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白い百合  作者: 森本有介
第三章再会

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第三章再会 第一節「七階への階段」

二十八年という時間は、たった七階分の階段より、ずっと長かった。

それでも僕は、一歩ずつ、過去へと続く階段を登り始めた。

「さあ、行こっ」


怖気づく僕の気持ちを察したのか、アンナがそっと手を伸ばしてきた。


その手は、驚くほど華奢きゃしゃで、温かかった。


指先のぬくもりに、ふとアナスタシアの面影がよぎる。


アパートの中に入って行く。


昼間だというのに薄暗い。


中も外以上に汚れている。


何の貼り紙なんだろうか。


何枚も何枚も貼っては剥がし、貼っては剥がした貼り紙の跡が、至る所にある。


アンナが、エレベーターの前を通り過ぎて階段の方へ行く。


「ねえ、アンナ。エレベーターで行こうよ。荷物多いし」


「残念でした。今日はエレベーター、お休みの日なの。ジョージアは、電力不足だからよく停電するの。このエレベーターも一日ごとにしか動かしてないのよ。それに、日本とは違ってこのエレベーターは、乗るたびにお金を払わないといけないの。いちいちお金を払っていたらもったいないでしょ」



「もったいないでしょ」か。



アナスタシアの口癖だったな。


アナスタシアはそう言って子供たちに階段使わせているのか。


「子は親の鏡」というが、本当にそうだな。


アンナも多分、妹のエリナにいつもアナスタシアの真似をしてそう言っているのだろう。


そう思うと、アンナが少しだけいとしく見えた。


「さあ、早く行こっ。うちは七階だからね。けっこうあるよ。まさか、レディに荷物を持たせたりしないわよね」


「分かってますよ」


その言い方まで、あまりにもアナスタシアに似ていて、思わず苦笑した。


僕は、絶対に息を切らしてかっこ悪いとこをアンナに見せないように、必死に、でも顔では平静を装って、特大サイズのキャリーバックを手に持ち、そして大きめのリュックサックを背負って、七階までの長い、長い階段を登り始める。



この階段が、過ぎた年月のように長く、果てしなく思えた。



まだ、四階か。アンナは先を行き、楽しそうに鼻歌を歌っている。


そういえばあの鼻歌、アナスタシアもよく口ずさんでいたな。


たしか、ジョージアの民謡だったはずだ。



懐かしい記憶が、汗にまじって胸の奥をくすぐった。



「ユーサクさん、大丈夫? もう疲れちゃった?」


いつの間にかにアンナが先に進んで、上から、澄んだ声が落ちてくる。


「あたし、手伝ってあげようか?」


「うるさい。黙れ」


「もう、しょうがないなあ」


その、もったいぶった嫌味な声に、なぜか少しのやさしさを感じた。


上の方からアンナが笑顔で降りてきて、子猫みたいに僕にまとわりついてくる。


「今、五階。あとちょっとだよ。がんばれ」


手伝いもしないくせに、にこにこと笑って励ましてきた。腹が立つ。


でも、不思議と憎めない。


その笑顔が、過去の光の中で、ふっと重なった……。



七階へ続く階段は、僕の心を二十八年前へと連れていった。

扉の向こうには、あの日の約束が静かに待っていた。

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