109.喫茶店のお手伝い with 火之浦美琴!
「ということがあったんです」
コーヒーの淹れ方を教わりながら、山本さんに今日の出来事を話した。
結局、反省室で三時間過ごした後に解放。
今日はバイトの日だったので、そのまま喫茶店に向かった。
今の時刻は、七時半。
まだ働き始めて、30分だ。
「ふふ。聞いている限りは、とても楽しそうだ」
「山本さんも反省室体験すれば、話が変わりますよ」
「反省室か。面白いシステムだよね。自分の勉強にもなるからさ」
「どうしてか、勉強の復習になるんだから不思議ですよ」
喫茶店には、数人のお客さん。
全員注文は完了しており、メニューも残るところ一つ。
それも、裏で火之浦先輩が調理して準備をしているところだ。
「いつのまに、火之浦先輩は料理を覚えたんですか?」
喫茶店の手伝いを始めてから、まだ三回しか手伝いをしていないはず。
最初は、全員でレクチャーを受けて。
次は、水無瀬先輩と新樹先輩と一緒だった。
今日の三回目は、俺と火之浦先輩のみだが。
火之浦先輩は、喫茶店のメニューのほとんどを作れるようになっている。
「彼女? 毎日、夜に一、二時間来てるんだよ。無給でいいからって」
「え?」
「最初の手伝いが会った後からだから、十日ぐらいかな。その間に、料理を全部覚えちゃったよ。優秀だね、彼女。七夕祭以降も働いて欲しいぐらいだ」
「すげえやる気だ……」
ちらりと、厨房を見る。
火之浦先輩は手際よく料理を作り続けている。
凄く集中している様子。
何が彼女をそこまで動かすのか。
「彼女、料理は上手なのかい?」
「どう、でしょうか。料理を作った姿は見たことがないので」
闇鍋とかふざけたイベントは、カウントしないでいいよな。
今思い返すと、青春同好会で料理を作るというイベントはないな。
今度提案してみるのも、アリかも。
「あ」
そういえば、思い出す。
一度、火之浦先輩の料理を味わったことがある。
「おにぎり、作ってもらったことあります」
「おにぎり、かい?」
「はい。二人で遊んだ時に」
体育祭終わり。
火之浦先輩と初衣ねえとの約束した時の日。
朝の待ち合わせで、渡されたあのおにぎり。
「二人で。ふむ、なるほど」
「何かありましたか?」
「いや、ふふ。青春だと思ってね」
「え? 何ですか?」
なぜか頭を軽く叩かれた。
「うん。コーヒーの淹れ方は問題なし。あそこのテーブルのお客さんによろしく」
「わ、分かりました。んん~」
山本さんは、厨房の方へと向かった。
さっきの思わせぶりな山本さんの言葉、何だったんだろうか。
とりあえず、コーヒーを注文してくれたお客さんへ届ける。
「ありがとう。君達、新人だよね?」
「はい。そうです」
届けた先のお客さんから話しかけられる。
厨房の方を確認して、声を潜めて話を進める。
「あれ、君の彼女かい?」
「え? あ、ええ!?」
あれって、多分、というか、火之浦先輩のことだよな。
厨房を見てたし。
「いいねえ、とても美人さんだ。それにお客さん対応も元気でね~。こっちも元気になっちゃう、そんな魅力があるよね~」
「は、はい。そ、そうですね」
「で、彼女なのかい? どうなんだい?」
「そ、そういう関係では……ないです」
「そうかそうか。それは申し訳ないことを聞いた!」
肩を叩かれた。
俺は恥ずかしくなって、そそくさと裏に戻った。
あのお客さんの視界に入らないような場所に移動して、山本さんの指示を待つ。
「伊久留? 何してるの?」
「のわあ!?」
突然の火之浦先輩。
さっきのこともあり、めっちゃくちゃ驚いた。
「タ、タイムリー過ぎますよ、火之浦先輩……」
「どういう意味?」
「い、いえ、特に意味はないです」
ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
「どう、美味しそうでしょ!」
火之浦先輩はお構いなしに、自分が作った料理を見せてくる。
とても美味しそうな、オムライス。
なぜかケチャップでハートを描いている。
「オムライスもメニューにあるんですね」
「夜だけ、特別メニューで注文できるらしいわ!」
「……そのハートも、特別メニューですか?」
「これは、マスターに言われてやったの! 思ったより上手くできた!」
マスターの差し金か。
ここはメイド喫茶なのか?
「じゃあ、運んでくるわ!」
「気を付けてくださいね」
「もちろん!」
火之浦先輩は、オムライスを届けに行った。
あのオムライス、美味しそうだったな。
綺麗に玉子をご飯の上に乗せられてたし。
それに、あのハート、ちょっと羨ましい。
「今度作って欲しいとお願いしてみればいいんじゃないかな?」
「二人して、僕を驚かさないでください」
次は、山本さんだった。
「いいよね、火之浦君。よく動くし、よく学ぶ。吸収も早い。今後も手伝ってほしいと思うよ、切実にね。御形君からも頼んでくれないか?」
「僕が言っても、先輩がしたくないなら拒否されると思うんです」
「そう? じゃあ、御形君が手伝ってはくれないかな?」
「ぼ、僕ですか?」
まだ仕事に全然慣れていない俺をどうして?
「君がいると、他の子達も来てくれそうだからさ」
「そう、ですかあ?」
「火之浦君は言わずもがな、だからね。そうすれば、水無瀬君も新樹君もついてくるだろう?」
「それは、そうですけど」
火之浦先輩がいれば、きっと水無瀬先輩も新樹先輩もついてくる。
先輩達三人は、大抵一緒に行動しているからな。
火之浦先輩がいるところが一番面白い、というのが二人の意見だろうし。
「土浦も、ついてきますよ?」
「彼女も大丈夫だよ。能力は伸ばせるけど、やる気は本人次第だからね」
最初に色々と目の前で失敗を見たというのに。
山本さんは随分ポジティブで、優しい。
「でも、やっぱり火之浦先輩がどう動くかは分かりませんよ」
「いいや。君がいれば、彼女はきっと一緒に働いてくれるよ」
「なんでそこまで言い切れるんですか?」
「ふむ。大人の勘というか、経験というか、そんな感じのやつさ」
ひどく曖昧な理由で決めつけていたらしい。
俺がいれば、火之浦先輩もついてくる、か。
今までの活動は、もちろん火之浦先輩が主導で行われてきた。
無論、俺達の意見が取り入れられないというわけではないが。
そんな先輩を見てきたから、俺に引っ張られる姿は想像できないな。
「これは先行きが長そうだ」
「……?」
「さて、今のお客さんがいなくなったら、片付けを始めよう。私は裏で作業をしているから、詳しいやり方は火之浦君に聞いてくれ。じゃあ、楽しんで」
「た、楽しんで?」
ニコニコ笑顔で去っていく山本さん。
「どうかした、伊久留?」
「……いえ、なんでも」
近づいてくる火之浦先輩。
俺はとりあえず、火之浦先輩から少し距離を置いた。
「……? 伊久留、変よ」
「変ではないですから」
だから、そうやって顔を近づけないでください!
「……はあ。山本さんから、お客さんがいなくなったら片付けをと」
「伊久留はしたことなかったわね! 任せて!」
「ええ、お願いします」
店の中には、もうお客さんが一人しかいない。
さっき、俺を揶揄ってきたお客さんだ。
その人もコーヒー一杯だけだし、もうすぐ帰るだろう。
「他のテーブルを拭くわよ!」
「あ、え、と。はい」
ぎこちない返事をしてしまう。
火之浦先輩は少し頭を傾げたが、特に何も言わず先へ行く。
あのお客さん、そして山本さん。
二人の言葉で、少し動揺しているようだった。
「はあ」
「だから、変よ。伊久留」
「今日は調子が悪いんです」
「……そう」
お茶を濁す。
火之浦先輩から布巾を受け取り、足早にテーブル掃除に向かう。
最後の、あの陽気なお客さん、が店を去る。
火之浦先輩が、会計を行っていた。
会計もできるようになっていた。
「どうしたの、伊久留?」
「料理もできるようになってるし、会計もできるなんて。凄いですね、火之浦先輩」
「そうでしょ! 頑張ったもの!」
「毎日ここで色々と覚えてるって、山本さんに聞きましたけど」
「そうよ! ここの仕事を覚えるの楽しいもの!」
「火之浦先輩らしい、理由ですね」
いつも通りの、火之浦先輩らしい理由のようだ。
ここの喫茶店で仕事をするのも、一応は七夕祭まで。
七夕祭での出店が終われば、お手伝いは終わり。
その僅かな、貴重な機会を存分に生かそうとする火之浦先輩。
「流石、青春同好会リーダーですね」
「……? 褒められるのは、いつでも嬉しいものね!」
「さっさと片付け終わらせましょう」
「そうね!」
火之浦先輩指示の下、テキパキと片付けを終わらせていく。
十数分後、奥から山本さんが戻ってくる。
「どう? 片付けは」
「あともう少し!」
「はは。仕事終わりでも元気で助かるね。水無瀬君とは大違いだ」
「ああ……」
なんか想像つく。
あの人、体力ないしな。
「さあ、今日はもう大丈夫」
「もう終わり!?」
「ああ。最後の片付けは、私が全部やるよ。むしろ、ここまでしてくれてありがとうだ」
「分かったわ! また明日、来るから!」
「うん、待ってるよ、火之浦君」
仕事が終了。
俺と火之浦先輩は裏の事務室に向かった。
「火之浦先輩、先にどうぞ」
事務室の扉の前で、火之浦先輩に先を譲る。
「……どうして?」
「いや、火之浦先輩が先に着替えた方がいいでしょ」
「………それもそうね!」
火之浦先輩が先に着替えに入る。
俺って、そういう目で見られてないんだろうか。
普通なら、一緒に着替えるって発想にはならない。
初衣ねえでさえ、一緒に着替えるのは躊躇う。
いや、でさえ、ていうのはおかしい話だが。
とにかく。
俺が火之浦先輩に先を譲ったことを、火之浦先輩は特に疑問にも思わなかった。
それはつまり、俺に着替えを見られてもいいということ。
「ショック、なのかな」
男としては見られておらず。
ただの青春同好会の、一後輩なんだろうか。
「おまたせ!」
火之浦先輩が事務室から出てきた。
交代で、俺が事務室で着替えをする。
「あの、先輩?」
「どうしたの!」
「い、いや、入ってこないでくださいよ」
「いいじゃない!」
良くない、良くない。
扉を締めようとすると、力一杯抵抗される。
「火之浦先輩ッ! 恥ずかしいのでやめてください!」
「伊久留と、もっと話したいもの!」
「着替え終わってからでも、遅くはないです!!」
「じゃあ、一緒に帰りましょう!」
「どうせ、同じ寮なんですから、帰る方向は一緒じゃないですか!!」
「……それもそうね!」
「ふぎゃあ!!」
力強く抵抗していた火之浦先輩が、一気に力を弱める。
結果、扉は思い切り閉じられた。
その勢いのまま、俺は後ろに転がった。
「……なんなんだ、今日は」




