第一章DМ 第二節「十三年という歳月」
相場で勝てるようになっても、人生の負けを取り戻せるわけではない。
それでも僕は、十三年を生き抜いてきた。
そしてようやく、クラウディア・シェインバウムさんの大統領当選を通過し、八月五日。
あの、小さなフラッシュクラッシュを、僕はパソコンのモニター越しに、リアルタイムで見ていた。
数字が、見る見る落ちていく。目線も追いつかないスピードで。呆然とするしかない。何もできない。ただ、見ているだけ。
もう、ワンショット追加できたのに、結局、キーボードを叩こうとする指先は動かなかった……。
約定の通知音が鳴る。僕のポジションは、設定していた、7.1で、決済された。
……初めて、息をした。
それからの記憶はあまりない。機械のように手が動く。
7.15でどてんロング。
8.0で利確。
そして再び、8.0でショート。
ドル円も、オージー円も、ショート、ロングと往復で取れた。
今年の利益目標は、とっくに達成した。
だから今は、ロットを落としている。欲を膨らませれば、あっという間に飲み込まれる。身に沁みている。
何度も、何度も、飲み込まれた。
相場は、命も奪い取る。生きるか、死ぬか、真剣勝負の戦いだ。
だから、僕は、毎日、神経を研ぎ澄ませている。戦国の、武将のように……。
もう、こんな生活を十年続けている。妻のアヤメが亡くなったのは、十三年前、平成二十四年四月八日。当時、息子カヲルは小学六年生だった。僕は、カヲルと二人、取り残された。このままだと、二人とも潰れてしまう。だから、僕が塾講師の仕事を辞めた。自分の人生を捨て、カヲルの子育てに全身全霊を注ぐことにした。
カヲル。今では、身長が百七十六センチ、体重が八十キロの、立派な大きな背中を持つ男になった。大きな目に、笑うと口角がきゅっと上がる所が、アヤメにそっくりだ。ただ、あの頃は違った。小さく、食の細い、ほっそりとした男の子だった。ふとした瞬間に、アヤメの面影が現れる。いとしくもあり、切なくもある。それは、今でも変わらない。
アヤメが亡くなって三年が経った頃だった。泣く時間も、とまどう時間も、少しだけ形を変えていった頃。そろそろ、働いてもいいのかもしれない、と思った。だが、家を離れる気には、どうしてもなれなかった。それで、在宅でできる道を選んだ。
僕は、個人投資家になることにした。
もちろん、最初の三年は資金を減らし続けた。チャートを見つめながら、何度も何度も、これは間違いだったのか、と思った。それでも諦めなかったのは、多分、生活のため以上に、何かを失うのは、もう嫌だ、という思いだったのかもしれない。
そうして十年。
今では、大学時代の同級生たちの中で、一、二を争うほどの収入を得るようになった。
だが、富を手にしても、奪われたものが戻るわけではない。
だが、僕はまだ知らなかった。
止まったはずの運命が、再び動き始めようとしていたことを。




