24 怪盗と黒い鳩
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ベルナール邸にて
『恋の煌めき』を頂きに参上する。
怪盗エリオ
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「怪盗リアムみたい……」
ミラは予告状に目を落としながら、小さく囁いた。あまりにもよく似ていて、ルーイ──怪盗リアムは眉間に皺を寄せた。
「どういうことなの? この予告状は、ヴィオラを狙ったものなの?」
フローラは、予告状を見たときから感じていた不安が、現実のものになったような気がした。
「その可能性が高いです」
ニコラスは頷いた。
「あなたは?」
「怪盗専門の探偵をしております、ニコラス・ハートと申します」
シャーロックハットを脱ぎ、ニコラスはお辞儀をする。
「探偵なのね」
「怪盗エリオは、これまで紫色の想晶ばかりを狙っているようです。そして、ヴィオラお嬢様がアメシストをお持ちだということを独自に調べまして」
「……だから、ヴィオラが次の標的だと?」
ニコラスが頷くと、フローラは息を呑んだ。
『恋の煌めき』というものがどれなのか、ニコラスの説明でフローラは納得できた。
「でも、エメラルドは緑色だったわ」
「そこが、まだ分からないんです」
ニコラスは少しだけ声を落とした。
「そう……でも、エメラルドはもう過ぎてしまったことよ。ヴィオラが危険だわ」
「だから、お願いです。ヴィオラお嬢様を守ってください」
ミラがそう口を開けば、フローラは笑顔を見せた。
「もちろんよ。可愛い姪のためだもの。ヴィオラと、ベルナール邸の警備を強化しましょう」
「ありがとうございます」
白い怪盗についての噂が本当であれば、ヴィオラが殺される心配はない。だが、ミラはあのアメシストがヴィオラにとっていかに大切なものかを知っている。知っていて、みすみす盗まれるわけにはいかない。
「決行は今夜ではないでしょうか。怪盗は闇に紛れて現れますから」
俺みたいに、という言葉はルーイの中で飲み込まれた。
***
「楽しみね~」
夕食を終えたヴィオラは、一息つきながらうっとりとした表情を浮かべていた。
場に似合わない軽い言葉に、近くにいたニコラスは思わずヴィオラに視線を向けた。恐怖心はないのだろうか。
「お嬢様、危険ですので絶対に──」
「もう、ミラ。何回も聞いたわ。アメシストのある部屋には近づかないで、でしょ?」
耳にたこができるとはこのことだろう。ヴィオラは耳を塞みながら、それでも表情を変えない。ミラは目を細めてヴィオラを見るが、ヴィオラは視界に入れないようにしていた。
アメシストはヴィオラの手元から回収され、別の部屋へ移された。最初は自分の手から離れることを拒んでいたが、盗られて二度と手にできなくなることを考えると、手放すことを選んだ。
「ヴィオラ嬢は、怪盗がお好きなんですか?」
「ええ、小説をよく読むんです」
「でしたら、憧れますよね。ですが、綺麗な部分ばかりではありません。僕の友人は想晶を盗まれ、そして命も奪われました」
「────」
ヴィオラは思わず息を呑んだ。分かっているつもりだった。
新聞で見る怪盗たちと、小説で読む怪盗たちとは、イメージがかけ離れているということ。怪盗リアムや怪盗エリオのような怪盗のほうが珍しいということ。そして、実際に命を奪われた人たちがいるということ。
「なので僕は、怪盗を許しません」
強く光る緑の瞳に圧倒され、ヴィオラは言葉を失った。
「暗い話をしてしまいました。それくらい危険だということをご理解いただきたくて。申し訳ございません」
「いいえ、話してくれてありがとう。私は本当に世間知らずね」
以前も、ヴィオラはミラとの会話で気づいたことがあった。想晶の真の魅力について。さまざまな記憶が宿っているということを理解せず、ただ綺麗だからと集めていた。
今回のこともそうだ。屋敷で過ごすことの多いヴィオラにとって、怪盗という存在も、その危険性も、すべて現実味がなかった。
友人を亡くした人を前にして、自分は危険な目に遭うかもしれないのに、みんなが守ってくれていることに甘えて浮かれていた。
「ニコラスさん、ミラ、ルーイ──」
ひとりひとりの顔を見ながら、ヴィオラは名を呼んだ。
「なんでしょう?」
「はい」
「はい、お嬢様」
それぞれが、ヴィオラの薄水色の美しい瞳を見つめる。
ヴィオラは小さく息を吸って、
「私のアメシストを、お願い」
「お任せください」
ニコラスは満面の笑みを浮かべ、胸を張った。
アメシストが置かれた部屋には、厳重な警備が敷かれていた。部屋の中央に置かれた箱には鍵がかけられ、台と紐を使って固定されていた。その周りを二名の騎士が囲み、部屋の扉の外にも四名の騎士が待機していた。ベルナール邸の周りにも、普段より多くの警備兵が立っていた。
「これで完璧でしょう。この部屋の窓を開ければ、鈴が鳴るようにもなってます」
ミラとルーイはニコラスの説明を聞き、頷いた。
「ニコラスさんは、どこで怪盗エリオを待つんですか?」
「僕はこの部屋の外で待ちたいと思います。ミラさんとルーイさんは?」
「私もここで待ちます」
「ミラはお嬢様についていてくれ。俺が──私がここで待機する」
危険な場所にいてほしくない。ルーイは、そういう意味を込めた。
「いえ。ルーイさんには、お嬢様を守ってもらいたいのです」
ミラはルーイの提案を穏やかに否定した。
ただ、その言葉を、ルーイは自分への信頼だと受け取った。ミラはヴィオラの側を片時も離れようとしない。つまり、ルーイならヴィオラを守ってくれると信じているのだ。
「わかった。でも、お願いだから無理すんなよ」
ミラの耳元に口を寄せ、いつもの口調で囁いた。
ミラの耳が熱くなり、赤く染まっていく。
「し、しません!」
「どうされました?」
ミラが大きめの声を出したため、ニコラスは首を傾げる。
「何もありません。怪盗エリオを捕まえましょう」
ルーイは声に出して笑いそうになるのを何とかこらえながら、ミラとニコラスに背を向けてヴィオラの部屋へ歩き出した。
「ミラさんは、怪盗のことをどう思います?」
廊下の椅子に腰を下ろしながら、ニコラスは尋ねた。ミラは立ったまま、ニコラスと目を合わせ、言葉に迷う。
怪盗のことは嫌いだった。
だった、というと今は好きみたいだが、複雑な心境だ。盗みは肯定できない。ましてや殺人なんてもってのほかだ。ただ、リアムのことが好きだと認めてしまった今、怪盗が嫌いだと言い切れるだろうか。
「僕は、許せる怪盗もいるんです」
「え?」
「その怪盗たちは、盗まれたものを取り戻すために盗みを行う怪盗団でした。元の場所に返していたんです」
友人を怪盗に殺されたというのに、その怪盗団を許せるニコラスの寛大さを、ミラは感じた。
「そんな怪盗もいるんですね」
「──クローバー怪盗団。という名でした。けれど、彼らはどこかの領で捕まってしまったようです。ただ、僕は彼らに友人の想晶を取り返してもらったんです。ある日起きたら、枕元に彼らのシンボルマークと、その想晶が……。怪盗を恨んでいたはずなのに、怪盗に感謝しました」
ミラは息を呑む。自分が感じていた違和感と、ニコラスの話が一致した気がした。
大事な記憶を奪っていく怪盗が嫌いなはずなのに、怪盗リアムには助けられ、好意を抱いている。そんな自分に、ずっと違和感があったのだ。
「戸惑いましたか?」
「もちろんです。でも、僕は彼らを好きになりましたし、応援したいと思いました。だから、ミラさん」
「はい?」
「自分の気持ちに素直でいいと思います。嫌いなものは嫌い。でも、その中で好きなものがあったのなら、好きでいいんです」
「どうして……」
ニコラスには何も話していない。出会ったばかりの、兄に似た探偵。
なぜ違和感を見抜き、今一番欲しかった言葉をくれるのか。
「僕は名探偵ですよ。ミラさんは、怪盗の話になるとそのリングに手を添えるんです。何か迷っている表情を浮かべながら。そこで、僕と似ているかもしれないと思いました。そして、クローバー怪盗団の話をした時、ミラさんは腑に落ちたような表情でした」
「すごい……」
気づいていなかった癖まで見抜かれ、ミラは呟くことしかできなかった。
「これからもご贔屓に」
「──ありがとうございます。迷いが晴れた気がします」
ニコラスは微笑むと、突然立ち上がってミラの頭に手を置いた。
「え?」
「あ、すみません。妹によくやるので、癖なんです」
パッとニコラスの手が離れ、申し訳なさそうに頭を掻いている。
ミラは突然、目頭が熱くなった。涙が出そうになり、溢れてしまわないように力を込めた。どうしてもニコラスと兄を重ねてしまう。兄も、ミラが活躍した時には頭を撫でてくれることがあった。
ミラは顔をそらし、またリングに触れた。
その瞬間。窓際から甲高い鈴の音が鳴り響いた。
外にいた警備兵、ニコラスとミラは慌てて部屋に飛び込む。そこには、窓際に立つ真っ白な怪盗の笑みだけが見えた。帽子を深くかぶり、顔は分からない。
「やはり────」
怪盗の声が聞こえたかと思うと、辺りが煙で覆われる。
「アメシストを守れ!!!」
「なっ!」
「うわっ」
翼の音と微かな鈴の音が聞こえ、ミラの視界にも黒い鳥が映る。これが噂に聞く黒い鳩だろう。
煙を吸い込んでしまい、咳き込む中、アメシストだけは守ろうと駆け出す。
「あ、」
誰かの肩にぶつかり、ミラはその場に倒れた。視界が煙に覆われ、方向感覚が分からなくなってしまった。
すると、誰かに手首を掴まれ、強い勢いで引かれる。
「───お嬢様の、恋の煌めきは頂きます」
耳元でそう囁かれ、ミラはその声が怪盗のものだと気づく。
「返して!お嬢様の、大切なものなの!」
怪盗からの返事はなく、気配も消えた。
ミラは呆然とその場に立ちすくむ。騎士たちの騒がしい声の中、視界が晴れていくと、そこに残っていたのは何もなくなった箱と台だけだった。
「逃げられたか……」
「今すぐ追うぞ!!」
「まだ追いつけるはずだ!!」
騎士たちは大慌てで部屋から出ていく。
ミラは悔しさから唇を強く噛んだ。守れる距離にいたはずなのに、何もできなかったことが悔しくてたまらない。
「大丈夫ですか?」
ニコラスはそう言いながら、ミラの左肩に手を添えた。ミラの体がふらつき、ニコラスは支える。
「すみません……大丈夫です。逃げられてしまいました」
「まだ諦めるのは早いですよ。怪盗エリオは屋敷の中にいます」
「なぜ分かるんですか?」
「これは、探偵の勘。ではなくて、窓から立ち去っていないから。僕は煙の中で急いで窓を閉めました。窓を閉めた時には鈴が鳴りましたが、その後、窓を開ける音はしなかった。音を出さずに窓から逃げることはできないはずです」
ニコラスは片目を瞑ってみせる。ミラは感激するしかなかった。彼は、本物の探偵だ。
「探しに行くよ」
ニコラスはそう言って、部屋を飛び出した。ミラもその背中を追う。
こうやって、ミラはいつも兄の背中を追いかけていた。
今度こそ、何もできなかった自分のままでは終わらない。アメシストを取り戻すために、ミラも駆け出した。




