二千百二十六話 エルンスト大学の秘密研究室と賢者パブラマンティ
互いに武人としての獰猛な笑みを浮かべ、視線を交わす。
その様子を見ていたベリル議長が、一つ咳払いをして場を締めた。
「ラジヴァンの無事も確認できたところで……シュウヤ殿。改めて、我ら【魔術総武会】は、貴殿ら、光魔ルシヴァルと【血星海月雷吸宵闇・大連盟】との強固な協力関係を望む。これからの魔界、そしてセラの闇を払うために」
頷き、
「【血星海月雷吸宵闇・大連盟】と光魔ルシヴァル。協力し合うのは了解しよう。それは同盟という事で良いのかな」
「いかにも。対等の同盟だ」
ベリル議長が力強く断言。
「ならば、あえて聞こう。本当に、俺たちの立場を理解しているのでしょうか」
円形議場に集う大魔術師たちの間にわずかな緊張が走る。
ベリルは大魔術師アキエ・エニグマを見る。アキエはかすかに頷くとベリルは俺に視線を戻し、
「……理解か……光と闇。魔界と神界の神々と通じているのが光魔ルシヴァルと聞いている。魔界と神界。そして、我ら【輪の真理】、魔法ギルド側は、魔界の神々とは基本敵対関係だが、光魔ルシヴァル側と同盟、恩寵を得ている魔界側の神々、その配下の兵力とは戦わないことを誓おう」
「そうですか、それならば、安心」
と発言すると、ベリル議長も、笑顔を見せて、
「ふむ。元よりシュウヤ殿たちと我ら【輪の真理】、魔法ギルド側とは共通点があるのですからな」
「共通点……」
ベリルは背後に控えるキッカたちへ視線を向け、
「はい、シュウヤ殿たちはSランク冒険者の証明たる黄金のカードと、聖ギルド連盟の聖刻印バスターの紋章を持つ。知恵の神イリアスから祝福を得ている。そして、我らが信奉する神々もまた、智恵の神イリアスと、秘密の神ソクナーなのです」
なるほど。
納得して深く頷き、言葉を返す。
「智恵の神イリアス様と秘密の神ソクナー様の加護か。知恵の神イリアス様に関しては、たしかに共通点は多いです」
肩の竜頭装甲を意識した。
「ングゥゥィィ」
ハルホンクは呼応し、<神獣焰ノ髭包摂>の素材を少しミックスされたイリアス神の聖遺骸布を模した外套を上着に羽織るように展開させる。
「おぉ……そのような、知恵の神イリアス様の刺繍入り、紋章、祝福の印ですな。ん? それはイリアス神の聖遺骸布……」
「「「おぉ」」」
大魔術師たちは肩の竜頭装甲にも驚いているようだ。
ベリルは、
「と、思ったが、違うのか」
「はい、さすがに分かりますか。これは、昔、一流の鍛冶屋ザガ、今は俺の眷族が、元イリアス神の聖遺骸布を模した物を利用し、作ってくれた羽織り物で、ハルホンクが吸収してくれた装備の一つ」
「なるほど……偶然とは言え、やはり、シュウヤ殿たちと我らは通じ合っている部分が多い」
「はい」
「……だからこそ、種族や出自の些末な違いで、この千載一遇の機を逃すほど、我々は学を積んではいないことを示したいのですよ」
ベリルの言葉に、アウグストが太い腕を組んで、深く力強く頷いた。
「うむ! 現に、【幻瞑暗黒回廊】にて我々の窮地を救ったのは、他でもないシュウヤ殿たちの『光と闇』の力じゃ。我々が求めるのは、共に闇神リヴォグラフのような不条理な深淵の脅威に立ち向かう、強固な絆じゃ」
「カカッ! そういうこった。お前さんが魔界の神々とつるんでようが、俺の命を救ってくれた恩人であることに変わりはねぇ。お堅い理屈は抜きにして、背中を預け合えるってことだ」
復活したばかりのラジヴァンが、ニヤリと笑ってエッジガルバを肩に担ぐ。
その言葉に、他の大魔術師たちも一斉に安堵の息を吐き、どよめきに似た歓声を上げた。
「……了解した。ならば、俺たちも喜んでその同盟を受け入れよう」
俺の返答に、ベリル議長は表情を和らげた。
自らの赤い魔法衣の内から、紫が基調に銀細工の意匠が施された『徽章』を取り出した。
真理の環と星の軌道とハテナ、クエスチョンマークの、?の印を模した、ひときわ精緻な魔道具。
「……感謝する、シュウヤ殿。これは臨時大魔術師としての正式な認証魔印、そして我ら【輪の真理】の盟友たる証しであり、特殊な徽章だ。これがあれば、この【魔法都市エルンスト】のいかなる施設……エルンスト大学、【イリアスの大神塔】、最高機密の【ミスラン塔】の九紫院魔導書庫や、各研究棟へのフリーアクセスが保証される」
ベリル議長の手からふわりと浮き上がった徽章が飛来した。
受け取ると、徽章から、金属の冷たさとともに柔らかな魔力が肌を伝って流れ込んできた。
徽章が持ち主の魔力波形を読み取り、自動的に同調していく感覚。
その徽章をアイテムボックスへと収納した。
「ありがたく受け取っておく」
「うむ! これでシュウヤ殿も晴れてエルンストのVIPじゃな!」
アウグストが機嫌よく髭を撫でる。
そこで、アキエ・エニグマが一歩前に出た。
「アウグスト様、ベリル議長。シュウヤさんたちは、クリスタルバスの中でパブラマンティ教授への面会を希望されていました。この後、ご案内してもよろしいでしょうか?」
「……パブラマンティに会いたいとは、ふぉふぉ。なるほど……」
アウグストは訳ありのように語る。
周囲の大魔術師の何人かは、一瞬、俺を見てゾッとしていたが、大半の大魔術師と魔術師たちは、あっけらかんとしている。
アウグストは、
「ふぉふぉ、……先程の徽章があれば、エルンスト大学内の最上階にある教授が住んでいる秘密研究室も顔パスじゃよ」
と語る。
その言葉に、ミスティたちが待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「魔法基本大全の著者の研究室……書物、素材、実験器具の魔道具……魔導人形に関する書物が転がっているかも知れない……興味が尽きないわ」
「えぇ、超魔記憶に関する書物と関連したホムンクルス最新理論の書庫にアクセスできるなら最高ですわね、超流動体の臨界角速度研究書、エーテルとトーラスの秘密書、魔傀儡ノ怪書、ケムラ・リドウ著のあらゆる書物、奇術書ブラックワンの原本もあれば、触れられるのかしら……昔のエルンストのネツァク魔塔の書棚に保存されていた魔造生物の古本書を凌駕するのは確実……私の知らない魔法技術論の書物もあるはず……あ、ぐふふ、改めて! 基礎理論を見直すことになるかもですわ……」
「ふふ、師匠、ひさしぶりに鼻血が出る勢いですね」
クナは興奮した様子で月霊樹の大杖を掲げ、
「――当然よ、極魔術に関する書物もあるかもなのですからね。ルシェルも光属性の魔法は氣になるでしょう?」
「はい、光属性の魔法書があれば嬉しいです」
控えめに頷くルシェルの横顔を見やる。彼女は過去、北のゴルディクス大砂漠を越境した【光ノ使徒探索騎士団】や【聖王探索騎士団】など、錚々たる騎士団の一団に所属していた大司教の血を引くアドキンス家の出身だ。すでに<司祭>の戦闘職業も獲得していると語っていたな。
「うん、炎の言語と紋章の魔法書も見たいかも」
「ん、土と風も」
「はい、雷もですし、【魔法都市エルンスト】ならでは物や品を見たいですね」
ミスティ、クナ、ルシェル、レベッカ、エヴァ、ヴィーネたちが熱く語る。アキエは微笑んで前へ出て、
「凄い熱意です。エルンスト大学内部には様々な魔法機関がありますから、当然に、魔法書は豊富にあります。サークル・オブ・エルンストの機密も目にすることは可能でしょう。また、最高機密の【ミスラン塔】に行けば、研究だけが超得意な大魔術師も豊富にいます」
「「はい」」
「取りあえず、エルンスト大学に案内してくれる助かる」
「はい、行きましょう。八賢者に会いに」
アキエは小声で『八賢者』と呟いたが……。
そのアキエの案内の元――。
俺たちは真理の塔のプラットフォームへ戻り、再びクリスタルバスに乗り込んだ。目指すは都市の北側に浮かぶ巨大建造物のエルンスト大学。
先程のように、硝子越しに見える【魔法都市エルンスト】の街並みを凝視しながら、宙空を滑るように移動していく。
戦闘型デバイスから、街並みをスキャンするような様々な魔力が照射されていた。アクセルマギナも氣になるんだろうな。
眼下には、魔導書を開いたような奇抜な建物や、複雑な幾何学模様の光を放つ尖塔群が広がっている。
空魔法士隊が規律正しく飛行し、街の至る所から色とりどりの魔導蒸氣が立ち上っていた――。
先程、下層の路地裏で異常な魔力の残滓を感じたような『裏の顔』はあるにせよ、表向きはやはり魔法の最高峰と呼ぶに相応しい壮麗な都市だ。
クリスタルバスは巨大な浮遊岩と魔塔が連結した建造物群を通り過ぎて、エルンスト大学最上階に位置する『秘密研究室』へと直接横付けされた。
異彩を放つ最上階のガラス張りの区画だ。
透明なブリッジを渡って内部へ入ると、そこはまさに魔法、魔導の実験場だった。
広大な空間の壁一面は首が痛くなるほどの高さまで、膨大な魔法書と古いスクロールで埋め尽くされていた。
宙には自動で文字を書き込む無数の羽ペンが浮かぶ。
意志を持っているように羊皮紙がパタパタと鳥のように飛び交っては、本棚の隙間を器用に整理して回っている。【魔鳥獣&幻獣・霊薬総合研所】のソフィーが操っていた魔獣を思い出す。
床のあちこちには幾何学的な光を放つ。
机には無数の巨大フラスコと実験用魔道具が並ぶ。
複雑な魔導回路がびっしりと刻まれた重厚な魔力炉が無造作に鎮座していた。
張り巡らされた透明なガラス管の中では、赤、青、緑と色鮮やかな魔力溶液やエーテルが脈打つように循環し、部屋全体を神秘的な光で照らし出している。
高い天井を見上げれば、天体の運行を模した巨大な星図盤の魔道具が吊り下げられ、無数の黄金の歯車がカチカチと正確に時を刻む音を響かせていた。
その乱雑な通路を忙しなく行き交っているのは、精巧な造りの自律型ホムンクルスや、ミスティが連れているゼクスにも似た、多種多様な形態の魔導人形たちだ。
「「おぉ……」」
「自律型魔導人形、セレスティアと見た目が似ているのは偶然ではないわね」
ミスティが傍らのゼクスを撫でながら、興味津々に周囲を見回す。
「ん、セレスティアたちは、砂城タータイムと魔塔ゲルハットに塔烈中立都市セナアプアの観光をしている」
「付いてくるかと思ったけど、断ったのは意外」
「うん、魔霊魂トールン、魔結界主のヒカツチ、魔礼婆アダン・ボウと仲良くなったみたいだからね」
とレベッカたちが語る。
クナも月霊樹の大杖を抱きしめながら、怪しげな笑みを漏らしていた。
「グフフ……装甲の素材、骨格からして、中身の魔力炉の構造が透けて視えてくる……セラの物理法則と、魔界、神界、否、様々な異次元素材のハイブリッド。あちらに見えるのは、ホムンクルスの培養槽かしら?」
「わぁ、こっちには見たことのない光属性の結晶があります!」
ルシェルも目を輝かせて、陳列された魔道具の数々を覗き込んでいる。
エヴァやレベッカたちも、その圧倒的な魔導の叡智の結晶に目を奪われていた。
そんな圧倒的な光景の中、部屋の奥に積み上げられた雑然とした机の山から、一人の老人がひょっこりと顔を出した。
鳥の巣のようにボサボサの白髪に、瓶の底のような分厚い魔導レンズの眼鏡。羽織っているローブには、あちこちに怪しげな薬品の染みや焦げ跡がこびりついている。
一見すればただの小汚い老学者だが、その細い体躯から漏れ出す魔力の密度と深淵さは、アウグストやベリル議長にも決して引けを取らない。
彼こそが、魔法の基礎体系を築き上げた生きた伝説。
エルンスト魔法大学教授、賢者パブラマンティだろう。
「おや……? アキエ君じゃないか。こんな大人数で押しかけてくるとは、珍しい客人もいるようじゃが……」
教授は分厚いレンズの奥の目を細め、こちらの肩にいる相棒と背後に控える眷族たちを順番に眺め渡し――ピタリと動きを止めた。
「にゃ」
黒猫が片方の前足を上げ、肉球を見せる挨拶を行う。
「……ほぅ。これは驚いた」
次の瞬間、老齢の教授は身軽な動きで机の山を飛び越え、ふらふらとした足取りで真っ直ぐこちらへ歩み寄ってきた。至近距離まで顔を近づけ、穴の開くような勢いで上から下まで観察し始める。
分厚いレンズ越しに眼球がドアップになり、ギョロギョロとせわしなく動く。
更に眼鏡の一部が変化し、博士の瞳がフィルターに掛かったように透けて消えた。代わりに無数の魔法陣が浮かび上がり、レンズの内部にホログラムのような表計算や、12d+という謎の計算表記が高速で流れ始める。
上下、左右、前後。それぞれ二点間の線と、各二点セット間の無限の点。六つの二点セット……12d+の多様体を演算する動的再帰言語エンジン、あるいは多次元の相互作用を視覚化するアンプリチューヘドロンとでも言うべきか。
まるで高度なARレンズを連想させるように、凄まじい情報量が眼鏡の内側に明滅していた。
「にゃ?」
肩にいた黒猫が不思議そうに首を傾げた。
「神獣じゃな。だがそれ以上に……お主ら、なんという魔力の在り方じゃ! 『純粋魔法の理派』にも『精霊術師派』にも、ましてや『神聖術派』にも当てはまらん! 言語魔法の祈りとも、紋章魔法の直接的な理への干渉とも違う……まさに己の血と魂そのものを世界の理と接続させておるのか!?」
教授は興奮で唾を飛ばさんばかりに捲し立てる。
「えっと……」
「ふふ、教授らしいですが、ひとまず落ち着いて、この方はシュウヤさん。【魔術総武会】を助けてくれた命の恩人です。そして、肩の黒猫ちゃんも恩があります。そして、その通りに神獣ちゃんです」
「どうも、シュウヤです。パブラマンティ教授。貴方の残した〝魔法基本大全〟を読みました。基本の説明で、少し魔法の理解が進むことできたことに感謝したい」
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