二千百二十九話 猟犬たちの復讐と霓裳カフカンの魔宿
冒頭は三人称、ザイク一味側視点です。
□■□■
――キンッ、ガガガガガッ!
無数の火花が薄暗い路地裏の空間を爆ぜさせた。
大魔術師級の殺し屋、『絡繰の死神』カシンカシが十指から放つ極細の魔鋼ワイヤー。それが空間そのものを縫い止めるように展開する<影淵ノ剣獄>の前に、殺し屋ザイクは防戦一方に追い込まれていた。
「チッ……! ベイカー、右を凍らせろ!」
「やってるわよ! <凍霊の息吹>!」
ザイクの肩から飛び出した幽鬼族の使い魔・ベイカーが美しい女性に変化し、右腕を突き出した。
右手から絶対零度の魔力に近い<凍てつきの手>を放つ。
迫り来る漆黒の魔剣が瞬く間に凍りつき砕け落ちるが、カシンカシの鋼糸は無尽蔵に影の沼から湧き出してくる。
「――三流が。この網の中では、もがくほどに命を削るだけだ」
カシンカシが冷酷に指を弾いた刹那――。
ドッと重低音と共に路地裏のレンガ壁が豪快に粉砕され、土煙と共に武骨な黒装甲の魔導四輪車が突っ込んできた。
「オラァァァッ! 道を開けろォ、クソ魔術師どもォッ!」
装甲車の荷台から耳を劈くような咆哮と爆音。
身の丈に合わない巨大な〝魔導散弾銃〟を乱射しているのは、ツインテールにゴーグルをつけた小柄な少女、ディータだ。
カシンカシは高性能な鋼糸を展開し、無数の魔弾を防ぐが後退を余儀なくされた。
ディータの細い右肩と背から伸びる、工業用『魔導義腕』が散弾の強烈な反動を強引に押さえ込んでいる。
「ザイク! ベイカー! 乗れッ!」
運転席で吠えたのは、巨漢の豹獣人のドーマンだ。
彼の肉体の七割は、黒皇魔骸鋼の重装義体へと換装されている。
「助かった、ドーマン!」
ザイクは銃剣で迫るワイヤーを強引に斬り払い、ベイカーと共に走行する装甲車の荷台へと跳び乗った。
魔導散弾銃を防いでいるカシンカシは、
「逃がすか――」
無数の指が動き、手から連なる数十本の魔鋼のワイヤーが装甲車の後部を切り刻もうと伸びる――。
ドーマンは魔力エンジンのリミッターを解除し、強引なドリフトで鋼糸の網をすり抜け、直進――次の角も、後輪を滑らせるように軸を斜めしながら高速に前進し、魔導蒸氣が立ち込める下層の闇へと車を滑り込ませた。
◇◇◇◇
都市北側の魔塔の群れと施設から大量に垂れ流される色とりどりの廃液が、工業地帯のゴミ処理場を通り、最終的に、魔法都市エルンストの南東の坂下のここ『廃棄魔導管街』に流れ付く。
その一角は、ヤミ医者クアノの診療所を兼ねた彼らのアジトが存在した。
狭い室内の中心に魔手術台があり、その台には少女のディータが乗って、
「――イッテェな、クソジジイ! もっと魔力神経を丁寧に繋ぎやがれ!」
「やかましい、お前が無理な連射をするから、反動で義腕のシリンダーがイカレちまったんだろうが」
油まみれのクアノが、ディータの魔導義腕にスパナを当てながらぼやく。
一方、部屋の片隅のソファでは、重装義体のドーマンが巨体を沈め、自身の太い鉄の腕をじっと見つめていた。
……カタカタカタカタ。
彼の義手の指先が、意思とは無関係に痙攣している。
ドーマンの瞳孔は不自然に拡大し、虚空に存在しない敵の幻影を追っていた。
窓辺で魔煙草を吹かしていたベイカーがそれを見て、
「……ドーマン。また手が震えてるわよ」
と静かに指摘する。
ドーマンはハッと我に返り、ネオンに照らされたベイカーを見てから溜め息を吐き、痙攣する腕をもう片方の手で乱暴に押さえつけた。
「……ただの魔力酔いの初期症状だ。医者に貰った抑制剤を打てば治まる。……心配すんな」
強がるドーマンだが、度重なる違法インプラントと戦闘の負荷が、彼の神経回路を確実に焼き切ろうとしているのは誰の目にも明らかだった。
壁際で魔導銃キルガの手入れをしていたザイクが、鼻からツーッと一筋の血を流す。彼もまた、背骨に埋め込んだ禁忌の魔導回路〝脊髄加速魔陣〟の代償で、寿命を前借りしている状態だ。
「……次の仕事で最後にする。デカい山を当てて、俺たちはこの鉄錆の底から抜け出すんだ」
ザイクが鼻血を袖で拭いながら呟いた時、部屋の空間がチリチリと歪み、魔道具から紫色の魔力光がホログラムのような幻影を結んだ。
反体制派のフィクサー、闇のリストの一人『紫蜘蛛のマダム・ルージュ』だ。
「ボロボロの猟犬たち。生きてるかしら?」
「ルージュか、魔導商会ゲモトラの幹部を仕留めたことは、もう情報を得ただろう」
「えぇ、勿論。通称パパ・ブルアの死んだことは確定。依頼料は、いつもの聖魔銀行の口座に振り込みしたからね」
「あぁ、了解している」
ルージュのホログラムのような幻影は消えない。
「ルージュ、新しい用件があるなら、さっさと言え」
「ふふ、短氣ね。……【白金天秤商会】と【魔術総武会】の腐敗高官たちが、南の第六魔科学工場の跡地で、違法な魔導兵器の密輸を行っているわ。カシンカシは別の用件で外れている。……あそこを襲撃し、兵器のデータと現物を奪ってちょうだい。報酬は、あんたたち全員がエルンスト上層特区で一生遊んで暮らせる額よ」
「……上等だ。やってやるよ」
ザイクが銃をホルスターに収め、ドーマンが重い腰を上げる。ディータも「ぶっ殺してやる!」とショットガンのポンプを鳴らした。
◇◇◇◇
数時間後。第六魔科学工場の跡地。
彼らの仕事は、鮮やかで、そして暴力的だった。
ベイカーがエルンストの『魔導ネットワーク』に<幽鬼霊掌握>でダイブし、工場の防衛術式と魔導人形の制御を次々とハッキングして焼き切る。
防衛網が沈黙した瞬間、ドーマンの重装義体が工場の鋼鉄扉を粉砕。
雪崩れ込んだディータが、魔導散弾銃から放たれる爆発性の散弾で、白金天秤商会の私兵たちを血肉の雨に変えていく。
「陣形を組め! 魔法士隊、一斉射撃だ!」
商会の指揮官が叫ぶが、遅い、ザイクは<加速>を使用――背骨の魔力回路が青白く発光する。
世界が泥のように遅延する極限の加速時間。
ザイクは止まったような時の中を駆け抜けながら、魔導銃キルガから魔弾を射出――次々と指揮官と魔法士たちの眉間に絶魔弾が吸い込まれていく。
最後に残った二人組に向け<魔弾・散華>――。
銃口から放たれた散弾状の魔力が二人組を蜂の巣に変えた。
――ものの数分。
工場の守備隊は全滅し、彼らは目的のデータと莫大な価値を持つ小型魔力炉のコアを奪取することに成功した。
◇◇◇◇
その夜。
廃棄魔導管街にある、彼らのアジトの古びた屋上。
「カンパーイ!!」
「ガハハ! 今日は俺の奢りだ、遠慮すんな!」
ディータがはしゃぎ、ドーマンが豪快に笑う。
彼らの手には、下層で出回っている安酒ではなく、戦利品の金で買った中級の魔酒『スプラッシュ・エール』の瓶が握られていた。
ポンッ、とコルクを抜き、黄金色の炭酸が弾けるように溢れ出す。
麦の香ばしさと魔力の清涼感が混ざった、ビールのような爽快な喉越しの魔酒だ。
ザイクも屋上の縁に座り、瓶を傾ける。
隣には、夜風に濡れたような黒髪をなびかせるベイカーが座っていた。
エルンストの空を覆う巨大な幾何学魔法陣。
その光の軌道の隙間から、遠く、暗い夜空に浮かぶ「残骸の月」が、悲しげな銀光を放っていた。
「……ねぇ、ザイク」
ベイカーが、魔酒スプラッシュの瓶を軽く振りながら、夜空を見上げる。
「あの月……昔は、もっと綺麗で、完全な丸い形をしていたって知ってる?」
「……神話の話か?」
「えぇ。大月の神ウラニリ様と、小月の神ウリオウ様。そして神狼ハーヴェスト。……アブラナムの大戦で、魔界の神々と神界の神々が争って、あの月はあんな風に砕かれてしまった」
ベイカーの紫がかった半透明の瞳に、砕けた月の銀光が映り込む。
それは、どこにも行き場のない幽鬼族である彼女自身の、欠落した魂を映しているようでもあった。
「……エルンストの大魔術師たちは真理の塔や【ミスラン塔】で世界のすべてを解き明かした氣でいる。この幾何学の結界で空を蓋して、自分たちだけが安全な場所から世界を見下ろしてる。……でもね、私は、あの結界の向こう側……あの砕けた月の光が直接降り注ぐ、本当の空を……いつか、この目で見てみたいの」
彼女の言葉に、ザイクは静かに魔酒を喉に流し込んだ。
師匠を奪われ、復讐のためだけに生きてきた彼にとって、未来や夢といった言葉はとうに忘れていたものだった。
だが、隣で儚げに笑う彼女の横顔を見ていると、背骨のインプラントの熱とは違う、確かな温かさが胸の奥に灯るのを感じる。
「……あぁ。この復讐が終わったら……上層のクリスタルの魔塔に棲まうクソ野郎どもを引きずり下ろしたら、一緒に行こう。あの結界の外、月の光が差す場所へ」
「ふふ……約束よ、ザイク」
ベイカーが嬉しそうに微笑み、二人の瓶がカチンと軽い音を立てて触れ合った。
階下から、ディータとドーマンの騒がしい笑い声が響いてくる。
この鉄錆の街で、彼らエッジランナーたちが掴み取った、ささやかで、極上の夜だった。
……だが。
彼らはまだ知らなかった。
奪ったデータに、カシンカシが仕込んだ『呪詛式発信機』が組み込まれていることに。
そして、彼らの命を刈り取る『絡繰の死神』が、すでにアジトの包囲を完了していることに。
祝杯の余韻が、冷たい鋼の震動によって断ち切られた。
――ッ!
ザイクの背骨に埋め込まれた〝脊髄加速魔陣〟が、神経を焼くような警告信号を叩き出す。
直後、屋上の石畳が、目に見えない無数の「線」に沿って、鏡を割ったような音と共に崩落した。
「伏せろッ!!」
ザイクが叫ぶ。
だが、回避よりも早く、影から這い出した極細の魔鋼ワイヤーが、ディータの突き出した魔導散弾銃を絡め取り、強引に捻じ曲げた。
「あ、アタシの銃がッ!?」
「ヒヒッ……データの整理は済んだか? 手間を省かせてくれた礼だ。貴様らの首は、一思いに跳ねてやろう」
崩落した屋上の縁に、死神が立っていた。
『絡繰の死神』カシンカシ。その十指から伸びる鋼糸は、月の光を吸い込み、不吉な紫黒の魔力を湛えている。
周囲のビル影からは、特務監査局の精鋭――魔導義体化された黒装束の集団が音もなく躍り出て、アジトを完全に包囲していた。
「……発信機か。シケた真似を」
ザイクが魔導銃キルガを引き抜き、絶魔弾を放つ。
だが、カシンカシが指を軽く振るだけで、鋼糸の網が弾丸のベクトルをヌルリと逸らし、虚空へと消した。
「ザイク、囲まれてるわ! 転送ポートも封鎖されてる!」
ベイカーが叫び、半透明の腕から冷氣を放つが、多層展開された敵の結界に防がれる。絶体絶命。その時、一歩前に出たのは、最も深く傷ついていたはずの男だった。
「……ガハッ……ハハハ……ッ!」
ドーマンが、不氣味な笑い声を漏らした。
彼の黒皇魔骸鋼の義体から、制御不能なオレンジ色の魔力放電がパチパチと弾ける。
その瞳は、もはや幻覚ではなく、死の淵にある本質を見据えていた。
「ドーマン!? あんた、何して……!」
「ディータ……抑制剤は、もう全部捨てちまったよ。……魔力酔いってのは、意外と氣分がいいもんだ。力が……溢れてやがる」
ドーマンが自らの首筋に真っ赤な魔力過負荷増幅剤のシリンダーを三本同時に突き立てた直後――。
彼の巨躯が、物理的な限界を超えて膨張――。
「お前らは、行け」
「ドーマン、それをやったら……最後だと……」
ザイクの言葉にドーマンは微笑み、
「……ザイク」
と呟くと、装甲の隙間から沸騰した魔導蒸氣が血と共に噴き出した。
「お前は……ベイカーを、残骸の月ではない、本物の月が見える場所に連れて行ってやれ、よ……」
「ドーマン、よせ! リミッターを戻せ!!」
「……これは命令だ。……行けェェッ!!」
ドーマンの咆哮が、エルンストの夜を震わせた。
彼はリミッターを完全に破壊し、暴走する重力質量と化した巨体で、カシンカシの展開した<影淵ノ剣獄>へと真っ向から突っ込んだ。
――ギギギギギッ!
肉を断ち、鋼を切断する鋼糸の音が響くが、ドーマンは止まらない。
サイコロステーキのように体を切り刻まれながらも、彼は血塗れの鉄の腕で、驚愕に目を見開くカシンカシの喉首を掴み、そのまま屋上の縁から墜落していった。
「ドォーマァァァァンッ!!」
ディータの悲鳴が夜空に消える。爆発音。
下層の廃棄管が並ぶ闇の底で、重装義体の炉心爆発と思われる巨大な光の柱が立ち昇った。
◇◇◇◇
数時間後。エルンスト最南東、廃棄運河の橋の下。
ネオンの明かりも届かない湿った暗闇の中で、三人の影が息を潜めていた。
「……イッテェよ……、なぁ、ザイク。……ドーマンは? あのおっさんは、どこ行ったんだよ……」
ディータが、ボロボロになったツインテールを濡らし、嗚咽を漏らす。
彼女の右の魔導義腕は、脱出の際に鋼糸に根本から断たれ、今は応急処置の包帯から赤黒い廃液が滴っていた。
ベイカーは無言で彼女を抱きしめ、自分自身の震える指で魔煙草に火を点ける。
「……死んだよ。俺たちを逃がすために」
ザイクが、血の混じった鼻水を袖で拭い、低く吐き捨てた。
彼の魔導義眼は、壊れた録画機能のように、ドーマンの最期の笑顔を繰り返し網膜に映し出していた。
不意に、虚空が歪む。
『……残念だったわね、猟犬たち。リーダーを失うなんて』
マダム・ルージュのホログラムだ。彼女の瞳には、憐れみよりも「計算」の色が強く宿っている。
「……ファルデンか。カシンカシか。どいつから殺せばいい、ルージュ」
『ふふ、いい目になったわね。……今夜、高級宿『霓裳カフカンの魔宿』のVIPカジノに、ファルデンと【魔術総武会】の腐敗高官たちが集まるわ。カシンカシも護衛に復帰した。……これが最後のチャンスよ。あんたたちの夢をあいつらの血で買い戻しなさい』
ホログラムが消えると共に、一体の小型ドローンが飛来した。
そこには、ディータ用の過剰魔導義腕と、ザイクへの絶魔貫通弾の追加パックが積まれていた。
「……ディータ。腕、繋ぐぞ」
「……おう。……あいつら、一匹残らず、ミンチにしてやる」
ディータが立ち上がる。
新しく接続された巨大な機械の腕を、ガリガリと火花を立てて打ち鳴らす。
ザイクは魔導銃キルガのシリンダーに、最後の弾丸を装填した。
見上げる空には、相変わらず残骸の月が、冷たく、そして美しく輝いている。
「……行こう。天辺に棲まうクソ野郎どもを、鉄錆の底まで引きずり落としにな」
三つの影が、欲望の殿堂――魔導カジノへ向けて、夜の闇を滑り出した。
◇◇◇◇
同時刻。
高級魔塔宿『霓裳カフカンの魔宿』。
豪華なシャンデリアから注がれる琥珀色の魔力光が、厚手の絨毯に並ぶ貴族や魔術師たちの欲望を照らし出す。
カジノフロアは、高価な香水と魔導蒸気の入り混じった独特の匂いに満ち、積み上がるチップの乾いた音と、ホムンクルスのディーラーが発する無機質な美声が絶え間なく響いている。
そんな中、一団の客が異様な注目を集めていた。
「にゃ、にゃおぉ~」
ルーレットテーブルの上で、一匹の黒猫が優雅に伸びをしながら、肉球でダイスをチョイチョイと転がしている。
その黒猫がダイスに触れるたび、ディーラーのホムンクルスが青ざめ、周囲の客から「またかよ!」「神猫様だ!」と歓声が上がる。
「ふふ、ロロちゃん、また大穴当てちゃったわね」
「ん、ロロは幸運の神獣」
レベッカとエヴァが楽しげに笑い、チップの山を眺めている。
□■□■
皆、楽しそうで何よりだ。
豪奢なVIP席のソファは、身を沈めるとふかふかと柔らかい。
深く背を預け、ポリンガムで手に入れた『溶岩魚』の端材を肴にしながら、エルンストの銘酒を静かに喉へと流し込んでいく。
隣ではヴィーネが銀髪をさらりと流し、俺の腕にそっと胸を押し当てるように寄り添って、
「ふふ、ご主人様。ロロ様が、あんなに注目を浴びて……」
「相棒も楽しそうだし、良かったよ」
相棒はルーレットテーブルの上で、またしても前足をチョイチョイと動かした。黒い肉球が触れ、盤面でダイスが転がるたび、橙色の魔力が小さな体からふわりと迸る。
あふれ出た魔力は燕の形に変化し、カジノの宙を優雅に飛翔していた。
美人さんのディーラーはホムンクルスなのかな。
体を巡る魔力が人族たちとは異なる。
と、そのディーラーさんの表情は青ざめさせていく。
周囲の客からは、またも、
「神猫様はすげぇ!」
「あの猫に全賭けしろ!」
と熱狂的な歓声に変化していく。
「ん、ロロちゃん……また勝利! あ、でもチップはもう持てない」
エヴァが魔導車椅子から身を乗り出し、山積みになったチップを指差す。レベッカも、
「もー! パブラマンティ教授の理論をクナが応用しただけでこれなんだから、エルンストの経済が壊れちゃうわね!」
と、蒼い瞳を輝かせて笑っていた。
そこに魔素、殺氣か。
<闇透纏視>を発動。
<隻眼修羅>も使う――掌握察が捉えた異質な殺氣が近付いてくる。
黒猫も感づいたように耳をピクッと動かしてから「にゃご……」と呟き、机の近くから離れ、窓際を注視し、黒豹に変化。
『閣下、外から何かが来ますね』
『あぁ』
左目にいる常闇の水精霊ヘルメに念話を返しながら、ソファから立ち上がり、右手に雷式ラ・ドオラを召喚。
強化魔導ガラスの向こう側――上層の外壁から、凄まじい速度で接近する三つの魔素――次の瞬間。
パリィィィィィンッッ――。
爆音と共に、VIPルーム側の巨大なステンドグラスが粉々に砕け散った。煌めくガラスの破片が降り注ぐ中、夜の闇から三つの影が躍り込んでくる。
「ファルデェェェンッ!! 【魔術総武会】の飼い犬どもォッ!!」
絶叫と共に一人の男が右手の魔導銃を火を噴かせた。
同時に、ツインテールの少女が抱えた馬鹿げた大きさの魔導散弾銃が、防御結界ごとフロアの柱を吹き飛ばす。
「ヒィィッ!? 暗殺者だッ!」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
阿鼻叫喚の地獄へと変貌するフロア。
逃げ惑う客たちを嘲笑うように、VIPルームの影から無数の漆黒のワイヤーが、死の網となってフロア全体へ這い出してきた。
「……鼠め。我らが聖域を汚した罪、その命で購え」
冷徹な声が響く。
VIPルームの影から姿を現したのは、両手をだらりと下げた見知らぬ男だった。十指から放たれる異常な濃度の魔力と殺氣は、間違いなく大魔術師クラスのものだ。
男が指をわずかに動かした刹那――。
空間にポッカリと無数の影の沼のようなモノが口を開けた。
そこから柄のない漆黒の魔剣が雨霰のごとく射出され、蜘蛛の巣のように張り巡らされた魔鋼のワイヤーが飛来してくる。
即座に<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を喚び出し、大きい駒を前方へ盾として展開した。
ワイヤーと魔剣は、標的である乱入者たちだけでなく、逃げ遅れた一般客やこちらのテーブルまで無差別に切り刻もうとする広域殲滅の術式だ。
「相棒、エヴァ、客たちを守れ!」
「にゃご」
「ん」
殺到する斬撃と鋼糸を弾きまくる八咫角の駒が煌めき、こちらへ魔線を寄越してくる。
俺の体と付着すると魔力を得た。
左右の両手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出し、飛来してくる漆黒の魔剣を弾きながら<光条の鎖槍>で、殺し屋らしき男たちに五発繰り出すが、避けられた。
エヴァは、皆を守るように白皇鋼の金属で形成した盾が、床と宙空に展開。
黒豹は、体を大きくさせ、突撃せず――。
倒れていたスタッフたちに身を投げ出し、漆黒の魔剣を弾く。
ワイヤーが突き刺さっていくが、ワイヤーを寄越した野郎を引っ張るように四肢に力を込めると、自然とワイヤーが外れていた。
更に、黒豹は、餌をプレゼントしてくれた賭け事が好きなおっさん商人さんたちの体へと、次々に触手を巻き付かせ、後方の安全地帯に放って、己の体を盾にして守ってあげている。
ヴィーネは翡翠の蛇弓から<ヘグポリネの紫電幕>を展開、キサラはダモアヌンの魔槍の螻蛄首辺りから無数のフィラメントを放出させ、フィラメントで、魔剣やワイヤーの遠距離攻撃を防いでいく。
レベッカは、無数の蒼炎弾を放ち相殺させている。
〝思考共鳴の魔導輪〟も用いているようで、炎球も使っていた。
<鎖>を消しながら前に出る。
大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を相棒の頭部を撫でてくれていた、おっさん商人を守らせつつ――。
だが、数十とした漆黒の魔剣が、見ず知らずの方々に向かう。
即座に、美人さんのディーラーと金持ちそうな貴族たちの背を守るように<超能力精神>――。
数十とした漆黒の魔剣を宙空で縫い止めるように止め、<星想潰力魔導>――。
宙空で、漆黒の魔剣を潰す。
そのまま、次の飛来してくる遠距離攻撃を把握しつつ――。
指に嵌めたパブラマンティ教授がくれた〝思考共鳴の魔導輪〟に意識を向けた。
<古代魔法>を試す――。
右手に握る雷式ラ・ドオラへ魔力を通しつつ、脳内に防衛の陣形を思い描く。
――展開。固定。魔導輪が熱を帯びた。
<古代魔法>系統の<多次元陣形>の防壁がタイムラグなしで周囲に多層展開される。
――キィィィィンッ!!
見えない強固な多次元の壁に阻まれ、迫り来た無数のワイヤーと漆黒の魔剣が、激しい火花を散らして弾け飛んでいく。
通常なら複雑な魔力操作と長い詠唱を要する上位の防壁。
これが一瞬で展開とか――。
パブラマンティ教授の魔導輪、恐ろしいほどの性能――。
「な……!? 詠唱なしで、我が鋼糸を弾くだと? 初級の規模のようで神級の質、違和感――」
ワイヤーの男がワイヤーの数本を<多次元陣形>の防壁に向け続けが弾かれ続けた。
無機質な瞳は明らかに驚愕の色を強めた。
だが、それ以上に強烈な殺氣を剥き出しにしたのは、窓をぶち破って乱入してきた魔導銃を持つ男の方だった。
男の右目に埋め込まれた魔導義眼が、真っ赤に発光する。
その視線の先は、俺の胸元――ベリル議長から渡された、【輪の真理】の臨時徽章だ。
「……そいつも、【魔術総武会】の最高位の徽章……! 上層でぬくぬくとふんぞり返るクソ魔術師の増援かッ!!」
男はワイヤーの男への攻撃を後回しにし――。
憎悪に顔を歪め、右手の魔導銃の銃口を真っ直ぐ、俺に向けた。
「おい、馬鹿シッド! 相手を間違えるな!」
ドッ、と鈍い音が響いた。横にいたツインテールの少女が、魔導銃を構えた男の横腹を容赦なく蹴り飛ばしている。
男は不自然な体勢で強引に蹴りの衝撃を殺すと、
「――ディ、いや、アブー、すまん」
と告げると、俺からワイヤーの男に視線を向け直していた。
左手に魔槍杖バルドークを召喚。
右手の雷式ラ・ドオラと交換しながら周囲を把握――。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




