第一章DМ 第三節「サクラおばさん」
忘れたいのに忘れられない。会えないのに会いたい。
十三年経ってもなお、アヤメは僕の心の中にいた。
なぜ僕は、アヤメが亡くなって十三年も経つのに、命日をはっきりと覚えているのか?
それはすべて、父の妹である、サクラおばさんのせいである。
サクラおばさん。七十四歳の今まで、一度も結婚したことがなく、ずっと独身のままだ。家の離れで一人暮らしをしている。その世代の女性にしては背が高く、百六十五センチはあるだろうか。ほっそりとしていて、いつも背筋が真っすぐに伸びている。顔立ちは整っているのに、氷のように冷たい。あの大きな目でじろりと見つめられると、体の芯まで凍りつく気がする。
「雪女」とは、サクラおばさんのことかもしれない……。若い頃、男に、ひどい捨てられ方をしたのだろう。
四十八歳になった、今、思う。
そんなサクラおばさんも、アヤメが亡くなってからは、僕とカヲルに驚くほど優しくなった。何かに取り憑かれたように、カヲルの世話を焼いた。カヲルもすぐに懐き、まるで祖母のように慕った。
だが、問題は、アヤメの四十九日の法要の席だった。サクラおばさんは、お湯呑みを置いた拍子に、唐突に言ったのだ。
四月八日はね、お釈迦さまの誕生日なのよ。だからアヤメちゃんは、お釈迦さまに生まれ変わったのよ。
その瞬間から、僕はあの日を、永遠に忘れられなくなった。
サクラおばさんは、決して意地悪で言ったわけではない。僕を慰めようと思って、ただ思いついたことを口にしただけだ。だが……正直、迷惑だった。
もう、忘れてしまいたくもあり、会いたくて、話したくもある。
人間の感情というものは、思っていたよりも、かなり複雑みたいだ。
僕が最も愛した女は、アナスタシアだ。
だが、今、一番、会いたく、無性に話したいのは、アヤメである。
これは、正常な人間の感情なのか?
それとも、僕が狂っているのか?
分からない。
ただ、今は、もう一度、アヤメを抱き締めたい。話しがしたい。
ただ、それだけだ。
四月八日が来るたびに、僕は空を見上げる。
そこにアヤメがいる気がしてしまうからだ。




