↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/40

20 怪盗と宣言

「お、ミラ」


 聞き慣れた声が横から飛んでくる。振り向くと、廊下を歩いてくるレオンだった。騎士の服のまま、いつものように気軽な笑みを浮かべている。


「難しい顔してるな」


 ルーイと廊下で別れ、窓を拭いていたミラが考えることは一つ。ようやく認めてしまった想いのことだ。


 レオンは軽く笑いながら歩み寄ってくる。その笑みと距離の近さに、ミラはふとあることを思い出した。


 この人は、まっすぐで、隠さなくて、遠慮もしない。自分に向けられる視線が、どういう意味なのかも、ミラはちゃんと知っている。

 今までは、深く考えないようにしていた。でも。


 今は、もう。誤魔化したままにしてはいけない気がした。


「レオン」


「ん?」


「少し、いい?」


 ミラの声が、いつもより少しだけ真面目だった。レオンの眉がわずかに動く。


「……どうした?」


「今まで」


 ミラは視線を落とした。言葉を選びながら、ゆっくり口を開く。


「あなたが私に向けてくれていた気持ちは、ずっと分かってた。それなのに、気づかないふりをしてたの」


 まっすぐに届けてくれた言葉を、ひとつひとつ思い出しながら。レオンが、静かに赤い瞳を瞬きする。


「だから」


 ミラは顔を上げる。その瞬間だった。

 ミラの真剣な声色だけで、レオンには悟れてしまった。これは返事ではなく断るための話だ、と。


「待て待て待て待て」


 レオンが両手を上げた。あまりにも突然の反応に、ミラは言葉を止める。


「ちょっと待って」


 レオンが短い髪の毛をかきあげて、大きく息を吐いた。いつになく真剣な表情に見える。


「……どうしたの?」


「早いだろ」


「早い?」


 レオンはまた、深くため息をついた。

 ミラの言いたいことはなんとなく伝わった。そして、これから自分は振られることも。


「俺、まだ何もしてないんだけど」


 レオンの声は焦りに満ちていた。ミラは一瞬、言葉に詰まる。


「いや、してくれたよ」


 レオンは沢山、好意を示してくれていたはずだ。そこで気づかないふりをして逃げていたのはミラだ。


「まだ何も言ってないし、何も始まってないのに、いきなり振られるのきついんだけど」


 レオンにとって、今までのやり取りはせいぜい様子見だ。本気で口説いたつもりなど、一度もない。

 ミラは完全に言葉を失ってしまった。レオンは困ったように頭をかく。


「気持ちがバレてるのは分かってる。まぁ、伝えてたし。けど、本気じゃないっていうか…まだ攻めきれてないっていうか…」


 まだ気持ちの半分以上も出し切っていない。その状況で止めを刺される気分だ。


「当て馬にも、もう少し猶予あるだろ普通」


 レオンは大きく肩を落とす。振られることは分かっている。だが、諦めの悪さだけは昔から誰にも負けない。ここでも、往生際悪く泥臭くあがかせてもらう。


「───」


 ミラは言葉に迷って、何も見つからなかった。何を言っても、レオンを傷つけてしまいそうで。それでも、レオンはミラをまっすぐ見つめた。


「だからさ」


 レオンはほんの少しだけ笑った。


「振るのは、俺がちゃんと告白してからにしてくれ」


 まぁ、告白は当分するつもりはないけど。レオンは言葉を飲み込む。


 告白してしまえば、返事など分かり切っている。ミラが断る準備をしたということは、彼女に『特別』な存在ができたということだ。残されたわずかな可能性に賭けて、自分の本気をミラにぶつける。騎士として、悔いのないように。


「だから、耐えてくれよ?ミラ」


 俺の好きな彼女なら、きっと受け止めようとするはずだ。だからこそ、その優しさに甘える。ずるいと分かっていても、彼女が好きだから。


「…なにを?」


「俺の猛アタック」


 赤い瞳を片方閉じて、レオンは渾身のかっこつけで、ミラにそう言い放った。



 ***



 朝の廊下は、すでに慌ただしい。

 メイド達が行き交う中、ヴィオラの部屋の前に立っていたミラは、今日の仕事の段取りを頭の中で整理していた。扉を開いて、ヴィオラと目が合ったその時だった。


「ミラ!」


 やけに元気な声が廊下に響く。振り向くまでもなく、誰か分かった。猛アタックすると宣言した、レオン・フレイザーだ。扉の前に立つヴィオラへ敬礼する。


「どうしたの、レオン」


 ヴィオラが楽しそうに首を傾げる。


「お伝えしたいことがあります」


 そう言ったレオンの顔は真剣で、ミラはまずいと思った。でもそれを口に出す前に、レオンが先に口を開いていて。


「ミラを俺に惚れさせます。」


 一瞬で廊下の空気が凍った。廊下を歩いていたメイド達は思わず足を止める。やっぱり、という顔でミラは小さく息をついた。


「……え?」


 ヴィオラの薄水色の目が丸くなる。廊下にいた従者達のざわめきが広がった。ミラは固まるしかなかった。


「だから、これから頑張ります」


「……レオン、何言ってるの」


 平然と言うレオンに、ミラの声が低く重なる。


「宣言してる、逃げられないように」


 にっと歯を出して笑うレオンは悪いと思っていないようだ。ヴィオラがくすっと笑う。


「ふふ……本当に人気者ね、ミラ。」


 ヴィオラは楽しそうにミラとレオンを見る。そのとき。レオンがひょいとミラの横に立った。


「ミラ、今日も可愛いな!」


 大きな声は廊下に響き渡った。

 廊下の若いメイドたちが思わず顔を見合わせる。レオンがミラに好意を寄せていることは皆が知っていた。それでも、こんなふうに堂々と口にしたのは初めてだった。


「……っ」


 ミラの顔が反射的に赤くなると、レオンは満足そうに笑った。

 その言葉は、はっきりと廊下に響き、近くの執事室まで届いていた。ルーイの手の中にあったペン先が、帳簿の端で止まる。


 その瞬間。ペン先が、ぱきりと折れた。折れた金属の先端が、帳簿の上に転がった。ルーイは数秒、それを見つめ、そして静かに息を吐いた。


 ——くそ。


 自分でも驚くほど、感情が表に出かけていた。『執事』でいなければならない、目立つわけにはいかない。それでも、ペンを机の端に置きルーイは立ち上がる。廊下へ出ると、ちょうどミラとレオンが並んで立っていた。


「ミラ」


 声をかけると、ミラが振り向く。ルーイの表情は、いつもと何も変わらないように見えたが、歩幅は大きく見えた。


「今日は帳簿整理の日だ、忙しいから早く動きなさい」


「え……?」


「それから客室の点検もある、恋愛に腑抜けている暇はないよ」


 レオンなど見向きもせず淡々と続けるその声は低く、周囲の空気が少しだけ張り詰めた。ミラが眉を寄せる。

 それだけを言い残し、ルーイはすぐに背を向ける。廊下の奥へ歩きながら、背後の会話はもう聞こえないふりをした。


「なんだ、あの態度…」


「レオン、業務に戻って」


「また会いに来るからな」


 ミラではなく、ヴィオラの頬が興奮で赤く色づいた。ミラはすでにメイドの顔に戻っていた。




 ミラの部屋の窓が、静かに開いた。黒い影が音もなく室内へ滑り込む。怪盗リアムはいつものように、軽やかに窓枠に腰をかけた。


「こんばんは、人気者の名探偵……随分賑やかな一日だったな?」


 机の上に小さな青い想晶を置く。その声は、いつもと同じ調子のはずだった。ミラはちらりと彼を見る。


「今日は早いのね」


 ミラはふと笑った。日中は話す隙を与えないほど、帳簿整理と客室の点検以外にも業務を指示してきたのに、その顔とはまるで別人に見える。


「何?あの騎士と約束でもあった?」


 ミラの手が止まる。リアムは足を組み、楽しそうに首を傾けた。


「約束なんてない」


「屋敷中で噂だろ?今日も可愛いな!ってやつ」


 屋敷中では、その話でもちきりだった。「やっぱり本気だったんだ」と。

 レオンの声を思い出しただけで、頬が熱くなる。それを見て、リアムの眉が少し上がった。


「満更でもない顔しちゃって」


「してない」


 ミラは机の前に立ったまま、腕を組んで彼を見上げる。


「て言うか、何?あいつ急に」


 レオンは今までだって好意は隠していなかった。でも、こんな堂々と口にする人ではなかった。


「猛アタックするみたい」


 ミラは少しだけ視線を逸らした。


「それは見れば分かる。それより、ずいぶん他人事じゃね?」


「頭が追いついてないだけ」


 ミラは明らかに困惑した表情を浮かべている。レオンの言葉を受け止めきれず、まだ現実味がなかった。


「で、なんでそうなった?」


 ミラは一瞬だけ言葉を止める。


 リアムのことを好きになったから、レオンの気持ちを断ろうとした。でもレオンは、まだ告白していないし、ミラも動けない状況。簡潔にまとめるとそうだが、そのことはリアムには話せない。


「……なんでだろう」


 小さな呟きに、リアムは大きくため息をついた。


「はぁ。人気者は辛いね?」


 ミラがじろりと睨むのは、目の前の男に言われたくなかったからだ。


「人気者はあなたでしょ、執事ルーイ・フィントさん」


 カロラの眩しい笑みと、メイド達の黄色い歓声を思い出しながらミラは悪態をついた。リアムは肩を揺らして笑う。


「ミラには負けるよ」


「意味が分からない」


 リアムは肩をすくめて笑った。それからは、この話題から逃げるように、想晶の記憶へと話は移り変わっていった。




 ***




 屋敷の裏手には、エレイン騎士団の訓練場がある。


 踏み固められた土の広場に、木剣がぶつかる乾いた音が響いていた。掛け声と、足音と、風を切る音。屋敷の静かな廊下とはまるで違う空気だ。

 ミラはその横をなるべく目立たないように、通り過ぎようとしていた。どうしてもこの横を通らなければ、倉庫に辿り着けない。だが、


「ミラ!」


 聞き覚えのある声が、広場の中央から飛んできた。ミラは思わず足を止める。声の方を向くと、案の定レオンだった。休憩中に見えるが、ミラに手を振っている。


「……仕事中」


「知ってる」


 レオンはにっと笑う。その途端、周囲の騎士たちの視線がミラへ集まった。


「また話しかけてる、副団長」

「ミラさんだ」

「副団長の好きな子」


 ざわざわと騎士たちが騒ぎ始め、ミラが困ったように眉間に皺を寄せる。レオンはすぐに立ち上がった。


「黙って素振りしてろー」


 副団長であるレオンの指示通り、騎士たちはミラから視線を外した。レオンはミラに近づいてくる。


「困らせてごめん。でも、そんなに表情豊かだった?」


「レオンのせい」


「はいはい、そうやって意識してくれ」


 俺だけのことを考えて、俺だけを意識して、俺だけで困ってほしい。けれど、レオンの頭に過るのは黒い執事の姿。ミラがその執事を好きになったとは断定できないが、彼はきっと、ミラのことを。

 街での、執事との言い合いを思い出してレオンは首を横に振った。


「ミラ、見てて」


「何を?」


 レオンは答えず、代わりに近くにいた一人の騎士に木剣を投げた。


「一本」


「休憩中じゃないんですか?」


「いいから」


 木剣を受け取った騎士とミラの目が合う。そこで彼は感づいてしまった。


「かっこつけたいんでしょ、副団長」


「そうだから、言うなよ」


 レオンの堂々とした答えに、ミラの心臓が大きく跳ねた。好意を向けられるたび、胸が高鳴る。それと同じくらい、申し訳なさも募っていく。

 騎士たちが面白そうにざわめく。


「やれやれー!」

「負けんなよー!」

「副団長に恥をかかせてやれー!」


 土の上で二人が向き合った。ミラは固唾をのむ。

 構えたあと、一瞬の静寂。


「はじめ!」


 誰かの合図で、木剣が風を切った。鋭いレオンの踏み込みのあと、激しい音が鳴る。

 打ち込み、受け、引いて、打ち込む。ミラは思わず目で追っていた。屋敷で見るレオンとは違う、騎士の顔だ。


 数合打ち合った末、レオンの一撃が相手の木剣を押し切った。ぱしん、と乾いた音がして、相手の木剣が弾かれ地面に落ちた。

 周囲から太い声が上がるが、レオンの目はミラを真っすぐ見据えていた。


「はや!!」

「レオンさんすげー!」

「流石に強いなぁ」


 圧倒的に、一瞬での決着。ミラはただ茫然と、レオンの赤色の瞳を見つめ返すしかない。レオンが走ってくる、汗一つかいていないようだった。


「どう?惚れた?」


 ミラは少しだけ間を置いた。


「……すごかった」


 ミラの正直な感想に、レオンの顔がほのかに赤く染まり、ぱっと明るくなる。だってミラの顔を見れば分かった。声はいつも通り淡々としている。それでも、その表情だけで「かっこよかった」と伝わってきた。


「だろ?ミラの前だから、負けない」


 レオンの言葉に、騎士たちが一斉に笑う。


「堂々すぎでしょ!」

「隠す気ゼロじゃないですか!」


 ミラは思わず顔を押さえた。顔が、熱くてたまらない。


「やめて」


「何を?」


「そういうこと言うの」


 レオンは少し首を傾げるが、目の前のミラの手を引き剝がしたくて仕方がない。照れた可愛い顔を拝みたい。

 レオンは数秒ミラを見つめたまま迷ったが、手に触れるのは止めた。ミラはきっと本気で怒ってしまうだろう。無意識に、ふっと笑った。


「可愛い」


「黙って」


「無理だって、可愛いし」


「こっちが無理です」


 騎士たちがまた呆れたように笑う。ミラは逃げるように廊下を走って行った。

 レオンのミラへの想いは、日に日に募るばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。