し落ち着いたが、
「……カッ……カカカカカッ!! 『文字が空へ飛び出し、額へ吸い込まれる』じゃと!? まさにそれじゃ! 知識を魂へ直接刻み込む、真なる古代の秘術! それを身を以て体験したは驚きじゃ」
今度は、歓喜に打ち震えている。
「で、その『黒き塊』からどんな魔法を得たのじゃ!? 見せてくれ! いや、その構築式を今すぐわしに語ってくれ!」
「円が基軸ですが、自由度は高い。その円の中に幾何学模様と魔術記号を組み上げる紋章魔法系統です。初めて使った時は、歪な黒い塊を射出する《闇弾》という魔法を繰り出せました」
そこで、一度言葉を切り、当時の激戦を思い返し、<古代魔法>を意識し、円状の魔法陣の初期を構築させる。
「おぉ……」
「にゃぉ」
相棒の声に反応するように<古代魔法>の構築を取り止め、
「……ですが、古代竜の魔竜王バルドークの鶏冠には通用せず、あっさり両断されてしまった……。しかし、そうした<古代魔法>のスキルを元に俺自身も成長した。その後、魔人帝国の軍人将校ギュントガンに対しては、《魔人殺しの闇弾》という魔銃タイプの強烈な闇の弾丸をぶちかまして、倒すことができました」
「……自由度の高さの証明を、己の魔力で体現したのじゃな……良い、良い……」
特徴的な顎髭を人差し指と中指と親指で挟み持ち、伸ばしている。
「はい、<始祖ノ古血魔法>なども得られています。無論、戦略級の<古代魔法>も今なら可能です」
「……<始祖ノ古血魔法>? 吸血神ルグナドが関係する魔法かスキルか……それはしらなんだ……だが、<古代魔法>は、構築式の自由度こそが胆だとは知っているぞ。しかし、貴重な古代魔法の書をどこで入手を?」
「魔霧の渦森です。そこに迷い込んで、ユイを助けてもらった相手が、ゾルという名の一級魔術師。しかし、ゾルたちは旅人を狙っていた。そこでゾルたちを戦い倒した後、小屋の中の本棚に、〝魔法基本大全〟があり、その本と共に本棚の中に納まっていたのが『黒き塊』の書物でした」
「ゾル……一級魔術師か。エルンスト大学内では聞いたことがないが」
「かつては、城塞都市ヘカトレイルの魔法ギルドに所属していたようです」
「ほぉ」
パブラマンティは大魔術師アキエ・エニグマを見やる。
アキエは、
「はい、ギルドマスターのバナージ・ゼンガルを含めた一級魔術師たち、魔法ギルドのヘカトレイル支部の幹部が虐殺されている。一時期、機能停止に追い込まれていた」
「そのような事件があったのか!」
パブラマンティ教授は知らなかったか。
そして、ゾルの妹のミスティは、ユイと目を合わせて、少しばつが悪そうに苦笑をしている。クナは、右奥の本棚を凝視中。
アキエは、
「はい、結構前ですね」
教授は頷く。
ミスティは、
「うん、そのゾルは兄……」
「わたしとシュウヤは、そのゾルを倒しちゃった。シータさんも……」
ヴィーネは、「はい、更にクナは当時、最大の被害者でもあった」
と、語る。
教授は俺たちを見て、
「……なにやら、随分とした事件だったようじゃな。そして、お嬢さんたちも皆が皆、魔力、精神力が高そうじゃ」
「はい、ほぼ、光魔ルシヴァルの眷族衆、魔界での経験が豊富なお師匠さんたちもいますのよ」
「……なるほど」
教授の納得した声が響くと、クナが振り返る。
名匠マハ・ティカルの魔机を召喚した。教授は、
「極限まで洗練された錬金術の匂い……光魔ルシヴァルの眷族衆じゃが、魔法、魔術に関しては、ちょいと他と違うようじゃ」
その語りと共にクナを凝視していく。
クナはわざとらしく全身から<血魔力>を発し、笑みを浮かべ、
「ふふ、さすがは、八賢者の一人。分かりますのね」
「ふぉふぉ。実に、美しい女性じゃな。プラチナブロンドの髪と、おっぱいは、わしを若返らせる……そなたのことが少し知りたい」
クナは「ふふ」と微笑んで、
「私は、錬金術師でもあり、魔術師、魔法使いでもあります。特に錬金と時空属性が得意です。魔導工学も少々学び、<星辰魔法基礎>はスキルを得ていますわ。戦闘職業は、闇尾の光魔璉師から皇璉魔戦師へと進化を遂げています……。光魔ルシヴァルの魔術師長、シュウヤ様の、第十八の<筆頭従者長>で、名は、クナと申しますわ。そしてここ【魔法都市エルンスト】には何度かお邪魔しておりますが、パブラマンティ教授とは初めましてですわね」
教授は嬉しそう数回頷いてから、
「……うむうむ。クナ殿か、初めましてじゃ!」
「はい」
「クナは優秀な魔術師か。そして、お嬢さんたちもまた、優秀な魔術師系統でもあるのじゃな」
「ん」
「「はい」」
「そうです」
レベッカたちが返事をしていく。
教授は、
「もしよければ、わしの魔術論文、スクロール式ステッキ論、簡易魔導人形論、ホムンクルス論、小型魔力炉の設計図、資料集を、君たちの特異な魔力体系と交換をしないか!?」
教授が身を乗り出しながら語る。
「はい!」
「お願いします」
「はい、興味ありまくりですわ!!!」
「「ふふ」」
クナの興奮にルシェルたちが微笑む。
すると、パブラマンティは、
「了解なのじゃ……ん?」
俺の右腕を凝視。
「皆の衆少し待った……」
と呟きながら、装甲の隙間からかすかに光を放つ戦闘型デバイスに、その分厚いレンズ越しの瞳が釘付けになった。
「……シュウヤ殿。そこの右腕に付いているのは……魔導具か? いや、魔力の波長がまるで違う。先ほどからわしのこの『魔視神レンズ』が、捉えどころのない高度な演算処理を感知しておるのじゃが……」
教授の眼鏡の内側に、再びあのARレンズのような無数の魔法陣やホログラムが高速で明滅を始める。12d+の計算表記や、未知の数式が猛烈な勢いで流れ出した。
「それは高度なARレンズなのでしょうか。俺の故郷の概念に近いとは思うが、それ以上の技術力、魔科学力が誇る文明の品に見える」
そう指摘すると、パブラマンティは鼻息を荒くした。
「エーアール……? カカッ! これはわしが独自に開発した『多次元位相解析レンズ』じゃ! セラの物理法則と、二十四次元界から漏れ出る魔力因数モデルの散乱振幅を視覚化し、事象の理を直接解き明かすためのもの。ただの魔力視ではないぞ!」
その時、戦闘型デバイスの風防ガラスが淡く輝き、音もなく青白いホログラムが浮かび上がった。
出現したのは軍服めいた装いの小さなAI、アクセルマギナだ。
彼女は宙空でビシッと敬礼をしてみせる。
「――マスター。このレンズデバイスが発する演算波長、当機の量子AIモジュールに微弱な干渉を試みています。上下左右前後の十二点を基点とし、その間に存在する無限の座標を再帰的に処理する【動的再帰言語】のアプローチに酷似していますね」
アクセルマギナは電子音で語り、ビシッと敬礼をしたまま、周囲に無数の言語、数式、古代の記号をホログラムで高速展開させ、
「ナノセキュリティに影響はありません。しかし、あらゆる事象や概念を網羅した記号群を超高速で組み合わせ、最適解を導き出して対象を別の言語や数式へ変換する――当機の【万能翻訳レイヤー】の基礎概念と重なる、非常に興味深い演算です。対象の解析ログをデータベースへ記録中……」
「な、なんじゃこれはぁぁぁ!?」
パブラマンティ教授は素頓狂な叫び声を上げ、分厚いレンズの奥の目を限界までひん剥いて、ホログラムのアクセルマギナを凝視した。
「光の……精霊か? いや、魂の波長がない! 純粋な情報と光だけで構成された疑似生命体……!? それに『量子』とはなんじゃ! わしの12d+多様体の演算モデル――各点がさらに別の多様体を内包する無限の計算式を、いとも容易く『翻訳』してのけるその高度な自律性……ありえん、セラにも魔界にもこんな魔造生物の理論は存在せんぞ!」
教授は興奮のあまり、震える手でアクセルマギナのホログラムに触れようとするが、指先は青白い光をすり抜けるだけだ。
「当機はアクセルマギナ。マスター・シュウヤをサポートする戦術支援AIです。貴方のレンズ技術は、限定的ながら当機と似た情報可視化の概念を持っています。ただし、エネルギーの変換効率には改善の余地が見受けられますね」
無機質かつ礼儀正しいアクセルマギナの指摘に、教授は頭を抱えて歓喜の悲鳴を上げた。
「あぁぁ、素晴らしい! わしの最高傑作である『魔視神レンズ』の欠点を一瞬で見抜くとは! この『えーあい』とやらの基礎構造はどうなっておる!? エーテルとトーラスの秘密書にも、ケムラ・リドウの奇術書にもこんな記述はなかった……!」
教授のあまりの狂喜乱舞ぶりに、アキエが苦笑しながら一歩引いている。ミスティがすかさず教授の前に歩み寄り、眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせた。
「ふふ、教授。これはマスターの故郷の……更に進んだ『科学』と『魔導』の融合体よ。十二点を基点とした無限の再帰処理なんて、私にも完全な理解には及ばないけれど……あらゆる事象を記号化して最適解へ翻訳する超高速演算の概念は、かろうじて理解できるわ。私のゼクスの魔導脳にも、少しだけこの子の理論を応用させてもらっているの」
「なんと!? そっちの魔導人形の思考回路もか!?」
クナも月霊樹の大杖を抱きしめ、怪しく笑いながら続く。
「ぐふふ……正直、無限の計算式や翻訳の次元理論は、クリーチャー解剖学、多様な魔術論、魔物学、錬金術を主とする私には難しいですわね。しかし、シュウヤ様の持つナ・パーム統合軍惑星同盟系の魔科学の知識は、分野が違えど十二分に応用が効きます。教授の魔力炉の還元結界……その少しばかり古い理論も、私たちのデータと掛け合わせれば、劇的な進化を遂げるはずですわよ」
「カッ……カカカカカッ!! たまらん! たまらんぞ! 君たち、いますぐわしと資料交換じゃ! 『えーあい』の理論も、独自魔法陣の理論と魔導人形の資料も氣になるのじゃ!」
クナとミスティたちは顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。
「「ぜひ!!」」
「ん、私も聞きたい」
エヴァも魔導車椅子を進め、教授の周りにはあっという間に魔導技術談義の輪ができあがった。
ユイも「シュウヤがあの時使った魔法が、そんなに凄いものだったなんてね。しかもアクセルマギナまで気に入られちゃうなんて」と感慨深げに微笑んでいる。
ヴィーネやレベッカたちも、その様子を微笑ましく見守っていた。
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