第一章DM 第十節「家族への嘘と祝福」
小さな嘘と、大きな優しさ。
家族はそれぞれの想いを胸に、ユーサクの旅立ちを受け入れていく。
その日の夕食時、僕はようやく覚悟を決めて、母とカヲルに話を切り出した。
「カヲル、三日後の二十九日から、パパ、ジョージアに二、三ヶ月行ってくるから」
箸を持ったまま、カヲルが目を丸くする。
「はあ? ジョージア? アメリカの?」
「いや違う。東ヨーロッパの黒海沿いの小さな国。旧ソ連圏だったかな? いや、違うかな? どうだったかな?」
息子のカヲルは、すかさずスマホを取り出し、ジョージアを検索し始めた。さすが現代っ子だ。仕事が早い。
「何ここ? なんでそんな変なとこ行くん?」
眉をひそめるカヲルの表情に、笑みがこぼれる。まあ、そう思うよね。
「パパ、大学時代にジョージアからの留学生と仲良かったんだけど、久々にインスタにDMが来て、『奥さん亡くなって、もう十三年でしょ。いつまでも未練がましく閉じこもってないで、たまにはこっちに遊びに来いよ。ジョージアはいいよ、自然豊かだし、まあ、こっちにきて久しぶりに飲もうよ』だって」
「ふーん。パパに友達なんかいたんだ?」
「いたよ。一人くらい。カヲルだって最近、中国からの留学生の子と仲いいとか言ってたやん」
「まあ、そうだけど……。パパに、そんなに仲いい外国人の友達がいたとはねえ。意外。でも、なんでそんなに急なん?」
「なんか、九月一日に何とかっていうパレードがあるらしくって、『来られるならその日までに来い』だって。まあ、それに『思い立ったが吉日』って言うし、ノリ? カヲルは、パパが二、三ヶ月いなくても、もう平気でしょ? おばあちゃんもいるし。まあ、なんかあったら、LINEかメールして」
「まあ、いいけど……。でもそんなに留守にするんだったら、僕の口座にお金入れとってくれん?」
「ああ、そうよね。とりあえず百万くらい入れとくよ」
「まじで? やった、ラッキー」
カヲルの目の色が変わる。
「いや、別に全部使わんでよ。いる時に使ってよ」
「分からん。そんなに家を留守にする方が悪いやん」
僕は苦笑した。二十四歳。もう大人のはずなのに、どこか子どものままだ。でも、こうして軽口を叩き合える関係が、少し嬉しかった。……もう、ちゃんと生きていける。そう思えた。
「お母さん、悪いけど、しばらくカヲルのことお願いしてもいい?」
「いいよ。アヤメさんが亡くなってから、ずっとカヲルに掛かりっきりだったから、お母さん、心配してたんよ。たまには、気晴らしでもしておいで。ジョージアでもどこででも」
母は穏やかに笑った。その笑みの奥に、長年息子を見てきた人間だけが持つ、深い理解が宿っていた。
何とか息子と母親にはうまく言えた。
これで準備完了だ。
まさか、元カノに会いに行くとは言えないしね。いくらもう二十四歳とはいえ、息子にそんなことは絶対、言えない。
息子に父親の昔の恋愛話なんて聞かせるのは嫌だ。
食卓の上では、味噌汁の湯気が静かに立ちのぼっていた。
それはまるで、長く封じ込めてきた僕の心が、少しずつ温められていくようだった。
食卓に立ちのぼる味噌汁の湯気のように、凍りついていた心も少しずつ溶け始めていました。
そして、運命の再会へ向けた時計の針が動き出します。
第一章DMはここで幕を閉じます。次回より第二章「出発」。ユーサクは二十八年ぶりの再会を求め、ジョージアへ旅立ちます。




