第六章 暴かれた不実
第六章ー!
ねみぃー
楽しんで!
綻びを隠し、だましだまし維持してきた俺たちの歪な世界は、ひまり自身が過去に残した「一枚の欠片」によって、あまりにもあっけなく粉々に砕け散ることとなった。
木枯らしが吹き始めた十一月のある日の放課後。俺はひまりの自宅の部屋で、彼女の古くなった教科書やノートの片付けを手伝っていた。ひまりが物置へ新しい収納ボックスを取りに席を外している間、俺は本棚の最上段の奥から、一冊の小さな鍵付きのノートが床に落ちるのを見つけた。鍵はかかっておらず、衝撃でパラリと開いたそのページに、俺の目は釘付けになった。
それは、ひまりが最初の事故に遭う前――つまり、一度目の記憶を失うよりも前に書き綴っていた『本当の日記』だった。
心臓が嫌な音を立てて激しく脈打つ。見てはいけない。そう理性が叫ぶのに、俺の右指は吸い寄せられるようにページをめくってしまっていた。
『〇月×日。今日もれんくんと一緒に帰った。近所の幼馴染ってだけで、れんくんにとって私はただの友達なのかな。本当は、もっと特別な関係になりたいのに。大好きって、いつか言える日が来るのかな』
指先がガタガタと音を立てて震えた。脳を殴られたような衝撃が走る。
嘘だろ……? ひまりは、記憶を失う前から、俺のことが好きだった……? 俺たちは、最初から両片思いだったんだ。
己の臆病さのせいでその想いに気づけず、最悪の嘘で彼女の記憶を汚してしまった自分の愚かさに吐き気がした。しかし、狂ったように数ページ先をめくった俺は、さらに恐ろしい殴り書きの文字を目にすることになる。それは、一年目の記憶リセットの直前、ひまりが自分の異変に気づいて必死に残したメモだった。
『最近、れんくんが時々すごく悲しそうな顔をする。私のスマホの過去の履歴を全部調べた。れんくんと付き合ってる写真なんて、一枚もなかった。嘘つき。れんくんは私に嘘をついてる。私たちは付き合ってなんていなかった。……でも、どうしてだろう。嘘だと分かっても、私はれんくんのことが――』
「……それ、見ちゃダメ……ッ!」
背後から、ガラスが割れたような悲鳴が響いた。
振り返ると、物置から戻ってきたひまりが、手にしたボックスを床に落とし、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。彼女の大きな瞳からは、すでに大粒の涙が次から次へと溢れ落ち、床のフローリングを濡らしていた。
「ひまり……これは……君は、知っていたのか……?」
「全部、綺麗に思い出したわけじゃないの……! でも、そのノートを少し前に見つけて……私、気づいちゃったの。れんくんの言ってた『婚約者』なんて言葉、全部、全部真っ赤な嘘だったんだって! 私たち、昔は恋人なんかじゃなかったんでしょう!?」
ひまりの絶叫が、静かな部屋の空気を激しく引き裂いた。彼女の肩は怒りと悲しみで小刻みに震えている。
「どうしてそんな嘘ついたの!? 私を騙して、人形みたいにして面白かった!? 私の記憶がないのをいいことに、私の心を、過去を、めちゃくちゃにして……!」
「違うんだ、ひまり! 俺は、ただお前を失いたくなくて……本当にお前が好きで……!」
「もう嫌……! 嘘つき!! あなたの顔なんて、もう二度と見たくない!!」
ひまりの剥き出しの拒絶の叫びが、俺の胸の真ん中に容赦なく突き刺さった。
俺は一歩も動けず、何も言い返せなかった。自分が重ねてきた不実の醜さを、目の前で泣き叫ぶひまりの姿という、これ以上ない冷酷な現実として突きつけられたのだ。俺にできるのは、ただ涙を流すことだけだった。
「……ごめん。本当に、ごめん……」
俺は壊れた機械のように一言だけそう絞り出すと、ひまりの部屋を、彼女の視線を、逃げるように飛び出した。
夕暮れの冷たい風が吹く街の中を、俺は自分が吐いた嘘の重さに押し潰されそうになりながら、ただただ走り続けた。俺たちの偽りの楽園は、完全に崩壊したんだ。
ご覧いただきありがとうございました。
読者の方から『たぶん私が一番うれしい推しの作家です』という家宝にしたいレベルの温かいコメントをいただきました! この『たぶん』の破壊力が凄まじくて、作者のニヤニヤが止まりません。たぶん、いや絶対、私が世界で一番幸せな作者です。ありがとうございます!




