第三章再会 第五節「アナスタシアの告白」
愛し続けることは、ときに誰かを幸せにも、不幸にもしてしまう。
二十八年間、胸の奥にしまい続けた真実が、静かに語られ始める。
「アナスタシアは、どうだったの? この二十八年間」
僕は、胸の奥を震わせながら、恐る恐る尋ねた。
「あたし? あたしは、あなたと別れた後、日本を離れ、ジョージアの大学に戻って、卒業して公務員になって、二十九の時、アンナとエリナの父親に出会い、結婚した。そして、三十の時、アンナが生まれ、三十八の時、エリナが生まれた」
淡々と、まるで他人の人生を語るような声。
そこには、喜びも痛みもなく、ただ過去をなぞる冷たい響きだけがあった。
「その……、アンナに聞いたんだけど、何で出て行ったん?」
沈黙が落ちた。
アナスタシアの視線が遠くをさまよう。
「あたしがずっとあなたのことを思い続けていることに気づいたからよ。それでお酒の量が増えて、喧嘩が多くなり、お互いに気持ちが離れていって、もちろん、暴力は振るわれていないわよ。そんな人じゃないし。もう一人、子供を産んだらお互いに気持ちが戻るかもって思ったけど、エリナが生まれて半年くらい経った時、あたしが、何度も寝言で『ゆうちゃんに会いたい』って言ってたらしくて……日本語の分かる友達に意味を聞いて……、それを知った日に出て行ったわ。それから仕事を辞めて、故郷に戻って行ったの」
アナスタシアの声が震えた。
静かな告白の中に、長い年月の罪悪感が滲み出ていた。
「じゃあ、今は……そこで誰かと再婚して、幸せに暮らしてるんだね」
僕は、祈るような気持ちで尋ねた。
だが、返ってきた答えは、冷たく、残酷だった。
「いいえ。……三年前に死んだわ。お酒を飲んで運転して、トラックに突っ込んで、即死だって。自殺じゃないかっていう話もあったらしいけど……本当のとこは結局、分からなかったみたい。……あたしのせいよ。人生を狂わせてしまったわ」
これまで淡々としていたアナスタシアの感情が、一気に溢れ出てきた。
激しく、恐ろしいほどの心の叫びだった。
そしてそれは、僕に向けられた、救いを乞う叫びだった。
「違う。お前のせいじゃない。すべて僕の責任だ。その罪は、僕が背負う」
そう、強い口調で言い、アナスタシアを、思いを込めて抱きしめた。
アナスタシアの身体が、小刻みに震えている。
まるで、泣きじゃくる子どものように。
ずっと一人で悩んで思い詰めて、罪悪感に苦しんでいたのだろう。
「もう大丈夫、大丈夫だから。その罪は、僕が背負う。お前は何も考えなくていい」
僕は、アナスタシアの手を離し、二十八年も苦しめてきた。
この、重き罪を償うように、抱き締め続けた。
ただ、抱き締め続けた。
何もしてやれない無力感に苛まれながら……。
どれほどの時間、そうしていたのだろう。
アナスタシアの呼吸がゆっくりと落ち着き、やがて、僕の肩にもたれかかった。
「ありがとう……ゆうちゃん。あたしもゆうちゃんに抱きしめられると落ち着く。ここが、『あたしの居場所』なんだね」
「そうだよ。ここが『僕たちの居場所』なんだよ」
二人の心は、ようやく二十八年前へ帰ることができた。
あとは、その温もりを四人で分かち合うだけだった。




