表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/8

06 怪盗と皇帝の想晶


  

 ***


 オークション会場にて

『皇帝の想晶』を頂きに参上する。


 怪盗リアム


 ***


 新聞の一面を見ながら、ヴィオラは目を輝かせた。その薄水色の瞳は、まるで想晶のように澄んでいる。


「見て、ミラ!!」


 側に控えていたミラは一歩、主人の元へ歩み寄る。大きな見出し──『怪盗リアム』の文字に、心臓が跳ねた。


 ヴィオラが三日後に参加予定のオークションは、想晶のみを扱う催しだ。その目玉が、予告状に書かれた橙色に煌めく『皇帝の想晶』インペリアル・トパーズ。


「インペリアル・トパーズってね、皇帝が愛した想晶なのよ」


 ヴィオラは憧れの眼差しを紙面に向ける。かつて皇帝の王冠を飾ったことからその名がついたという。

 別の青色の想晶を探すためにヴィオラは出席するつもりだった。そんな大ステージに送られた予告状が、新聞の一面を飾っている。


「…怪盗リアム……」


「有名よね。しかも、すっごくかっこいいって噂なのよ」


「たしかに……」


 思わず浮かんだのは、無邪気に笑うあの顔。その笑顔は、きっと女性たちを虜にしてきただろう。

「たしかに?」と首を傾げるヴィオラに、ミラは慌てて首を振った。


「たしかに、そんな噂もありますね」


 顔が良くても犯罪者には変わらないとミラは思う。


「怪盗なんて憧れるわ~」

「怪盗なんて犯罪者ですよ」


 ときめく声と冷ややかな声が同時に響き、ぷっと吹き出す声がした。


「お二人とも、怪盗への印象が正反対ですね」


 笑みを浮かべたルーイが、銀のトレイを片手に入ってくる。甘い香りとともに、ぶどうのタルトが机に置かれた。


「今度のオークションで怪盗リアムが現れるらしいの」


「なるほど……それで怪盗の話を」


 新聞に目を落としたまま、ルーイは軽く口角を上げる。


「だって憧れるじゃない!最近の小説では怪盗が主役のものばかりよ」


 実際の怪盗は集団で動くことが多く、殺人事件も稀に起きている。それでも、彼らに夢を抱く貴族女性は少なくなかった。ヴィオラもまた、その一人で怪盗が出てくる小説を集めている。


「お嬢様、怪盗が現れるなんて危険です。今回のオークションは見送った方がよろしいのでは?」


「怪盗リアムは殺人をしないって有名よ。大丈夫だわ」


「しかし……」


 ミラの視線は、ついルーイへ向かう。執事が怪盗リアムの正体だと知るのは、自分だけだ。


「怪盗リアムは盗み方も華麗だという噂がありましたね」


 そう、リアムは自分で『華麗』だと言った。

 ミラは小声で「自分で言った」と呟いた。ヴィオラの耳には届いていない。


 怪盗リアムは『華麗』だと噂されている。事前に情報を調べ、潜入し、想晶の位置を把握してから行動する。痕跡を残さず、一瞬で。

 予告状を送るのも彼が始めたやり方で、真似する者も現れるほどだ。


「ミラは怪盗がお嫌いのようで」


「はい、盗みは犯罪ですから」


 ミラの視線は、ヴィオラのアメシストのリングに落ちる。それを守るように。


「そうね……私もこのリングは盗まれたくないもの」


 想晶に宿る大切な『想い』を奪う行為。それがミラの嫌悪感を刺激する。


「でも、怪盗リアムが盗んだ想晶って、すぐ売られるそうじゃない?」


「ええ、そうみたいですよ」


「じゃあ、どうして盗むのかしら……」


 ヴィオラの疑問に、ルーイは静かに笑みを消す。ミラには、その理由がわかっていた。

 彼は記憶を探しているだけで、金や想晶そのものには興味がないのだ。


 その後、怪盗の話題は、ぶどうタルトの甘さの話へと移っていった。




 ***





 三日後──。

 オークション会場は華やかな熱気に包まれていた。


 この日の主催者、フェリックス・アルマン公爵は、数多くの希少な想晶を出品していることで知られている。参加を許されるのは、招待状を受け取った限られた貴族たちだけだ。


 長髪の金色の髪に白髪が交じり、緑の瞳は一見すると穏やかだが、想晶を目にした瞬間、その瞳は異様な輝きを宿すことで公爵は有名だ。


「お招きありがとうございます、アルマン公爵」


「ようこそ、ヴィオラ嬢。今回も青色の想晶を多く揃えているよ。エレイン伯爵は欠席と聞いている、残念だ。彼も私と同じく想晶に目がないからな……ん?そのリング、紫色とは珍しい」


 ヴィオラが『青い想晶』を集めていることが、知られているからこそ、紫色の想晶が目立って見えた。ヴィオラはフェリックスにリングが見えるよう、右手をあげた。

 その瞬間、フェリックスは躊躇なく、鼻先が当たる距離でアメシストを見つめた。


「ア、アルマン公爵?」


「……この輝きは、ただのアメシストではないな」


 フェリックスの声は異様に熱を帯びていた。


「色の深み、透明度、……アメシストの中でもかなりの価値だ」


 至近距離でアメシストを覗き込み、緑の瞳は狂気じみた輝きを放つ。


「いったい、誰が……どんな想いを込めてこの結晶を生んだのだ、想晶とは素晴らしい!!」


 会場に響くような声量に、ヴィオラの肩がびくりと跳ね、息を呑んだ。


「失礼します、お嬢様がお困りです」


 執事ルーイの声に我に返ったかのように、フェリックスはようやく顔を離した。だが、頬に紅潮を残したまま、唇を震わせて言葉を続ける。


「……申し訳ございません。あまりに美しく、我を忘れてしまった。」


「ありがとうございます、とても大切な想晶なのです」


 薬指の輝きに、フェリックスはヴィオラにとって価値があるものだと感じ取った。


「……今夜は怪盗が想晶を盗みにくるという、そちらのアメシストも気をつけて」


「アメシストは価値がない石なので、大丈夫ですよ」


 一度盗まれ、大丈夫ではなかったのだが、ミラは口を開かなかった。


 アメシストは庶民でも何とか購入できる価格帯である。なぜなら、生まれる事が多く量産されやすいからだ。その理由については、まだ解き明かされていない。

 しかし、価値の有無など怪盗リアムには関係なかった。求めるのは『記憶』のみ。


「お嬢様。怪盗の対策をしているのか、聞いておいた方がよろしいのでは?」


 ルーイがヴィオラの後ろから耳打ちした冷静な声に、ミラは思わず目を見開いた。その声に込められた意図を瞬時に理解した彼女は、胸の中に恐怖を感じた。これが、怪盗が情報を仕入れる手口なのか。こんなにも巧妙に、盗みに入っているのだと、今、身をもって目撃している。

 ヴィオラはルーイに言われた通り、口を開いた。


「何か対策はされているのでしょうか?」


「ご安心を、ヴィオラ嬢。予告状など所詮は脅しだ。アルマン騎士団は完璧に配置されている。」


 フェリックスは会場をぐるりと見回し、四方に立つ屈強な騎士たちを指し示す。


「すべての出入口、ステージ上、外にも兵を配備し、盗む隙など一秒たりともない。ご存知であろうが、落札された品はすぐに保管室へ運ばせ、こちらも見張りは厳重。外部の者が近づけるはずもなく、貴族のオークションの仕組みなど、怪盗が分かるわけがない。屋敷の守りの方が薄いくらいだよ。怪盗リアムという外道も、今夜ばかりはお手上げだろう」


 オークションで落札された商品は、保管室へ運ばれる。直ぐに受け取りたい場合は、落札者と従者一名が案内される。引換証と引き換えに落札者へ渡される仕組みだ。

 淡々とした説明が、全てその怪盗に向けられているとは知らず、フェリックスは得意気であった。


「安心しました」


 ヴィオラの微笑みに、フェリックスは静かに頷いた。


「では、失礼するよ。オークションを安心して楽しんでくれ」


 緑の瞳を細めて笑ったフェリックスが、次の招待客へと歩み去ると、ミラは自然と会場全体へと視線を巡らせた。

 正面にステージ、出品物を置く台やスポットライトがある。二階にはバルコニーもあり、椅子は段差構造になっていてどの席からもよく見える。招待状に記載された席にヴィオラは座った。


 見知った貴族も何人か来ており皆、従者を連れている。この中に怪盗がいるなんてフェリックスは思ってもいなかった。経済的に余裕がある貴族関係者が盗みなどするはずがない。『部外者』だけを想定していた。



 会場の席が埋まり、フェリックスがゆっくりとステージの上に立った。その姿が視界に入った瞬間、会場内の空気が一瞬で引き締まり、すべての視線が彼に集中する。


「諸君、ようこそ。このオークションが世間の注目を集めていることは、既にご存知だろう。今夜、怪盗リアムが盗みに入るとの噂が流れているが、ご安心いただきたい。ここで彼の怪盗人生は終焉を迎えることとなるだろう。」


 拍手が響き渡り、フェリックスは優雅に一礼した。


「選りすぐりの想晶を取り揃えております。どうぞ、お楽しみください。」


 フェリックスの言葉で、会場は熱を帯びた。想晶はその美しさと、希少性が価値を高めている。全く同じものはこの世に存在せず、ほとんどの貴族たちは想晶に夢中になり怪盗のことなど、どうでもよかった。中には怪盗の登場に胸を躍らせる令嬢もいるが。


 フェリックスは競売人と入れ替わり、前列の真ん中へと腰かける。ステージ中央に静かに置かれたのは、ひときわ大粒の想晶だった。競売人が高らかに声を張る。


「淑女紳士の皆さま、記念すべき最初の一品───二面の想晶!これほどの輝きを、まずはご堪能あれ!」


 その結晶は光を浴びるたびに表情を変え、深い青から紫、やがて血のように濃い赤へと揺らめく。まるで二つの顔を持つかのようだ。小粒だが、希少性があり価格は跳ね上がるだろう。


「アレキサンドライト…!!」


 場内はざわめきから歓声に変わり、人々の目がぎらつく。


「入札は金貨十枚から!」


 号令と同時に、ぱっと複数の札が上がる。迷いなく掲げる者ばかりだ。

 ヴィオラは札を上げる指示をしなかったが、その輝きには見惚れていた。


「金貨十五枚!」

「金貨十七枚!」

「金貨二十枚!」


 次々と主人の指示に従った、従者たちの声が飛び交い、観客席はどよめきに包まれる。やがて入札は白熱し、記録的な額へと跳ね上がった。落札の槌が高らかに打ち下ろされる。


「最初からこれとは……」

「後が思いやられるな……」


 興奮と緊張が入り混じったざわめきが渦を巻き、オークションの幕開けは華やかに飾られたのだった。



 ***



 いくつかの想晶が登場し、たくさんの声が交錯した。落札した者の表情を見て、ヴィオラの心は次第に高鳴りを増していった。その瞬間、ついにお目当ての青色が、ゆっくりと姿を現した。


 澄んだ海のような透明感のある青を宿す結晶が、に持ち上げられる。光を受けるたびに煌めき、会場全体が息を呑んだ。


「──ご覧ください。」


 競売人の声は落ち着いているが、会場のざわめきが止まらない。


「究極のパライバ・トルマリン。空や海に例えられる鮮烈なネオンブルー、透明度、輝き、そのすべてが唯一無二でございます。」


 観客席からは思わず感嘆の声が漏れ、誰もがその美しさに魅了されているのがわかった。未だかつて見たことのない青は、例えられても当てはまらない。

 ヴィオラの瞳が煌めき、ふぅっと小さく息を吐いた。

 

「それでは、入札を開始いたします。価格は……──金貨三十枚から。」


 再び会場にざわめきが戻り、手が次々と上がり始める。だが、すぐにヴィオラはルーイに指示を出さなかった。


「金貨三十五枚」

「金貨三十六枚!」

「金貨三十八枚!」

「金貨四十枚」


 跳ね上がっていく額に、ヴィオラの好む想晶が落札されてしまうのではないか心配になる。ミラは声をかけようか迷ったが、怒号に似た声が飛び交う中かき消されてしまうだろう。

 

「───ルーイ、金貨五十枚」


「かしこまりました、お嬢様」


 ヴィオラの落ち着いた指示に、ルーイは右手の札を上げて口を開いた。


「金貨五十枚!!!」


 ルーイの声が競売人に届いた瞬間、会場は静寂に包まれた。視線が一斉にヴィオラへと注がれる。


「……金貨五十枚。承りました。」


 競売人の低い声が会場に響き渡る。張り詰めた空気の中、しばし誰も口を開かない。


「──落札!!!」


 木槌が力強く打ち下ろされた瞬間、会場全体がざわめきに飲み込まれる。


「あれは、『青薔薇の淑女』ではなくて?」

「彼女こそ相応しいな」


 ヴィオラ・エレインは病弱で、華やかなステージに立つことは滅多にないが、その姿を見た者は皆、口を揃えてこう語る。


 ──青がこれほど似合う女性を、他に知らない。


 雪のような肌に、透きとおる薄水色の瞳と、青色のドレスに身を包む、儚げな気配。滅多に社交界に参加せず、まるで一輪の青薔薇のように、存在そのものが希少で尊い。そうして、いつしか彼女は呼ばれるようになった『青薔薇の淑女』と。

 ヴィオラは青が似合うと言われるのが誇らしくもあり、どこか恥ずかしくもあった。


 槌の音が静まると同時に、黒服のスタッフがステージを下り、ヴィオラの席へと近づいてきた。


「おめでとうございます。こちらが引換証にございます。本品は保管室にてお渡しとなります。すぐにご覧いただくことも、後ほどお持ち帰りいただくことも可能ですが、いかがなさいますか?」


「……今、見たいわ」


 スタッフは静かに頷き、奥の保管室へ案内する旨を伝える。そのとき、背後から落ち着いた声が響いた。


「では、私がご一緒いたしましょう」


 ルーイが当然のようにヴィオラの隣に歩み寄る。『保管室に従者は一名のみ同行可能』という規則があるためミラは、ただじっとその場にとどまるしかなかった。

 ヴィオラとルーイは保管室へ続く扉へ向かった。


「こちらが、ヴィオラ・エレイン様が落札されました、パライバ・トルマリンでございます」


 スタッフが絢爛な箱を開けると、ヴィオラの瞳が輝きを放った。


「素敵……」


 感嘆の声が自然と漏れ、指先がその表面に触れると、ほんの一瞬、ヴィオラの中で、まるで時間が止まったかのような感覚が広がった。


 かつて、パライバという女性が半世紀前に生んだとされ、込められた想いは憶測を飛び交った。それ以降、この色味と透明度のものはパライバ・トルマリンと呼ばれることになる。彼女は人魚だったという逸話も残されていた。


「まさしく一級品ね、さすがアルマン公爵」


「アルマン社でも滅多に入手できない、この大きさと、色帯のない均一な色合いが特徴でございます。」


 小粒だが、色が濃く鮮やかであり、非常に高い透明感。

 アルマン社で働くこのスタッフは、誇らしげな様子を見せている。ヴィオラは頷き、スタッフと共に暫くその輝きにうっとりと酔いしれる。


 執事ルーイが側に控えていることなど、誰も意識していなかった。従者とは基本的にそういうもので、主人が呼ぶときに目に入る程度の存在だ。


 彼は、そのことをよく知っていて──そして利用するのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ