第六章穏やかな朝 第三節「変わらない二人」
思い出は、語るたびに色褪せるどころか、少しずつ輝きを増していく。
あの日と変わらない笑顔が、今日も二人を包み込む。
「ごちそうさま」
「おいしかった?」
「うん」
「よかった」
アナスタシアが微笑む。
その笑顔が、まるで春の陽だまりのように柔らかい。
「でも、よく、鮭とか、お味噌とか、あったよね」
僕は、アナスタシアがどうやってこのジョージアで和食の食材を手に入れたのか、気になった。
「うん。アジアンショップに行けば、日本製のお醤油も、お味噌も、お米も、他の食品も、だいたい手に入るのよ。日本と比べたら、ちょっと高いけどね。まあ、輸入品だから。でも、あたしもお醤油とか、お味噌とか、やっぱり、味が恋しくなるのよ。それに、これは、実は鮭じゃなくって、サーモンなの。まあ、似てる魚だけどね。こっちでは、魚はあんまり食べないけど、わりとサーモンは、みんな好きだから。手に入り易いのよ」
「日本に二年しか居なかったのに、食べたくなるんだ?」
「そうよ。だって、その二年間、ずっと、ゆうちゃんと一緒に居たじゃない。ほぼ毎日、和食とか、日本の食事だったでしょ」
「確かに。そうやったね。アナスタシアも、『和食、おいしい。おいしい』とか、言ってたもんね」
「そうよ」
アナスタシアの声が少し柔らかくなった。
「で、さあ。よく、アナスタシア、和食のレシピ本、買ってきてさあ、本、見ながら、作ってたよね。読めない漢字に、僕に振り仮名、振らせたりしてさあ」
そんなことを思い出すと、自然と僕も笑みがこぼれる。
一度、一日中、振り仮名を振らさせられたことだってあった。
すべてが楽しい思い出だ。
「うん、うん。そうだったわね。よくゆうちゃんに食べさせて、『これで合ってる?』とか、聞いていたわね」
「そう、そう。でもそれが、みんな、めっちゃおいしくてさ。最高だった。幸せな時間だった」
アナスタシアが、ふっと身体を寄せてきた。
その距離が近づくだけで、胸の奥が静かに波立つ。
目を合わせると、瞳の奥にあの頃の光が宿っていた。
僕は、欲求に駆られ、唇を重ねる。
「何よ」
そう言いながらも、アナスタシアの頬はほんのりと染まっていた。
その恥ずかしそうな笑顔がたまらなくいとおしい。
僕は、もう一度、唇を重ねる。
窓から差し込む朝の光が、二人の影を淡く包み込む。
「もう」
穏やかな朝。
懐かしい味と、変わらぬ笑顔。
この小さな食卓が、世界のすべてでいい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は、一杯のお茶とともに、心ほどける時間をお届けします。
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