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23 怪盗と探偵

 

「エメラルドを、取り返したい」


 ミラから発せられた言葉は、リアムが予想していた通りのものだった。


 ベルナール邸で与えられたミラの部屋に、リアムは毎夜訪れている。

 ベルナール邸には想晶が少なかった。けれど、まったくないわけではない。だからリアムは、ミラに記憶を視てもらうため、こうして夜になると彼女の部屋を訪れていた。


 想晶の記憶を覗く前に、ミラはそう告げた。

 リアムには、なんとなく予感があった言葉だった。だから今夜は来るのをやめようかとも考えた。けれど、結局は来てしまったのだ。あのとき止めておけばよかったと、後悔する。ただ、「会いたい」を優先してしまった結果だ。


「取り返すって言っても……何の手がかりもないでしょ」


「探偵に依頼しよう。怪盗エリオを追ってる人がいるはず」


 リアムは椅子の背にもたれながら、ミラを見る。

 彼女が本気だということは分かっていた。けれど、どうしてそこまでするのかが分からない。エメラルドはミラのものではない。盗まれたのはフローラのものだ。ならば、そこまで危険を冒してまで取り返そうとする理由なんて、本来ならないはずだ。

 ただ、ミラの場合、理由はいつだって同じだろう。ヴィオラ──彼女が大切にしているものなら、自分が危険な目に遭うことなど二の次なのだ。


「ミラはほんと、危険なことばっかりするよな。俺の心臓が休まらない」


 呆れたように言って、リアムは小さく息を吐く。


「リアムだって、怪盗エリオに敵対心剥き出しじゃなかった?」


「敵対心?ただの俺のパクリでしょ」


 リアムの声のトーンが落ちる。ミラは小さく笑った。


「ほら。やっぱり、意識してる」


「……まぁ、興味がないって言ったら嘘になるな」


 怪盗エリオ。鳩を使い、予告状を送り、派手な侵入方法で想晶を盗み出す。新聞に載っている情報を見る限り、その手口は怪盗リアム──つまり、自分の模倣でしかない。

 最初は、くだらないと思っていた。自分の真似をしているだけの怪盗など、気にする価値もない。そう思っていたはずなのに、新聞に怪盗エリオの名前を見つけるたび、いつも目が止まった。

 どんな奴なのか。どうして自分の真似をするのか。そんなことを考えてしまう自分が、少しだけ癪だった。


「顔を見てみたい?」


 ミラがからかうように言う。


「それも、すこーーしはあるかな」


 そう言うと、ミラは声に出して笑った。


「笑うなよ」


 リアムはわざと目を細める。ミラはそんな彼を見て、また楽しそうに笑った。

 しばらくして、リアムはふっと表情を変える。


「……ミラを連れて行くわけにはいかないから、俺一人で取り返しに行くって言ったら?」


 きっと「私も行く」と言うだろう。リアムはそう思っていた。だからこそ、返ってきた言葉に驚いた。


「…………無事に、帰ってきてくるって約束するなら。待ってる」


「え?」


 ミラの返答が想像と違って、リアムは思わず聞き返した。彼女なら絶対に着いてくると思っていたが、どうやら違うらしい。

 ミラは少しだけ俯いて、自分の手元を見る。


「前は、このリングを取り返したかったから。足手纏いっていうのは分かってる。でも、情報を集めることならできる。探偵を探したり、聞き込みをしたり……そういうことなら、私にもできるから。それに、怪盗エリオに会いたいとは思わないし」


 ミラがヴィオラのように怪盗に興味がないことは分かっていたが、改めて他の怪盗に会わないと言われると嬉しさが込み上げる。ただ、それを全面に出すようなことはしたくないし、できないので。


「……よかった。怪盗エリオに浮気されても嫌だしねー」


 リアムは、わざと軽い調子で笑った。


「浮気って、あなた以外に協力するつもりはない」


 その言葉を聞いた瞬間、リアムの顔に一気に熱が集まった。慌ててシルクハットを深くかぶり、顔を隠す。たったそれだけの言葉で、こんなにも嬉しくなる。自分はかなり重症なのかもしれない。

 黙り込んでいるリアムを、ミラが不思議そうに覗き込もうとする。リアムは慌てて顔を背けた。


「じゃ、早速明日から情報集めようか」


 リアムは話を切り上げるように告げた。けれど、顔に集まった熱はなかなか引いてくれなかった。思い出すたび、また顔が熱くなる。


 結局、その熱が冷めるまでには、かなりの時間がかかった。




 ***




 ヴィオラには買い出しに行くと伝え、ミラとルーイはベルナール領内にある探偵屋を巡った。


 一軒目は、主に浮気調査や人探しを請け負っている探偵だった。エメラルドの話をすると、男は申し訳なさそうに首を振った。


「怪盗ですか?そういう手合いは、うちの専門外ですね」


 二軒目では、商人同士の揉め事を調べているという探偵に話を聞いた。しかし、怪盗エリオの名を出した途端、今度は露骨に顔を曇らせた。


「怪盗エリオねぇ……。あれは素人が追いかける相手じゃないですよ」


「何か知っているんですか?」


「何も知ることができないんです。怪盗リアムと同じで、なかなか尻尾を出しません。時間の無駄ですよ」


 そこから先も、似たような反応が続いた。

 怪盗エリオについて何か知っている者はいても、その行方を掴める者はいない。そもそも、怪盗を専門に扱っている探偵自体が少なかった。

 聞き込みを続けるうち、ミラは一つの名前を耳にした。


「怪盗専門の探偵なら、市街の外れにいる男が一人いますよ」


 そう教えられて訪ねたのが、今いる探偵屋だった。

 看板には、簡素に『探偵』とだけ書かれている。表から見れば、他の探偵屋と大差はない。しかし、店内の壁には盗まれた想晶や美術品の記事が何枚も貼られており、その横には事件の日付や場所が細かく書き込まれていた。

 ミラは壁を見回した。なるほど。確かに、ここなら何か知っているかもしれない。


「ベルナール伯爵夫人の姪の従者二人ですか……。話を聞きましょう」


 素性を伝えれば、探偵の男はミラとルーイを交互に見ながら口を開いた。

 ミラは、エメラルドを探していることを彼に伝えた。そして、その想晶を盗んだのが怪盗エリオだということも。


「怪盗エリオについては、散々調べ尽くておりますので、次の目星もついています」


「目星まで……詳しく聞かせてもらえますか?」


 探偵の名は、ニコラス・ハート──茶褐色の髪は少し癖があり、無造作に跳ねている。前髪は目元にかかっていた。瞳は深い緑色。ふとした瞬間に見せる眼差しには、強い意志が宿っている。笑うと目元が柔らかくなり、年齢よりも少し幼く見えた。

 茶色の丈の長いコートを羽織ったニコラスは、書類を見ながら口を開いた。


「──曰く、全身白色の装い。曰く、美しい顔立ち。曰く、盗んだ想晶はすぐに市場に出回る。曰く、人は決して殺さない。まるで怪盗リアムのような彼の目的は、まだ分かっていません。仲間かもしれないし、まったく関係がないかもしれない。噂は多いですからね」


 ルーイの眉がぴくっと動いた。「仲間」という部分が気になったのだ。少なくとも、怪盗リアム本人は怪盗エリオと仲間ではないと言い切れる。それだけは確かだった。


「ただ、彼は紫色の想晶ばかり盗んでいる」


「紫色……」


「ベルナール伯爵夫人の姪、ヴィオラ・エレインお嬢様は、立派なアメシストをお持ちのようですが?」


「……まさか」


 ニコラスの言葉に、ミラは息を呑む。ヴィオラが最も大切にしている想晶が、紫色だからだ。


「僕の目星は、ヴィオラお嬢様です」


「待ってください。フローラ様から盗まれたものは、エメラルドでした」


 エメラルドは美しい緑色だった。紫色の想晶を狙うには、色が違いすぎる。


「そこが、僕も謎に思っているところです。なぜ、彼はひとつだけ緑色の想晶を狙ったのでしょう」


 ニコラスは、積み重ねられた捜査資料に目を落とす。彼が緑色の想晶を盗んだのは、唯一、フローラ・ベルナールのものだけだった。


「──でも、必ず、僕が真相を突き止めます」


 ニコラスは笑った。その笑みを見て、ミラは思わずブラックダイヤのリングに触れた。

 ミラは、兄の顔を思い浮かべた。顔立ちが似ていたからではない。人を放っておけないところ。困っている者を見つければ、面倒そうにしながらも、結局最後まで手を貸してしまうところ。そういう些細な仕草が、失った兄を思い出させた。

 ニコラスは書類を閉じると、ミラとルーイを交互に見る。


「それで、お二人はなぜエメラルドを探しているのですか?ヴィオラ様の従者がなぜ?」


「お嬢様の父にあたる、旦那様が生み出したもので、妹であるフローラ様が譲り受け大切にされていたそうなのです」


 ミラが答える。


「……なるほど。でも三か月前でしょう?もう市場に出ているかもしれませんね」


 ニコラスは少し考えるように、顎に手を添えた。


「怪盗エリオを捕まえて聞き出しましょう。ニコラスさん、あなたにもご協力を……」


「そろそろ予告状が届くころかもしれないですね。急ぎましょう!」


 ルーイの言葉を聞き終わる前に、ニコラスは椅子から勢いよく立ち上がった。


「え?」


「まさか、同行されるんですか?」


 ミラとルーイが疑問を口にすると、ニコラスは答えた。


「何を口実にベルナール邸を訪れようか悩んでいたところに、ちょうどあなたたちが来てくれたのです。ベルナール邸まで案内してください」


 ニコラスは、まっすぐミラを見る。


「確かに、あなたがいたほうが説得力は増しますね。私たちが、お嬢様が狙われていると話しても、突拍子もないと思われるでしょう」


 ルーイの言葉に、ミラは頷いた。怪盗専門の探偵だと言えば、フローラも信じるだろうし、ヴィオラに警備を回してもらうこともできる。


「ありがとうございます。僕は怪盗を捕まえるために探偵をしています。でも、それ以上に──」


 緑の瞳が、わずかに柔らかくなる。


「誰かが大切にしているものを、理由もなく奪われるのが嫌いなんです」


 その言葉に、ミラは一瞬だけ息を止めた。


 また、兄を思い出した。





「お手紙です」


 ベルナール邸に、複数の手紙が届いた。門番が受け取り、執事へと手渡す。その中に一通、差出人も宛先も記されていない白い封筒があった。不審に思った執事は、すぐに開封する。

 執事は書かれている文字を目で追い、その内容に息を呑んだ。


「旦那様は不在だというのに……」


 執事は慌てて、伯爵夫人の部屋へと足を向けた。


「奥様、こちらをご覧ください」


「……また、この予告状」


 フローラがこのような予告状を目にするのは、二度目だった。一度目は、エメラルドが盗まれたとき。そして今度は。

 予告状に記された、たった一つの言葉へと視線を落とす。


「『恋の煌めき』……?」


 聞き覚えのない言葉だった。フローラは首を傾げる。

 そもそも、ベルナール邸に想晶はかなり少ない。旦那──カシウスが所有しているものを含めても、数えるほどしかないはずだ。その中に、『恋の煌めき』と呼べるようなものがあっただろうか。


「……想晶の名前、でしょうか。私にも心当たりはございません」


 執事も首を傾げる。


「そう……」


 フローラはもう一度、予告状へ目を落とした。

 分からない。何を狙っているのかも。なぜ、またベルナール邸なのかも。


「フローラ様、失礼いたします」


 ふいに呼ばれた声に、フローラは顔を上げる。

 扉の前には、ヴィオラの従者であるミラとルーイ、そして見知らぬ男が立っていた。


「ああ、すでに届いていますね」


 男──ニコラスが予告状に目を向ける。その言葉に、フローラは眉を寄せた。


「あなたたち、何か知っているの?」


 疑問だらけの時にタイミングよく現れた彼らは、予告状を見ても驚いているようには見えなかった。


「今からすべてお話しします。ヴィオラお嬢様を守っていただきたいのです」


 ミラの切実な願いは、しっかりとフローラに届いた。フローラは大きく頷くと、予告状を彼らに見せた。


「なんでも協力するわ」


 ミラは差し出された予告状を受け取った。その隣で、ルーイが静かに息を吐く。


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