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白い百合  作者: 森本有介
第七章錯誤

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第七章錯誤 第一節「夢とうつつの狭間」

深い眠りから目覚めたユーサクは、夢と現実の境界で、「錯誤」を犯してしまう。

その一瞬の出来事は、三人の関係を静かに、しかし確かに変え始めていく。

「ゆうちゃん、起きて。もう、十五さん時だよ」


アナスタシアの声が、遠くから響いてくる。


微睡まどろみの中で、僕は、手探りでアナスタシアのぬくもりを探す。


いない。


先に起きたのか。


「ゆうちゃん、起きて。あんまり寝ると、夜、寝られなくなっちゃうよ」


声が、近づいてくる。


柔らかい声。


まだ、夢とうつつの境目にいる僕は、まぶたの奥に漂う温もりを求めるように、目の前の気配に手を伸ばした。


僕は、アナスタシアを引き寄せ、唇を重ねる。



どきりとした。



僕の心臓が、一瞬、跳ねた。




違う。


これは違う。


身体からだが、華奢きゃしゃだ。


もう一度、触ってみる。


やはり、華奢だ。


感触も、匂いも、違う。


僕は、慌てて、手を離し、起き上がる。


だんだん、目の焦点が、合ってきた。



僕の目の前には、床にひざまずき、顔を真っ赤にしてうつむいている、アンナがいた。


アナスタシアではなく、アンナがいた。



アナスタシアは、アンナの後ろで声を押し殺して笑っている。


「えっ、噓でしょ? えっ、本当? アンナ、ごめん。お母さんと間違って……」


アンナは、うつむいたまま、何も言わない。


アナスタシアが、楽しげに口を開いた。


「アンナ、あなたも悪いのよ。ゆうちゃん、アンナが、『ユーサクさんが、ぼんやりしているとき、あたしとお母さんを間違うから、見ていて』とか言うから、二人で試してみたの」


アナスタシアは、僕がアナスタシアとアンナを間違って唇を重ねたことを怒ってないようだった。


それどころか、上手くいったと、満足しているようにも見えた。


なぜだろう……。


「アンナ、それでもごめん。本当にごめん」


僕は慌てて言った。


アンナが立ち上がり、うつむいたまま小さく首を横に振る。


「アンナ、ごめんね」


「やめて。あたしが、嫌がってるみたいじゃない」


アンナが、うつむいたまま、強い口調で否定する。


でもなぜか、そこに恥ずかしさと共に、嬉しさが感じられた。


ほんのかすかに……。


どういうことだろうか……。


分からない。


頭が混乱してきた。


「あーあ、アンナのファーストキスを奪ったのは、ゆうちゃんなのね」


アナスタシアが、くすくす笑いながら言う。


「えっ? 嘘? どうしよう……」


僕は、慌てふためく。


「大丈夫。びっくりしただけよ。平気」


アナスタシアが、ゆっくりと、なだめるように言う。


「でも……」


「大丈夫って。嫌がってないから」


「えっ? どういうこと?」


「いいから、いいから。気にしないで。ほら、アンナ。あなたもちゃんと言ってあげないと、ゆうちゃん、困っているよ」


アナスタシアは、なぜだか、始終、落ち着いていた。


なぜだろう……。


まるで、思い通りに事が運んでいるのを喜ぶかのように……。


「びっくりしただけよ。嫌じゃないよ」


今度は、顔を上げ、僕の目を見る。


その瞳は、真っ直ぐに僕を射抜いていた。


そして、その声は澄んでいて、少女の声ではない。


ひとつの境界を越えた、静かな声だった。



僕の心臓が、再び、跳ねる。



部屋の空気が、ほんの少しだけ重たくなる。



夢と現実の狭間で生まれた、ほんの一瞬の錯誤。

しかし、誰にも止められない運命の歯車を静かに回し始めていた。

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