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白い百合  作者: 森本有介


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第一章DМ 第四節「ひさしぶり」

二十八年前に置き去りにしたはずの時間。

それは、一通のDMとともに帰ってきた。

そういえば、インスタの着信音が鳴っていた。


いつの間にか止んでいた通知の音が、今になって耳に残っている。


コロナが猛威を振るい始めた頃、僕は毎日のようにポジション紹介や経済見通しなどを投稿していた。朝のチャート分析、夜の取引結果、翌日の展望。そんな断片を積み重ねているうちに、フォロワーは三千人を超えた。だが、数字が増えるたびに、心は逆に空洞になっていった。誰に向けて言葉を放っているのか、自分でも分からなくなった。


ある日、急にすべてがどうでもよくなった。更新をやめた。


「大丈夫ですか?」とか、「どうしたんですか?」とか、そんなDMがいくつか届いたが、返す気力も湧かなかった。既読をつけるのも煩わしく、無視を決め込んだ。やがてメッセージも止み、通知も鳴らなくなった。僕は、インスタを開くことすらなくなった……。


久しぶりに覗いたのは、つい最近のことだ。


フォロワーの数は三千人から千八百人へと減っていた。


僕は思わず、「みんな冷たいもんだな」とつぶやき、そのまま画面を閉じた。


以来、まだ一度も開いていない。


そんな、誰の記憶からも忘れ去られていた僕のインスタに本当に久しぶりにDMが届いていた。一瞬、無視しようかと思った。だが、画面の右上に表示された「一」の数字が、妙に気になって仕方がない。重たいまぶたを上げるように、DMを開いてみる。確かに一件、着信があった。


 タイトルは、「ひさしぶり」


ああ、そういうやつね。見る価値もないやつね。知り合いを装って、別サイトに誘導し、個人情報を抜き取るみたいな、やつね。


だが、なぜだろう。胸の奥に、どこかざらついた違和感が残った。


自分から更新を止めて、DMも無視してきたくせに、誰にも相手にされなくなると寂しくなったのか、自分の愚かさに嫌悪感がする。


でもどうしようもない愚かな僕は、どうしても気になって開いてみる。


「あたしのこと、覚えてる?」


その一文を見たとき、怒りが込み上げてきた。


「なんて愚かなんだ、僕は」


怒りながら、騙された自分に苛立ちながら、その下に添付されている写真に目をやる。


息をのんだ。


そこには懐かしい、記憶の彼方に忘れ去られていた、いや、思い出すのを自分から拒絶していた、十代の頃の僕とアナスタシアがいた。


苦い記憶。苦しい記憶。僕の人生の汚点。人生最大の失敗。激しい自己嫌悪。後悔。

そして、色あせて、古ぼけた、いとおしい記憶。


僕は、その色あせた古い写真を見ながら、しばらくの間、僕の奥底にしまって忘れたふりをしていた思い出に浸っていた。遠い、遠い、遠い、彼方の思い出の記憶。


どれほどの時間が経ったのだろうか。時計を見ると、十三いち時を過ぎていた。


白いレースのカーテンの隙間から射す午後の光が、やけにまぶしい。


そしてその写真の下に書いてある、一文に気がついた。


「会いたい。ゆうちゃんに会いたい。今すぐ会いたい。今すぐジョージアまで会いに来てほしい」


二十八年という歳月は、あまりにも長かった。

それでも彼女は、僕の名前を覚えていた。

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